「56人殺したのさ」
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父と母、兄、弟が二人、そして妹。
ほどほどに貧しい暮らしを、すきっ腹を抱えながら日々を過ごしていた。
父は厳しく母は口数が少ない。
兄は二人に似て厳しくて口数が少ないから怖いし苦手だが嫌いじゃない。
厳しく躾けられても殴られたことはない。
手が早いのは獣と一緒だとそう言われた。
獣とは違い、考えることで生きていけるのだと。
父と兄、二人の後ろを追って山に入る。
雪上の歩き方は普通の土とは異なること、寒さに身を震わせるよりもむしろ腹の力を抜いて脱力したほうが楽なこと、体温を失っては生きていけないこと。
山から下り、時間があれば弟と妹の相手をしなければならない。
父と兄に怯え、母も無口で最低限の相手しかしないから弟たちや妹を甘やかすのは俺になる。
夜は油を無駄にできないからすぐに寝なければならない。
微睡みの中で手慰みに石ころを手の甲で転がすことだけが俺に許された自由だった。
母は病気だという。
治らない病気だ。
頭を強く打って、それから顔から表情が失われた。
言葉もうまく喋ることができない。
手足も動かすことに難儀する。
兄が言うには、昔はもっとたくさん笑っていたし、歌だってとても上手で父はそこに惹かれたのだという。
じゃあ今の母には惹かれないのか。
父はどんな気分で過ごしているのか。
霞みつつある記憶は、笑顔の兄を描いていた。
兄だってもっと喋っていたし、笑っていた。
母の世話をして、不出来な言葉を聞き取ることに執心する兄の姿とは似ても似つかない。
俺は両親も兄もあんなに好きだったのに。
頭を強く打つと、母のように人が変わるという。
俺は頭を打ったことはないのに、なぜ変わってしまったのだろうか。
父の跡を継ぐのは兄だ。
貧しい暮らしだから俺の居場所は当然ない。
どこに行けばいいのかも知らない。
山はどこにだってあるのだから生きていけるだろうと思ったこともあったが、誰もいない山だって誰かの物だと教わった。
弟と妹をあやすことしか知らない俺は何が出来るのか。
暗闇で丸い石を転がしながら、うつらうつらと考える日々だった。
お前は何がしたい、と寝ているほうが多くなった母が、その動かない口で俺に聞いた。
いつも間に入っている兄は、今日は壁に腰かけたまま動かなかった。
背中に引っ付く弟二人、俺と手遊びする妹。
わからないが、このまま貧しいのは将来の俺もきっと嫌だと思う。
お前は一番頭がよかったから都会の学校に行かせてやりたかった、と母が言って眠ってしまった。
父は何も言わないし、兄も何も言わなかった。
張り詰めた空気を感じたのか、妹が少しだけぐずった。
暗がりの中、寝床で石を転がす。
二つ三つと増えていく。
お手玉の数が増えるほどに弟と妹は喜んだし、母も動かない表情が僅かにほころんだ気がしたから上手くなっていった。
学校に行きたいと思ったことは無いよ、俺は小さく心の中で思う。
しかし、学びたくないというわけじゃないんだとも囁いた。
興行の最中、村に立ち寄った奇術師が見せてくれた奇術の数々がずっと頭の片隅に残っている。
幼い俺にこっそりと、海の向こうにはもっと素晴らしい光景があるのだと教えてくれた。
だから俺が行きたいのは都会じゃなくて、海の向こうなんだ。
家族の成長とともに金や食べ物が必要性は増えるのに、稼げる金は当然のことながら頭打ちだった。
弟は成長するし、妹だっていつか嫁ぐのだ。
ひもじい思いのままでは可哀そうで、綺麗な着物すら着れないのなら尚更憐れでしかない。
村で出稼ぎに行く若者を募っていたでちょうどいいと俺はそれに混ざった。
父も兄もいい顔をしなかったし、弟たちと妹に泣かれたが、それでも俺は外に行く。
母はそれでいいのかと俺に問う。
いつか海の向こうに行くためには必要なのだと、こっそりと俺の夢を教えた。
母は笑って見送ってくれた。
--2
海の向こうは地獄だった。
最初は撃つ振りをした。
バレて殴られれば、わが身可愛さに当たらないでくれと祈って撃った。
終われと願って、耳がいかれて、脳がふらついて。
そうして、気づいた時には撃つ振りをしていたはずの銃を躊躇いなく撃つようになっていた。
目を腐らせながら飯を食った顔見知りの男の屍を踏み越えながら、わが身可愛さにさっさと当たって死んでくれと祈りながら露助を撃った。
慣れた頃には何も思わず、ただ処理するように殺していた。
近場で手投げ弾が爆発した。
一緒に飯を食ったやつが幾つかに分かれたが、経験上砲弾よりはマシだった。
長く戦っていると、死に際がマシなやつとそうじゃないやつに出くわすようになる。
顔が綺麗に残れば福引でいいものが当たるくらいには幸運だった。
衝撃で倒れたやつに手を貸し、大丈夫かと声を掛けながら手を差し出す。
一人よりも二人のほうが狙いが増えて弾が当たりにくくなり、手数も増えて敵を殺して減らすことができる。
同じ白襷だからという助け合いの精神なんて無いが、生きているのなら相手を殺してくれるだろう。
俺の手を取った男は、不死身だから大丈夫だと言った。
ん?
--3
死にかけの友達を引きずる杉元と一緒に、形の残っている死体を引きずる俺。
俺の場合は助けるためじゃなく、肉の塊を盾にすれば敵の攻撃を防げるだろうと考えた結果だ。
両手塞がって攻撃できないし動くのも遅い。
学が無いって悲しい。
よく考えればわかることだった。
もう放り投げようかと考えていると、敵性の手投げ弾がすぐ傍に転がって来た。
余裕がない杉元よりも早く俺は動けたため、咄嗟に二つの死体で覆う。
爆発の余波が俺を襲い、そして、脳内に電流走る――!
舞い散る肉片と臓物でショーシャンクの空に。
他人の死体でキャプテンアメリカしたおかげか運が良かったのか軽傷で済みそうだが、脳に迸る情報で気分が悪い。
これまでの軌跡で思い起こされる地獄巡りしているニシパたち。
ゴールデンカムイだこれ!!
--4
最期の言葉を呟いた友人の屍を抱きながら、杉元に謝られた。
キャプテンアメリカしてくれた死体が俺の友人だと思っているらしい。
いい奴すぎない?
さっきも死にかけのために船を譲っちゃうし。
俺もなー、負傷兵として後方に行きたいんだけどな。
手足が残ってるからな。
本土に戻してほしいくらいだ。
せっかくゴールデンカムイだってわかったんだから生きて帰って北海道の金塊で大金持ちだよ。
これで父も元気になるし、母も医者に見せられるし世話を雇えば心苦しさも軽減されるだろうし、そうなったら兄も自分のために生きられるだろう。
弟たちもたくさん食べられる。
妹も綺麗な着物が祝言で着れるし、なんなら毎日綺麗な洋服や着物を着ても持て余すだろう。
俺は念願の留学ができる。
杉元も金塊欲しいって思うくらいにはなんか貧しいんだったよな。
あんまり覚えてないけど。
なぜか長く一緒に戦ってるんだからちょっとくらいサービスしてやるか。
「なあ、杉元。知ってるか? 北海道って砂金がたくさん取れるんだぜ? 俺はその金で留学したいんだよな」
--5
終戦して本土に帰って来た。
五体満足だ。
有難い。
武勲抜群ということで上等な勲章が貰えそうだ。
なんなら年金があるから無理して金塊を狙わなくてもいいかも。
わざわざバトルロワイアルに混ざるのは馬鹿のすることよ。
まあ、あんな地獄にいたんだからこれくらい無いとな。
悠々自適にお金でも稼いで、いつか留学しよう。
まずは故郷に帰って、生きてることを報告しないとな。
英雄の帰還だぜーガハハハ! なんてな!!
「え? なんで? 俺は戦争にいって、それでも生きてて? 運がいいはずだろ? 俺だけ生き残った? なんで? は?」
強盗にあって家族みんな死んだんだってさ。
--6
助けてー、鶴見えもーん! と情報をくれるようにお願いする。
俺たち戦友だもんね!
どれだけ大変だったか、とか色々言われたので、白襷の俺に貸しを作るなんて簡単にできることじゃないよってことで頼んだ。
犯人や、その親族の情報を受け取るついでに鶴見中尉と密会の真似事をすることになった。
俺はこれから自分がスッキリするために頑張るけど、中尉はどうなのだろうか。
俺にだけ本心を教えてくれませんか、と尋ねてみた。
月島って軍曹がいるけど腹心らしいから居たままでいいぜ。
クーデター目的らしい。
はぁ?
自分の家族はどうでもいいってコト!?(ハチワレ)
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金持ちっぽい家族に、石を叩きつけた。
その場にいたら痛みに呻くだけなのかな、家族を心配するのかな。
俺もそうしたかった。
幼子からゆっくりと息を引き取る、弱いから。
親は生きてる、しぶといから。
それでもすぐには死なない、俺が慣れてるから。
助からないのに死にやすい生き物が人間で、壊れていいはずがないのに壊れやすいのが家族なんだ。
--8
犯人を追い詰めてたんだけど、権力がある一族らしくて矢鱈に匿うから親族をぽこじゃが殺さないといけなくなった。
匿っていない親族もいたが、血を受け継いでいる人間がいると思うだけで気が狂いそうになるからセーフ。
揺りかごから墓場まで荒らし切り、あはは、うふふ、と思いかけっこして。
最終的に犯人の頭をカチ割ったのが北海道だった。
匿おうとした金持ちも親戚らしいが、第七師団が警備についていたが目の前でヤっちゃったってわけ。
感動の再会ですね、中尉殿!
なんやかんやあって鶴見中尉が手を回したおかげで勲章はく奪だけで済むかもしれないし、俺が死んだことになるかもしれないらしい。
それはダメだな。
俺は生きてるんだから。
戦争から生きて帰ってきてるのに死ぬのはダメだよ。
恩を返してもらうって言われたので、「勇作殿」を黙ってたからチャラになるよな。
鶴見グループの部下ってみんななんか変だからヤダよ、一緒に組むの。
なんか過去に奇跡的に成功した穴だらけの好感度チャートを安定チャートだと思って乱用してるRTAの雰囲気がする。
とりあえず拷問されるか殺されるか洗脳されそうな雰囲気だったので全力で逃げ出した。
ぉれゎ走った……
ゴールデンカムイがまってる……
でも……もぅつかれちゃった…
でも……あきらめるのょくなぃって……
ぉれゎ……ぉもって……がんばった……
でも……ネイル…われて……イタイょ……ゴメン……まにあわなかった……
でも……ぉれとつゃまゎ……ズッ友だょ……!!
途中で追われているらしい津山って男と共同戦線を張ったが、やはり敵は強かった。
初対面の男と協力できるはずもないし、どうも優先順位は津山ってやつのほうが高いらしかったので、囮にして逃げた。
でも……ぉれとつゃまゎ……ズッ友だょ……!!
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そんなわけで……
「56人殺したのさ」
研究者然とした男に俺の来歴を語る。
何故だか俺はこいつに語りたくなった。
自然を愛するこの男に。
お前のやったことは確かに罪かもしれないが、それでも前を見ていいのだと伝えたかったのかもしれない。
「大変でしたね……。自然の豊かさで幾らか貴方が救われればいいのですが……」
「自然、自然か。俺の故郷も自然に囲まれていたよ」
「素晴らしい! 私は自然を愛しています。貴方はどうでしょうか」
「どうなんだろうな……」
「貴方が掛け替えのない命との触れあいで、慈しみの心を取り戻せることを願っています……ウッ!」
優し気な顔で姉畑はそう言うと、限界まで広がった小鳥に愛を放ったようだった。
大きな穴を作られた肉片には白い白濁液。
北海道の大地は全てを受け入れるようだった。
「問題は金塊の場所、全然わからないんだよな」
薄れた記憶は何も思い出さない。
思い出そうにも、アイヌ語が全く思い出せない。
漫画読んでても流し読みだからな。
なんかカムイとか関係あった気がする。
イカのカムイ……?
あとは何も覚えていない。
なんか漫画だと樺太に行ってた気がする。
あ、オプタテシケ・オキムンペなら覚えてる!!
オリ主
戦後56人殺した。
オプタテシケ山を登ってるかもしれない。