実験室のフラスコ(2L)   作:にえる

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サクラバクシンオー
「ぐ、ぐぐぐぅ…。
動きなさい私の脚ぃ~!!
なぜ重くなるのですぅ~!!」


ゴールデンカムイ3

 

「ほら、行ってください。助けを求めてもいいし、逃げてもいいですよ」

 

 俺がそう言いながら男の背を押す。

 力ない足取りのまま一歩二歩と歩き、そして男は転んだ。

 

「……どうしてあんなこと」

 

 感情が削ぎ落とされ虚ろな表情で、男がそう言った。

 最初はもっと活きが良かった。

 無抵抗だったから、しょうがなく匿っていた連中に致命傷を与えてから連れてきて、死ぬところを一緒に見た。

 次は身を挺して必死に逃がそうとしたところを、一撃で倒してからゆっくりと他を処理した。

 歯向かってきた時は希望を抱いたが、結局のところはこいつが弱すぎて失望へと変わった。

 知恵を絞ったのか、助けを求めて、偶然に通りかかった兵が現れて、期待したがやはり失望するだけだった。

 

「助言させてもらうと、俺が殺したら苦しみが長く続きますよ」

 

 ほら、と刃物を渡す。

 俺でも上手く殺せないような、そんな鈍らの刃物を渡す。

 カッターナイフで殺すより難しいだろうな。

 アウトレイジだったか、映画でカッターを使って指を詰めようとして痛みだけで全然斬れないシーンがあったのを思い出した。

 つまり、そんな感じだ。

 

 太い血管に傷が付いたのか、最初は噴き出すように血が出ていた。

 それで男が手を躊躇ったせいでそれはゆっくりと冷えていった。

 失敗した理由を教えてやれば、次は一思いに頭頂に刃物を振り落としていた。

 それでも頭がちょっと割れるだけ。

 赤子のように柔らかければ、頭蓋の固さが無ければ良かったのにな。

 足りないから何度もやらないといけないと伝えれば、絶望したようにめった刺しにした。

 手元が狂うから冷静に狙う必要が有るけど、上手く殺す必要はないから。

 頑張れば殺せるし、敵の殺し方は少し前に教えたばかりだからそれは伝えなかった。

 

 金属と何か固い物がぶつかる音に、肉が潰れる音、液体が散る音が混じった頃に、それはただ震える肉の塊になりつつあった。

 自殺するときや憎しみを抱く相手には首を絞めたり、小説だと舌を噛み切って死のうとする人物がいると伝えれば、責任に耐えがたくなったのか、思考する余裕がないのか、唯々諾々と従うように動き始めた。

 そんな簡単に行くはずがないのにな。

 命令に従う癖が出てるのか。

 

「……どうしてあんなことをしてしまったのでしょうか」

 

 男が言った。

 俺は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

「可哀そうですね。あんなしょぼい刃物で何度も切りつけられて。あれほど助けを求めたのに裏切られて、なのにもう助からない」

 

 血でびちゃびちゃだった男に水をかけて流してやる。

 乾いた血は落ちにくいからしょうがないので何度もかける。

 頭が冷えて、心も冷える。

 そうなると、自分の身体や手から漂う鉄に混ざった生物的な臭さが気持ち悪くなってくる。

 固く握ったその手には、さきほど使った鈍らが握られている。

 多大な緊張のせいか、手を開けない様だった。

 初めて戦場に立った時もこんな感じだったから懐かしさを思い出す。

 

「あそこで俺に歯向かうのがおススメでしたね。そしたら俺は喜びましたよ」

 

 こいつが俺を殺せたなら、俺はそれを受け入れた。

 しょうがなかったって。

 俺がいても変わらなかったと、頼むからそう言い訳させて欲しかった。

 

「……します」

 

 男が呟いた。

 正直もう聞き飽きてきた。

 結局の所、忘れられなかったとか、そんな話ばかりだ。

 定期的に燃料を注ぐ天才だ。

 蒸気機関車で働いていたら石炭を入れる才能があったかもしれない。

 俺だってそうだ、忘れられるわけがない。

 

「自首……します……。罪を、ボクの、罪を償わせてください……」

 

 緩慢な動きで土下座した男が絞り出すようにそう言った。

 

「そうか、自首するんですか」

 

 顔を上げるように囁いて、笑顔で言う。

 男の目尻から涙が零れた。

 

「はい……!」

 

「……じゃあ、お前が自首したら家族は生き返るのか教えてくれよ」

 

「……え?」

 

「俺の家族をみんな生き返らせて、その後に好きに自首して罪を償えよ」

 

「……できません」

 

「じゃあ自首する意味って何かあるんですか」

 

 男は、時が止まったように固まった。

 

 

 

 

 

「許可を! 自裁を許可してください!」

 

「ダメです」

 

「……っ!」

 

「好きにしてもいいですけど、結局みんな殺すから意味ないですよ。俺の家族は優しかったけどもういない。お前までいなくなるのか?」

 

 ようやく動き出した男が、血迷ったように叫んだ。

 しかし、俺の言葉を聞いて、首元に近づけていた刃物が止まる。

 そして、ごくりと音を立てて唾を飲んで、目を瞑って、刃物を手放した。

 

「……限界なんです」

 

「大変ですね。でもまあ、以前よりは楽ですよ。数に限りがあるから終わりが見えますからね。で、次は誰にしますか?」

 

 紙束を見せる。

 男の親族等の写真や名前が載っている情報源だ。

 目の前の男を合わせて辞書かと思わせるほどの厚みがあった書類も残りわずか。

 今回いなくなった家族の写真を燃やして捨てる。

 

「選ばなければ、彼女にしますが」

 

 綺麗な声で、穏やかに笑う女性の写真を見せる。

 近い日に男と祝言を挙げる予定だった女性だ。

 男は震える手で、遠縁の名前を引き抜いた。

 その名前は庶子だったか、なんだったか。

 

「彼女は良い人でしたね。最後にしてあげます。なあに、途中で俺が死ぬか捕まれば終わりにしますよ。諦めたら彼女の命はそこで終了ですよ。……だから最期まで楽しもうぜ、この死亡遊技を」

 

 女性の写真を紙束の後ろに戻すフリをして手放せば、男のすぐ傍に落ちていく。

 気づかない素振りで男は隠し、俺もそれに気づかないフリをした。

 血の繋がりは無いし、これからこの男とその女性が家族になることもない。

 俺にだって見逃す情が僅かに残っていた。

 

 新聞社に投書する葉書きを書きながら思いに耽る。

 東京のレストラン、三人で食事した記憶が遠い昔のように思えた。

 

 

 

 

 

 --1

 

 人間と人間を上手くぶつけると簡単に壊せるんだ。

 頭頂を掴んで首を支えに曲げてやると、甲殻類の殻を割るように首を折れるんだ。

 コツが要るけれど、人の首と肩甲骨の間に切れ込みを入れて引っ張ると綺麗に引き抜けるんだ。

 ぱちりと時折爆ぜる焚火を前にして、独白するのはそんな当たり前のこと。

 俺の話を聞いた姉畑支遁は笑顔を浮かべてこう言った。

 

「素晴らしい! キミは人間が好きなんですね! 気付いていないだけ! だからそれほど詳しくなれたし、愛せているのです! もっともっと好きになってください! ……この地には命が沢山芽吹いています。私の愛する自然や動物でいっぱいなのです。貴方には才能がある。だってそんなにも人間が好きなのだから!」

 

 すとん、と音がしたようだった。

 その言葉が腑に落ちた。

 そうだ、俺が詳しいのはそういう理由なのだ。

 

「それに、好きという気持ちは大切ですよ。失った時や、失いかけた時、気づいた時に発揮できる力の強さ! 見てください、ここら辺では水気が多いのでオカモノアラガイばかりでしたが、ウスカワマイマイです。珍しいですねぇ。これもまた生物の強さなんです。生きられる可能性がある限り、生存領域を広げる努力を続ける。これもまた美しい力ですねぇ。……ウッ……ふぅ」

 姉畑がきらきらした瞳でそういいながら、カタツムリを愛で濁った白で染めた。

 

「すげぇ、すげぇよ……!」

 

「ふふっ、先に生きる者として当然のことです」

 

「せ、先生……!」

 

 「こんなこと! いけない! なんと醜いのか!」と叫びながらその手に持っていたカタツムリを地面に投げつけて潰した。

 冷静さと情熱を持ち合わせたなんと凄い男か。

 大切なことを教えてくれた彼は素晴らしい知識を持っていて、だからその時から、姉畑支遁を先生と呼ぶようになった。

 

 

 

 

 

 --2

 

「まさかあの土方歳三が生きていたなんてな」

 

 なんこ鍋をこれでもかと腹に入れた杉元が言った。

 視線は僅かに鋭い。

 土方を名乗るよぼよぼの爺さんとハゲのよぼよぼ爺さん、ちんぽ先生、野生の尾形たちが地図を見ながら話し合っていた。

 

「獄中でも眉唾もんよ。でもあの爺さんはただ者じゃないってのは俺たちの間でも共通の認識だったけどな」

 

 新聞を広げた白石がそう答えた。

 食器などが片づけられ、何も乗っていない机に足を置くのを見た杉元が「あら嫌だわ白石さん、お行儀悪くってよ」とお嬢様になった。

 「あらあらウフフ、こうするとお通じがよくなるのよ」と白石お嬢様が言う。

 

「あー、やだやだ。脱獄犯がこんなにいたんじゃおちおち寝られないザマス」

 

「白石お姉さまもその輪に入っているわよウフフ」

 

「一緒にされるなんて心外嫌だわ。あたしから杉元さんのほうが馴染めると思うわ」

 

 うふふ、と笑い合う二人。

 遠目に見ていた尾形は「きっしょ」と呟いて目を逸らした。

 

「今の北海道はそこら中に凶悪犯が脱獄しているっていうのに、本土からも殺人鬼が上陸したらしいわよ杉元さん」

 

「ほんとぉ、白石お姉さま?」

 

「あらやだこのっ小娘ったらあたしのこと疑うのかしら! ほら、この記事にもあるじゃない! 殺人で追われている……元陸軍出身の緋熊(ヒグマ)ってあらまあ! ちょっとばかし強そうなお名前だこと! 杉本さん、ご存じないかしら?」

 

「緋熊!?」

 

 白石から発された予想外の言葉に、杉元お嬢様は彼方へと消えた。

 ここにお嬢様部解散を宣言す。

 そして復活した益荒男、不死身の杉元が声を荒げた。

 ひったくるように新聞を白石から取り上げて目を通せば、見知った名前が並んでいた。

 

「おい落ち着けって。いきなりどうした? ヒグマに反応しちゃった?」

 

「……戦友だよ」

 

「お、おう。それは焦るよな。スマン。……でも間違いとは人違いってこともあるかもしれないじゃん?」

 

「……どっちも、戦友なんだよ。そうだ、やっぱり二人とも俺の知ってる名前だ」

 

 必死に言葉を絞り出す。

 記事から目を離すことが出来なかった。

 

「なんだなんだ騒がしい……。ああ、56皇殺しの緋熊か」

 

 ハゲのほうのよぼよぼが記事をのぞき込む。

 「げっ、永倉新八……」と白石が言うのを杉元は耳にした。

 

「56皇?」

 

「ここ数か月の間に本土で起きた殺人、この事件で最も注目されたのが同じ血を持つ一族が狙われ続けた。……軍の威信のためか細かい情報が有耶無耶にされかけていたが、点でしか集まらなかった情報が出回りつつある。最後に起こした事件は面倒なことに北海道で、それにまだ捕まっていない」

 

「それで皇とは結構フイてんな。そりゃお天道様も怒るよ」

 

 白石が呟く。

 立て続けに湧く情報に、お嬢様で発揮できた声の張りや元気は消えつつあった。

 

「最初に気付いてしまった新聞社が大衆の目を引くために使った大言ではあるが、盛りすぎなのは確かだな。ふん、検閲や指導で済んでいればいいがな。……かつて降嫁で取り込んだ所謂やんごとなき血を薄く受け継いだ一族。華族や陸軍の高官をも含め、傍流も女子供も併せて56人殺したらしい」

 

「おいおい、それって脱獄犯より不味いんじゃねえの」

 

 白石と永倉、二人の会話は杉元にはあまりに遠くの物事のように思えた。

 あの戦争が見せる夢の続きなのではないか、そう疑わずにはいられなかった。

 見る夢は度々様相を変える。

 死にゆく親友に託された、血に染まった願い。

 ただ、悪夢ばかりではない。

 共に生きて戦場を駆け抜けた、戦友との何気ない会話。

 悪夢だけではないはずだった。

 

 

 

 

 

『どうした、緋熊。坊ちゃん少尉殿から目を離していいのか?』

 

『ああ、杉元か。今は後ろで話し合いでもするんだろうな。……言っておくと別に好きで連れてるわけじゃないからな。先任だった軍曹殿たちがもっと丈夫なら俺に引っ付く必要もないんだが』

 

『ほんとぉ?』

 

『ほんとぉ』

 

『あ、そう。でもいいじゃねえか。帰ったら東京のなんとかってホテルで飯をご馳走してくれるって話だろ。羨ましいぜ』

 

『戦場で毎日子守して、報酬が東京の飯ねえ……』

 

『俺のおススメはエビフライだ。唾液が止まらなくなる。……お、話してる間に坊ちゃん少尉殿が帰って来たぞ』

 

『しょうがねえな。エビフライのために今日も御守りを頑張りますか』

 

 戦友に纏わり付く少尉の姿に、どこかを眩しい物を見る気持ちだった。

 生まれも育ちも良く、だからこそ父に厳しく育てられ、戦場に赴いているのだと聞いた。

 長男に生まれたからこそ、兄のように頼りになって甘えられる男に懐いたのかもしれない。

 

 杉元は夢に見る。

 それはきっと、悪夢ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 --3

 

「うちの家には狼の毛皮があってね。狼は父の上の世代のときくらいかな、いい金になるから狙って旅してた時の名残だっだとか」

 

「狼の毛皮とは羨ましいですねえ。……狼と言えば群れでそれぞれの役割を全うして狩りをするくらいには賢い生き物です。しかし、人間と共存はできなかった。山が拓かれ、人間の狩りによって生存圏が圧迫されたのも拍車を掛けたのでしょう。獲物の確保が困難となった狼は、やがて狙いやすい家畜に手を出しました。事態を重く見た政府、特に北海道では狼に報奨金をつけ、更に毒薬も投入されました。狼は自身の賢さ故に滅びた。いえ、人間の愚かしさ故に栄えることができなかったのかもしれません。毛皮の価値は時間とともに高まりますねえ」

 

「なるほどなあ。……あ、あとは黒い(てん)の毛皮も。食うに困ったら売れってことだけど、買い戻せないって考えたらどうにも手が出ないから売らず仕舞いだったけど」

 

「セーブルも御持ちだったんですね。小さな体とは裏腹に活発だと聞きます。是非とも生きている姿を見てみたいですねえ。しかし、狼の毛皮もあるということはエゾクロテンでしょうか。海の向こうの大陸産クロテンと比べると毛皮の質があまり良くないとは聞きました」

 

「じゃあ売っても二束三文だったかな」

 

「ふふふ、実はそうでもないんですよ。近々クロテンの狩猟が禁止されるかもしれないという話がありまして。需要が高まりつつあるんですねえ。……ウッ」

 

 今も毛皮があったらその価値に一喜一憂していたのだろうか。

 それとも二束三文で売り払ってしまったのか。

 燃えて無くなった物に価値を見出そうとするのは人間の愚かしさ故ってやつかもしれないが、それでも心残りではあった。

 安くてもいいから元から売り払っておけば良かったのだろうか、と考えずにはいられない。

 

「うわああああああっ!!!」

 

「先生!?」

 

 地面に咲いていた花に覆いかぶさってカクカクしていた先生が叫ぶ。

 

「さ、刺されました! マムシです! くそっ! こんな毒程度で()てないなんて! 一期一会なのに! 勃つんだ支遁!」

 

 先生がむせび泣きながら地面を叩く。

 その叫びが呼び水になったのか、ぬっと森から巨大な黒い影が現れた。

 それはあまりに大きすぎた。

 それは動物と言うにはあまりにも大きすぎた。

 大きくぶ厚く重く、そして大雑把すぎた。

 それは正に羆だった。

 

「なんと……。なんと美しい……! まさかこれほどとは……!」

 

 我を忘れたように先生が呟いた。

 ごくり、と唾を飲む音すら聞こえた。

 

「先生! 対処しないと!」

 

「待ちなさあい! いいですか、この場では我々が異物なのです。この美しいいきものを尊重せねばなりません。自ら愚かな人間となろうするのは畜生以下です」

 

 痛みを抑えるように這いつくばる先生が、それでもなお濁らない綺麗な瞳を俺に向けながら言った。

 その手にはマムシの頭が握られており、腕に巻きつかれている。

 

「彼らは人間について知りません。自ら襲うこともそうないのです。未知を畏れる。……近づいてきていますね、そういう場合はゆっくりと話しかけてやるのです。背中を見せてはいけません、彼らは逃げる獲物を襲う。それに今はエサが豊富な時期で筋肉と脂をたっぷり溜め込み、体格が最も良く力強い。冬眠から目覚めて餌を求めたり、繁殖期で不安定な狂暴さを持ってはいないはずです」

 

 羆がゆっくりとした動きで近寄ってくる。

 四足のまま、鼻をひくつかせていた。

 でっぷりとしたその体は、まさにこの大地の王者に相応しい。

 

「先生、止まりそうにないぞこいつ」

 

「いくつか考えられますね~。一、私たちが道を防いでいる。縄張りの通り道を何度も通ることでできる獣道などの上にいる場合に該当します。二、興味本位。彼らは好奇心旺盛なのです。三、捕食目的。彼らは既に人の味を知った場合、人間がか弱いと理解して狙ってきます。狼が家畜を狙ったのに似ているんですねえ」

 

「で、どれに該当しそうなので?」

 

 羆は既に目と鼻の先まで近寄っていた。

 そして、熊は後ろの二本足で立ち上がった。

 俺も大柄だが、それよりも遥かに巨大だった。

 3メートルを優に超えているだろう。

 

「あー、これは私が死体に見えたのかもしれません。内臓を漁って食われますね~。つまり、捕食行動です。そして緋熊君、貴方に攻撃する可能性が高い」

 

「なにっ」

 

「様子見の場合、威嚇の突進があります。これならこちらが大きく動いたり、大声を出せば逃げるかもしれません。しかし、攻撃の突進なら完全に敵対していきます」

 

「見分け方とかは?」

 

「直前で止まるのが威嚇、止まらないのが攻撃です。つまりないんですねえ。……だから早く逃げなさあい!!」

 

 先生が叫ぶ。

 羆が「ヴォッ!」と鳴き声を挙げ、四足の状態に戻った。

 そして警戒してたのか動きが止まった。

 

「先生も早く立って!」

 

「ぐ、ぐぐぐぅ……。勃ちなさい私ぃ~!! なぜ腫れるのですぅ~!!」

 

 俺の声に反応した先生は、地面に伏したまま下半身を叩く。

 焦りなのか、どんどんと声が大きくなる。

 

「私を置いて早く逃げなさあい!」

 

「そんなことできねえよ! 早く立って逃げないと!」

 

「勃ちませえん!」

 

 戦うしかないのか……!?

 羆が威嚇するように吠えた。

 

「し、仕方が無いですね~! 羆が苦手なのはマムシです! 何か長い紐でも構いませんよ!」

 

 突然放り出されたマムシに羆が驚いたように下がった。

 咄嗟にパクった拳銃を構え、装弾されている弾が空になるまで連射する。

 が、ダメ。

 ダメージは幾らか入ったようだが、こちらを完全に敵と見做したようだ。

 先ほどよりも近い場所で再び立ち上がったので、その大きさが見て取れるようだ。

 

「6発全弾当てたが……!」

 

「足りていませんね~! 首が太いので衝撃を和らげてしまえるのです! しかも脳が体積と比べて遥かに小さく狙いにくい、その上で頭蓋もとても硬いのです! なんと、なんとうつくしい生き物なのか! あまりにも丈夫なので、アイヌの勇者足りえる者は自身の危険を顧みず胴体に組みついてその心臓を刺したと言います!」

 

「組みつくのは無理だぜ先生!」

 

 腰に吊るしていた木の杭を構える。

 よく叩いて固めた杭だ。

 

「羆は全身が筋肉のような物です! 一撃で牛や馬の首も落とせます! 近づいてはなりません!」

 

 その場から下がりながら木の杭を手放す。

 僅かに遅れて、ぶん、という風切り音が聞こえた。

 羆が鳴き声を挙げ、四つ足に戻った。

 必死に杭に噛みついて抜こうとしている。

 杭の刺さっていない前脚には、先ほどの銃弾が当たったのか血が僅かに流れていた。

 足枷だった鉄球を右手で持ち振り回しながら、空いた手で腰から再び杭を取り出して放り投げた。

 ぶん、という風切り音。

 今度は俺が出した音だった。

 残った前脚に杭を打ち込むと、半ばから千切れたようだった。

 羆が痛みに呻く。

 

「勃て、勃て、勃て! 勃て、勃ちなさい! 今勃たなきゃ、何にもならないのです! 今勃たなきゃ、今やらなきゃ、羆が死んでしまうのです! もうそんなの嫌なんです!」

 

 先生の叫びを聞きながら、鉄球を振り回し、先ほど自らの攻撃で貫通した杭を打ち込む。

 残った前脚も千切れ飛んだ。

 先生が打ちのめされるのもわかってる。

 羆を殺され、ちんちんはマムシに噛まれて、つらいだろう、叫び出したいだろう。

 わかるよ。

 頭部にある銃弾の傷口に向けて杭を刺し込む。

 

「悔しいなぁ。何か一つデキるようになっても、またすぐ勃たなくなるんです……。凄いいきものはもっとずっと先の所にもいるのに、私はまだイケそうにない……」

 

 突進しようとして、欠けている前脚のせいでバランスを崩した羆。

 その頭部に刺さった杭に向け、俺は鉄球を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 羆の死体を背に、毒に侵された先生を背負う。

 急がなければ命に関わるかもしれない。

 マムシの対処法がわからない。

 毒を吸い出さないといけないのか!?

 先生のちんちんから毒を吸い出さないといけないのか!?

 

 葛藤する俺の前に、近くに住むというアイヌの民が現れた。

 

 

 

 




フラスコの人そこまで考えてないと思うよ

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