side比企谷八幡
圧倒的な実力でいろはが勝利を収め、会場は熱気に包まれる。
結衣「いろはちゃん!すごい!」
由比ヶ浜がいろはに抱き付く。まるで雪ノ下に対してやるような距離感だ。
いろは「雪乃先輩が暑苦しいって言う理由がわかりますね…ちょっと暑苦しいですよ?結衣先輩」
いろはと由比ヶ浜のゆるゆりは珍しいな。女同士だから許すけど、男だったら……。
ユルサン……。
もっとも、もうじき消えてしまう俺にいろはを独占する資格があるのかと問われると甚だ疑問だがな。
八幡「さて…行くか」
いろは「頑張って下さいね?あ・な・た♪」
オゥ……滾るではないか……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
いよいよもって最終戦。この試合でS1グランプリとかいうふざけた名前のお祭りも終わりだ。
既に客は減りつつある。
葉山という最大の客寄せが敗退し、残る試合は前2試合がしょうもない反則負けしかしていない俺。はっきり言ってしまえば蛇足だ。いろはの技のオンパレードで客にとってはハイライトが終わってしまった状態だ。
だから、ここから先は俺の好きにさせてもらう。こんだけ仕込んだんだ。そのくらいの我儘は許してもらうさ。
試合場の真ん中まで行くと、俺の相手がまさにこちらへ来ようとしていたが、俺の本命に押し止められる。
そうだよな?2年も下の俺に言われて出てこなければ、もう先輩風は吹かせられない。
あれだけの技巧をいろはに見せられ、既に柔道部員は先輩よりもいろはの技に魅入られている。のこる選択肢はそのいろはが自分以上と評した俺を倒すしかない。
人員変更の掟破りは既にこちらがやっている。もはやルール上の制約はない。
そして、もやは出てこなければここに彼の居場所はなくなる。既に俺達が見た目の存在では無いことを見せ、その上で挑発までしてあるし、警告もしてある。
故に引き摺り出された。
城山「先輩!?」
先輩「やらせろ。城山。アイツは俺を挑発してきた。そしてここで出てこなければ…あらゆる手段で潰すと…」
城山「潰すって…先輩をですか?」
先輩「アイツは……ヤバい。平然と人を始末するなんて言ってきやがる…そして、それがハッタリでも何でもないと思わせる何かがありやがる…」
ハッタリじゃあないさ。ジョルノが本気で次期パッショーネのボスに勧誘してくるくらいには裏の事情に足を突っ込んで来たんだからな。
城山「比企谷…先輩をあそこまでビビらせるなんて…お前は一体…」
八幡「知らない方が世の中幸せな事は沢山あるだろ?そう言うことだ。良いじゃあないか。観客は減っているが、それでもまだ残ってる。遊びは面白く、派手にやらんといかん。違うか?」
城山は見た目によらず、頭のめぐりは悪くない。悪くないからこそ、俺の言った言葉の意味を考えるはずだ。奉仕部に相談に来る前にある程度可能性を模索するくらいには思慮深く、妥当な判断を下している。足を踏み入れてはならない領域の線引きもな。
だから、その点には期待していい。
そしてまた同時に、頭が悪くないどまりだからこそ、俺達に好き放題されている事実もあるのだがな。
先輩は試合場に入ってくる。恥辱と怒り…それと同時に襲ってくる恐怖。先輩は俺を強く睨んでくるが、そんなものは俺に通用しない。赤ん坊の強がりにビビる大人はいないだろ?
城山「お互いに礼、始め!」
始まってから先輩は俺の間合いを測るようにじりじりと一歩、詰めては引いてを繰り返す。対して俺は先輩の間合いは既に見切っている。だてにもっと恐ろしいジョセフ・ジョースターや東方仗助を相手に普段からドンパチの訓練をしちゃいない。
体格で相手の間合いを測るなんて、見ただけで見切れないようでは話にならん。ましてや、柔道特有の両腕を前に出す構え。間合いを見切ってくれと言っているような物だ。ほら、こちらからは組みに行かねぇから、さっさと来いよ。素人さん。
中途半端に技術があるせいだろう。俺から仕掛ける気が無いと看破すると、すぐに仕掛けて来た。
大外刈り。だが…
先輩「ぐう!」
俺は先輩の軸足に自身の指を置き、足の甲の一点を踏む。足のツボの1つだ。ここを押さえられると、体全体に電気が走ったように麻痺をする。ほんの一瞬…周囲から見れば一瞬だけ足を移動させたようにしか見えない僅かに行われる行為。
されど、その効果は大きく、そこから生まれる隙は小さくない。
八幡「古式柔術における大外刈ってのはな、顎に手を置き、腕の関節を決め、目を潰しながら頭から落とす殺人技だが……喰らって見るか?」
先輩「!!!」
一瞬だけ発する殺気。金縛りから解かれた先輩は一気に俺の間合いから退く。だが、俺は逃がさない。退いた先にピッタリとくっつきながら先輩の腹に手を当てて追いかける。
八幡「実は俺は他にも色々やっていてな?中には中国拳法も修めている。ハッキリ言ってしまえば、このまま掌底を食らわしたくてうずうずしてるんだ。そのまま足を持ってれば『朽ち木倒し』になるだろう?確か漫画では立派な技になってたはずだ。威力の調節を間違えたら、プロボクサーのボディ・ブローを食らったくらいには内蔵にダメージを与えるけどな。良いのか?逃げてばかりで」
先輩「う……うわぁぁぁぁ!」
恐怖に駆られた先輩は俺に一本背負いを仕掛けて来る。
が、そんな単一の技が俺に通用するか。俺は先程の猫柳(笑)とは別の技法で……側転でもするかのような小さな跳躍で着地する。
猫柳(笑)なんてのは見るものを楽しませるくらいの大道芸。本来の投げ殺しはこっちの技術だ。それに、ただ回避するだけじゃあない。回転によって生じた勢いをそのままに先輩の腕を回転させてそのまま畳に落とす。
ダァン!
城山「ゆ、有効?」
そして、寝技。手足を駆使しつつ、絞め技の中でも特に危険とされる三角絞めを仕掛ける。
先輩「!!!!!」
八幡「先輩。これが裏の技術だ。こんなんでもまだ俺は手加減しているんだぞ?世の中は厳しいよな?見えなければ、反則と分からなければ誰が俺の反則を咎める?今回にだけ至ってみれば俺はパッと見でわかるような反則はしていない。一回戦のような分かりやすい反則なんてやるかよ。世の中厳しいよな?お前が口癖のように言っている言葉だ」
俺はわざと三角絞めを解いて先輩の両襟を取る。そして、やはり誰の目にも見えない角度で、一瞬だけ鎖骨に指を入れる。それだけで僅かな時間だけ、先輩の両腕が使い物にならなくなる。
先輩「ぐあああああ!こ、殺される!俺はこいつに殺される!助けてくれぇぇぇぇ!」
八幡「失礼ですね?三角絞めなんて柔道ではありきたりな技ですよね?何でそこまで言われなくちゃあならないんですか?」
先輩「反則だ!こいつは反則をしている!」
八幡「失礼な。俺がいつ、どこで反則をしました?したのなら審判がとっくに止めて、俺に反則を取ってますよね?誰か見ました?」
「いや……」
「あの猫柳からの腕ひしぎ以外は特にすごい事も反則もしてないよな?」
「っていうか…ヒキタニすげぇ……。柔道推薦で進学した先輩をも手玉に取るのかよ…」
「あの先輩いらなくね?ヒキタニや一色が柔道部を鍛えればよくね?」
城山「……両者元の位置に」
審判の城山が開始線へと俺達を戻す。そして、胸の前でぐるぐると両手をかき混ぜた後に、先輩を指差す。
城山「相手の人格を損なうような言動による警告!」
警告。それは相手に技ありと同等のポイントを与えると見なされる違反行為に取られるペナルティだ。
そう、俺は分かりやすい反則なんてしていない。誰も俺の反則を認めた者はいない。故に、先輩は何の根拠もなく俺を貶めたと見なされて警告を食らったのだ。
先輩「お、おい!」
八幡「審判の裁定に逆らうと、さらに警告を食らって合わせて反則負けになりますよ?世の中厳しいですよね?」
先輩「テメェ………」
恐ろしいだろ?本当の世の中の厳しさは。世の中の汚さは。俺達はそれ以上の謀略の中で生きてきた。こんな試合なんか生ぬるい戦いの中で生きてきた。お前なんかに…世の中は語らせない。語れる資格なんかない。
城山「始め…」
柔道推薦で大学に入った人の劣勢と反則による白けか、周りは静かだ。開始を告げる城山の声も小さい。だから、俺の声もよく通る。これならば俺のひそひそ声も先輩に良く聞こえるだろう。
八幡「不思議なんだよな?大学の部活って高校のとは違ってガチでやるじゃあないか。先輩、よくちょくちょくうちの柔道部に顔を出せる余裕があるよな?大学の部活って暇なのか?でも、先輩は推薦で入ってるよな?推薦で生徒を入学させるくらい力を入れている柔道部が、そんな暇な部活か?違うよな?」
先輩が仕掛けてくる技をのらりくらりとかわしながら、俺は言葉を続ける。
八幡「あんたは逃げたんだ。ガチでやっている者達に揉まれ、挫折して、そして過去の栄光にすがった。ガチでやっていく覚悟が足りなかった。俺があんたを気に入らないところはそこだ。全く敬意を払えない。」
ギャラリーは明らかに減っている。しかし、聞こえているかもしれないという疑念で先輩の動きは徐々に鈍る。
多くの生徒にそう思わせること。実際に聞こえているかなんて問題じゃあない。
ここでなら安寧が保てる…そんな生ぬるい逃げ道だった物が針のむしろに変わるかもしれない。
後輩たちの憧憬の視線が軽蔑の白い眼差しに変わるかもしれない。
先輩の目線が泳ぎ始める。
八幡「過去を美化するのは心の弱った証だ。昔の栄光を語り始めるのは心が老いた証だ。誰かを下に置きたくなるのは弱くなった証だ。挫折したあんたはプライドも自信もなくなった。だからここに戻ってきた。あんたはそんなつもりは最初は無かったのかもしれない。ほんの気まぐれで来てみたら、案外居心地が良くて居着いてしまった。そんなところだろう」
先輩「やめろ……これ以上いうな……」
八幡「いいや。始末してやるよ。お前のぬるま湯の温床を……幻想を……根底からな。城山たちからしてみたら天下って来た者なんて邪魔だ。蛙の小便よりも汚らわしい汚物だ。逃げ帰って来たもの達の世話をするために後輩はいるんじゃあない。覚悟が足りずに、目を背けたのならば、キッパリその世界から居なくなるべきだ。あんたは帰ってきた先輩なんかじゃあない。逃げ出して転がり込んで来たただの部外者だ。そして挫折したその事実を社会の厳しさかのように言い方を変え、説教する。そんなお前に……社会を語るしかくなんかない。人生を語る資格はない」
先輩はもう、力を無くしていた。突き付けられたくない事実を突き付けられ、技で、力で、そして言葉で自分の逃げ道を完全に破壊される。その苦しみは…ジョナサン・ジョースターの幼少期で経験した俺の苦しみだ。
ちらりといろはを見る。
好きな女の子を…エリナすらもディオに傷つけられてジョナサンの元から去り、心の支えを失ったジョナサンの苦しみ。
父親も家も無くしたジョナサンの苦しみ。
更にいろはを見る。
子供の頃、自分がディオとわかった日…おれはいろはに拒絶されて目の前が暗くなった。
そして今…俺はこの夏に消える運命にある。またいろはと離れ離れになる運命にいる。
それでも……俺は前に進むしかない。
俺が味わっている運命の挫折に比べたら…こいつの挫折に言い訳なんてさせない……。
これが俺からお前に与える始末の方法だ。
進むか…逃げるか…お前は2つに1つ…。
先輩「うるせえ。そんなことは……わかってたんだよ!お前に言われるまでもなくよぉ!」
八幡「だったら進めよ。推薦で入った大学だ。このままならお前は退学するしかない」
俺は殺気を込めて先輩を威圧する。
社会は……人生は酷しい。ここで向かうか、逃げるか。
先輩「やってやるよちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
先輩は雄叫びながら、仕掛けて来た。
ダァン!
城山「一本!それまで!」
これが、柔道という競技における、俺の反則負け以外の始めての敗北だ。
先輩「はぁ……はぁ……」
激しく動いたわけでもないのに、大量の汗が先輩から吹き出ている。
八幡「やりゃあ出来るじゃあないか。今の恐怖に比べたら、お前が感じた挫折の苦しみはどうだ?」
先輩「ははは……何て事はないな……殺されるかもしれないという事に比べたら……死んだと思えば……俺が感じていた恐怖なんて……何だったのだろうと思うわ」
俺は首の力を使って反動で起き上がる。
八幡「勇気とは何か。勇気とは、恐怖を感じないことじゃあない。勇気とは、恐怖を我が物にして克服する事だ。今の恐怖を…忘れずに、自らの居場所に戻って下さい。先輩」
先輩「……ああ。………比企谷」
八幡「?」
先輩「お前はさっき、言ったよな?お前の命は…運命は夏で消えるって……。それは一体…」
八幡「知らない方がいいですよ」
知らなければ幸せな事がある。ジョースターと汐華の戦いなんて、ウルフスの存在なんて、関係ない者にとっては知らない方が幸せだろう。
先輩「お前は………怖くはないのか?」
八幡「…………怖いですよ。自分が消えるんです。怖くないわけがないじゃあないですか。でも………」
俺は奉仕部のみんなを見る。その先にあるジョースター家のみんなをみる。
ホロリと涙が頬を伝う。
もう、さいは投げられた。覚悟を持って進んだ事だ。
ならば消える運命という恐怖を勇気に変えて、進むしかない。何故ならば……。
八幡「でも、俺が運命から逃げれば……。消えるのは輝かしい未来を持った俺の本物達です。そんなのを見せられるくらいならば……消えるべきは俺という邪悪の化身であるべきです。それは……俺しか出来ないんですよ」
神の聖地にて、俺は鎮魂歌を奏でるしか、本物を守る術はない。
先輩「比企谷……」
八幡「話は終わりです。進んで下さいよ。俺の代わりに」
なおも何かを言おうとしている先輩を置いて、俺は畳から…去った。
←To be continued
はい、今回はここまでです。
次回で柔道編を終わらせる予定です。
それでは次回もよろしくお願いします。