エルネスティ・エチェバルリアが高校生活を始めるのと並行して西方諸国に出向しているシズ・デルタの一人が高貴な者の付き添いとしてフレメヴィーラ王国へと向かっていた。
各国に派遣されている彼女達は
先日、クシェペルカ王国に留学していた国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラの孫にあたる『エムリス』が帰郷し、その後を追う形で移動する集団があった。
彼らの目的は外交である。
何機かのクシェペルカ製
途中、魔獣や何らかの目的を持つ盗賊などに襲われるものの旅自体は順調だった。もちろん、不測の事態を避けるために
「私、かの国に行くのは初めてなのですけれど……。魔獣の多いところなのですよね?」
白磁の如き透明感のある素肌に腰にかかるほど長い金髪。慈愛に満ちた碧眼。それは紛うことなき一国の姫君――
その容貌も端正にして美麗。しかし、まだ幼さの残る少女でもあった。
未知のものに興味を抱く好奇心を臆面もなく発揮しているのはクシェペルカ王国の姫『エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ』であった。
「奥地には魔獣がたくさんいる。だが、街中まで来させはしないさ」
男勝りの喋り方でエレオノーラの相手をするのはクシェペルカ王国に嫁いだアンブロシウスの娘『マルティナ・オルト・クシェペルカ』だ。
赤毛であり、父に似て快活な女性だ。何事か起こっても慌てることなくどっしりと構えているような雰囲気を醸し出している。
馬車にはもう一人――マルティナの娘イサドラが居た。年の頃はエレオノーラと同じく今年で十六となる。二人は親戚同士で仲が良く、いつも一緒に行動する。
「窓から景色を見るのは結構ですが……。揺れておりますので、ほどほどに」
メイドのシズに言われ、エレオノーラは視点を空から道に移す。
長期間の馬車移動はいくら王家仕様といえども尻が痛くなる。それと場合によれば車酔いに陥る。旅に慣れている者でも必ず休憩するので油断は禁物である。
なにより馬車の周りを巨大な人型兵器である
★
いくつかの賊が現れたが旅自体は順調であった。特にフレメヴィーラ王国の領内に入った途端に雰囲気ががらりと――比喩ではなく――変わったような安心感ともいえるものに包まれた。
オービニエ山脈によって東西に分かたれたクシェペルカとフレメヴィーラ。
西は人間の国。東は魔獣が蔓延る国。どちらが平和かと聞かれれば西側と答える者が大多数に上る。しかし、それは本当にそうだろうか――
無数の国々がれぞれの思惑を持ち、様々な兵器開発に
関門を潜る前に見たクシェペルカの
久しく故郷に戻っていなかったマルティナが感嘆の吐息を漏らしたほど。
自分の記憶にあるのは制式量産機『カルダトア』と隊長機として使われる『ハイマウォート』である。なのに護衛の引継ぎで共にすることになった
(……まさか新型機!? いつの間に……)
マルティナの懸念通り、それは
エルネスティが言う所のコストパフォーマンスに重きを置いている。ちなみに、その彼の意見を取り入れて改善を施した機体でもある。
費用対効果を念頭に置いた新型機の第一号ともいえる。
安いからと言って性能を犠牲にした、という事は全くない。
(……父上……まさか私が居ない間に新型を作らせたのか? それもこれほど高性能なものを……)
車酔いの事を忘れて窓に張り付いて見入ってしまった。そんな母の異変にイサドラは驚きつつもエレオノーラと共に新型と思しき
三人が窓に目を向けている間、シズは彼女達が体調を崩してもいいように用意だけ整え、大人しく佇んでいた。
一週間近くかけてフレメヴィーラ王国の王都カンカネンにたどり着き、まずは旅の疲れを癒す。今日の内に城に行くのは体力的にもきついと判断。これは体力に自信があるマルティナですら休憩を選ぶ。
「お嬢様方。街の見物は明日にして湯あみの支度を……」
「私は着る物を見てくるわ。エレオノーラが先に入っていらっしゃい」
「そうですね。まずは湯に浸かり、疲れを取ります。シズも入るのでしょう?」
王女を一人で宿の湯に入れることは出来ない。自国では無いし、お付きがメイド一人だけ。それはとても心細いものだがマルティナが護衛を兼ねて見張ると進言してくれた。
宿の外には別の護衛が控えている。それと王城に通達も済ませている。
★
翌日、軽い朝食をとった後、宿を引き払い国王の居るシュレベール城に向かう。
何度も馬車移動するのも大変ではあるが外交は他の国の者も一大行事並みに労力と人材を消費する者である。今回は大々的な式典は無く、厳かに済まされる予定だ。
留学していたエムリスが帰還した時も国を挙げて賑わったことは無い。
(……やはり見慣れない
一見すると軍備を増強したように見える。実際、そう見られてもおかしくない。
不穏な気配を感じつつ城に向かい、マルティナは到着して間もなくエレオノーラ達を置いて早足で国王の居る執務室に向かった。
その足取りは長旅の疲れを微塵も感じさせない力強いものであった。
取り残される形の娘達はのんびりと後を追う。元より駆けられる服装ではないので。
「あんなに慌てて……」
「街を見ましたが、不穏というほどの危機感は感じません。何があったのでしょうか」
ふと、二人は背後に控えるシズに顔を向ける。
尋ねてみても『分かりかねます』と言うのみ。それはそうだと二人は納得する。
城勤めの従者に案内されてエレオノーラ達も遅れて執務室に到着する頃にはマルティナの叱責するような大きな声が聞こえてきた。
父譲りの豪快な人なので声が大きい。エレオノーラとイサドラは苦笑しつつ扉をノックし、中に入る。
御年六〇を越えようとする筈のアンブロシウスは未だに壮健で、武器を持たせれば魔獣狩りに出かけそうな程顔色が良かった。
「おお、よく来たな。まずは……適当なところに座りなさい」
「父上……」
「マルティナよ。お主も興奮するでない。軍備の増強というのは別に悪い事ではなかろうて。つい先日に技術者が新型を作った。それだけのことよ」
計画して作ったわけではない、と娘に言うものの信じてもらえない。
それだけ
それというのも隣国ジャロウデク王国が
「国境を通ったならば見たであろうが、折角の新型を遊ばせないための措置よ。国内はまだ総入れ替えする程の数は無い。
「それにしてはあまりにも性能が違いませんか?」
「ほう、分かるか? あれなるは学生が案を出し、
まるで我がことのように喜ぶ国王。しかし、娘のマルティナは悪い意味に受け取った。
どう考えても国にとって良くない。それほど新型の
「陛下。新型は学生が考えたものなのですか?」
「そうよ。歳はお主らと変わらぬ。それよりよく来たなエレオノーラ、イサドラ。長旅で疲れておるだろう?」
「……いいえ、それほどでもありません。それよりメイドを入れてもよいでしょうか?」
「ああ、構わん」
軽くお辞儀したエレオノーラは側に控える従者に命令する。王女として自分で行動を起こすのは失礼に当たると教わったので。
従者は扉の外で待機するクシェペルカのメイドに入出許可を出した。
入ってきたメイドの顔を見て国王は驚いた。
歳のころは三〇代ほどの女性。あらゆる特徴がシズ・デルタに似ていた。いや、同一と言っても良いくらいに。
印象そのものが同じなので変装しているのでは、と思ったくらいだ。しかし、彼女がクシェペルカに居る情報だけは知っていた。そして、フレメヴィーラに居るシズとは別人だが同一の一族である事も。
それでも実際に目にすると驚かされる。
★
入室してきたシズは目上の存在である国王とは顔を合わせずにエレオノーラの背後に控える。これは一般市民が国王と対等ではない証拠。そして、許可も得ずにご尊顔を拝する事は不敬であると教えられているからだ。
気軽に執務室に居る国王に『こんにちは』といきなり挨拶する一般人は基本的に存在しない。
(……話しには聞いていたが実際に目にすると驚かされるな)
何か尋ねた方がいいのか、と思うもののあまり意味が無いとフレメヴィーラ側のシズから聞いていた。
文化を学ぶシズ一族は担当する国以外の情報を基本的に共有しない。国の要人に疑われれば活動しにくくなるからである。そしてそれは確かに真理を突いていた。
クシャペルカのシズはメイドの仕事をしている。それも長い期間、エレオノーラ達の身の回りの世話をしている。それ自体はマルティナ達の手紙で聞いていた。
今年から急に疑わしい行動を取り始めた、とか物騒な事は無く――
「どうかされましたか?」
真剣な表情になったアンブロシウスにエレオノーラが心配そうな顔で尋ねた。
視線の先に居るシズは己に与えられた仕事を全うしている。そこに疑いを抱けば誰もかれも疑わしくなる。
国王とて頭では分かっていた。
「……なんでもない。そのメイドが知り合いに似ててのう」
「そうでしたか。幼少の頃から身の回りの世話をして頂いております。父上もその仕事ぶりに信頼を寄せるほどですわ。今では多くのメイドを従える重鎮となっておりますの」
自慢のメイドだ、と嬉しそうに語るエレオノーラ。興奮状態にあったマルティナも思わず表情がほころぶほど。
ただ、イサドラは常に沈着冷静で笑わない所が不満だと述べた。確かにアンブロシウスの想像通りのシズであれば面白みに欠けるところは否定できない。だが、仕事は優秀である、その筈だ。
(……自発的に喋らんところから、わしが命令した方がいいのか? いや、無理に聞き出すのは無粋か。……確かこのシズは一人だけだったな)
災害時に現れた多くのシズを除けば各国には一人ずつしか居ない事になっている。これは無理矢理言わせたところがあるのでこの国のシズは実に不満そうだった。
一つ二つ疑われるのは想定内だが、そのうちに加速度的に疑われて何もできなくなる。それが
判断基準を設定するのがお互いに難しいところがもどかしい。
「我が孫共々長きに渡り世話をしてくれているそうで……。礼を言うぞ。これからも励むが良い」
そう言うとメイドのシズは目を伏せたまま軽く
その後、お前は
マルティナ達も首を傾げて何を言っているのですか、と怒り出した。
「あいや、すまん。こちらのシズは
「そうでしたか。いえ、父上。その口ぶりだとシズは何人も姉妹が居ることになりますよ」
「実際に居るのだ。アウクスティ王やフェルナンド大公は何も聞いていないのか?」
アウクスティは現クシェペルカ王国の国王でフェルナンドはマルティナの夫であり国王の弟君である。今は大公として王の補佐を務めている。
マルティナの記憶ではシズは王族付きのメイドではあるが、それ以上の詳細は聞かされていない。特段の仕事を頼んでいる節も見当たらない。裏の仕事が無いとは言わないが――
夫婦仲は良いし、フェルナンドがシズを極秘に徴用している事は――機密に相当するような
周りを軽く見回した後、マルティナはシズに発言を許した。
「……陛下のおっしゃる通りでございます」
何のためらいもなく玲瓏たる声でメイドのシズは言った。
しかし、それだけだ。長い説明があるものと身構えたマルティナは話しが終わった事に拍子抜けした。
「そ、それだけか? 他に何か言い様があるだろう」
「そう言われましても……。具体的には何とお答えすればよいのやら」
上司に満足な答えを出すのが難しいと軽く首を傾げながら困惑するシズ。その仕草は実に自然なものであった。
姿や姿勢だけ見れば普段通りのシズである。何もおかしな点は認められない。
そもそもシズは物静かなメイドだ。無駄口を叩かず、仕事は丁寧。配下のメイド見習の信頼も厚い。なにより、仕事熱心さでは憧れを抱かれる程の人気者だ。
(かの国では『シズ一族』の事は伏せられているのか。別に公開したところで……。いや、公開しないからこそ不自然さが無いのか)
フレメヴィーラ側は少々強引に聞き出したので色々と立場がぎこちなくなってしまった。
それ以外ではこちらのシズも仕事熱心であるといえる。本来、仕事の鬼はそうであるべきだ。
「聞き方を変えよう。そなた、メイドの仕事に何の楽しみを抱いておる? 与えられた命令を順守するだけで満足なのか?」
国王自らの発言に戸惑うシズ。通常であれば質問されれば答えなければならない。だが、相手は国王である。例え国王の命とはいえ安易に発言する事は不敬だ。――ここに貴族諸侯が居れば咎めているところ。だが、それらの人材は無く、今は身内だけだ。
シズはクシャペルカ側で一番の目上であるマルティナに顔を向ける。
彼女が発現の許可を与えると軽く頭を下げる。
「……はい。陛下のおっしゃる通りでございます。私は与えられた仕事を十全にこなすことを喜びと致します」
「……嬉しそうには見えないが……」
「父上。そう揚げ足取りの様なことを……。それではシズが困るでしょう」
「……いいえ、マルティナ様。喜怒哀楽の感情表現が乏しいのは事実でありますれば……。申し訳ない次第でございます」
クシェペルカに居る時のシズは確かに笑ったり泣いたり、怒ったりする顔はほとんど見たことが無い。仕事中だから、ということもある。それにエレオノーラ達も疑念を抱いたことは無かった。
近衛の者達も普段から厳めしい顔をしていたので。大人はそういうものだと認識していた。
★
他国の事ゆえシズ一族について暴露するのはかえって彼女の立場が危うくなるのでは、と思いアンブロシウスは質問を切った。しかし、既に行ってしまった事は覆せない。そうなると帰国した後の処遇は場合によれば悪化するかもしれない。
今まで何の問題も起きなかったのに自分の発言のせいで――そう思うと申し訳ない気がしてきた。
「陛下。この国に居るシズはやはり王族付きのメイドなのですか?」
「いや、何世代か様々な職種についておる。一人は学生。一人は
イサドラは驚き、マルティナはメイドのシズに疑わしそうな顔を向けた。
ここに来る前に見た
それらに対してシズは特に反応は見せず、大人しく佇んでいる。その精神的な豪胆さとも言うべき不動の心に感心した。
「話しを変えるが……。マルティナよ。そう疑わしく思うてやるな。この者達も色々と事情があるのだ。わしは
「しかし、事が間者であれば……」
「今は良いのだ。のう、シズ・デルタ。お主はクシェペルカで人々の暮らしを学んでおるのだろう?」
「はい。長く王城にて仕事を与えられ、人々の文化を……。ここでは貴族や王族の文化を学ばせていただいております」
想像通りの答えにアンブロシウスは納得して頷いた。それに対し、不信が募ったマルティナは逆にどんな秘密を掴まれているのか、と。
唸るマルティナを宥め、間者の問題を棚上げにさせた。その代わり、クシェペルカで天変地異のような事が起きたか尋ねた。
事が隕石であれば世界中が大混乱になった筈だ。フレメヴィーラだけの問題だ、と言われたらそれはそれで驚きだ。
「……確かに街中……、小さな村も含めて大混乱に陥りました。それらは謎の集団が現れて各地の民を避難させ、死傷者は想定よりも少なく済んだ、と報告を受けております」
「ええ。お空に白い線が今も薄っすらと残っておりますが……。あれはいったい何だったのかしら」
「今でも揺れが起きると眠れなくなります」
クシャペルカも家屋の倒壊は相次いだが人命の損失は軽微に治まった。それは城勤めの者はあまり知らないが街に小柄な集団が現れ、人知を超える力にて人々を救っていった、という。それらが何者かはマルティナ達には分からなかった。
そもそもその者は尋ねても何も答えなかった。
フレメヴィーラは
★
天変地異というのは隕石が月に激突した事により発生した振動である。そう簡潔にアンブロシウスは言った。
救助に赴いた集団については言わなかった。言ったところでメイドのシズは何も反応を示さないとしても。彼らの秘密はそんな程度のものではないと予想している。
「おそらくジャロウデクも同様であるし、
既に事が済んでいる事を話題にしても仕方が無いと判断し、国元での暮らしなどを尋ねようとした。しかし、マルティナは軍備についてまだ聞きたそうにしていた。
フレメヴィーラは何をしているのか、と。
「当面は魔獣対策だ。西側に進出気は無いし、わしも歳だ。国王を退いてリオタムスに王位を譲ろうと思う」
「そうでしたか」
「
軍備以前に自分が乗りたいだけだとマルティアは理解し、深くため息をつく。
豪快で大らかな人物であるし、覇権主義という印象は無かったが心配はしていた。
一国の主は個人の感情で動くことは基本的に許されない。貴族達の意志によれば他国への進軍もやむなし。――すぐ側の国がクシェペルカであることは幸運なのか。
フレメヴィーラの暴走を止めるとすればクシェペルカにしか出来ない。
(外交という話しよりも先にしなければならないことがあるような)
保護者であり、国王の名代ともいえるマルティナは早速頭が痛くなってきた。
つい先日まで平和だったフレメヴィーラの変貌に。しかし、ここで引き下がることは出来ない。
一旦、与えられた自室に戻り今後の展望を模索する。
難しい事を延々と考えるのは苦手なマルティナは父譲りの強引さを発揮する事にした。
連れてきたエレオノーラとイサドラの留学である。当然、当人たちは用が済んだら帰国する者と思っていた。その驚きようをマルティナはあっさりと無視する。
「三年も滞在しろとは言わない。一年か半年ほどかけてこの国の内情を学ぶ。本国にはすでに手紙を送っておいた。どういう返答だろうと、それまでは学生として過ごしてもらうよ」
「……おば様。そんなことをして良いのですか?」
よくは無いが世界の為だ、とにべもない。
余程、国境で見た
その後はトントン拍子に事が進み、滞在期間中の生活費は全て王国が負担する事になった。
アンブロシウスは学びに対し寛容で、快く資金提供を承諾した。その決定力というか決断力はマルティナ並み、またはそれ以上だった。
身分についてはクヌート公爵の遠縁という事にし、家名をディスクゴードとする。
「……普段はエレオノーラとしか呼ばんだろうが、それで凌いでくれ」
「……はい」
身の回りはシズが継続して行う事が決まり、少し安心した。それと同級生としてイサドラも巻き込まれる形で付き合うことになった。
事態が思わぬ方向に行ってしまった事に歳若い娘たちは困惑するばかり。それでも国の大事の為の仕事だと思えば頑張れそうな気がした。
★
多くの助力によってフレメヴィーラ国民へと偽装身分を得たエレオノーラとイサドラは国王が勧める『ライヒアラ騎操士学園』に転入生として入る事になった。
成績が悪くて退学してもいいから、とマルティナには言われているが折角入るのだから出来るだけ頑張りますと宣言。
一般学生と同じ制服を着たエレオノーラとイサドラは不安を胸に秘めつつ学園に向かった。
事前に情報を得ているとはいえ、全員が見知らぬ人間だ。それにやたらと注目を浴びているように思えた。
(エレオノーラは美人だからなー。私の方は殆ど見てくれないし、ちょっと腹が立つわね)
いつもの王女としての装いではなく、髪の毛をシズにまとめてもらった学生風の外見。それでも普段から出し並みに気を使っていた為に美しさが漏れ出ているようだった。
化粧品に関してはイサドラと大差はないのだが。
「皆様、ごきげんよう」
共に同じ方向に向かう学生達に手を振りながら挨拶すると顔を赤くして早足で走り去る者や俯く者が続出した。
何か間違ったのかしら、と訝しむもイサドラは気にしなくていいわ、と言ったので
高貴な存在が転入する事は一部の教師陣――学園長や彼の信頼する教師――には伝えられているが特別扱いすると目立つ、という事で一般教師はエレオノーラの事情は知らない。
彼女達が学業を学ぶ予定は一年生。年齢による区分けは初等部と中等部。それ以降は特に制限は無い。
多少、年齢を詐称しても――
騎操士学園はその名の通り、
本来の目的は学生の中に入り、
会話などの交渉術であれば二人にも出来る。それ以外は適当に流してよい、と。
(……それを世間一般では
長年仕えてきたシズ・デルタ。見ている限りでは裏表があるようには見えないし、疑うなら解雇すればいいと豪語するほど堂々とした態度を見せる。
★
エレオノーラとイサドラは転入生としての挨拶を簡単に済ませ、与えられた席に座る。
教室内を軽く見て気になったのは小柄な少年が居た事だ。それ以外は特に気になる者の姿はない。
二人にとって学ぶ内容は小難しく、騎操士学園らしく専念用語が多い。製造過程自体は基礎だが母マルティナが気にするような内容は全く分からなかった。
まず最初の授業を終え、内容の殆どが頭に入らなかった。
「あ、あのすみません」
エレオノーラは勇気を出して生徒の一人に声をかけた。
秘匿されていないところにまず驚いた。それと学園でも製造している所にも。
エレオノーラも自国の
「見学は自由だよ。そこで働くドワーフ族の邪魔はしないようにね」
親切な同級生に礼を言う。
そうして昼食までの授業を何とか終えた。実技は午後からだが、参加すべきか迷う。
一国の姫であるエレオノーラは今まで
普段は自分を守る騎士達がどのような訓練を積んでいるのか、全く知らずに育ったのだから。
(皆様もこの勉学を通じて
そうして初日の授業を終え、拠点とする宿に一旦戻る。
寮生活も出来なくはないが突発的な予定を組まされたので色々と不備が目立つ。
「放課後に工房へ行ってもいいそうですが……。今日はやめておきますわ」
「そうね。……全く陛下や母様は唐突過ぎます。うちの家系なのでしょうか」
一日目を無事に終え、ほっと一息を突く。これからの事を考えると寝付けないのでは、というのは杞憂に終わった。
気が付けば三日ほど経っている有様。意外と順応している事にエレオノーラ達は驚いた。
この日は登校時に見覚えのある人間を見かけた。
つい、声をかけたものの相手は小首をかしげるのみ。メイドとしての挨拶は一切してこなかった。
そこでアンブロシウスの言葉を思い出し、この子が別のシズ・デルタであると理解する。
見た目の雰囲気や容貌はそっくりだがメイドのシズとは違う
「すみません。知り合いにあまりにも似ていたもので……」
「……ん。それは私の親戚……。あまりにも似ていると感じたら親戚でいい」
物静かな口調で女生徒のシズは言った。
抑揚の無い言い方。表情の乏しい顔。
それは確かにメイドのシズと特徴が一致する。
「……それと私が『シズ一族』の頂点……。……他のシズ・デルタ達は居場所を奪われるまで、滞在国に不利益は与えない。……だから、大切にしてあげて」
「は、はい」
言うだけ言ってシズは学園に入っていった。
不思議な印象を受けた気がした。今までメイドのシズと触れ合ってきたものとは明らかに
★
謎の女学生であるシズとの出会いに魂が抜けかけたような気分に浸ってしまったがすぐに現実に意識を取り戻す。
まるで白昼夢にあったかのようだ。とにかくシズについて少しだけ教えてもらったような気がした。
今日は放課後に
工具に触ったりすることは出来ないが見る分には問題ないと聞いている。
学園に置いてあるのは旧型『サロドレア』が殆どである。基本であり、
制式量産機はライヒアラには置いていない。それらは別の都市で造られている。
見学する上で汚れてもいい服に着替えさせられる。クシェペルカの王宮ではまず着ない汚い服装。それについ顔を顰めてしまったけれど、作業員はそんな環境で仕事に従事している。
(優雅な舞踏会の様なところで巨大な
イサドラと共に――ほぼエレオノーラのお供と化している――見学に向かうが怒鳴り声があちこちから上がって大層驚いた。
使われている言葉がとにかく汚い。
「ご、ごきげんよう」
「あー!? なんだ、見学か?」
厳ついドワーフ族の男性が機嫌悪そうにしながら応えてきた。
普段は気丈なイサドラも怖気ずくほど。
声をかけた相手はダーヴィド・ヘプケン。
何でもすぐに新型に取り換えるより、最後まで改修して使い潰す方が経済的だと判断した。これは
「は、はい。見学、です……」
「それなら……、向こうのサロドレアのとこに行きな。新人研修用に解体の仕方とかやってっからよー。頭上に注意しながら進め。おい、ボルト一本締め忘れてんぞ! てめー新人だな! そっちは五連止めだ! 基本中の基本だぞ! おい、そっちの奴っ! そんなところに配線通したら断裂するだろ!」
「すいません!」
叱られる現場を早足でエレオノーラ達は立ち去る。
大型の部品が近くに落ちるとそれだけで恐怖を覚える。そんな中、ドワーフ族や作業員たちは仕事をしていた。
か弱い王女が居るべき世界ではない、と。
工具の大音響にも驚いたが指定された場所に向かうと好青年と思われる作業員が差し棒を使って新人に説明をしていた。先ほどのドワーフ族と比べると柔和な印象を受ける。
「皆さんには実際に
「はーい」
丁度新人たちが数人がかりで
それぞれ役割分担を決めて行動したり、考えなしに向かって怒られたり、様々な様子が見られた。
それとは別に工房内の独特の匂いに王族の少女達は顔を顰めた。
いつも華やかな世界に居たものだから汗臭い場所は衝撃的だった。