やはり俺の奇妙な転生はまちがっている。   作:本城淳

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散歩に出かけた八幡と小町。
どんな会話が交わされるのか!


比企谷小町は兄離れすることはあるのか?2

side比企谷八幡

 

既に日は傾き、薄墨を流した藍の空に白い月が弓を張っている。

俺の住む街は閑静な、というには一世代ほど古びているどこの市にもあるような宅地だが、大きい通りを一本挟んだ川沿いには田畑が散在し、農業を営んでいる人達の家屋敷が立ち並んでいる。そんな中でも最近の建て直しとかで古びた町並みにも最新式の建築物がちらりほらりと見て取れる。陽乃さんや康一さんの奮闘により建築部門の活動が活発だから、ジョースター建設は完全に千葉の地域に根付いていると実感できる。

最近では雪ノ下建設の技術も加わり、更に躍動しているみたいだしな。

昔、母さんが幼い頃の話だというから30年程前…つまり前世が終わる直前の頃のことだろうが、その頃はこの辺りの川や田んぼには蛍がいたらしい。つまり、今はもういない。

そんな話を思い出し、もしかしたら今も見えやしないかと田んぼを見た。

すると、ざざっ、と。稲穂が通り風に薙いだ。

日中たっぷりと陽を浴び、水と養分を吸い上げて豊かに実った稲を掻き分けるようにして風は進む。

前世のジョナサンだったとき、こんな田園風景を見たら妖精の仕業のように思ったものだ。

蛍も、妖精も、今はもう見えない。

砕けた魂が行ったあの世界ならば蛍も妖精もいるんだがな。

なぜ人はノスタルジーに惹かれるのだろうか。「昔は良かった」とか「古き良き時代」とか「昭和のかほり」とか、とかく過ぎた日ほど肯定的に捉える。

過去を、昔を懐かしみ愛おしく想う。あるいは変わってしまったこと、変えられてしまったことを嘆き悔やむ。

それは人の過去を美化する行為なのだろう。

人は大なり小なり後悔している何かを抱えて生きている。その過程で意図せず変わらざるを得なかったことも多々ある。

なら、本来的には変化というのは、悲しむべきことなんじゃないだろうか。

成長も進化も変遷も、本当に喜ばしい事なのだろうか?

俺だってもしジョースター家と関わらなかったらどうなっていただろう…安寧のままいろはと小町の三人でのほほんと生きていたのだろうか…。

いや、魂とスタンド使い同士が惹かれ合う特性によって早かれ遅かれ戦いに巻き込まれ、もしかしたら死んでいたかも知れない。もしかしたらジョースター家と敵対していたかも知れない。中にはそんな平行世界もあるだろう。見たいとは思わないし。見たくもない。

ジョースター家が滅びてしまっていたあの世界というだけでもショックだったのに…。

変わらなければ悲しみは生まれない。だが、変わらなければ生まれてしまう悲しみも確かにある。

俺は変わらないでいることを否定しない代わりに、変わることも否定しない。あるべきときにあるべきままでいることが必要だと思う。

魂が砕け、みんなが必死で危険な旅に出てまで俺を助けてくれた事で、俺の中で変わったことが一つ、確かに存在する。

前世の罪は決して変わらない。だから俺は俺の命を軽んじていることが無意識にあった。だけど、親父や母ちゃん、いろはや小町、ジョースター家や陽乃さん…アーシスのあんな顔を見るのはさすがに堪えた…。

『覚悟とは犠牲の心ではない』

わかっていた事だったつもりだったのに、俺は心のどこかで自分の犠牲を願っていたのかも知れない。

もっと生に貪欲でも良かったのかも知れない。

同い年の陽乃さんとあいつの指摘、珍しく小町に認められた異世界の小町とあいつの指摘、最強だけど脆かったあいつの闇、ドラゴンが相棒のあいつからの指摘、四年前からの付き合いのあいつの指摘。様々な平行世界で俺を助けてくれた5人の相棒達の言葉や姿が突き刺さる。

あいつらと出会ったことにより、少しは前向きになることが出来た。それは俺の中で確かに変わったことだ。

変わることも変わらないことも逃げであると同時に逃げない為の事でもある。

ジョースター家の家訓、戦略的に逃げることはあっても戦いそのものからは逃げない。人生という戦いからも俺は逃げない。運命でも最後まで足掻く。ウルフス…俺に残った最後の敵…。

その戦いからも。

 

そんなことを考えていながら散歩は進む。

小町はサブレに引っ張られる手応えを楽しむようにリードを握る。

 

小町「ほれほれ、危ないよ。車の方が」

 

だろうね。ザ・フールなら車の対処なんていくらでも出来るからね。むしろ危ないのは車の方だね。車よりも強い犬って……。

天の声『素手で格ゲーのボーナスステージのように車を破壊したお前が言うな!』

サブレはふんふんと鼻を鳴らして草の匂いを嗅ぎ、ワシワシと噛み始める。犬でも猫でもこうやって草を食べて毛玉を吐き出せるようにするので、これは散歩では必要なプロセスだ。なので、俺も小町もその場で立ち止まりしばし待つ。サブレは文字通り道草を食っていた。

俺とサブレを見比べて小町は嬉しそうに笑う。

 

小町「いやー、お兄ちゃんとお散歩なんて久しぶりですな~」

 

八幡「嘘こけ。登校の時なんか毎朝猛ダッシュに付き合わせるクセしやがって」

 

小町「あれは早朝の修行。二人きりでゆっくり歩くなんてホントに久しぶりじゃんか。お姉ちゃんとはよくするくせに」

 

言われてみればそうかもな。確かに小町と二人きりでぶらぶら歩くというのはかなりのご無沙汰だ。買い物であったりペットショーであったり散歩にしたっていろはが常に近くにいるのが当たり前だ。

サブレがぐいぐいとリードを引っ張る。

 

小町「よしよし、行こうか」

 

それに答えてサブレはばう!とひとつ鳴くと、ミニチュアダックスフンド特有のトテトテとした歩みを見せる。

俺も小町に引っ張られて続く。

暮れなずむ町には幾方向もの人の流れがあった。

これから家へと帰るサラリーマン、夕飯の買い物へと出る主婦、友達と自転車で走っていく小学生、今まさに出んとする高校生。そして、子供を出迎える母親。

そんな当たり前の風景には懐かしさと温かみがある。

ぽつりと小町が呟いた。

 

小町「お帰りって言ってくれる人がいるのは幸せなことだよね」

 

八幡「………ああ」

 

しみじみ思う。蘇った俺を涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言ってくれたみんなの事を思い出す。

 

アーシスのみんな『おかえり』

 

比企谷、一色家両親『おかえり』

 

ホリイ&朋子『おかえり』

 

あれほど温かかった『おかえり』を俺は忘れない。

例えよくわかんねーカバに出迎えられてうがいを奨められても有り難いと思うだろう。

 

ホロリと涙が頬を伝う。

 

小町「お兄ちゃん………小町もね、またお兄ちゃんに『おかえり』って言えて、言ってもらえる日常が戻ってきたのが嬉しいんだよ…」

 

温かみのこもった声に思わず小町を見る。

小町は目を閉じ、胸に手をやって、そこに込められているじんわりとほのかに温かい熱を確かめるように、一語一語ゆっくりと口にした。

 

小町「今のは、もう2度とお兄ちゃんがあんなことをしないようにするための楔だよ」

 

八幡「しねぇよ。もう二度と…」

 

俺は照れ臭くなって小町とサブレを置き去るように歩き出す。敵わねぇな……本物には。

小町はサンダルの爪先で石ころを蹴ると(お前の力で石を蹴るな。弾丸のように危険だろ)、頼りなく輝き始めた星を見上げた。

 

小町「お兄ちゃんがあのままいなくなってたら、お姉ちゃんとジョジョお姉ちゃんと仗助とカー君、ペッちゃんとみんなで泣いて暮らしてたからね?」

 

八幡「カマクラはどうだろうな?案外せいせいとするんじゃあないか?」

 

小町「そんなことないよ?カー君は捻デレてるから。でも、カー君だってお兄ちゃんを助けるために頑張ってたって仗助は言っていたよ?」

 

クスクスと小町が冗談めかして笑う。

 

小町「捻デレさんに囲まれて暮らすと大変です」

 

八幡「またそれか。俺は捻くれてなどいない。特にいろはに対しては素直なまである」

 

小町「うわぁ……お姉ちゃん限定なんだ…まぁ、そんな捻デレさんでも迎えてくれると嬉しいのです」

 

今度はニヒヒと笑う。

 

八幡「うぜぇ。俺だっていつまでもいるわけじゃあないぜ?ちゃんと兄離れしろ」

 

小町「え?しないよ?お兄ちゃんが家を出ると言ったら小町はどこまでも着いていくから。草の根を分けてでも探しだして着いていくから」

 

八幡「安心できない!お前の将来が不安だ!」

 

俺は思いっきり頭を抱える。そんな俺の肩をポンポンと叩いて小町が追い討ちをかける。

 

小町「小町もお嫁には行きません。一生お兄ちゃんと一緒です。むしろ小町の旦那はお兄ちゃんです」

 

八幡「もはやシズカを超えたー!超えてはいけない心の一線を超えているー!」

 

俺の嘆きが閑静な住宅街に響く。

道行く人々が何事かと俺を見る。

 

八幡「どのみち会社が家から通えるし、大学も千葉大学なら家から通えるだろう?それに、親父がそれを許すと思うか?」

 

小町「許さないね…。お父さんもジョースター家も一色家も…」

 

八幡「転勤にならん限りは一生家にくくりつけられそうだ」

 

小町「その場合は家族ごとジョースター家の近くに置かれると思う。特に仗助お兄ちゃんとジョジョお姉ちゃんがお兄ちゃんを手放すとは思えないもん…ジョージア州支部の支部長とか、ニューヨーク本部の関連で手元に置くと思うよ?」

 

八幡「俺の一生が確定しているぅぅぅぅぅ!」

 

小町「=小町も一生が確定しているのです」

 

八幡「なんだそのモノローグ……」

 

比企谷家は家族愛が強すぎる。ジョースター家の影響で昔は俺にすこしドライなところもあった親父なんかも家族大好き人間になってしまった。むしろ親父が一番家族愛が強すぎるまである。

 

小町「でも、やっぱり家族が離れ離れになるのは寂しいよね。だから陽乃さんや雪乃さん達も……ジョルノお兄ちゃんだって……」

 

小町はうつ向いてポツリと漏らす。

全てが柱の一族によって狂ってしまった汐華と雪ノ下家の運命。雪ノ下夏樹と秋乃は現在は矯正施設の中だ。そのせいで世間では失踪した雪ノ下夫婦で沸き立っている。

陽乃さんや雪ノ下だとて辛くないはずがない。結果としては汐華冬乃以外の死者(屍生人は除く)は出さなかったので良かったのだが、それはそれなのだろう。

本来の彼女達が見せる脆弱さ、あるいは儚さとも見れるものを雪ノ下姉妹は確かにある。その意味するところは完璧にわかっているわけではない。完璧にわかっている等と安っぽくは言ってはいけない。

 

小町「残される側だって寂しいと感じるよ…エリザベス・ジョースターの人生はそう言うことの連続だったから…千葉村のあれだって……」

 

ジョースター家の人生はそういうものの連続だった。

残し、残され……その多くが死を伴った別れだった。

特に残される側だったのはジジイやジョルノだった。ジョースター家の家族愛の強さはジジイとジョルノの心の飢えだったかも知れない。

小町がどこまでも俺達について来ようとしているのはジョースター家の影響か、はたまた去り去られる事の連続だったエリザベス・ジョースターとしての前世からか。

 

小町はサブレを促すようにリードを引く。その手からバトンを受け取るように俺はリードを引き継いだ。

 

小町「お兄ちゃん?」

 

八幡「疲れただろ?代わるよ」

 

まさかこんな小型犬の散歩くらいじゃ疲れる訳がない。ましてや波紋を極めている小町なら尚更だ。

小町は不思議そうに俺の顔を見ていたが、すぐに破顔する。

 

小町「うん、よろしく。じゃあ小町はお兄ちゃんがどこかに行かないようにしてあげよう」

 

そう言って俺の手を握る小町。

 

八幡「行かねーよ」

 

小町「信用できません。ジョナサン・ジョースターもDIOも。二人がジョースター家の運命のはじまりなのです。それに、既にどこかに行きかけていたその転生のお兄ちゃんは前科持ちになっているのです。お兄ちゃんがどこかに行かないようにするのが小町の使命なのです」

 

それを言われると弱い。千葉村では死にかけたわけだし、特に異世界の欠片の1つは消えかけた。

 

八幡「そうだな。じゃあ、捕まえていてもらうか」

 

小町「うん!」

 

あるきなれている散歩道。

だけど久々に小町と歩く散歩道。

昔、小町と歩いた散歩道とは変わってしまった街並みを遠回りして帰ろう。

握られた小町の手。

その手は俺の手だけを握りしめている訳ではない。

浮き上がる消えない誇りの絆を握りしめている。

それが離されるならば、受け継ぐ愛を定めと呼び、微笑む目で次の俺の手を握るべく頑張るのだろう。

俺と繋いでいる小町の手には、そんな決意が込められているような気がした。

 

←To be continued




今回はここまでです。緩い八小回でした。

蛍の○ネタはカット。

八幡は変わる事を悲しいことと言う➡変わることも変わらないことも八幡は肯定する。5人の黄金の魂は確かに八幡を変えた

おかえりの言葉は時と場合による➡第4章を通じて『おかえり』の有り難みをしみじみかみしている。

おかえりなさいの件は小町のカワイイアピール➡本気で言っている

兄妹の将来を不安に感じて頭を抱えて嘆くのは小町➡八幡

比企谷家は放任主義➡ジョースター家の影響で家族愛がかなり強すぎる

小町は原作以上に八幡と離れ離れになるのを恐れている。これはブラコンというよりは家族が離れ離れに半生を送ったエリザベス・ジョースターの影響が強い。

それでは次回もよろしくお願いいたします。

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