賢者の石 ホグワーツ特急編。
あまり魔法というものが身近でないように感じていた。
日常生活で魔法に触れる機会は多々あるが、地味なものばかりだ。
母が魔法をあまり使わない人であったし、父も薬を調合するくらいで、両親が作ってくれる玩具が最も魔法らしいといえる物であった。
尊敬はしていたが、やはり物足りなかった。
魔法を近く感じたくなると、宝物である「夜空を閉じ込めた魔法球」を眺めるのが日課だった。
そんな日々を過ごしていると母が私を呼んだ。
何かいい事があったのだろうか、声が弾んでいるように思えた。
母が飼っている大きなフクロウが暖炉近くの止まり木で休んでいた。
濡れたように艶のある黒い翼が暖炉の炎に照らされ、輝いているようだった。
無口な父が休暇の際にフクロウと私が並んでいる姿を見て、似ていると言っていたのを思い出した。
私がフクロウ顔ということなのだろうか。
内心でもっと可愛らしくなりたいものだと考えていると母が少女のような笑顔で手紙を差し出した。
何が嬉しいのだろうかと手紙の宛名に目を向ける。
そこにはホグワーツ魔法魔術学校と書かれていた。
母の手から引っ手繰るように手紙を受け取る。
何か文句を言われた気がするが、今は手紙の方が重要だ。
入学案内とそれに必要な道具、心得、etc。
手紙を読み終わる頃には胸を歓喜で満たされていた。
寝物語に聞かされたホグワーツは、憧れる魔法そのものだった。
両親の恩師から私が生まれたお祝いとして送られた、生きている猫のぬいぐるみもホグワーツに行けば沢山いるのだと聞かされていた。
居ても立っても居られなくなった。
教科書にローブ、使い魔……どれもすぐに欲しくなった。
すぐさま母に授業の準備をしようと迫り、「今はお日様が眠っているから無理よ」と杖で小突かれた。
翌日、朝早くに起きて母に頼み込んで、「今はお日様が起きていないから無理よ」と杖で小突かれた。
雑多な人ごみの中、荷物を詰め込んだ鞄を載せたカートを押しながら母の隣をゆっくりと歩く。
キングス・クロス駅の9と3/4番線から発車するホグワーツ特急に乗り込むためだ。
荷物の重さはあまり気にならなかった。
母が魔法で重量を軽減してくれていることもあるが、ホグワーツ魔法魔術学校に行けると思うと足取りが軽く感じられた。
ただ、荷物とその上で座っている猫のぬいぐるみ「ニャー」を見ていると恥ずかしさが込み上げてきた。
手紙が届いた翌日に準備を整えたことを今日まで母にからかわれ続けたからだ。
私は感情の起伏が乏しいらしいが、ホグワーツのこととなると年相応だと微笑むのは止めて欲しい。
少女のように可愛らしい笑顔を見せられたら、無表情だと言われる娘の立場が無くなってしまう。
そんなことをつらつらと考えていると、私と同じ年頃の少女のカートとぶつかってしまった。
零れ落ちる鞄、転がる鞄、投げ出されたニャー。
すぐに謝ると相手も不注意だったと言って許してくれた。
荷物を集め、カートに乗せる。
ニャーが最後に飛び乗って、準備完了。
ふぅ、と一息。
少女が目を見開いて驚いていた。
あれあれ、どうしたのかな。
荷物の多さにびっくりしたのかにゃー?
……ニャーですよね、すみません。
に、人形劇とかどうかしら?
マグルの間では糸で操っているらしいし。
そうだよねー、何もなしでぬいぐるみが跳躍したらダメだよねー。
知ってた。
私の不注意で記憶を消される不幸な少女が現れるのかと罪悪感を感じていると、彼女が一通の手紙を取り出した。
彼女は私と同様にホグワーツの新入生らしい。
どうやら危機を回避したようだ、彼女が。
9と3/4番線がわからなくて迷っていたようだ。
迷惑をかけてしまったのでお詫びとして一緒に行かないかと誘うとすぐに了承してくれた。
自己紹介を交わす、彼女の名前はハーマイオニー・グレンジャーというらしい。
母に、ハーマイオニーも一緒に行くことになったと伝えると、ころころと笑いながら認めてくれた。
……杖を持っていたが特に何も無かったに違いない。
……夢遊病のようにふらふらと歩く男性など私の視界には映らなかった。
途中でハーマイオニーがニャーについて聞いてきたので猫だと伝えておいた。
その返事に戸惑ったのか、ハーマイオニーは「ね、猫? 猫っていうのは……」と籠に入ったオレンジ毛の猫を見せてきた。
うん、やはりニャーは猫だ。
そう言い切ると潰れたような顔をしたオレンジ毛の猫であるクルックシャンクスが一鳴き、それを見てハーマイオニーも認めてくれた。
9番線と10番線の間の柵を抜ける。
その先は魔法使いや魔女のタマゴでごった返した駅のホームだった。
家族との会話をしている人や友人と話している人の間を抜け、濃い赤色の車体の汽車へと近づく。
これが私をホグワーツへと連れて行ってくれると思うと笑みが浮かんでしまう。
何となく見て回りたくなってハーマイオニーを連れ、汽車の外観をじっくりと眺めてしまった。
正面の番号とか「ホグワーツ特急」と金文字で書かれているのを見て満足した頃には、出発の時間になってしまっていた。
母に手早く別れを告げて汽車に乗り込んだ。
コンパートメントを見て回るが、都合よく空いている場所が見当たらない。
どこかで相席させてもらおうかとハーマイオニーと相談していると後を着いてきていたニャーが勝手に歩き出し、車両を進んでいく。
その小さな背を追って進むと最後尾の車両、外へと繋がる扉の前でニャーが立ち止まった。
何かあるのだろうかと眺めていると、ニャーがその柔らかな前足で扉をノックした。
小気味良い音が響き、その扉の奥から返事が聞こえてきた。
低い男性の声だった。
ニャーがつぶらな瞳で私を見上げ、前足で扉を指した。
入るようにということだろうか。
ハーマイオニーに顔を向ける。
こくり、と頷かれた。
軽く頷き返し、扉を開ける。
外へと繋がっているはずのそこは、コンパートメント2つ分くらいの広さで両側に窓が付いていた。
内装は他のコンパートメント同様だった。
そして目の前の席には、先ほどの声の主であろう男性が座っていた。
ニャーに急かされるように扉を抜ける。
男性の正面、扉側の席に座る。
私が座ったのを確認してからニャーが駆け出し、男性に飛びかかった。
制止の声をあげる暇もなかった。
ニャーが張り付いた男性は声を上げることもなく、優しくニャーを膝上に降ろして撫で始めた。
すぐに謝ると、気にしていないと返された。
失礼にならない程度に観察してみる。
上級生だろうか。
若さを感じる幼い顔立ちだが、雰囲気はどこか厳めしい。
私と同じ黒い髪に親近感を少しだけ抱いた。
ニャーを見つめる瞳は黒く、どこまでも澄んでいて、宝物を思い出させた。
まずは軽く自己紹介。
彼はナユタさんというらしい。
上級生なら聞いてみよう。
一番興味のあることだ。
授業は何が好きですかと聞いてみる。
「錬金術が好きかな」
ナユタさんはニャーを撫でながら答えた。
いつの間にか籠から出てきたクルックシャンクスが日向で丸くなっていた。
父と母が錬金術入門を勧めてくれたのを思い出した。
「そうなんですか。父と母が勧めてくれたので私も楽しみなんですよ」
そう伝えると「それはよかった」と柔らかく微笑んだ。
穏やかな人だと思った。
ナユタさんが杖を一振りすると、お菓子が沢山あらわれた。
好きなように食べていいと言われて手を伸ばしたかぼちゃパイを食べる。
ナユタさんが好きだというジュースを受け取って、そういえばと思い出して振り返る。
わたし、驚愕しましたという表情を貼り付けたハーマイオニーが固まったまま動かなくなっていた。
頬を軽く張ってみるが反応はない。
どうしたものかと思っていると、ハーマイオニーの様子に訝しんだナユタさんが「バジリスクの瞳は持ってきてないんだけどな……」と物騒なことを呟いていた。
それはつまり、持ち歩くことは可能であるということですか。
ホグワーツの上級生ってすごい、わたしはそう思った。
「夜空を閉じ込めた魔法球」:錬金術の先生に教わってスリザリン生が生み出した魔法球。女性はリアリストだが、技術や価値の素晴らしさは伝わるに違いない。
大きなフクロウ:濡れたように艶のある黒い翼が特徴。「私」さんの父に言わせると似ているらしい。
生きている猫のぬいぐるみ:それは まぎれもなく ヤツさ。(もしかして:ニャー)
お菓子:美味しい。
ジュース:美味しい。
ナユタさん:上級生らしい。お菓子とかくれる。錬金術を好んでいるとか。(もしかして:汽車に乗り遅れた生徒をホグワーツに連れて行くため。今年は問題なかったようだ)
次回は組み分け→授業の流れに違いない。
ネタバレ
「私」さん:1年。スリザリン。名前募集。ミス・スネイプ(震え声)
ハー子:1年。レイブンクロー。
ハリー:2年。グリフィンドール。幼馴染にブラックとかルーピンがいる。スリザリンと不仲。マルフォイと敵対状態。家庭、魔法、クィディッチと全てが満たされているため、心身が無敵状態に入っている。まさにジェームズの生き写しのようだ!
ロン:2年。グリフィンドール。マルフォイをリンチしている姿にどん引きし、ハリーとは仲良くない。
マルフォイ:2年。親世代でいうスネイプポジ。ハリーとの抗争時、クラッブとゴイルが役に立たないお……。基本的にソロ状態のため、原作より強い。
トム:闇の魔術に対する防衛術を受け持っているおじいちゃん。規則を破った学生にえぐい罰を与えるのが楽しみ。グリフィンドール生から減点するのが生き甲斐でもある。ポッター親子が揃って喧嘩を売ってくるのを罠を張って待ち構えている。
ヨロズ:錬金術師として高名。ただ、20世紀で最も死喰い人を「殺した」魔法使いという面のほうが知れ渡っている。