実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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メガテン的な何か。

他の作品のキャラが出てきますが、特に意味はないです。


原作:女神転生、他 愚者の盆踊り1

 

 父が女を作って家を出て行ったのはかなり前の事。

 母が首を吊って自らの命を絶ったのは前の事。

 姉が世を恨んで蒸発したのは少し前の事。

 家が呪われていると噂が流れたのは最近の事。

 そんな次々と家族を失った俺は、頼る宛てなど無いために空気が澱んだこの家で独り静かに生きていた。

 

 学校へも行かなくなった。

 引き籠ってひたすらゲームに打ちこんだ。

 クリアしては次のゲーム、やり込んでは次のゲーム。

 淡々とした作業だった。

 古いゲームばかりなのは、やらなくなって久しいから。

 そんなゲームばかりやるのは、昔を思い出せるから。

 

 なんとなく取り出したゲームはクロックタワー。

 俺が操作、姉が怯え、父が助言を出し、母がそれを見守る。

 懐かしい記憶だった。

 そして忌々しくもある。

 今の俺には無い。

 だからこそ、苛立つ。

 ふつふつと湧く悪意を振り払う様に思い切り放り投げた。

 壁にぶつかり、音を立ててカセットが砕けた。

 中身のロムが床へと散らばった。

 それを見て、無性に寂しくなった。

 ゲームを続ける気分にもなれず、家族で過ごしたリビングルームを後にして自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 金属を擦り合わせたような音が聞こえる。

 何度も繰り返すように。

 段々と鬱陶しくなって、無視するのも難しくなった。

 段々と気持ちが悪くなっていく。

 

 「やみにきわだつひかりあり! むくなるいのりをききとどけ、うきよにこうりん! ”はま”!」

 

 だが、すぐに温かな光に照らされた気がした。

 気分が良くなっていく。

 眠気がどこかへ引いて行くようだった。

 ゆっくりと瞼を開くと、そこには生首がいた。

 

 「あたいったらえんじぇるね!」

 

 ”えんじぇる”、えんじぇる、エンジェル。

 ……ああ、エンジェルか!

 だからどうした。

 

 

 

 生首を直視した混乱から回復したのち、とりあえず話を聞いてみることにした。

 要領を得ない話し方のため、噛み砕くのに時間がかかってしまったことも忘れないで欲しい。

 解読結果、驚くべきことにこいつは天使だと言う。

 それも神に近い上位の天使だとも。

 発言も頭に何も入っていないのではないかというくらい、空っぽなものばかりだ。

 信じるには難しい。

 生首、というか饅頭のようなコイツは今は氷妖精らしい。

 天使ではなかったのだろうか。

 

 よくわからない超常生物を横にどけて起き上がる。

 この饅頭、外に置いておいたために冷えたのか触れたらひんやりとした。

 こいつを売ったらツチノコ以上の値段がつくのではないだろうかと邪推してみるが、どうせそのうち自殺するのだから金など無意味だという考えに至った。

 感謝しろなどと訳のわからないことを喚く饅頭を視界の外に置いて立ち上がる。

 服は着替えなかったために皺が寄っている、この様なら髪など寝癖だらけだろう。

 鏡を見たら酷い顔をしているに違いない。

 やる気の無くなった自分に呆れながら扉へと向かう。

 夢の中で聞いたような金属を擦り合わせる音が扉の奥から聞こえる。

 何の音だろうかと訝しみながら扉を開けると、そこには巨大なハサミを構えた男が立っていた。

 

 悲鳴を飲み込み、硬直しかけた体を必死に動かして扉を勢いよく閉めた。

 扉の外からハサミで空を切る音が聞こえる。

 醜い顔、汚れた黒い衣服、捻じ曲がった背骨、そして特徴とも言える巨大なハサミ。

 気を抜くとすぐに真っ白に染まる思考を必死に動かして考える。

 そんな馬鹿な、有り得ないだろうと考えが行き着く。

 そして天使を名乗った饅頭型氷妖精を思い出して有り得るのかもしれないと思い始める。

 気味が悪いくらいに高鳴る心音を感じながら扉でハサミを構えている男に行きあたる。

 シザーマン、なのだろうか。

 

 確かめる術はない。

 ドッキリをしかけてくるような知り合いなど存在しない。

 あれがシザーマンだと前提すると、何故という言葉しか出てこない。

 ゲームを放り投げて壊した呪いだろうか、馬鹿な。

 だったら日本中がシザーマンだらけだ。

 だとしたら、饅頭が怪しい……。

 

 「あたいのせーいきが、いま、ここに……! ぱーふぇくとふりーず!」

 

 振り向くと饅頭が口から何かを吐き出し、部屋を青く染めていた。

 ゲロ吐いた……?

 なにやってくれちゃってるんですかね、こいつは。

 デコピンをお見舞いした。

 

 涙目となって饅頭を相手していたが、外にシザーマンがいることを思い出した。

 いつ入って来るのか、恐怖が心音を高鳴らせた。

 冷や汗が流れる。

 1分経ったか、10分経ったか、時間の感覚が狂うほど待っていた。

 しかし、一向に入ってくる様子は無い。

 ひたすらハサミの音が響くだけだ。

 なぜ入ってこない……?

 

 饅頭に視線を移すと泣いていたことなど忘れたかのようにドヤ顔をこちらに見せ、ふんぞり返って(見上げて?)いた。

 なんとなくデコピンしたくなったが今は外のことだ。

 この饅頭はゲロを吐いたり寝ている俺の上に乗ったりするが害意はないようだ。

 ならば外のシザーマンも害意は無いのかもしれない。

 いつまでも治まることのない心音を鬱陶しく思いながらドアノブに手をかける。

 一瞬だ。

 一瞬だけ開けて問題なければ饅頭を放り出して様子を見よう。

 それでも大丈夫なら勇気を出して外に出ればいい。

 浅くなっていた呼吸を整える。

 緊張のためか恐怖のためか、何度も深呼吸を試みるが落ち着かない。

 空気が薄く感じられる。

 さらに大きく息を吸い、ゆっくりと吐きながら扉を開けた。

 目の前に広がる鈍色の刃先。

 恐怖で腰が砕けるように床へと崩れ落ちた。

 金属がこすれる音が眼前から聞こえた。

 シザーマンから逃れるように這って下がり、扉をしめる。

 ハサミを構えているが何の抵抗も無く扉は閉じた。

 

 どっと汗が流れ、額から伝った液体が目に沁みた。

 手で拭う。

 鉄の臭いがする。

 手には赤い液体が付いていた。

 額が浅く斬られたようだ。

 先ほどの光景を思い出すと吐き気すら感じるようだった。

 

 どうすればいいのだと思考が纏まらない。

 覚束ない足取りで立ち上がる。

 ベッドに倒れこんでしまいたかった。

 ふと下を見ると饅頭が俺に向けてゲロを吐いていた。

 ……頭が痛くなった。

 

 

 再びデコピンをくれてやろうかと考えていると、調子がよくなったように感じた。

 ドヤ顔の饅頭曰く、”でぃあ”というものらしい。

 よくわからないが不利益なものではないようだ、デコピンはやめておいてやる。

 外から聞こえるハサミの開閉音を聞きながら、なぜ入って来ないのか考える。

 その答えはドヤ顔の青饅頭から得られた。

 ”せーいき”とやらが守っているようだ。

 ……たぶん、聖域だろうか。

 饅頭が吐いた青いゲロによる聖域とかなんだかなあと思いつつ、シザーマンが入って来れないことに感謝して軽く頭(というか全身?)を撫でてやる。

 何か琴線に触れたようで、壊れた時計のように「あたいったらさいきょーね!」を繰り返した。

 

 不確定であるが一応シザーマンからの安全地帯となっていることがわかったが、問題は何も解決していない。

 そもそも俺の出待ちしている時点で詰んだとしか思えない。

 発言がループしていた饅頭が正気に戻ったようで、俺が寝ている間に現れたときは”はま”で滅ぼしたが、復活してしまったとか。

 ”はま”が何なのかわからないが、”さいきょー”の饅頭が放った会心の一撃でも倒し切れないらしい。

 饅頭の火力がどの程度だかわからないが、超常的な能力を有しているのはゲロの件からも明らかだ。

 その饅頭が放った”はま”とやらから復活したというのが気になる。

 復活ということは倒したことも確認したのだろう、饅頭が全てを正しく認識出来ているのならばという前提だが。

 シザーマンがどの程度だかわからないが、最低の事態を考えてゲームレベルと想定しよう。

 人間を真っ二つにする腕力と考えると、一般人で引きこもりの俺では太刀打ちできない。

 こうなると、情けない話だが滅ぼすことに成功した饅頭便りになってしまう。

 そもそも饅頭は俺の味方なのだろうかと疑ってしまうが、味方でなければ完全に詰む。

 それは勘弁だ。

 自殺すればいいなどと簡単に考えていた以前までの自分が滑稽に思えてきた。

 外から聞こえるシザーマンが鳴らすハサミの音に恐怖を憶えながら、なぜか俺は笑みを浮かべていた。

 笑ったのはいつ以来だろうか。

 

 饅頭の話では、我が家は”いかい”となっているらしい。

 出入り口はリビングにあるようで、”いかい”の原因もそこにあると言っている。

 そこから脱出することもできるが、原因を破壊することでも”いかい”から出られるとも言っている。

 とりあえずそこまで向かってから臨機応変に対応するとしよう。

 

 

 

 「”はま”!」

 

 扉を開ける、ハサミを構えたシザーマンを見据える、腕に抱えた饅頭が”はま”を放つ。

 安全地帯からの一撃、中へと入って来れない点を利用した知的な戦略だ。

 知的な戦略だ。

 何度でも言う、知的な戦略だ。

 

 眩いばかりの光に包まれ、シザーマンは消滅した。

 TUEEEEEE!

 予想以上の饅頭の火力に驚愕する。

 復活を考えると一気に駆けて行くのが最善だろう。

 饅頭を抱えて階段を下って行く。

 二階を自室にしなければよかったと内心で叫びながら。

 

 階段を駆け下り、廊下を走る。

 いつシザーマンが復活するか分からない。

 扉を蹴破るように勢いよくリビングへと突入した。

 醜悪な面をした巨大な赤子が、部屋を這いずり回っていた。

 地獄か、ここは。

 

 

 

 部屋を砕きまわる赤子から必死に逃げる。

 見た目通り動きは鈍重なため、走っていれば追いつかれることは無いのだが、部屋が十分に広くないので時間が経てば不利になる。

 しかも破片などが散らばっているので、そのうち足を怪我して動けなくなるかもしれない。

 饅頭が時折かける”でぃあ”が無ければ死んでいた気がする。

 ただ、饅頭の”でぃあ”や”はま”も無限ではないようだ。

 ”いかい”となった我が家はシザーマンや目の前の赤子であるダンのせいか饅頭が必要とするエネルギーが多いらしいが、それでも限りはあるとか。

 エネルギーの潤沢さがシザーマンの復活にも関連してそうだ。

 

 一度自室へと離脱すべきかもしれないと不利な状況に焦りを抱き始めていると、饅頭がゲロを吐き始めた。

 聖域を張って弱体化を狙うのだろう。

 ダンの張り手をギリギリで避けながら走り回る。

 目に見えて動きが重くなってきているのは、饅頭のゲロのおかげだろう。

 時間をかけるほどに動きが悪くなっていく。

 そして、最後には動かなくなった。

 

 息を整えながらクロックタワーの壊れたカセットへ近づく。

 何か奇妙な影が纏わりついていた。

 饅頭が”いかい”を止めると言うので傍へと降ろす。

 纏わりついていた影を弾き飛ばし、カービィのように、エネルギーを吸い始めた。

 影はふよふよと浮いているが、良いのだろうか。

 

 悪い夢でも見ていたのではないかと、どこかふわふわとした気持ちで饅頭の後頭部(背中?)を眺める。

 治したが逃げている間は痛みを感じたし、今でも疲れを感じるが現実では無い言われたら信じてしまいそうだ。

 生きることは素晴らしいとまでは言わないが、達成感を抱いていた。

 我が家で発生したみょうちきりんな怪奇現象の原因を突き止めただけなのだけれど。

 

 悲惨な状態のリビングを見渡して、片付けどうしようかと悩んでいると背後に気配を感じた。

 振り向くと奴がいた。

 そう、シザーマンがいたのだ。

 金属音が近づく。

 饅頭はカービィ状態で気付いていない。

 このまま真っ二つにされて堪るものかとハサミを両手で掴む。

 力の差は歴然としていたがわざと力を弱めているのか、一気に切り裂かれることはなかった。

 徐々に刃が閉じていき、半ばまで肉が断たれた。

 馬鹿力めと悪態をつき、痛みに顔を顰めるが、それでも離さない。

 死にたくないから。

 

 カッと胸の奥が熱くなった。

 滴っていた血が床へと落ちた。

 漂っていた影が血へと群がり、そして人型を為した。

 青饅頭と似たフォルムだが、かなり違う。

 見た目は別個体だし、最も大きな点は胴体があるということか。

 

 「どちらがとってたべれるじんるいかしら」

 

 人類は俺だけだとなぜ気付かない。

 とりあえずシザーマンを喰えと必死に説得。

 二頭身の饅頭であろうとも、力を借りたいのだ。

 

 胴体付き二頭身饅頭が体当たりでシザーマンの体を弾く。

 体勢を崩したシザーマンを蹴り飛ばす。

 今必殺の居合い拳!などは出来ないので背を向けて逃げる。

 そしてカービィをしていた饅頭を抱えてシザーマンに向ける。

 ”はま”がシザーマンを滅ぼした。

 巨大な鋏のみを残して。

 

 

 

 ああ、もう疲れた。

 動きたくないと自室へと戻る。

 なぜかついて来る饅頭どもを意識の外に追いやって、今はぐっすりと眠りたい気分だった。

 

 

 

 目覚めはかなり良かった。

 シザーマンが復活することもなかった。

 荒れ果てたリビングも、ゆっくりと直していけばいいだろう。

 饅頭どもを餌付けする。

 かなり晴れやかな気分だった。

 

 見知らぬ老人が訪ねてきて、ダークサマナーと呼ばれるようになるまでの間だけれども。

 

 

 

――tips

 

オリ主 Lv.1 覚醒[Ⅰ]愚者

家庭の不幸から引きこもりとなりゲームをする日々を送っていた。

母の自殺を機に家に陰の気が集まり、オリ主の自堕落な日々によって気が流れず、「クロックタワー」を基点として異界化した。

異界を壊すことに成功するもダークサマナーとなってしまった。

サマナーとして成長しようとも、異能に目覚めることはないし、転生体でもない。現在の成長限界はLv.5。

覚醒して限界が延びたとしてもずっと愚者。成長限界も低いがハーモナイザーの適応性は非常に高いので特に問題があるわけでもない。

つまり、「素のレベル+ハーモナイザーの上限」がレベルとなる。

レベルが低いことが祟って2体の饅頭以外に反旗を翻され、仲魔を集めなくなる。

 

青饅頭(チルノ)

神への愛を失って堕天しようとした熾天使から切り離された善なる心。マグネタイトを摂り込み続けて格を取り戻したとしても、名を取り戻すことはない。

主への愛が失われたがために翼が燃えておらず、凍ってしまっている。サマナーとの信頼によって徐々に熱を取り戻し、アドベントからナインボールへと変化する際に完全に燃え盛る。

ゆっくりちるの(レベル1~)→チルノ(レベル20~)→アドベントチルノ(レベル40~)→ナインボールチルノ(レベル60~)→アナザーセラフ(レベル80~)

 

二頭身饅頭(ルーミア)

オリ主のネガティブさに誘われた常闇ノ皇が、熾天使の光を裂こうとして出現した。が、現界する際に劣化したために目的を忘れた。カセットに纏わりついていたのは格を取り戻そうとしていたため。

ゆっくりるーみあ(レベル1~)→ルーミア(レベル20~)→Exルーミア(レベル40~)→空亡(レベル60~)→常闇ノ皇(レベル80~)

 

――

 

 

 

--2

 

 

 一般人が知ることのない世界へと足を踏み入れてしまった。

 文字通り、裏の世界というやつだ。

 その裏の世界にも常識があり、善悪が存在している。

 しかも弱肉強食が基本となっている。

 悪側のダークサマナーともなれば、命など軽すぎて次の日には忘れられる程度だ。

 悪魔の撒き餌にされる程度かもしれない。

 

 そんなブラックな職に就くことになってしまったのは1年前のこと。

 裏の世界に敷かれた秩序の隙間を縫う様に存在する小さな組織、その一つである師匠連とやらが訪れたのが運の尽きだった。

 あれよあれよという間にダークサマナーへ一直線。

 足抜けするには弱すぎて、きっと殺されてしまうだろう。

 だから任務を完遂してきた。

 そして重ねすぎた負債のせいで、逃げても行き場がなくなるのだろう。

 

 回される依頼はどれもキツいものばかりだ。

 異界の探索や組織の為の悪魔集めは楽なほうで、指定された人物を殺害する仕事なら幾らかの怪我を負う。

 目標のほとんどはサマナーのため、とても厄介なのだ。

 まだ参加したことはないが他の組織との抗争などもあるらしいし、メシア教の過激派による無差別の殺戮という地雷イベントまで用意されているという。

 飽きが来ない職場である。

 仕事を成功させなければ下っ端の俺などどうなるかわからないし、チルノとルーミアにマグネタイトを与えなければならないし、なるべく良いCOMPを得るために金も稼がないといけない。

 ホントに飽きが来ない、というか来る暇がない職場だ。

 同等のサマナーと殺し合ったことと仲魔だった糞悪魔どもとの殺し合いで成長限界がレベル5から上昇したくらいしかいいことがなかった。

 それでもレベル20で打ち止めとなったのだけれど。

 

 

 

 異界となった廃ビルを駆けまわる。

 師匠連から回された下っ端が失敗したらしく、俺へと回されてきた。

 その下っ端が異界の中で死んだのか、上の逆鱗に触れて殺されたのか知らないが、成功させなければ我が身が危ない。

 回される仕事は死ぬ気で立ち回れば成功して然るべきと判断されているらしく、失敗すれば当然上の心象を悪くする。

 しかも、ほんの少しであろうとも下が失敗した仕事を失敗するということは能力がないと自ら証明するようなものである。

 間違いなく死ぬ。

 

 ダークサマナーとなった発端の鋏を振り回し、悪魔を屠り、また走る。

 異界としては低レベルだ、成ったばかりだからだろうか。

 俺でも単独で踏破できそうな程度だ。

 悪魔を切り裂く腕に力が入る。

 この程度が一番嫌いだ。

 

 一度、チルノとルーミアだけでは心もとないために仲魔を募ったことがあった。

 サマナーとなったことに浮かれていた、ゲームのようだと思っていたこともあった。

 契約した悪魔が手足のように動く、裏切られることはない。

 そんななんの根拠も無い考えで生きていた。

 十分に信頼を築けていたと自負していた。

 全部思い込みだったのだが。

 レベルが10から一向に上がらない俺を見限ったのだ。

 レベル5が限界だった俺が10まで伸びたと満足している様子に不満を覚えたらしい。

 それだけなら良かったが、悪魔の本能である強さを求めることも災いしたのかもしれない。

 俺のマグネタイトを狙って歯向かってきたのだ。

 そこからは全力で殺し合った。

 強さには固執しているが、なぜか俺から離れようとしないチルノとルーミアがいなければ死んでいただろう。

 そのときの殺し合いのおかげで限界がまた伸びたが、結局20で打ち止めとなった。

 俺にとってレベル10前後の悪魔など殺意の温床でしかない。

 接敵した瞬間に撫で斬りである。

 交渉など無しだ。

 やったとしても斬り捨てて辛うじて形を保っている悪魔を無理矢理契約させて組織に流すくらいだ。

 

 悪魔を裂いて異界を駆け上がる。

 空間に作用しているのか、やけに広く感じる。

 進めば進むほど悪魔の数が減っていく。

 奇妙な異界だ。

 普通、基点や主の近くにマグネタイトが集まるため、その周辺は大量の悪魔が控えているものだ。

 強さだって入口と深部ではレベルで言えば5以上は違うだろう。

 最深部、基点があると思われる部屋の前にたどり着く。

 ここまで一切悪魔が現れなかった。

 嫌な予感がする。

 チルノとルーミアを召喚した。

 今日まで命を賭けて生き抜いてきた。

 1年と短い時間だったが、勘というものは馬鹿に出来ない。

 その証拠に仲魔の2人が険しい表情を浮かべていた。

 普段は脳天気そうな表情で喧嘩している2人には珍しかった。

 

 扉を切り裂き、一気に内部へ駆けこむ。

 自分たちよりも強い悪魔がいた場合、中を窺ったり、入ってから足を止めると魔法で薙ぎ払われる危険があるからだ。

 部屋の内部は赤く燃えていた。

 中央には人間の身体に牛のような頭部を取りつけた悪魔が静かに佇んでいた。

 侵入に気付いていないのか、気付いて放っているのか。

 どちらにしろ攻撃しないければ始まらないし、終わらないのだ。

 COMPのハーモナイザーとデビルアナライズを起動させ、その無防備な背を斬り付けた。

 

 

 

 目の前の悪魔には鋏の効きが悪いようだ。

 あまり接近しすぎるとマハラギが直撃して手痛いダメージに繋がる、というか繋がった。

 炎を切り裂くことでなんとか致命傷を避け、距離を取って回復できたが、次も回復できるとは限らない。

 不得意の銃でチルノとルーミアを援護するが効いているのか微妙なところだ。

 

 チルノが放つブフは直撃すれば仰け反らせるくらいには効いているが、ルーミアのジオは効いているのかわからない。

 ハマとムドは無効化された。

 厄介だ、面倒だ。

 敵悪魔が咆え、マグを膨れ上がる。

 魔法を放つ前兆だった。

 

 チルノは炎が弱点であり、敵の火力も考えると確実にカバーに入らなければ一撃で落ちる可能性がある。

 銃で牽制しつつチルノの元まで走る。

 炎が眼前に広がった。

 熱を感じながら、それを払う様に鋏を振る。

 軽減したがそれでもダメージを受けたが、問題は無いだろう。

 ルーミアが放ったジオの閃光によって目つぶしされた敵悪魔から距離をとる。

 仕切り直しだ。

 COMPがアナライズの終了を知らせた。

 

 ――アナライズ成功。魔王・モラクス[Lv.23]

 

 魔王、だと……?

 COMPに気を取られた隙を見逃さなかったモラクスが眼前へと迫っていた。

 回避は無理。

 鋏を盾にし、後ろへと跳躍して衝撃に備える。

 苛烈な一撃が腹部を襲った。

 

 

 

 腹が貫かれたような激痛が走り、そして遅れて背中に衝撃が伝わった。

 この部屋の壁は炎で作られているのか、焼けるような熱さを感じる。

 咳き込むと同時に血が吐き出された。

 中身が破れたか、もしくは内臓を痛めたのかもしれない。

 胃は空にしてあるから感染症などは恐らくないだろう。

 飛びそうになる意識を痛みを意識して必死に繋ぎとめ、地を這ってなんとか壁から離れる。

 チルノとルーミアが頑張っているおかげか、死んだと思われているのか、追い打ちを掛ける価値もないと考えているのか、モラクスによる追撃はない。

 単なる人間など、どうとでもなると思われているように感じてひどく不快だった。

 

 ポケットに入っている魔石をやけに重い腕を動かし、探し当てる。

 視界がぼやけてきた。

 力が入らない。

 魔石を懸命に握るが腕が持ちあがらない。

 このまま死ぬのではないかと、限られた思考が焦りで塗り潰される。

 再び咳が出る。

 血を吐くとともに、魔石を手放した。

 ポケットに重みが戻った。

 心臓の音が耳のすぐ傍で聞こえているかのようだった。

 それ以外は何も聞こえない。

 前に死にかけたときも、こんな感じだった。

 俺ひとり、そう思える状態だ。

 

 

 太陽が見える、黒く、白く、眩い。

 月が見える、白く、黒く、眩い。

 夜から朝へ、朝から昼へ、昼から夜へ、明滅を繰り返す。

 終わりとはそこへ向かうことだ。

 向かう必要はない、俺の傍には光と闇がいる。

 景色が切り替わる。

 

 もう一人の自分(ペルソナ)がこちらを見つめている。

 要らない、俺は一人だけだ。

 景色が切り替わる。

 

 川が見え、傍には守護悪魔(ガーディアン)が控えている。

 要らない、すでに俺の隣には悪魔がいる。

 景色が切り替わる。

 

 天より天使たちが連なって、俺を迎えにきた。

 要らない、すでに俺の隣には天使がいる。

 景色が切り替わる。

 

 景色が切り替わる。

 景色が切り替わる。

 景色が切り替わる。

 景色が切り替わる。

 景色が―――

 

 咳が出て、意識が浮上した。

 夢を見ていたようだった。

 何かが俺へと入り込もうとする、君の悪い夢だった。

 先取りして腐ったような気さえしてくる重い腕を動かして魔石を握る。

 まだ力は入る。

 いつか誰かが俺を打ち負かすだろう。

 けれども今ではないし、モラクスにでもない。

 

 死に体に鞭を打ち、魔石を口へと放り込んだ。

 呑み込んだそれは血の味がした。

 

 

 

 万全ではない体調を気遣う余裕はない。

 忌々しくも使い慣れた鋏を振るってモラクスが放った炎を切り裂く。

 チルノが光に召されたのかと思ったと呟きながら回復魔法をかけてくれる。

 ルーミアが闇から還ってきたかと笑いながら支援魔法をかけてくれる。

 まだ死ぬには早すぎるだろうとチャクラドロップを2人の口へと放り込んだ。

 

 銃でちまちまと牽制しつつ、炎を鋏で斬り捨てる。

 死に瀕した人間は超常の力を得るとか聞くが、どうやら嘘のようだ。

 そもそもサマナーなどやっていたら何度死にかけるか分かったものではない。

 超常の力は安売りされていないということだろうか。

 

 モラクスが咆え、マグの高まりを感じた。

 放たれるであろうマハラギからチルノとルーミアを庇う。

 視界いっぱいに広がる炎を逸らすように、裁断する。

 炎の切れ目に見えたのは、突撃してくるモラクスの姿だった。

 また死にかけるかもしれん。

 鋏を盾にした。

 

 

 衝撃に胃の中身を吐き出しそうになるが、空っぽだったために咳き込むだけで終わる。

 チルノのブフとルーミアのジオによって、モラクスの突撃の威力は軽減されたのが救いだったか。

 無駄に知識を付けやがってと内心で舌打ちする。

 次の一撃ならば耐えられるだろう。

 しかし、それが最後だと勘が囁いている。

 魔石を直呑みすることでドーピング紛いの回復を行ったが限界が近いのは変わらない。

 呆れるほどのタフさを誇っているモラクス相手では粘り勝ちは無理そうだ。

 

 銃での牽制も、魔法での削りも、所詮は様子見に過ぎない。

 最後の一撃をどうするかが勝負の分け目だ。

 モラクスは余裕があるのかもしれない。

 たぶん、マハラギによる目隠し、そして突撃をしかけてくるだろう。

 盤石で効き目が一番高いからだ。

 そこを狙う。

 勘に従って、ただ一撃にかける。

 

 

 モラクスの内部にあるマグが高まる。

 すぐにでもマハラギが来るだろう。

 モラクスが咆えた。

 力を込めて……っ!!

 

 モラクスが見た目に反して、そして今までの動きと異なって俊敏な移動を行った。

 対処が遅れて側面へと回り込まれた。

 無駄に知恵を働かせやがってと苛立ちながら、必死に追いすがる。

 再びマグが高まり、マハラギが放たれた。

 

 ぎりぎりで間にあったことに安堵しつつ、ブフとジオで弱った炎を鋏で裁断する。

 まだ終わっていないと気を引き締める。

 そのまま鋏を体の前で構えたまま、息を吐いて全力で吶喊した。

 突撃してきたモラクスとの交叉は一瞬だった。

 巨大な鋏は牛のような頭部に抵抗なく突き刺さった。

 そのまま刃を広げ、引き裂いた。

 

 勝利を確信した俺の腕を、モラクスが掴んだ。

 みしみしと音がする。

 身体の大半を滅ぼすか、構成しているマグを消し飛ばすか、核を潰さない限り悪魔というものは活動できるのだ。

 油断した。

 マグが急速に膨れ上がっていく。

 チルノもルーミアも魔力が限界だ、このままではまずい。

 魔法の行使を許せば間違いなく敗北するだろう。

 死が待っている。

 

 決断は早かった。

 残った腕で鋏を振りおろし、自らの腕を断ち切った。

 痛みを我慢し、流れる血を無視する。

 モラクスの腹部目がけ、回転して勢いをつけた鋏を横薙ぎにして斬り付けた。

 負けじと放たれた炎によって切断した腕が灰と化す様を横目に、蹴り飛ばして刃を開いた。

 溜めこんでいたであろうマグが、緑の光が、放流した。

 

 それを少しだけ目に留め、意識を失った。

 

 

 ――

 

師匠連

かつては巨大な勢力を誇っていたが、弱体化が進み、今では一つの弱小組織となっている。霊験あらたかな山や森を切り開いて従わせていた自然の神々が、近代化によって信仰を失いつつあることが原因の一つにある。いにしえの技術によって生成された”鉄”や道具諸々は神霊を呪うことができる。組織のトップは代々、新月の時に生まれ、月の満ち欠けと共に生死を繰り返す神を従えている。

 

オリ主 Status:LOSARM

今回の件でレベルが21になったぞ、やったー。欠点は隻腕になったことかなー☆

依頼でサイバネアームを得ると前衛として強くなる。

メイン装備は鋏。貫通持ちで光・闇以外の魔法ならば斬ることができる。

銃はオシャレにパースエイダーと呼ぶ……ことはない。弟子をとったら大口径のリボルバーを渡すかもしれない。

無機物と悪魔を合体させる依頼に立ち会うこととなるかもしれないが特に意味は無い。

 

チルノ

レベル27。サマナーを友人のように捉えている。

 

ルーミア

レベル24。サマナーを友人のように捉えている。

 

――

 

 

 

 

--3

 

 

 左の肘から先に取り付けた義手を動かす。

 この義手は生体マグネタイトを利用しているらしい。

 拳を作るように握ってはすぐに開く、を何度か繰り返す。

 動作音はほとんどないが、手と呼ぶにはあまりにも機械的すぎた。

 生身とは似ても似つかない形のそれは指が五本あることくらいしか、類似点がないようにも思えた。

 健常な右手と比べても1秒ほどの誤差が生じる様子を眺めていると眉間に皺が寄ってしまう。

 今の科学技術を考えると有り得ない水準なのだろうが、命を張った仕事をしている身としては不満しかない。

 もっと高性能なものとなると、世界でも有数な組織や軍を狙わなければならなくなる。

 有名なところで言えばメシア教が行っているという研究成果によって生み出された生体部品や軍が極秘裏に開発しているパワードスーツだろうか。

 どれもこれも俺の手には届かないものだ、二つの意味で。

 

 がしゃーん がしゃーん サマナーロボだよ

 自動でマグネタイトを集めるすごいやつだよ

 と、義手を振って遊んでいたらルーミアにため息をつかれた。

 ……な、なんだよ。

 

 

 

 サマナーとしての活動も当然のことながら、日常生活にも不便を感じているとキツそうな仕事が入った。

 まあ、キツくない仕事など滅多にないのだけれど。

 内容は逃走した組織のサマナーの処理だ。

 このサマナーは『邪教の館』で問題を起こしたため、殺さざるを得ない事態となったようだ。

 悪魔合体の施設である『邪教の館』は様々な組織が利用しているが、サマナーにとって必要不可欠なため、中立地帯として認識されている。

 他の組織と敵対するような仕事の際に中立地帯の『邪教の館』に逃げ込み、あまつさえ巻き込みかけたらしい。

 なんとも酷い話だ。

 解決するまで施設を利用しにくくなるだろう、組織に所属しているサマナーのために頑張るとしよう。

 むしろ早急に解決しないと他の仕事が滞って色々と問題が積み重なり、結果として俺が殺されるかもしれん。

 

 そもそも俺は施設をほとんど利用しないのだけれどと文句を垂れながら、組織に情報を流すようにと要請する。

 唐傘や石火矢の連中を使えばいいものを何故俺なのだろうか、あれらのほうがレベルも技術もかなり上等だと思うのだけれど。

 まあ、動きが遅いうえに柔軟性に欠けることもあるが。

 格は落ちるが早さなら地走りもいるというのに。

 たぶん、俺が近かったとかそんな理由なのだろう。

 

 

 情報がCOMPへと送られてきた。

 レベルは34、異能者のようだ。

 氷に特化したペルソナを使う後衛型で、組織で仕事を行う際にはコンビを組んでいたようで悪魔は使役していない。

 コンビ相手も逃走が確認されたらしい。

 ……絶対めんどくせぇことになっているに違いない。

 

 目標とついでにその相方の写真が送られてきた。

 2人とも女のようだ。

 始末をすることで仕事の達成となることを確認し、現場へと向かう。

 目標の居場所だが、何故か『邪教の館』から離れていない。

 休憩でも取っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 弾丸を弾き飛ばし、リロードを狙って魔法を放つように指示を飛ばす。

 ダイナミックエントリーによる奇襲で助け出した『邪教の館』の主は後ろでコーヒーを飲みながらこちらを眺めている。

 逃がしたら面子的に俺がマズイことになるが、施設の主にとっては痛くもかゆくもない。

 しかもこの攻防に施設の主を巻き込めば良くて全ての施設への出禁、最悪で巨大な組織に殲滅されるかもしれん。

 中立の、しかも合体施設とはそれくらい重要だ。

 

 面攻撃されているかのような数多い弾丸を見ているとムカついてくる。

 仕事の内容は異能者1人の始末だったはずが、なぜか敵は3人いた。

 相方も逃げ出して加勢する可能性もあったので2人までなら許した。

 が、なぜか敵対組織、しかもこの施設へと逃げ込まざるを得ない事態を引き起こした相手と手を組んでいる様子に殺意が溢れてしょうがない。

 敵対している相手がイケメンであるというのも怒りを抱く理由になるかもしれない。

 どう見ても我が組織のコンビは敵組織のハニトラの餌食となっています。

 

 アナライズ結果から異能者はレベル34、相方は37、敵対組織は29とわかった。

 COMPで仕事の難易度が駄々上がりだぞと組織に抗議する。

 馬鹿正直に真正面から戦闘を行えば、敗北は確定するだろう。

 防衛に徹しても削り殺される自信がある。

 俺とのレベル差があまりにひどすぎる。

 10以上も違えばミンチになるほかないというのに、総力でも負けている。

 クソゲーである。

 

 異能者はペルソナのおかげで矢鱈と丈夫らしいうえに下手に生かすと覚醒して強化されるらしいので、心臓を貫いたり、首を刎ねたり、脳を潰したりする必要があるだろう。

 その相方は完全な前衛型のようだが、銃弾の嵐の中を飛び込んでくる様子はない。

 最もムカつくのは敵対組織の野郎だ。

 ドヤ顔でラップトップを操作したと思ったら悪魔を呼んで守りを硬くしやがった。

 完全前衛、完全後衛、補助サマナーとか詰んだ。

 

 格落ち弱体化魔王に勝ったのだから死にはしないと笑顔のルーミア、続けて致命傷は確実とチルノ。

 機械のような理想的な動作が出来たらの話だと思う。

 人間TASを求められても困るわけだ。

 

 銃弾の雨に苛立って一発だけ撃ち返すが、当然弾かれる。

 異能者なら頭を吹っ飛ばせると思うのだけれど、前衛型が邪魔でしょうがない。

 悪魔も肉盾になるだろうから近づく必要があるかもしれん。

 44口径リボルバーとか使い難すぎてネタとしか思えない。

 弾数が少ないし、弾の装填も手間がかかるし、反応の悪い義手で弾込めとか隙がヤバい。

 普通に死ぬ。

 マグネタイトを利用して強力な弾丸が撃てるというのが売りだが、欠点のほうが際立っている気がする。

 あと撃つと臭い。

 

 

 COMPに組織からの返事が届いた。

 読んでいると気が逸れて隙となるから無視したいが、重要な案件だと後で死ぬ。

 転がっていた施設の廃材となった何かを放り投げ、相手がそれに気を取られている隙に読む。

 増援による殲滅戦へと仕事が変更したが、増援の到着までに敵を1人始末できなければ俺は失敗扱いとなるようだ。

 山犬が増援に駆り出されたと情報が載っていたのですぐにでも現れるかもしれない。

 あれは足が速すぎる。

 時間をかけていられないので敵目がけて飛び込む必要があるだろう。

 

 COMPに貯蔵してあるマグを引出し、44口径リボルバー「カノン」に注ぐことで組織が生成した”鉄”の威力を底上げする。

 悪魔に当たれば滅ぼしたうえに貫通が狙える。

 前衛型のやつはわからん。

 敵側の天井目がけてカノンを放り投げ、同時に鋏を構えて駆けだした。

 

 弾を逸らし、逸らし切れない弾を避け、義手を盾にし、それでも無理なら急所や足に当たらないように体を小刻みに動かして吶喊する。

 前に出てきた前衛型の女に向けて全力で鋏を振り下ろす。

 鍔迫り合いもなしに刀を断ち切った。

 安物を使ってたのだろうか。

 というか、刀で受け止めるとか常識が足りないのではないだろうか。

 断ち切った勢いで引き裂きたかったが、少しだけ身を引くことで回避された。

 逃すものかと鋏を手放した。

 刀を失った前衛の女に突き刺さる寸前、横から敵悪魔に庇われた。

 悪魔へと突き刺さるが止まることなく食い破り、貫通して前衛の女の顔面に穿った。

 女から生えた鋏を足場に跳躍し、宙へと放り投げたカノンを握り締め、異能者へ撃ちこんだ。

 うわ、くっせ。

 無防備な状態で落下する俺、集まってくる敵悪魔、放たれる魔法。

 ぬわー……。

 

 悪魔の群れに襲われ、命の危険に晒されたがチルノの助けによって九死に一生を得た。

 つうか悪魔を呼び過ぎなんだよ、敵サマナーは。

 ほとんど暴走してるだろ。

 契約で縛っているであろう仲魔も、制御が効いていないのか、ルーミアとともにサマナーを攻撃しているようだ。

 混沌とした事態になってきた。

 

 どうしたものかと呆れていると、肩から半身が消し飛んだ異能者が立ち上がった。

 というか、見えない何かによって吊り上げられたようにも見えた。

 明らかに致死量とわかるほどの血液が床へと流れている。

 死んだ魚のような瞳でこちらを一瞥すると、周囲のマグを取り込み始めた。

 チルノが言うには本体が覚醒に失敗したが、ペルソナは格が上がったため暴走しており、反転して現界しようとしているらしい。

 異能者はマジでミンチにでもしないと危険かもしれん。

 でも、今のように暴走されてもなぁ……。

 

 暴走体を中心に吹雪が巻き起こり、凍結し始めた。

 撤退しようとルーミアを呼び戻しているとCOMPが増援の到着を知らせた。

 この場にいては俺も危険だ、施設の主を連れて早く出よう。

 ゾンビになりつつある女だったものから鋏を引き抜いて駆けだす。

 凍り始めていたのか頭部が粉々になり、無事だった内部の脳髄が飛び散った。

 途中で施設の主を拾って一目散に外を目指す。

 ルーミアが言うには、次々と悪魔を凍らせた暴走体がゆっくりと敵サマナーを抱きしめてミンチにしたらしい。

 前衛の女だったものと敵サマナーだったものが散らばって、冷凍した塩辛のようになっているとか。

 どうでもいいことだ。

 いや、どうでもよくないな。

 夕飯に塩辛を食べようと思った。

 

 

 遠吠えとともに破砕音が鳴り響いた。

 山犬が突撃したのだろう。

 前衛の女と敵サマナーを処理したこと、異能者が暴走体になったこと、その後に山犬が突撃したことを組織に伝える。

 ああ、疲れた。

 そろそろ難易度が低い仕事をこなしたいというのは我儘だろうか。

 

 

 

 

 『邪教の館』の主からドリーカドモンが届いた。

 何故か気に入られたらしく、捕獲した暴走体を元に造魔をつくってくれるとか。

 あと、強化するために顔を出せいうことらしい。

 悪魔はいらないのだが、とも思ったが造魔はサマナーの言う事を絶対に守るという話だ。

 寝首を掻かれずに済むうえに手数も増える、俺の世話をさせることも出来るのだとルーミアに説得された。

 

 まあ、悪いことにはならないだろう。

 近いうちに……いや、もっとよく調べてから行くことにする。

 悪魔は怖いから。

 あいつらには心がないという前提で接する必要がある。

 悪魔を殺して平気なのかとか答えようがない問いをしてくる個体も存在しているところが嫌らしい。

 臨機応変としか言えない、10レベルくらいなら即殺だけど。

 

 とりあえず、対策としてメギドストーンとか用意しておくべきだろうか。

 高いんだよな、あれ……。

 

 

――

 

異界の主

ステータス1.5倍! つよい!

 

魔王

ステータス2倍! ちょうつよい!

 

オリ主 覚醒[Ⅲ]愚者

死にまくっているのに異能に目覚めない。内面には隠された力や転生体など何も眠っていない。マグネタイトの流れを漠然と感じて詠むことができるという超主人公補正を持っている。CT率+10%、魔法の予測、動作予測、先読みなど。

シザーマンを殺したため、魔人や魔王を引き寄せる運命の呪いが魂に刻まれた。押し寄せる死亡フラグの予感……。魔王を殺したため、呪いの痣が右腕にあらわれた。痣を与えた魔王を凌ぐほどの強さを得ない限り、肉を腐らせ、骨を溶かし、死に至る。主人公っぽい呪いでやったね!

 

――

 

 

 

 

--4

 

 静寂を切り裂くように電話のベルが鳴り響いた。

 電話とかいつぶりだろうか。

 新聞の勧誘以来ではなかろうか。

 試しに出てみる。

 メリーさん……?

 途中で電話を切った。

 いたずら電話とか誰得だし、と呟くと悪寒が駆け抜けた。

 

 >とてつもなく恐ろしい悪魔の気配がする……。

 

 マグネタイトが集まってくる。

 おそらく強い悪魔が出てくるのだろう。

 しかし、なぜ俺の部屋に出てくるのかわからん。

 前の家は師匠連に接収されたので、今は広めのアパート暮らしだ。

 間違いなく戦闘ができるような場所ではない。

 PDAに仕事の連絡が入ったので確認する。

 龍脈関連の仕事と悪魔契約の補助という2種類だった。

 悪魔契約を即決、龍脈関連はレベル帯がむかつくので却下である。

 

 悪魔が現れそうなところで悪いのだが、仕事に行かなければならない。

 書置きだけ残しておこう。

 俺が日本語、チルノがエノク語、ルーミアが悪魔語で「ちょっと出かけてくるので待っててくれ」と紙に書き、コタツの卓上に置いておく。

 うむ、これで問題ないだろう。

 部屋が光に包まれた気がするが、無視して鍵をかける。

 いってきまーす。

 

 

 

 

 「無垢ナル魂ノ欠片を賭ケ、サア戦オウゾ。私ハ魔人デイビット。死ノ勝利ヲソノ身ニ刻ミ、死ノ舞踏を心行クマデ……ン?」

 

 出現とともに言葉を連ねる。

 が、反応がないことに訝しんで途中で止める。

 右を向く、誰もいない。

 左を向く、誰もいない。

 首を傾げて机に目をやれば書置きされた紙を見つける。

 3通りの言語で書かれた手紙だ、どうやらこの度の人間は優しいらしい。

 内容を読むと出かけるので待っていてほしいとのことだ。

 

 「キャラ付が無駄になってしまった(´・ω・`)」

 

 骸骨顔のくせにショボーンとした表情を受かべ、手紙が置いてあった机に座る。

 かっこいいセリフを考えたというのにスカしたこの気持ちをどこへやればいいのだろうか。

 脱力しながら卓上に置いてあるミカンに手を伸ばす。

 自由に食べてくれとのことなので皮を剥いて骨ばった口へと入れる。

 僅かに酸味の効いた甘みが柑橘類特有の爽やかな香りとともに口内に広がる。

 人間界の食べ物を食べたのはいつぶりだろうか。

 美味い……。

 無心で皮を剥いては口へと果実を放り込む。

 禁断の果実にそそのかされた気持ちが今ならわかる気がするようだった。

 

 夢心地でいると電話のベルが鳴った。

 不快な思いを抱きながら受話器を取る。

 ここの持ち主ならば自分のターゲットである、いつ来るのか聞かなければならない。

 

 「はい、デイビットです。部屋の持ち主さんなら何時くらいに帰ってくるか教えていただけると……え、違う? ……メリー? 後ろ?」

 

 振り向くと、そこには朽ちた小さな着せ替え人形が刃物を掲げてこちらへと襲い掛かってきていた。

 一撃で粉砕し、マグネタイトを摂り込む。

 味気がないことに不満を感じ、すぐにミカンに誘われるように机へと戻る。

 足をいれて思う、不思議な机だ。

 人肌の様な温もりが下半身を包み込む。

 愛に、優しさに、全てに抱かれているようだ。

 骨と化した身体が、温かさを感じた。

 もう離れられないかもしれない……。

 

 

 

 魔人デイビットは魅了された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電霊の知らせで上司から悪魔合体を行うよう指示が下ったのは1時間ほど前だった。

 空いている時間を事前に指定していたので急な事だとは思わなかった。

 自分よりも上のレベルの悪魔と契約することが、少しばかり不安ではあったが。

 

 『邪教の館』に着く。

 表向きは異国の御守りなどを置いている店だ。

 客がいない店内を通り、レジを抜け、奥へと入る。

 奇妙な機械が並ぶ、薄暗い部屋にはすでにこの施設の主がいた。

 L.L.(えるつー)と名乗る人物だ。

 他の施設も同じ様な偽名で通している。

 線の細い美青年だが、威圧するような視線が見た目通りの年齢でないのだろうと思わせる。

 そしてL.L.の隣には今回の悪魔合体を補助する、組織が送り出した人員が控えていた。

 名前は確か……キネマトグラフ、そう呼ばれていた。

 

 キネマトグラフが先に悪魔合体を行うので少し待つことにした。

 命令を聞かず上司と仲が悪い、片腕を対価に魔王に魂を奉げた、単独で仕事をするのは仲間を殺すため、そんな噂ばかりが組織内で流れている人物だ。

 色眼鏡を通してみれば、かなりの危険人物だろう。

 見た感じではL.L.とほとんど変わらない、かなり若い少年だ。

 見た目通りだとすれば、自分よりも一回りほど歳が下かもしれない。

 黒い短髪が雑草のようで、L.L.との艶のある頭髪とは全く別物のようだった。

 瞳は年相応で、少しばかり穏やかだった。

 補助として送り出されたのだから腕もやはり相応なのだろう。

 黒いスーツを着ていて、首には青をベースに白と黒の幾何学模様が描かれた長いマフラーがまかれていた。

 左腕の場所には……。

 視線に気づかれたのか、こちらを一瞥してきた。

 バツが悪くなってL.L.とへと視線を向ける。

 3mほどの人型ロボット――ガウェインと呼ばれていただろうか――がさらに巨大な機械を運び出してきた。

 電源が入っていないのか、微動だにしていない。

 

 それを前にしてキネマトグラフが仲魔を呼び出した。

 低位の異界で見かけるような妖精だが、2体とも力を強い悪魔だった。

 宙を浮かぶ2体の悪魔は何が面白いのかにこにこしながら、キネマトグラフのマフラーを真似するように首にまいた。

 奇妙だった。

 これほど悪魔が仲が良い様子も、仲魔と仲良くするサマナーという存在も。

 

 気になってデビルアナライザーを起動させる、種族は表示されなかった。

 先輩が、彼は悪魔が怖くて妖精程度しか使役できないと馬鹿にしていたのを思い出した。

 確かに弱い妖精しか使役できていなかったらすぐにでも死ぬ業界だ、馬鹿にするのもわかる。

 だが、この2体を見て馬鹿にするのは見当違いだ。

 レベル30を超える低位の妖精など、誰が持っているものか。

 合体させずにそれだけのマグネタイトを注いだという根気は馬鹿にできるかもしれない。

 いや、組織に入った頃のキネマトグラフは一般人程度だったらしい。

 そう考えるとどれだけの異界を……。

 

 つらつらと物思いに耽っていると、用意ができたのかL.L.とが準備を始めた。

 これだけ大掛かりだったのだから2体を使って大悪魔を呼び出すのかと思えば、テキトーな材料で造魔を造るらしい。

 がっかりしているとキネマトグラフと仲魔が全力で補助魔法をかけ始めた。

 どれだけ警戒しているのだろうか。

 馬鹿にされるのもわかる気がしてきた。

 

 「……造魔がサマナーに襲い掛かることなどないだろ、常識を知らないのか」

 

 思わず呟いていた。

 キネマトグラフがこちらを見る。

 銃を構えている。

 機嫌を悪くしただろうか。

 噂を顧みると、攻撃をしかけてくる可能性がある。

 COMPを構える。

 キネマトグラフが呆れる様に、皮肉気に小さく笑った。

 

 「貴方は悪魔に常識が通じると思っているのですか。愉快な頭をしているんですね」

 

 そう言うと、L.L.と話し始めた。

 もうこちらには一切興味がないといった様子だった。

 銃口が向けられることはなかった。

 

 次々と準備されていく。

 ガラス管に浮かぶあれは脳みそだろうか、気分が悪くなるような道具まで揃えられていく。

 弱い悪魔が砕かれ、脳みそが砕かれ、魔石が砕かれ……。

 色々な材料を砕き、それらを一つの液体に溶かしていく。

 悪魔合体に用いられている装置の片側に注ぎ、もう一方は装置から外してガウェインが運んできた巨大な機械に繋がれた。

 物々しい音ともに合体が始まった。

 徐々に機械が光輝き、そして合体が終わった。

 何事も無く合体を終え、キネマトグラフがCOMPへと入れた。

 かなり緊張していた様子だったが、終わると気が抜けたようで笑顔で妖精を撫でていた。

 

 

 

 L.L.に呼ばれ、早速合体の準備にとりかかる。

 といってもCOMP内の悪魔を呼びだすだけなのだが。

 キネマトグラフが5台ほどノートパソコンを運んできた。

 その様子を見たL.L.が文句を言っている、どうやら店の備品らしい。

 特になんとも思っていないのか、キネマトグラフは慣れた手つきでノートパソコンを起動させはじめた。

 この5台にはハーモナイザーが入っているらしい。

 懐からさらに5個ほど情報端末を取り出し、それらも同様にハーモナイザーが入っているらしい。

 

 L.L.が重複させすぎて、3個以降は雀の涙程度しか効果はないだろうと言った。

 少しでも機能しているのなら意味があるとキネマトグラフが返事した。

 そして、準備出来るときに準備しないで死ぬのは御免だと付け加えた。

 

 悪魔合体がはじまる。

 L.L.は神経質だが、腕は信用できる。

 当然のように失敗しなかった。

 現れたのはショウジョウ、レベルは30だ。

 ショウジョウを持つことが許可されるようになって、初めて組織で一人前と認められる。

 それまでは使い捨てのような扱いだ。

 まだ低いレベルで許可された自分は幸運だった。

 低級とはいえ、魔王の撃破という身に覚えのない功績で許可されるとは本当に幸運だった。

 

 ショウジョウを見る。

 黒い皮膚、白く長い毛、赤黒い瞳。

 睨まれたように感じて震えがはしった。

 デビルトークを起動。

 自分よりも高いレベルだ、契約がうまくいかないだろう。

 そのためのキネマトグラフ、頼りにさせてもらおう。

 

 

 

 『呼ンダノハ、オマエラカ』

 「おまえを呼んだのは俺だ、敵と戦う力となって欲しい」

 『断ル。弱イ人間ニ従ウ、認メn』

 

 言葉を言い切る前にショウジョウの四肢が断たれた。

 ほとんど見えなかった。

 いつの間にか、禍々しい鋏を構えたキネマトグラフがショウジョウに刃先を突き付けていた。

 

 「契約に応じるか否か」

 『ナイ。応ジナイ。人間、殺シタイ』

 

 ショウジョウの頭部が切り裂かれた。

 殺してしまっては意味がない。

 そう抗議しようとしたが、足は棒のように動かなかった。

 近づこうとすると震えてくる。

 悪寒が止まらない。

 

 「チルノ、リカームを」

 「はいはい、サマナーの気の向くままに。そうやってルーミアよりもあたしに助けを請うがいいわ。……なんてね」

 「ん、頼りにしてる」

 「わかってるわかってる」

 

 朽ちて逝くショウジョウだったものを前に朗らかに会話を交わす。

 魔法を指示された青い妖精は嬉しそうに笑い、金髪の妖精に向けて勝ち誇った表情を見せつけてサマナーの胸に飛び込んだ。

 金髪の妖精がそれを見て、悔しそうにマフラーの端を握った。

 サマナーはその様子を無視して蘇ったショウジョウに刃先を向けた。

 

 「契約に応じるか否か」

 「ナ」

 

 切り裂かれた。

 

 「契約に応じるか否か」

 「n」

 

 切り裂かれた。

 

 「契約に応じるか否か」

 

 切り裂かれた。

 

 「契約に応じるか否か」

 

 切り裂かれた。

 切り裂かれた。

 切り裂かれた。

 切り裂かれた。

 切り裂かれた。

 切り裂かれた。

 …………。

 ……。

 

 

 

 途中からただ甦らせて殺すだけの作業と化していた。

 目に見えてショウジョウが衰弱していった。

 人間よりも死の概念が薄かろうとも、怖いようだ。

 それとも目の前のキネマトグラフに恐怖を感じるのだろうか。

 鋏を握る手に巻きつくように存在する、ドス黒い痣を見ていると自分も恐怖を掻きたてられる。

 

 何度目か、わからないがとうとうショウジョウが折れた。

 契約すると言った。

 それを見て、キネマトグラフが頷く。

 回復魔法をかけた。

 契約内容を話すのだろう。

 さっきまでの光景で気分が悪くなっていたが、気持ちを一心する。

 隙を見せては不利な条件で丸め込まれてしまうからだ。

 さあ、やるぞ。

 気合を入れる。

 ショウジョウの指先が切り裂かれた。

 足の指が切り裂かれた。

 ……え?

 

 「今のままだとレベルが高く、逆らわれる可能性があります。ちょっとしたサービスです」

 

 楽しそうに嗤いながら徐々に切っていく。

 遊ぶように妖精が手伝う。

 笑い声が耳を抜け、直接脳へと届くようだった。

 悪魔は道具だ、そう思っていた。

 でも生きていると思うこともある。

 なんだこれは。

 目の前で繰り広げられているこれは、なんなんだ。

 ショウジョウが刻まれていく。

 助けを求めるように、揺らぐ赤い瞳が自分を射抜いた。

 気持ち悪くなった。

 

 

 

 COMPには契約したショウジョウが納まった。

 いや、あれは契約などと呼んでいいのだろうか。

 そもそも何度も殺さずに、初めから切ればよかったのではないだろうか。

 疑問が浮かぶ。

 駆け巡る。

 

 「貴方のためですよ」

 

 そう一言、自分に告げてキネマトグラフはL.L.に近づいて行った。

 逃げるように施設から飛び出した。

 貴方が弱かったからこうなった、貴方のせいでショウジョウは何度も殺された。

 そう言われた気がした。

 店内を駆け抜けて、ホッとした。

 あそこは体を圧し潰すような重さがあった。

 安心する。

 解放されたのだと。

 そして吐いた。

 胃の中身を全部。

 怖かった。

 そう、怖かったのだ。

 あれは人間なのだろうか。

 悪魔よりもよっぽど悪意があった。

 

 悪魔合体はこことは別の場所で行おう。

 ここにはもう二度と近づくことは無いだろう。

 あれを思い出すたびに、心が冷える。

 吐き気がする。

 他の場所に入る際も、きっと自分は恐怖を感じることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュの善意(笑)で造魔を仲魔にした。

 悪魔は嫌だと散々駄々を捏ねると、身体が機械で出来た悪魔にするという結果になった。

 仕事の説明をしてくれる電霊のルリちゃん(地上に舞い降りた大天使)な感じを期待していたが出てきたのはずんぐりむっくりたしたロボットだった。

 どっしりした下半身、巨大な手は指が長く鳥の羽の印象を受ける両腕、顔部分には単眼のみで頭部から天を突く角が生えている。

 凄くメカメカしいです……。

 思った以上にロボットだった。

 ルルーシュがゴーレムと呼んでいたので、俺もゴーレムと呼ぶことにした。

 胸部はハッチが開くようになっており、乗ることができるらしい。

 マジでロボットすぎる。

 ゴーレムは悪魔を食わせとけば強くなるようだ。

 データを取りたいから定期的に来るようにと言われたので頷く。

 

 でかすぎるのでゴーレムをCOMPに戻して仕事をこなす。

 珍しく超ちょろい。

 相手は唐傘連を引っ張ることになるジコ坊という立場が期待されている人物だった。

 バックアップで山犬がいるらしいが、俺が仕事を失敗しない限り出てくることはないだろう。

 人間を喰うとか言っちゃうショウジョウが反旗を翻さない様に躾けしてカットするというサービス。

 礼も言わずに去って行った。

 幹部候補ともなると気位が高いのだろう。

 

 ルルーシュに夕飯を誘われたので、喜んで同伴する。

 ナナリーの飯は美味いでござる。

 「チルノとルーミアばかり使ってたらロリコンと呼ばれるぞ」とルルーシュが笑いながら言った。

 それならそれで本望だ。

 俺が2人と仲良くするのは、ルルーシュがナナリーと仲良くしたいと思うのと一緒だと伝えると、なんか納得した。

 テキトーに言っただけなのだが、まあいいか。

 

 

 

 

 

 家に帰ると骸骨がコタツを満喫していた。

 魔人デイビットというらしい。

 包んでもらったナナリーの料理を与えると、すぐ従順になった。

 無垢な魂の欠片を求め、現界したとか。

 知らんなあ。

 ルーミアが持っているらしい。

 もう少し強くなると渡しても問題ないとか。

 デザートを見せながら強くなるまで待っていろと伝えると良いと言われた。

 即断だった。

 3秒経ってなかった。

 

 そして、魔人デイビットが我が家のコタツの主となった。

 

 

 ――

 

ジコ坊

師匠連という組織の幹部候補。歳は30前後くらいだろう。レベルは25とかそのくらいでいいんじゃないでしょうか。

 

キネマトグラフ

偽名的な何か。組織が2時間で終わる映画のようにさっさと死ねという思いを込めて名付けた。2体の妖精を溺愛している……?

 

ゴーレム

COMPに内蔵されているような大容量のマグネタイトバッテリーを積んでいるので悪魔を食わせとけば動き続ける。

 

ガウェイン

英雄を宿した機械人形。シリーズものなので他の館にいけば別物を見られる。面倒なので説明は省略。

 

魔人デイビット

私は魔人デイビット、コタツの主。今後ともよろしく。

 

L.L.

『邪教の館』の主。頭文字の連続が邪教ルール。ルルーシュが本名らしい。

 

ナナリー

完全造魔。ヴィクなんとかと共同研究して造り出された。ルルーシュの妹の魂をどうとかこうとか。身体に慣れていないため、車いす使用。

 

 ――

 

 

--5

 

 以前の任務である悪魔契約補助を達成した報酬として与えられた新しい義手の動きを確かめつつ、お盆に色々な種類のジュースと幾つかのコップを乗せる。

 義手をルルーシュに見てもらった限りだと、特定の条件で俺のマグネタイト(MAG)を放出させるようなクソトラップや暴走などが発動する機能が内蔵されていたのだけれど。

 なんかもう殺しにきてる気がしないでもない。

 理由は……魔王の痣があるから、とか?

 まあ、機能自体は強度や伝達効率が格段にアップしているし特に文句は無い。

 あの程度の成功報酬でこれなのだからジコ坊への期待を感じさせる。

 幹部候補が関わる任務を積極的に行った方がいいのだろうか……。

 

 そんな感じのくだらないことを考えつつ、様々なお菓子の袋から中身を取り出して器に盛る。

 律儀に傍で待っていたチルノにジュースの乗っているお盆を手渡し、お菓子の器はふよふよと浮いていたルーミアに。

 日常生活の補佐目的で作ったゴーレムは大きすぎて役に立たないんだよな、と本末転倒な結果が待っていた。

 チルノとルーミアがなんだかんだ手伝ってくれるので問題ないのだけれど。

 それに、義手も格段に良くなったので握りつぶす心配もなくなった。

 

 「まだですかー」とコタツの天板をリズミカルに叩くコタツ魔人にちょっとイラついて蜜柑を全力で投げつける。

 難なく潰さずに掴み、空中で皮を剥いて食っていた。

 腐っても魔人ということか。

 

 

 

 お昼のワイドショーが流れるテレビに耳を傾けながら、菓子に舌鼓を打つ悪魔を眺める。

 MAGがあれば食物など不要な悪魔だが、嗜好品には好みがあるとか。

 酒を好む悪魔が多い中、こいつらは菓子を強く好むらしい。

 ルーミアは人肉も好きだと言うので仕事中に死んだ、もしくは殺した女性を喰わせている。

 なんかむさ苦しい男を喰わせるのって嫌だし。

 

 コタツ魔人の骸骨は甘いのとしょっぱいのがバランス良く食べるのが好きとか。

 というか、人間の食べ物なら大概好きらしい。

 飯にMAGに、と色々と餌付けする必要があって面倒なんだが。

 気が向いたら仕事について来てくれるというので戦力として時々カウントできる。

 ぶっちゃけ、不安定な戦力は要らん……。

 

 チルノは何でも食べる。

 氷も食うし、バターも食う。

 どこの悟空だ。

 

 

 チルノにねだられたねるねるねるねを練りながらテレビに目を向ける。

 なんか『ね』が多い気がする。

 東京で行方不明者や気絶、死亡者が多発とか物騒な事件が起こっているようだ。

 そういえば龍脈の仕事は山手線沿いだったな、と思い出したが組織の誰かしらが解決しているだろう。

 ダメでも他の組織も解決に乗り出すだろうし問題ないな。

 ……なんかフラグっぽい。

 

 あとは外国でハンターが解決したとかヨークシンでマフィアの抗争があったが情報規制されているとか、そんな感じで真面目なニュースは終わり、お昼の料理コーナーが始まった。

 コタツ魔人がキラキラした目で見つめているので夕飯はこれに決定だろうか。

 一応録画してあるが、メモをとりつつ流し見していく。

 料理のレシピが入っているCOMPってどうよ?

 

 

 

 ワイドショーが終わったがコタツ魔人のテレビ視聴は終わらない。

 二人の刑事が事件を捜査するドラマの再放送があるためだ。

 見ても見なくてもいいが、暇なら見るというぐうたらスタイル。

 悪魔は俺が思っている以上にテキトーで怠惰な存在のようだ。

 あと容疑者は全員ぶっ殺せば解決すると言ってのけるあたり、かなり個性的な思想を持っている。

 全く解決せず新たな事件が発生すると教え、さらにぶっ殺し、新たな事件……の無限ループが発生して人類が滅ぶ辺りでドラマの意図を理解してくれた。

 現代社会の至る所に悪魔は潜んでいると聞くが、ホントに潜めているのか怪しい。

 

 近所のスーパーで買う物を脳内シミュレートし、メモに書きだしているとCOMPが鳴った。

 仕事を知らせるメールである。

 内容は『龍脈の事件を探ってこいよオラァ!』って感じだった。

 ちょっと、というか、かなりふわっとしている仕事だ。

 仕事を指揮している上の者が納得するような内容でなければ仕事は達成と見做されないし。

 山手線内部を塒にしている悪魔や組織をテキトーに挙げておこうかな、と戦闘準備。

 証拠としていくつかの死体を積み上げて、さらに証言するモノも用意しなければいけないからな。

 

 海外旅行に持って行くようなサイズのスーツケースに鋏や銃を詰め込む。

 なぜスーツケースかというと、でかいから。

 もっと取り回しが良いモノとか、カッコいいのが使いたい。

 チェロのケースとか使っている人もいるらしいし、楽器系もいいかもしれん。

 理想は手ぶらなんだが。

 かなり巨大な組織なら悪魔などのように道具を情報化し、COMPに収納できるとか聞いた。

 結構、いや、かなり羨ましい。

 スーツケースもチルノやルーミアが座るから悪くないんだけどね。

 

 コタツ魔人に、夕飯は冷凍食品かインスタントで済ませるように伝える。

 ついでに遅くなると思うから、俺らは外で食ってくるとも付け加える。

 するとコタツ魔人はチョコを頬張り、少しばかり思案して自分もついて来ると言い出した。

 食欲に突き動かされたのだろうか。

 夕飯はファミレスとかそんな辺りと伝えたが、アリスゲームの準備もしたいからとついて来る意思は変わらないらしい。

 まあ、いいけどね。

 

 

 

 電車に揺られながら龍脈の調査に向かう。

 龍脈の存在する場所には師匠連の勢力地は無いが、どこかしらが何か起こしたら超ヤバい的な感じで調査に駆り出されたわけである。

 というか、龍脈はクズノハだかヤタガラスとかいう由緒正しき正義の霊的機関が見張っているので、そう大きな行動は取れない……はずなのだ。

 師匠連や他の組織も一応は社会のバランスに組み込まれているので、普段はクズノハとかヤタガラスには大々的な摘発を受けないが、こういった大掛かりな事件を起こすと目を付けられるし。

 特にクズノハのライドウとかいうのが危険とか。

 前転でメギドラオンを回避して、ポン刀で戦艦をぶった斬るとか。

 ……なんだ、悪魔か。

 

 この仕事の前任者は行方不明、情報も目立ったモノは無し。

 裏路地の更に裏、日陰者ワールド全開な場所を探ってる途中で連絡が途絶えたとか。

 死んだか、逃げたか。

 多分、死んだのだろう。

 顔も形も知らないが、面倒なやつである。

 

 実は仕事がもう一つあるのでさっさと解決しておきたい。

 前に戦った異能者が保護していた少年だか少女の後見人というか、鍛えるというか。

 師匠的な事をしなければならない。

 保護者をぶっ殺した俺にさせるとか師匠連は螺旋がぶっ飛んでるに違いない。

 師匠連の上がぶっ飛んでるから他の組織に逃げて、保護した少年だか少女をきちんと育てたいとかだったら俺が悪役すぎて泣く。

 邪教の館に立てこもったから多分、そんなまともな理由なんてないのだろうけど。

 

 

 

 スーツケースを引きながら電車を乗り換えようと駅のホームに降りたあたりで、気の流れが悪いことに気付いた。

 人が多く、酷く混雑しているために流れが澱んでいるのだろうか。

 ちょっとよくわからんな。

 龍脈が関係していたらクソゲーに突入する予感、難易度的な意味で。

 

 乗換えるのは中止にし、駅から出てチルノと意見交換。

 レベルが高いと認識がずれるというか、そんな感じで一般人には悪魔を感知するのは難しくなると言うのは便利である。

 大っぴらに悪魔を出していても問題ないから。

 凶悪な悪魔を出してたらハイパーヤタガラスタイムだが、チルノもルーミアもちょっと強いくらいの妖精だから大丈夫だし。

 もちろん、コタツ魔人のきらきーとかゴーレムはアウト。

 チルノとしてはMAGの流れが不自然だという。

 面倒な事件の予感だ。

 どう考えても’然るべき’組織が調べる案件としか思えない。

 これはもう、師匠連に指示を仰ぐしかないわ。

 

 なんて考えていたら、赤い髪の毛が特徴的な女性に声をかけられた。

 鈴を転がしたような、と表現してもいいくらい透き通った声だった。

 赤い縦セーター、ミニスカート、白い外套、澄んだ蒼い瞳……。

 萌えの権化みたいな人物であり、俺よりも少し年上に見えた。

 普段ならお近づきになりたいような美貌であるが、その身から放たれる力を感じると遠慮したくなるわけで。

 素の状態で俺よりも幾らか強いし、多分本気を出すともっと強いのだろう。

 「道に迷いましたか? 交番ならあちらですよ。では私はこれで……」と紳士然として躱し、駅へ戻ろうとする。

 が、失敗。

 回り込まれてしまった。

 そして、上目遣いで「ちょっとお話しませんか?」と聞かれたら男としては頷くしかない。

 女性の美しさには参ったわ。

 流石の俺も愛らしい女性には負けます。

 背中が冷や汗だらけなのは関係……ありまくり。

 恐怖のほうが強いかもしれん。

 

 

 ……回り込まれるとき、早すぎて知覚できなかったし。

 

 

 

 

 

 近くの喫茶店に入り、飲み物を注文してから本題に入る。

 女性はアティさんと名乗ったプロハンターであり、諸々の事情で彼女が適任と判断されたために日本にいるとか。

 ハンターは人間よりも飛び抜けた人物の特殊職業みたいなものだ。

 霊的な仕事も専門にこなしているらしいが、日本では知名度がまあまあ低い。

 異能を使いこなしてうんたらかんったら……俺には関係ないと思っていたので知識がふわっとしているだけだ。

 決して俺が物を知らないだけでは無い、はず。

 

 アティさんは無色の派閥を追っていて、目立った活動を起こすであろう場所を探っていたら東京にたどり着いたのだとか。

 無色の派閥は、決まった活動場所を持たないダークサマナーの群れ的なやつだったはず。

 本拠地なしで世界中を飛び回る、というかゲリラ的に活動している厄介な集団だ。

 宗教戦争とか紛争などに積極的に参加しているらしい、多分暇人の集団なのだろう。

 で、そいつらが東京で事件を起こすっぽいので地理に詳しい人を探していたが都合良く見つかったらしい。

 そう、俺である。

 断りたいが、喉から手がまろみ出そうなほど魅力的な伝手でもある。

 クリームソーダにぱくついてご機嫌なきらきー(骸骨)を横目に苦渋の決断、手伝うことを決めた。

 

 

 

 ちなみに手伝うことを伝えて喜ぶアティさんを見たら、伝手とかそんな考えが浄化されそうになった。

 ぐう可愛すぎてヤバい。

 

 

 

 

 ――

 

キネマトグラフ(キノ)

呪われた痣は、魔王の贄の証。

彼が死亡した際に、そのMAGに応じた魔王を呼び寄せる。

 

師匠連

痣への対処に失敗した。キネマトグラフに遠くで死んでほしいと願っている。

 

東京タワー、スカイツリー

龍脈をうんたらしている。

 

山手線

円環を成してうんたらで、タワーの龍脈パワーを循環させて結界をうんたらさせるはずが、負の連鎖が起こっているっぽい。

 

 

 ――

 

 

 

--6

 

 

 駅前の喧騒を忘れそうなひっそりとした街角の一角にその喫茶店はあった。

 仲の良い老夫婦が二人で営んでいるらしい、注文する際にアティが尋ねると年季の入った皺を寄せて老婦は嬉しそうに話してくれた。

 どのくらいの月日を供に歩んだか、店内の中央にある柱時計の梟がお気に入りだとか、老婆の相方である老夫自ら選んで仕入れているため料理には自信があるとか、そういった取り留めもない話だ。

 アティは人と話すことが好きな性分で、そういった世間話をするのを好んでいた。

 ただ、今は自分一人ではない。

 それを思い出してはっとしながら、無理を言って連れてきた少年に意識を向ける。

 

 少年はやや俯き気味で、机に乗った真ん丸とした氷精の頭をゆっくりと撫でていた。

 それは、とても穏やかな表情だった。

 そういえば、と闇精が彼の膝上ではしゃいでいたことも思い出した。

 今は静かな様子で、老婦と話している間に眠ってしまったのだろうか。

 喫茶店に入るまでの道のりで、氷精と闇精はどちらもかなり幼い印象をアティに与えていた。

 やはり俯いているのは、そういう理由なのだろうとアティは思い至った。

 よくよく見れば、氷精を撫でていないもう一方の腕も僅かに動いているようだった。

 同様に、膝上で寝ている闇精を撫でいるのかもしれない。

 そう思うと、まるで赤子の子守りの様だとアティは思わず微笑んだ。

 それは、久方ぶりに浮かべた穏やかな笑みだった。

 

 アティ自身が、自らの目的のために飛び込んだ後ろ暗い業界の日々は心身を削る日々だった。

 後悔することは決してないが、辛く厳しいと強く感じることもある。

 だからこそ、彼らのように争いの無い一時がかけがえないモノに感じられて……。

 視線に気づいた少年が、俯いていた顔を上げて首を傾げた。

 張り詰めた糸のように気を張っていたアティが、呆けた様子を見せていたからだろう。

 

 途中からアティと同伴者の少年を黙って見守っていた老婦は「まあ……」と、実に楽しそうな笑いとともアティの傍へと近寄った。

 そして、頑張ってねと囁いてゆっくりと店の裏へと戻って行った。

 言われた言葉が理解できなかったが、先刻までの自分の様子と結び着くことで、アティの顔が徐々に赤く染まった。

 「違うんです、そうじゃないんです」といなくなった相手に言い訳しながら、羞恥のあまり両手を顔の前で勢いよくばたばたと振り出した。

 店内には暴風が吹き荒れ、柱時計から梟が飛び立った。

 梟が生きていたことに驚いていた少年は、生み出され続けている惨状を前に再び首を傾げた。

 

 

 

 

 

 「すみませんでした……」

 

 アティが消え入りそうな声とともに謝罪を告げ、頭を下げた。

 赤色の髪が流れるよう、重力に引かれて幾重もの毛先が薄茶色をした木製の天板に広がった。

 毛先はマグネタイトの影響によるものか、生来のものか、薄く緑色に輝いていた。

 鮮やかな赤が、マグネタイトの緑光と天板とで映え、幻想的な美しさを醸し出していた。

 

 「いえいえ」

 

 雑草のような、と表現できる乱雑に切られた短髪の少年が苦笑いを含んだ声色で答えた。

 その言葉にアティはちらりと目線を上げ、重力に負けるように力なく頭が垂れた。

 出会ったときは軽く立っていた少年の髪が、今ではサボテンも斯くやというほどに棘々と逆立っていた。

 注文した辺りでは少年が俯いていたが、注文の品が並べられた今はアティが俯く番だった。

 店内に迷惑がかかるから落ち着くようにと少年に注意され、絶妙な技量で少年に風を当て続けていたのだ。

 それも、一般人ならば体がどこかへ飛んで行くような、無理すれば首がもげてしまうほどの暴風だった。

 少年と比べると、穏やかな笑みを浮かべられる心温まる理由でないのがアティには恥の上塗りに感じさせていた。

 店の奥で時折こちらに視線を向ける老婦の穏やかな笑みが、気を逸らすことを許さず、顔の赤みが取れるのはもっと先だろう。

 

 「……あの、キネマトグラフさん」

 

 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないとアティは顔を上げ、少年――キネマトグラフ――と目を合わせる。

 影を思わせる闇色の瞳は深く澄んでいて、揺らぐことの無い湖面のようだった。

 その深さが何だか気になって、澱みの無い黒をジッと見つめた。

 眺めていると吸い込まれるような感覚を覚え、アティは無性に気恥ずかしくなって、無意識に両手をぱたぱたと動かして風を作り出していた。

 それを見て、何かに気付いたようにキネマトグラフが「ああ、失念していました」と呟きを漏らした。

 

 「キノでいいですよ、長いですから。その代わり、私もアティさんと呼んでもいいですか?」

 「あ、はい。私は構いませんけど……」

 「それは良かった」

 

 キノは口の端を軽く上げて小さな笑みを浮かべた。

 それを見たアティもつられる様に柔らかな笑みを浮かべた。

 そして、店の奥の老婦も皺を寄せながら笑っているのを視界の端に捉えたアティの顔が赤く染まった。

 

 

 

 

 

 妙に意識してしまうとアティは内心で困惑していた。

 どうも会話するのもちぐはぐな感じで緊張してしまうのだ。

 ハンターになる前は皆無だったが、今となっては異性と会話する機会は度々あった。

 情報収集やハンター試験、街中での噂話、戦場での会話……。

 よくよく思い返してみると金銭や命のやり取り、良くて世間話、と殺伐とした場面ばかりだ。

 アティにとって今のように気を抜ける状況でなど、ハンターを志してからは全くといっていいほど無かった。

 いや、キノは悪魔を使役するサマナーなのだから油断するわけにはいかないとアティも理解している。

 理解しているが、切り分けたケーキを手ずから食べさせている光景を見せられている身としては緊張を保ち続けるのは難しいというか、本音としては無理と言い切れた。

 

 敵意などを感じれば即座に臨戦態勢に入れるが、その節は一切ない。

 キノの意識はアティに向けられているが、それは対面に座って会話しているからであって、妖精は完全にお菓子にしか集中していなかった。

 妖精たちから感じられるレベルも10より下、キノ自身も20には届いていないだろう。

 素の状態でのアティのレベルは40を超えていた、そんな力量ならば例え不意打ちを喰らおうとも咄嗟に反撃で一蹴できる。

 そう考えると気を張り詰め続けるのも馬鹿らしくなり、肩の力が抜けるのも仕方なかった。

 と、なると思考に余裕が出てきて、普段とは異なった状況に緊張するのも道理……なのだろうかと内心でアティは首を傾げた。

 

 その様子を見ていた闇精――キノと仲魔の会話からルーミアという名前だったとアティは記憶していた――がキノの膝上から身を乗り出し、短い手足を精いっぱい伸ばしながらフォークを差し出していた。

 先にはケーキが刺さっており、食べさせてくれるようだった。

 思案していた様がケーキを食べたそうに見えたのだろうかと苦笑いしつつ、年端もいかない少女のような姿をしているルーミアに差し出されたケーキを貰う。

 なめらかなクリームとふわふわスポンジ生地が控え目な甘さとともに口の中で消えていった。

 甘い物は不思議と気持ちを豊かにさせる、そんなことを考えながら自然と微笑んだ。

 

 「ふふ、おいしいですね。ありがとう、ルーミアちゃん」

 「ん……」

 

 ケーキの登頂にあった瑞々しい苺を咀嚼していたルーミアにアティが礼を告げる。

 すると、アティの視線の先には輝くような金色の後頭部だけが残された。

 照れたのだろうか、顔を背けてキノが胸元に巻いている青地の白黒模様が特徴的なマフラーに額を押し付ける様に埋めてしまったためだった。

 キノがその金髪をゆっくりと撫でると、少女特有の柔らかな髪の毛がさらさらと流れた。

 褒めているのだろうと判断したアティは再度子供の躾けのようだと印象を抱き、更に笑みを深めた。

 珍しいほどに純粋かつ善良。

 それがキノと彼の仲魔への評価だった。

 

 「さて、目的は先ほども申しましたが、『無色の派閥』の追跡なのですが……」

 

 声をかけた目的を改めて切り出したアティだったが、すぐに言葉に詰まった。

 話したことで、終わってしまうのを恐れたのかもしれない。

 本能的に止めてしまったのだ。

 いくらか逡巡し、目の前の光景を細めた瞳で見つめた。

 懐かしい思い出を眺めているような、どこか眩しいものを見るような、そんな遠い残滓を眺める表情だった。

 

 「食べ終わってからにしましょうか」

 「それは有り難いです。どうもウチは食べるのが好きらしくて」

 「あはは……。でも良い事だと思いますよ、私は」

 

 今だけだから、内心でそう付け足した。

 食物への興味等といった様々な要素が妖精たちに見た目通りの子供の様な好奇心を抱かせているのだろう。

 だからこそ、サマナーと友好関係が築けている。

 キノの善良さと妖精の純粋さが黄金比にも近い比率でバランスを取っているのだろう。

 それがアティにはとても羨ましく、ひどく儚いものに見えた。

 

 悪魔は本能として強さを求める。

 いつかきっと……いや、見た感じでは限りなく近い将来、サマナーの、キノの能力が追いつかない時が来るだろう。

 もしくは、大量のマグネタイトを摂取することで強さを、人や悪魔の味を知ってしまったときか。

 その時、この美しい光景が絶望へと変わるのだろうか。

 悪魔と接するこの業界では誰もが通る必然、それを思うと胸に鑢を掛くようだった。

 

 「私は特に急いでませんし。だから、ゆっくり食べましょう。……ね?」

 

 アティの口から無意識に出たのは祈るような、懇願するようなそんな言葉だった。

 彼らを見ていたい、もっとこの穏やかな空間を過ごしたいと望んだ結果だろう。

 疲れ切った精神が渇望する麻薬にも近い安らぎ、そのためだけに長引かせているのだ。

 その行為が奇跡的なバランスで保てている関係を崩しかねないと理解しながら、どうしても離れることができなかった。

 自身の強さに充てられて、事件に巻き込まれて、何らかの事故を起こして……。

 可能性が頭の片隅で積み上がり、それを無理矢理崩して忘却の彼方へと追い込んだ。

 他人の、それも街中で偶然見かけたサマナーの最初だけの幸せを削り、糧にする自らの醜さを垣間見た気がした。

 残り少ない砂時計から砂を掠める自分は、彼らと別れた数日はきっと罪悪感で眠れないだろう。

 それでもいいから、もっとこのぬるま湯の様な多幸感に浸っていたかった。

 それがまた、隠れた醜さを見つけたようで泣きそうになった。

 

 

――

 

アティ レベル:40-50

無色の派閥による儀式によって滅んだ村の生き残り。集合無意識に接続して覚醒できる魔剣を武器としている。つまり、儀式→魔剣→てってれーみたいな。

無意識から力を得ているので信仰によるステータスの増減はほとんどないため、どこでも活動てきるとか、そんな感じの細々とした設定もある気がする。外国は宗教色が強いから地形無視は重要な気がしないでもない。

 

キノ

魔王のあれにMAGを食わせて体感レベルを10-20程度に誤魔化している。COMPで見られるとばれる。霊媒体質っぽいやつ。

 

妖精

MAGの量でレベルを調整している。悪魔は弱くなる(レベルが下がる)ことを嫌うが、キノの妖精はその限りではない。元のレベルが90近くなので、10だろうと40だろうと低いことには変わらないとかそんな感じ。

 

――


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