物事は後処理がね、面倒なんだよ。
というのもね、井戸から出てきたらなんと見知らぬ死体を抱えていた。
記憶に全く残っていないが、俺はこの高校生の死体(名前をトシキというらしい)を弟子にしたと聞かされた。
死体を弟子にするとかいつから俺はイタコになったのだろうか。
死体自体は実に綺麗なもんだが、確かに死んでいる。
苦痛に顔が歪んでいるのは呪殺のせいだと思う。
なぜか報復兵器に飛び込んだようだ。
気狂いの自殺志願者かよこわいって感想しかない。
記憶にございません、ってやったら電霊のラプラスがめっちゃキレてて笑ってしまった。
電霊、それもまだレベルも低い癖に感情豊かすぎる。
ラプラス型とか黒幕ムーブした挙句に勝手に末路を演繹してサマナー諸共死んだりするから機械的な性格が多いんだが。
しょうがないので確かめてみたが、ピジョンちゃんもムカデさんも記憶に無いようだ。
ムカデさんの記憶は基本的に弄らないので、本当に無かったのかもしれない。
ピジョンちゃんはどうでもよさそうだった。
もしや存在しない記憶……これが特殊詐欺ってやつか。
金を持っているサマナーを詐欺対象にするのは結構あるが、しっぺ返しがやばいから反グレの死因になったりする。
冗談はこれくらいにして、俺の電霊にログを纏めて貰って読み流す。
どうやらヤマキタの跡を継がせようとしようとした動きが見えた。
悪くない考えなんだが、今は致命的に時期が悪くなった。
ヤタガラス内で指名依頼が飛んできたのだが、内容は銀杯教と横浜の高校を処理する物だ。
高校だけなら良かったが、銀杯教も消えるとなると勢力図が大きく描き変わる。
そんな状況でヤマキタをズブの素人にやらせるのは不安でしかない。
でもヤマキタはいたほうがいいので、期待の新人を集めてグループを結成。
それをヤマキタと呼称することにした。
逆転の発想である。
半人前でも二人いれば一人前。
ダークサマナーにも良心があるので、集めたら一人前くらいの良心に繋がるだろう。
死因のショックや呪術の影響を考え、記憶を幾らか弄ってから復活させたトシキに助っ人たちを呼ぶ旨を告げておく。
ヤタガラスに来たれ、仕事人たちよ……。
不安だろうからな、経験者がいたほうがいいに決まってる。
殺すのも殺されるのも慣れてる連中に違いないから経験は頼りになる。
人格は知らないので反面教師として頑張ってほしい。
トシキの電霊であるラプラスは何かを察した様だが、俺に手のひらを返されると困るのだろう、言葉を飲み込んでいた。
いじらしいね。
片手間にヤマキタ関連を進めながら新たに課された課題に取り掛かる。
といっても半壊していた銀杯教を滅ぼすだけなので簡単に仕事は終わった。
シャドウランナーとかいう信徒の死体が山となっていた後処理がメインだったのが、あんまり死体が無かったので助かった。
肉体がシャドウに成り代わられていたのだろうか、悪魔人間の系譜っぽかった。
乗り込んだ際に教祖のゆらぎは死んでいなかったが、俺との相性は悪かったようで本領発揮することなくライドウに捕まった。
そもそも俺は一対一の対人戦にめちゃくちゃ強い。
サイコダイバーとかいうクソマイナー能力で、精神を弄って記憶を飛ばせるので初見殺し性能が高いから仕方ないね。
発狂が行動のトリガーになってるなら正気に戻すなり記憶を飛ばすなりしてリセットできる。
実際、ゆらぎの直前の記憶を消したら同じことの繰り返しだったので余裕だった。
行動のパターン変更や奥の手を使うのは早かったから凄い強かったとは思う。
本当にそう思うが相性の悪さはどうにもならない。
俺との戦いでは意味が無かったけど近接戦に自信があったっぽいので後でそこら辺の記憶を貰っとこ。
ライドウが教祖の四肢を切ったけど頭は残ってるからな。
最後の方は記憶を飛ばしても正気に戻してもペルソナがシャドウ化しかけたが、ライドウに斬られて終わりだった。
ライドウ曰く影の部分だけ切って捨てたから大丈夫とのこと。
何言ってるのかマジでわからん。
その後はヤマキタの空きを埋めたいのと使える手数を早々に増やしたかったので、神奈川県を話題にしてて一番勢いのあるスレに宣伝した。
ここにいる面子で輪になってスマホを眺めながら話し合ったが、アットホームな職場はヤバいと思うが百足さんのイチオシの文言とかで消せなかった。
もうその勢いで文章考えたよね。
募集への反応は良さそうだったので、足切りで消えずに半分くらいは生き残ってくれると助かるのだが。
自分が重ねた罪への認識が軽い者は勿論トシキの成長に悪影響なので省く。
逆に自罰的過ぎて来ない者も、悪気が無いのと同じくらい悪影響を及ぼしそうなので態々声をかけることはしない。
食べたパンの数を覚えてて、それがちゃんと食事なら全然セーフ。アレルギーの相手にパンを食わせたならアウトくらいのラインでしかない。
バランスが大事、俺好みのってつくけど。
ライドウは教祖を連れて一人で戻ってしまったので、俺たちは電車で後を追う。
お邪魔した銀杯教の本山は横浜にあったので、ミサキ様やライドウをあまり待たせないで済んだと思う。
戦いの無い場所では単なるチンピラでしかないムカデさんは先に帰らせた。
ムカデさんも駄々を捏ねていたのだが、後処理を思い出したとかで横浜の雑踏に姿を消した。
トシキを連れてミサキ様に見せ、今後の方針について説明する。
と言ってもヤマキタというチームを組むってだけで、人員はダークサマナーで補うってだけだ。
死んでも補充が効きやすそうなので上手く肉壁にしてほしい。
問題が起きたら俺が責任を持って皆殺しにする。
その場合、最初に死ぬのはトシキとラプラスだと思う。
本当に問題が起きたらダークサマナーに殺されるか、俺に殺されるかの違いだから誤差だよ。
その後は銀杯教の教祖であるゆらぎへの尋問が始まった。
俺が精神や記憶を弄ることで証言させるだけなので難しいことは何もない。
何を考えていたのか聞くことで状況とのすり合わせや他の支部の場所、他に隠れているスリーパーがいないかとかを確証が得られるまで何度も確認する。
先程までの戦闘のように一点集中が難しく咄嗟の判断でしか能力を差し込めない場合は直近の記憶を消すか、ランダムで記憶や感情を飛ばすくらいしか出来なかったが、こうやって腰を据えて能力を使えるなら任意の記憶や感情を再生、消去くらい余裕だ。
異能のコツはいっぱい使うことと失敗を恐れないことだと思っている。
精神は一度壊れると俺には元の形が分からないので継ぎ接ぎで直すしかないが、別人みたいになるから難しいが練習しないと上手くならないので失敗を恐れてはいけない。
記憶は行動とか信念の根幹になるような深い物を消さなければ問題ないんだが、本人にとっては重要で他人から見たらゴミみたいな記憶もあるので稀に事故は起きる。
そういえば成長が止まったペルソナ使いの記憶や精神を弄って再生したら新たな力に目覚めたりしないだろうか、機会があればやってみたい。
そんなわけでゆらぎには人生を追体験してもらい、尋問は終了となった。
ライドウは途中で無力化できていると判断して抜けていったが、ミサキ様が代わる代わる注文してきたので50回くらいは記憶の再生と消去を繰り返してしまった。
俺の電霊が数値化した結果、正気と狂気、それぞれの状態で能力が大きく変化したのに興味を持たれ、その狭間を何度も繰り返すことになったのはちょっと申し訳なかった。電霊が優秀でごめん。
ヤタガラスにもサイコダイバーやサイコメトリーといった記憶や精神の領域が得意な者たちがいるが、俺が一番躊躇いが無くて作業も早いと評価されているがちょっと照れちゃうね。
実際俺一人で精神と記憶の両方を弄れるので効率がいい。
日本って復讐を美徳とするし、悪には罰を与えるべきって土壌があるのでミサキ様も手加減しなかった。
これであまり瑕疵の無い人間だったら魔法や技術だけ抽出した後に物申すけど、被害者が結構いるからなぁ。
俺も特に止めようって気持ちにはならなかったな。
そのうちなんかいい感じの研究成果になれると思うからこれからも頑張ってほしい。
ミサキ様とライドウに頼み、ゆらぎから引っこ抜いたペルソナ使いとしての記憶を纏めてマニュアルを作る、すべて電霊任せで。
電霊のおかげで面倒なデスクワークも簡単に終わらせることができるし、電霊に頼めばペルソナ使いが集まっているスレも難なく見つけることができる。
こんなにも便利なのにヤタガラス以外ではあまり普及していないらしい。
電霊は珍しい悪魔だが、探せば結構いるのに不思議だ。
電霊が作業を終わらせてくれるので時間が余り、ついでに貰ったゆらぎの”武道の素養”とも言える経験を取り込む余裕も出来る。
現代で電霊を使わないなんて絶対損してる。
電霊に反乱されたら不安だと主張して使わない人もいる。
気持ちもわかるけど、この業界はちょっとした不運で死ぬときは死ぬから。
寝不足で判断が遅れたり武器が暴発して一手足りなくて死ぬこともあるし、電霊の不調も受け入れるしかないと思う。
死んだことないし、死にたくもない俺は自分の命を賭ける根性とか覚悟が無いから知らんけど。
「サガミ」
「ライドウ。どうかした?」
「客人だ」
仕事も終わったのでご飯を食べてから帰ろうかと話し合っているとライドウに話しかけられた。
俺に用がある客人を連れて来てくれたらしい。
ライドウに案内させるとはとんでもない大人物じゃないか。
それくらいの地位となるとメシアの大司教とか、ガイアの大僧正とかだろうが、俺にそんな知り合いはいない。
と思ったら、まるで冴えない30代くらいの男を紹介された。
何処かくたびれた雰囲気を纏っていて、相応にへたったスーツを着ている。
誰なのぉ? こわいよぉ。
「サガミ、兄上がどのような様子だったか聞いてもいいか?」
「俺も詳しくはわからないよ。頻繁に使ってる掲示板の記録を電霊が纏めてくれてるのなら送っとくけど」
「それでも助かる。俺はどうも疎くてな。電霊が手解きしてくれるのだが目が滑ってな。楽しさも未だによくわからん」
「ライドウにあの空気を馴染まれても困るからそのままでいいって」
「すまんな。それで、兄上は戻られる意志があると思うか?」
「無いでしょ」
「そうなると……」
「悪魔合体してるし離反者のままだから現状維持かな」
「どうにもならんか」
「なったらヤタガラスなんて要らんでしょ。ただ、今は何処もきな臭いから追跡者が放たれるかもね」
「儘ならんな……」と憂いを帯びた様子で、礼を呟いて去っていった。
今の会話はライドウが脱走した兄を案じているってだけなのだが、大河にハマって受信料払ってるよって伝えたら笑ってくれないだろうか。
受信料を払ってるから拠点があるのだろうってことも含めて俺は笑えたんだけどな。
里で切磋琢磨し合った間柄だったが、明確に強かった弟がライドウを襲名してしまい、劣等感やら何やらで出て行ったらしい。
試合形式でライドウを決めたって話だが、聞いた感じだと一撃で勝負が決したのも悪かったと思う。
脱走だけなら全然問題ないわけじゃないけど普通の離反者で済むのだが、ヤタガラスの施設で神と悪魔合体までやったからな。
秘境の里で育ったとは思えない随分とロックな生き方だ。
いや、ロックすぎるわ。
神と合体するんじゃないよ。
力量的にはライドウには劣るが、四天王には勝っていたとも聞くので、追跡者もそれに応じて判断されるのだろう。
そんなわけで大なり小なり何処も問題を抱えているってわけだ。
「お待たせしました。それで、どちら様でしょうか」
まるで冴えない30代くらいの男に声をかける。
マグネタイトが豊富なので一般人ってわけじゃなさそうだが、居心地が悪そうだ。
ヤタガラスの事務所で話すか提案すると、物凄い勢いで断られた。
結構居心地いいし、ミサキ様もいるから国内でも防御力最高峰なのに勿体ないな。
所属者が自由に使えるよう解放されてるのに何故か閑散としてるけど。
「……面接に来ました」
「掲示板を見て?」
「ええ」
「あ、空港の人?」
ライドウに補足されたっぽい人に心当たりがあったので聞くと肯定するように頷いた。
掲示板を見て早速来てくれたらしい。
来てくれたというか、ライドウに連行されただけだが。
掲示板で見た感じだとデビルシフターだったか。
全然準備してなかったからどうしようかと考えていると、ピジョンちゃんに袖を引かれた。
「この方、ネフィリムです」
「ネフィリム……。何年か前に聖女が死んで途絶えた派閥の生き残りってこと?」
「そうなると思います。メシアの面倒ごとに繋がるかもしれません」
「つまりまだ繋がってないってこと?」
「……」
「うーん」
系譜を遡って主の声を聞くという主張を持つ派閥がメシア教にあったらしい。
そこで生み出された実験体の呼称が”ネフィリム”、天使と合体した悪魔人間だった記憶がある。
別に巨人ではない。
ネフィリムの親は神の子、神の子の親は神、だから主の存在証明となる、みたいな論法らしい。
よくわからないが多分龍を目指して滝を昇る鯉の理論が近いと思う。
天使自体が神の子だから、神の子と合体したら神の子だから神の子は神の子……ネフィリム要素イズどこ。
メシア教も
「俺が聖女を殺したとか無いよね?」
「ありませんが……」
「それならヨシ!」
流石に俺が殺した聖女の派閥だったりしたら気まずかったが、問題なさそうだ。
本音を言えばこのまま投げ出して帰りたいが、ムカデさんから呼び出しを受けたので海老名に向かう。
困惑している空港の人も一緒に付いてくるよう告げてから駅に向かう。
トシキと一緒に艱難辛苦を乗り越えるだけだから交流を深めてもらいたい。
二人の間で「トシキです、よろしくお願いします」「えっ、まだ子供じゃないか……」みたいなテンプレートな会話があって初々しいね。
若い二人を残して帰りてえよ。一人は若くないけど。
「トシキだけだと完全に力不足なので、複数人でチームを組んで”ヤマキタ”になってもらう予定。力を合わせて頑張ってね」
電車内で言外にお前もヤマキタになると伝える。
「頑張ります」とトシキは真面目な返事をくれたが、空港の人は宇宙猫みたいな顔になった。
空港の人の記録を電霊が集めてくれていたので読み流す。
といってもメシア教の内部抗争に乗じて聖女を攫って逃げ出したらしい。
聖女は死んだし、本人も離反するしかなく現状に至るって感じか。
意外とみんな生き方がロックだな。
ついでに本人のCOMPをハッキングしたが、ほぼ空っぽの容量だけで何も無かった。
もしや電霊を渇死させようとしてる特殊な趣味の人……?
「二人とも電霊は育てたほうが良いよ。相手の能力が視えたり、溜め込んだマグネタイトで補助してくれる。それだけじゃなくて情報処理とかも手伝ってくれるし。空気中のマグネタイトや魔力を介して機械類や他のCOMPに干渉できるから仕事にも利用しやすい。電霊の強さは容量である程度は決まるから色々な情報を集めるのも有り。COMPの設定で確認するか、電霊本人に聞けば容量を教えてくれるし。一概には言えないけど、容量が存在の強度に繋がるので俺たちのレベルみたいなもんだよ」
汎用性のあって瞬間的な起動を必要とするアプリを解凍するよう説明しておく。
電霊によっては全然やらないのだが、格納場所から持ってくるより手元にあったほうが早いし、人間も意識しやすくなる。
ラプラスは口が悪い癖に必要な物はちゃんと揃えてあった。
でもこいつは演算速度が最速な型番なのでわざわざ準備しておく必要無いんだよな、言わないけど。
空港の人は論外だった。
「後でヤタガラスからCOMPが配布されるからそっちをメインで使ってもいいし。欲しいなら電霊も付けられるけど、ちょっとお高いから持ってるなら自前のままで良いと思う」
ヤタガラスでは電霊の買取も行っているので、そっちに出してもいいかもしれない。
ただ、これまでの経験を勝手に蓄積しているだろうから本格的に使えば活躍するとは思う。
情報量自体は活動しているだけでも増えるらしいが、与えられたデータが重要で電霊同士で情報戦をする場合の優劣が決まるようだ。
特にヤタガラスのガチャは値段が高いだけあって上質だと電霊にも評判がいい。
電霊を食べさせて必要な情報を摂取させるのが一番効率は良いが、中には自己保存が難しくなる型もいるからオススメできない。
自然発生する電霊だと生物的な構造をしていて無駄が多いが便利な機能を有していて、分霊型は特化している機能を持つ。
他の電霊を取り込むと一部の機能を使えるようになるので、欲しい機能を持っている物を与えるのは悪くない。
俺の電霊は防御力がガチガチで最初から大食いできる型を貰えたから良い結果に繋がった。
ヤタガラスで変形武器が流行り始めているだとか今後は山北町に引っ越して活動してもらう予定があるとか、そういう話をぐだぐだしていると海老名に着いた。
空港の人から「意外と普通の人なんですね」みたいなことを言われた。
むしろ普通じゃない人は注目されすぎてこの仕事に向いてないと思うんだが。
普通じゃない思想を持ってると孤立するから銀杯教や他の組織にコロッと引き込まれて尖兵にされたりするからなぁ。
「ムカデさーん、邪魔しまーす」
「邪魔するならかえってー」
「かえりまーす。おつかれさまー」
「うそうそー。帰らんといてー」
ムカデさんから連絡のあった場所に行くと、巧妙に隠された廃墟があった。
意識的に探さないと見つけられないとでも言えばいいのか。
魔法的な隠ぺいもされているが、それだけでなくて視覚的にも隠れるようになっている。
声を掛けながら中に入れば、困った顔をしたムカデさんの姿。
これは何か面倒なことが起きているに違いないのでトシキ案件にしよう。
ペルソナ使いの育成に必要なのは精神的な成長とか事件の解決とかなんか達成感のあることらしいから。
中を見回せばちょっとげんなりしてしまう。
「これはまた……。急に鬼滅の刃が始まりました?」
「ここは那田蜘蛛山じゃないですことよ。半ば秘境と化してますが」
「ほんとぉ?」
「ほんとぉ」
ムカデさん曰く那田蜘蛛山では無いらしい。
でも蜘蛛みたいな姿になってる人間ばっかりだし。
多分この蜘蛛みたいなので三尸を誤魔化して欠落させるなりしているのだろう。
人工的な仙人の失敗作たちと考えると憐れみすら覚えてしまう。
「どんな感じなんです? 俺は蟲憑きはよくわからないんですけど」
「陰陽が崩れているので、整えることが出来ればって感じかしら」
「陰陽?」
「簡単に言えば蟲が陰気、自我が陽気って考えて貰えればいいわ。自我が蟲に食べられて蜘蛛になってしまっているようなのよね」
「じゃあこの蜘蛛になっちゃってる方が重症ですかね」
「んー、そうとも言えないのが面倒なのよね……」
形のいい眉を歪めながらムカデさんが困ったように説明してくれた。
結局、この行いの目的は仙人に至ることであって蟲になることではないため、人の姿をしている方がより深く蟲が馴染んで根差した状態だという。
つまり、カサカサと這っている巨大な蜘蛛よりも、陰陽が混ざり合って人の身体を保ちながら顔が蜘蛛になってる人の方が重症のようだ。
元が人間だとしても巨大な蜘蛛って気持ち悪いな。
中には顔が人間だったりする個体もいるから一層気持ち悪く感じるが、同時に可哀そうである。
複眼をうるうるさせて涙を流す様を見ると俺も悲しくなるからやめてくれないか。
言葉は通じるようなので、このままがいい人を募ってみる。
無理矢理連れて来られたり、人身売買にあったりで無理やり蟲を付けられたらしいのでいなかった。
「完璧に蜘蛛っちゃってる場合は陽気を強めて蟲を追い出せばいいですかね」
「すぐに追い出すならそれで問題ありませんわ。でも時間をかけて虫を下したほうが安全だとは思います」
「サンプルが沢山あるなら練習できるんですけどね」
殺しても問題ないやつって何人くらいいるか尋ねたら、蜘蛛たちは一様に天井を見た。
うわ、きっしょ。
標本にされている巨大な蜘蛛がいた。
弱々しくびちびちしているが、マグネタイトは枯渇気味で弱っている。
ムカデさんのパンチで何度も再生させられたんだろう。
三尸をぶっ壊して作られたタイプは蟲が主導権を握っているから再生能力を調整できないらしい。
なので何度も殺されるとリソースが切れてあんな感じになる。
周囲の環境や無意識領域からもリソースを取ってきて回復しているらしいが、それを上回る火力で攻撃し続ければ殺せる。
ムカデさんみたいにそういう手段では完全に殺せない個体もいるのだが、こいつはそこまで至ってはいない。
「あれなんですか」
「邪仙の拠点を潰しに来たんだけども。外で出会ったので半殺しのついでに話を聞くに最高傑作の個体らしいのよね」
「邪仙の最高傑作とか字面からして邪悪すぎる。……うわ、アナライズしたら微弱な神気を纏ってますよ」
あの邪悪な遺産、生意気にも信仰を獲得しつつあるようだ。
信仰とは一心に向けられる物のであり、畏れから始まる場合もある。
この場の蜘蛛たちは人間と比べれば超常の存在とも言えるため、それらが畏れ等を抱いた結果としてある種の信仰に繋がった可能性がある。
簡単に言うと凄い都市伝説に近い存在だろうか。
小さな田舎の因習村に邪悪な悪魔が降臨したりするから亜種とも言えるかもしれない。
村よりも小さな空間かつ歴史も無いのに何やったらこんな小さなコミュニティで起きるんだって話だ。
「もしかして多那神か?」と空港の人が漏らした。
そういえば掲示板で見かけた気がするな。
神を自称してたんだったか、何にしても面倒なことをしてくれる。
「どうかしら。サガミくんがこの子たちの記憶からアレの記憶を消せば解決できたりは……」
神気の獲得先である信仰を大元から断つのが対処として正しい。
正しいがやれるとは往々にして限らない。
この場合も難しいと言わざるを得ない。
自我が希薄になってるとか陰陽のバランスがどうとかって話を聞いてるのに記憶や精神を弄るほどチャレンジ精神には溢れて無いからなぁ。
「いたずらに蟲がいるまま弄るのはちょっと怖いですね。染み込んだ残留思念が霧散するわけでもないのでマグネタイトの変質は避けられないかと」
「そうよね。困りましたわ」
「でも悠長にしてると至りますよね。バースデーケーキとか用意してないから勘弁してほしい」
このまま放置しても新たな神もどきが生まれてしまう。
ぶち殺し続けたらこの場では消滅させられるが、変に神気を取り込んで神としてポップされても迷惑だ。
神を名乗る何某って意外とそこら中で生まれるから別にいいんだけど、権能とか威が付随してしまうのでこの場では避けたい。
蜘蛛たちの信仰で生まれる神ってことは、つまりこの場の蜘蛛たちの上位存在だ。
彼らにとって抗い難い命令権を持って生まれる可能性があり、神の中には眷属を呼び出す柱もいる。
嫌々襲い掛かられて邪魔だったら皆殺しにしないといけないかもしれないし、面倒で嫌な気持ちになるから避けたい所だ。
「そういえばムカデさんが悩むのって珍しいですね」
「そうですわね……。普段なら腕力でこの世から解き放てますけど」
蜘蛛たちがギョッとして散っていく。
まさに蜘蛛の子を散らすってやつだ。
ムカデさんに救いを求めていたのか、安心できたのかわからないが、周囲に集まっていたのにな。
見た目と雰囲気は実に優しそうで安らぎを与えてくれそうだから勘違いするのも仕方ない。
いや、安らぎを与えてくれるのは確かだ。
死後の安らぎだけど。
「望まぬままに蟲を食わされ、異形となって生きるにはあまりにも不憫で」
「ムカデさん……」
俺にはわからない何かを感じているのだろう。
同情とか憐憫に混じって、自身の境遇と重ねているのかもしれない。
でもムカデさんが「寝ないでネット配信を複窓で見ながら超大盛りのカップ焼きそばを食べられるなんて蟲最高!」ってはしゃいでた姿を俺は忘れないぜ。
「だから配信が始まるまでにサガミくんが何とかしてくださると信じております」
「ムカデさん……」
周囲からの評価も下がったぞテメー。
とんでもない発言に蜘蛛っ子たちも二度見したからね。
定命の者にはわからない価値観なのかもしれないので、俺が理解することは無いだろう。
「他ならぬムカデさんの頼みなので誠意は尽くしますけど」
「やった! サガミくんさいこー!」
はしゃいでるムカデさんには悪いがあんまり思いつかない。
現代の集合知を借りるしかないだろう。
というわけで電霊に頼んでヤタガラスの掲示板で案を募集すればすぐに解決策が出た。
半神なら問題なく処理できるらしい。
有難い。
「井戸に捨てる許可をもらいました。さて、どうやって捨てるかだけど……」
蜘蛛たちを見て、空港の人を見て、最後にトシキを見る。
蜘蛛は呪殺耐性がどうなってるかわからないし、これ以上混ざっても困る。
空港の人でもいいけど、トシキにやってもらいたいなぁ。
にっこり笑えば目が合う。
「おろろrろろろrr……」
うわ、きったね。
急にトシキがゲロ吐いたんだけど。
確かに日に二度は可哀そうだよな。
記憶処理して忘れさせてもう一回新鮮な気持ちで飛び込ませるか。
冗談だ。
「ヤタガラスが責任をもって合体してくれるから大丈夫だってさ」
とっても安心だね。
無力化するために多那神の記憶を弄ったら万能プロレマと万魔の乱舞を抽出できたのでトシキの報酬にしようと思う。
めっちゃ強くなったらライドウと戦える機会をプレゼントしよ。
トシキ 対応アルカナ:愚者
井戸が怖い。山北町で生活し、時折依頼をこなす日々を送る予定。
ラプラス 対応アルカナ:正義
オペレーターとして酷使される未来が待ってる。
空港の人 対応アルカナ:法王
適合率の高さから彼女の自我が失われることを知り、その手を引いて外へと逃げ出した。味方の居ない宛てのない逃避行だって辛くなかった。彼らの世界は、その時ずっとずっと広がっていた。大切な女性が傍にいれば、あの日空へと飛び立てれば、きっと世界中の何処にいても幸せなはずだった。世界は有限で、幸せに限りがあると知るまでは。
蜘蛛にされた人たち 対応アルカナ:塔
「オレ クモニ ナッチャタヨオ」みたいな。
親子で蜘蛛になった人たちもいるみたい。
子どもが破裂しなくて良かったね。
医者らしいので医療アイテムを売ってもらえるみたいだ。
多那神
遊ぶのが好きで要領も良かった。
COMPを手にしてから彼の人生に輝きが増した。
栄光を夢見て邪仙討伐に乗り出し、生き残った彼は自尊心すらも差し出した。
対応アルカナ:魔術師
相模原から来るらしい。同い年だが経験は彼の方が上。
対応アルカナ:恋愛
サガミから送られて来た少女。猫耳のついた銀色の帽子を被っていて可愛いらしい。同い年だが感情が薄い。
『依頼』
№1【月下で闇に吠えるモノ】 依頼者:サガミ 所属:フリー 期限:1年 報酬:真・全門耐性、ギガプレロマ(10種)
『1年後、崩壊を引き起こす事件が起きるので未然に防いでほしい。現在は特に予兆も無いので、山北町で過ごして経験を積んでみて。仲間や地域住民と交流するも良し、敵と戦うも良し、アルバイトして社会を経験するのも良し。君の成長に期待している。ああ、それと崩壊への対策として動画配信してもらうので程ほどに頑張るように。モーションキャプチャー等の機材は後で送ります。』
№2【半神が堕ちる時】 依頼者:ピジョン 所属:メシア教 期限:1年 報酬:神託
『1年以内に半神を堕としてください。失敗しても構いません。あなたにできるとは全く思いませんので期待もしていません。ただ、サガミさんがやらせてみようと言うので依頼を出しました。自信を持った時にでも挑戦したらいいと思います。成功すればサガミさんの覚えが良くなるので必死に頑張るほかないと思いますが。』
№3【千里の道を二足歩行】 依頼者:百足 所属:ガイア教 期限:1年 報酬:お香
『強くなるなら戦うのが一番、ということで私の霊獣と戦ってください。段階的に強くしていきますので、日々の努力を欠かさないように。いつか戦える日を心待ちにしております。』
№4【サマナーは電霊の夢を見る】依頼者:サガミ 所属:フリー 期限:1年 報酬:10TB毎に変化
『電霊の容量が生死を分けることもある。ラプラスが育ったら定期的に教えてほしいな。ちゃんと育てられたらご褒美を用意してあるから遠慮なくどんどん受け取ってね。』
№5【護国の刃】依頼者:ライドウ 所属:ヤタガラス 期限:無期限 報酬:回転式拳銃
『ダークサマナーとなった兄を見つけたらヤタガラスに戻るよう説得していただきたい。大事に出来ないため地味な報酬で申し訳ない。予備の回転式拳銃なので整備は行き届いている。』
№6【蜘蛛の糸】 依頼者:サガミ 所属:フリー 期限:2か月 報酬:ラプラス用ドローン(Ver.2)
『ペルソナを使う練習として邪仙によって蟲憑きにされた家族を救ってあげてほしい。サイコダイブを行うため、ラプラスのナビゲートに従うように。彼らの治療が済めばきっと君の助けになってくれるだろう。』