side虹村億泰(現在)
億泰「……うっ……」
結衣「億泰さん………」
億泰「わりぃな……」
いい加減に慣れねぇといけねぇとは思うけど、あの時の事を思い出すといつも涙が出てくるんだよなぁ。
でも、眼を赤くしていたのは結衣や雪乃、三浦もだった。ありがとよ………こんな俺に同情してくれてよ。
京「ふふふ……自分の過去の事でもらい泣きするなんて。億泰って涙もろいから……ホント、カワイイわよね?」
億泰「うるせぇ。オメェや仗助に対しては常にわりぃって思ってるんだ!オメェとの約束もあるからよぉ」
結衣「約束?」
億泰「ああ……今度は俺から話すぜ。良いよな?京?」
京「ええ」
あの時の事は……京との約束を交わしたことは今でも忘れねぇ……。忘れちゃならねぇ……。あの時の誓いが五年前のあの行動にも繋がっているんだからよぉ。
side虹村億泰(2000年11月)
俺は大泣きしながら京と那由多に土下座を続けた。
この土下座に嘘偽りはねぇ。けど……
京「億泰………顔を上げて……」
億泰「でもよぉ!」
京「良いから………顔を上げて」
言われて俺は顔を上げる。
そこにあったのは………いつもの那由多の表情じゃあ無かった。あったのは無表情の顔。その瞳は深淵そのものという表情だった。
こいつぁ…………
億泰「本当の………京………?」
俺がそう言うと、左頬に衝撃が走り、その後に熱を帯びたんだよ。最初は何が起きたのかわからなかったんだけどよぉ、少ししたら「ああ、殴られたんだな」って理解できたんだ。
痛みそのものはよぉ、大したこと無かったんだよ。それこそ去年の沢山あった戦いで食らったダメージの方が何倍も痛かった……。音石や重チー、吉良から食らっちまった攻撃の方がいてぇはずだった。
そうだろ?あん時は腕を切断されたり目を潰されたり、仮死状態になるくれぇどてっぱらを爆破されたりしたんだからよぉ。ただ単純に頬をビンタされたっくれぇのとは比べ物にならねぇくれぇに痛かったはずなんだよ。
でもよぉ、何故だかしんねぇけどな?今、京に殴られた頬の方が……はるかにいてぇんだよ。力なんて大した事のねぇ、つい最近まで衰弱していた女の平手打ちの方がよぉ………これまで受けてきたどんな攻撃よりも痛かったんだよ。
京「お情け頂戴の………自己満足は終わった?」
パァン!
もう一発……強烈なビンタが俺の頬を襲う。
京「初めまして。私はあの子が言うところの主人格の吉良京。自己紹介の前に叩いてしまって悪かったわね。どうしても我慢できなかったのよ……」
やっぱり……こいつが主人格の京か……。
京「あなたの涙や謝罪が嘘だとは思わないけど……でもね?億泰……。謝罪なんてのはね?結局は自己満足なのよ。大泣きして、土下座をして、許しを乞う自己満足。そんな事をされても、私の過去は変わる?普通の女の子に戻れる?悪いと思うなら……私の過去を返してよ。くそったれの過去だったけれど……それでもありふれたどこにでもある普通の不幸だった……。それを普通じゃあない過去にしたのは………あなたたちよ」
京は手をクンクンとかぎながら……そう言ってくる。
自己満足………か。そう考えられるのかよ……。そんなつもりは無かったんだけどよぉ、京がそう感じたのならそうなんだろうなぁ……。
叩かれた頬がジンジン痛む。
億泰(ああ……いてぇわけだよなぁ……いてぇのは……頬が痛かった訳じゃあねぇんだなぁ。心が痛かったのかよ。心にくる痛みってのは……本当にいてぇんだなぁ…)
京「そんな安い頭をいくら下げられても……いくらお金を積まれても………あの家を貰ったとしても………私はあなたを許さない。誠心誠意謝まれば、全てが許されるなんて思わないで。私はあなたにも……復讐する」
復讐………か。
そうだよなぁ………俺も京に復讐されても仕方がねぇんだ。京だけじゃあねぇよな?俺に運命を狂わされたのは仗助や康一もなんだよなぁ。俺はあいつらに殺されても文句は言えねぇんだ………。
そう思ったらよぉ……俺は涙を流しながら大の字になって寝そべった。
京「………何のつもり?」
そんな俺を京は冷たく見下ろして言う。
億泰「オメェの言うとおりだぜ……俺はオメェに殺されても文句は言えねぇ……。オメェには俺に復讐する権利がある……。好きなだけ俺をいたぶって……殺してくれよ。それでオメェが満足するならよぉ……」
俺は最大限の覚悟を見せたつもりだった。だけど京は更に目を冷たくすると、深くため息をつく。
京「億泰……わかっていたつもりだったけど……あなたのバカさ加減を見誤っていたわ。あなたって本当にバカ?」
億泰「ああ……バカだよ。他に京にできることなんて思い付きゃしなかったんだからよぉ……」
京「まず単純な話よ。一時的にあなたと対立しても構わないくらいにあなたを心配していた東方仗助や広瀬康一が、いくらあなたが納得して私の復讐を受けたとしても、黙っていると思うの?親友を殺されて、それではいそうですかって大人しくしていると思う?あなたを殺された恨みを絶対に晴らしに来るに決まってるじゃない。あなたが悲壮感に酔いしれるのは勝手だけど、それに私を巻き込まないで」
うっ!仗助や康一なら確かに俺の仇とか言って京を付け狙うかも知れねぇな……。京がスタンド使いだってのはもうバレているんだしよぉ。
京「それにね……死ぬ覚悟を持っている人間を殺しても復讐にならないの。復讐って言うのはね、相手に絶望を与えることなのよ。今のあなたを殺したところで、私は復讐を果たしたことにならない。ただ、無駄に殺人を重ねるだけ。何も得られない。何も満足しない。満足するのはあなただけ。罪を償ったと思い込んで死んでいくあなたの自己満足だけが満たされるだけ。逃がさないわよ?虹村億泰……」
京から言わされば、ただ殺されるだけでも自己満足の逃げだってのかよ……。
億泰「……だったらよぉ……俺はどうしたら良いんだよ?どうしたらオメェは満足するんだよ……」
生死をさ迷ったあの吉良との戦いの時に出てきた兄貴の夢。
あの時、どうすれば良いか夢の中の兄貴に聞いたとき、兄貴は言った。「オメェが決めろ」って……。あの時の兄貴の言葉は「億泰。これからの事は自分で全部決めろ。俺だけじゃあなく、誰にも頼らねぇでな」という意味に聞こえた。
それからは極力そうしてきたつもりだった。だけどよ…今の俺はどうすれば良いのかわからなかった。
京に……頼っちまった。俺は………何も変わって無かったんだなぁ……。自分じゃあ変わってきたつもりだったんだけどよぉ……。
京「そう。私の満足のいく復讐を受けるの?そうね。バカなあなたには誰かに決めて貰うのが一番かもね。そんな生き方がお似合いだわ」
億泰「…………」
そんな生き方がお似合い………か。兄貴よぉ……俺は変われなかったぜ……。
京「………なんて甘えが出てきている段階で……ヘドが出るのよ。自分で考えなさいよ。どうすればあなたが私に償えるのか。何もしなかった事が罪だと認める覚悟があるならば、罪を認めて死ぬと言った覚悟があるならば、罪を償う事を考えなさいよ。それが償いの第一歩じゃあないの?それとも、やっぱりあなたの涙は見せかけ?だとしたら、大した演技力よ?感心する。男・虹村億泰とかなんだとか散々カッコつけていたけれど、所詮はその程度の男だったのね」
そこで俺は立ち上がる。何か熱いものが込み上げてくる。
そうだぜ……ここで何も出来ねぇようじゃあ……俺は男じゃあねぇ。ただの口だけの男になっちまう…。決めるときは決める仗助の親友である資格はねぇ。そんだったらあの時に杜王町に帰らずに、あのまま死んじまった方がましだったじゃあねぇか……。
億泰「……見せてやるよ……」
京「へぇ……何を?」
億泰「もう誰もオメェのような奴は目の前で作らねぇ…作らせねぇ……。全てを守るなんて力は俺にはねぇ。俺のスタンドにはそんな力はねぇし、そんな事ができる頭もねぇ……けどなぁ……目の前で誰かが犠牲になるような事があるならば、俺は自分がどうなろうと何が何でも守り抜く……」
京「へぇ………大きく出たわね。自分がどれだけ大きな事を言ったのかわかってるの?そんな事、正義の味方だって出来ないことよ?」
そんなこたぁわかってる……けどよぉ、頭が悪い俺が出来ることなんつったら、体を張るしか思い付かねぇ…。復讐されて京に殺される覚悟を……そういう形で示すしか思い付かねぇ。たった今、俺は京に殺された……それが後になっただけだと……そう思うことしか考えが出てこねぇ……。
京「そう。それがあなたなりの償いの取り方なのね。良いわ。それを私はずっと見ていてあげる。そしていつか、それすらも出来ずに倒れて悔しがるか……または口だけで逃げ出したあなたを笑ってあげる。そして突きつけてやるわ。その事実を……そしてあなたはたった今、壮大な大風呂敷を広げた今この瞬間の自分を思い出して絶望するの。そんなあなたを見下しながら笑う…それが私の復讐よ……」
イヤな女だぜ……。だったらよぉ……俺は……男・虹村億泰を貫き通すならよぉ………どうせ京の復讐が果たされて笑われるっつぅんならよぉ………前のめりに倒れて絶望する方が良いじゃあねぇかよ。
億泰「自分で決めるんだよなぁ……兄貴ぃ。だったら決めたぜ……前のめりに倒れて笑われてやるよ……それが俺の覚悟だ!見ていやがれ!京!」
すると、京の目は冷たいものから鋭い物へと変わった。
京「そう。なら、早速あなたの覚悟を確かめさせて貰うわよ。億泰。あなた、さっき面白いことを言ったわよね?私の復讐の手助けをするって」
………言ったな。確かに………。
京「なら手伝って貰うわ。これは私が思い付いた事じゃあないから、詳しくはあの子に聞いて……」
そう言って京はクンクンと手を嗅いでから……思い出したかのように俺にまた、目を向けてきた。そして俺の顔の前に手を差し出してくる。
京「あの子に変わる前に私の手を嗅いでもらっていい?」
はぁ?手を嗅ぐって………。
そんな恥ずかしいことできっかよ!
京「良いから嗅いで。そして感想を聞かせて」
まぁ……何度も言うけれど、俺はくれるって言うんだったら病気以外は何でも受けとる主義だ。ましてや手とはいえ、本人が良いって言った上で女の子の臭いを嗅ぐ時なんて今後はいつあるかわかったものじゃあないからなぁ。
……一生ねぇとは思いたくねぇけどよぉ。
クンクン……。
いい臭いだ。そう言えば京……那由多も念入りに手を洗っていたような気がするぜ?キレイ好きなんだなぁとか思ってたけどよぉ。
京「ねぇ………私の手は……臭い?」
億泰「いや?それどころかすげぇ良い臭いだぜ?」
京「血に染まった私の手でも?」
億泰「血ぃ?どっか怪我したのか?どこにもそんな物は見えねぇけどなぁ。あれだけ普段から手を洗ってるんだからよぉ、くせぇなんてねぇだろ?女の子の臭いだからかぁ?すげぇ良い臭いだぜぇ?」
そう言うと京はまたため息をつく。
京「あなたって……本当にバカね?しみじみと言わせて貰うけど、本当にバカで鈍感」
本当にしみじみと言うんじゃあねえ!傷付くだろうがよぉ!仗助ほどじゃあねぇけどよぉ、俺だって純情でデリケートなところはあるんだからよぉ!
京「こんなバカで鈍感だけど………それに救われる事ってあるのね………」
あ?なんだそりゃ?
京「ねぇ……億泰の手も……嗅がせてくれる?」
億泰「あ?止めてくれよ。俺の手なんか嗅いだって不愉快になるだけだぜ?それこそくせぇんじゃあねぇの?」
不潔にしているつもりはねぇけどよぉ……。京の手に比べたらなぁ……。
そう思っていたら、京は俺の手を取ってその臭いを嗅ぐ。
京「本当ね。臭いわ……」
自分から勝手に嗅いでおいてその言い草はねぇだろ!何なんだよ!さっきから!
京「でも……あなたの手の臭い……嫌いじゃあないわ。じゃあね」
そう言って……言いたいことだけ言って京は目を閉じる。そして、再び目を開けたとき、俺が見慣れた京の目に……那由多の目に変わっていた。
億泰「……なんだったんだ?結局よぉ」
那由多「そうね。億泰はバカで鈍感で手が臭い。そう言うことよ」
億泰「んだよ!わかってんよ!んなことはよぉ!あれ?」
そう言えば……
那由多「どうしたの?」
億泰「オメェ、吉良って言ったよなぁ?」
那由多「ええ。吉良吉影とは縁もゆかりもないけどね?それがどうかしたの?吉良なんて名字は珍しくないわよ?」
億泰「そうだけどよぉ………吉良って名字の奴は手にコンプレックスもちやすいのか?」
那由多「…………………億泰」
億泰「あん?」
気のせいか那由多の目が京の目のように冷たくなったような…………。
那由多「あんたって………ホントにバカで鈍感で手が臭くて………おまけにデリカシーが無いのね?」
俺、何か悪いこと言ったか?
←To be continued
はい、今回はここまでです。
第2章で見せた億泰の覚悟のルーツはここにあります。
ここからどうやって今のような関係になったのか?
それでは次回もよろしくお願いいたします。