インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
と言うわけで、今やってる連載小説のネタそっちのけで思いついたネタで新連載。
更新はやっぱり半クラッチ並みの速度です。
01 The beginning
--深淵。
どこまでも深く、どこまでも暗い闇。
その中にまばらにある白き光も、闇の全てを照らすにはまだ足りない。
どこまでも吸い込まれそうな、飲み込まれそうな無限の闇が、そこには広がっていた。
--閃光。
そんな闇の中で、一瞬だけ光が走る。
しかしその光はすぐさま消え、深淵には闇が戻る……
いや、以前の深淵には戻れなかった。
なぜならその深淵に異物が現れたからだ。
周囲の星々が放つ、僅かな光を鈍く照り返すそれは、人の形。
朽ち果て、くたびれた鉄で作られた、巨大な人の形だった。
人の形は、ゆっくりと深淵の中を漂っていく。
どこに向かうでもなく、ゆっくりと……
※ ※ ※
「……思えば、ずいぶんなところまで来ちまったなぁ……お前もそう思わないか? アル」
どことも知れぬ空間で、男の声が響く。
男が声をかけているのは、横たわった自らの身体の上で自身に縋り付くように抱きついている一人の幼い少女。
銀糸のような輝きを放つ長い髪を少し揺らしながら、アルと呼ばれた少女は男の顔を見上げる。
「うむ、そうだな……遠くに、最早出発地が見えぬほど遠くに来たものだ」
「ほんとにな。出会いは最悪だったなぁ。俺が街歩いてて、急に上からヒップドロップくらってさ。そしたらそいつはかの魔道書、ネクロノミコンのオリジナル、アル・アジフだってんだから、世の中何が起こるか分かったもんじゃない」
男の言葉に、アルはそう呟くように言うと、男の胸に己の頬を当てる。
そして、猫がじゃれるかのようにその胸に頬をこすりつける。
それを受け入れながら、男はしみじみと呟くように語る。
それは、正しく懐かしい思い出を回顧しているかのようだ。
「しかし、いきなりなんだよアル。ずいぶん甘えん坊じゃないか?」
「これぐらい良いではないか。男ならいちいち文句を言うでない、このうつけが」
「へいへい。分かりましたよお姫様」
アルと呼ばれている少女、アル・アジフの言葉に男は苦笑しながらも、九郎は彼女を抱く腕の力を若干強め、より自身の身体に密着させる。
「あ、く、九郎……?」
「……なんか、ここで放したらお前がどっかに行っちまいそうで……あの時みたいに」
男……大十字九郎が思い出すのはもっとも辛き記憶。
目の前にいるこの少女が自らの手をすり抜け、消えてしまった際の記憶だ。
その記憶は、大十字九郎の心の傷とも呼べる記憶。
ゆえに、九郎はアルを求める。
戦友にして伴侶たる、この少女を。
「……うつけが。妾が二度も同じ過ちを繰り返すと思うたか。安心せい、妾は九郎の傍から離れぬよ……否、離れられぬよ」
「だと……いいんだけどよ」
呟き、九郎はアルを見つめる。
アルも、九郎をじっと見つめていた。
互いの瞳に、互いが映る。
そして、瞳に映る姿が徐々に大きくなり、二人の距離は零になった。
それは求めるような、貪るような口付け。
「離れないでくれ、アル」
「離れるものか、九郎、我が君よ」
呼吸をすることも忘れ互いを求めたせいで苦しくなったのか、二人の距離が再び開く。
その合間を縫うように、彼らは言葉を交わす。
多くを飾らない、そんな言葉。
だが、それで十分なのだ。
否、これまでの戦いの中で心を通わせ、身体さえも交えた二人には、むしろこの言葉でさえ多すぎる。
そして、再び二人の距離が零になろうとしたまさにそのときだった。
−−世界を、光が灼いた。
※ ※ ※
その世界は、ある一つの物で、これまでとは大きく変わった。
インフィニット・ストラトス。
縮めて『IS』と呼ばれる、元来宇宙開発用のパワード・スーツとして作り出されたそれは、比喩無しに世界をがらりと変えてしまったのだ。
これがただのパワード・スーツであればそれほど世界は変わらなかっただろう。
しかし、ISが関わるある事件と、ISのある欠点が合わさり、世界は変わった。
−−白騎士事件
簡単に言えば、日本へ向けて数千発のミサイルが飛んできたというとんでもない事件である。
全世界の軍事施設がハッキングを受け、ハッキングをした下手人が日本へミサイルを照準しぶっ放したことにより起こったこの事件は、しかし被害者ほぼ零と言う結果に終わる。この奇跡を成し遂げたのが、何者かが纏ったIS、白騎士である。
日本へ向かい来るミサイルを千切っては投げ千切っては投げ、ついでに白騎士を鹵獲しようとした各国の軍さえも千切っては投げ、ISは全世界から注目を集める事となった。
……あまりにも優秀な兵器として。
そしてそれに女性しか起動できないという欠点が組み合わさった結果、世界は酷い女尊男卑へと変わってしまったのだ。
これは、そんな世界での出来事である。
※ ※ ※
それほど広くない部屋を、一人の女性が落ち着かぬ様子でうろつく。
右へ行っては左へ行き、左へ行っては右へ行き、と何度もそれを繰り返している。
そんな女性の様子を、盛大なため息を一つつきながら見つめる女性が一人。
「……織斑さん、そんなに落ち着かなくて大丈夫なんですか?」
「む、それは……だが今回の試合は今までとは違うのだ、今回は……」
「はいはい、弟さんが見てるんですよね? 今回のモンド・グロッソは。今まで何度も聞いてます。耳タコです」
「むぅ……」
織斑と呼ばれた女性は、彼女の様子を見ていた女性の言葉に俯く。彼女は今、モンド・グロッソという大会に出場しているのだ。
モンド・グロッソ。
ISを用いた武闘大会である。
そして何を隠そう、このあまりに落ち着きのない織斑と呼ばれた女性。
彼女こそ初代モンド・グロッソ王者、ブリュンヒルデの織斑千冬なのだ。
しかし、そんな世界最強であるはずの千冬の現状をを見て、女性は表情に出さずに思う。
(誰が思うんでしょうね……かの世界最強、ブリュンヒルデである織斑千冬が、その実かなりのブラコンだったなんて)
実際、目の前でこうしてみている自分でも信じられないくらいなのだ。
「ほら、そろそろ第二回戦、始まりますよ。ピットに行った行った」
「……分かった……な、なぁ! 一夏はちゃんと見ててくれるだろうか!? 私の勇姿を!」
「良いからさっさと行ってくださいって!! もー……」
女性が千冬の姿にあきれ果てたその時、扉がノックされる。
次いで部屋に入ってきたのはどう見ても一般人とは呼べない雰囲気を放つ数人。
その誰もが、服にとある紋章をつけている。
それは、ドイツ軍の軍人であることの証左であった。
「失礼、フラウ・オリムラはいらっしゃるかな?」
「えっと、何の御用でしょうか? これから彼女は試合なのですが……」
入ってきた軍人に、女性が対応する。
彼女は織斑千冬付きのマネージャーのような役割を持っている。
ゆえに、このように来客などがいた場合はまず彼女が取り次ぐこととなっている。
今回のように、試合を直前に控えているのなら、選手の精神に負担をかけないよう、なおさらである。
「フラウ・オリムラの弟君の件で少々お話が」
「織斑さんの弟の……? それはいったい……」
その直後に軍人から聞いた言葉に、彼女はまず己の耳を疑い、そしてちらりと千冬の方を見る。
自分が見られているという事も気づかず、彼女は相変わらずガチガチに緊張していた。
そんな千冬の状態を見て、内心彼女は舌打ちをする。
(織斑さんの弟が誘拐されたですって!? 警備は何してたのよ!!)
だが起こってしまった事は仕方ない。
ならばこの事態をどうするべきか。
(織斑さんに言うべき? いえ、彼女は試合直前、下手な事を言えばどうなるか……しかしここで伝えないで後に発覚したらそれこそどうなるか……)
あぁ胃が痛い。
伝えるにしても伝えないにしても後々ロクなことにならない。
その事に思い至るほどには聡明だった彼女は腹を押さえる。
胃がキリキリと捻られているようだった。
そんな混沌とした状況の中、ふと場違いなほど軽快な音楽が流れ出す。
誰もが急に流れ出した音楽に首を傾げるが、ただ一人、その音楽に超反応を示した人物が居た。
「これはっ! 一夏からの電話か!!」
さっきまでの緊張何のその。
固まっていたであろう身体は即座に柔軟性を取り戻し、身体全体をばねの様に跳ねさせ、ロッカーへと噛り付くように向かう。
そしてロッカーの扉を開け、中にあったカバンから携帯を取り出す。
この間ざっと1秒とちょっと。
目にも留まらぬ早業だった。
「もしもし一夏か!? どうした? 何か問題でも!?」
千冬の言葉にマネージャーと軍人は唖然とする。
--誘拐された織斑一夏からの電話!?
そんな彼らの驚愕をよそに、姉弟の電話は続く。
『ちーっす、千冬姉。いや何、別に問題ってわけじゃないんだが……いや、これは問題か?』
「なんだ? はっきりしたらどうなんだ」
『いや、なんつーか、俺誘拐されたっぽいわ』
「……はい?」
電話越しの弟の言葉に、千冬は思わず思考回路を停止させた。
ゆうかい、融解、誘拐……誘拐!?
思わず慌てだす千冬の様子を電話越しに察したのか、電話からあわてたような声が届く。
『ああ! つってももう誘拐犯はぶっ飛ばしといたから、これから徒歩でそっちに戻るつもり』
「だ、大丈夫なのか?」
『大丈夫大丈夫。ざっと……一時間ぐらいで会場戻る』
「いっそ私が迎えに行ったほうが……」
『あんたこれから試合だろうが! 良いからさっさと試合へGO!』
「だが……!」
一夏の言葉にそれでも渋る千冬。
彼女は多少を越えたブラコンの気質があるが、それを抜きにしても彼女のこの態度は正しいものである。
誘拐された家族を心配するなと言うほうがおかしいのだ。
しかし、一夏はそんな姉への最終兵器を繰り出した。
『俺、千冬姉が決勝戦で優勝するところ見たいなー』
「……む」
『ざっと一時間くらいで帰れるから……帰ったときぴったり千冬姉の決勝戦だったら劇的に感動的だろうなー。それで優勝したら自慢できるなー』
「分かった、一時間だな? 気をつけて帰ってこいよ?」
このやり取りを最後に、電話は切れた。
しばし切れた電話を見つめていた千冬だったが、やがて携帯をカバンにしまうとそのままピットへと向かう。
「あ、あの、織斑さん!?」
「なんだ? これから私には一時間以内に決勝戦まで行くという使命があるんだ。時間が惜しい、行かせてくれないか?」
「いや、その対応はおかしい! 弟さん誘拐されたんですよね!? なんでそんな落ち着いているんですか!?」
「落ち着いていない。非常にやる気に燃えている」
「そういう問題じゃあない!!」
結局、マネージャーの言葉を無視して千冬はピットへと向かっていった。
ちなみに、終始軍人は展開についていけていなかったりしている。
「あぁもう! ちょっとどういうことなのか説明してくださぁぁぁぁい!!」
マネージャーの叫びは、多分届かない。
※ ※ ※
「……これでよしっと。さてと、それじゃ帰りますかね」
先ほどまで姉へかけていた電話を切り、ポケットへねじ込む。
そしてねじ込むと同時に自身が椅子代わりにしていた男の背中から飛び降りた。
「ば……ばけもの……」
「いや、まぁさすがに俺もやりすぎたかなぁとか思ってるけどさぁ、先に手を出してきたのはそっちだし、まぁ俺は悪くない」
一夏はそう呟くと、手に持っていた黒に赤い装飾が施されている大型拳銃を傍に落ちていた肩掛けカバン……これは自分の物だ。にしまい、ついでこれまた傍に落ちていた拳銃を一丁拾い上げる。
それはステンレス製の回転式拳銃だった。
その拳銃をじっと見つめ、一夏は呟く。
「これだったら『あれ』の練成に使えるか?」
呟き、その拳銃もカバンにしまった。
「さてと、さっさと会場に帰りますか」
最後に、腰にホルスターで固定してある一冊の書物を撫でると、一夏はそのカバンを肩にかけてその場……会場からやや離れた場所にある廃工場から飛び出した。
なお、彼は一時間を数分オーバーしたところで会場に戻り、姉が無事に決勝戦で元気一杯に戦っているところをしっかりと見学していた。
最初だからと言うのもあるが、ちとこれは話が分かりにくいのではないか……?
これからその分からない点を分かるようにしていけるようにがんばります!