実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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女神転生(地方しらべ)4

 

  

「来ちゃった」

 

「帰ってください」

 

 来週くらいにダークサマナーが来ると知らせたのだが、わくわくしすぎて電話した次の日に教会まで来ちゃったムカデさん。

 それに対してジト目で対応するピジョンちゃん。

 ムカデさんはガイア教所属、ピジョンちゃんはメシア教所属なので表面的な相性は良くない。

 ただピジョンちゃんの言葉がちょっときついのは所属の相性とかよりも、年上に甘えたいが為だと俺は思い込んでいる。

 会話をして更生する機会を与えたいのがピジョンちゃん、勘でとりあえず殺すのがムカデさん。

 ぶっちゃけゴールは同じなんだけどね。

 

「あらまあ。困ったわ。この子、反抗期かしら」

 

 そういうとムカデさんは「よよよ……」と泣きまねをする。

 ピジョンちゃんは「よよ……よ?」と首を傾げた。

 そう、泣きまねが伝わっていないのである!

 それにめげずにまだ「よよよ……」と泣きまねをしながらチラッチラッとムカデさんがわざとらしく俺を見てくる。

 そう、解説を求めているのである!

 しょうがないなぁと俺は笑みを浮かべ、洗濯物を持って外に出た。

 

「見なさい、お(はと)ちゃん。あの男の姿を。悲しんでいる妙齢の女性と困惑している幼子を放って外に出るつもりだわ。どれだけ女性の権利向上が叫ばれようと、結局市井には何も届いていやしない」

 

「私は幼子じゃないです」

 

 じゃれ合ってる2人が付いてくる。

 来ないで。

 

「叫びましょう、わたしたちの権利を。団結しましょう、女性同士手を取り合って。互いに向き合う勇気を持ち、会話と握手で繋げましょう、平和を」

 

「でもムカデ様、交渉したがる相手の背骨を引き抜いてましたよね。私もサガミさんもそれには引きました」

 

「会話は同じ目線に立たないと成り立たないのよ。わたしは右手を差し出す。相手は頑張ってわたしの手を目指す。そこになんの違いもありませんことよ。ただ、残った左手が相手の命を奪うこともあるから怖いわぁ」

 

「はぁ……。じゃあ互いに向き合って手を取り合った後の目標は何処ですか?」

 

「近場の男性に右手を差し出して、左手で殴るわ。男女平等なのよ」

 

 肩口で切り揃えた艶のある黒髪には緩やかなウェーブがかかっていて、防御力を重視した金ぴかの七条袈裟を着ている清楚な女性のムカデさん。

 彼女の格好に宗教的な派閥などの意味は全くないし、数珠ナックルや卒塔婆ブレードを繰り出すこともある。

 そんな女性だが、ボクシング漫画でも見られないであろう高速のシャドーボクシングを始める。

 残像が見えているのに空気は揺れず、土煙が上がることも無い。

 シルクの手袋で作られた連打は音を置き去りにし、白い壁にしか見えない。

 そして視線は俺を捉えて離さない。

 こえーよ。

 

「男女平等はそういう意味ではありません。それでムカデ様は今日は何しにいらしたのでしょう」

 

「殿方との付き合い方を伝授しに来ましたわ。わたしはこう見えて長生き。さながら恋愛の古今伝授」

 

 ムカデさんが病的な白い肌の顔でドヤっているが、俺が聞いた話だと浮いた類は一切無かった。

 伝承されていたとしても異類婚姻譚なしの悲しき恋愛雑魚。

 彼女が恋愛するには強すぎた。

 そして彼女が付き合うには世の男は弱すぎた。

 じゃあ釣り合う強さの男と付き合えよって話だが、ムカデさんはそんな化け物と恋愛するのは嫌だと言う。

 化け物の自覚が無いのかこの女は。

 

「男は常に女を三歩後ろに侍らせようとします。切支丹(きりしたん)の貴女には影を踏まない歩法を教えましょう。これが慎ましき日本女性、大和撫子といふ」

 

「あ、結構です。慎ましさとか興味ないので手を繋いで歩きます」

 

「これがメシア教……! なんて恐ろしいの……!」

 

 恋愛の古今伝授が崩れ落ちた。

 所詮は恋愛弱者じゃけえ。

 ムカデさんに男と手を繋いで仲睦まじく歩いたことがあっただろうか。

 いや、無い。

 彼女の手は血に染まっている。

 数多の敵を屠ってきた。

 今更世界の闇を知らない男と付き合えるはずもない。

 悲しきモンスターの運命(さだめ)だ。

 それだけでなく、そもそもその白魚のように綺麗な手は毒手だ。

 通常攻撃をするだけで耐性の無い相手を毒で必殺し、無効以上の対策をしていない敵を猛毒によって追い詰める。

 だから手を繋ぐと焼けるように痛いよ。

 

「でもわたし、負けない! まだ半人前のメシアンに世の厳しさってやつを教えてあげるわ!」

 

「まだ14歳ですから半人前でも仕方ないでしょう」

 

「そういえばそうでしたわね! 誕生日会には呼んでくださいな!」

 

 メシア教の元聖女候補の誕生をお祝いしようとしているが、この人はこんなんでもガイア教なのだ。

 そして空飛ぶスパゲッティモンスター教とかいうユニークな派閥に属している。

 メシア教とは相性が悪いというか。

 説明は面倒なので省くが、真っ向から教えが対立しているレベル。

 争ってないのは本人たちの気質のせいだと思う。

 つまり宗教が争いを生むわけじゃない。

 

「恵まれた立ち位置で満足し、愚かにも胡坐をかく小娘よ。男はけだもの、すぐに現を抜かし、釣った魚に餌を与えないのです」

 

「獣なら獲った魚をすぐ食べるのは当然のことでは」

 

「見なさい、平たい胸のメシアンよ」

 

「見えてますよ、毒大盛りのガイアーズ様」

 

「あ、ちょっと話は変わるのだけれど。貧しい胸は清貧を表してるってことでいいかしら」

 

「もしかして頭まで虫に食べられたんですか? それに装備を着ているからわからないだけで、脱ぐと凄いのです。……たぶん、きっと。……将来的にそうなって欲しいです」

 

「わたしと比べても凄いってコト!?」

 

「……食べられないメロンよりも、安全なさくらんぼですよ」

 

「メシア印のさくらんぼとか特殊調理食材でしょうに」

 

 メロンさんが袈裟を脱いで見せつけると、震えを隠しながらさくらんぼちゃんが呟いた。

 楽しそうだね、君たち。

 でもそういうのは隔週でやってるお泊り会のパジャマパーティーしてる時にでも話してくれないか。

 俺が居た堪れない。

 無視したいけどそれはそれとして聞きたい。

 

「話を戻すのだけれど。男はすぐに気持ちがふらふらする。あの男を見なさい、特殊調理食材ニトロチェリーちゃん」

 

「だから見てますって、毒メロンパンナ様」

 

「ああやって女を無視して好き勝手やるのよ」

 

「夢中で私の洗濯物を干してるだけです」

 

「貞淑さを知らぬ獣どもめ!」

 

 2人の言い方よ。

 俺に見られて恥ずかしい洗濯物はピジョンちゃんが予め取り出して干している。

 俺が干してるのは泊る時に借りてるシーツとか仮置きしてる寝間着だからセーフ。

 というかお泊り会したら洗濯しているじゃんよ。

 どれだけレベルが上がろうと洗濯機の便利さには勝てない。

 俺は家電のある便利な日常を守らなければならない。

 

「それでムカデさんは何しに来たのさ」

 

「来週誘われちゃって、でももうわくわくしちゃってェ……」

 

 ムカデさんの良い所は勤勉な所だと思う。

 勤勉すぎてネットで流行りとかを吸収しようとする。

 明治維新くらいから生きているので、知識や言葉を貪欲に吸収しないと流行りに置いて行かれるそうだ。

 特にここ10年は流行の移り変わりが激しいようだ。

 悪い所はあまりにも暴力的な所。

 

「来週まで我慢できないんですか?」

 

「できない!」

 

「もう100年以上は生きてるのに気は長くならないのかよ」

 

「ならない! なぜなら強くなるほど世界は遅くなりますことよ」

 

 悪魔の中には時間の感覚がぶっ壊れている連中も存在する。

 植物系や土地系などの悪魔が特に顕著で、動くのに最速で100年や200年は掛かる。

 素人が儀式で呼び出したと思ったら全く動きが無いので観葉植物と化していて、数世代後の子孫に願いを聞いてトラブルになることもある。

 逆に呪ったはいいが100年かかるので対象が寿命でぽっくり死んでたりすることもある。

 そこまでになれとは言わないが、せめてもっと気長になって欲しい。

 ダークサマナーをばちくそにぼっこぼこにしてカップ麺を1分で食べる女、それがムカデさんです。

 

「じゃあ今日は何のためにわたしがきたのか!? 二人を連れて異界に行くためです!」

 

「え!? 俺たちが!」

 

「異界に!?」

 

 俺とピジョンちゃんが大袈裟に驚けば、ムカデさんは満足そうに頷いた。

 異界、それは……それは……。

 なんか悪魔がうろついている領域である。

 後はよく知らん。

 悪魔が活動し易いように構築された世界で位相がどうたらこうたらってワケ。

 詳細はキミの目で確かめてほしい! とムカデさんにも説明されたことがある。

 俺の知識ガバガバちゃんじゃねーか!

 

「あれ、ピジョンちゃん。俺たちが最後に異界に入ったのっていつだっけ」

 

「嫌ですね、サガミさん。つい最近もミサキ様の異界に入ったじゃありませんか」

 

「えぇ……」

 

 えへへ、うふふ、と2人で笑う。

 ムカデさんはちょっと引いてた。

 悪魔関係者なら異界は避けて通れないからな。

 俺たちは通ってる。

 なんでだろうね。

 

「スズメバチ駆除が忙しくてね」

 

「スズメバチ駆除」

 

「河川敷の草刈りもやりましたよ」

 

「草刈り」

 

「僻地に発生した異界はDDS-Netに乗せてフリーのサマナーたちに解放してるから行かなくていいし」

 

「神託があるので問題が起きそうなら直接行きますし」

 

「現代っ子がよぉ! わたしが若い頃は足で稼いでたって言うのに!」

 

 無茶言うなよ。

 相模線沿いってだけでも結構広いんだよ。

 廃墟や森の中は異界になりやすいので、根絶やしにしようとしたらとんでもない労力となる。

 どうせレベルも低い異界だから外に影響を及ぼさない限りは放置するに限る。

 無理して安定している異界を消すと、次に異界を支配する悪魔が同じように引きこもりタイプとは限らない。

 というか悪魔なんて大なり小なり力を欲しがるから拡大傾向にある。

 怠け者だったり、自然精霊だったり、動物系だったりを主にした異界を上手く放置するのがコツだよ。

 異界の管理は最初RPGだと思っていたが、蓋を開けたら盆栽SLGだった。

 犠牲者も出るけど、放棄された私有地に入り込む時点で知らん。

 所有者だったら土地の匂いとか付いてるので支配している悪魔が注意して夢で俺や近場のサマナーに頼むよう告げる事にはなっている。

 完全に悪魔を操作するのは無理だから食われる事も多いけど仕方ないね。

 

「俺らが管理している異界は特に消したいわけじゃないから他の所にしようぜ。要望を出せばすぐに見つかる。そう、俺の電霊ならね」

 

 画面を触る必要すらない。

 俺らの会話を聞いていた電霊がすべて手配してくれる。

 初期状態の電霊だと「オッケーヤタガラス」と言わないと対応してくれなかった。

 どっかのパクりはやめろ。

 

「相模、また付喪神に無駄遣いしたでしょう? 使うなとは言いません。ただ、使った分だけ上位の付喪神にも信仰が流れると知りなさい。ヤタガラスは土着の神々が乗っ取った組織だと言っているでしょうに」

 

「ムカデ様、言ってあげてください。サガミさんがいっぱい無駄遣いしてて私は困っております」

 

「ピジョンちゃんに使っている金額の0.001%くらいだけど」

 

「メシアにどんだけ貢いでるのよ!? 馬鹿でしょ!?」

 

 実際正気を疑われたら俺も否定できない。

 でも途中から楽しくなったから仕方ないよ。

 初期の頃は呪殺耐性くらいしか無かったピジョンちゃんだが、今やフルアーマーピジョンちゃんだ。

 万能属性攻撃で俺を無視して直接決め打ちしない限り落とせない堅牢さ。

 わしがそだてた。

 

「いいですか、ムカデ様。嫉妬しないでください。熟れて甘さが無い毒メロンより詰み立てのキュートなさくらんぼのほうが愛されるに決まっているじゃないですか」

 

「夜這いして確かめてみましょう。結果はわかりきっていますけどね。さよなら、お鳩ちゃん。腐ったさくらんぼになるまで一人でメシア活動頑張ってね。今後の御栄達をお祈り申し上げます」

 

「悪しきガイアよ! それ以上罪を重ねるのはおやめなさい!」

 

 うおおおお、とエキサイトした2人が教会内に雪崩れ込む。

 睨み合う2人、決着を付けられるようにと俺がとあるアイテムを置く。

 そう、ボクシングゲームだ。

 ボタン連打して相手を押し込むか、ダウンしたほうが負けるレトロゲームのあれ。

 何故か気に入っているらしい。

 あまり力強く連打すると壊れるからムカデ様も慎重にならざるを得ない。

 そしてピジョンちゃんは身体能力が糞雑魚ナメクジ。

 そのため意外と戦績は横ばいで実力が拮抗している所がある。

 

「お鳩ちゃん、ハンデとして片手を封印してあげるわ」

 

「いいでしょう。だったら私は両足を封印してみせます」

 

 何が楽しいのか、まず最初に縛りを宣言し始める。

 勝った時のマウント、負けた時の予防線のためにベットされていく。

 俺は両手両足を封じられて口に咥えたスプーンだけでピジョンちゃんに勝ったことがあり、更にスプーンを取り上げられてムカデさんも撃破して煽り倒したためにこの神聖なバトルを出禁になった。

 

 ちなみに異界は夜に行って消してきた。

 




サガミさん
レベル16。週の半分くらいはメシア教会で寝泊りしている。つまり名誉メシアンってコト!?
メシアン扱いするとヤタガラスがぶちギレて指名手配する可能性があるから注意。

ピジョンちゃん
胸が無いシスターを派遣するなんてメシア教の教えはどうなってるんだ! 名誉ヤタガラス。
ヤタガラス扱いしてもメシア教は特に何もしないが敵対派閥が暗殺者を送り込みはする。

ムカデさん
「何が攘夷じゃボケぇ! 外国との戦力差を考えろ!」「じゃあ対抗手段持ってきたらあ!」ってことで明治維新の頃に『虫』の残骸を食べさせられた村娘らしいが、普通に明治維新は起きたので単に虫を食わされただけ。かわいそうだね。食わされたその虫は山に巻き付いても余りある程の大きな百足だったらしい。百足は唾液に弱いから口吸いにも弱いんじゃねーかな。

ヤタガラス
戦乱も酷かったが明治維新も酷すぎて政府くんと一般人ちゃん可哀そう……ってなった八百万の神々が連合した組織。いわゆる多神教連合。外国でのガイア教がこれにあたる。昔と比べて人口が増えて仕事も分担できるし別に一神教にならんくてもって感じの現代に適応できた神々で構成されている。

ガイア教
まつろわぬ神や古い神、新興宗教、テロ組織、他国のあれそれ、話を聞かない人々、頭にアルミホイル巻いている人々、無敵の人等が該当する集団。真ガイア教、旧ガイア教、ガイア信教、ガイア友の会等々あるが、互いに仲が悪く手を取り合う事はできない。現代に適応できずに追い出された神や、ヤタガラスに食い込めなかった団体等も混ざっている。ムカデさんは勝手に名乗ってる。

メシア教
神奈川に貧乳を送り込んだ元凶。

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