つづかぬ。
アメストリスと呼ばれる異国に流れ着き、20年ほどの時を過ごした。
それだけ長く過ごせば、自ずとここが日本とは何もかもが違うことを知る。
見知らぬ技術、見知らぬ人種、見知らぬ世界。
過去か、未来か、異世界か。
何でもよいと思った。
元の場所に帰る事が叶うのならば、この世界が何であろうと構わない。
ただひたすら、帰る術を求めた。
調べれば調べるだけ世界の知識は増えてゆき、代わりに更なる無知を知ることになった。
そして、帰還は不可能であると知った。
知ってしまった。
夢を見る度に思い出す私の故郷は、手の届かない場所だとわかってしまった。
この世界からすれば、夢だったのだ。
虚実であってくれと祈った“アメストリス”が真で、現実であれと願った“日本”は偽だった。
私にとって出来の悪い白昼夢にすぎない“ここ”が本当で、目覚めるべき世界の“むこう”は嘘だった。
言葉は何も出なかった。
あったのは度重なる空虚と、それを埋める様に込み上げる絶望だけだった。
空虚と絶望の交差を癒すまでに、10年以上の月日を必要とした。
人の感情というものは長続きしないのだと知った。
卑しくも、“むこう”に未練はあったが諦めもついてきていた。
夢で見る度に郷愁の念に駆られる女々しさにも、仕方のないことだと誤魔化すことで慣れていった。
そんな折、ホーエンハイムと名乗る男を拾った。
普段ならばそんなことはしなかったが、その時は一目見て身体が勝手に動いていた。
居場所を失った私とどこか似ているような気がしたことが理由なのかもしれない。
それほど時間をかけず、ホーエンハイムとは気が置けない仲になっていった。
偏屈な私には珍しいことだった。
話の核となる部分はぼかしつつ、互いのことを色々と話したように思える。
傷のなめ合いだったのかもしれない。
ただ、ホーエンハイムと、唯一無二の友との話は私にとって転機となったのも確かだった。
友が零した錬金術という、この世界特有の技術が手掛かりになるのではないかと気付いた。
“むこう”では錬金術はオカルトの一種のような印象を持っていた。
“こちら”も同様だと、知らず知らずのうちに決めつけていたため、ほとんど調べてはこなかった。
あまり知識が出回っていないことも拍車をかけた。
実演された錬金術は、出鱈目としか言いようがなかった。
次々と錬成される度に、無から有を生み出しているのではないかと思ったほどだ。
奇跡を見た気分だった。
そして希望を抱いた。
この技術ならば、現実と戦えるはずだと。
アメストリスの大地に立って70年を超え、第二の故郷とも呼べるようになった。
それでも日本を忘れることはなかった。
日夜錬金術に邁進した。
肉体や臓器を奉げることも厭わなかった。
そして、今ならば帰る事ができるかもしれないと期待できるほどになった。
残された時間は少ない。
ならば抱いた希望に賭ける以外、私が取るべき手段はない。
初めて錬金術を使ったときに使用した白いチョークで錬成陣を描き、中央に立つ。
願掛け代わりだ。
足りない肉を補うためにばら撒いた、人体錬成に必要な材料が足裏を汚した。
思考が“むこう”への思い出に染め上げられた。
奇跡に祈るように手を合わせ、ゆっくりと両手を床に付ける。
脳裏に一瞬だけ奔ったのは、骨を埋める覚悟ができなかったことに対する後悔だった。
5度目か、6度目か。
幾度となく訪れた白い間に、再び立っていた。
私の腕を、脚を、瞳を、臓器を、持った何かが笑いかけた。
長年連れ添った身体は徐々に崩壊していく。
枯枝のような四肢が消え去り、真理の記された門が開く。
セフィロトが描かれた扉は、その偉大さから何度見ても魂を揺らされているように感じた。
先の見えない闇。
欲望を見透かすかのごとく見つめる無数の瞳。
引き寄せるように、掻き抱くように、伸びる無数の手。
“ここ”で得た全てを持って行くがいい。
私は帰るのだから、何も要らない。
全てに委ねる。
この先に、私の世界があると信じて。
扉の外では、私が、俺が、嗤っていた。
見慣れた黒髪と黒い瞳が目に焼き付いたように離れなかった。
目の前が黒から白に変化し、目覚めた。
慣れていたため、状況の理解は早かった。
錬成した時と同様の、知っている天井だった。
失敗したことを瞬時に理解した。
再び絶望の淵に立たされた。
もう一度だ。
成功するまで何度でも。
時間は無い。
勢いよく起き上がる。
平時よりも遥かに力強く起き上がった。
逸らせる気持ちが身体を突き動かしたのだろうか。
いや、違う。
身体が全く別物となっていたためだ。
老いぼれた手足は瑞々しい若者のそれと同様だった。
いつもと同様の失敗だが、いつもと異なる状況だ。
何が起きたのか。
焦りで息が詰まったのか咳き込む。
血が流れ出た。
鉄臭さに顔を顰めるが異変に気付く。
血が止まらない。
そして感じる喉の痛み。
喉に触れると皮しかないことに気付く。
持って行かれたようだ。
触診の後、手早く錬成する。
組織と組織を繋ぎ合せるあまりに無茶苦茶な治療。
だが、問題ない。
どうせ贄でしかないのだから。
軽い身体に違和感を抱きながら鏡を探す。
見つけるまでにあまり時間はかからなかった。
驚愕のあまり叫んだが声は出なかった。
気道から空気が強く抜ける音だけが耳朶を打った。
若く変貌している自分の姿を見たからではない。
日本人らしさが失われていたことに、悲鳴をあげたのだ。
黒から白へと変わった頭髪、銀に近い灰色の瞳、色素を失った肌、骨格……。
何もかもが変わってしまった。
鏡を見ることで“むこう”を覗き込むことできなくなった。
繋がりが失われたのだ。
日本人だった、
イシュヴァールの内乱は軍将校がイシュヴァール人の少女を射殺したことから始まった。
1901年のことだ。
アメストリス兵とイシュヴァール人の屍が日々積み重なり、滴る血が日々大地に浸み込んだ。
終わりの見えない泥沼の争いだった。
1908年、戦線への国家錬金術師投入が決定された。
戦争は直に終わると、誰かが言った。
内乱の鎮圧はイシュヴァール全土の殲滅戦へと移行した。
戦場へと足を踏み入れ、さて何日が経っただろうか。
反吐が出るような糧食と反吐そのもののようなコーヒーにも慣れない。
慣れたくもない。
あれで士気に関わらないのだろうかと疑問を抱く。
刺すような強い日差しを送る太陽は禍々しささえ感じられた。
乾ききった空気と熱された砂漠には未だに慣れない。
砂が口に入らないよう防塵のため布で顔を隠しているが、蒸れて鬱陶しい。
ごてごてしたゴーグルは砂漠用にと改造したものだが、重くて苛立ちが募る。
歩みが遅くなることが機嫌を損ねてしまう原因だろう。
若くなったことで、精神的な起伏が激しくなったように思える。
遅々とした歩みの後、軍靴の跡が刻まれる。
目的の街を視界に収め、幾分の棘だっていた気分が和らぐ。
偵察のため、送った斥候の人数が減っていた。
イシュヴァールの僧兵の強さに舌打ちする。
それを自分への怒りと捉えたのか、目の前の兵士が身体を震わせた。
先ほどまでの苛立ちを隠さなかったことも勘違いを助長させたようだ。
怪我を負っている兵士の肩に手を乗せると面白いくらいに表情が歪んだ。
目の端には涙が浮かんでいる。
泣きだすくらいまで脅そうかと思ったが、戦場で遊ぶほど私にも余裕がない。
怯える兵の傷に消毒薬をぶっかける。
そして、軽くだが治療するために錬金術を行う。
傷口の周りだけ自己修復機能を促進させ、感覚を麻痺させた。
裂けた傷口を手早く縫い合わせた。
「あの……ありがとうございました!!」
あまりの声量に耳鳴りを感じた。
イシュヴァールの僧兵に居場所を知らせるスパイか、こいつは。
馬鹿の頭をひっぱたき、手を振って下がるように指示する。
十分な位置まで下がったようだ。
馬鹿の他に治療が必要無いことを確認し、力の流れに沿って錬成を行う。
目の前が陥没し、砂が穴へと流れていく。
砂中を這いずるような錬成反応が街へと奔り、それの後を追う様に陥没していく。
街へとたどり着くと、一際大きく穴が空いた。
そして遅れて地鳴り。
「……し”ばら”ぐだい”ぎ」
地の底から響くようなおぞましい声。
上手く発声することができないためだ。
振り向くと部下たちの竦み上がった様子が見え、動くことはないだろうと考えた。
拠点に戻ればスピーカーがあるのでもう少しはマシになるのだが。
チョーカー型の小型スピーカーでも作ってみようかという思考は片隅に退けて、街を観察する。
そろそろか。
腹の底が揺らされるほどの大きな音が鳴り響く。
街が砂煙をあげて沈んでいく。
大人も、子供も、老人も、一切合財が地へと呑み込まれてゆく。
何もかも、全てが生きた大地に飲み込まれていくのだ。
「ね”ぎり”に”じろ”!」
頃合いを見計らって、呆けている部下を叱咤する。
何度も見ても慣れないようだ。
それでも良いと思う。
だが、こういった方法を変えるつもりはない。
被害を少なく済ませることのできる効率の良い殺し方だからだ。
ユーリ・ニーヤ(新弥 悠里)
説明を書こうと思ったが面倒になったので省略。
メイン錬金術は地中のエネルギーを爆発させるだけ、威力は場所によって変動する。
力が満たされているところではボンッである。
イシュヴァール殲滅戦では水脈とかも利用して集落ごと埋めたりする。
あとはサブウェポンで糸を使う。
錬成した鋼糸で切り裂いたり、人形を操ったり、ナイフ投げたりする。
即興にしては悪くないっすね(ドヤァ
先生みたく水銀を操るかもしれない。