オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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西方革命編
#031 高校生活開始


 

 西方暦一二八〇年。

 今年は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)との新型機対決という一大行事があった。――学生側の結果は散々だったが。

 他にはエチェバルリア家に次男が誕生。だが、貴族社会では長男を優遇するのが常で、それ以下は不遇な扱いとなる。この家に限っては通例が通じない事もないとはいえない。元より常識というものは唐突に崩れ去るもの。

 (くだん)の模擬試合を経た銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアは金髪の赤子アルトリウス・エチェバルリアを大層溺愛した。

 普段の彼は冷たくて硬くて大きな幻晶騎士(シルエットナイト)にしか愛情を注がない冷血人間と思われていた為、他の友人達からかなり驚かれた。

 今年で十五歳となり大人の仲間入りを果たしたエルネスティだが急な変化は弟に対してだけであり、相も変わらず幻晶騎士(シルエットナイト)愛は健在である。

 大事故を起こした事もあり、自宅謹慎めいた通達を言い渡されたものの机上での模索は禁止されなかった。それゆえに時間があれば図面を引き、専門書の読み込みに新技術の論文制作と()()()()()忙しい日々を送っていた。もちろん、睡眠時間はちゃんと確保している。――たまに弟が夜泣きを起こす日を除けば(すこぶ)る健康的な日々だ。

 

「アルちゃん可愛い」

「そうでしょうそうでしょう。例え女の子でも僕は同様に可愛がりますよ」

(エル君が普段、女性に興味を持ったところ見た事ないんだけど。お姉さま(ステファニア)に抱き着かれても無表情だったくせに)

(……さすがに自分の妹なら可愛がるよな。これで幻晶騎士(シルエットナイト)にしか興味を持てないんだとしたら弟が可哀想だ)

 

 自分達と触れ合うので気にしたことは無かったがエルネスティは意外と淡白である。それは全く変化に乏しいシズ・デルタと大差がないのでは、と思うほどに。

 人間に全く興味を持たないほどであれば友人として付き合う事は到底できないけれど、そこまで徹底した冷血漢ではないのは安心する材料である。

 まだ生まれて一年も経たないアルトリウスを抱えるエルネスティ。既に弟の為の玩具作りは始まっていた。

 金属製だと肌を痛めるというので幻晶騎士(シルエットナイト)に関するものは殆ど置いていない。代わりに造形が単純で口に入れられないものが置かれている。

 エルネスティが幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持ったのは五歳くらいの時期。アルトリウスが幻晶騎士(シルエットナイト)に興味を持つまでまだ幾分か時間がかかる。それに言葉もまだ話せないし、一人で歩くこともままならない。食事は離乳食。

 なにより赤子は病気にかかりやすい。

 

「セラーティ侯爵という父親は俺達の小さい時は可愛がってくれたのかな」

 

 普段は厳めしい顔しか見たことがない。いかにも貴族という風体の人間が(めかけ)の子をどのように扱っていたのか、アーキッド達には想像できない。

 本家の兄姉のうち歳の近い兄の一人バルトサールとは険悪の中だ。今は騎士団に入っているのでどうしているのか――興味が無いので知らない。

 だからというわけではないがエルネスティの可愛がりが羨ましいと思った。

 

        

 

 弟ではあるが自分の息子ではない。四六時中アルトリウスを弄り回すのも健康に悪いのでほどほどにする。

 今は謹慎状態に近いので、朝から面倒を見ることが出来る。

 午後からは友人を交えた交流が主だ。これは別に強制力は無いけれど身体の調子を見る上で決定された措置だった。なにしろ内臓破裂に至ったのだから『治ったので今は平気です』と笑顔で言おうものなら殴られる状況だ。しかも王命も付与されているので拒否権は無い。

 健康診断の期間はおよそ一ヶ月。度重なる不測の事態込みで。

 

「……で、エルは高等部に進学するのか?」

 

 中等部は卒業した。その後は比較的自由に過ごせる。成人扱いにもなったわけだし、就職活動に専念してもいいし、騎士過程を受けるために高等部に進学することも出来る。進路を自由に選べる。

 エルネスティならば当然本格的に騎操士(ナイトランナー)を目指すものだと思っていたが彼は悩んでいるようだった。付き合う形のオルター弟妹は今のところ進路を保留にしている。実家(セラーティ侯爵)からも催促は無い。

 

「進学しなくても独自に修練は積めますからね。もし許されるならば国機研(ラボ)に行きたいです。操縦もいいのですけれど……、幻晶騎士(シルエットナイト)の製造にも関わりたいので」

騎操士(ナイトランナー)騎操鍛冶師(ナイトスミス)の兼任って事になるのか。そんなこと出来るのか?」

「エル君なら出来そうだけど……。また無茶しそう」

「……それは否定できませんが……。情熱が暴走するのは若気の至りなのです」

 

 前回は秘密裏に制作し、協力者を募るのも制約があった。今はそれが無くなり、危険そうなものは専門機関に委託できるようなった。

 アイデアがいくら斬新でもそれが使えなければ危険物と大差ない。それについてはエルネスティも認めるところ。

 最新の発明である『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』は国機研(ラボ)にて鋭意解析され、小型化、効率化に向けて検討、議論されている。疑問点は制作者当人に質問状として送られてくる手筈だ。

 国機研(ラボ)のある城塞都市デュフォールは現在、新機軸の発明品によって大混乱に陥っていた。

 

国機研(ラボ)もそうですが思考が硬くなっているせいで応用力が乏しいんですよね。忠実に再現する技術が高いのに……。模倣が駄目とは言いませんが……)

 

 送られてきた手紙を読みつつ解答用の文章をしたためる。その様子をアデルトルートが覗き込むように眺めた。

 部外者には見せられないがオルター弟妹はすでに関係者扱いになっているので幻晶騎士(シルエットナイト)関連の書類を見ても(見せても)咎められない。もちろん、口外秘は守らなければならない。

 

        

 

 日がな一日自宅待機しているわけではないエルネスティの日課の一つに鍛錬がある。それは長く付き合っていたオルター弟妹にとっては日常的なものだが他の者はそうはいかない。

 ある日、正式な騎操士(ナイトランナー)である筈のエドガー・C・ブランシュ、ディートリヒ・クーニッツ、ヘルヴィ・オーバーリが重武装ともいえる幻晶甲冑(モートルビート)を着込んでエチェバルリア家の庭を走り込んでいた。

 貴族でもあるエチェバルリア家の敷地はそれなりに広い。(マティアス)騎操士(ナイトランナー)の教官でもあるので鍛錬用の敷地がいくつか存在していた。その一つを彼らが利用している。

 

 エルネスティ式魔力(マナ)増強法。

 

 方法論としてはそれほど難しくない。日常的に身体強化(フィジカルブースト)を使用するだけ。ただし――いきなり身体強化(フィジカルブースト)を使う事は難しいので魔法についての講義から始めなければならない。

 当たり前のことだと思われるが基礎は大事、という理由で勉強を半ば強引に受けさせた。

 エドガー達はその勉強を終えて次の段階に進んでいた。

 

「皆さん、最初の時よりも動きがいいですよ。順調に体内の魔力貯蓄量(マナ・プール)が大きくなっている証拠です」

「当初よりも苦にならなくなったのは事実だが……。才能頼りだった頃の騎操士(ナイトランナー)達が哀れに思うぞ」

「これは国家の秘事ではないので広めて下さって構いません。というより僕は高等部に進学していないのでなんともいえないのですが」

 

 エルネスティの方法論に才能は関係ない。やる気があれば誰でもできる。そういう点では非常に有益なものであった。

 ただ、魔法術式(スクリプト)の構築は得手不得手があるので一様な向上は見込めない。それは元日本人であったエルネスティにも覚えがある。

 

 理解度の差だ。

 

 出来ない人間は何年経とうとも出来ない。出来る者は数秒で出来てしまう。

 そして問題なのはそれを相手に理解させることが一番困難なものであるということ。

 

(僕が当たり前のように出来る事も相手には何のことかさっぱり分からない。どれほどの時間を割いて教えても日本人に爆炎球(ファイアボール)が放てないようなもの)

 

 こちらの常識はあちらの非常識。それはどの世界であっても通じる概念の様な――

 理解されないのは悲しいけれど仕方がない時もあるのかな、とうっすら銀髪の少年は思った。

 

        

 

 殆ど揺り籠の中で生活する弟は可愛い容貌だが、ずっと見つめていると急に泣き出す。無理な接触もよくないとメモに書いていく兄のエルネスティ。

 様子だけ見ていれば優しい兄にしか見えない。この銀髪の少年が国王や貴族を巻き込んだ幻晶騎士(シルエットナイト)の新型開発の責任者とは到底見えない。そして、その頭脳は国の宝として守るべきとの意見も出始めている。

 正体が少年なので身の回りの護衛にも気を使わなければならない。暫定的にシズ・デルタが矢面に立つ事で目を逸らす手段が講じられている。

 対外的にも余計な敵を大人が引き受ける形となった。それにエルネスティは申し訳ない気持ちを抱きつつシズに必要な書類を提出する。内容は既製品の解説書である。

 

(……僕に魔の手が来るのは構わないけれど、アルトリウスはまだ自衛が出来ません。……ここは素直に大人に頼るべきですよね)

 

 精神年齢で言えばエルネスティも充分大人なのだが。

 常識の乖離は埋めなければならない。そこは他人事のように無視できる問題では無かった。

 進学シーズンは既に去り、自宅に入り浸りのエルネスティではあるがオルター弟妹やエドガー達を護衛に付ければ外出することは許されている。単に単独行動さえしなければいい。

 弟の面倒を見終わった後は学園に向かい、今も幻晶騎士(シルエットナイト)開発、整備に邁進しているドワーフ族たちの様子を見る。

 試合の報酬としてより大きな工房を貰えることになり、それは今も建設中であった。

 

「おお、銀髪坊主。外に出てもいいのか?」

 

 人間以上に太い身体と筋肉を持つドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンが手を振りながら挨拶してきた。

 通称である親方がすっかり戸板に付き、名前で呼ばれる事が殆ど無い。精々、教師連中が呼ぶ時くらいだ。

 

「いいんですよ。見張りは必要なのですけれど。……半数以上の幻晶騎士(シルエットナイト)が移送されてすっかり寂しくなりましたね」

「ここで整備するには心許ないからだろ。代わりに国機研(ラボ)の新型が届いているぜ。知見を寄こせってな」

「それは楽しみですね。分解してもいいってことですよね?」

「……壊していいとは言われていない。後で持ち帰るって話しだからな」

 

 親方の言葉を半分も聞き流してエルネスティは早速新型機であるカルダトア・アルマが座る場所に駆け出した。

 他人が作る新型がどういうものか、実際に触れて確かめる機会に恵まれて瞳がいつも以上に輝いた。それも国機研(ラボ)の許可が出た幻晶騎士(シルエットナイト)だ。調べない理由は無い。

 

(ああして生き生きとした面を見ると安心するな。やっぱり坊主に幻晶騎士(シルエットナイト)がよく似合う)

 

 謹慎している間は幻晶騎士(シルエットナイト)に触れられないので、さぞかしげっそりとした状態だろうと危惧していたがオルター弟妹の話しによればアルトリウスの存在のお陰で大事(だいじ)には至らなかった、と。

 つい、幻晶騎士(シルエットナイト)バカにしては珍しい、と思ってしまった。なにせ、大事な玩具を国から取り上げられたも同然なのだから。

 

        

 

 制式量産機『カルダトア・アルマ』は国機研(ラボ)が造り上げた、およそ一〇〇年ぶりとなる新型機である。しかし、それは既に過去のもの。

 学生達の協力もあり、更なる機能向上を図る計画が持ち上がっていた。

 元より向上した性能はかなり高く、今以上というのは正直に言えば難しい代物だ。だが、エルネスティに触らせればどうなるか――

 

(学園ではできなかった魔力貯蓄量(マナ・プール)の問題がかなり改善されています。特殊な工具でもあるのでしょうか)

 

 設計図と実機の内部構造を見比べながらおかしな点が無いか点検していく。

 特殊な装備の無い汎用性に優れた機体は存在するだけで美しい。所謂(いわゆる)、機能美というものがある。だが、画一的な機体というのは面白みに欠けるものだ。

 背中に取り付けた補助腕(サブアーム)は改良された形跡が無いので、新装備ではあるけれどそれ以上を目指す事を諦めたように感じられる。

 全体的な感想としては新発想を基にしたが全体的なバランスを取るので手一杯。

 

(元より人型からの脱却は硬化した思考では難しいものです)

 

 仮にここから更なる発展を見せろと言われれば大勢の技術者は頭を痛める。結果として更に一〇〇年ほど経過しても作れないのではないか、と。

 だが、エルネスティであればもっと短い期間で造る自信がある。その理由は単純で多種多様なロボットを――玩具ではあるが――見て来たし、作ってきた。それを現実にどこまで落とし込めるかが問題だが、可能性はかなり高い。

 

(ベースとなる機体はカルダトアだとして……。僕達も新たなベース機体(素体や筐体)を造るべきでしょうか)

 

 大掛かりになる場合は新造の砦で(おこな)わなければならない。それが無い今は案だけ書類としてまとめるのが最善。

 大規模な開発は出来ないが、解析する楽しみは残っていたのでエルネスティとしては不満は無かった。

 鼻歌交じりにどんどん書き込まれる様子に国機研(ラボ)から出向していた技術者たちは驚愕していた。何故、そんなに簡単に改善案を書けるのか、と。

 興味本位で尋ねてみた。

 

「確かに完成品には違いがありませんが……。それは一つの筐体が出来たって話しで、ここで終わりというわけではありません。物凄い道具を作り、それで更に物凄い道具を作る。その繰り返しです。可能性の追求に終わりは無いですよ」

「……つまりまだこのカルダトア・アルマは進化できると?」

「可能性で言えばありますと言えますが……。操縦する騎操士(ナイトランナー)はどんどん困ってきます。対応の速度も調整しないと。僕でも扱えない高性能すぎる機体では折角作っても扱えない事になってしまいますので」

 

 かといって質を上げ続ければ騎操士(ナイトランナー)がどうなってしまうのか想像するのが怖くなる。

 物事の発展はやはり急加速では駄目だ。その調整は流石にエルネスティも苦手とするところ。だからこそ情報の共有と討論、使用試験は大事である。

 ボタンを一〇〇〇〇回押すだけの試験装置が良い例だ。地味ではあるが無くてはならない。

 

(プログラマーで言うところのテスターの存在ですね。バグ取りも大事ですがバグ探しも輪をかけて大事です。予期せぬ挙動は見た目では分からない。時に人海戦術は有効である……)

 

 三か所の改善案と七か所の問題点を記入し終えたところでシズ・デルタの存在を思い出す。それを尋ねると相変わらず教鞭を取っている、とのこと。

 いつもと変わらぬ地味さ加減に(むし)ろ安心した。――地味なのは国王の話しでの印象だ。あの人(シズ)ほど特異な人は他に居るのか疑問である、と。

 それとライヒアラ騎操士学園に居る学生のシズの事も気になった。同じく地味な一族である為か、全く情報が得られない。いや、記憶に残らないくらい存在感が薄い。

 見た目はとても目立つはずなのに、不思議な事だ。

 

「学生のシズさん? ああ、居たね、そういう人が」

「……特に噂らしいのは聞かないな。凄い天才児だぁ、みたいなのも……無いな」

 

 勉強も魔法も特段の噂が出ない学生というのはありえるのか、と言われればありえる。

 一般的な学生はそもそもエルネスティ達の様な膨大な魔力(マナ)を持つような鍛錬はしていない。教師に歯向かう事も無ければ勝手に幻晶騎士(シルエットナイト)の開発に関わろうともしない。

 平凡に教育を受けて卒業していく。

 

        

 

 新学期を終えて数か月が過ぎる頃、東側に位置するフレメヴィーラ王国の最奥では魔獣たちの群れが騒ぎ出す。それと並行して西方諸国も呼応するように各地で小競り合いを勃発させた。

 それらを天上から眺めるのは至高の存在達だ。今日は一部が休眠期間に入り、顔触れも色々と変わっている。

 惑星規模の大震動が治まり、次の異変まで幾分かの余裕が生まれた。長い年月の観察対象に置いて数年た院の事変は(まれ)な現象である筈だった。こういう時は世界が何らかの警鐘を鳴らしているものである。

 

「……浮遊大陸に巨人族。西方諸国の利権争い。急なイベントの発生だな。ここ数十年は静かだったのに」

「……眼下の世界が何をしようともここは安全です」

 

 報告に来たメイドが(うやうや)しく(こうべ)を垂れながら言った。

 活動している殆どがメイド達である。だからといって数万人も狭い場所に押し込められているわけではない。

 活動する者と長期睡眠する者とに分かれている為、実際の人数はとても多いのは間違いないけれど。

 

「そろそろシズ・デルタにも帰ってきてもらわないと。大して動かないなら本体だけ送り返せと言っておけ」

「承知いたしました」

(学園生活でも楽しんでいるのか。それはそれで良い事だ。ならば友人も送りたくなるが……。誰がいいかな? 起きた途端に発狂されては困るけれど……)

 

 一部の人間は数万年単位の生活に耐えられない。ごく一部ではあるが起きた(覚醒した)途端に憤死するケースが僅かばかり存在する。

 人間は忘れる事の出来る生物である筈なのに不思議な事だ、と呆れた事がある。

 

「第一候補はネイアだが、レメディオスも捨てがたい。いや、あれはただうるさくなるだけか……。大半は食用に回しているからな……」

 

 生物は基本的に食用が多い。それは事実だ。うっかり間違う事も至高の御方の中では珍しくない。

 前者のネイアの他にも人間の素体はいくらか存在する。無ければ取り寄せるだけだ。

 自らが異形種となってから感覚に齟齬が目立つ。そして、それを自覚しているからこそ困惑する。

 人間に対する感じ方に。

 

(現地の人間達ともう少し交流を持たないと駄目か。俺達が下りても混乱させるばかりだもんな。そもそもシズ達の(あるじ)が降臨すると思われている可能性が高いし。……安易に降りねーよ、バーカ。……どこのジュブナイル(ラノベ)だ)

 

 既に降り立ってしまった『るし★ふぁー』は報告が無いけれど下界で長期睡眠に入ったらしい。適度に起きると思われるが寝ていてくれた方が端末たちも動きやすい。

 彼の側にはナーベラル・ガンマが居る。何かあれば連絡を寄こす手筈になっている。

 

        

 

 高等部への進学について色々と悩んだものの原点回帰として学園生活を続ける事をエルネスティは決意する。とはいえ、学士課程の殆どは既に修了している。今更感はあるが新たな出会いがあるかもしれないし、取りこぼしの知識も否定できない。

 体調管理を疎かにしない事を両親共々に約束して懐かしのライヒアラ騎操士学園に向かう。

 学園長の孫という立場を最大限利用し、遅れを取り戻すのではなく楽しむ事も織り込むことにした。

 

(遅れてきた転入生みたいで恥ずかしいですが……)

 

 新調した高等部の制服をまとい与えられた教室に向かう。そこで彼は気づいた。

 中等部時代に一度は高等部の教室に来たことを。その時は早く幻晶騎士(シルエットナイト)の事について知りたい一心だった。今から思えばかなり無茶な事をしたと頬が赤くなる。

 

「今年から皆さんと共にお世話になるエルネスティ・エチェバルリアです」

 

 大半はエルネスティの事を知っている。知らない人間を探す方が難しいくらい。

 軽く教室を見回すと赤金(ストロベリーブロンド)の少女の姿は見当たらない。――確か一個か二個下の学生だったと思い出す。

 あまり他人の事を頓着していなかったのに今更気にするのもどうかと思い、現実に目を向ける。

 オルター弟妹は本格的に騎操士(ナイトランナー)になる訓練を受けている。共に同じ学部とも思ったが――

 彼らは知識よりも肉体面が得意分野で、エルネスティと共に同じ教室に居るのはかえって邪魔をするかもしれない。どの道、工房で顔を合わせる事になるし、寮生活しているわけではないので自宅でも会える。特に今はアルトリウスの面倒に熱心でもある。

 席に着いたエネスティは今まで疎かだった歴史の勉強から始める事にした。合間に思いついたことをこっそりとメモ帳に記していく。

 休憩時間になれば多くの学生達に幻晶騎士(シルエットナイト)でどんなことをしていたのか質問を受けるようになる。

 専門用語が多数出ると理解を放棄した者が脱落するが何人かは残った。自分で整備するする関係で覚えなければならないと思っている生徒だ。それ以外は単なる拍付けの貴族である可能性が高い。

 

「エル君は生徒会長に立候補したりするの?」

「……いいえ。そういうのに興味はありません」

 

 授業が終われば自宅に戻り弟の面倒を見る。以前であれば工房に行きたいので、と言うところだが今はさすがに言わない。

 当初より空気が読めるようになったからだ。

 作りたいものをいくつか完成したお陰で周りを見る機会が増えた。それによって自分がいかに無茶な事をしていたのか思い知る。

 さっさと帰る時もあれば新しい友人関係の構築も大事だと思う時もある。都合がいい事に半数以上は貴族の出だ。資金確保のスポンサーになってもらえるかもしれない。

 先日祖父を介してクヌート公爵に打診した内容に対して良い返事が届いた。

 

(学生身分でトントン拍子に調子に乗った事についての説教がありましたが……。若気の至りとして許してほしいも手のです)

 

 オルター弟妹の父親であるセラーティ侯爵は見た目から堅物そうな印象を受けるが話しを聞かない程、硬い頭では無かった。

 破天荒な機体を造る事で生まれる弊害を危惧されていた。その点については納得し反省する所である。

 

        

 

 午前の授業を終えて食堂に向かう時、物陰から女生徒が声をかけて来た。

 見た目は鉄仮面とあだ名されるシズ・デルタの印象に近いが、こちらは割合血の通った人間に見えた。

 第一印象がまるで違う。シズは見た瞬間に非人間的だった。

 

「……少々お時間を頂けませんか?」

 

 そう言う彼女は同じ教室には居なかった別の学生だが、初見である事は間違いない。

 秘密の話しという事で少し警戒するものの撃退の技はいくつか持っている。それにエルネスティには護衛が付いている事も本人は知らされていた。

 多くの学生に交じって内と外で何人か見回りをしている、という事だった。誰が護衛かはエルネスティも把握していいな。

 相手の要求に頷きで応え、向かった先は倉庫の様な教室だった。

 外に出て物置にでも連れて行かれる場合は流石に魔法を使う。

 

「……着いて来てくださり、ありがとうございます」

 

 女生徒は軽く周りに気を配った後、エルネスティに向かって片膝をつく臣下の礼を取る。

 その身のこなしから只者では無い事は窺えるが、当事者となると自然と緊張する。

 

「私はエルネスティ様の見回りを守護する人についている者です」

「そうですか」

「御用聞きは私が(おこな)うことになっております。こちらをどうぞ」

 

 学生服の内ポケットから丸めた羊皮紙を取り出して、そのままエルネスティに差し出した。

 それは国王の印章によって封蝋された命令書のようなもの。

 中身を確認すると彼女の立場、どういう存在であるかが書かれていた。

 

 藍鷹(あいおう)騎士団』

 

 フレメヴィーラ王国を陰から守護する秘密組織。その全貌は秘匿されているが彼女のように表に顔を出せる者も中には居る。そうでなければ生活が出来ないし、誰と連絡を取りつけるのか分からなくなる。

 

(その藍鷹騎士団が護衛の人なのですね。学生に紛れて……。ご苦労様です)

「えーと、貴女は国王陛下との橋渡しが出来る人間なのですか?」

「……いいえ。命令を受ける時はそうなのですが、私共はクヌート公爵様直下の騎士団でありますれば……。かのお方(クヌート公爵)を介するのが基本でございます」

 

 抑揚の無い言い方で女生徒は答える。

 首元で切り揃えられた藍色の髪の気は外がに跳ねたクセっ毛。赤い瞳。儚げであり、表情の乏しい容貌。

 長身であることが実に羨ましい、と。

 歳のころは高等部高学年程に見える。

 

「学園に居る間はノーラとお呼び下さいませ。私の任務は主に連絡要員でございます」

「承知いたしました。……ところで。先輩、なのでしょうか?」

「表向きは同級生でございます。こうして二人きりの時は敬語にて失礼いたします」

 

 任務に忠実な騎士という印象を受けた。

 自己紹介が目的のようで緊急連絡などは無いとのこと。

 彼女『ノーラ・フリュクバリ』以外の人員の情報は例えエルネスティでも明かせない事を謝罪してきた。

 

        

 

 秘密工作員たる藍鷹騎士団の任務は不審者の捜索と排除。要人警護。それ以外は機密が多い案件となっている。

 一般的な騎士団は幻晶騎士(シルエットナイト)を持ち、魔獣討伐に精を出す。あの国家の精鋭アルヴァンズもその一つだ。

 だが、藍鷹騎士団は任務内容から目立つ幻晶騎士(シルエットナイト)を所有していない。

 興味があったので質問したら色々と教えてくれたのはエルネスティが既に国の宝と化しているからだ。

 ノーラは任務に戻り、エルネスティは食堂に向かう。その後、別の組織からの引き抜きの様な事態は起きなかった。

 

(公爵ともなると直通で手紙のやり取りは出来ませんか。僕がエチェバルリア家の人間だから、ということも……)

 

 藍鷹騎士団から渡された手紙は学園の中で気軽に確認する事は出来ないが、召集令状ではないのは分かった。顔合わせを兼ねた報告だと受け取る。

 今後の予定として三年間は学業に専念する。それ以降は幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる。

 大まかに言えばそれだけだ。

 この世界に転生してどこまで自分の趣味が出来るのか分からないし、世界が混沌としてしまうのも困りもの。

 平和が一番。でも、何らかの形で様々な幻晶騎士(シルエットナイト)に触れ合いたい。

 

「……一番は戦争ですか……。それは困りますが……発展は早まります」

「何が早まるって?」

 

 そう声をかけて来たのは高等部にて同じ教室に居た男子学生の一人だ。まだ全員の顔と名前は憶えていないが見覚えはある。

 人より大型機械にばかり興味が向いていた為、対人関係が(おろそ)かになっていたのは不味いと思った。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)への今後の展望ですよ」

「そういえばエチェバルリア君は既に開発に携わっているんだよね?」

「ええ、まあ……。なりゆきでそうなりました。今は学業に専念する予定です」

 

 見目麗しい銀髪の少年の噂は既に学園に広まっている。尚且つ尋常ではない魔法の使い手としても有名だった。

 学生時分で上位魔法(ハイ・スペル)を扱う者は数が少ない。それゆえにとても目立っていた。

 卒業生の話題も脅威の新入生でもちきりだった、と。

 

「そういえば騎士は特定の騎士団に入らないといけないんでしたか?」

「……多くの騎操士(ナイトランナー)は大抵どこかしらの騎士団に所属しているよ。(むし)ろ、所属していない騎操士(ナイトランナー)は見たことも聞いたことも無い」

 

 エルネスティは特定の騎士団に入りたい願望は無く、幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦するのが騎操士(ナイトランナー)である、という認識しか持っていない。

 もし、この前提が崩れると入りたくもない騎士団に入らざるを得ない事態になってしまう。かといって入りたい騎士団に覚えは無い。

 エドガーもディートリヒも騎操士(ナイトランナー)ではあるが特定の騎士団に入っているとは聞いていない。

 

「資格を持っているだけで入団がまだの騎操士(ナイトランナー)じゃないか。高校生では騎操士(ナイトランナー)になれても騎士と名乗ることは出来ない。彼らは多分、払い下げの幻晶騎士(シルエットナイト)を使わせてもらっているだけだと思うよ。正式な騎士は卒業してからという……」

 

 学生の内は騎操士(ナイトランナー)までにはなれる。それ以降は己の実力でどこかしらの騎士団に入って活躍する。

 学生との違いは幻晶騎士(シルエットナイト)の扱いに対する自由度ではないかと予想する。もちろん、厳しい規則や訓練がある正式な騎士はエルネスティからすれば制作に携わる時間を奪られるので、躊躇ってしまいそうになる案件だ。

 

(僕みたいに趣味で幻晶騎士(シルエットナイト)に乗ろうというのは騎士達から見ればとんでもないことなんでしょうね。王国を守護する為の幻晶騎士(シルエットナイト)を私的利用するのは(まさ)しく不敬罪……。それでは多くの諸侯貴族に怒られるわけです)

 

 脳裏に浮かぶのは厳めしいクヌート公爵だ。子供の玩具ではないのだぞ、という怒声を最近聞いているので脳内に響いた(リフレイン)

 もっと動きやすくするから魔導演算機(マギウスエンジン)を解析させてください、と言っていた自分の所業を思い出すと顔が真っ赤になってしまう。今でこそ理解できる不敬の数々が蘇ってくる。

 

(……なんだ? エチェバルリア君の顔が唐突に真っ赤になったぞ)

(おしっこでも我慢しているのかな?)

(男同士の恋愛話し? あの人たち何してんの?)

 

 有名人であるエルネスティの様子が急変したことに他の学生が様々な憶測を抱いて小さな呟きが重なり騒然となる。

 しかし、当人(エルネスティ)は周りの喧騒が耳に入っていなかった。

 

 


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