オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#003 至高の御方達

 

 初等部の彼らが学ぶのは一般教養と初級騎士課程の二つ。

 前者はほぼ全ての学科に共通である。

 騎士課程では最初、魔法の基礎知識と魔力の強化。剣術などを習熟する。

 それを三年かけて(おこな)うのだが、先のエチェバルリアという少年は既に課程を済ませたと言っていた。

 独学でどこまで実力を伸ばしたのか、教師としては興味を持たなければならない。

 『シズ・デルタ』としては人間の実力などゴミにも等しい。それに興味を覚えることなどあるものか、という思いがある。

 全てに優先されるのは(あるじ)と至高の存在の言葉や命令のみだ。

 

(だが、与えられた役割は十全に全うしなければ……)

 

 自分たちが仕える主の一人に名を連ねる『シズ・デルタ』は自動人形(オートマトン)達のオリジナルであり、神に匹敵する存在だ。

 彼女の存在なくして自分達は存在し得ない。彼女の名を継承している端末達はその名を受けた瞬間から従僕である事に誇りを抱く。

 

(……これも至高の御方の導きなのでしょうか)

 

 ふと空を見上げるシズ。

 晴天に恵まれた青空の遥か先には自分達の本来の拠点『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』がある。

 月の裏側に停泊しているものは現地の人間には未だに知覚されていない。――その筈だが、何ごとも例外や想定外があるものだと認識している。

 今はまだ星を見る文化が未発達だから、とも言える。

 仮に星を見る装置などが開発されたとしてもシズ――シズ達はそれを妨害する気は無い。

 人々の興味を()()()()()()程度は主も許容している。

 しかしながら、シズが組んでいる予定は全てにおいて優先されることはなく、唐突な変更を余儀なくされる場合がある。

 例えばこんな場合――

 

 定期点検を(おこた)る事は許可できません。

 

 仲間からの連絡が入り、一度自分の拠点に帰還せざるを得なくなった。

 これは度重なる延長申請による弊害で今回も無視するような事になれば強制退去の為の部隊がライヒアラ騎操士学園に送り込まれる事態になる。

 抵抗はしないと自分が思っていても()()()()は不測の事態と捉えるかもしれない。

 生徒達の活躍の場を見学できないのは面白くないのだが致し方ない。

 

「急な用事が入ったので私は今日は早退致します」

「ええっ!? ……ま、まあ、急な話しですね」

 

 シズが途中欠席するような人間に見えなかったので途中まで一緒だった教師は大層驚いた。

 彼女にも何らかの事情があるのだと思い、無理に引き止めても仕方がないと判断した。

 それにシズを引き止める権利は教師には与えられていない。

 

「では、申し訳ありませんが……。失礼します」

「はい……」

 

 一緒に見学出来ない事を心底残念がる教師を尻目にシズは学園を去った。

 その後で何が起きたのかは次の機会に聞くとしてシズは足早に移動する。

 

        

 

 この地に作った潜伏場所は単なる一戸建て。特に外見に特徴が無い普通の家だ。ただし、内部はかなり改造している。

 上層部は家具などを置いたごく普通の部屋。だが地下室は機械的な様相になっている。

 数年間潜伏する上では一軒家は相応しくない。なので幻晶騎士(シルエットナイト)の研究をしている風に装っている。

 本命は遠く離れた森の中や岩が転がる地域にある。

 

「転移装置、起動……」

 

 地下のとある場所にある扉の中に入り、静かに呟けば景色は一瞬で切り替わる。

 普通の人間がシズの部屋に乗り込んでも勝手に様々な装置を起動させることは出来ない。それは監視する者が居るからだ。

 それらを無視しての機械の起動は基本的に出来ない。

 

「……シズ・デルタ帰還いたしました」

「……定期検査のため、着替えてください」

 

 出迎えたのは歳の頃は現地の人間で言えば十代ほどの少女。しかし、容貌は本来のシズ・デルタそのもの。そして、転移した場所は秘密の隠れ家の一つだ。

 十人規模のシズ・デルタ型自動人形(オートマトン)達が老齢のシズを出迎えた。

 久方ぶりの仲間の到来に対し、何の感情も見せない。

 

「……一つ問おう。……延長申請は許可されなかったのか?」

「……上からの命令では検査を受けない限り許可できないとある」

 

 上とは月にある天体型の拠点の事だ。

 そこに居る者たちからの指示であれば従うほかは無い。

 了解した、と告げて永く愛用した偽装の身体の制御を解く。すると糸が切れた人形のように床にへたり込む。

 その後で動かなくなった擬装用の身体は無数の点検に掛けられる。異常が無ければ再使用が許可される。

 検査が続いている間、元の身体に戻ったシズはデータの抽出作業に入り、報告書まとめる。

 本来のシズ・デルタは自動人形(オートマトン)なので人間などの生物のように成長する事が無い。

 見た目には他のシズ・デルタ型と同じ姿だ。

 

「……検査の終了は現地の時間で約四十時間だ」

「……了解した」

 

 高性能な偽装体の検査は時間がかかるものだ。それを短期間で済ませろ、と催促する事はしない。

 しかし、現地の人間は様々な反応を示す。それ自体は知識として知りえているが彼らの性格を完全に把握できているかと言えば否と答える。

 曖昧な思考体系は複雑系に類するもの。それを明確に定める事はどんな高性能な機械であっても不可能に近い。

 

        

 

 数十年ぶりの本拠地での休暇を貰い、シズ・デルタは遥か遠くにある『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の中を散策していた。

 命令のない者は自由に行動する。

 曖昧な自由という広義の言葉に自動人形(オートマトン)達は今まで溜め込んできた知識を実践したり、議論したりする。

 音の少ない空間において会話が無駄である、と一時期は言われていた。しかし、主の言葉により定期的に大規模な討論会が(おこな)われたり、新技術の開発に携わったりする。

 未知の探求はとても難しく、既存の知識しか持たない自動人形(オートマトン)達は()()()()()()の発見に極めて貪欲に取り組んでいた。

 

「……やはり現地の幻晶騎士(シルエットナイト)を手に入れるしか……」

「魔獣の捕獲も視野に入れねば……」

「繁殖用の魔獣は月の環境にどの程度の耐久度があるのか?」

「……現地の資源を大々的に手に入れるのは許可されていない」

 

 あちこちから様々な声が聞こえるのだが、ほぼ全員が同じ声であった。

 一時期、違う声を入れるべきとの意見もあったのだが、主達の休眠により新たな命令は凍結中。

 次の命令が下されるのはもっと先の事になっている。

 活動している者はほぼ消耗品と同義。だが、主たちは無駄な活動を控え、負担軽減の為に百年から下手をすれば数千年もの長い期間眠ってもらうことになっている。

 だからこそ起きているうちに与えられた命令はとても(とうと)く何よりも優先される。

 

「地上からのデータがまとまった」

「……早速、検討しよう」

 

 議論を担当するシズ・デルタを横目に仕事をなくした地上担当のシズは別の区画に移動する。

 この『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』はほぼ自動人形(オートマトン)しか居ないのだが、一部の区画には地上で捕獲した動植物の献体が保管されている。

 それだけではなく、無機物に支配された施設の中には自然豊かな場所もある。その管理もシズ達の仕事だ。

 様々な星から採取した植物が互いにどう影響しあうのか、日々研究されている。

 中には生物にとって危険な反応を示せば全てが水の泡となるおそれがある。だからこそ慎重に長い時間をかけて仕事に従事する。

 眠り続ける献体には人間も居るので。

 

        

 

 擬装用の身体の検査が終わる頃、シズに新たな命令が下される。

 現在、起きている(あるじ)は十人と満たない。

 不死性のものと有限の命を持つ者。

 

「意思決定機関からの命令を下します」

「……はっ」

 

 寿命があるといっても取り替えの聞く肉体を持つ者達だ。

 彼らはある意味で不死であり、また同時に()()()()()()と言える。

 長い時を歩む上で命の価値が希薄になりがちだ。だからこそ最期を迎えるくらいならば好きに生きようと思う。そう宣言して覚醒を繰り返している。

 星の光りが届かない闇の空間ばかりが広がる宇宙の旅は人間などでは精神に異常を来たすもの。だからこそ星の近くに来ない限り目覚めさせてはいけない事になっている。

 今回は星の近くに寄せているので事前の命令どおりに覚醒させた。

 命令を下す者が居ると自動人形(オートマトン)達はとても喜ぶ。

 それがたとえ設定に過ぎないとしても、彼らは振りでも喜びを否定することは無い。

 機械にも魂や自我が宿る事があるならば今のシズ達は充分に資格がある。

 

「継続調査は許可するが過度の活動は控えるように。……お前にも生物的な欲求があるのかもしれないが……、一人で突っ走るな、という事だ」

 

 そう言ったのはシズ・デルタ型ではない。

 正真正銘の生物。

 旅を(おこな)う責任者でありシズ達の主の一人。

 見た目は人間の背丈ほどもある白い蜥蜴人(リザードマン)。性別は男性。

 種族名は『白子蜥蜴(アホロートル)』で、迷彩柄の服装を着こなしていた。

 彼はオリジナルのシズ・デルタ達を創造した『至高の四十一人』と呼ばれる者達の一人『ホワイトブリム』という。――担当は服飾関係である。

 白子蜥蜴(アホロートル)という生物は地球の知識で馴染みがある名前では『ウーパールーパー』とも呼ばれている『山椒魚(さんしょううお)』の仲間で両生類の一種であり、モンスターとしては火蜥蜴(サラマンダー)の近親種となっている。

 そんな生物が流暢に言葉を話す。

 

「……了解いたしました」

「気になる事があったのかもしれないが……。あまり国に干渉するのは……な……」

 

 シズ・デルタ型はオリジナルの端末のような存在――

 使い捨てに出来る消耗品でもある。それを心配する価値など本来ならば無い。

 折角見つけた星に降り立って友情を深めようと短絡的な行動に出ないのは自分達の姿が異形であるからだ。

 どう見繕っても人間の敵にしかならない。現に彼ら(現地の人間達)は魔獣と戦ってきた歴史がある。

 よその世界から来ました、と明るく振舞っても不審がられるだけだ。もちろん自分たちの立場でも不審に思う。

 

        

 

 ホワイトブリムは何度目かの覚醒によって新たな星の発見に期待に胸を膨らませたのは事実だが、慎重な行動を取っているのは文化の違いがあるからだ。

 こちらは圧倒的に先進的な文明を築いている。――と自負している。知識面からもそうだと思っている。

 かたや相手は地面に足をつける生活を続けている。その差はとても大きい。

 全面戦争にはならないと思うけれど、彼らの技術力の向上次第では五十年ほどで宇宙に攻めてきてもおかしくないと試算している。

 短絡的な相手なら敵対行動にすぐ移るけれど、少しずつ友好を深めるにはシズ達にやらせている事のように現地に溶け込む方法が比較的に安全策だと言える。

 

「他の者の覚醒には時間がかかる。友を連れていた方が何かと便利ではないか?」

「……確かに……」

 

 今まで一人で行動させてきた分際で今更なことを言っても仕方が無い、とホワイトブリムは自虐的に思った。

 無責任な主で申し訳ない、という気持ちはあるけれど、それを素直に口に出せないのは嫌な奴の証拠だ。

 だからこそ部下には優しくしたい気持ちがある。それが例えオリジナルの端末風情――または部品の一つだとしても。

 

「お前の努力次第で現地の生物と親密になれれば後々、友好を深めることにも役に立つか……」

 

 それは無理矢理なこじつけではある。

 自分達の本来の目的は地球への帰還だ。それはホワイトブリム達にとって一番大事な事と言える。

 とはいえ、既にどれだけの時が経過したのか分からなくなってきた。

 このままの調子では地球も寿命を迎えて星屑になってしまい発見が難しくなっている事もありえる。

 その時はその時でまた別の計画を打ち立てるだけだ。

 それだけの事が出来る方法は既に確立している。その為に()()()の宇宙船を建造したのだから。

 

「出発地点の星も既に崩壊済みかな?」

 

 時間は止まらない。

 仮に止めた状態で移動するとしても、そんなことに意味があるのか――

 互いの時間に差があるのならば無駄に終わることもありえるので。

 とはいえ、そういう悲観的なものは考えたくないが目を背けるわけにはいかない。すでに覚悟を決めて出発してしまったのだから。

 

        

 

 端末の一体であるシズ・デルタの任務は引き続き継続させることにしたホワイトブリムは休眠する事にした。

 少し悲観的になりすぎた為に精神の安定が必要だ。

 自動人形(オートマトン)と違い、生物である彼は長時間の起床は身体と精神に毒だった。

 別れの言葉もそこそこにシズの元から姿を消したホワイトブリムと入れ替わるように新たな人影が現れた。

 黒い巫女服に身を包み、腰に掛かるほどの黒髪を一つに束ねた髪型の女性。足元は草履ではなく黒いブーツ。黒い手袋を着用。

 見た目は二十歳ほどの人間に見えるが彼女もれっきとしたモンスターの一種である。

 種族は『二重の影(ドッペルゲンガー)』でオリジナルのシズ・デルタの同僚。

 

「……ナーベラル・ガンマ様」

「情報はこちらでも聞いている。長期間の任務ご苦労様」

 

 表情は乏しいが仲間にかける言葉には少し温かみが込められていた。しかし、彼女は人間に対して酷く冷淡で、ある意味ではシズよりも冷徹なところがある。

 オリジナルゆえに目の前の女性『ナーベラル・ガンマ』もシズにとって神に匹敵する存在だった。

 姿が人間なのは変身している為だ。

 本性は桃色の丸い頭部に目と口の部分が穴のように空いている平坦なもの。

 例えるならば地球のスポーツで使われる『ボーリングの球』に似ている。

 本来ならば鎧と化したメイド服なる装備を身に付けているのだが、今の彼女は巫女服となっていた。

 

「オリジナルのシズの代わりに働いてくれてありがとう。あの子は幸せものね」

「……い、いえ。そんな……」

 

 至高の存在の言葉は玉音と呼ばれるほど貴いもの。

 一言一言がシズの耳に届くたびに録音が開始され、それを聞き逃しては勿体ない、という気持ちになる。

 機械である彼女たちですら生物的な振る舞いになるほど。それほど至高の存在は()()だった。

 

「……シズ様は定期的にお目覚めになられております」

「そうなの? それはいつごろの話しかしら?」

 

 聞かれた質問を包み隠さず答えるシズ・デルタ。

 自らが(うやま)う相手に隠し事など彼女(ナーベラル)よりも上位の存在からの命令でもない限り出来はしない。

 

        

 

 シズ・デルタのオリジナルであり、正式名称『CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)』は端末型と姿形は同じだが製造年代は遥かに古い。

 機能的には端末の方が何十、下手をすれば何千世代も上である。

 自らのバージョンアップについては思うところがあるらしく、未だに現役のまま。

 変化を嫌っているといっても過言ではない。

 オリジナルの主である『ガーネット』も(かたく)なな彼女に手を焼いていた。

 このガーネットこそ数多(あまた)自動人形(オートマトン)達の創造主で、シズ達からは『博士』という敬称が付けられている。

 

「……私が定期メンテナンスに入る時に入れ替わりに……」

「……護衛も付けずに? ……全く自動人形(オートマトン)なのに自分勝手な……」

 

 オリジナルのシズは他の自動人形(オートマトン)よりも自主性に富んでいる。

 自分の好みがあり、時には我侭な姿を見せる。

 小動物が好きで部屋に何匹か飼っていた事もある。殆どは寿命で死んでしまったが。

 生物の死に少なからず悲しみを覚えている節があるようだが、それをおくびにも出さない。

 つまりそれだけ生物的な振る舞いが出来る。いや、それはもはや振る舞いではない、かもしれない。

 長い年月を経て身につけた『(たましい)』のようなものが備わっているといってもいいくらいだ。

 今のシズ・デルタ(オリジナル)は機械であると同時に一個の生命体でもあるという。

 

「同じ名前が居るなら混乱しそうなものだけど……」

「……名前を継承している、と触れ回っているので……、おそらくは大丈夫かと」

 

 自分は十五代目のシズ・デルタ。と周りに告げて平然と街に溶け込んでいる。

 見た目も端末のシズ・デルタの娘と言っても疑われないほどに似ている。というか端末達はオリジナルのコピー品なので当たり前と言えるけれど、現地の人間には()()窺い知れない概念だ。

 文明の差を利用した隠れ蓑とも言える。

 問題があるとすればオリジナルは勝手に行動している。

 端末は命令があるので報告は定期的に(おこな)う。しかし、オリジナルのシズ・デルタは端末に情報を送るだけで数週間もかかる骨董品同然の存在だ。それだけ機能差が激しく離れているので双方向の情報のやり取りに不都合が生じる結果になっていた。

 

「……護衛を付けておりますが……。魔獣の下に行かないか心配でございます」

「……そうね。あの子は命令を聞かないところがあるから……。さすがに壊れてはいないと思うけれど……、私からガーネット様に報告しておくわ」

「……よろしくお願いいたします」

 

 会話を終えた後、ナーベラルはガーネットのところへ。端末のシズは星に再度降り立つ準備を始める。

 おそらくオリジナルのシズ・デルタが活動をしている頃だと思われる。

 大人しく眠り続けてほしいと思う反面、新たな土地の探索を自由にさせてやりたいという気持ちもある。

 端末如きに出来る対処は最新のシズ・デルタを持ってしても手を焼く事態だった。

 

 


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