実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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うんこもれりゅ!!!!!









世界樹1

 

 

 

 何処までも広がる蒼穹に浮かぶ様に存在する拠点『ハイランド』。その拠点は巨大な一本の樹である『世界樹』の樹上を切り拓くことで建造が進められていた。

 宇宙より降下した貴方は拠点を中心に世界樹を探索し、遠い過去に失った故郷の地表へとたどり着くことが使命である。

 

 

 

 

 

 --1

 

 絶対に素晴らしい世界が広がっている、興奮気味に仲間が主張していたのを、手を休めずに貴方は思い出した。その気持ちは痛いほどわかった。『世界樹』と呼ばれる拠点の土台に選ばれた樹木は、その雄々しい名前通り力強く溌剌とした生命力を、一目で貴方に感じさせた。千切り取った青々とした葉には力強い葉脈が刻まれており、瑞々しい青臭い汁が日によってきらきらと輝いていた。貴方が住む宇宙船、その一角に植えられている水気と輝きの足りない植物とは別格だった。貴方は仲間が、葉っぱの表面構造すら異なっていると教えてくれたことを思い出した。おおよそ八千メートル近い高度に広がる枝葉は、小さな水の粒が集まって構成されている雲とやらから容易に水分を取り込み、降り注ぐ粒子線や化学線、電波にも強く、また横に伸びるように広がる電撃である雷と呼ばれる気象現象にも対応できるように進化しているらしい。貴方の身近に存在する植物とはまるで逆方向に特性を伸ばした『世界樹』には、学者たちも興奮を隠しきれず、自らの危険を顧みず降下に参加した強者も多くいるのだとか。

 

 そんなことを思い出しつつも、休むことなく手を動かし続けた結果、『世界樹』に吊るされるように巻き付いていたロープを切断することに成功し、やっとのことで貴方は解放された。降下時よりも遥かに緩やかな浮遊感と落下の衝撃を受けた後、難なく立ち上がり、周りを見渡した。視界が狭く、補助機能はすべて切れていた。

 

 貴方が改めて兵装を確認すると、着用している探索用のアシストスーツの機能を初めとし、ほぼ全てが停止していた。極限環境突入用のロックが掛かったままであり、可動部が制限されている。これではスーツに関して単なる重くて丈夫ででかい服と化し、銃器は杖となった。試験的に導入された兵装に元より期待はしていなかった。ただ、地球探索前に木星の衛星を採掘した報酬の一部なのだ、せっかくだからお洒落したかった。更なる改良が必要だろうことはわかりきっている事実だが、それはそれ、これはこれ。使える物と言えばロープを切断した際に使用したナイフと栄養価のみを求めた一日分の糧食程度、そして無傷の貴方自身の体だ。『世界樹』からの落下を免れたことに関しては運が良かった。足の踏み場があるのが特に最高だ。今日はスペシャルデーだ。いつだって貴方は運が良い。

 

 地球の大気分子が電離している空間まで極めて小さな機械がばら撒かれており、貴方の文明を支えるメタマテリアルの技術の殆どをガラクタに変えてしまった。そのせいで安全とは程遠い降下を行わなければならず、落下傘による極めて原始的な手段が取られている。シンプルなガス惑星や液体惑星ならば落下傘無しで突入したものを……と貴方の脳内に不満が浮かぶ。また帰還する際にも爆発物を用いたエネルギーによって飛翔体を宇宙へと飛ばす危険な方式が取られている。貴方を含め、千を超える探索者が地球への降下を試みたが、運悪く世界樹の枝葉から逸れてしまった者を見送ることしかできなかった。そもそも落下傘による降下はコストが低い代わりに危険性が高く、推奨されていないのだから自業自得でもある。

 

 直接地球へと無人探査機を送り、調査する試みも行われており、数百と挑戦しているようだが未だに成功した知らせは無い。無人機を原始的な物質と構造に作り変える必要があり、その結果脆弱になるのが原因だと考えられる。また素材を世界樹由来に頼っているため、特性への見識が深まっていないことも成功への妨げとなっているようだ。

 

 貴方は現在、『世界樹』の下層ほどに引っかかっていた状態だ。拠点は上層にあるため、一度どうにかして登らなければならない。探索用の鈍器を装備しなかったことが悔やまれる。重量によって落下地点が大きく乱れることを嫌ってナイフのみを選んだのは貴方だ、仕方ないと気持ちを切り替えた。とはいえ、試験装備が無ければ鈍器も持ってきていたのだが、と内心で貴方はジレンマに悩んでいた。

 

 スーツを脱げば、粒子線や化学線、電波、微弱な毒性の大気などに晒される。防御性能は折り紙付き……らしい。脱ぐという選択肢は一時の楽を得る代わり、そう遠くない未来での苦を早める。そもそも新しいスーツを脱ぎ捨てるなど、前回の探索を無に帰すような物である。

 

 貴方は『世界樹』の幹を目指し、壊れたスーツを着たまま軽い足取りで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 --2

 

 『世界樹』の樹上で建設が進められている拠点『ハイランド』は、消費している資材の大半を『世界樹』に依存している。月と呼ばれ、激しい戦争によって荒廃した衛星に停留している母船、二十七万キロメートル離れた位置に留まる人工天体、そこから先いくつかの中継天体を経て、確実性は低いものの物資や人員を射出することで輸送を可能としている。しかし、輸送される物資の大半が拠点利用のためであり、地球に撒かれた極小機械群の影響を受けない資材ばかりだった。飲食は『世界樹』の迷宮から発見・供給されている物資ばかりだった。

 そう、『世界樹』には迷宮が広がっているのだ。世界樹を見下ろしたとき、そのちょうど中央、幹の真ん中を大空洞が広がっている。縦方向に奔る空間には、未知の動植物が群生して独自の生態系を形作っている。さらに貴方の文明とは異なった文化を継承しているかのような遺跡群も連なっている。故郷を失った遠い過去の文明や文化とはまた異なる、奇妙な文化が。それを誰かが迷宮と呼び始め、定着した。正式名称もあるのだが、形式を重要視する書類を書くインテリを除けば誰も意識していない。

 『世界樹』の外から降下して成功した方法は一度もない。無人・有人のどちらも。学者によると、凄まじい対流が起きているのだとか、地面が無いガス惑星となっているのだとか、プラズマ流が吹き荒れているのだとか、猛毒の大地となっていて溶けるのだとか、そういった可能性が考えられるらしい。宇宙での射出や地球への突入、『世界樹』から見下ろした地表はどこまでも青だった。青が広がっているだけ。そんな故郷の大地への希望は強かった。『世界樹』が雄々しく生えている、その事実が大地の存在を仄めかしているからだ。今現在、地表へと貴方たち人類が踏み出すことのできる最有力の方法が迷宮だった。未だ誰も踏破していない代わりに、未知の物資を手に入れて帰還することが叶っている。最も地表へと近づけているため、最も期待されているのだ。安全かどうかはまた別の話であったが。

 

 『世界樹』の巨大な葉は、スーツを含んで二百キロ近い貴方の重量を苦も無く支えてくれていた。葉先は不安だが、中ほどなら少しばかりしなりながら沈み込むだけで、気持ちやわらかい素材の床を歩いている様だ。葉が抜け落ちるだとか、枝が千切れるだとか、そういう心配を抱かずに済んだことに、貴方は安心した。事前の知識として、腐っていたり枯れていたり、陽光が明らかに足りなかったりとした部分は歩かないようにと伝えられ、それを守っているからこその安全であった。

 

 幾度かの休憩を挟み、味気ない糧食を腹に詰め込み、眼前に広がる葉の間から見える雄々しい幹へと歩みを進めた。スーツが無事であったなら幹をよじ登れたのだが。いや、そもそも何の問題も無ければ無人機が飛び交って、人間の手を借りず機械的に開発が進んでいた可能性も高い。先ほどの糧食同様味気ないものだったかもしれないと貴方は思い至った。犠牲者もいる手前、大っぴらに喜べないが、これはこれで悪くないという考えを持っている者も多く、貴方もその一人だった。

 

 目的であった幹がすぐ目の前に広がっている。試しにナイフで切りつけると、抵抗なく刃が入っていく。だが、それで終わりだった。十分な装備が揃っていない今、新しい穴を広げて中に入ることは出来ない。時間をかけて繰り返し皮を剥ぐことも出来るが、開発されていない『世界樹』の樹上で長時間を過ごすことは推奨されていない。雲による温度低下、気圧変動の嵐、雷による感電。装備が完璧であるならば高所作業も難なく行えるが、現状では他にも様々な危険が付きまとっている。素早く迷宮内部へと進むことこそ、貴方の最優先事項だった。

 

 遠くで雲が輝くように光を纏い、置き去りにされていたゴロゴロと鳴る音が響き、貴方の耳を刺激した。余裕はあまりない。ぐるりと幹の外を沿うように歩く。何処かしらに探索用に開けられた入口があるはずだ。すぐに『世界樹』は雲に覆われ、視界が白く染まった。水滴がスーツにまとわり付き、濡れた葉は足取りを重くする。突如、一線を描くように光が流れた。貴方の視界を横切ったそれは、音を響かせながら『世界樹』の巨大な枝葉を焼いた。雷は幹を伝って消えていた。音を立てて、目の前にあった枝が焼け落ちた。あと数歩、下手したら一歩でも前に進んでいたら、貴方は雷に撃たれていたかもしれない。

 貴方が両手を広げても余りある大きさのそれは、幾つかの葉を千切りながら落ち、更に下に生えていた枝へと衝突して止まった。貴方が目を凝らして折れた枝を見ると、すぐ傍の幹に横穴が開いているのを見つけた。巻き込まれて落ちた葉がまるでクッションのようだった。貴方はいつだって幸運だ。

 

 

 

 貴方はついに迷宮へと足を踏み入れた。想定していた形式、状況とは遥かに異なっていたが、それでも念願の迷宮への第一歩だった。

 

 

 

 

 

 --3 第x階層 旧宇宙センター タ■ガシ■

 

 迷宮の中は様々な光に包まれていた。壁伝いには柔らかな光を放つ苔のような物、遺跡群にへばりついた液体は毒々しい緑の蛍光色、白く輝く胞子をまき散らす怪しげなキノコ……。光の届かない暗い脇道を横目に、光の溢れる道を進む。スーツによる視覚補助どころか左の義眼が停止して満足な視界が望めない今、自らを危険へ導く真似はしない。

 

 歩いていると見たこともない植物が群生しているのを発見した。迷宮内の植物を採取して拠点へと運べば換金できるのを思い出したが、生憎と貴方には知識が無かった。事前に与えられているデータベース内になら存在しているかもしれないが、残念ながら記憶メモリごとスーツはオシャカなので確認はできない。結局少しの休息を取るだけで群生地での行動を済ませた。迷宮内は強い毒性を持つ動植物が存在しているので注意するようにと聞かされていた貴方は、後ろ髪をひかれる思いでその場を後にしたのだった。

 

 遺跡群の影からブブブ、と耳障りな音に貴方は気づいた。どうやら羽音のようだ。可動部にロックが掛かっているスーツでは、動きに制限が課されている貴方は、右手に握っていたナイフを逆手に構えた。伸ばしきることのできない腕では、順手によるナイフ捌きは披露することは叶わない。そもそも見せる相手がいないのだが。

 

 脚部の間接にもロックが掛かっているため走るのにも一苦労だが、貴方は若干猫背気味になりながらも軽やかに駆け抜ける。影に待っていたのは巨大な羽虫だった。すれ違い様に羽根を切り裂くと、無様に落下した。だが虫もただでは仕留められてくれないようだ。飛んでいた虫の這いずりとは思えない速度で、貴方のスーツへと口吻を伸ばした。伸びた口吻が二股に分かれ、内部からグロテスクな口に似た器官が飛び出した。液体でテラテラと怪しく輝くその口を、貴方は掴み取り、力任せに引っ張り出した。情けない叫びが虫から吐き出される。貴方はその器官を引き千切ると虫の胴体や羽根へと投げつけ、頭部へストンピングを浴びせる。重要なのはソフトウェアではない、ハードウェアなのだ。その勢いたるや凄まじく、毒々しい緑の蛍光色の体液をまき散らしながら頭部が弾け、その体液は足元の遺跡群を溶かし、貴方を下層へと落下させた。古い遺跡群だ、当然脆くなっている部分もあるのだ。が、そのことを失念していた上に虫の体液によって溶かされるなど貴方の認識外だった。強すぎてすまない。

 

 貴方はさらに迷宮の下層へと落下するも、宙で体勢を整え、猫科の動物を彷彿とさせるしなやかさで着地した。惑星や衛星の調査・探索時に兵装スーツでの突入で運試しを行うのを趣味としている人間だ、この程度なら寝ながらできる。というかあまりに危険すぎて気絶したまま突入することもあるので、半ば無意識で体勢を整えられる。

 

 内心で完璧すぎかなと自画自賛。ギチギチと耳障りな音が頭上から聞こえた。見上げてごらんよ、その先には貴方へと敵意を滾らせる巨大なムカデ。そして周りには幾人もの死体。五体満足な死体は無い。溶けた形跡や噛み千切られた様子だった。ムカデが口元の毒針から液体を滴らせながら、その鎌首をもたげている。ぴちょん、と一滴。ボジュッという音とともに、地面が溶けて凹む。貴方は呟いた、きっも。その言葉のせいではないとは思うが、ムカデの頭部が貴方へと襲い掛かる。二度言うが、重要なのはソフトウェアではない、ハードウェアなのだ。貴方は軽やかにバク宙でその場から回避する。そして無様に倒れこんだ。重力と重量が予想以上に重く、遥かに重力が軽い衛星での活動に慣れていたのが原因だ。

 

「そこのお前! だ、大丈夫か!?」

 

 貴方の背に声が掛かる。立ち上がりながら目をそちらに向ければ、そこには二メートルを超える迷彩柄の鎧を着たマッチョが遺跡群に身を隠していた。大丈夫かだって? むしろ原始的な格好をしているお前が大丈夫なのかと貴方は心配になった。古代の戦士か。氷漬けから蘇ったアイスマンなのか。いや待てよ。聡明な貴方はすぐに思い出す。迷宮では極小機械群のせいで最先端のテクノロジーは全て使用不可、過去の遺物と化した。代わりに台頭したのが火薬や電気といった古い技術だ。無人機から歩兵、反重力から馬車へ。そうなると自身こそが石器時代の戦士なのではないか、と。

 

 飛び込んできたムカデの頭上へと跳びあがる。今度は完璧だった。貴方は二度同じミスを繰り返さない。そして三度言うが、重要なのはソフトウェアではない、ハードウェアなのだ。よく考えるとスーツのソフトウェアは貴方だ。体の二割ほどを機械化している最新鋭のCPUだ。そしてハードもGCと名付けられた試作型の最新兵装。ハードもソフトも最新型。負ける気せーへん、おニューやし。巨大ムカデの頭部へ、おそらく地球上最新と思われるドロップキックが炸裂した。

 

 なお貴方の体は二割が機械化されているが、地球では機能不全を起こすのを忘れてはならない。つまり、早く拠点に戻って代替品を取り付けないと死ぬことを思い出した。

 

 やべー^q^

 

 

 

 




貴方
職業:メタリカ
称号:ジャンパー
貴方は幸運に恵まれています。
貴方のスーツは最新ですがロックされています。
貴方のスーツはまるでゲームキューブのように丈夫です。
貴方は未知の惑星・衛星・彗星などへの探索者としてベテランです。
貴方の体は二割が機械化されています。
貴方は拠点へと戻らなければやべー^q^です。

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