オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#007 師団級魔獣の消滅

 

 魔獣の群れに先行していた『シズ・デルタ』はまだ生きている魔獣の転送を依頼していた。

 不慣れな現地の魔法が思いのほか強力であった為に想定以上の被害を出してしまった。森が焼ける事態は(まぬか)れたものの、やり過ぎたことを反省する。

 種族別に数十体ずつ送った後は適度に威圧行為の魔法で追い払う。

 魔獣とはいえ現地で暮らしている生き物だ。人間を捕食するような目的でもない限りは穏便に済ませた方が都合がいい。それに彼らとて無闇に襲ってくる様子は見せなかった。――しいて言えば強大な敵から逃走している最中か。

 

(……しかし、触媒結晶を多く付けすぎたせいか、言い訳がしにくくなりましたね)

 

 多重中級魔法(ミドル・スペル)を実際に行使するのは今回が始めてのことだった。

 ある程度の予想はしていた。だからこそ学園で実演するのを躊躇った経緯がある。

 

 あまりにも悪目立ち過ぎるから。

 

 もし火属性であれば延焼によって二次災害が甚大になり、国からのお咎めが出ないほうがおかしいといえる。それと至高の御方には間違いなく叱られてしまう。

 風属性のみにしておくべきだったと脳内で魔法術式(スクリプト)を組み直しておく。

 簡易的に造った盾は先の攻撃でも無事ではあったが乱用は控えた方がいいと判断する。

 急造品は何かと脆いものだ。

 そうして悩んでいると後方から近付く気配を察知する。

 大きさから様子を見に来た学生だと判断し、軽く吐息を吐く。

 自動人形(オートマトン)の身ではあるが人間的な振る舞いが出来るので、欺瞞行為として苦笑や溜息も吐ける。

 

        

 

 大型魔獣は粗方追い払ったので学生が近寄っても大丈夫だと思うけれど、不測の事態が起きないように警戒は怠らない。――既に遠くで発生した問題は()()が始まっている頃だ。

 意識を遠くから近くへと変更し、やってきた学生を出迎える。

 

「これはシズ先生がお一人でやったのですか?」

 

 シズの周りに散乱している小型から大型までの魔獣の死体を見て驚く銀髪の少年。

 ある程度は排除しなければ数の暴力で押し潰されるので、討伐は必要最小限に留めた。だが、それでも一般人から見れば数十体以上の魔獣を一人の人間が討伐するのは異常かもしれない。

 

「少しでも生徒の避難をしやすくするためです。……それで君はお小言でも言いに来たのですか?」

「いえ、先生が無事か心配になって……」

 

 魔獣相手に全くの無表情であるシズに対し、銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』はやはり鉄仮面、と小さく呟いた。

 変な名称は当人に対して言うべきではないのは分かっているけれど、それでもやはり彼女は戦闘機械のような冷たさを感じる。

 それから上級魔法(ハイ・スペル)を使ったと予想していたが疲労の色が全く窺えないのが気になった。

 

「先生というのはよして下さい。君達と同じく学生身分ですから。……シズさんと」

「なんとなくシズ先生って言いたくなるんです。ええ、すみません。シズさんと……呼びます」

 

 思っている事を()()()()口に出してしまうエルネスティはそれでも構わず言葉を続けた。

 相手は未知の能力、または高位の魔法を扱える実力者。

 周りの様子で一目瞭然だ。

 装備している盾に視線を向ける。

 無数の触媒結晶を敷き詰めた単純な代物だが、潤沢な魔力(マナ)を持っていれば大規模な魔法の行使も決して不可能ではない。

 エルネスティは冷静に相手の実力を測っていた。しかし、すぐに意識を引き戻す。今は魔獣の群れから逃げるのか、撃退するのかが大事な問題だった。

 

「これ以上の進行は危険だと思います。……それともまだ進む気ですか?」

「粗方片付けましたし……。……ただ、向こうの様子が気になるので、ギリギリまで観察を続けたいと思っていたところです」

 

 冷静な対応は大規模な魔法を使った後とは思えない。

 正直に言えば一般人が上級魔法(ハイ・スペル)を使った後は少なからず疲労しているものだ。しかし、シズはその片鱗すら感じさせない。

 エルネスティとて数回程度であれば平然としていられる自信はある。それとは別に、シズの存在感に少したじろいでしまった。

 

        

 

 いつまでも無駄に会話している場合ではないと思い直し、辺りを警戒しつつ少しずつ現場から下がる事にした。

 シズが嫌がるかと思ったが、心配の眼差しを向けるエルネスティに呆れたのか、折れてくれた。

 

「……先行したままでは後々叱られてしまいますものね」

 

 そうして引き返しつつエルネスティは言葉をかける。

 ここまで他の誰かと一緒ではなかったのか、という事と決闘級魔獣をどうやって倒したのか、の二点だ。

 それ以上は思いつかなかったけれど――

 

「……それはつまり……どのような魔法で倒したのか、という詮索ですか?」

 

 眉根を寄せつつシズは言った。

 変に誤魔化すよりは直接的な質問の方が効果的かも、とエルネスティが思っていたら当たりだった。

 さすがの鉄仮面も僅かだが表情が崩れた。――少しだけ機嫌の悪い方に。

 

「雷撃の魔法を使っただけですよ。……想定より大規模になって驚きましたが……」

「では、上級魔法(ハイ・スペル)の『雷轟嵐(サンダリングゲイル)』ですか?」

 

 そう言うとシズは盾に顔を向け、そしてすぐにエルネスティに向け直す。

 

「……まあ、そうですね」

「なんですか、その歯に物が挟まったような言い方は。では、別の雷撃魔法なんですか?」

「……()()()雷撃魔法ですよ。少し数が多いだけの……」

 

 自慢するほど凄い魔法を使ったわけではない。

 複数の起動で規模が上級魔法(ハイ・スペル)っぽくなっただけだ。

 もう少し規模が大きければ間違いなく戦術級魔法(オーバード・スペル)と呼ばれてもおかしくない。

 

        

 

 興味がある事に対してエルネスティは遠慮が無い。それはそれでシズにとっては面倒な相手だと思わざるを得ない。

 こちらの都合にお構いなし、では後々厄介な存在として認識しなければならなくなる。

 出来れば学生に対して敵だと判断を下したくないけれど――

 僅かばかりの苦悩をよそに大勢の生徒達が居る場所まで退避した。

 ケガ人は多かったが、小型の魔獣はほぼ撃退できたという報告が入る。

 

「エル~、魔獣は粗方片付けたぜ」

 

 と、元気よく声を張り上げるのはアーキッドだった。側にアデルトルートの姿もあった。

 二人は特にケガらしい負傷は無く、エルは安心した。とはいえ、彼らは自分が鍛え上げたつわものなので小型どころか決闘級の魔獣にも引けをとらない実力があると自負している。しかし、何事にも例外はあるもの――

 無事でなによりとエルネスティは笑顔を向ける。

 

「向こうの魔獣もほぼ駆逐されていました。少しの間は安全が確保されたのではないかと」

「へー」

 

 と、アーキッドはエルネスティの側に居るシズに顔を向ける。

 学園では老齢のシズの娘として鉄仮面を継承した堅物だという噂があり、性格は冷酷で残忍。多くの生徒を鉄拳制裁した、などというものまであった。

 しかし、それが本当ならば何らかの処分や実際に被害者が居なくてはならないのだが、自分が知る限り、途中退学した者に覚えが無い。

 生徒会長であるステファニアが把握していない筈がないので、彼女が生徒の喪失を確認していないのであれば何も起きていない事になる。――さすがに揉み消しまでは想定していない。

 

「撃退と言っても一時的なものに過ぎません。皆さん、念のために避難して下さい」

「ケガ人や魔力(マナ)切れの生徒を優先的に」

 

 それぞれ他の生徒に声をかけていく。

 言い終わった後、シズは魔獣がやってきた方向に顔を向ける。

 後輩を守るのが上級生の責務ではあるのだが、設定された年齢で言えば教師と然程変わらない。それでもやはり責任ある大人として行動するべきであると判断した。

 

        

 

 魔力(マナ)に余裕のある生徒が前面に立ち、新たな脅威に対処する。

 第二陣の攻撃の手は――今のところ――無いが警戒しつつ情報を得ていく。

 遥か前方で起きた大きな音の正体も――

 ここより先には危険な魔獣の襲来を監視する砦があり、つい先ほど師団級魔獣によって破壊された。

 よって生徒は退避するべく行動せよ、と達しが来ていた。

 生徒達を襲ってきた魔獣達は師団級の脅威から逃げてきただけで、逃げる方向に()()()()人間が居たので敵だと思って攻撃した、と考えるのが自然だ。

 お互いがやむを得ずの戦闘ならば致し方ない。

 

「その師団級は先ほど消滅しました」

 

 報告に来た新たな伝令役の情報は不可解なものだった。

 聞こえていた生徒達の頭上にそれぞれ疑問符が浮かぶ。

 その師団級は全高だけで五十メートル。全長に至っては百メートルにも昇る巨体を持つ超がつく大型魔獣、という情報だった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)百機程度と同等の実力を持ついわれる魔獣が忽然と消滅するわけがない。

 どういう事なのかは情報収集中だが、消えたのは確からしい、と何度も言っていた。

 

「……ただ、その師団級が消えたのと同時期に妙な魔獣が居座っているとのこと。大きさは十メートルほど。決闘級程度と思われますが……。詳しい情報はまだ……」

 

 現場が騒然となるなか、シズは学生達の無事を確認していく。遠くの魔獣など何の興味も無いという風に――

 

        

 

 小型の魔獣の襲来が落ち着く頃、破壊されたという『バルゲリー砦』を目指して向かっていた無数の幻晶騎士(シルエットナイト)達も謎の魔獣に警戒していた。その中には学生を警護する予定だったサロドレア型も含まれている。

 先行するのは白い幻晶騎士(シルエットナイト)『アールカンバー』と赤い幻晶騎士(シルエットナイト)『グゥエール』だ。他に三機が追随している。残りは学生の下に残って警備を継続している。

 

「チラっと見たが……。あの師団級の魔獣が忽然と消えるのかね?」

 

 グゥエールを操縦するのは『ディートリヒ・クーニッツ』という血気盛んな若者であった。

 剣を主体に戦う騎操士(ナイトランナー)で、事あるごとに愚痴を言う。リーダーであるエドガーはいつも彼の言動に頭を痛めていた。それを諌める形で後方から声をかけるのは『ヘルヴィ・オーバーリ』という女性騎操士(ナイトランナー)である。

 この三人はいつも一緒に居るメンバーでもあった。

 

「学生たちが大変な目に遭っていたのに、あんたはいつもと変わらないのね」

「私は騎操士(ナイトランナー)として行動しているだけだ」

「無駄口はよせ。先輩方に笑われるぞ」

 

 伝令管によって各幻晶騎士(シルエットナイト)どころか外に居る人間にまで騎操士(ナイトランナー)の話し声が伝わってしまう。だからこそ余計な愚痴で後で叱られる事態になりやすい。

 複数の密集形態により他の魔獣に警戒しつつ目的地に向かう。

 

        

 

 破壊された砦から学生達の居た方角に向かってすぐのところ――

 薙ぎ倒された大木や何らかの能力によって焼き払われたと思しき風景が広がっていた。

 爆心地のような場所に目的の魔獣が鎮座していた。

 大きな動きは無いが先行していた数機の幻晶騎士(シルエットナイト)が監視について、数刻が過ぎている。そのすぐ後でエドガー達が合流する。

 

「な、なんだありゃあ」

「大きさは決闘級……。しかし、この辺りでは見かけないタイプだな」

「……嫌に不気味な姿をしているわね。毛が生えた黒い玉みたい」

 

 もし夜間であれば見辛くて正体を掴む事が難しいに違いない。

 それは全高十メートルほどの黒い玉。天辺には無数の触手が生えていて、今は全て垂れ下がっている状態になっていた。

 形としては球形。

 それが先ほどまで師団級が居た場所に大人しく居座っている。

 いや、目撃者の話しでは空より降ってきて師団級を打ちのめし、その後でどういうわけか師団級が姿を消すことになった。――などなど、情報が錯綜していた。

 

「あの大きさで食べた、というのは些か無理がある。何せ……」

 

 と、伝令管でヘルヴィ達に情報が伝わってくるのだが、どれも信じがたいの一言に尽きる。

 その消えた師団級は『陸皇亀(ベヘモス)』という。

 強固な外皮と口から強烈な竜巻の吐息(ブレス)を吐く。それと長い尻尾による一撃はいかに幻晶騎士(シルエットナイト)といえども食らえば一撃で粉砕されるほど。

 それがどういう理由で消えるというのだ、と各人が疑問を抱いた。

 

「すみませんが、あれが砦を破壊したのでしょうか?」

 

 エドガーはヤントゥネンから応援に駆けつけた守護騎士団に尋ねた。

 

「砦は陸皇亀(ベヘモス)によるものだ。あれは……全く情報が無い」

 

 砦から続く破壊の跡はどう見ても横幅十メートルを越えている。それと陸皇亀(ベヘモス)が歩いたと思われる足跡も巨大な穴となって見えていた。

 どのような理由で陸皇亀(ベヘモス)が進軍してきたのかは分からないが、脅威の一つは去ったと見て間違いはない。しかし、新たな脅威により警戒が解けないのももどかしい。

 攻撃すべきか、それとも様子見で自然と去ってもらうのを待つか。

 相手に動きが無い内に補給や武器の調達を指示していく。

 

        

 

 動かないから安全とは言えない。それは陸皇亀(ベヘモス)の進軍方向には学生達と大都市ヤントゥネンがあるからだ。

 黒い玉の魔獣が動き出して、都市を目指さないとも限らない。

 

「大きさ的に決闘級であるならば一斉攻撃で撃退したほうが早くはないか?」

 

 ディートリヒの意見にヘルヴィも賛成した。しかし、慎重を期すエドガーは情報収集を優先すべきとの立場であり、異見を言った。

 無謀に突っ込んで得体の知れない能力を発揮されてはたまらないので。

 守護騎士団にいい所を見せようなどとふざけた考えは持っていない。

 

「ならば私が一番手を勤めて相手の実力を確かめてやろう。それからでも遅くはあるまい。数は一。他にも居れば撤退も視野に入れればいい」

「……しかし。あれはどうみても普通の魔獣とは思えない」

 

 魔獣というのは獣の姿が基本だ。それなのに黒い玉の魔獣はエドガーの知識にある生物のどれとも違う形だ。――それに――近い生物を先ほどから探しているのだが全く思い浮かばない。それほど奇怪な姿をしていた。――せめて全身が棘だらけであれば、と。

 天辺に無数の触手。足は五本。手のようなものは見当たらず。それどころか首らしきものも見当たらないので、何処が顔なのか全く分からない。

 どのように動き、どれほど強いのか全く不明。

 

「では、ディー。回り込んで横から魔法を一発当ててみてくれ。他の者は防御陣形で待機」

「はっ!」

「了解だ」

 

 エドガーの号令で幻晶騎士(シルエットナイト)達が動き出す。

 大きな歩行音が届いて居る筈だが相手に動きは見られない。死んでいるとも思えないが、エドガーは注意深く観察する。

 ディートリヒが定位置についたのを確認してからエドガーは各幻晶騎士(シルエットナイト)に合図を送る。

 

「ヘルヴィ。逆サイドから君も法撃をしてみてくれ」

「了解。ディー! 同時に攻めるわよ」

「任せておけ」

 

 剣を主体にするとはいえグゥエールも魔法を放つ事が出来る。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用の杖を構えてそれぞれ放つ予定の魔法は戦術級魔法(オーバード・スペル)の火球だ。

 これらの魔法は幻晶騎士(シルエットナイト)に組み込まれている魔導演算機(マギウスエンジン)の働きによるもので、騎操士(ナイトランナー)の負荷を軽減した上で大規模な魔法を扱えるようにしている。

 実際に騎操士(ナイトランナー)戦術級魔法(オーバード・スペル)を直に打ち出しているわけではない。もし、そうであるならば早々に魔力(マナ)切れを起こしていてもおかしくない状態に陥り易いからだ。

 魔法に必要な魔力(マナ)魔力転換炉(エーテルリアクタ)から供給されている。これが切れると幻晶騎士(シルエットナイト)は身動きが取れなくなる。

 

        

 

 それぞれの幻晶騎士(シルエットナイト)が謎の魔獣を取り囲むように、また距離を取って配置に着いて行く。

 類似の魔獣に出会わなかったので警戒しながら、且つ逃走経路を確保する。

 

「こちらの音に反応は無し」

「……今が昼間でよかった。夜間だったら気付かないぞ、アレには」

 

 体色はほぼ黒。

 鳴き声が無ければ足音などを頼りにするしかない。視認による発見はおそらく難しくなるとそれぞれ予想する。

 実際に目の前の魔獣がどのようにやってきたのか、()()()()()()者は誰も居ない。

 最初こそ天から降ってきたと言われていたが、空に怪しい影は見当たらない。

 師団級の体内から現われた、というのも些か突拍子も無い。それならば最低でも陸皇亀(ベヘモス)の死体とまでは言わないが、肉片などが散乱していないければおかしい。

 

「……各機、位置に付いたな。では、構え!

 

 エドガーの号令が轟き、幻晶騎士(シルエットナイト)達が杖を黒き魔獣に向ける。

 それから程なくそれぞれが魔法術式(スクリプト)を構築していく。

 

「……反応無し。では、このまま……。放てぇ~!

 

 学生の幻晶騎士(シルエットナイト)を含めた総勢十五機による一斉法撃が始まる。

 狙い違わず、魔獣に打ち込まれる。

 

「よし、当たった」

「……相手に動き無し」

 

 即座に情報が伝令管を伝って各機に伝えられる。

 並みの決闘級であれば今の法撃でも充分に傷を与えられる。――本来ならば。

 法撃が止んだ後で様子を見てみれば全く微動だにしない黒い玉が鎮座していた。

 何らかの動きでも見せればどのような対処をすべきか分かるのだが――

 

「おいおい。今の攻撃は無駄だっていうのかよ」

「仮に死んでいるとしても形くらいは変わっていないと……」

 

 ならば、と杖から剣へと替えたグゥエールが一歩前に出る。

 斬撃か刺突で相手の出方を窺うことをリーダーのエドガーは許可した。どの道、不可解な魔獣には退場してもらわないと不安を取り除けたとは言えない。

 

「充分に気をつけろよ」

「ああ、言われなくても。他の奴は新たな魔獣に注意していろよ」

「了解」

 

 赤い幻晶騎士(シルエットナイト)は剣を構え、勢いをつけて突進する。

 触手の長さは目算だが、伸縮自在であることも考慮しつつ一撃を見舞う。

 近くまで来たのに全く動かない。それどころか近付くほどに不気味な姿がよく見えてしまう。

 表面はつるりとしたものではなく、何らかの凹凸がたくさんあり、それは棘の様には見えないが、他の言葉では例えようもないもの、としか言えなかった。

 五本の太い脚がまた気持ち悪さを物語っている。

 四足歩行獣が多い中、全く異質な生物はとにかく気持ち悪いの一言に尽きる。

 

 ガンっ!

 

 頭頂部附近に剣が当たったのだが、物凄い硬度であることが幻晶騎士(シルエットナイト)を通じて伝わってきた。

 続いて刺突にも挑戦する。

 全く刺さらない。

 軟らかそうな触手にも太い脚にも攻撃を仕掛けてみたが全て無駄に終わった。

 

「な、なんだこいつは……。全身のあらゆる部分が硬いのか……」

 

 ガンガンガン、と斬ったり突いたりしながら一周する。

 特徴的な部分でもあるのかと探してみるものの球体の身体のどこにも顔らしきものは見当たらない。

 

「ディートリヒ。一旦下がれ」

「あ、ああ……」

 

 グゥエールが下がった後、もう一度魔法を叩き込む。――結果は先と同様だった。

 

「……まさか『身体強化(フィジカルブースト)』!?」

 

 決闘級以上の上級魔法(ハイ・スペル)ともなれば常人の想像を超える強度となる。それを踏まえれば幻晶騎士(シルエットナイト)の攻撃を防いでもおかしくはない。――そうなのだが、魔力(マナ)があってこそ、無敵を保つ事が出来る。

 通常であれば長期戦を想定し、魔力(マナ)切れを誘発させて殲滅戦に移行する。

 それをするほどの価値があるのかはエドガーには判断つかない。それは目の前の魔獣が本当に脅威なのか分からない為だ。

 砦を壊したわけでも生徒に危害を加えたわけでもない。だからといって無視は出来ない。

 

        

 

 一向に動かない魔獣をよそにヤントゥネン守護騎士団が対陸皇亀(ベヘモス)用に運ばせていた兵器を試そうと進言してきた。それに対してライヒアラ側に拒否する理由は無かった。

 

「とにかく、このまま放置は出来ない。君たち学生は下がっていたまえ」

「了解です。お気を付けを」

「ああ」

 

 新たに応援に駆けつけた幻晶騎士(シルエットナイト)『カルダトア』四機を使って運んできたのは『対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)』と呼ばれる巨大な金属の塊を杭にした攻撃兵器。

 動きの鈍い大型魔獣が身体強化(フィジカルブースト)で防御を固めていても貫通させるほどの威力がある。

 それを持って黒い魔獣に近付く。

 

        

 

 敵が近付いているのに魔獣は全く反応しない。やはり死んでいるのか、と誰もが思うが、念のために一撃を見舞って判断しようと騎士団のリーダー機『ソルドウォート』を操縦する騎士団長『フィリップ・ハルハーゲン』は命令を下す。

 四機の幻晶騎士(シルエットナイト)がそれぞれタイミングを合わせて大型兵器を黒い魔獣に叩き込む。

 ただぶつけるだけの代物ではなく、その後で空気圧を利用して杭を打ち込む。

 

 ガゴンっ!

 

 打ち込みの後で周りに地震による揺れに似た衝撃が伝わる。それだけ対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)の威力が強く、また影響力を備えている証拠だ。

 剣や魔法ではびくともしなかった黒い玉は今度は吹き飛ばされるように転がった。――しかし、体皮を貫くには至っていない。

 

「……なんだと」

「今の攻撃にも耐えるとは……」

 

 歴戦の騎士団達も驚愕していた。

 貫けなくとも傷ぐらいは与えられると思っていたのに見えている限りでは無傷――

 師団級ではなく決闘級程度に通じないのはおかしいと口々に驚きの声が漏れる。

 更に驚くのはこれからだった。

 転がされた黒い魔獣は触手を動かし、元の体勢へと戻った。それはつまり生きている証拠だ。

 

「……動いた」

「なんなんだ、あの魔獣は……」

 

 もう一度、対大型魔獣用破城槌(ハードクラストバンカー)で突くように命令を下す。しかし、今度は今まで黙っていた魔獣が走り寄ってくる幻晶騎士(シルエットナイト)の脚を払うように触手を動かした。――ただ問題はその攻撃が騎操士(ナイトランナー)達の動体視力を持ってしても捉えられない速度で(おこな)われた事だ。

 前方に居た二機の幻晶騎士(シルエットナイト)は急に倒れこみ、行動不能に陥った。

 乗っている者の感覚からすれば、両足が粉砕された事に気づくのが遅れたほど――

 急に倒れこむ事になって慌て始める。それほど意外だった。

 

「……な、何が起きた!?」

「脚が粉砕されたようです」

 

 別方向に居た騎操士(ナイトランナー)が報告する。

 信じられないといった驚愕を持って機体を確認すれば、確かに両足部分が断ち切られたように地面に転がっていた。

 斬られた、というよりは乱暴に破壊された感じだ。それなのに機体は大して揺れなかったので信じられなかった。

 

        

 

 今まで大人しくしていた黒い魔獣が太い五本の足を使って倒れこむ二機の幻晶騎士(シルエットナイト)に近付く。――触手を少し動かしていたが攻撃はしてこなかった。

 中に居た騎操士(ナイトランナー)は這って逃走する事を早々に諦め、機体を捨てる事にした。

 機体から降りた騎操士(ナイトランナー)に対して、魔獣は特に行動を起こさなかった。

 

「クソ」

「後退せよ! 一時退却っ!」

 

 フィリップの命令によって魔獣から離れる事を決断する。

 思いのほか触手は素早く、また強い力を持っている事が分かった。それと現行の武器では傷をつけることも困難である、と――

 離れて様子を見ていたヘルヴィは魔獣の動きがとても気持ち悪く感じた。

 通常の動物とは明らかに違うし、動きも全く予測できない。――より正確には視認できないものとなると、言葉も無い。

 ただただ『なんなのあれ』だ。

 操縦者が居なくなった幻晶騎士(シルエットナイト)を触手で突付いたり、器用に持ち上げたりする魔獣。

 自分で斬り飛ばした脚を運んで並べたりする。

 破壊活動をするのかと危惧したが、直そうとでもしているかのような振る舞いには驚いた。

 少なくとも見た目を除けば何らかの知性ある生き物ともいえる。

 

「ど、どうします?」

「分からん。……だが、あんなのが都市に侵攻してきてはたまらん」

 

 かといって迎撃できる武器があるのか不明だ。

 剣も魔法も対師団級の兵器すら通用しない魔獣など聞いた事が無い。

 いとも簡単に幻晶騎士(シルエットナイト)を破壊せしめる触手の力は本物だ。迂闊に攻めて怒らせては甚大な被害が発生するかもしれない。

 

「囮を一機残して後は退却するしかあるまい。今のアレに対抗できる手段は無いかもしれない」

 

 それと森の中に帰したとしても再侵攻されればまた幻晶騎士(シルエットナイト)を失う事になるし、二度目の囮が通用しなかった場合も考えなければならない。

 現状では一時的にせよ、撤退してもらうしかないのであればやるしかない。フィリップは覚悟を決める事にした。

 

 


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