side比企谷八幡
カーテンが秋風に揺れていた。
ひらりと翻った先から朱に染まった鱗雲が覗く。僅かに開いた窓から風が吹き込んでいるのだ。
二度三度とそんな光景を目にして、俺は書類に書き込む手を止めた。というか、飛ぶから誰か窓を閉めてよ!いつ強風で書類が飛び散るか気が気でない。
というかさ、ブラッディ・スタンドの件が終わったのなら奉仕部で仕事する必要性ってなくね?
そう思うが、今は総武高校もブラッディ・スタンド使いがいた関係から狙われる可能性もある以上、防衛の必要があるとのこと。
雪ノ下や由比ヶ浜は特にかな。
SPW財団組は仕事、他はジョセフが主導で勉強を見ているか、思い思いの修行をしている。
夏休みが明け、9月も数日がたった。
日中はまだ夏の気配を残しているが、今みたいに夕暮れが差し迫ってくると不意に涼しい風が吹き抜けていく季節となっていた。
二学期に入ってからは奉仕部も少し寂しいものに変化していた。
仗助とジジイはここにいるが、承太郎とジョルノ、トリッシュさんは普段は日本支部で勤務していた。むしろ、仗助も日本支部で勤務すべきだとおもうが……。
次に川崎兄弟も普段は塾や予備校へ行ったり、バイトに行ったりしていて、放課後必ずいるというわけではなくなった。
たまに留美が来るようになった。今日は不在だが。
変化といったらこのくらいか?
ちなみに今日は仗助が出勤だ。
雪ノ下に触発されてか由比ヶ浜も訓練をするようになった。あの世界の敗北や、先日のハーメルンとの戦いで思うところがあったのだろう。戦術の勉強や戦闘のノウハウを基礎から訓練し直している。
カタカタと窓枠を揺らして、先程より強い風が吹き抜けた。
視界の隅ではいろはのスカートが捲れていた。
ざけんな風!いろはのスカートを捲って良いのは俺だけだ!
スカートの中にハーヴェストみたいなスタンドがいるかもしれないかと思って確かめに行くところだっただろうが!
そして俺の何かがスタンドしてしまうところだったぞ!」
いろは「いや、確かにそういう関係ですけど、いつでも捲って良いって訳じゃあ無いですからね?っていうかそういうは一応考えるだけの性欲があったんですね?確かにハチ君の家でならそれもありですが学校では他の男子の目もありますし普通にセクハラでわたし本人が良くても他の人が通報すると思いますからやっぱり無理ですごめんなさい」
と実に久々に高速お断りをしてから窓をピシャリと閉めた。
流石のいろはでも今のはドン引きだったようで、かなり冷ややかな視線を俺に向けてきた。
結衣「風、強くなったね」
その声に勉強中だった三浦が反応する。
三浦「なんか台風が来るらしいし」
この季節の風物詩だしな。
海老名「夏休みの間は結構天気の良い日が続いていたのにね?」
小町「あー、暑い日が続きましたもんね。太陽が燦々と輝いていましたよね」
静「私達スタクル組は夏の雪という経験をしたよね」
太陽がサンサンか……アラビア・ファッツは元気かなぁ。
矯正施設を出た後は何でも電力会社に就職したのだとか。太陽光発電とあのスタンドは相性が良いからなぁ。
問題は生態系を狂わしかねない事だが。
材木座「露伴先生の所で執筆の日々だったからあまり覚えてはおらん………」
結衣「あはははは……あれはキツそうだったね」
八幡「最近の遮光カーテンの性能は良いんだな。そのせいで室内は暗いとか。体に悪そうだな。俺は通勤やらトレーニングやらで毎日出歩いていたな」
静「千葉村前の謹慎中でもね」
チクリと刺してくるジョジョ。
結衣「社交なのに暗いの?」
一同「はっ?」
結衣「え?」
俺達と由比ヶ浜は不思議そうに顔を見合せ、そのうち食い違いに気が付く。向かいの副支部長の席からは『ゴゴゴゴゴ………』という威圧すら感じるまである。
おい由比ヶ浜。早く謝っとけ。
冗談、冗談だよほほほーん。とでも言って誤魔化せ。
そしたらゴゴゴゴゴ………の人が「ボーデレク」と言うから!
雪乃「念のために説明するけど、遮光カーテンというのは光を遮るカーテンの事よ」
結衣「え?あ、そ、そうだよね。うん、知ってた」
由比ヶ浜は最初驚いたような間をおいてからそう答えるものの、最後の方は思いっきり視線を逸らしていた。可哀想な子を見る目で見たついでに、ちょっとフォローしてみる。
八幡「まぁ、なに?遮光的なのは由緒正しいだろ、日本人として。遮光器土偶があるくらいだから歴史的に見ても遮光的な民族なんだよ」
かなり違うけどな。雪ノ下辺りなら知ってる可能性がある。
結衣「そうなんだ!あー、でもそう言われたらそうかもね。縦穴式住居とか窓無さそうだし」
ほぉーっと感心したような声をあげる由比ヶ浜。
騙されてる!心が痛む!
いろはと雪ノ下は頭痛を抑えるかのように額に手をやって短いため息をつく。
いろは「中身はイギリス人ですけどね。波紋の戦士が遮光的でどうするんですか!」
雪乃「そもそも遮光器土偶はイヌイットが雪中の光避けに着用していた遮光器に似ているからそう呼ばれているだけであって、遮光云々は関係ないのだけれど」
あー、やっぱり知ってたか……。
遮光器土偶と遮光器は関係ない。縄文時代の土偶における目の大きさを表現する為にあの形になったと言われているのが一般的だ。
何で知っているかって?
ジョナサンは元考古学者志望です。
戸塚「でも、材木座君は少し外に出た方が良いね。君が強いのは知ってるけど、こもりっぱなしは良くないよ」
結衣「そうそう!ビタミンC?作るらしいよ」
ガン!
ジョジョが脱力して机に頭を打ち付けていた。
ヤバい……そろそろお冠になる。
静「由比ヶ浜……それはビタミンDね。それともビタミンCを作るなんて新たなスタンド能力に目覚めたの?」
結衣「そ、そーなの?」
静「そーなの♪ちなみにビタミンDほ週に二回、三十分ほど日光に当たるだけで充分作れるらしいよ?」
青筋を額に浮かべながらジョジョが雑学を披露する。
結衣「何でそんなに詳しいの?健康マニア?」
静「違うっつーの。SPW財団は元々医療系研究に力を入れている関係だっつーの。それよりも由比ヶ浜結衣…」
あちゃー……フルネーム出ちまった。
覚えているだろうか?欧米系の人間が相手をフルネームで呼ぶときは、大抵は本気で怒っている時だ。
静「遮光といい、ビタミンDと言い……全部小中学生レベルの知識だよね?また地獄の合宿……やる?」
結衣「ひ、ひいい!」
あ~あ………言わんことじゃあない。普段から勉強は怠るなと言ってあるのに……。
雪乃「やれやれだわ」
八幡「お前は承太郎か。それに親友なんだから勉強に付き合ってやれよ」
雪乃「エンポリオ君が匙を投げるレベルなのに?」
あー………それを言われるとな。
結衣「とにかくヨッシー。引きこもりは良くないよ?」
材木座「だが、神代の頃より続く尊き者の正しい在り方ではある。日本神話の主神、かの天照大神も引きこもっていたくらいだ」
結衣「もう!だったらあたしがガンガンデートに誘うから覚悟するし!」
材木座「う……うむ……」
モジモジ……
おー……熱い熱い。
一方で神話を例えに出されてジョセフと俺は顔をしかめる。
神には録な目にあってないからな。
大体主神が引きこもりってなんだよ。太陽を司るウルフスの奴が引きこもりだったら嫌だなぁ。
雪乃「日本神話における神は正義ばかりではないものね」
結衣「え?そうなの?」
流石は雪ノ下。よくご存知で。
海老名「クトゥルフ神話なんて悪神しかいないしね」
同じ無駄知識でも海老名が言うと別の意味に聞こえる。
ジョセフ「柱の一族じゃとてそうじゃったしの」
結衣「う……ジョセフさん、嫌なことを思い出させるなし……」
八幡「まぁ、多神教の話だとそういうのも結構あるし、俺は神話とかと言うのは一部を除いては嫌いだ」
柱の一族やウルフスなんて良い例だ。
実際、結構むちゃくちゃしているからな。神話ってよく読むととんでもエピソードだらけなんだよな。
結衣「神話って言われると完璧なイメージがあるけど」
いわゆるGODならそう規定されるんだが、日本語で言うところの神はそれだけにとどまらない。いろんな神様がいるとされるのがこの国の神話だ。その神々がいずれも全知全能絶対正義の存在かというとそうでもない。
神転生のあいつもそろそろそういうのが牙を向く頃かな?
それに、神=絶対正義なんてのはあり得ないというのは俺達は散々体験している。
俺の砕けた魂の行き先はそういうやつらばかりだった。
それに……
ジョセフ「結衣。お前は一度柱の一族に覚醒したが、あれが絶対正義じゃったか?」
結衣「え?うーん……全然そんな感じしなかった。あのあたしもカーズも…」
ジョセフ「そういう事じゃ。神も神話もイメージの押し付けは互いにとっても良くないということじゃ」
そこでこの話はおしまいという感じでジジイは話を終わらせる。
神とて完璧ではないと様々な平行世界でものがたっていた。
理想を誰かに求めてはいけない。
それは弱さだ。罰せられるべき怠慢だ。自分に対する、周囲に対する甘えだ。
失望して良いのは自分に対してだけであるべきだ。傷付けて良いのは自分だけだ。
そこで会話が止まる。静寂に満ちた室内に風が窓を打つ音が響く。
静「本格的にやばくなってきたね。京葉線が止まったら、雪ノ下とかは帰れなくなるよね?」
雪乃「ええ、そうね」
雪ノ下は確か京葉線で通学していたはずだ。
大型で強い勢力を誇る台風が関東に上陸すると、千葉は陸の孤島と化す。京葉線を筆頭に総武線、常磐線、武蔵野線、京成線、東西線、都営新宿線とあまたの鉄道網が麻痺し、日本から切り離されることでもはや独立する勢いである。
とにかく、台風ともなれば都市圏の交通機関にはいくらか支障が出てくる。雪ノ下もその影響を免れそうもない。
結衣「だよね。そしたらうち近いしさ……」
雪乃「大丈夫よ。その時は滑って帰るから」
結衣「エンジェルアルバムをそういう使い方するのも危ないと思うんだけど……」
学校から雪ノ下の住む最寄り駅までは二駅ほど。確かに歩けない距離ではないが、エンジェルアルバムで帰るのは反対だ。世間への被害が発生する可能性がある。
結衣「ヨッシーは?」
材木座「これならば迷惑ではあろうが露伴先生の家に泊めてもらった方が良さそうだな」
結衣「そっか……うち、泊まる?」
材木座「両親への挨拶はまだ早かろう」
結婚する気満々だな。
静「私達はカッパを来てダッシュだね」
いろは「鞄は置いて帰りましょう。わたしも自転車ですし」
小町「だね」
八幡「こういう時はダッシュ通学は嫌だよな」
言ってから外をちらりと見た。幸い、まだ雨は降ってきていない。一応傘は持っているが、カッパを来て帰った方が良さそうだ。
結衣「こんな日くらいバスとかで帰ったら?」
静「バスは混むから嫌だ。痴漢とか出てきたらどうすんの?」
雪乃「命がないわね。痴漢の方が」
結衣「そ、そだね……」
そりゃ、物理的にも精神的にも社会的にも臨終してもらうよ?
とにかく、天候が悪くなる前に帰った方が良いのだが、仕事が中途半端なんだよな。
強くなる一方の風に、運動系の部活も撤収を始めている。今日はこれ以上残っていても相談者がやった来ることはない。
というか、平塚先生がいなくなった以上、この部活の存在を知るやつって葉山達以外にいるのか?
そう思っていると………。
コンコンコン。
ノックが鳴る。
静「どうぞー」
ジョジョが答えると、扉が開いて姉貴分が入ってきた。
徐倫「あんたら、まだいたの?」
奉仕部の顧問である空条徐倫先生だ。
ジョセフ「もうじき帰ろうかどうか考えておったところじゃよ」
徐倫「そうね。他の部活も切り上げているから、酷くなる前に帰った方が良いわよ」
静「流石にギリギリを追求し過ぎたかぁ……他の生徒の安全を見極めなかったのはミスだなぁ……今日はもう終わり!私は鍵を返しに行くから、他は気を付けて帰って」
ジョジョがポンポンと手を叩いて帰宅を促す。
ぞろぞろと帰宅を始める奉仕部の面々。
八幡「おいジョジョ。鍵は俺が返しておくわ。お前らはジジイの車で今日は帰れよ」
小町「ちょっとちょっと。帰る場所は同じじゃんか。何でお兄ちゃんが?」
いろは「そうですよ。四人で帰れば良いじゃあ無いですか?」
八幡「定員オーバーだろ。朋子さんも乗って帰るんだぞ?」
普通はそう考えるのだろうが、ジジイの車は5人乗りだ。朋子さんと俺達四人が乗ったら定員オーバーだ。何よりいろはが乗ってきたチャリが駐輪場で吹きさらしになるのもよろしくない。
八幡「俺は鍵を返したらチャリで帰る。なに、気にするなよ。レディ・ファーストだ」
ジョセフ「ならばそうしよう。気を付けるのじゃぞ?八幡」
そういってジョジョから鍵を奪い取り、いろはからチャリの鍵を受け取った俺は鍵を職員室に返却し、そのまま駐輪場へと向かう。
風は南から湿気を含んでいるのか妙なくらいに生ぬるかった。
そして………俺の長い長い下校時間が始まった。
←To be continued
今回はここまでです。
次は雨の中の下校回です。
恒例の原作との相違点
奉仕部はアーシスの出張所
捲れたスカートは由比ヶ浜のスカートでポケモンネタ➡いろはのスカートで、スタンドネタ
窓を閉めたのも由比ヶ浜➡いろは。ついでに高速お断り
引きこもっていたのは八幡➡材木座。引きこもっていたというよりは露伴の缶詰めをくらっていた。
ビタミンDネタに関することは八幡が昔家族への言い訳に得た知識➡財団の知識
神話に対してはあまり良い印象を持っていない。
鍵を返しに行くのは部長の雪ノ下➡部長は静なので普段は静なのだが、八幡が返しにいった。
次は雨の中の下校回です。