オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#030 同じ轍を踏まない

 

 機体整備は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から出向してきた作業員の協力の下に(とどこお)りなく(おこな)われ、戦闘に支障は無い。

 今回は特に銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの防備を万全にした。安全確認は他の者よりも多めに。

 身体――肉体――への魔法術式(スクリプト)の走り具合も確認した。これで同じ(てつ)を踏むようでは正式な騎操士(ナイトランナー)にはなれそうもない。素直に裏方である騎操鍛冶師(ナイトスミス)になった方が賢明である。

 試合会場は前回と同じく王都カンカネンの公式広場――

 国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラによる再紹介は省略される。それと対戦相手だった国家の精鋭アルヴァンズは引き払っている。

 エドガー・C・ブランシュのアールダキャンバー。

 ディートリヒ・クーニッツのグゥエラル。

 ヘルヴィ・オーバーリのトライドアーク。

 アーキッド・オルターとアデルトルート・オルターのサイドルグ。

 そして――整備し直したスケアクロウは悠々と会場に姿を現す。

 前回の荒々しい登場はしない。二度も同じ結果では芸が無いし、会場に来ている筈の貴族諸侯にとってはただの騒音に思われてしまう。ただでさえみっともない結果を見せて不興を買ったのだから。

 

(……万全を期してもトラブルは何処からともなくやってきます。兄様は弟に敗北を見せたくないのです。……ああ、どうして会場にアル(アルトリウス)を連れてこれなかったのでしょう)

 

 機体を操縦しながらも頭の中は可愛い弟の事でいっぱいだ。あまり雑念を抱くと操縦が狂うかもしれない、とは分かっている。けれども、愛おしい存在を前にすれば全てがどうでもよくなる。エルネスティ本人も驚くくらい気持ちが幻晶騎士(シルエットナイト)に傾かない。

 

「……エル君が操縦しながら上の空だよ~」

「器用だな……。だが、新しい家族が出来て嬉しがる姿は……本当に普通の少年だ」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)について初等部でありながら高度な知識を披露し、入学当初から上位魔法(ハイ・スペル)を披露してライヒアラ騎操士学園を賑わせた人物とは誰が思うのか。

 今でこそ一般人並みに見えるが高等部前で既に自在に幻晶騎士(シルエットナイト)を操っている。エドガー達でさえ長い訓練を要したというのに。

 彼の潜在能力はまだまだ未知である、とでもいうように。

 

        

 

 新型機を――前回のアルヴァンズが(おこな)ったように――観覧席に居る国王に向けて横並びに配置する。

 そして、各操縦者たちは外に姿を晒し、胸に手を当てて一礼していく。

 段取り自体は同じなのでいくつかの挨拶は省かれている。

 

「よくぞ逃げ出さずに参った。……して、エルネスティ。今日の体調は万全であろうな?」

「国王陛下並びに諸侯貴族の皆々様……。先日は大変お見苦しい失態を見せて申し訳ありませんでした」

 

 諸侯貴族の一部は都合により欠席したり、新しい顔ぶれになっていたりした。しかし、それはエルネスティ達には窺い知れない事だった。

 クヌート・ディスクゴートとヨアキム・セラーティは前回同様に参加していた。国機研(ラボ)側もオルヴァー・ブロムダールとガイスカ・ヨーハンソンも。

 その中にあって見慣れない成人男性が国王の近くで腕を組んで仁王立ちしていた。

 荒々しい髪形に鍛えた筋肉がはち切れそうになっている偉丈夫。面影がアンブロシウスに似ている。

 

「学園が作った幻晶騎士(シルエットナイト)を見に来たんだが……。すげぇな」

「えっ? あ、はい」

 

 遠く離れている筈なのに声が良く通る。貴族らしくない姿から新手の騎操士(ナイトランナー)かと思った。

 しかし、それでも腑に落ちない。彼は国王のすぐそばでふてぶてしい態度で居る。それなのに誰もそれを咎めない。

 まるで、彼がそうしてもいい立場の人間であるかのように。

 

「さて、それぞれの機体の説明を求めたいところだが……。時間も押し迫っておる」

 

 エルネスティは一応、周りを見回した。

 会場に存在するのは護衛のカルダトア型の幻晶騎士(シルエットナイト)が点在するのみ。それ自体はカルダトア・アルマのような制式量産機ではない。であれば対戦相手はまだ来ていない事になる。

 

「えー。俺は詳しく知りたいんだがな、じーちゃん」

「お前は黙れ。今知ろうと後で知ろうと大して変わらんわ」

 

 国王に対して無礼な物言い。けれども、発言内容で理解する。

 彼こそがアンブロシウスの孫にあたる人物その人だ、と。学園での知識によれば友好国クシェペルカに留学していた筈だ。

 王位継承権については試合に関係ないので割愛する。

 ともかく、国王の孫が幻晶騎士(シルエットナイト)にえらくご執心な様子から不安を抱いているクヌートとは対照的に好意的であると受け取った。

 味方が一人でも多い方がエルネスティ側は動きやすい。今後の制作において指示も受けやすくなるからだ。

 

        

 

 一通り騎操士(ナイトランナー)の挨拶を終え――エルネスティは謝罪と反省の弁が多くなった――改めて試合内容を聞く。

 今回戦うのは新型五機に対し、一機だけ。その機体の姿が無いのはこれから呼ばれるためだ。

 ここに来て更なる新型機の登場か、と期待に胸を膨らませるエルネスティに国王は残念ながら前回ここに居たカルダトア・アルマと同型機だと告げる。

 

「前回の試合で呼ぶ予定だったが、あそこで戦闘に入らなかった機体だ。性能もそれほどの差異は無い」

「……それは残念です。国王騎であるレーデス・オル・ヴィーラが()()として出てくるかと……」

「あれは単なる試合で動かせるようなものではないわ。それに……、性能面でも旧式の機体よ。新型には遠く及ばぬ」

 

 金色に輝く機体である国王騎は旧式の幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』の改修機ともいえるもの。使われている部品に新しい物は無い。

 それに新型機に国王騎がボロ負けする姿を貴族達に見せるのは心証に良くない。

 国王の側に従者が近づき、小声で伝えるとアンブロシウスは一つ頷いた。

 

「学生諸君。対戦相手の入場だ。貴族諸侯達には目新しさの無い機体で悪いが付き合ってもらうぞ」

「承知いたしました」

「……前回の量産機でよろしいのですよね?」

「オルヴァーよ、発言を許す」

 

 国王に指名された国機研(ラボ)に務める所長のオルヴァーは集まってくれた貴族諸氏にこれから現れる幻晶騎士(シルエットナイト)の説明をする。

 制式量産機カルダトア・アルマではあるが細かい調整を受けた機体である、と。武装に特別なものは無く、目新しいかは実際に戦ってみないと分からない事も。

 

「しかし、一機で学生の新型五機を相手にするのですよね?」

「はい。私もどのような戦いになるのか予想できません。あー、忘れておりました。多数を相手取るので武装は多めに用意されるそうです。だからといって背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)がたくさん付属しているわけではありません」

 

 それでも多数を相手取るカルダトア・アルマというのは理解できなかったようだ。しかし、現物を見ているオルヴァーもそれしか言えなかった。これは別に秘密にしているわけではない。

 

        

 

 疑問の声が(のぼ)る中、大扉が開かれる。そして、現れたのは前回同様のいでたちのカルダトア・アルマが一機。それと多くの武装を運ぶ荷物持ちの王国側のカルダトアが数機。

 荷物持ちであるカルダトア達は剣と杖を地面に突き刺し、大盾を武器に立て掛けていく。それが終わると引き下がっていった。

 

(確かに前回見たカルダトア・アルマですね。武装面でも特別新しい物は……見当たりません)

 

 新型特有の静音技術が施されたような滑らかな歩行に改めて貴族達は感心した。

 それと姿勢正しい立ち姿。前回のアルヴァンズにも引けを取らない美しさがあった。

 複数を相手取る事になるので巨大なものや奇抜なものかと危惧していたが、前回に現れたものと大差が無かった。

 前回とは逆の立場で対面する事になったエルネスティ達をよそにカルダトア・アルマは既定の位置に立ち止まると搭乗口が開いて騎操士(ナイトランナー)が姿を現す。

 短めに切り揃えられた赤金(ストロベリーブロンド)の髪に宝石の如き碧玉の瞳、端正で怜悧な顔立ち。それだけで一種の芸術品と思わせる完成された美があった。

 騎士用の防具をまとうその者は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に出向していた筈のシズ・デルタであった。

 彼女の姿を見るのは未曽有(みぞう)の大災害『月面衝突事変』以降では初めてであった為、エルネスティ達は遠い記憶のように懐かしさを覚えた。

 

「……王命によりシズ・デルタ。御身の前に(まか)り越してございます」

 

 物静かな調子で諸侯貴族と国王へ一礼する鉄仮面のごとき風貌の女性。

 対戦相手として意外だと思ったのは果たして誰であるのか。

 

(……遅かれ早かれ、このような形で出会うことになるとは……。予想していなかったわけではありませんが……。ここに来て登場するとは)

(なんかよく分かんないけど……。すっごい強敵っぽい!)

(……さて、どのように振舞えばよろしいのでしょうか。至高のシズ様は基本通りとおっしゃいましたが……)

(シズさんが戦う場面を見るのは今まで無かった。彼女はどれだけ戦えるのか。そもそも彼女は騎操士(ナイトランナー)だったのか?)

 

 それぞれ内なる葛藤を抱きつつお互いに見つめ合う。

 エルネスティ達が疑問を抱くように国王や諸侯貴族達もシズ・デルタの実力は未知数である。

 正体不明のシズ一族であることだけが公開されている情報だ。

 

        

 

 シズ・デルタはエルネスティを見据える。

 フレメヴィーラ王国とは違う情報網を持つ彼女は模擬試合の事故について――一応――聞いていた。

 大怪我をしたエルネスティの治療に当たったという『ペストーニャ・(ショートケーキ)・ワンコ』が不満を抱きながらも命令を順守した、と。

 しかしながら至高のシズ・デルタは方法に問題があるとガーネットに苦言を呈した。

 オリジナルのペストーニャは子供に対して深いこだわりがあり、守ろうとする特性を持つ。しかし、今回出張ってきた彼女(ペストーニャ)は地上に派遣されてきた端末と同様の量産型。それも食にこだわりを持つ。――ある意味では行動に問題のある存在だ。

 信仰系の使い手であるペストーニャは能力的には優秀である。それは端末のシズも認めるところだ。

 

(シズ様を不快にさせるような行動を取ったらしいですが……。彼に余計な心的負担を()いていないか心配です。それに赤子が誕生したと。……量産型のペストーニャの同席は……、とても勧められませんね)

 

 彼が試合会場に来ているところから無事であることは間違いない。その表情も穏やかだ。

 王命による試合内容はすでに把握し、準備も終わっている。それ以外の気掛かりは突発的な事故くらいだ。

 外敵の問題が無いとしても心的な問題は何が起きるか予測が難しい。それはシズ・デルタであっても。

 

「では、双方所定の位置に着き試合を始めよ」

 

 唐突に宣言される開始の合図。エルネスティ達は戸惑ったがシズは慌てる風もなく、戦闘の為に彼らから離れ、指定された位置で立ち止まる。

 置き去りにされたような形で戸惑う五機の幻晶騎士(シルエットナイト)は会議する間もなく動き始める。

 相手は一機。一気に突っ込めば楽勝で勝てそうだ。しかし、それでいいのか疑問に思う。これは何らかの罠ではないか、と。

 試合前の打ち合わせが無いままに始められてしまった事は予想していなかった。既に試合開始の合図(魔法)も上げられている。

 戸惑う学生達にシズは玲瓏なる声を伝令管から響かせる。

 

「試合という形式ですが……。まずはエチェバルリア君以外と一対一の形式で戦います。指名はこちらで(おこな)いますので、それぞれ落ち着いて行動してください」

(つまり主導権をシズさんが握る形ですか)

「まずは最初にブランシュ君。前へ」

 

 指名されたエドガーは戸惑いつつもアールダキャンバーをシズに向けて動かす。

 予定外の事態に戸惑っていた彼は動きがぎこちなくなった。それでも不意打ちはされず――

 向き合う形になった両者だが、まず最初にシズは無手のまま話しかけてきた。

 

「大盾使いの防御型……。その実力を存分に発揮してください」

「了解しました」

 

 白いアールダキャンバーは自在に動く補助腕(サブアーム)に盾を持たせて防御を固める機体だ。簡単な操作で出来る分、機動に従来以上の労力を割くことができる。

 大盾はいくつかに分割でき、隙間から法撃も出来る。

 他の機体同様に関節部分の衝撃吸収(サスペンション)構造が従来品を凌駕しているので動きが実になめらかであり、稼働時間も倍増している。

 ――金属内格(インナースケルトン)などの内部構造はカルダトア・アルマも同様だ。差異を生じるのは騎操士(ナイトランナー)としての技量ではないか、と。

 

(こちらの攻撃が当たらない。防りは完璧でも攻め込めないのでは時間切れになる)

 

 シズの隙は全く見えない。

 動きが良すぎる分、生半可な攻撃では通らないと思わせる。それゆえに勝利が全く見えない。

 アルヴァンズと戦った時より厄介で難敵だと思わせる。いや、それだけの技量を持つ事に驚きを禁じ得ない。

 エドガーは早期に盾を背後に仕舞い、両手を上げて降参する。今以上の攻勢に出られないのであれば敗北と同義だと悟った。

 

        

 

 シズはエドガーを下がらせた後、次の相手にディートリヒを指名する。

 攻撃主体の赤い幻晶騎士(シルエットナイト)グゥエラルは早期に完成させた新型の中でも洗練された存在だ。

 更なる可動を要求し、今に至る。

 

「両手剣の二刀流……。攻撃特化型。では、試合を始めましょう」

 

 淡々と言葉を紡ぎ、剣を構えるシズ。

 ディートリヒは防りを厚くすると予想していたが剣戟を所望したことに驚きつつも駆け出した。

 騎操士(ナイトランナー)の要求に十全に応えられる挙動を可能とする機体に仕上がったグゥエラルは左右から剣を繰り出す。

 カルダトア・アルマはそれに対し、落ち着いた動きで受け止め、いなし、躱していく。

 攻め込む事はせず、まずはグゥエラルの実力を測るような戦い方だ。

 

(……なんだ? 機体性能は僅かでもこちらが上ではないのか? どうして攻撃が簡単に受け流される?)

 

 疑問を抱きつつもディートリヒは躍起になって剣を振り回す。

 より身体に馴染んだ動きを取るので操縦する騎操士(ナイトランナー)の肉体的疲労が直接襲ってくるような感覚に陥る。実際には幾分か軽減されているとはいえ――

 大振りを避けられると気持ち的にも疲労する。それが次の動きに支障を生む。

 エルネスティは先の二人の動きから弱点や欠点を見極める。

 操作性が良いほどに騎操士(ナイトランナー)への負担がどうかかるのか、を予想していく。

 

補助腕(サブアーム)からの法撃も最小限の動きだけで避けましたね。シズさんはここまで戦える人だったとは……)

 

 エルネスティは感心していた。

 実際に戦闘する彼女を見て、その操作技術の高さに。そして、決して無駄に大技を使わない。無理をせず、相手の実力を見極める戦い方――それは洗練された教師と遜色が無い。

 そして、新型相手でも引けを取らないところは熟練した騎操士(ナイトランナー)そのものだ。

 

(シズ・デルタの技量はアルヴァンズ以上か。よもやここまで戦える女とは……。わしでも負けるかもしれんのう)

 

 多くの斬撃を慌てずに全て剣一本で対処しているし、未だに機体にかすり傷さえ付けていない。

 稼働させるのに必要な魔力(マナ)の消費もおそらく軽微ではないかと試算する。

 従来の幻晶騎士(シルエットナイト)であれば新型と同等の動きをするだけで数分も経たずに停止を余儀なくされるものだ。それが一〇分近くの戦闘を(おこな)ってもまだ余裕を見せている。

 回復量を加味しても通常の四倍近くは稼働時間が確保できているのかもしれない。

 当たらない攻撃に――精神的に――業を煮やしたディートリヒが一歩前に出ようとした、その隙を見逃さなかったシズの機体がグゥエラルの足を払う。

 

「うわぁ!」

 

 一瞬の浮遊感の後に地面に無様に顔を打ち付けて転ぶグゥエラル。それで勝負がついた、かに見えたが咄嗟に補助腕(サブアーム)から法撃を地面に打ち込み体勢を立て直そうとした。しかし、そんな動きを取った事が――今まで――無い為に予想に反して動きがより乱雑になって更なる一回転の後、遠くに転がって行ってしまった。

 重く感じていた安定感があれば無事で済んだが、今は軽くて機敏な新型だ。咄嗟の対処は想像以上に難しかったようだ。

 

        

 

 次はヘルヴィ機(トライドアーク)だが彼女は早々に敗北宣言した。

 汎用性の高い機体で法撃主体――けれども基本戦術は仲間達の補佐だ。一点突破するような秘密兵器は無く、一対一には向かない。

 先のエドガーとディートリヒと共に三人体制での戦闘であれば参加してもよかった。

 その事を伝えるとシズは納得の意思を見せる。けれども法撃の性能を見るために戦闘するように命じた。

 

「折角装備した武装を観覧席に居る方々に披露しなければなりません。オーバーリ君の実力を見せておく事に越したことはありませんよ」

「……う。分かりました。……ですが、あたしは大それた魔法は使えません」

「弱音を吐くのは戦闘の後でしなさい」

 

 真面目な言葉を受けて再度唸るヘルヴィ。

 折角皆が作ったトライドアークを何もせずに引き下がらせるのは確かに勿体ない。だが、どう戦えばいいのか――

 牽制しようにも仲間が居ないのであれば実に味気ない。そうは思うが魔獣戦闘の時を思い出して自分に活を入れる。

 

(あーもう! やるだけやってやるわよ)

 

 一定距離に移動したヘルヴィは両手に杖を構え、背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)に装備されている杖を二本、共に敵性体カルダトア・アルマに向ける。

 新型機であるトライドアークは追加装備を施すことで更に二本分の補助腕(サブアーム)を取り付ける事が出来る。しかし、消費される魔力(マナ)の都合で今は包帯が巻かれている状態だ。

 他の機体も今後の戦闘次第で追加する予定になっている個所がある。

 シズが剣を向けたところで戦闘開始の合図とされた。

 

「挨拶代わりの法撃からよ」

 

 直線的な火属性の法撃を打ち出す。それらは当然の様に(かわ)される。

 トライドアークが行使できる魔法は火、風、雷の三属性。それらは手元の操作盤で簡単に切り替える事ができ、多種多様な戦術を(おこな)える。ただし、命中精度は若干劣る。これはあまりにも高精度過ぎて騎操士(ナイトランナー)の技量が追いつかなかったためだ。

 もちろん、自前の魔力での法撃も可能だ。その為にエルネスティ達から魔力(マナ)を増やす特訓を受けてきた。

 最初は動くだけでも大変だった初期の幻晶甲冑(モートルビート)で街中を一周するくらいは出来るようになった。もう少しで逆立ちできるところまで来ている。

 

        

 

 四連装法撃とはいえ、撃ち出される魔法の属性はバラバラ。それは通常では人為的に調整する事が難しい技術である。それを新型は機械的に容易にした。

 諸侯貴族達もその様子に驚きつつ感心していく。

 もちろん、魔法以外に武器による攻撃も可能だ。だが、今回は魔法だけに集中するつもりで戦闘に臨んでいる。

 

(魔法の弾幕をいとも簡単に……。同じ新型の筈でしょ!? どうなっているの)

 

 ヘルヴィは次々と撃ち込んだ法撃を時に躱し、時に大剣で防ぐカルダトア・アルマの様子に戦慄していた。

 見える分には敵側に決定打を与えられていない。

 物凄い速度で動いているわけでもないのに――

 

(必要最小限の動きで対処していますね。技術の高さは並ではないのは理解しました)

(……避けるだけではないな。前進しつつ対処しておる)

(おー、おー! 制式量産機の方が性能いいじゃん。どうなってんだ、こりゃあ)

 

 観客の驚きとは無縁のシズは淡々と物事に対処していた。

 連戦で消費された魔力(マナ)は約一割。休憩を挟んだ方が良かったか、と疑問に思いつつヘルヴィ機に意識を傾ける。

 幻像投影機(ホロモニター)から見える景色は他の幻晶騎士(シルエットナイト)と同規格である。特別な仕様は搭載されていない。

 違いがあるとすれば情報処理能力が彼らを軽く凌駕している事だけ。それでも同じ土俵で戦うにあたっていくらかは制限している。

 シズが本気で戦う場面は――存在しないと試算しているが――模擬試合には無い。あってもいけないと思っている。

 だからこそ彼女は気持ち的に余裕があった。

 

「命中精度が低いですよ。大技に頼り過ぎは良くありません」

「……ごめんなさ~い」

「牽制の仕方を工夫しましょう」

 

 お互いの声は聞こえている。けれどもシズは弾幕の中を掻い潜りながら、だ。対するヘルヴィはあまりにも冷静な声の彼女に余計に驚いた。

 一旦、杖を()()放り捨てて剣と盾を拾う。

 やはり法撃だけでは味気ないと判断し、突貫を試みる。

 臨機応変に戦術を変える事も時には必要だと判断して――

 

(杖は本来なら収納する予定だけど……、今は余計なお荷物なのよね。その辺りの実装は計画にはあったけれど……。完成を優先して見送ったっけ)

 

 杖の本数を増やしても魔力(マナ)が増えたりはしない。補佐する立場であれば仲間に武器を渡す役目を担う事がある。それを円滑にする為の装備は今回の試合には向かないものだ。

 ヘルヴィの攻勢に対してシズは落ち着いて対処する。冷静さが迎え撃つ者に恐れを抱かせる。

 背面武装(バックウェポン)を手放した事は後悔していない。あったとしても避けられそうな気配を感じた為だ。

 

        

 

 数合の打ち合いで剣を取り落とし、盾は体当たりで落とされる。時に大胆な戦術によってヘルヴィは地面に転がされた。

 起死回生しようにも戦略的な手段は打ち止めだと判断し、敗北を認める。

 腕に自信があると思っていたがシズはそれを上回った。ただそれだけのことだ。

 体感的にはアルヴァンズよりも強いかもしれない、と。

 

(女同士でも駄目か)

(……カルダトア・アルマが凄いのかシズさんが凄いのか分からないな)

(うー。次は私達っ! これは負けられないわ)

 

 ヘルヴィ機が下がった後、少しの間沈黙の時間が訪れる。連続戦闘による疲れか、それとも魔力(マナ)の回復か。

 エルネスティが分析しようとする時、シズは次の相手にサイドルグを指名した。二人乗りなので乗り手より機体名にしたようだ。

 仮に乗り手の場合、一人ずつ戦うことになるのか気になった。二人乗りなので一人で操作出来る仕様にはなっていない。

 

ヒッヒーン! がんばるよ~」

「アディ。無理矢理な勝利は望んでいません。……ですが、しっかりと戦って下さい」

「りょうかい。勝利をエル君の為に」

(……今、駄洒落(だじゃれ)に聞こえたような……)

 

 スケアクロウが搭乗者の心象を表す様に頭を振った。

 四腕人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)サイドルグは意気揚々と既定の位置に向かった。

 従来の機体の二倍近い大きさに見えるが全高二〇メートルほど。

 機体を支えるための様々な仕組みを内包し、高出力を得るために魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基搭載している。

 国機研(ラボ)と違って頭脳を(つかさど)魔導演算機(マギウスエンジン)はエルネスティの手によって独自に調整している。

 それ以外の内部構造は国機研(ラボ)と仕様は大差がない。

 

「高速戦闘を得意とする大型幻晶騎士(シルエットナイト)……。しかし、その機動性ゆえに取り回しに何あり……」

 

 先ほどからシズは相手の機体の特性を声に出している。それによって対処は想定済みだと言わんばかりだ。だが、エルネスティは違う事を思い浮かべていた。

 そもそもどうして態々(わざわざ)言うのか、と。何か意図でもあるのか。単なるクセか。

 あえて言う事で相手が自分の弱点を守るような戦い方に固定しようとする意図とも取れる。言うなれば――

 

 言葉による誘導。

 

 だが、先の三名はとても誘導された戦い方はしていないように思われる。あるいはそんなことを気にする余裕がない、かだ。

 エルネスティはチームの中では頭脳担当なので考えすぎなところは認めるところ。

 

(とはいえ、僕との戦闘の場合はどうなるのでしょう。満足な武装が無いわけですし)

 

 先の三名が敗退した時点で敗北は確定したようなもの。それでも戦闘が続くのは全ての機体性能を見る意図がある。そう考えると納得する。

 後ろ足で地面を削るように動かし威嚇する。気持ち的には馬そのもの。これはアデルトルートが意図して(おこな)わせている。

 

「前回は途中までしか動けなかったけれど。今回は最初から本気で行きますからね」

「遠慮は無用です。アデルトルート君。存分にかかってきなさい」

 

 そう言った後で駆けだす。

 瞬発力は全ての幻晶騎士(シルエットナイト)を凌駕している。もちろん、姿勢制御はその分難しくなっている。

 サイドルグは上半身と下半身で役割を分けている。機動は全てアデルトルート。攻守はアーキッド。

 突撃を始めたサイドルグは騎乗槍にてカルダトア・アルマを吹き飛ばそうとした。

 大きな槍の横払いは大剣によって軽々といなされた。

 

「な、に……!?」

「きゃあ!?」

 

 強引な体重移動をさせられたように機体が傾き、倒れそうになったがアデルトルートは必死に立て直しに入る。

 遠目から見てシズが何をしたのか、それによってどうして巨大なサイドルグが傾いたのか理解できた者は殆ど居ない。

 エルネスティはしっかりと視認していた。

 小さな動作でサイドルグを手玉に取った方法を。

 

(……まるで合気道……、いや太極拳? でしょうか……。それを巨大な機械兵器で再現するとは……。シズさんはやはり強敵ですね)

 

 (むし)ろ一対一に持ち込んでいるからこそ出来る方法ともいえる。多数を相手にすればシズでも苦戦するはず。――それすら覆しそうな予感はあるけれど。

 背後を取られたサイドルグが方向転換するには大幅な迂回運動を必要とする。なので充分に迎撃される時間が出来る。だが、シズは何もせずに見送った。

 強烈な脚力によって(のぼ)る土煙を撒き散らしながら会場をかけるサイドルグ。

 再攻勢を仕掛けようとするもののエルネスティはこの時点で敗北を悟った。

 シズが見逃したから好機(チャンス)だ、とは到底思えなかったからだ。

 

(今ならサイドルグを転倒させることが出来ます。……内部構造が同じ仕様であるならば……、それが出来る。出来てしまう筈です)

 

 だが、エルネスティが考え着いた攻略方法をシズが使うとも思えない。

 それにもましてシズの騎操士(ナイトランナー)としての技量の高さに驚かされる。未来人だから、とか言っていたが本当にそうなのか自信が持てない。

 見ている限りではアルヴァンズの騎士達にも出来そうな雰囲気があったからだ。

 人の身で可能な技術しか使っていない。特別凄い未知の能力は介在していない。それは確かだ。――その筈だ。そうとしか見えない。

 

(それが出来る技術を国機研(ラボ)に提供したのが(あだ)となってしまったような……)

 

 シズに驚く反面――自分達が作り上げた技術力の高さにも改めて驚かされる。

 ここまでの事が出来る機体は間違いなく自信作と誇っても良いくらいに。

 だが、それでも旧式のサロドレアを基にした新型でしかない。国機研(ラボ)はカルダトアだが。

 現状の素材での到達点と見ていいのかもしれないが、もっと高性能な機体に仕上げられる余裕が人類にはある。ある筈だ。

 その為には魔力転換炉(エーテルリアクタ)を解析し、出来れば自作したい。そうすることで更なる高性能を引き出せるかもしれない。

 それこそ空を目指せるような――

 

        

 

 上空に視線を向けるエルネスティをよそに駆け回るサイドルグは勢いを更に付けて加速する。

 試合会場は大型機にとって手狭だ。従来機よりも大きな身体は想定されていないので。

 二基の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が通常よりも負荷を強いられ、機体内に異音が響く。

 

「もう少し頑張ってサイちゃん」

「これ以上は危険だ、アディ」

 

 機体内には危険を表す赤い線で出力メーターに印を付けている。それが今、限界近くにまで達していた。

 機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)が目に見える形で減っていく。

 

(通常出力の限界に迫っていますね。これ以上はカルダトア・アルマでも迎撃は不可能。……出来たとしても損壊は免れない)

 

 高速で駆けてくる馬を人間台の幻晶騎士(シルエットナイト)で迎撃しなければならない。

 ある意味では捨て身の攻撃だ。先ほどエルネスティに言われた事を忘れていると見て間違いない。

 呆れ半分、仲間思い半分といった感想をシズは抱く。

 

「……仕方のない子供達ですね」

 

 今まで使用を控えていたカルダトア・アルマの背面武装(バックウェポン)が動き始める。

 それを見たエルネスティは目を見開く。

 

「シズさん! 助言は有効ですか?」

「……もう手遅れですよ」

「アディ! 避けるか速度を落として!」

 

 禁止とは言われなかったのでエルネスティは可能な限り叫んだ。しかし、確かにシズの言う通り手遅れだった。

 勢いに乗った機体を急に止めることは出来ないし、慣性に乗った速度を切り替える事も難しい。

 よって、彼の叫びと同時に地面に向かって法撃するシズ。着地予想地点に丁度いい穴が出来た場合――それを避ける事が果たしてオルター弟妹(きょうだい)に可能なのか。

 彼らが気づく頃は既に決着していた。

 想定外の事態に足を取られる馬はいとも簡単に(くずお)れる。それによって前足が一本へし折れた。

 

「きゃあっ!」

 

 体勢が傾き、上半身が激しく地面に打ち付けられる――筈だった。そうなる前に気が付いたアーキッドが機体の前面に大気衝撃吸収(エアサスペンション)の魔法を展開して致命的な事故を避けた。だが、機体の中ではアデルトルートが運転席から投げ出されようとしたが安全帯によってかろうじて事なきを得る。

 それでも胸を強打し、目を回した。

 

「運転役が目を回したんで俺達の負けでいいです」

「分かりました。彼らの搬送をお願いします」

 

 シズは控えていた王国のカルダトアに声をかける。

 数機の幻晶騎士(シルエットナイト)が協力して大きなサイドルグを引っ張っていく。別のカルダトアは現場に出来た穴を整地する。

 

        

 

 もし、シズの魔法に気づいて飛び上がっても――地面に向けて放たれているので防御はそもそも無理。盾でも投げつけない限りは――着地を狙われる。どの道、地面の穴からオルター弟妹は逃げられない。そうエルネスティは確信していた。

 サイドルグの弱点は大きな身体と取り回しの利かなさだ。単独戦闘では意外と弱い事が証明されてしまった。

 元々機動力が心許なかった以前の旧型仕様の機体であれば速度にものを言わせた強引さが使えた。しかし、今は幻晶騎士(シルエットナイト)特有の弱点が殆ど軽減されている。

 

(……更に言えば学生側は()()に特化した機体ばかり。弱点さえ把握すれば簡単に瓦解してしまう)

 

 作った当人も納得する程の敗北理由だ。それを否定することは出来ない事も認める。

 歴戦の騎士であればシズでなくとも同様の勝利をもぎ取れるとさえ言える。

 

「最後ですね、エチェバルリア君」

「そうですね。ここまで実に見事な戦いでした。()()れしましたよ」

「ありがとうございます」

 

 皮肉ではなく尊敬の意味を込めて褒めた。それに対してシズはいつもと変わらぬ調子で応えた、気がした。

 殆ど諦めた様子でスケアクロウを移動させる。

 この機体に出来る事は爆発的な突進――それに類する機動力が売りだ。消費される魔力(マナ)が尋常ではないので要改良が必要となる。

 その上でシズを攻略する方法は――全く浮かばない。

 安定型であることがカルダトア・アルマの強みでもあるかのように。

 

(量産型の利点はコストパフォーマンスと言われます。対してこちらは高コストの欠陥機……。どちらを採用するかは火を見るより明らか。それは子供でも分かる簡単な算数の様なもの)

 

 叱られる子供の様な気持ちでシズと相対する。

 直接、姿を見ることは出来ないが――操縦席に居るので――何だか怖い教師を目の前にしているような気分になってきた。

 そして、戦闘開始が静かに告げられる。それはもう何の迷いも疑問も無く。

 

「………」

 

 開始の合図は既に出されたがエルネスティは何もしなかった。正確には出来なかった。

 戦闘に対する展望が真っ白になったような、そんな気分に陥っていた。

 対するシズは相手の出方を窺う姿勢のようで仕掛けてはこなかった。

 

(……あれ? シズさん。この機体(スケアクロウ)の特徴を述べませんね。述べるほどの価値が無いとでも?)

 

 いやに静かなカルダトア・アルマに不信を抱くもスケアクロウ側も動きようがないのは事実だ。

 (おもむろ)に法撃すれば動きを見せるかと思うものの反撃に対応できない気がした。

 いや、完全に詰みの状態である。そうエルネスティは結論付ける。

 

「……君は諦める人なのですか?」

 

 (ようや)く喋ったと思ったら厳しめの言葉が出た。

 そう言われても仕方がないくらい諦めているのは事実だ。否定はしない。

 足掻きたい気持ちは無い事は無いのだが――勝利の展望が全く見えないから困っている。

 機体性能で言えばスケアクロウは従来機を凌駕している。だが、それだけだ。そこから先に進む為には今の出力では足りなさすぎる。かといって魔力転換炉(エーテルリアクタ)を何個も搭載するわけにはいかない。

 

「勝利の為に命を犠牲にするわけにはいきません。安全確保ができないからと言って……、諦めるわけではありませんよ。ただ、シズさんがあまりにも()()()()実力を見せたので攻略が難しいのです」

「……なるほど。しかし、それでも仕様書以上の実力を見せていない筈なのですが……」

「確かに(はた)から見る分には……、そう見えてもおかしくありません。貴女の正確無比な操縦技術は並々ならぬものを感じました」

 

 少し言い過ぎな部分を認めつつ言葉による戦闘を開始する。

 どの道、幻晶騎士(シルエットナイト)での戦闘では歯が立たないのは事実だ。であれば口による攻撃しか残されていない。

 シズはその手法に乗ってくれたようだ。――本筋の作法からは外れているけれど。

 

「とにかく、武器を持ちなさい。そこら辺にあるものを使ってもいいですから」

「……例え武器を持っても僕は貴女に勝てそうにないのですが……。それでもと言うのであれば(やぶさ)かではありません。ただ、一つ気になっている事があります。単刀直入に言いますが……、未来人ですか?」

「……荒唐無稽ですよ、エチェバルリア君。それでは預言者と言っているのと変わりません。私やシズ一族はそういうものではありません」

 

 近くに突き刺さっている大剣を引き抜きながらエルネスティは更に尋ねる。であれば、何者だとはっきりと。

 質問に対して無言や沈黙で答える事はある。しかし、今は()()言葉として答えてくれる。それは彼にとってみれば――尋ねた側だが――意外だと思った。

 通常であれば秘密主義に囚われ、何も教えてくれないのが一般論――

 

「……ですが、君の周りで不可解な現象が立て続けて起きれば疑いが生まれても仕方がありませんね」

「確かに立て続けに異常事態は起きています。だからといって全てがシズさんの仕業と見るのは強引すぎますけれど……」

「もし……その過程が真実だとすれば……君から見た私は何者なのでしょう。未来人という()()が確定するのですか?」

「予想ですから確定ではありませんし、確証もありません。それに唐突に僕だけをターゲットにするには材料が圧倒的に足りない。僕は他の人より多少は賢いかもしれませんが……。この地で生まれた一人の人間に過ぎません。シズさんに狙われるような理由も思い浮かばないのですが……。(むし)ろ教えてほしいです」

 

 突如始まったシズとエルネスティの会話劇に諸侯貴族は何事かと騒ぎ出す。しかし、国王はシズの事が知れる良い機会だと思い、放任を決め込んだ。ついでに孫に黙れと言ってある。

 敗北したエドガー達も勝負の行方は勿論気になるがエルネスティの質問に相乗りする形でシズという存在に興味を持っていた。

 学園始まって以来の天才児に好敵手が挑んでいるのだ。無視できるわけがない。

 ――会話の殆どは難しくて追いつくのは無理そうだと思ってしまっているけれど。

 

        

 

 勝負を諦めた――または投げ出した筈の少年はシズに対して真っ向から戦いを挑んできている。それがどういうことか、どういう意図があるのか彼女の脳内では様々な憶測が飛び交う。

 人間を理解するのは実はとても難しい。本来の身体である自動人形(オートマトン)であっても対応は同じだ。

 

(未来人……。その予測は想定内ですが……。実際に直接的な言葉として聞くことになるとは……。そういう段階に来たのでしょうか? こちらの予想ではまだ数年の猶予があった筈……。隕石激突は精神的影響が甚大でしたか)

 

 外的要因による予定の狂いは確かに想定外だ。シズとして、というより端末としても修正が困難なほど。

 この星に降り立った頃、エルネスティのような存在は何処にも確認できなかった。だからこそ長い時を平和的に過ごせた。それがここ数年で劇的に変わってしまった。

 転生者であるエルネスティが幻晶騎士(シルエットナイト)の存在に一喜一憂する事に匹敵する程の――パラダイム・シフトが起きたことを意味する。

 

(シズ・デルタ様はそれを許容しようとしている。であれば……、私は彼を敵とみなすことが出来なくなる。……それで良いとお考えであれば私はそのように予定を変えるだけです)

 

 端末の仕事は調査であり、要人の抹殺ではない。

 それが例えエルネスティだとしても。

 

(シズの動きが変わった? あの坊主と一体何を話しているのだ?)

 

 離れた位置に居るアンブロシウスのところにまで正確な言葉は届いていない。それは意図的に低められていると思われるが急に変化した状況に戸惑いを見せる。

 それは観覧している他の貴族も同様だった。

 戦闘が一向に始まらない事に動揺している。オルヴァーはともかく工房長のガイスカは早く結果が見たくて仕方がない。

 既に四体の新型を退けている。それも国機研(ラボ)が作った新型が。最後の一機は別に無理して倒さなくても良いくらいの戦果ではあるが結果は知りたくてたまらない。

 ここまで学生側が退けられるとは予想していなかったが、シズ一人による成果はある意味では脅威であった。

 彼女は少なくとも無名の騎操士(ナイトランナー)に等しい立場なので。

 

「……ご要望とあればスケアクロウの力をお見せ致します」

「ならば命令です。見せなさい。そして、しっかりと戦いなさい」

 

 ここまではっきりとした物言いをシズから言われたのは初めてだ。

 担当教師であれば何の不思議もない。けれども今は立場的にどうなのか、という疑問がある。

 

(彼女の言い分は一理ありますが……。いや、余計な気遣いはもういい。僕は全力でシズさんを打倒しなければならない。……吸気圧縮開始。……あと、忘れないように前方対気圧防御。……後忘れている事は……ありませんよね?)

 

 操縦席周りを何回か確認する。魔法の状態も正常。身に着けている特製の幻晶甲冑(モートルビート)も問題無し。

 問題があるとすれば攻撃方法だ。実質体当たりしかないに等しい。

 武器はそこら辺にたくさんあるけれど――

 剣と魔法用の杖を装備する。その間にも背中に装着した新装備『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』の起動音が広場に木霊(こだま)する。

 シズは準備が整いつつあるものその場から動かない。どうやら迎撃する気でいる。

 推進力によって擬似的に飛行する機体の操縦は既に何度か試している。その結果、機体の取り回しは機敏に(おこな)えることが分かった。

 気圧による身体(しんたい)の圧迫さえ解消できれば恐れるに足らない。

 

(僕にとっても真っ向勝負は初めての相手……。どういう手段が有効か全く分からない。ですが、負け越しばかりでは弟に顔向けできないんです。兄様としての矜持……、見せてあげますよ)

 

 前方をしっかりと見据え、確認作業も終えたエルネスティは背面の装備を起動する前に牽制として杖を突きだす。

 

雷轟嵐(サンダリングゲイル)!」

 

 地面ごと砕く雷撃魔法を展開し、こっそりと魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)も起動しておく。

 いかにシズとて魔法による攻撃を――特に雷系――()()()()()()()芸当は出来ない筈――

 なによりこの雷撃(サンダリングゲイル)は不規則にうねりながら敵に襲い掛かる。終着点が分かっていても過程は対処しにくい。

 

        

 

 前方に放たれた雷撃をシズは大盾を地面に向かって投擲し、雷を対処する。金属を伝って地面に流すその手法――しかし、それはエルネスティも想定していた。

 少しでも後退させられればいい。現にシズは盾を取るために移動した。

 運が悪ければスケアクロウは投擲された盾に当たっていた。そこは頑張って軌道変更し、敵性体であるシズに肉薄する。

 突進力が高まった幻晶騎士(シルエットナイト)の突貫を素直に防御することは無謀である。当然、相打ち覚悟だ。(むし)ろ――避けてほしい、と。

 投擲された盾を無事に突破し、カルダトア・アルマに向かう。ここまでは順調だ。

 ほんの僅かな時間での攻防だがエルネスティの思考はとても鮮明であった。

 

(さあさあ、どうしますか)

 

 人間は勢いに乗れば感情が(たかぶ)る。ずっと冷静でいる事は実は難しい。特に感情豊かな年頃の者にとっては。

 そんな概念が通用しないシズは何があろうと冷静でいられる。その謎を解き明かせば色々と分かる事がある。今の段階で解き明かせる者は試合会場には居ないが。

 振りかぶられる剣を軽い跳躍の後に膝を当てる事で受け流す。それはまるで――

 

 格闘家のようだ。

 

 その動きに一番驚いたのはエルネスティだ。

 剣と魔法が主体の異世界で巨大人型兵器が活動する。今までの知識において肉弾戦に特化した幻晶騎士(シルエットナイト)を見たことが無い。

 いや、確かに出来ない事は無い。誰もやらなかったし、そもそもそれが出来るようになったのはごく最近だ。そして、シズが(まさ)に証明した。

 最新の幻晶騎士(シルエットナイト)は格闘技に対応できる、と。

 エルネスティも人馬型に騎乗できたのだ。同じ仕様の柔軟性を持つ幻晶騎士(シルエットナイト)であれば、その程度の芸当が出来て当然ではないか。

 驚きは一瞬――すぐに納得する。

 

(……合気の真似事が出来るんです。その程度の事が出来て驚いているようでは……)

 

 いや、急激な突進に臆することなく対応する反応速度と技量の高さは常人には出来っこない。なんてすごい対応力なんですか、と改めて驚いた。

 剣を受け流すだけで手いっぱいだったようで、シズ機(カルダトア・アルマ)はそのまま風圧に(あお)られて離れていく。反撃に移られる事は無かった。もし、出来ていたら更に驚愕していたところだ。

 膝に剣を当てた後、風圧によってお互いが離れる結果となったけれど、一歩間違えば互いにぶつかって大破していてもおかしくない危険な行為だ。

 エルネスティはまず無事であることに安心し、勢いそのままに突進し続けるスケアクロウを冷静に制御して反転を試みる。

 消費された魔力(マナ)は全体の半分ほど。少し相手に見惚れた分がマイナスとなってしまった。

 

(気圧による眼底の圧迫は阻止。頭痛、吐き気、めまいも無し。状況オールグリーンという奴ですね。他に異常はありませんか、僕? 無ければ戦闘を継続しますよ。いいんですね? ……では、再開です)

 

 独り言のように自己確認し、問題が無い事が分かると姿勢制御に意識を傾ける。

 機体の損耗はほぼ無し。

 

(ちゃんと確認すれば何も問題はありません。……それこそが一番大事な事です)

「……雷撃投槍(ライオットスパロー)

 

 静かに告げられる魔法に驚きつつ索敵、回避を選択。

 シズの冷静な言葉は今は何より恐ろしい響きを伴っている。暢気に安心している暇はないと悟った。

 相手の杖を見てから回避したものの、さすがに危なかったと心臓の鼓動が耳に聞こえるくらい高まった。

 新装備に驚いてくれる者なら今の攻撃で充分時間的余裕が出来るはずだった。だが、相手は沈着冷静なシズだ。通常の常識が通用しない、気がする。

 その危惧はすぐに現実のものとなる。

 一つの魔法を避けられた程度で攻撃の手が止まると誰が決めたのか、と言わんばかりの光景が広がっていた。

 次の魔法が既に視界に映っている。それもかなりたくさん――

 次から次へと雷撃魔法がスケアクロウに襲い掛かる。

 

        

 

 シズの魔法を避けていてある事を思い出した。

 彼女には手製の武具が存在したことを。それを使えばもっと事態は悪化するが――興味はある。

 組み立て式の盾型魔法具、ともいうべきもの。それは一つで無数の魔法を放つことを可能とする、らしい。

 なにしろ豊富な触媒結晶を装着させた贅沢な逸品だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)用の武具にすればもっと過激な攻撃を可能とするのではないか。

 

(……その前に魔法名を言いましたね? 通常の法撃はほぼ無詠唱の筈……。自前の魔力(マナ)でこれだけの法撃!? そんなことが出来る人が僕らの他に居たんですね)

 

 通常、幻晶騎士(シルエットナイト)の戦闘による法撃は機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)に蓄えられている魔力(マナ)を消費して放たれる。これはエルネスティが実装した背面武装(バックウェポン)の仕組みによく似ていた。

 巨大兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)の法撃は上位魔法(ハイ・スペル)戦術級魔法(オーバード・スペル)という強力なもの。

 エルネスティも人の身で強力な魔法を扱えるとはいえ自前での法撃はあまりしない。

 

(……一流の騎操士(ナイトランナー)のような戦い方をするんですね。この日の為に鍛練を積んできたのでしょうか? それにしても流石です)

 

 数分ほどの弾幕攻撃が止み、一定の距離を置いて互いに睨み合う形となった。

 決定打を与えられないスケアクロウは逃げの一手だけでも精一杯。対するカルダトア・アルマはまだまだ余裕を見せている。

 たかが制式量産機なのに、とは言わない。

 

(……やはりエチェバルリア君は特殊な存在のようですね。現行の騎操士(ナイトランナー)では対処できない攻撃をああも回避するとは……。ですが、本人も自覚している通り、それだけ……。決定打の足りない欠陥機。……牽制という意味では充分役に立つかもしれませんが……、単独戦闘には向きませんね)

 

 だが、もし満足な装備を用意していたら――もう少し違った展開になっていた筈だ。

 シズは決して相手を侮らない。冷静な分析の後、エルネスティの作ろうとする機体の本質を少しでも知ろうと努力した。

 勝利を得るならばこのまま弾幕を続ければ彼の機体は魔力(マナ)切れを起こす。それはそれで味気ない結果でもある。

 国王からの命令では少なくとも楽しませなければならない。あまりにも単調な結果を見せてしまうと諸侯貴族を落胆させることにもなる。

 だからといって手を抜くわけにもいかない。

 

(舞台演出が得意な素体ではないのですが……。『女優(アクトレス)』という職業(クラス)は何かと目立つと言われていたので……。それに場面ごとに適当な素体を用意しようとすると必要経費を越えてしまいます)

 

 端末が調査に使える素体は有限だ。なにより事前に用意するだけでも手間であり、即席に作れるものではない。

 なにより、それらは至高の御方が手ずから作るので使い捨てにするような事は――本当ならば――してはいけない。

 

        

 

 あっさり勝負がつくと予想していたエドガー達や国王は突貫や回避を駆使する戦闘に言葉を失いつつ見入っていた。

 それはほんの数分程度の短い攻防でしかない。それなのに尋常ではない速度を幻晶騎士(シルエットナイト)は出している。

 

(カルダトア・アルマの基本性能はあそこまで高かったのか)

 

 国機研(ラボ)の所長オルヴァーも目が離せない程に。

 ガイスカは興奮のあまり酸欠によって気絶寸前にまで陥るのを防ぐ為に側には医療担当の人員が控えていた。

 国王の側で見守っていた彼の孫も身振り手振りで互いを応援している。そして、この戦闘の結果がどうなるのか、もはや予想がつかない。

 単なる勝ち負けでいえばシズに軍配が上がるのは疑いの無いこと――かもしれない。または足掻き続けるエルネスティの秘策が披露されるかもしれない、という期待が観客を焚きつける。

 

「……回避で更に魔力(マナ)が減りましたね。さて、ここからどう挽回したらいいのでしょう」

 

 声に出して悩む銀髪の少年。

 打つ手が無いのは最初から分かっていた。だが、それを享受すると失望される可能性が高まる。もちろん、観客席に居るお歴々(れきれき)が。

 自分の知る熱血物は主人公が窮地に陥る時こそ光明を見出す。――それが例え荒唐無稽の創作物の展開だとしても。

 

(ならば機体性能を越えた真の力とやらを発揮させてみましょうか。十全の性能を発揮させるシズさんに対抗するには捨て身……、またはそれに近い方法論が必要かもしれません)

 

 毎回、そんな手法を取ろうとすれば幻晶騎士(シルエットナイト)が何機あっても足りない。経済的にも得策ではない。けれども今、この場であれば有効となる。

 実際、壊れても直す気でいるエルネスティにとって次の開発もまた楽しみの一つだ。それが例え新型であろうとも。

 

「シズさん。これから僕はとっておきの方法を使おうと思います。なので少しだけ待っててもらえますか?」

 

 場違いなほどに明るい口調でエルネスティは言った。

 今での苦闘などまるで感じさせない、実に子供らしい調子だった。

 周りで聞いていた者達も思わず言葉を失うほど呆けたような顔をした。しかし――

 

「……今は試合の最中ですよ」

 

 どんな時でも沈着冷静なシズは慌てず、いつもの調子で言い放つ。それに安心したのは貴族諸侯か、国王アンブロシウスか。

 側に居る国王の孫と思われる人物も次々と起こる現象にとても興味津々であった。

 

「それは重々承知しております。でも、このまま黙って負けてしまうと今日まで頑張った意味が無くなりますので。……それにシズさんは僕の新型を四機も撃破したじゃないですか」

 

 子供の駄々と思われてもいい。これはれっきとした交渉術である。

 大人の対応として受け入れるか、それとも戯言(ざれごと)と一蹴するか。

 どちらにせよ、エルネスティは勝負に出た。

 

「エルネスティの挑戦を受けてやれ」

 

 そう発言したのは今まで大人しく座って観戦していたアンブロシウスだ。

 彼の勝負がどういうものか興味を持ったようだ。

 合理的に判断するならば挑戦を受けるべきではない。けれども、シズは淡々と了承する。本音で言えば――彼女も同意する気でいた。

 機体性能を見る上では例え分かり切った結果であろうと知る必要があったので。

 

「ついでにお主(シズ・デルタ)も何か切り札を持っておらんのか?」

「……制式量産機の機体性能は既に充分に発揮されておりますから……。それ以上となると難しいでしょうね」

 

 と、答えたのはシズではなくオルヴァー。彼は苦笑しながら言った。

 設計に携わった者として隠し玉があるか無いかは――一応確認済みだ。今回用意したカルダトア・アルマはシズが()()手を加えたことを除けば他の機体と遜色ない。

 その手を加えた個所というのは主に関節部分や接合に使われる部品だ。

 魔導演算機(マギウスエンジン)魔力転換炉(エーテルリアクタ)に手を加えてはいない。共に関わった整備担当も特段の異常は確認できなかった。

 しいてあげれば操縦席周りに剥き出しの銀線神経(シルバーナーヴ)が何本も出ている事くらい。もちろん、操縦に支障がないような処置は済んでいる。

 

        

 

 国王が期待しているものをシズ・デルタが拒否することは出来ない。今回の戦いはアンブロシウスを楽しませる事も目的の一つだからだ。

 もちろん、勝利は副次的なものに過ぎないし、シズとしてもそれほど熱心に取ろうとは思っていない。

 機体を十全に扱い、満足のいく戦いが出来ればいいのだから。

 攻撃を止めたカルダトア・アルマは黙って距離を取り、スケアクロウを見据える位置で待機する。

 

(ありがとうございます)

 

 エルネスティは操縦席で思わず一礼したが外見の幻晶騎士(シルエットナイト)は無反応だった。

 いざ、という時にカルダトア・アルマが片手をあげて戦闘中止を勧告した。それに驚いたのはエルネスティのみならず国王や観客に居る全員だ。

 何事だ、と騒ぎ出す。

 

「……国王陛下。彼の機体の魔力貯蓄量(マナ・プール)が回復する手助けをお許しいただけますか?」

「……う、うむ」

「皆々様。お時間をいただきます。国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)と彼らの整備担当の技術者は機体の整備などをお願いいたします」

 

 シズの言葉の後で所長のオルヴァーも許可の意思を示し、指示を下す。

 万全の態勢になるまでシズは大人しく佇む事にした。

 急に展開が変わった事で騒然となり、数十人規模の技術者がスケアクロウを取り囲む。

 その間、地面の整地や武具の補充などを護衛の幻晶騎士(シルエットナイト)達が(おこな)っていく。

 

(……窮地から一転してしまいましたが……。どの道、魔力(マナ)が無ければ短時間で戦闘不能です。それで出来る事は一撃必殺くらい。……それはそれで戦いは白熱するかもしれませんが……)

 

 まさか補給を受けても良いとは思わなかった。これにはエルネスティも驚いた。

 そもそも殺し合いではなく、互いが作り上げた幻晶騎士(シルエットナイト)の性能試験の一環――

 内容を確認すればシズの取っている方法にも納得がいくというもの。

 

(事務的で地味……。シズ一族としては正しい。ですが、熱血漢が無いところは相容れない所ですね。……命を縮めるような戦いをする方としては文句を言う資格は無いんですが……)

 

 どちらが正しい方法論かと言えば規則の無い(非合法)試合ではないのでシズが正しいのは明白。

 もし、ここが戦場であればエルネスティが正しい、と言える事もあるというだけ。

 ――ここは戦場ではない。それを忘れてはいなかったか、とエルネスティは自問して機体の魔力(マナ)が回復するまでの間、精神統一を図る。

 

        

 

 休憩の間、食事やトイレを済ませる者達の横ではエルネスティを応援する者達がシズ機(カルダトア・アルマ)攻略の方法を議論していた。

 魔力(マナ)の回復は基本的に時間経過だ。液体燃料のように注ぎ込むことは出来ない。

 あくまで魔力(マナ)は大気中に存在する『エーテル』を体内に取り込んで魔力(マナ)に変換して行使する。大型機械である幻晶騎士(シルエットナイト)魔力転換炉(エーテルリアクタ)を用いる。

 現在の機構では効率的に燃料化する技術は――民間には――無い。自然に任せているのが現状だ。

 

(この変換のシステムを(つかさど)るのが魔力転換炉(エーテルリアクタ)なのですけれど……。これ無くして効率化はありえない)

 

 国の秘事というか技術の秘匿状況から見て一般化すれば大きな騒動(戦争など)の幕開けは想像に(かた)くない。――そしてそれを求めているのがエルネスティだ。

 個人の趣味で事が済む問題ではないのは確か。しかし、それでもより良い――かっこいい――機体の製造は夢である。

 世界最強は二の次だ。技術の進歩に停滞は許されない、または不要なもの。――もちろん、大量破壊兵器は作るべきではない、とは思っている。

 魔力貯蓄量(マナ・プール)が満杯になり整備が終了した後は蜘蛛の子を散らす様に人員が引き下がっていく。

 エネスティが思い描く秘策は言うなれば幻晶騎士(シルエットナイト)の制限を取り外す行為――当然、試合後は完全に壊れる。いや、ぶっ壊れる。

 これは製造過程で何度か試したもので、無駄の多い旧型機は特に顕著だった。

 実質、エルネスティが()()で操作すると骨格(インナースケルトン)筋肉(クリスタルティシュー)と次々に自壊していく。それを防ぐために用意された安全装置(リミッター)を外すので自明の理と言えるが――

 機体性能を極限まで引き出す、ということはそういうことだ、と証明してしまった。

 

(自壊と引き換えにしてでも確認したかった幻晶騎士(シルエットナイト)の真なる力……)

 

 現状、人の身でそんな無茶(芸当)が出来るのはエルネスティだけ。オルター弟妹でも出来はしない――というかやろうとも思わない。

 相手が強敵だと認めて、何とかするには無茶な方法も取らざるを得ない。そして、それは今使うべきだと判断した。もちろん自身を守る対処は敷設済みだ。

 今のところ自壊する時、爆発は伴わない。機体が維持できなくなるだけで、頭脳(マギウスエンジン)心臓(エーテルリアクタ)は単に停止する。それらが壊れない事は確認済みだ。

 重要部品は他とは違う素材で出来ているようで、かなり丈夫だと仕様書には記載されている。詳しい部分は黒塗り状態になっていて国機研(ラボ)の技術者にも知らされていない。――解析すら禁止されている『国秘(ブラックボックス)』だ。

 その中で魔導演算機(マギウスエンジン)の解析だけは特別に許されたのは運が良かったとしか言いようがない。

 

「……では、試合を始めましょうか」

 

 シズの静かな言葉に周りは固唾をのんで見守る。

 先行は下準備に時間がかかるというエルネスティから。彼が動かない間、彼女は攻撃しない事になっている。

 機会を貰ったからには後に引けない。気を引き締めたエルネスティは事前に操縦桿を引き抜き、銀線神経(シルバーナーヴ)を引き出していた。

 この時の為に作っておいたのは特別製の『手袋(グローブ)』だ。銀線神経(シルバーナーヴ)と直結させて制御確認や調査に使う。そして、ここから魔導演算機(マギウスエンジン)の解析も出来るようにした。

 魔法術式(スクリプト)などの制御式――『プログラム』に自信があるからこそ出来る手法だ。だからこそ、ともいえるエルネスティだけの特権。

 

「……僕の思い描く動作手順を可能な限り再現できるように変換(コンバート)開始」

 

 数多(あまた)の制御術式における機体を維持する為の安全装置(リミッター)を片っ端から解除していく。――この過程でスケアクロウが光ったりする演出は起きない。

 静かに異音があちこちから轟くが動きは止まったまま。

 今、エルネスティが(おこな)っている方法はこう名付けられている。

 

 思念直接制御(イマジン・フルコントロール)

 

 確実に機体が壊れる危険な行為だが一時的に爆発的な機体性能を発揮する。

 今日、この日の為に調整し尽くされた機体なので改めて解析する手間は大幅に減退している。それによって効果を発揮するまでの時間は数分で済む。

 最初は三〇分以上かかっていた。

 機体の各所から水蒸気の様な物が噴出した。しかし、それは僅かに漏れ出た魔力(マナ)である。

 主に機体を維持する身体強化(フィジカルブースト)に何らかの影響が及んでいると思われる。

 

(……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の最大の欠点は操作性の悪さです。身体にかかる圧力も相当なものであるのは理解しましたが……、ここまでとは思いませんでした)

 

 想像通り動けたら誰も苦労はしない。それはエルネスティでも思う事だ。

 機体性能を一時的に向上させるといっても自爆では意味がない。発揮するのは一秒程度――そしてすぐに停止しなければまた医務室送りになってしまう。

 勝つにしても『勝ち方』というものがある。今は御前試合のようなもの。決して殺し合いになってはいけない。

 

        

 

 既に調整済みなので修正箇所も少なく安全対策もしっかりと取った。これならば胸部、腹部の圧迫による内臓損傷の様な大怪我は起きない筈だ。念のために強めの外装硬化(ハードスキン)を展開しておく。

 何重にも対策しておかないとまた皆に心配と説教を受けてしまう。特に母は産後の回復もまもなく長男の重体に失神しかけたと聞いた。父の憤怒の顔を見て久しぶりに恐怖を感じた。

 

(……それだけ大事にされている事を僕は気づいていなかったのですね。アル(アルトリウス)に兄様かっこ悪いとか言われたら立ち直れる自信がありません)

 

 家族の為にも弟の為にも。

 勝負よりも無事に戦いを終える事こそがエルネスティにとって大事なこと。

 だからといって自分の趣味を捨てられるわけが無いのだが――守る者が増えるというのは色々とこそばゆいものだと苦笑する。

 覚悟を決めたエルネスティは軽く自身に活を入れ、最大出力に時間的制限を設ける。狙うはシズ機だけではあるけれど戦闘後も無事でいる事を今回は想定しなければならない。

 自壊寸前に陥る事は間違いないが最大限気を付けるべきは操縦席回りと自分自身。それはロボットを操作する者が普段は疎かにしがちな部分だった。

 こっそりと確認作業を済ませ、軽く呼吸を整える。

 

「では、勝負です、シズさん!」

「……どうぞ」

 

 彼女の言葉はスケアクロウの背面から噴き出した轟音によって掻き消される。

 新装備である魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は多重推進装置ともいえる魔法の応用によって作り上げたものだ。

 原理は『大気圧縮推進(エアロスラスト)』の多重起動。仕組み自体は単純なものだ。しかし、その効果は絶大。――悪い意味でも体験したエルネスティも驚くほどの性能。

 それを成す専用の紋章術式(エンブレム・グラフ)を造り何度も実験を繰り返した。その成果を改めて発揮させる。

 前回はうっかりサイドルグに乗騎したせいで荷重が通常の倍以上になり、負荷が甚大になってしまった。今回はスケアクロウ単独だ。計算外の負荷は身に着けていない。――あるとしてもエルネスティが安全対策として着込んでいる幻晶甲冑(モートルビート)分だけ。

 爆発的な推進力により幻晶騎士(シルエットナイト)は前方へ飛ぶように浮かんだ。すぐに前傾姿勢となって空気抵抗に逆らわないようにする。この辺りは練習しているので驚きはなく、淡々と姿勢制御に意識を向ける。

 問題は――対応するシズの動向だ。既に迎撃の為に動き始めている。それはとても信じられない程、素早い反応であった。

 

(……高速思考の中にあるのにシズさんはきちんと対応している。その技術力の高さは凄いですね)

 

 相対距離は一秒よりも短い時間の内に縮まる。従来の幻晶騎士(シルエットナイト)であれば対応が遅れて吹き飛ばされる位置に居る。しかし、新型であるカルダトア・アルマは機体性能の高さのお陰で激突回避位置まで移動していた。

 そんなシズ機に軌道を変化させて追いすがる。

 機体を大破させる気は無く、機動力か攻撃力を奪う事を目的としている。だが――やはりシズは難敵だった。

 高速移動の最中(さなか)にあって繰り出される法撃すら適切に回避して見せた。

 数度の法撃の後でスケアクロウはカルダトア・アルマを追い抜く。そのすれ違いによって強力な風圧が発生するも自ら回転する事で被害を最小限に抑えた。

 

(……くっ。優秀な関節と機動力のなせる(わざ)ですね。実に見事です)

(……状態修正。……現行機では受け止めは危険……。このままでは事故に繋がりそうです。……さて、どう決着を付けましょうか)

 

 安心するのも束の間、今のスケアクロウは仕様以上の性能を発揮し、旋回運動も通常よりも狭い範囲で切り替えられる。その分、消費される魔力(マナ)は甚大だ。

 スケアクロウは魔力(マナ)の温存を放棄している。すぐに次の攻撃が始まる。

 回避ばかりされればシズ機の勝利だ。それが成功し続けられれば、の話しだが。

 

直接制御(フルコントロール)でも捉えられませんか。……それだけ国機研(ラボ)潜在能力(ポテンシャル)は高かったのですね。さすがです。でも、まだ負けませんよ)

 

 量産機と侮れない動き。それ自体は確かに仕様書にある通りだ。見ているエルネスティですら感心する程だ。更にそこに違法性も認められない。

 学生側に内緒で秘密兵器を搭載したわけではないだろうが――操作する人間が違うだけで機体の性能はがらりの変貌する。その変化に改めて驚かされた。

 だが、シス側も驚いているし、困惑もしている。

 安易に攻撃を仕掛けるとお互いの機体が大破する可能性があることに。

 無力化する方策がカルダトア・アルマには積まれていない。可能性で言えばエルネスティの速度に合わせて組み伏せる事くらい。当然、それを成すと周りが騒然となる。

 

(どうやら安全対策はしっかりと(おこな)っているようですね。人間に耐えられる限界圧力はとっくに超えているというのに……)

 

 回避しつつシズは操縦席近くにある銀線神経(シルバーナーヴ)を掴んだ。

 秘密兵器ではないがエルネスティにまた大破されては困る。これは親切心から(おこな)う事ではない。

 至高の御方からの指令に基づくものだ。

 

(……関節部を除けば必要最小限の破砕を織り込みます。共振度、規定値。各部の摩耗度、規定値。先の戦闘による損耗度……中程度。残存魔力(マナ)は六割……。耐圧防御展開……。加速度比率、上昇値は三割に留める)

 

 洗練された機体制御の能力で言えばシズの方が遥かに優れている。その部分だけで言えば人間よりも卑怯であり、違法ともいえる。しかし、そこは制限を順守する自動人形(オートマトン)を本体とするシズ・デルタだ。決して想定を上回らない。

 例え自らが不利になろうとも守らなければならない事は熟知している。

 人間のように限界を超えるような熱血漢は介在しない。ただ淡々と――作業のようにこなすのみ。

 

        

 

 スケアクロウに遅れてカルダトア・アルマも瞬間加速を始めた。傍目からは確認しづらい変化である。

 たたでさえ流暢に動けようになった制式量産機が自然な動作で高速飛行するスケアクロウに追随する。それはフレメヴィーラの歴史において存在しえなかった未知の光景だ。

 旋回の為に体勢を立て直そうとしたスケアクロウのすぐ背後にカルダトア・アルマが迫る。その動きか、すぐ側に居た事か――とにかく様々な事象にエルネスティは驚愕した。

 

(な、なんですぐそばに迫っているんですか!?)

 

 ついさっきまで引き離したばかりなのに猛烈な速度で迫る量産機の姿に度肝を抜かれた形だ。自分の機体も大概だが、とにかく予想外の対応に混乱する。

 急発進により自身は加速し、相手は減速したように見える。それが先ほどまでの光景だ。それが一転して互いが同じ時間を共有するように動いている。

 それは到底ありえてはいけない光景だ。特にエルネスティ側にとって。

 更に言えばカルダトア・アルマには魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は搭載されていない。これはエルネスティが発明したばかりの代物だ。であればどうやって加速しているのか。

 答えは単純――同速度にまで駆けているだけ。

 異常な脚力をもって高速飛行するスケアクロウを文字通りに走って追いかけている。もちろん、そんなことをすれば関節部分が破損してしまう。魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)によって(もたら)された速度を単純な脚力で出せるわけがない。当然、無理が生じれば自壊する。

 

(クソ。相手も直接制御(フルコントロール)を使用しましたか。……まあ、出来る出来ないで言えば出来て当然、かもしれませんが……。ここに来てやってのけるとは)

(……通常の部品であれば壊れている頃合いですね。……後で言い訳するのが大変です)

 

 追いすがるシズは暢気に後の事を考えていた。

 加速したもののスケアクロウを追い抜ける程の性能になったわけではない。最短距離を活用して相対距離を縮めているだけ。これはエルネスティの操作が正確であれば追いつくことは難しくなる。(あら)があるから追いつくことが出来るだけ。

 二人の戦闘に対し、外野はほぼ言葉を失っていた。今、目の前で途方もない戦闘が繰り広げられている。それも前史以来見たことも聞いたことも無いものだ。

 国王に至っては身を乗り出して見守っている。当然、その孫も両手に力を込めて。

 エドガー達も急に始まった速度勝負に驚いていた。

 

「……シズさんの機体が急に早くなった。なにあれ、エル君が負けちゃうの?」

「それよりもどうしてエルの発明品に追い付ける程の速度が出るんだ?」

 

 オルター弟妹の側には整備担当の責任者であるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンも居た。その彼もまた人知を超える光景に叫びそうになるくらい驚いていた。

 エルネスティの新装備の仕様は彼もある程度知っている。だが、カルダトア・アルマの事は知らない。どうしてあれほど速く走れるんだ、と。

 

        

 

 追いかけっこと化しているが魔力(マナ)が尽きれば終わりである。それとシズ機の限界が近い。

 特別に仕込んだ部品を除けば従来品で出来ている。それが壊れようと軋みを上げ始めた。

 対するスケアクロウは機体自体はまだまだ余裕がある。推進以外はそれほど機体に負荷が掛からない仕組みだからだ。あるとしてもせいぜい風圧くらい。

 ボルトが何本かはじけ飛ぶのも頭の片隅にあるシズは追撃を止めない。自らの計算による動きに疑いを持っていないので。

 

(機体損耗率、想定内。……もって後四〇秒ほど。充分ですね)

 

 機体性能を維持したままで戦う事が大事である。それに伴い適切な運用を心掛けている。

 多少の破損もまた必要経費だ。無視できる。

 なにより、カルダトア・アルマは学生と共同開発したも同然の機体だ。国機研(ラボ)のみならず学生も誇っていい結果でもある。工房長は認めないかもしれないが所長はおそらく認める。

 

(……二八秒。立ち回りが上手くなってきましたね)

 

 残り時間が一七秒になる頃に(ようや)くスケアクロウの腕を掴めた。

 加速の中では法撃以外の武器は使えない――機体が受ける風圧の関係で――ので撃墜より安全な方法が用いられた。

 腕を掴んだ後、機体をジャンプさせて相手の速度に乗り、二体分の重みで速度を減退させる。ここで無理に暴れないようにするのが鉄則である。そうしないと二機まとめて錐もみ状態となり、どんな被害を被るか分からなくなる。そこはエルネスティも熟知していたようで余計な動きは見せなかった。いや、出来なかった。

 一度地面に打ち据えられたスケアクロウは反動を利用して脱出を試みる。その時、カルダトア・アルマが容赦なくエル機の頭部を殴って吹き飛ばした。

 

「ああっ!」

(あっ!? 僕としたことが今頃ですか!?)

 

 殴られて気づいた。シズの本当の目的が何であるのか。――いや、ここに来て気づいたのは本当だが。今まで失念していたとは思いもよらなかった。それによる驚きも加わってしまった。

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の真なる弱点に――

 

 それはとても原始的であり、もっとも単純な事だ。

 そう。幻像投影機(ホロモニター)の喪失である。これは基本的に頭部に搭載されているものだ。それを失えば操縦席は一気に光りを失ってしまう。いくら機体を動かせるとしても。

 相手の姿どころか周りの光景すら喪失したスケアクロウは一気に現状把握が出来なくなった。しかもまだ少し加速の中だ。すぐに対処しないとあちこち打ち付けてしまうし、最悪観覧席に突撃する事もありえる。

 エルネスティは混乱する頭で機体を停止させるために機能を止め、全体的に防御の魔法を展開した。それはもう全力で。自分と幻晶騎士(シルエットナイト)の残存魔力(マナ)を使って。

 もし、これがスケアクロウ単機であれば重大な事故になる可能性が高い。けれども、ここには無事な機体がもう一機ある。

 シズ機は被害を許さない。それゆえに()()()機体は停止する事が出来たようだ。

 

        

 

 結果だけ見ればエルネスティの完全敗北。機体を見れば真逆の結果だ。

 限界を超えた動きを取った為にカルダトア・アルマはボロボロ。全体的な改修が必要なほど。対するスケアクロウの目ぼしい損耗は頭部だけ。それ以外は多少の整備が必要なくらい。

 大きな事故も無く試合を無事に終えられただけでも本来は喜ぶべきものだ。

 

「……満足な武装が無い時点で君に勝利は無かった」

「……おっしゃる通りです。それと見事な操縦技術でした。それが僕にとっては驚きでしたよ」

「ありがとうございます」

 

 シズは勝利者なのに喜怒哀楽を表さない。淡々とした事務作業のような様子に呆れるも無事であるならいいか、とエルネスティは気にしない事にした。

 負けは負け。確かにその通りだ。しかし、性能面では実は勝っているのではないか、と少し思っている。カルダトア・アルマがボロボロなので損耗率で勝負すれば――という考えが浮かんだが言葉には出さなかった。

 損耗率の勝負であればシズはもっと容赦のない戦い方をしそうだと思ってしまったので。

 

(……本当に容赦なく完膚なきまで叩き潰しに来そうですよね。それが出来る実力を見たような気がしますから)

 

 今、自分が無事に過ごしている事が幸せだ、と思っていた方がいいと判断する。それに弟の世話もしたいので、ここで死んでいる場合ではない。

 試合が終わり、エドガー達が近寄る頃、カルダトア・アルマから異音が響いた。

 主に膝関節部分から。シズ達は既に機体から降りているので様子を見守っていると自壊する様子を見ることが出来た。

 

「……やはり関節部分に無理が祟りましたか」

「現行の部品ではあのような動きは取れないと証明されました。次はもう少し改良しなければなりませんね」

(時間前に戦闘を終えたから余裕があった、そうでなければ機体から降りる前に壊れて大変な事態に……。飛び降りますから別に構わないのですけれど)

 

 滅多に見る事の出来ない珍しい光景を前にしたエルネスティの素直な感想に対し、シズはいつもの調子で感想を述べた。

 (くずお)れたカルダトア・アルマはもう戦えない。制式量産機といえど限度がある。それがお互い分かった。

 スケアクロウも本当は自壊しなければならないところだが飛行していたお陰か、それほど損耗があるようには見えないし、異音も聞こえてこない。

 思念直接制御(イマジン・フルコントロール)を使ったら絶対に壊れる、というのは思い込みかもしれない。そして、新たな興味が生まれた。――その前にもげた首を繋ぎ直さなければならないけれど。

 

エル君すごかった! シズさんも凄かった! とにかく二人共凄かった」

 

 興奮するアデルトルートはそのままエルネスティに抱き着いた。

 まず無事を確認し、それから頬ずりする。これはいつもの光景のようで苦笑(にがわら)いが周りで起こった。

 

「すみません、負けてしまいました」

「……ロクな装備も無いのに勝てるわきゃねーだろ。とにかく大破だけは免れたようだな。よし、野郎ども、持って帰って反省会だ!」

 

 と、整備係に声をかけるダーヴィド。

 もちろん、自壊したカルダトア・アルマを回収するべく出張ってきた国機研(ラボ)の整備担当も一緒になって声を上げていた。

 共に興奮する戦いを見て同調したようだ。特に仲違いは認められない。

 

        

 

 半壊した幻晶騎士(シルエットナイト)が回収された後は国王からの祝辞が始まる。

 それぞれの機体性能は充分に伝わった筈だし、敗北もまた良い経験であるとエルネスティは思った。もちろん、中途半端なところは認めるし、素直に悔しいとも。

 それにもまして優位に立てると思い込んでいた自分が情けなくてたまらない。当初は凄い発想だ、などともてはやされて国王との謁見まで漕ぎつけたのは今では幻想であったかのようだ。事実、それは疑い様のない現実となった。

 

(……はぁ。魔力転換炉(エーテルリアクタ)はまた今度という結果になりましたね)

 

 短期間で歴史を塗り替えたエルネスティもさすがに意気消沈した。しかし、模擬戦までの三年間は我慢できた。次の高等部の課程もおそらく我慢できるのではないか、と。なにせ今はアルトリウスの世話がある。

 目的を先延ばしにしても良い価値が。

 

「見事な戦いであった。先に敗北した者達も情けない顔をするでないぞ」

 

 至極ご満悦な国王アンブロシウスは一人一人に祝辞を送る。負けて悔しがる暇があるならもっと鍛練せよ、など。

 叱責は無く、健闘を讃えていく。特にオルター弟妹の戦いは興奮した、と。

 元より巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)だ。どういう戦いになるのか気が気ではなかった。

 

「そして、エルネスティ」

「……はい」

「ロクな武器も持たずに一番の活躍を見せおって。何なのだ、お主の幻晶騎士(シルエットナイト)は。全く訳が分からん。……分からんが面白い戦いであった」

 

 国王は豪快に笑うも当人(エルネスティ)は至って不満だった。制式量産機に決して負けないと思っていたので。ただ、大部分で自爆したことが後を引いていたことは否めないし、自惚(うぬぼ)れもあった。

 総合的には大差で敗北している。それはもう覆せない事実であり、認めるところ。

 

「学生と対決したシズ・テルタよ。お主も大概よの。全く驚かされたわ」

「陛下が喜ばれたのであれば、私が出張った意味もあるというもの……」

 

 淡々とした言葉に国王は不満を見せたが彼女に期待するだけ無駄だとすぐに思い出す。

 どんな状況下でもシズ一族は平常心を維持する。そういうものだ、と。

 それに――一番気にしなければならないのは対戦相手が全員無事であること。

 試合形式だから当たり前と言われるかもしれない。だが、エルネスティとの一戦だけは様相が違う。あれだけは互いに無事でいる保証の無い危険な戦闘だった、と国王の目には見えた。

 シズ・デルタであったからこそ五体満足だったのではないか。もし、アルヴァンズであったら最悪の結果になっていたかもしれない。そんな気がした。

 最後の隠し玉として彼女を控えさせたのは間違いではなかったと今なら言えるし、安心もした。

 ますます新規の騎士団として設立したくなる。当人が拒否するかもしれないので代理として――()()()()苺鳶(まいえん)騎士団に今後の活躍を期待する、と命令しておく。

 

        

 

 試合は終わり、敗北したエルネスティに景品が授与される事もなく――

 厳かな式典は粛々と進められて終わりを告げた。

 疲労している学生達は一旦帰還した。その後の予定はおって連絡されるという事になった。

 数日かけて家路についたエルネスティはずっと暗い顔だったが幼いアルトリウスを見た途端に明るい笑顔を取り戻す。

 まだ満足に動けない赤子のアルトリウスはただ存在するだけで彼の癒しとなった。――夜泣きで寝不足になる事は後で思い出したが。

 後日、目の下に(くま)を作ったエルネスティは――ほぼ――無期限の自宅療養となった。これは元より家族に言われていたことだ。

 何らかの理由によって復活したとはいえ本調子とは言えない。それに先日のシズとの戦闘でかなり疲労も蓄積した。

 目的の部品を手に入れる機会は確かに遠のいたかもしれない。けれども幻晶騎士(シルエットナイト)は近くにある。

 今後は心臓部を除いた新たな改革案を模索するしかない。――並行して独自の魔力転換炉(エーテルリアクタ)が作れないか研究する。

 それらが終わる頃には飛行能力の考察だ。現行では莫大な魔力(マナ)を消費するので長距離には使えない。

 魔力(マナ)の節約をすればいいのか、それとも全く新たな発想を作り上げるか。

 

(……そうして僕は色んなロボットを作っていく。この世界はそれが出来る。もし、国機研(ラボ)に行っても専用機は作りたいですね。画一的な量産機ばかりでは発想が硬化してしまいます)

 

 サイドルグのように魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基詰む幻晶騎士(シルエットナイト)の応用とか。

 高額商品なので安易な増産も出来ないけれど。安価な廉価版くらいはいずれ作ってみたい。そんなことを夢想して眠りについた。

 今のエルネスティに必要な事は(すこ)やかな生活だ。好きな事はいつでもできます、と母セレスティナは言っていた。

 翌日から気晴らしに図面を引いたり、新たな発明の構想を練る。機体自体に問題は無い。であれば操縦する騎操士(ナイトランナー)の改革が必要だ。特にエドガー達の増強は急務ではないか、と。

 シズの能力は想像を超えて高かった。あれに勝つにはまだまだ研鑽が必要だ。

 闇雲に幻晶騎士(シルエットナイト)を作っても無駄に金がかかるだけで終わってしまう。補修費もばかにならない。

 

(かといって他国に技術を売るのは戦争屋(死の商人)と変わらなくなりますし、そうはなりたくないです)

 

 けれども資金を確保する事も大事である。

 売れる商品も考えておいた方がいいのかな、と思い始めた。現実的な問題として幻晶騎士(シルエットナイト)を作るには金がかかるものだ。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)にこれからもタダ働きしてもらうわけにはいかない。

 

(僕は技術屋ではありますが……、商売には()けてはいませんからね。マネジメンド側の助っ人も必要でしょう。……クヌート侯爵やセラーティ侯爵のお知恵を拝借できないでしょうか。うちのおじい様は少し頼りない気もしますし、御高齢であられますからね)

 

 国王は豪快なので論外だし、と。

 ただ、頼る相手としては一番望ましいが安易な利用も出来ない。それは何となく理解できる。

 であれば後は専門分野に長けた国機研(ラボ)の協力も視野に入れる。

 昼食の時間までエルネスティは今後の展望を紙に記し続けていたようで、母の言葉があるまで没頭したことに驚いた。そして、気づいた。

 未だ熱意が冷めやらぬならば僕はまだ戦える、と。

 

 


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