倒れた老婆の診察を行うリヒトーフェン、直ぐに病状が分かった。
「あぁ、こりゃあ先進国の老人に多い血漿の輸血が必要な骨髄異形成症候群だな。しかも特別な血漿のな」
老婆の顔を見て病状を判断した後、老人の顔に視線を向けて冷たい言葉を掛ける。
「ここは病院じゃないからな、助からんわ。御老体、妻は諦めてくれ」
「な、この・・・!」
最愛の人を諦めろという宣言された老人はリヒトーフェンを睨み、殴りかかろうとしたが、自分で抑え込む。
これを見ていた孝は、老婆を見捨てることが出来ず、助けようと決断する。
もちろん反対の声が上がった。
「なに、くたばる寸前の婆さんを助けるために病院へ行くだと!?勝手なことを言うんじゃない!」
仮の武器庫の門番をしていたブルクハイトは、孝を怒鳴りつける。
「もちろん分かっています。ですが、僕はどうしてもこのお婆さんを見捨てられません!」
孝がブルクハイトを説得している最中、シュタイナーとシュルツが通りかかる。
「何事だ、ブルクハイト」
「これは少佐殿。この小僧がもうすぐくたばりそうな婆さんを助けに武器を寄越せと申しております!」
ブルクハイトから孝の要望を聞いたシュタイナーは、直ぐに彼の要望を承知するようにブルクハイトに告げた。
「この少年の頼みを聞いてやろう。ブルクハイト中尉、直ぐに武器庫を開けたまえ」
「なっ!正気ですか少佐殿!?この小僧殿に武器を渡すなど危険極まりません!」
隣にいたシュルツは反対の声を上げたが、シュタイナーはそれを一切耳に入れず、ブルクハイトに武器庫を開けるように再び告げる。
頼みが通じた孝はシュタイナーに頭を下げてお礼し、コータを呼ぶ。
そこへ平八がやって来て、準備をする少年に、冷徹の目線送る男に事情を聞く。
「これは少佐殿、この我らの子孫が一体何を?」
「行方不明者になろうとしている奴だ。あの眼帯の女と同様にな」
「(この男・・・侮れん!)もし戻ってきたら・・・?」
「受け入れるさ。そうしなければパンツァーマイヤーが煩い。もし帰ってこなければ老婆を楽にする」
シュタイナーの言葉に平八は疑問を抱き、シュルツは避難民が二人ほど減ると確信した。
だが、老婆を助けたい者はまだ他にも居た。
先客の一人である小柄で頭に赤いスカーフを巻いた女性、アリシアが志願したのだ。
あさみも志願し、避難民の一人である田丸も志願する。
その中にはルリの姿もあった。
この集まりを見ていたデンプシーは、近くにいたゴロドクに話し掛ける。
「なんだ、この集まりは?」
「くたばりそうなバアさんを助けに、病院へ行くメンバーだ。アメリカ人」
「自殺志願者って訳か」
納得したデンプシーは、煙草を吸い始める。
一応ここの指揮官であるマイヤーが用意した物の説明を受ける救出メンバー達。
「余り人は出せないぞ。もし動けなくなった場合は、この信号弾を使え。ディーターがヤークトティーガーに乗って向かってくる。それに銃はもしもの為だ、余り派手に撃ちすぎて迷惑を掛けるなよ?これは輸血パックを保存する鞄だ。こいつはケミカルライトだったか?」
「あ、はいそうです」
「ありがとう。他にも色々ある。では、生きて帰ってくる事を祈る」
マイヤーがローマ式の敬礼をした後、コータもローマ式で返す。
「
この返しにマイヤーは笑い、コータにある約束をした。
「帰ったら騎士鉄十字勲章を見せてやろう」
「ありがとうございます!マイヤーさん!」
コータの感謝の後、これから病院へと向かう彼等を見送ろうとする者達が集まってきた。
そしてルリの背後に這い寄ったルッキーニは、彼女のまな板のような胸を掴む。
「ひゃっ!?」
「む、胸が・・・無い!?」
これに驚いたルッキーニは、直ぐにシャーリーの元へ行く。
「しゃ、シャーリー!ルリには胸がないぞ!」
大慌てをする彼女等を余所に、小室一行のメンバーは、孝とコータを心配する。
「小室君、私も行こうか?」
「いえ、先輩はもしもの時の為に残ってください」
冴子が自分も行こうとするが、孝に断られる。
次にパッキー達もついていこうとしたが、スコルツェニーに止められた。
アリシアも心配されていた。
「アリシア・・・私も行こうと思ったけど、マイヤーさんが許して貰えないみたい」
「エイリアスも行きたいのに、マイヤーがやめろって言うんだ・・・」
「良いのよリエラ。あの婦警さんと田丸さんは頼りなさそうだけど・・・新しい三人は頼りになりそうだわ」
同じ能力を持つリエラにエイリアスに答えたアリシアは、セルベリアが居ないことに気付く。
「あれ、セルベリアさんは何処へ・・・?」
「さぁ?外に居るって聞いたけど・・・」
リエラが答えた後、そこにセルベリアが姿を現した。
モール内で見なかったリヒターも一緒だ。
「姿が見えないと思ったら、銀髪美女とデートしてやがったのか!」
ゴロドクが言った後、デンプシー等がリヒターに野次を飛ばす。
そんな彼等を無視して二人は孝達の元へ向かう。
「話は聞かせて貰った。周囲から銃声が聞こえるが、遠くの方だ。その所為か歩く死者の数が少ない。病院からご希望の物を取りに行くのは容易だろう・・・しかし、女兵士達が彷徨いている、油断は禁物だ」
飴を食べてるので、孝は彼が言葉が分かる。
セルベリアも彼等に伝えたいことがあるらしく、声を掛ける。
もちろん彼女の美貌を見ていた麗は、悔しがっていた。
周囲から「負けた・・・」と言う声も上がる。
「君が小室か?」
「はい、そうですが・・・」
「聞いた話の通りだ。ここまで来たのは君のお陰な様だな。それと、あの少女がルリか?」
視線を向けた方向にルリが居たことに、孝は答える。
「そうです。ここに来させますか?」
「いや、結構だ。(リヒターの言った事が正しいなら、あの少女も私と同じ能力を持っているということになる)」
暫し見た後、アリシアにルリの事を伝え、屋上へと向かった。
そして病院へと向かうメンバー、孝・コータ・あさみ・田丸・ルリ・アリシアの六人がモールから出発した。
出る前に見張りから周囲に敵影無しと告げられた後、モールの外を出て、辺りを警戒しながら病院へと向かう。
周囲から銃声が聞こえ、空を見上げれば航空機が編隊を組んで飛んでいる。
「空自の航空部隊かな?それにしても型がおかしいけど」
コータは上空を飛行する航空機を見ながら呟く。
公道には死体が散乱し、EMPの影響で動けなくなった車も周囲に放置されている。
「こんな世の中なのに戦争するなんて・・・正気なの?」
消音器しか着いてないM4A1カービンを持ちながらアリシアはこの現状に対して疑問を抱き、声に出す。
その言葉にあさみとルリを除く皆が納得する。
「ホントですよね。どうしてこうなったのか・・・」
孝はイサカM37を強く握り、この現状に苛立ちを感じる。
それを改造さすまたを担ぐ田丸が彼を落ち着かせ、それにコータも便乗する。
「落ち着けよ、兄ちゃん。そんなにイライラしても何も変わらないぜ?」
「そうだよ小室。所で後何分歩いたら着くっけ?」
「それもそうですね。あぁ、確かあと十分か九分で・・・」
言い終わる前に、遠くの方からトラックのエンジン音が聞こえてきた。
直ぐにリヒターの報告にあった女兵士達つまりワルキューレの物と判断した。
あさみと田丸は分かっていないらしく、自分達の存在を知らせようとしたが、アリシアに遮蔽物まで引っ張られる。
「どうしたんですかアリシアさん?」
「早く隠れて!」
何かしらの嫌な予感がしていた孝は直ぐに茂みに伏せて身を隠し、コータも彼の隣に向かい、同じく身を隠す。
ルリはアリシア達が隠れる場所まで向かい、スターリングMk7の安全装置を外して構える。
「一体何が来るんですか・・・?」
「しー!静かにして」
突然の行動にあさみはついてこれず、アリシアに聞いたが、静かにと言われるだけである。
数秒後、M5A1ハーフトラックを前にユニヴァーサルキャリア、兵員トラック三台が孝達の目の前を通り過ぎた。
乗っている全員は全て女性であり、装備は第二次世界大戦のイギリス陸軍の物であった。
これを見ていたコータは直ぐに判断する。
「第二次大戦のイギリス陸軍の装備じゃないか・・・!」
「あぁ、でもみんな美人だったな」
唖然するコータに田丸が便乗、そんな彼等をほっといて孝はアリシアに事情を聞く。
「どうして隠れたんですか?」
「私達も何度か遭遇して交戦してきたから・・・それとも私達がこの世界の人間じゃないからかな・・・?」
小首を傾げて悩むアリシア、気にすることもなく一行は歩みを再開した。
「着いたか・・・しかし、かなり荒れてるな・・・」
病院へ着いた孝達、田丸が驚きの言葉を上げるとおり、設備の整った病院は奴ら発生の所為でかなり荒れていた。
「暗闇で奴らと戦うことになると、結構厳しいな・・・」
「一応は明かりを灯す道具は揃ってるけど、懐中電灯とフラッシュライトが無いし、贅沢は言えないね」
不満を漏らす孝にコータはそれに答えながら、地面に下ろした背嚢の確認を行う。
白い建造物に見える血痕の後を見たあさみは震え、アリシアも少し不安になる。
その時、ルリが何者かに捕まり、男の声が後ろから聞こえてきた。
気付いた一同は直ぐに振り返り、身構える。
「動くんじゃねぇ!この餓鬼をぶち殺すぞ!」
ルリを抑えていた男の正体はなんと警察官だった。
後ろにも証拠である制服を着て、S&W M37エアウェイトを構えた警官も居る。
この驚愕の現象に、あさみは絶望する。
「え・・・なんで警察官が本来救うべく少女を人質に・・・?」
「あ?こいつは交通課の奴か。もうこんな世の中だ、法なんざ意味ねぇよ!」
「その通りだぜ!もう法なんて守る必要もない、好き放題やらせて貰うって訳よ!」
この現状に孝とコータ、田丸にアリシアは怒りを覚える。
「貴方達は本当に警官なんですか?」
イサカM37を構える孝は警察官とは思えぬ行動をする彼等に問う。
「あぁそうだ、“元”だがな。これからはやりたい放題する無法者だぜ。さぁ、この嬢ちゃんを離して欲しければ食料と武器を置いていきな!」
この要求にアリシアは呑んだふりをし、M4A1を首に掛け、手を挙げながら暴徒に近付く。
もちろん孝とコータにはそのアリシアの作戦が分かっていた。
「要求を呑むわ。その娘は私の妹だもの」
「英語で何を言ってんのが分かんねぇが、妹らしいな。よし、俺も前に立て」
ルリを抑え込んでいた大柄の警官にアリシアは近付き、前に立って睨み付ける。
「この姉にしてこの妹有りだな。ホレ!」
空いている手で鼻を穿っていた警官は、鼻糞をアリシアの頬に付けた。
「おっと、済まねぇ、その綺麗な顔の表情にむかついて鼻糞付けちまった。ギャハハハハ!」
下品な笑い方をする警官に怒り心頭のアリシア、次にあさみは「何故このような行動をするのか?」と無法者と化した警官達に聞いた。
「な、何故そのような事を平気で出来るのですか・・・?貴方達は警察官なのでは・・・?」
孝と同じ事を聞いたあさみにキレたルリを抑え込んでいた大柄の“警官”は、彼女に向かって怒鳴り散らす。
「うるせぇ!同じ事言わせんな、スカッとするからやってんだよ!ボケがァ!!まずはテメェから犯すぞ、このアマ!!」
ドスの効いた声で怒鳴られた為にあさみは尻餅を着いて絶望した。
それを田丸が支え、怒りの声を上げる。
「それでも警官か!?お前等は!!」
「黙れ!このハゲッ!」
拳銃を構えていた“警官”の視線が田丸に向いた。
このチャンスを逃しはしないとアリシアはM4A1を握り、ストックで大柄の男を殴る。
「フベェッ!?」
鼻を穿っていた指が鼻にめり込んだ為に、左腕が使えなくなる。
右腕からルリの拘束が解かれ、自由になった彼女が大柄の男を、拾い上げたスターリングMk7で蜂の巣にする。
「こ、この餓鬼ィ!死ねぇ!」
拳銃の撃鉄を引こうとした男にアリシアはM4A1の安全装置を素早く解除し、短発で発砲した。
銃口から飛ばされた5.56㎜NATO弾は男が握る拳銃の撃鉄を破壊し、そのまま右手の指を一つ奪った。
「グワァァァ!!指がァ!?」
トドメにルリがスコップで首と胴体を切断した。
頭部が無くなった男の死体は地面に倒れる。
これを見ていた一同は、ただ唖然するばかりであった。
次は病院へ・・・