オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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生徒と魔獣編
#006 野外合宿


 

 ある日のこと。シズ・デルタは学院長に呼ばれた。

 比較的自由な行動が認められているシズだが役職は学生と教職員を半分ずつ受け持つ形だ。

 教える側については既に老齢のシズが粗方務めてしまったので基本は学生としての行動が多くなる。

 院長室に入り、事務的な挨拶を交わす。

 

「このところ整備科に居るようだが……、本格的な作業はしていないようだね。何か理由でもあるのか? 別に責める意味は無いので難しく考えないでほしい」

 

 姿勢正しく佇むシズの様子に説教目的のような気がしたので学院長『ラウリ・エチェバルリア』は柔和な表情で尋ねた。

 『鉄仮面』という愛称を持つシズはどんな時でも無表情で愛想も良いとはいえないが、真面目な生徒だと思えば素行にそれほど問題があるとは言えない。

 実際、学業だけで言えば最優の生徒だ。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を覚えました。その設計思想や整備過程を間近で学んでこなかったもので……」

 

 他の生徒より声量は少ないが、はっきりとした物言いは昔から知る()()と大差がない。いや、本人と会話しているといっても過言では無いほど印象が似ていた。

 そういう性格だといえば口出しするのも憚られるが――

 

「……うむ。抗議は無いようだし、ケガなどをしないように……」

「ありがとうございます」

 

 ラウリとしてはもう少し砕けた言い方をしてくれた方が緊張が和らぐのに、と残念な気持ちがあった。

 シズが喋ると不思議と自分も緊張してしまう。

 

「では、本題に入る。……数週間後に中等部を連れて森に『野外合宿』に行くのだが……。シズ先生……ああ、いや。シズさんも同道してみないかね? 幻晶騎士(シルエットナイト)も護衛に就く」

「……野外……。学院長のご命令とあれば……。私の方は喫緊の用事はございません」

 

 出来れば興味を持って参加してもらいたいが、命令となると躊躇いが生まれる。

 老齢のシズの娘というのは間違いがなさそうだ、とラウリは思った。

 

        

 

 生徒達を連れて魔獣がはびこる森に行くのだから万全の対策の為に日数をかける。

 目的地は大都市『ヤントゥネン』から一日かかる距離にある小型の魔獣が現われる森の中。

 参加者は中等部三学年全員という大所帯。

 シズも時代の流れに乗る上で参加する事に同意する。単に拒否する理由が無かったからだ。

 新たに用意すべき物品が無いようなので、当日まで休眠に入る事にした。――実際には義体の整備だ。

 常に万全の体制に出来るわけではない。不測の事態に対処することも任務の内である。

 本拠地と連絡を取りつつ当日を迎える。

 何台もの馬車で移動し、護衛の幻晶騎士(シルエットナイト)が追随してくる。それだけで大規模な演習のように思える。

 中等部の生徒とはいえ魔獣を討伐できるほどの実力は実際には無いに等しい。

 一部の生徒を除けば自己防衛がやっとである。それが普通ともいえる。

 各自最低限度の装備を持って森の中で集団行動を学ぶ。

 そんな中、集団行動とは無縁のシズは教師でも生徒でもない立ち位置ながらも忙しく走り回っていた。

 

「それぞれ整列して荷物確認してください」

 

 無表情を除けば教師として模範的な行動が出来る。

 生徒としても無駄口を叩かないので教師側からは割りと好印象を受ける。

 規則には厳しい、というイメージが着きそうだが、実際のところは口うるさく注意をすることはない。

 

「全員居ますか?」

「一班は全員居ます」

「二班も居ます」

 

 小型の魔獣が現われるといっても生徒達の技量を持ってすれば撃退出来ない事はない。しかし、想定以上の数で攻められればどうなるのかは分からない。

 その辺りの注意事項もしっかりと伝えていく。

 ヤントゥネンで一旦、休憩や補給を済ませ、目的地である『クロケの森』に向かう。

 事前調査が終わっているので生徒を入れても安全が確保されると確認された森だ。

 大型魔獣が現われるような危険地帯に中等部の生徒を向かわせたりはしない。

 

        

 

 フレメヴィーラの国土の大半は深い森に覆われている。その内部は未だに不明。

 調査に赴きたくても強大な魔獣が支配する地域は幻晶騎士(シルエットナイト)を用いても困難を極める。実際、ここ百年余りは調査隊を送り込めていない。

 大型魔獣の中でも更に巨大な魔獣が存在し幻晶騎士(シルエットナイト)数百機分の強さを持つ者が居る。

 旅団級。師団級に分類される魔獣の存在によって人類は『ボキューズ大森海』を開拓できないでいた。

 

「実際のところ、野外合宿では何をするのですか?」

「テントの設営。周りの調査。後は調理だ」

 

 今回は集団行動だが実際には一人でこなさなければならない。その為の実地研修である。

 いずれ生徒達が騎操士(ナイトランナー)になった時は個人で行動しなければならない時が来る。

 仲間の助けが無い時でもしっかり行動できるように。

 数日かけて目的地であるクロケの森に到着したあとは生徒達によるテントの設営で賑わいを見せる。

 上級生は何度も(おこな)ってきただけに手際がよく、下級生は時間がかかっていた。

 次の行動に移る生徒も居て、教師達はそれぞれ自分が担当する場所に散っていく。

 シズも教師ではないけれど近くの生徒達に指導する形を取っていた。

 

「それらが終われば調理の支度を整えてください」

「は~い」

 

 多くの生徒達があちこちに移動していく様を横目に見ながらシズも自分に与えられた仕事に従事していった。

 魔獣が現われる森ということで生徒同士の諍いは意外と見当たらない。それはそれで手間が省けて楽だが、安全が確保されているわけではないので警戒は解けない。

 

        

 

 テントの設営が終わり、食事に入る頃にシズは森の奥に向かう。といっても上級生達も一緒だ。

 小型の魔獣がどの程度まで近付いているかの調査である。

 

「……気配は無し。足音も無し」

「了解」

「この辺りに生息している魔獣は小型だけだっけ?」

「奥に行けば決闘級が出るって話しだよ。でも、ここまで来ているかは分からない」

 

 初日の調査では異変は感知出来ず。それはそれで結構な事だと判断し、馬車の下まで戻る。

 無理して魔獣と戦う事が目的ではないが現われれば迎撃するだけ。

 その点では上級生は手馴れたもので、下級生はただただ慌てながら行動する。

 それらを眺めながらシズは自分に与えられた寝床で一息つく。

 疲労はしないし、睡眠も本来は不要だ。だから、人間と同じような振りをするだけ。

 翌朝、生徒達と共に森の奥に進み、調査を開始したり、様々な事柄に対処する方法を教えられたりしていく。

 そんな彼らを守る幻晶騎士(シルエットナイト)も大型魔獣に備えていたが、今のところは安全が確保されていた。

 今回は整備担当が居ないので騎操士(ナイトランナー)自身が調整や整備をする事になっている。

 シズはそれらを興味深そうに眺める。

 

「け、見学ですか?」

「はい」

 

 教師の()()()立場でもあるので小言でも言われるのではないかと騎操士(ナイトランナー)達に緊張が走る。

 実際、シズは見た目は厳しそうに見えるが激怒するような短気なところは無い。

 質問すれば淡々とした言葉が返ってくるだけだ。

 

        

 

 今回動員されている幻晶騎士(シルエットナイト)は十機。その全てが旧型の『サロドレア』であった。

 長年の整備と操縦する騎操士(ナイトランナー)達の手によって個性的な外見を持つに至っていた。

 軍用は装備一式が揃っているが、学生たちが使用するものは同一個体が少ない。

 それだけ各人が外装にこだわり、改造していった結果だと言える。

 赤いサロドレア『グゥエール』は剣を主体に戦う使用で盾は装備されていない。

 白いサロドレア『アールカンバー』は防御を重視した安定型。

 その他に魔法に特化した機体もある。

 

「………」

 

 鈍重そうな機械の巨人が実際に戦闘に入る時、小型魔獣の群れに対抗するのは難しい。

 小さいものであれば学生たちに駆逐させるのかもしれないが、この機体が必要とされるような事態とはどの程度なのか、シズは脳内で想像する。

 現地の魔獣の基本的なデータは持っている。その上で現行戦力でも立ち行かない場合、自分はどのように振舞えばいいのか。それが一番の悩みどころだ。

 

(自己判断にも限度はある。けれども……、彼らを見殺しにするのは不味い)

 

 現地における重要な事は信用の積み重ねだ。

 至高の御方直々の命令でもある。それを下等生物だからといって勝手に駆逐していい事にはならない。

 この地に存在する文化をガーネット、ホワイトブリム達は大切に思っている。

 その期待を裏切る事は末端であるシズとて出来はしない。

 

        

 

 初日こそ無事に乗り越えられたが獣は基本的に夜間の活動が活発になるもの。

 シズも警戒していたが近場では何も異常は見られない。――遠くで様々な獣の咆哮は耳に捉えていた。

 大森海というだけあり、広大な森は複数の国家を内包しても余りあるほどに広く、そこに住む魔獣もまた多種多様であった。

 師団級と呼ばれる魔獣とて地図の上では点にしか映らない。

 自由時間に独自調査すべきか悩んでいると暢気な生徒達の話し声が届く。

 初遠征の生徒を除き、幻晶騎士(シルエットナイト)に守られている、という安心感が広がっているようだ。

 しかし、騎操士(ナイトランナー)達は魔獣の恐ろしさを知っている為か、緊張感を持って辺りを警戒し、自分の機体の整備を続けている。

 各騎操士(ナイトランナー)のリーダー格と黙される人物にシズは接触を図る。

 白いサロドレアの騎操士(ナイトランナー)『エドガー・C・ブランシュ』という男性だ。

 立ち居振る舞いが堂々としているが彼はまだ学生で、古参の騎操士(ナイトランナー)というわけではない。しかし、堅苦しい性格の為に外見年齢より上に見られがちだ。

 

「シズ先生。ようこそ」

 

 整備の(かたわら)、シズの姿に気がついて姿勢を正して挨拶する。それにシズは片手を上げるのみで返礼する。

 設定上の年齢では大人ほどで教職員と同等の扱いを受ける。しかし、実際には役職は曖昧で敬称は適当であった。

 

「整備かな、ブランシュ君」

「はい。いついかなる時にも呼集がかかってもいいように」

 

 幾多の整備を経たアールカンバーは無骨な鉄の塊であり、鈍重そうな雰囲気を醸し出している。

 何重にも張り替えられた外装が重ねた年齢を表しているようだ。

 十メートル以上もの巨体を人間一人の魔力(マナ)で動かす構造だが、その全てを騎操士(ナイトランナー)が賄っているわけではない。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の内部に張り巡らされている『結晶筋肉(クリスタルティシュー)』は魔力(マナ)をある程度溜める事が出来る。この結晶筋肉(クリスタルティシュー)が多ければそれだけ稼働時間を増やす事が可能だが、今の技術ではまだまだ改善の余地あり、という程度に収まっている。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の開発は国家事業であるため、掛かる費用は莫大で新型機ともなれば百年がかりの大事業となっている。

 遅々として進まない状況の中で現地の人間は整備を続けて長持ちさせているに過ぎない。

 人に似せた大型兵器は開発理念の逸脱をせずに今に至っている。

 軽く歴史を流し読みしたシズではあるが、人間としての限界なのか、それとも他の理由があって幻晶騎士(シルエットナイト)を頼る事にしたのか。少し興味が湧いていた。

 それが自分の欲であるならば従うべきなのか、というのを長く自問してきた。

 欲を抱く事を禁じられているわけではない。その点では幻晶騎士(シルエットナイト)の開発過程と似たような進捗で苦笑を覚える。

 外見は高度に進化してきた。中身はそれほど、というのは滑稽だ。

 

「……シズ先生。これに乗ってみますか?」

 

 ずっとアールカンバーを見上げたまま黙っていたのでエドガーはつい声をかけた。

 大人しくしている姿は美しい女性だと思うのだが、冷酷非情という噂を耳にしているので何を言われるか正直に言えば怖いと思っていた。

 そう思わせる冷たい印象を抱かせる。それに不穏な気配をまとっているようにも感じられる。

 

「中身は把握していますから結構ですよ。それより……魔獣の接近が近いようです。警戒を怠らないように」

「魔獣ですか!? そのような報告は受けておりませんが……」

「……あと二時間もすれば報告が来ると思いますよ。他の生徒にも武器を用意するか避難指示がいつでも出せるようにしてください」

 

 淡々と説明されていると本当なのか疑わしくなる。

 けれども冗談を言う人ではないと思うので気に止める事にしておいた。

 魔獣が接近するのであればシズはどうして平然としているのか、それが全く理解出来ない。

 よく分からない心境に陥ってきたが、念のために他の騎操士(ナイトランナー)達に声をかける事にする。

 

        

 

 エドガーと分かれたシズは人気(ひとけ)の無い所に入り、近くの情報を寄越すように仲間に連絡を入れる。

 魔獣は体内に『触媒結晶』を持っている。それを使うからこそ強靭な肉体や強力な魔法を扱ったりすると言われている。

 それに対抗するには同等以上の力が必要で、魔法文化が発達してきた歴史があった。

 いかに魔獣とて魔力(マナ)が無ければただの獣。もちろんその逆も然り。

 凶暴な魔獣をいくつか捕獲し、調査することもシズの任務には含まれていた。

 

(……慌しい一日になりそうですね)

 

 必要な情報を得た後は避難指示を出す為に行動を開始する。

 生徒達を総動員して魔獣を狩るのは非効率的だ。無駄に犠牲が出てしまうので。

 教師、というか引率者としては無謀な選択は選べない。

 学院に席を置かせてもらっている恩はちゃんと返さなければならない。

 魔獣の襲撃と一言で言ってしまったが、実際には()()()()の出来事だ。特に生徒側から見れば。

 それとシズ達が居る場所に来るまで充分な時間的余裕があった。

 気が早いかどうかは個人の感じ方だが、シズにとっては今から対処すべきだと思っている。

 当然の事ながら他の引率者は把握していないので、シズの意見をすんなりと聞くわけにはいかなかった。

 証拠があれば話しは別だが――。その証拠が未来の出来事だから証明するのが難しい。

 彼らが把握する頃には手遅れだと思う。けれども、無理を押し通せば自分に要らぬ疑いを持たれてしまう。

 

(……索敵能力が高いのも考えものですね)

 

 個人での索敵には限界がある。それを延長せしめるのは各所に監視体制として敷いているシモベ達――物品では怪しまれるので『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』による先行偵察――の存在が関わっているからだ。

 影で出来た翼の生えた邪悪な生物としか形容できないものだが、強さはそれほどでもなく、現地の生徒数人でかかれば倒せる程度――

 現地の魔法が想像通りの強さであれば――、という条件がつく。

 不測事態に備えて護衛はついているが、暗殺任務を請け負わせてはいない。あまり不穏な事件が頻発すればシズが疑われるリスクが高くなる、と(至高の御方)が判断しているので。

 

        

 

 魔獣の襲来は実際に目にしなければ生徒達も引率者も簡単には動かない。変に喚いても徒労なだけだ。

 だからといって暢気に待っている事も出来ない。

 最低限度の警備体制を指示し、待つ以外に出来る事は無い。特に()()()引率者風情であるシズには。

 誰に聞いてもここは安全です、と言われる。

 

「……分かりました。では、武器の用意をお願いできますか?」

 

 生徒の武器と言えば魔法を打ち出す杖と防御に使う盾くらいだ。

 中等部一年は野外合宿そのものが初体験である為に実戦はこれからだった。

 シズとしては生徒の安全を考慮する立場であるのだが、義務は無い。だからといって見殺しにする事も出来ない。

 彼らと共に文化を学ぶ上では現地に即した行動が求められる。

 

(不自由な探索も試練だと思えば……)

 

 全てに万全の体制で臨む事は高性能のシズ・デルタ型端末とはいえ不可能に近い。

 あえて可能たらしめる場合は強引な手法ばかりになってしまう。それは至高の御方の望むものではない。

 色々と考えつつ自分に出来る裁量を模索する。

 

        

 

 念のために多数の敵に対処するアイテムの試験運用を試みる事にする。

 それと最奥に迫りつつある()()()()に関しては天からの一撃を要請しているが、過度の破壊は望まない。

 異邦人たる自分達がどこまで現地に配慮できるのか、それもまた勉強の一環であった。

 事前に全てに対処してしまうと彼らが育たないし、新しい発見どころではなくなる。

 

 線引きの設定が難しい。

 

 事態を軽く試算しつつ持ち込んだアイテムを用意する。

 魔力(マナ)を通し易いホワイトミストーで造られた円形の盾。直径はシズの身長の半分ほど。

 特筆すべきは表面に小さな円形の触媒結晶がびっしりと張り巡らされている点だ。

 空気抵抗が存在するので速度のある使用方法には難があるが、防御には適した代物だと思う。――実戦使用は今回が初めてなので、実証試験も兼ねている。それに過度に敵陣に突っ込むような事をしなくていい。

 手元にあるアイテムを工夫する上ではまだまだ改善の余地があるが、それらは今は考えない事にする。

 それからこの盾は分解する事ができ、持ち運ぶ事を容易にしている。――組み立てに時間がかかるのが難点だが。

 

(……少しは活躍しないと立場も向上しにくいから)

 

 特に今のシズの立場は微妙である。

 正式な教師ではなく、高等部の学生と同レベルだ。

 一応、騎操士(ナイトランナー)の資格は持っている。しかし、自分の幻晶騎士(シルエットナイト)はまだ与えられていない。

 学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)には限りがあるので当分は教師モドキだ。

 

(このままでは充分に目立ってしまう……。さて、この先の行動方針のお伺いも忘れてはいけませんね)

 

 ()()()目立つのは良いが()()()目立ってはいけない。

 配分調整に関してシズは苦手としている。何分(なにぶん)、初めての試みなので。

 自分が最初となる事柄は何でも苦手だ。

 参考になるデータが無い行動に関して自動人形(オートマトン)(すこぶ)る役立たずであった。

 

        

 

 大きな丸い盾を装備したシズを目にして驚く生徒達をよそに警告の指示を飛ばす。

 訝しむ彼らの意見は鉄仮面のシズには通用しない。

 反論を無視して魔獣への対策や避難指示を次々と出していく。

 

「ここは小さな魔獣しか出ないんですよ」

「そんな浮ついた気持ちで演習をしていれば死ぬのは君だぞ。あと少しで森が騒ぎ出す。その時も同じ意見が言えたら大したものだ」

 

 取り付く島もないシズに唸る生徒。だが、他の教師達も事態が深刻であると思われていないし、そのような情報も無かった。

 

 この時は本当にそうだった。

 

 シズが姿を消して数分後に遠方から大きな音が聞こえ、監視任務についていた騎操士(ナイトランナー)が大急ぎで戻ってきた。

 決闘級魔獣までの群れが迫りつつある、という凶報を持って――

 (にわか)には信じられず、しばらく誰もが苦笑していた。

 

「小型魔獣、数十匹が群れで行動っ! 迎撃するか、避難誘導を!」

 

 魔獣が攻めて来る進路の先には野営している中等部の生徒達が――

 これから奥に向かう予定の上級生と真正面からぶつかってしまう形になる。

 事態の深刻さに気づいた者は杖を手に。それ以外は避難誘導や逃げ惑う者ばかり。

 少しずつ慌しくなってきたところで一部の生徒が声を張り上げて他の生徒達を導く。

 

「避難する人は馬車へ急げっ!」

魔獣の数は尚も増大っ! 避難を優先すべきです」

聞いたな! 幻晶騎士(シルエットナイト)を動員して盾にっ……

 

 と、指示を飛ばそうとした時、大きな地震のような振動が音と共に伝わってきた。

 何かが爆発したような、または何かが崩れ去るような――

 

「……何だ、今のは……」

「全員避難っ!」

 

 あちこちで大声が木霊する。

 そのすぐ後に小型の魔獣の群れが現れた。

 

        

 

 クロケの森に居るのは『風蜥蜴(スタッカートリザード)』と『剣牙猫(サーベルキャット)』という一般生徒と同じくらいの身の丈を持つ魔獣である。

 一般に知られている為、少数であれば対処は難しくない。

 しかし、今回は彼らの後ろから決闘級という幻晶騎士(シルエットナイト)一体分の力を持つ魔獣が現われた。しかも複数。

 全高三メートルほどあるこの魔獣は『棘頭猿(メイスヘッドオーガ)』と呼ばれている。

 額に小さな角を生やしているのが特徴だ。

 

「まだ充分に距離があるはずだ。慌てず移動しろ」

「いや、思っていた以上に移動速度が速い。迎撃準備を!

 

 あちこちから怒号が上がる。

 そんな慌てふためく彼らに混じっていくつかの生徒が魔法により避難誘導を(おこな)っていた。

 散らばる生徒を出さないように、且つ魔獣達から守るように。

 

「皆さん、馬車のほうへ行って下さい」

「さっき避難しろ、とか言っていたばかりじゃないか」

「でも、小型の魔獣は脚が早いから仕方ないわよ」

 

 中等部に上がりたての三人の生徒はそれぞれ冷静に対処していた。

 そんな彼らに追随するように杖を構える者。避難誘導する者が現れ、魔獣達から離れようと努力し始める。

 

「……そういや、鉄仮面の奴……。森の奥に行ったっきりだよな。俺達も加勢した方がいいんじゃないか?」

 

 少なくとも他の生徒よりも魔力(マナ)が多く、上級魔法(ハイ・スペル)も駆使できる。今の自分達は誰よりも強く、また様々な事に対処できる自信があった。

 

「そうですね。見慣れない装備を携えていたのも興味深いことですが……。彼女の能力が一般の教師程度では危険だと思いますし」

 

 紫がかった艶のある銀髪に少女のような可愛らしさを持つ少年『エルネスティ・エチェバルリア』は周りをざっと見渡す。

 既に多くの上級生たちが小型の魔獣を蹴散らしつつ避難を始めている。(じき)にやってくる決闘級とはさすがに分が悪いので、安全を考えれば撤退は適切な判断である。

 

「むっ!?」

 

 エルネスティは遠くの方で稲光が落ちるのに気がついた。

 もし、間違いでなければ使われたのは『雷轟嵐(サンダリングゲイル)』という上級魔法(ハイ・スペル)。しかも音から察するに、想像を超える規模のようだ。

 学園に通っていて自分達以外で上級魔法(ハイ・スペル)を扱えるのは騎操士(ナイトランナー)くらいだ。

 エルネスティ達は騎操士学園に入る前から魔法の鍛錬に勤しみ、上級魔法(ハイ・スペル)を習得するに至っている。しかも、彼らのような者は他に見当たらないほど稀有な事例であった。それに魔力(マナ)は鍛えなければ増えない代物でもあるので、単なる天才だけで上級魔法(ハイ・スペル)を使用するのは考えられない。

 騎操士(ナイトランナー)の資格を持つほどであるならば逆に納得できてしまう。しかし、それでも上級魔法(ハイ・スペル)は破格の魔法ゆえに消費される魔力(マナ)は尋常ではない。鍛えていない人間であればすぐに魔力(マナ)切れを起こして立ち往生してしまう。

 

        

 

 襲ってくる魔獣を蹴散らしつつ人命救助の名目で奥へ進もうとした彼らの下に一人の上級生が駆けつけた。

 その人物は蜂蜜色の金髪と称される長い髪の毛を今は振り乱し、エルネスティ達の安否を気遣っていた。

 無事だと分かると心底安心したように長く息を吐いた。

 

「ステファニア先輩。ご無事でしたか」

「え、ええ。小型の魔獣の対処に手間取ってしまったけれど……。貴方達はどうなの? ……無事そうにしか見えないけれど……」

 

 ライヒアラ騎操士学園の生徒会長『ステファニア・セラーティ』は学園の有名人たちの無事に安堵しつつも彼らなら心配は無い、という思いも少しはあった。

 けれどもやはり心配だった。特に異母兄弟であるエルネスティの友人『アーキッド・オルター』と『アデルトルート・オルター』の事が。

 

「日頃の鍛錬のお陰で……」

「俺達が避難誘導しますから、先輩方は逃げてください」

「僕は鉄仮面……いえ、シズ先生の様子を見てきます」

「……あの人は厳密には教師という訳ではないけれど……。ついつい先生って敬称を付けてしまうわね」

 

 ステファニアは苦笑しつつ魔獣達から後退する事を選ぶ。しかし、他の生徒の安否が心配なので安易に退避ができない。

 生徒会長として最後まで残る所存だった。

 

「キッドとアディ。この場を任せても?」

「決闘級程度ならまだ全然余裕だぜ」

 

 普通の学生は決闘級の魔獣と戦ったりはしない。

 勝てる余裕があるのはエルネスティ達ぐらいだ。

 ケガ人の搬送と平行してアーキッド達は小型の魔獣を追い払い、エルネスティは深追いしない事を約束してシズの下に向かった。

 

 


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