side比企谷八幡
竹林の道にポツリポツリと灯籠が灯る。
数歩ごとの間隔をあけて、ぼんやりとした白い明かりが青々とした竹を照らし出す。夕日が沈み、月が昇ると淡い光が周囲を包んだ。
もし、優しさというのが可視化できるのであれば、こういうものに違いない。
ジョージ父さんの優しさが可視化できていたのなら、ジョナサン・ジョースターの人生も変わっていただろう。ディオの人生も変わっていたに違いない。
偶然と計算が入り混じり、演出され、脚色され、綺麗にパッケージングされた優しさの光景を見ながら、俺はあり得たかも知れない…されど考えても仕方のない百年前の事を考えていた。
修学旅行の最後の夜。誰もが傷を負い、ウルフスとわたりあって来た。
何度も死にそうになった。
そんな締めくくりのこの夜。どんな結果に終わろうとも、せめて穏やかに終わってくれれば良い。
隠れて見ているスタンド使い達もこの修学旅行には色々と思うことがあるだろう。
竹林の道の最奥で俺達は静かに気配を消して事態を見守りつつ、警戒にあたる。
別の位置では葉山と共に大和も大岡も戸部の邪魔をするまいと見守る体勢に入っている。戸部は深呼吸を繰り返して、道の先をじっと見つめている。俺が声を掛けに行ったときは、今か今かと待ち構えているその体は緊張でガチガチになっていた。
気持ちはわかる。ホテルロイヤルオークラでいろはと対峙した時とか、美浜大橋で承太郎と戦ったとき、初めてレクイエムを使った時……態度とは裏腹に俺も緊張していたものだ。
八幡「戸部」
戸部「ヒキタニくん……、っかー、やっべーわ。今俺かなりキテるわ」
スタンドの謎についても今は緊張で頭から消えているのか、ぎこちない笑顔を俺に向けてくる。
つうか、依頼を受けていないはずの俺達がここにいる不自然さにも気が付いていないほど、余裕というものが全くない。
まぁ、気持ちは……ry
八幡「なぁ、お前、振られたらどうすんだ?」
戸部「いや、言う前からそれってひどくない?あ、緊張解けてきた。……わかった、またそうやって俺の覚悟を試しちゃう系?」
八幡「いいや。お前が飛び込もうとしている世界に比べたら、こんなものは大した覚悟なんかじゃあない。良いから答えろ。海老名が来ちゃうだろ」
軽口に付き合ってられず、ついきつめの声が出た。覚悟の意味は現段階の戸部が俺達に口にしていい言葉じゃあない。すると、戸部も察したのか、真剣な表情になった。
戸部「……そりゃ、諦められないっしょ」
戸部の視線は竹林の先へと向けられている。
戸部「俺さ、こういう適当な性格じゃん?だから、今まで適当にしか付き合ったことないんだわ。けど、今回結構マジっつーかさ……。海老名さんが時々見せる悲しい瞳とかさ……ああいうのを見て、支えてやりたいっつーかさ……」
海老名の事、結構真剣に見ていたんだな。
八幡「そうか。なら、最後の最後まで覚悟を決めろよ。どんな結果も受け入れられる覚悟をな……」
戸部「おお!やっぱ比企谷くんいい奴じゃん」
八幡「いや。邪悪の化身だよ」
バンバン背中を叩いてくる戸部の手を払って、俺は元いた場所へと戻る。ちょうど道の曲がりくねった先、海老名が来る位置からでは見えづらい、俺達の警戒場所だ。
承太郎「……来ると思うか?」
八幡「海老名か?まぁ相模がどう呼び出したかは知らんが、多分来るんじゃあねぇの?」
承太郎「違う。ウルフスだ。お前がらしくないことをしたことなどどうでも良い」
どうでも良いって……。お前、海老名の前世は花京院だぞ?盟友だった男じゃあないか。
まぁ、承太郎にとっては青臭い学生の恋の行方なんかよりもウルフスの動向の方が気になるだろうけどよ。
八幡「それこそわからねぇよ。俺はウルフスじゃあ無いんだから。お前こそどういう風の吹き回しだ?直接お前が護衛に回るなんて、らしく無いじゃあないか。海老名の恋が気になるのか?」
承太郎「茶番だな。結果はわかっているだろう?戸部翔だったな。アイツを見極めに来た。このままなら戸部は花京院に振られるだろう」
八幡「……まぁ、そうだろうな」
承太郎「恋に破れる…家族を失う…人間とは絶望に落ちたときにその本質が現れる。戸部翔が俺達の全てを話すに値する存在か、それとも露伴によって記憶を消すべきスタンド使いか……それを見極めに来た」
八幡「やっていることは真面目だが、結構最低な思考じゃあ無いのか?それ」
雪乃「空条博士……それはさすがにどうなのかと思うのだけれど」
それに由比ヶ浜もジョジョもうんうんと頷く。俺も目的の為ならば結構最低なやり方を選ぶから何とも言えないが。
承太郎「最低だろうと、スタンド使いの本質を見極めるのが俺の仕事だ。見極めを誤って起きた悲劇は何度も見ている。戸部翔にとって、告白の後の行動によっては今後の人生が変わる」
不合格の方がもしかしたら幸せかも知れないがな…と承太郎は続ける。
全てを知ることが幸せとは限らない。スタンド使いの事を知ることは、むしろ不幸な事なのかも知れない。
便利な能力を得る代わりに、スタンド使いの惹かれ合いによる不幸が戸部を襲う可能性がある。
承太郎「戸部翔にとっての最良の結果は、下衆ではないが覚悟が足りない…その結果が一番なのかも知れないな」
八幡「お前の判断に任せるわ。そういうのは一番お前がわかっている事だと思うしな」
話しているうちに、向こうから呼び出しを受けた海老名の姿が見えた。近くにはいろは、三浦、小町、相模の気配もある。
俺達は道の角から戸部を送り出す。
等間隔で置かれた灯籠を一つ、また一つと追い越して、海老名はやってきた。
戸部はそれを緊張の面持ちで迎える。
戸部「あの……」
海老名「うん……」
声をかけると、海老名は薄く反応した。
遠くから見ているだけで、こちらの胸がしくしくと痛くなる。
まず間違いなく、戸部は振られる。
葉山はその先を見据えた上で、真に皆仲良くと考えているようだが、何か手はあるのだろうか?
海老名の性格からしてじゃあもう良いや……という形になる可能性しか見えない。
戸部「俺さ、その」
海老名「…………」
戸部の声に海老名は答えない。いつもと違い、お行儀よく腰の前で手を組んで、静かに聞いている。表情は透明で無機質な笑顔。
俺を呪ってくる時の笑顔の方がよっぽど海老名姫菜という人間の表情を見せているくらいだ。もしかしたらテニスコートで憎々しげに俺を睨んでいた時の方が魅力的とさえ思えるくらいだ。
そんな時だ。タイミングが良いのか悪いのか…。
ある意味でお約束と言ったタイミングで感じた殺気。
狙いは……
戸部「あのさ……」
戸部が意を決して、口を開いた。
その時にはもう動いている。
八幡「承太郎!」
承太郎「わかっている!」
俺と承太郎が同時に飛び出す。
戸部の言葉を聞き、海老名の肩がピクリと揺れた。
二人に迫るまであと十数歩。
間に合うだろうか。
海老名は迫る俺達に目を見開く。
海老名「承太郎!?」
戸部「比企谷くん!?」
くそっ!ギリギリだが仕方がない!
八幡「ジェムストーン!」
承太郎「スター・プラチナ!」
八幡&承太郎「ザ・ワールド!時よ止まれ!」
ブウウウウウン!
同時に時を止め、俺は戸部を…承太郎は海老名を抱える。地獄の紅蓮の炎が二人を挟むように迫っていたのだ。
間一髪で二人を抱き抱えた俺達が転がり、炎の暴威から逃れる。
八幡&承太郎「そして時は動き出す!」
ドオオオオオン!
四人「ぐううううう!」
熱と爆風に飛ばされ、竹に叩き付けられる。
が、俺、承太郎、海老名はすぐに起き上がる。
戸部「え?え?どういう事!?例の幽霊!?」
説明している暇なんてない!
承太郎「スター・プラチナ!」
八幡「ザ・ジェムストーン!」
海老名「ハイエロファント・グリーン!」
俺達三人がスタンドを出現させる。
このタイミングで現れるか。ホントに護衛に付いていて正解だった。
危うく海老名と戸部が骨も残さずに消し灰にされるところだったじゃあないか。
いろは「ナイチンゲール・エメラルド!」
静「アクトン・クリスタル!」
三浦「マジシャンズ・レッド!」
小町「サンシャイン・ルビー!」
雪乃「エンジェル・ダスト!」
結衣「リバース・タウン!」
沙希「サマーハプノ・サファイア!」
材木座「ガンズ・アンド・ローゼズ!」
戸塚「ホール・シンクス!」
相模「ラスト・ノート!」
葉山「オーラル・シガレッツ!」
徐倫「ストーン・フリー!」
仗助「クレイジー・ダイヤモンド!」
隠れていたみんなが大岡と大和を抱えて飛び出し、戸部を含めた全員を囲んでスタンドを展開する。
承太郎「アーシス!スクランブル!何が何でも三人を守りきれ!」
俺達が防御体勢を取っていると、一人の老人が現れた。
立場「おやおや。ジョースターの皆さん。こんなにお揃いで。そしてお久しぶりですな。陽乃お嬢様。雪乃お嬢様」
こいつは………。
承太郎「まさかテメェが現れるとはな……立場。いや、蛇のウルフス……オロチ」
雪乃「立場さん……まさかあなたが本当にウルフスだったなんて……」
そう、現れたのは旧雪ノ下家で働いていた都築の義理の弟、立場辰吉だった。
黄金の矢を持ち、ウルフス達の実質的なリーダーと言える存在……。オロチ。
雪乃「いつからあなたは……」
オロチ「そうですね。この宿主が汐華冬乃が保管していた矢に触れた時からですから…かれこれ十二年前くらいになりますか?」
陽乃「それは……本格的に汐華の一族が狂い始めた時」
オロチ「ええ。見ていて面白かったですよ?ブラッディ・スタンドとあなた方の戦いの様は。まさか柱の一族が敗れるとは思いませんでしたが……」
陽乃「アハハハハハ!アーシスを舐めてかかったみたいだからね♪」
クスクスと笑う陽乃さん。
しかし、次の瞬間にはアヌビス神の刀を抜いた。
陽乃「あなたは絶対に許さない。冬乃様の為にも…雪ノ下の為にも……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
side戸部翔
な、何なんだよ……この状況は……。
告白しようと思った次の瞬間に何でこんな状況になってんだよ……。ねーわ。これはねーわ………。それにみんなから出ている幽霊みたいなのはなんなんだべ?
あまりにも急すぎて理解が追い付かない。
海老名「戸部っち。わたし達がタイミングを作るから、チャンスがあったら逃げて……」
戸部「海老名さん!どういう事?」
海老名「これからここは戦場になるよ。生きるか死ぬかの戦いに……これが本当のわたし達だよ。戸部っち。必要ならば命のやり取りをするのがスタンド使いの宿命」
信じられないけど、それが嘘じゃあ無いってのがわかる。海老名さんは今まで見たことのない厳しい表情をしている。
海老名「戸部っち……わたしは戸部っちが何をしようとしているのか気付いていたよ。だから先に言っておく。ごめん。応えることはできない。戸部っちとわたしは住む世界が違うし、わたしにはもう好きな人がいるんだ。だから……わたしの事は忘れて……」
そう言って海老名さんは緑色の幽霊と共に駆け出していく。
……何だよそれ。住む世界が違うって何だよ……。そんなの納得できないっしょ!
←To be continued
はい、今回はここまでです。
戸部の告白を邪魔したのはウルフスでした。
修学旅行編ラストミッション。ここにて開始!
原作との相違点。
八幡のモノローグでは「誰もが嘘をついてあた」→「誰もが傷を負った」
戸部の告白の依頼の為に奉仕部はここにいる→護衛の為にここにいる
八幡は嘘告白をするために走った→八幡と承太郎は敵の攻撃から戸部と海老名を護るために走った
敵はウルフスのリーダー的な存在であるオロチ。果たして八幡達に勝ち目はあるのか!?
それでは次回もよろしくお願いします。