体調が回復し、元の学業に戻る事にしたエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカはお世話になった人たちにお礼の手紙を送り一息ついた。
エルネスティ・エチェバルリアとの会談からすでに三日は過ぎただろうか。
彼と顔を合わせるのは今少し抵抗があった。幼い容姿にもかかわらず恐ろしいまでの造詣の深さに驚愕を覚える。
しかし、いつまでも恐れていては前に進めない。
最初の一週間を彼の観察に費やしてみた。
以前は目立つ行動が多かったという彼も高等部になってからはなりを潜めているらしく、噂と呼べるものは聞かれない。たまに工房に向かうのだが、騒音と独特の匂いが歳若い王族の女性にとっては未だに苦手だった。
(彼は学園長のお孫さんでしたね。でも、それを利用した形跡は見当たりません。以前はそうだったのかもしれませんが……、大人しくしていると違和感がないほど馴染んでいますわね)
友人なのか学友なのか。様々な質問を受けることが多い。それらに適切に応える姿は優秀な生徒と遜色ない。
事実、成績は常に最上位に君臨していた。エレオノーラも負けじと努力しているが王宮育ちで世間のことをあまり学ばなかったせいか、中くらいの成績がせいぜいだった。
共に学んでいるイサドラの方が上位に居るのも少し悔しい。
「……私、政治家になれそうもありません」
「政治家になるにはたくさん勉強しなきゃね。丁度いい人材がたくさんいるじゃない。クヌートおじさまとか」
「……ですが、学ぶのはフレメヴィーラ王国の政治です。クシェペルカとは様式が違うのではなくて?」
「そんなに変わらないと思うわよ。休日に陛下に面会するんでしょ? そこで色々と尋ねてみたら?」
マルティナの話しでは学ぶ対象としては不適格だ、と言われたばかりだ。
アンブロシウスは頭より身体が先に動くそうで、政治の勉強は勧められなかった。
★
ある日、魔法の勉強をすることになり、図形の組み合わせに四苦八苦した。
元々、社交界以外の勉強はしてこなかったので他のみんなとの差がかなり開いていた。ある意味では高等部に通っているだけで何もできないお姫様だ。
友人ともいえる者を――イサドラ以外――作らず一人で頑張ってきたが限界を感じた。
他の生徒にエルネスティのことばかり聞いていたせいもある。もっと他に学ぶべきことはたくさんある。その事をうっすらと忘れていたことを反省する。
魔法の勉強をするために野外に出て、実際に行使する様子を見学することになった。
エレオノーラは今まで魔法を使ってこなかったので何も出せない。もちろん、見様見真似で挑戦してみた。
「脳内の
足元に基本式となる図形を描いた大きな紙を置き、それを脳内で再現しようと試みる。
他の学生はそれで魔法が使えるようだが、エレオノーラは要領が悪かった。
魔獣結晶がはめ込まれた杖を持たされて何度も練習する。
この日は
意気消沈する彼女を哀れに思ったのか、同級生の一人がエチェバルリア君に教えてもらえばいいと言ってきた。
観察対象なので抵抗はあったが何もできないのは恥ずかしい。やむを得ず教授を
先日、敵意をむき出しにした相手なのに、と。
「何人かと合同で特訓しましょう」
「他にも来られるのですか?」
聞けば
フレメヴィーラでは常識なのか、と疑問に思った。少なくともクシェペルカではそのような事象は聞いたことがない。
後日、広い敷地にて魔法の特訓をすることになり、エルネスティの友人と思われる者たちが集まってきた。
何人かは
「初めまして。エレオノーラ・ミランダ……ディスクゴードです」
「よろしく」
最初に挨拶してきたのはリーダー格の男性でエドガーと言った。
続いてディートリヒ、ヘルヴィ。
他は高等部の同級生が数人。
(……私たちが居ない間に物凄い美人と知り合いになってるー)
(へー。公爵の親戚か孫かな?)
アデルトルートは早速敵意をぶつける。恋のライバルと思ったようだ。
残りは容姿端麗なエレオノーラが公爵の関係者であることに納得していく。
「俺達は魔法というよりは
「……はい。今まで学ばなかったもので」
まずエドガー達は自分達用の
見ていると楽そうだが実際には動くことが難しい。特に初心者は一歩たりとも進めない。
長い練習のお陰で潤沢な
「あれを動かすのにも魔法が必要なんだ」
「エレオノーラさんはこちらです」
エルネスティは彼女の為に机といすを用意し、そこに座るように命じた。
言われるまま椅子に座った後、机の上に何枚かの紙が並べられる。それらには魔法の
「それぞれ火、風、雷です。これらを脳内にいつでも思い浮かべられるようにしてください。それとこちらを握ってください」
宝石のような形をした魔獣結晶を渡された。
実戦形式で理解を深める試みで始められた。
魔法は基本的に誰でも扱えるもので得手不得手があっても全く出来ないことはないという。
やる気を出さなければ一生出せない事もあるらしいが、それを確認したことはエルネスティには無かった。
「当然、
「はい」
エルネスティの教え方はたくさんの資料を用いた座学方式。オルター弟妹は感覚だ。
魔法とは何かから丁寧に。黒板を用いたりする。その様子はそこらの教師よりも丁寧と言えた。
単なる才能だけの天才児ではないと改めて驚いた。
★
だからといって即日に魔法が使えるようになるほど都合よくは進まなかった。聞けばエルネスティも時間をかけて覚えていったという。
学べばすぐに出来る、というわけではないらしい。
一つの成功例ができればあとは応用。最初さえ突破できればエレオノーラでも
「ですか、その前に潤沢な
思えば初等部と中等部を飛ばして高等部にいきなり編入した。騎操士としての基礎がそもそも無い。
王族として過ごしてきたエレオノーラは何にしても未知の体験が多かった。
(……
人間の体内には魔法を発現するための触媒結晶が備わっていない。だから、脳内の
しかし、ここで疑問が生じる。
肉体を強化する
「触媒結晶を介さない限り魔法は発現いたしません。エドガー先輩たちが使っている
これと同じようなものをオルター弟妹も持っている。もちろん、彼の影響を受けてドワーフ族の友人に作らせた。
「この
「……そういうものですか」
そんな世界とは無縁の生活を続けてきたエレオノーラは何もかもが目新しい。
はっきり言えば驚きの連続で感想がうまく出てこない。
想像力が足りないことは自覚した。
★
時間がある時はエルネスティに魔法を教わる日々が続く。要領の悪い生徒にもかかわらず、彼はとにかく親切に、丁寧に教えてくれた。
感覚に頼るやり方ではなく資料を持ち寄った学者肌であることが分かる。そんな相手とよく討論できたと改めて驚いた。
高等部は魔法の他にも武具を使った実戦形式の鍛錬も
元々
普段は臣民に手を振る挨拶と舞踏会でのダンスを嗜みとしていた。
多くのメイドたちに身の回りの世話をしてもらっていたため、一人暮らしの様な生活がどうにも苦手だった。
着替えるのにメイドを使うのはエレオノーラくらいで、一般の学生は例え貴族でも自分で全部こなす。
そして――ここ数日で目に見えるほどやつれたエレオノーラの顔色は最悪を通り越していた。
生気が無い。不治の病にかかっていると見られてもおかしくないほど。
学ぶことが多すぎる。フレメヴィーラを侮っていたツケかもしれないと今更な感想を抱いた。
(……私、一年も保たないかもしれません)
故郷が懐かしい。ここしばらくクシェペルカでの暮らしが走馬灯のようによみがえる。
華々しい王族としての暮らしがここより退避する事を進めてくる。しかしながら、それをマルティナは許さない。
イサドラともかくエレオノーラは生粋のクシェペルカ人であり王族だ。汗臭い暮らしが肌に合わない。
(エルネスティ様のみならず他の皆さんもこの暮らしに不満がない様子……。
野蛮な連中だと貴族の人たちは言うけれど、それでも自国を守護する騎士たちだ。
王女として出来ることは労いのみ。それでも彼らにとっては心の癒しになるはずだ。エレオノーラは帰郷した後、何をすべきかノートに書き記す。
それから更に数日後、過労のためについに部屋で嘔吐してしまった。
側仕えのシズに解放されるものの体内の全てを出し尽くす勢いによって完全に身動きが取れなくなった。
げっそりとやせ細るのに時間はかがらず、しばらくの静養を医者に通達された。
着替えに食事、出歩けない状態のままの排便、排尿の世話まで。
赤子のころから面倒を見てきた
「不慣れな土地に不慣れな学業……。お嬢様には耐え難い環境だったことでしょう」
「……そのようですわね」
「……気掛かりがたくさんおありかもしれません。ここは魔法一点に集中すべきでしょう。要領を掴めば発動まではそう難しくないと思いますよ」
「そうですか。……しかし、想像以上に具合が悪くなるものなのですね」
この世界の人間は生まれながらに
シズはエレオノーラの状態から魔法を放つ以前に
★
過労と合いまった
ここしばらく詰め込み教育をしてきた事も原因だ。王女は何もかもが初めて。倒れてもおかしくないほどに考えすぎてしまった。
「出来るまで続けさせるより、無理のない時間配分が良いかと」
「分かったわ」
「見知らぬ土地に先行き不安な事象も相まってお嬢様の心労は限界に来たのでしょう」
その後、一週間ほど休養すると体調はすっかり戻った。
負担なる事象を減らせば歳若いエレオノーラの回復は早いものだ。床に伏している間も簡単な魔法講座を受けていたが。
国を思う心の強さで乗り切った。
休養から戻った後、学友たちに心配をかけたことをまずは詫び、魔法の教師役となったエルネスティにも形式的な挨拶を済ませる。
「無事で何よりです」
「はい。これからも魔法のことをご教授してくださいませ。私、とても興味がありますの」
やる気を見せても上達には繋がらない。彼女はまだとっかかりが突破できていないので。
具合が悪くなる部分で言えば、いずれは
ただ、のめりこみ過ぎてまた倒れないか周りは心配してしまう。
「無理のない範囲で頑張ります」
「そうですか。僕もできる限り分かりやすく教えます。まずは基本式から始めましょう」
黒板を用いたり、オルター弟妹達を交えたり、様々な方法が使われた。
そうして数日が経過すると先にイサドラが簡単な魔法を扱い始める。
(で、出来た。でも、
魔法が使えたイサドラに具合が悪くなる少し手前を維持するように指示した。それを長い時間かけていくと
期間としては数年程度。一年で爆発的に増えたりはしない。
「感覚としましては……、身体に力を籠めるより脳内で設計図を描くようにしてください。唸っても何も出ませんし。……こう、頭の中で絵を描くような感じで……。もし、苦手なら実際に絵を描いてみるのもいいかもしれません」
「分かりました。この記号を描けばいいのですよね?」
「紙に書いた程度では魔法は発現しませんが……、特殊な技法を使えば後は
「よろしくお願いします」
後日、エレオノーラに絵の具を渡し、
組み合わせによって様々な効果を発揮するが今は基本のみに集中する。
エルネスティのお手本を実際にエレオノーラが筆で描く。その手の感覚を脳内で再現する練習がはじめられた。
触媒結晶を用いない限り、魔法は勝手に発現しませんから安心してくださいと断りを告げて。
はた目には魔法の授業とは思えない絵画の勉強が始まった。
人にはそれぞれ覚え方というものがある。だから、エルネスティはそれぞれのやり方を尊重した。
それから絵を描いては脳内で再現することを繰り返し、学業にも専念する日々が続いた。
★
本来はフレメヴィーラの
半月が経過する頃、
「おお、シズ先生。随分と久ぶりだな」
「ええ。休暇がもらえたので工房の様子を見ようと……。新型の調査は進んでいますか?」
「さすがは
多少大雑把なドワーフ族とは言え、技術力の高さは
もし、使っている工具が同じであれば――そう思わざるを得ない。
新造の砦に大半の
そんなところにエレオノーラがイサドラとメイドであり王族付きのシズ・デルタと共に訪れた。
ダーヴィドは見慣れたシズに対し、あまり違和感を感じなかったが明らかにおかしいことには気づいた。
自分たちが知っているシズは首元で切りそろえられた髪型だ。それは今も続いている。そして、作業着である。
対してメイドは当たり前だがメイド服を着ていて、こちらは腰まで長い長髪だった。
「し、シズさんが二人!?」
一般的な印象で言えば双方ともに慌てる。しかし、シズはどちらも大人しかった。
彼女達からすればそれぞれ仕事に準じていてお互いの邪魔をする気はないし、出会うこと自体に制限は設けられていない。
(あの方が陛下がおっしゃっていたこの国に居るシズ……。確かに学生の方とは違い、こちらはよく似ていらっしゃる。……技術者なのですね、この方)
側にいるメイドのシズに尋ねてみたところ出会いに障害は無いと言った。
挨拶してもよいとのことなので話しかけてみた。すると普通に挨拶を返してきた。
「フレメヴィーラ王国にて
「こちらこそ。……しかし、見れば見るほど似ているというか……。どういう者達なのですか、シズ・デルタというのは」
「簡単に申しますとセッテルンド大陸に存在する国々の文化を学ぶために派遣された者、というご理解でよろしいです。各地の文化と歴史を学んでおります。既にお気づきかと思いますが……。私や他のシズは同名で活動しております。数が多いので別名を使うことを諦めたのです」
「……ま、まあ。しかし、それで混乱はされないのですか?」
「各地に居るシズは少数ですので……。こうして他の国に行く予定を組まなければ問題はないのです」
各地に居るシズが一人ずつであれば確かに理屈は通る。
もし、国ではなく都市ごとであれば名前を変えなければ混乱が増す。国単位だからこそ同名でも支障がない。そういう理解をエレオノーラはした。
だが、それでもやはり同じ存在が近くにいると不思議な気分になる。
しかもこれは秘匿されたものではないらしい。それがまた驚くべき事であった。
★
話しが続くかと思ったが技術者のシズはすぐに仕事に戻ってしまった。
まだ何か聞こうと思い手を伸ばすもの何を聞けばいいのかエレオノーラには浮かばなかった。二度と会えないわけではないし、側にメイドのシズが居る。
そのメイドからはこの国で活動している彼女の邪魔をするのは良くありませんよ、と優しく言われてしまった。確かにその通りだったので素直に引き下がる。
「ちなみにジャロウデク王国にもシズ・デルタが居るのですか?」
「はい。向こうはこの国のシズ・デルタと同様に
「はっ? しょ、処分とは?」
「我らの仲間のうち二人ほど粛清されてしまいました。……残念ながら結果だけしか伝わっておりませんので詳細は私にも分かりかねます」
粛清と聞いて血の気が引くエレオノーラ。
体調が戻ったばかりなのにまた倒れそうな気配を感じた。
(
彼女達は疑われることを分かった上で仕事についている。その
学生のシズは多くの彼女達は滞在国に不利益を与えない、と言っていなかったか。
それぞれその国の為に働きつつ文化を学ぶ。目的は不明だが留学生と何が違うのか。
今の自分も様々なものを学ぼうとしている。
「……シズは仲間の
「特別な場合を除けば任務が優先されます。我々は私情を挟むことを制限されておりますので。禁止はされておりませんが……、特段の行動を示せばエレオノーラ様方がより一層不安に思われ信用を失いますので」
「……その口ぶりでは特段の行動を示す気があることになってしまいませんか?」
エレオノーラ達に分からないところでなら特段の行動とやらを取るともいえる。
相手に信用をしてもらうには何もしないことが一番だ。だが、それでは自分を殺すことになってしまう。
シズとはこれからも変わらぬ付き合いがしたい。しかし、彼女にも何かしらの目的や仕事がある。それを尊重しなければならない。
「私はシズとはこれからも良いお付き合いがしたいですわ。……だからといって貴女の自由を奪いたいわけではありません。学びたいことがあれば出来る限り協力したい。……方法は浮かびませんが……、私に出来ることがあるとすればなんでしょう?」
「普段通りで構いません。王族貴族の暮らしに変化をつけたいわけではなく、ありのままの暮らしを学びたいのです。エレオノーラ様だけ見ていたいわけではありませんので、いずれは他の貴族王族の方の厄介になれれば、と……」
「そ、そうですよね。学ぶ対象は多い方が良いですよね」
「常に特定の誰かに付き従う、というのは怪しいかと存じます。なので一年ほどの期間を設けていただければ……」
一年とは年中行事のことだとエレオノーラは理解する。
一人の一生を追い続けるという意味ではないので
王族の他に諸侯貴族には階級があり、年間行事も人それぞれに違う。学ぶ対象としては多い方がシズの願いに適うものだ。
しかし、一年――下手したら次々と人を変えていったまま戻ってこなくなる。それはそれで寂しくもある。
メイドは一生自分の側に付き従ってくれるものだと思っていたので。
★
複数のシズの存在に驚きつつ、特段の事件が発生することもなく時が過ぎ、
そこは学生のため、というよりエルネスティの発想を形にするために作られた砦――名を『オルヴェシウス』という。
地理的には王都カンカネンを少し北上した山間部に作られている。街道も整備され、馬車での通いも容易となっていた。
人馬型をはじめ他の機体も既に運び込まれ、整備が始められた。
ライヒアラ騎操士学園の工房は引き続き学生の為に残されることになる。
「……広くて大きい施設ですねー」
中の様子に大満足の銀髪の少年。
学園の工房の数倍もの広さに思わず、予算をどれだけ費やしたのか気になってしまったけれど。
気前の良い王様の機嫌を損ねては勿体ないと判断し、脳内から追い出す。
(いえ、今は前王陛下と呼ぶべきでしょうか)
大がかりな砦建設の責任を取ったわけではないと思うがアンブロシウスは唐突に王位を退いた。年齢的なものらしいがエルネスティ達には伺い知れない。
後を継いだのが王位継承権第一位の『リオタムス・ハールス・フレメヴィーラ』だ。
豪快な前国王とは違い、穏健派ともいうべき大人しい人物であった。
王位を退いたアンブロシウスは即座に隠居することなく精力的に活動を再開。それが新国王リオタムスにとって頭の痛い問題となっている。
「……それで……前王陛下は早速ここにいらっしゃって何をお望みなのでしょう?」
「決まっておる。わしが乗る
退位して間もないというのに意気揚々と砦に乗り込んできたアンブロシウス。しかし、彼だけではなく孫のエムリムも伴っていた。
二人が並ぶと通路がいやに狭く感じるほど横幅が広い。肥満ではなく鍛え上げた筋肉によるものだ。
アンブロシウスもそれなりにがっしりとした身体つきなので、エルネスティは少し羨ましそうにした。
成長しているとはいえ未だに幼い体形が気にかかる。元々身体の成長速度が遅く、彼が乗る
「それは構わないのですけれど……。今は人材も資材も揃っておりません。制作するのはもう少し後になりそうです。……それで、どんな機体をご所望でしょう?」
「わしに相応しきものであれば良い。それとエムリスも欲しいと言ってな。資材に関しては他の騎士団からの払い下げを用意させる。それを用いてこしらえてくれると助かる」
アンブロシウスはそれで構わないとしても孫の方はただただ強い
外装にこだわりが無ければ殆どエルネスティの想像に任せられてしまう。それでもいいのか、一応の確認を取っておく。後でやっぱり嫌だと文句を言わせないために。
「制作するにあたって……少々僕個人の要望を聞いてもらっても構いませんか?」
先日のエレオノーラとの会談で色々と思うところのあったエルネスティはダメもとで聞いてみようと思った。
今までの功績に対する報酬について。
最重要部品を諦める代わりとして是非とも貰わなければならないものが砦の他にもあった。
この世界の常識である。
元日本人としての常識が未だに残る彼にとっては寝耳に水な事象ともいえる。
物心がついて一〇年ほど経つがこの世界の風俗について馴染んでいるとはとても言い難い。
「申してみよ。退位しているとはいえわしの権限はまた色々と通ると思うがな」
エルネスティは目上の存在に対する儀礼として片膝をつく。
ある程度の礼式は学んでいるが、それでも無礼な振る舞いを見せては己の野望に支障があるので、時間を見つけては勉強している。
「まことに恐れ多いのですが……。僕に騎士団か、それに準じる権利……。権力をいただけないでしょうか?」
「今更だのう」
(本来ならもっと早くにそれを望めば良かったものを。だが、今になってその重要性に気付くのは少し残念な点でもある)
エルネスティは国の常識に捉われない無垢なままが――いや、しかしとすぐに否定する。
彼とて学んでいるのだ、と。
報酬に関しては確かに今更だ。オルヴェシウス砦の建設だけでも一大事業であった。更に今まで拒否してきた騎士団を寄こせ、というのは虫が良すぎる。――というのが一般的な貴族の反応だ。
エルネスティは
諸侯貴族が文句を言うのは単に生意気な小僧だと侮っていたからに他ならない。それとて別段、それぞれの領地を危機に陥れたわけでもない。ただのやっかみである。
「騎士団に関して早急に用意することはいくらわしでも無理だな。……そうでもないか。………」
シズ・デルタ用に秘かに人員の選定は済んでいる。それを利用するのが手っ取り早い。
問題があるとすれば王族を説き伏せる事だ。既に退位しているので現国王が承認するかが――
多少、我儘を通してもらうだけで許してもらおう。リオタムスにとっても悪い話しではあるまい、と。
「条件を付けよう。まずわしらの機体を作る。……期間については無理のない範囲でよい」
「承知いたしました」
「朱兎騎士団の機体を最新のものに変更し、それをもって現国王への手土産とする。アルヴァンズを先に、と言いたいところだが……。最後の条件としてシズ・デルタを説得いたせ」
「シズさんを? どう説得すれば良いのですか?」
「あやつを団長に据えたかったのだが……、応じる気配がまるでない。現行のままでお主を騎士団の団長として任じることは難しい。精々技術顧問だ。それでも騎士団を持つことに変わりがないのだが……」
箔付けならば団長という肩書でなくとも構わない。徽章のように胸に
アンブロシウスの条件は最後を除けば無理のないものだ。それらは資材と人員が揃い次第すぐに取り掛かることを告げた。
問題は最後だ。
文化を学ぶ彼女が騎士団の団長に収まるとはエルネスティでも思わない。だから、困難な条件だと思った。尚且つ最新鋭機全てを打倒したシズ・デルタを差し置いて団長になれるとも――
(賊に対してシズさんが矢面になってくれるのならば騎士団になってくれても問題ないのでは? 僕の為に、とか言うのは暴論だと思いますけど……)
切り崩す点があるとすれば賊がらみだ。今は休暇の為にライヒアラ騎操士学園に居る事も分かっている。取り掛かるならば早い方がいい。
個人的に騎士団に入ること自体は問題ない。役職についても。
仮に自分が団長になる事についてはどうだろうか、と自問する。自由気ままに勝手をする騎士団になりそうで様々な人たちから怒られるのは想像に難くない。特にエレオノーラは確実に激怒しそう。
最近、彼女の顔を見るのが怖くなってきた。明らかに敵愾心を含んだ顔を向けてくる。
前王陛下とは対照的な存在だ。だからこそ自分の不備が良く理解できる。
(そういえば……。重要部品を望まないのだな。こ奴の周りで何かあったか)
もし、彼女を騎士団に据えられれば自動的にその権利も含めてよい気がした。
幼い容姿にもかかわらず高い技術力を持つ者にもっと良い仕事をしてもらわなければ勿体ない。
全ての部品を手に入れたエルネスティが作る新たな