やはり俺の奇妙な転生はまちがっている。   作:本城淳

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陽乃と八幡

side比企谷八幡

 

帰りのHRが終わると、誰よりも早く教室を出た。

千葉での集合場所に指定されていたのは駅のヴィジョン前だ。おそらく折本達は電車で来るだろうし、わかりやすいから妥当なところだろう。

ただあまり長い時間いられるような場所でもない。

学校が終わってすぐに千葉に向かったせいで、待ち合わせまでまだ一時間ちょっとある。少し通りを歩いた先にあるカフェで時間をつぶすことにした。

店に入ってコーヒーを注文し、奥側の席に座る。この席は暖房が強いのが気にかかるところだが、何よりも狙撃を警戒できるし、店内のミラー越しに全体を見ることが出来るので襲撃に備えることが出来るのが強みだ。お陰でゆっくりコーヒーを楽しむことが出来る。

寒くなるとコーヒーが美味い。MAXコーヒーは年間通して美味いものだが、この時期はさらに格別だ。

だが、それ以外のコーヒーもまぁ、それなりに美味しい時期である。……コーヒー、苦いな。

イヤホンを片耳に突っ込み、タブレットを開く。支援部隊や実働部隊の配置を確認するためだ。おしゃれな店ではない分、客層もどこか地味で落ち着いてコーヒーを楽しむ人間が多い。余計なことを仕出かしてくる人間が少なくて助かる。

一人、また一人と配置に付いていく人員。イヤホンから流れるのは音楽ではなく各種指示だ。

手を伸ばした先に触れたカップはぬるくなっていた。

袖口からちらりと覗く腕時計が時間の経過を示す。待ち合わせまでまだもうちょっとある。さて、葉山と合流するまではやることもほとんどない。これからどうしようかとぼーっとしていると、夕闇の街を照らす街灯の光がふと翳る。

 

八幡「………」

 

タブレットの配置図から一人がこちらに移動しているのが見える。俺は手だけザ・ジェムストーンを出してマドラーを手に取り、手鏡を持って背後を警戒する。コーヒーをかき混ぜるだけのこんなものでもザ・ジェムストーンのパワーで投げれば立派な投擲武器になるからだ。店に入って来た姿は雪ノ下陽乃。ピッチリと着こなしたスーツ姿で、手には携帯をもっている。

 

『無駄無駄ぁ!』

 

携帯にメールが入る。鏡から目を離さない角度で内容を確認すると、メールの内容は『宝石』と書かれていた。つまり、αではなく本物の陽乃さん………と。αではないにしたって何でここにいるんだ?この人。

そばを通る男性達がちらっと「あの子可愛いな」みたいな感じで視線を送っている。

レジでコーヒーを買って陽乃さんは向かいの席に座った。

 

八幡「なにしてんすか?」

 

最初に出てきた言葉はそれだった。

陽乃さんはカップにミルクと砂糖を入れ、くるくるとスプーンを回す。そして、ニタァっとすっげぇ楽しそうな性悪な笑みを浮かべた。うわぁ、笑顔がコーヒーより黒いなぁ。

天の声『おまえもな!』

 

陽乃「一応、幼馴染みで弟みたいだったのと、元カレのデート?お姉さんとしても元カノとしても気になるじゃない?」

 

八幡「あなたと付き合った覚えは無いですけど?」

 

いろはとしか付き合ってない。いろはとしか付き合えない。

弟みたいだったの、というのは葉山の事だろう。五年ほど交流がなかったのだから過去形で言っているのがあれだが。

あとその言い方だと俺と葉山がデートするみたいに聞こえるんですが?海老名が湧きそうな発言はやめてもらえませんか?

げっそりとしてそんな事を思っていると、陽乃さんが独り言みたいに付け足して言った。

 

陽乃「それに、隼人が八幡くんに何を期待してるのか…そして八幡くんは何を理解したのか……気になるのよね」

 

そこには先程までの笑顔はない。仮面を被った薄い微笑みがあった。

裏と表、光と闇………。俺と葉山はその対極にいると言っても過言じゃあない。本来ならば交わる事のないそれは、あいつが掲げる指針によって………。

 

八幡「そんな事を気にするなんて、暇ですね。あいつの力は修学旅行で充分見たでしょうに…」

 

皮肉を込めて陽乃さんに言うと、けろりとした顔で言い返してくる。

 

陽乃「お金のある学業優秀な大学生ってこんなものよ?」

 

八幡「そのお金の出所はうちの会社ですよね?仕事してくださいよ」

 

さらっと自慢したつもりだろうが、その給料の出所はSPW財団だ。

しかし、日本の大学生って暇なんだな?バイトしていなくて課題や研究に追われていない人限定なんだろうが。

で、あなたはバイトなんかよりも遥かに高い地位にいるくせに何をしてるんですかね?

なんなの?春はお花見、夏はBBQ、秋はハロウィンで仮装、冬は鍋パーティーとかして一年中酒を飲んでいるの?主な生息場所は大学近くに住んでいる奴の家かゲーセンかスロット、雀荘なの?

まぁ、今はこんなことをしているが、陽乃さんは千葉支部で一番業績の上げている建設部門の舵取りをしているスーパーウーマンだ。そんな遊び呆けている人じゃあないのは知っている。

 

八幡「あんま友達いないんですか?」

 

陽乃「そうなの、だから仲良くしてくれるのがアーシスくらいしかいなくて……」

 

くすんと超わざとらしく泣きまねしてくる。めんどくせー。

 

八幡「だったら建設部門の副部長やら千葉支部の副支部長の誘いとか受ければ良いんじゃあないですか?」

 

陽乃「本気で言ってる?あの野望ギラギラのエロオヤジの相手をわたしにしろと?」

 

八幡「だからと言って近々役職を降りる関東支部支部長を、しかもラブラブ婚約中のカップルを誘惑しないで下さい」

 

すると陽乃さんはけろっと元の表情に戻る。

 

陽乃「ま、さっきのは冗談だけど、今日はちゃんとアーシスの仕事はするから安心して」

 

八幡「頼みますよ?ホントに」

 

陽乃「了解。将来の隊長さん」

 

陽乃さんは片眼を閉じてウインクしてくる。

 

陽乃「じゃあ、そろそろ時間だね?」

 

定刻近くになると陽乃さんは腕時計を確認してそう言った。確かに、そろそろちょうど謂い頃合いだ。今から店を出れば待ち合わせにはちょうど良い。ボチボチいきますかね?

さして広げてもいない荷物を手早くまとめ、俺は席を立った。すると、未だに座ったままの陽乃さんがにこっと笑う。

そう言えば……

 

八幡「まさか迎えに行く的なヤツだったんですか?逃げませんよ。今日は」

 

陽乃「そう。じゃ、頑張ってね」

 

八幡「や、あんたも配置に着いて頑張れよ」

 

寛いでいるんじゃあない!

 

←To be continued




原作との相違点。

八幡は自転車で千葉に行き、駐輪場で停めた→ダッシュとまではいかないが、軽く流して走った

八幡は窓側の席に座った→狙撃を警戒して奥側の席に座った。もはや無意識

八幡は暇潰しに文庫本を開く→護衛任務に関する配置確認と軽い仕事の為にタブレットを開く

陽乃はバイトもしていない学業優秀なお金をもっている大学生→仕事しろよ千葉支部建設部門部長

八幡は普段の陽乃を知らない→……で、どうするよ。上司だろ!

今回は短いですが、ここで終わります。
次回は映画回です。

それでは次回もよろしくお願いいたします。

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