オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#029 アルトリウス・エチェバルリア

 

 扉の前で警護する形となったアーキッド・オルターはこっそり聞き耳を立てた。特に話し声は聞こえてこないが大きな物音はした。それから何かが壊れる、または壊す音。いやに大きな破壊音とでも形容すべき異常なもの。

 それが聞こえてなお室内に入るべきか迷った。アデルトルートが必死になっている手前、迂闊な事をすれば恨まれるか、大事な友人の安否がより悪化するかもしれない。

 数瞬ほどの葛藤の後、突撃する事にした。黙って見過ごすことは出来なかったからだ。

 ドアノブに手をかけると全く動かせない。部屋の中から鍵でもかけられたように。しかし、それはおかしい。

 今の自分は限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)によって簡単に扉を破壊できるほどの力を使っている。それなのにビクともしないのは相手方も同様の力を使っている、と思った。だが、それもおかしいとすぐに気づく。

 少なくともドアノブは壊れていなければならない。これではまるで――

 

 ドアそのものに身体強化(フィジカルブースト)がかけられているかのよう。

 

 想定外の事態に混乱しつつも友人に声掛けしながら中に居るであろう人物の反応を待った。しかし、返答はない。

 それから更に数分が経過し、音も止んだ頃に急にドアノブの抵抗が無くなった。急いで開けるとそこには――誰も居なかった。

 正確には中で治療していた筈の人間が、だ。

 床には護衛の人物が倒れている。それとベッドに寝かせられていた筈のエルネスティ。ただし、そのベッドは見るも無残に引き裂かれていた。ついでに壁にも亀裂が――

 それ以外は()()()奇麗だった。返り血も確認できない程に。

 

(……なんだこの状況は……。部屋はすごく奇麗だけど血臭が残っている)

 

 天井なども確認したが異常なのはベッドと壁くらい。最低限掃除したかのように。

 急いで友人に駆け寄る。血臭の正体は彼の上半身の服のようだった。下半身は布で包まれていて、側には奇麗に畳まれたズボンなどが置かれていた。こちらにも多少の血が染みついていた。

 ここに確かに彼らの他に誰かが居た、という痕跡に見えた。

 

        

 

 アデルトルートが職員に作らせた食事を持って戻ってくる頃にはアーキッドも友人の容態の調査を終えた。

 顔色は(すこぶ)る悪いが外傷は殆ど無い。しかし、どうして下半身は何も着ていなかったのか気になるところ。双子の妹が来ない内に着せたものの他人の裸は意外と恥ずかしい。

 

(とにかく、無事そうだ。服は酷いけど……。でも、上の服はボロボロなのに下の方は汚れてるけどボロボロにはなってない。……なんで?)

 

 気になる事はもう一つ。

 激しく損傷したベッドだ。壁はついでに壊れたような気がしてならない。

 食事を運んできたアデルトルートの(げん)によれば誰が居たかは言えない。秘密だと言った。――殆どバラしている気もしないでもなかったが、そういう事として理解する。

 

「……エル君、さっきまで酷い状態だったんだけど……。お腹が治ってる。でも、滅茶苦茶痩せてるし~」

(食事が必要ってこういうことか。あと、ありがとうございます。犬のメイドさん)

 

 ずっと床で寝ていた人は叩いたら目が覚めた。口封じで殺されていたら、と思うと顔が青くなるけれど無事で良かった、と安心した。

 寝ている間の事は全く覚えが無いのも聞いた。それから彼の容態を医療担当者に見せると物凄く驚かれた。

 先程まで息を引き取る寸前だった少年が息を吹き返したのだから。それも致命傷であった腹部の損傷が()()()回復している。それは決してありえない現象である。

 潰れ切った内臓がどういう方法で治るのか――

 

「とにかく、陛下に報告を」

 

 事態が急展開したことにそれぞれが走り回る。そして――数日の休養期間を設けた。

 模擬試合は実質中断。諸侯貴族への説明は国王自ら(おこな)った。

 改めて学生から説明を受けるために王都に滞在させていたエルネスティ達をシュレベール城に招待した。これは命令ではなく任意同行という形だ。拒否しても咎めないと伝えている。

 もちろんエルネスティは出席せざるを得ない。国王の目的を理解しているので。

 事故の後、何が起きたのか実はよく分かっていない。脳内を目まぐるしい何かかが駆け巡り、何度も気持ち悪い状態に陥った事だけは分かった。

 覚醒後は身体の負担が殆ど無くなり、食事も普通。しかし――一度は崩れた体調は簡単には戻らず、下半身の状況が安定するまで『松葉杖』ならぬ幻晶甲冑(モートルビート)での登城を特別に許された。というか国王からの命令だ。

 エドガー達からすれば小柄だったエルネスティも幻晶甲冑(モートルビート)を着こむと彼らよりも少しだけ背が高くなる。あと、移動音が意外と通路内で響く。

 静音技術が必要と脳内にメモする。

 

(僕だけ違う格好というのも……。これはこれで恥ずかしいです)

 

 罰としてならば拒否する気は無かった。

 それに内臓が回復した()()()が――自分でも分かっている。それがいかに難しいのかを。

 アデルトルートは誰かと約束しているので言えないと説明していたが、エルネスティの予想ではシズ・デルタだ。だが、その予想は間違っているとか。――他に該当者は浮かばない。

 回復したとしても調子自体はまだ不安定だ。なにやらまだ動作に違和感がある。痛みや快楽といった様々な気持ち的なものが混然一体となったような――

 思うように動けない。それが第一印象だ。

 食事療法を続けて歩行の訓練を繰り返していくほどに元の調子は戻ってきたのだが、歩いている今も思う。急に失禁しそうだと。例えるならば――下半身だけ生まれたてに戻ったような感じだ。

 考えると恥ずかしい事だが男の子なので、という事で無理矢理納得する事にした。

 

(ほんの数日ですが身体へ巡らせる魔法術式(スクリプト)の走りが上手くいきませんでした。魔術演算領域(マギウス・サーキット)に問題は無い筈ですが……。こそばゆいというか……。何と例えたらいいのでしょう)

 

 相当ひどいケガからの復帰だ。これくらいのことは想定内かもしれない。そんなことを考えながら歩き続けた。

 毎回国王に呼び出されている気分にはなったが予想では説教かな、と。

 

        

 

 不安に駆られつつ到着したのは国王の執務室だ。

 試合の報告もしなければならないけれどエルネスティはとても居心地が悪かった。

 大言壮語を掲げつつ見事に失態を演じてしまったのだから。より羞恥心が刺激される。

 まずリーダー格のエドガーが挨拶し、それぞれ臣下の礼を取っていく。

 部屋には国王の他は側近のクヌート侯爵と国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から所長のオルヴァー・ブロムダールが控えていた。

 

「うむ。よくぞ参った。それぞれ楽にしてよい。エルネスティはそのまま待機しておれ。無理は良くないが……」

「……恐れ入ります」

 

 国王の表情は安心の色に見えた。反面、クヌートは(いか)めしい顔で睨むような表情だった。オルヴァーは侯爵の顔を見て苦笑するのみ。

 用意された椅子にエルネスティ以外が座ったのを確認した国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラは集まった面々を(ねぎら)う。

 試合は中途半端だが善戦した者はきちんと褒めた。

 

「……もう分かっていると思うが……、エルネスティよ。いきなり無様な結果となってしまったな」

「反論の言葉もありません」

「しかし、そなたは仲間には身を守るように言ったのだろう? あえて聞くぞ。何故、自分の身を(おろそ)かにした?」

 

 優しく語り掛けるように国王は言った。そこに責める意図は無いように気を使ったのだが、エルネスティはより小さく身体を縮ませる。聞かれたくない不祥事のように。

 国王の問い掛けを無視することは出来ないし、反論の言葉は無いと言った手前、どう言えばいいのか――

 

「命を大事にする、が信条の貴様が。……しかし、だからといって一方的に責めるわけにはいかぬ。壁までは結構な距離があった。わしの目から見てもあの噴射する装備を使った瞬間に()()があったような気がするのだ。明らかにあの時……、既に意識が無かったのではないか? お主は覚えておらんかもしれんが……」

 

 意識がどこまであったのか、と言われると答えにくい問題である。分かっているのは失敗して壁に激突した()()だ。過程の方は確かに思い出せない。

 どこまで覚えていただろうか、と。

 

「事故の検証は(おこな)わねばならぬ。であれば貴様が作りし新装備の秘密を暴露することになる。その点についてどう思う? 自分で調べるか、それとも専門機関たる国機研(ラボ)に任せるか?」

「……第三者視点で調査する事に異論はございません。あれは試合の為の装備ゆえ、それが終われば公開する予定でした」

 

 国王がオルヴァーに顔を向けると察した彼は胸に手を当てて頷いた。

 それよりもいつになく弱々しい声で答えた銀髪の少年――いや、今、国王は気づいた。

 紫銀の艶やかな美しい頭髪が()()()白っぽくはないかと。

 まるで精気を吸い取られたかのように。頬は少しこけている程度だが下手をすれば病人の様相ではないかと。

 下を向くとより一層(はかな)げな少女のように見える。

 男子でありながら見目麗しいと評判のエルネスティの変化は既に噂になりつつあった。

 

「……此度(こたび)の事故の責任はわしにもあると感じておった。この一年、そなたの周りでは様々な事態が立て続けに起きたであろう? 見掛けは子供でも精神的な負荷は随分と溜まっていた筈だ。なにより刻限も迫っておる。普通の人間であれば平静など保ってはおられまい」

「……いえ、そのようなことは……」

「王命である。それに従うお前達の心労は通常以上に負担になるものだ。それに未完成品を持ってきたであろう?」

「あれは……現行の資材での限界であって……。決して陛下への嫌味などではありません」

(当たらずも遠からず。どの道、予定に間に合わない部分なのは事実ですが)

(充分嫌味に受け取ったぞ)

 

 もし、満足なものを作ったとしても学生に出来る完成品であり、真の意味での完成ではない。でなければ最後の部品たる『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』を求めたりはしない。

 此度の試合で良い戦果を挙げた暁に作られる幻晶騎士(シルエットナイト)は更に輪をかけた性能を見せてくれる筈だ。その予感を国王はしっかりと感じた。

 人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)は元となった『ツェンドルグ』の発展型という。既に改良型を作っていた。

 制式量産機であるカルダトア・アルマは現行を仕上げるのに苦慮したというのに。学生側は同士進行で複数の新型を持ってきた。それはとても凄い事だ。

 今回の試合には用いられなかったが『パーラント』という機体もあるとか。

 多種多様な機体を創る学生の今後がとても楽しみで仕方がない。

 

        

 

 エルネスティにケガから立ち直たとしても幻晶騎士(シルエットナイト)に改めて搭乗する気があるのか聞いていなかった。

 国王としては乗ってほしいのと乗ってほしくない気持ちが半々。

 子供らしく諦める事もまた一つの結果だ。それに対して叱る気持ちは無い。

 もし、懲りずにまた乗る気があれば応援したい。立場があるとはいえ、自分も騎操士(ナイトランナー)のはしくれだ。

 素晴らしい機体を造る能力をむざむざ捨てるのは勿体ない。

 

「此度は……そなたへの説教というわけにはいかん。それはそれとして……汚名を(そそ)ぐ気はあるか? 熱意はまだ持っておるか?」

「それはもちろんでございます」

 

 自分の夢に近づき、(ようや)くにして操作できるところまで来た。ある程度納得のいく新型も作れた。

 後はより良い部品を搭載し、更なる発展に臨む。その気持ちは未だに消えていない。

 

「今回の試合の為に呼び寄せたアルヴァンズが一ヶ月、鍛練を付けてくれることになった。といっても三名だけだが……。エルネスティも共に身体を鍛えるが良い。もちろん、幻晶騎士(シルエットナイト)の整備をしても良いが……。そなただけ万全の態勢にしなければな」

「……ありがとうございます。ご心配をおかけしました」

「あんな事故が起きたからとて開発の機会を奪っては今以上に体調が悪化しそうであるからな。それに今度生まれてくる家族に自慢話しの一つも用意してやらんと……」

 

 国王の言葉に思わず顔がほころぶエルネスティ。

 兄として弟か妹に顔向けできない結果は出せない。それには現状をもっと改善しなくてはならない。

 

(華麗な勝利は出来ませんでしたが……。その前に僕は真っ当な騎操士(ナイトランナー)ではありませんね。その問題を忘れていました)

 

 立場的にエルネスティはライヒアラ騎操士学園を卒業しただけで騎操士(ナイトランナー)の視覚を持っているとは言えない。その途中で大事故を起こしてしまったので剥奪も薄っすらと脳裏に過ぎる。

 最悪、魔力転換炉(エーテルリアクタ)を諦めざるを得ない事態になっても仕方がないと割り切れるが――騎操士(ナイトランナー)としての正式な資格は欲しい。ついでに騎操鍛冶師(ナイトスミス)の資格も取れたら貰いたかった。

 

「勝利は条件に含めんが……。挽回の機会をやろう。改めて試合を執り(おこな)う事にする。そこでわしを満足させられたら……。もちろん、大事故は論外だが……。可能な限り褒美をやろう。改めて新型を造れ、というわけではない。現行機で構わん」

「はっ」

「時間は限られておるが……。実質エルネスティ一人だけ努力すれば問題の無い条件とした。身体づくりに励め。そして、元気な姿を改めてわしに見せよ。……ああ、それと次の試合まで整備などは国機研(ラボ)との協力の下に(おこな)えるよう、わしから進言しておく」

 

 ここで国王の言葉に違和感を覚えた。それはエルネスティだけではない。

 彼の言い分だと誰と戦うことになるのか。アルヴァンズとの再戦なのか、それとも別の騎士団か、と。

 エルネスティの知識では王国にはいくつかの騎士団が存在する事は知っている。

 出会った事は無いが『緋犀(ひさい)騎士団』という規律に厳しい実戦派の集団がある。

 

一月(ひとつき)後に戦う相手はアルヴァンズなのでしょうか?」

「それは当日のお楽しみだ。アルヴァンズはアルヴの里に戻らねばならん。だからこそ三人だけ残ってもらったのだ。無理を言ったのだから後で礼を言っておくように」

 

 エドガー以下の騎操士(ナイトランナー)三名は恭しく(こうべ)を垂れた。

 オルター弟妹もエルネスティ同様に正式な騎操士(ナイトランナー)ではないので大人しく過ごしていた。

 

「アルヴの里?」

「そなたらには言っておらなかったな。我が国の重要拠点だ。詳細は伏せるぞ……」

「承知しました」

 

 つい口が滑ったが――どの道彼らを案内する事になるだろうから、その事は特に問題視しなかった。

 此度の事故が無ければ。順調に行けば希望が叶ったかもしれない。それは国王側の希望的観測ではある。

 

        

 

 国王との会談を終え、帰路に就く面々。

 いつもであればエルネスティが自分の趣味全開の会話が続くものとばかり思っていた。今回はほぼ国王の強引な話術に終始した。

 大人しい銀髪の少年の姿は周りから見ても珍しいと言わざるを得ない。

 

(殆ど決定事項を伝えるだけでしたね)

 

 それと思いのほか国王はエルネスティを気遣っていた。余程楽しみにしていた試合が急遽台無しになって落胆したのかもしれない。

 本当であれば新型の説明を求められるところを全く触れてこなかった。おそらく、わざと触れないようにした可能性も否定できない。

 

(父様との鍛練と思ってましたが……。アルヴァンズの方々が直々にとは……。今の僕には良い刺激かもしれません)

 

 父親(マティアス)であれば手心を加えられて真剣さが足りない事になるかもしれない。そう考えれば決して悪い話しではない。

 では早速気持ちを切り替えて再出発だ、という短絡的な行動にはとれない。まず自分がすべきことは健康管理――も大事だが魔力(マナ)の操作特訓だ。それというのもここ数日、急に下手くそになった気がした。

 原点回帰に立ち戻り、思考を整理する。

 ――他の者達より遅れてアルヴァンズの稽古を受けたのは一週間ほど過ぎた頃だ。その時には幻晶甲冑(モートルビート)を脱いで行動できるようになった。なった、というかそうなるように努力した。

 特訓の場はライヒアラ騎操士学園に併設された訓練場である。彼ら(アルヴァンズ)は本来であれば秘匿された騎士団という話しであった。もちろん、訓練内容は他の学生には公開されない。あくまでエルネスティ達に限定した厚意である。

 

「遅ればせながらエルネスティ・エチェバルリアです。よろしくお願いします」

「うむ。よく逃げ出さなかった」

 

 アルヴァンズの精鋭たちとまずは挨拶を交わす。

 訓練は走り込みや武具を使った簡単な戦闘が(おも)である。

 人体を模倣して作られた幻晶騎士(シルエットナイト)において戦い方を身体に覚えさせるのは非常に有効的な手法である。単なる操縦技術だけ上手くても駄目である。

 逆に言えば普段の動き以外の行動を取らせるのが非常に難しい。この辺りは感覚による。

 どちらにしても実際に身体を動かして肉体的にも精神的にも鍛えなければ満足に幻晶騎士(シルエットナイト)は操れない。

 

        

 

 座学と魔法の扱いが得意なエルネスティは遠距離型。接近戦はディートリヒに軍配が上がる。

 それぞれのクセを見極め、それに適した動きを意識するように指導を受ける。

 普段であれば誰よりも優れた能力を発揮する銀髪の少年もごく普通の訓練生の様な状態でアルヴァンズの言葉をメモしていく。

 その代わりとしてエルネスティは自らが作り上げた魔法の使い方、魔力(マナ)の扱い方を彼らに教える。

 

魔法術式(スクリプト)の操作は元々得意でした」

 

 そう言いながら持ち込んだ黒板に色々と書き込む。

 椅子に座らされたアルヴァンズの騎士達は学生にしては小難しい筈の学問を詳細に記載するエルネスティの天才肌を間近で実感していく。

 学園に入学する前から魔力(マナ)切れを利用した増強は無茶もいいところ。普通の子供であれば無理のない方法を取るものだ。これは明らかに容量の増加を見据えた特訓である。

 

「そもそも魔力(マナ)を枯渇させるような無茶な方法論で魔力貯蓄量(マナ・プール)が増える仕組みを理解したのか。一〇にも満たない歳の内から」

「何となくですが……。確信はありました。肉体を鍛えるように魔力(マナ)も鍛えれば増強されるはずだと。そうでなければ上位魔法(ハイ・スペル)は扱えません」

「最初から豊富な魔力貯蓄量(マナ・プール)が膨大にあった、というわけではないのだな」

「そういう都合のいい天才ではありませんでしたよ。最初は少しの魔法を使っただけで頭痛やめまいを覚えました」

 

 そういう弊害に耐えられたのは幼き日に見た幻晶騎士(シルエットナイト)の雄姿があったから。

 父から身体を鍛えるのとある程度の魔法を扱える必要がある、と教わった。

 独自の訓練で気が付けば周りの子供より先に進んでいた。ただ、それだけ。日頃の努力がしっかりと現れたおかげでもある。

 知識については『前世の記憶』というもののお陰もある。それがなければ――今のも平凡な少年として暮らしていた。

 

「既存の魔法を読み解き、無駄な部分を削ぎ落し、もっと効率的な魔法を開発するすべを僕は身に着けていきました。そもそも魔法術式(スクリプト)は基本式の積み重ねです。固定観念として存在しているわけではありません」

 

 黒板に基本の魔法術式(スクリプト)を書いたら一緒に見物していたエドガーから止められた。説明が長くなる、という理由で。

 一から魔法論議を語ろうとすると一ヶ月全てエルネスティの講義で埋まってしまう。

 

「普段は自身の身体強化をしながら生活するようにしたのです。常に身体に重りを付けた感じですね」

「……普通の学生は勉学に終始するものだが……。君は最初から違っていたようだ」

「エル君の特訓で私達も実際に魔法の扱いは得意になりました」

 

 特異な訓練はエルネスティだけの専売特許というわけではなく、アデルトルート達のように教えれば同等程度に増強できる、という実証を証明させた。

 発想こそ突飛だが――それは決して一個人の独占で誰にも出来ない不可能な案件ではない。

 もし、不可能であるならば国を挙げてエルネスティを保護する動きを取られる。そうなると自由を奪われてしまう可能性が高まる。

 

(運がいい事にアディ達は教えたら強くなれた。僕だけの能力というわけではありません。独占は時に喪失が怖いです。僕しか出来ない案件が何らかの事情で失われたら誰かに頼れなくなってしまう。もちろん、全てをオープンにし過ぎるのは良くないのですが……。保険を持つ事はとても大事です)

 

 自分だけしか幻晶騎士(シルエットナイト)を造れないとしたら――

 同じ楽しみを共有する相手が居ないのと同義。それはそれで寂しいものがある。そうエルネスティは思っている。

 現在分かっている範囲では国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に居る工房長ガイスカ・ヨーハンソンはエルネスティ並みの熱意を持っている。高齢であるのが(いささ)か気になるが。

 出来れば同年代で幻晶騎士(シルエットナイト)について熱く語れる友達が欲しい。切磋琢磨する事は新しい発想に繋がる。残念ながら身近にロボット愛を持つ同年代は居ない。

 独りよがりな日々が続く。それは自身も認めるところ。

 

        

 

 アルヴァンズの面々はエルネスティが使用する限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)に興味を持ち、自分の達の鍛錬に使ってみると言った。

 今回は特別な魔法無しの原始的な訓練に始終する。

 魔獣相手に使う方法ではないが剣と盾を生身で実際に使う。身体の小さなエルネスティには小技を教えていく。

 

「魔法を併用した戦闘が得意としても単なる肉体のみでは動きがぎこちないな」

「こういう本格的な訓練は高等部から習うものと……」

 

 エルネスティは中等部を卒業したばかりだ。本格的な騎操士(ナイトランナー)として教わるのはこれからだ。

 時系列としては(いびつ)である。

 そもそも基本的な知識しか有しない中等部の学生が国王の命でアルヴァンズと模擬試合をするなど――

 その事を指摘するとエルネスティも納得の顔になる。

 自分は()()飛び級しすぎた、と。

 

「……だが、将来が楽しみだ」

 

 前人未到の新型を学生身分で作り上げたのだから。誇るべきところはある。

 それから黙々と。淡々と訓練課程が続いていく。

 魔法を併用すれば大人の騎士と対等近くまで渡り合えるエルネスティも実戦形式はきつかった。特に体力面は並々ならぬ疲労を覚える。

 本格的な騎士過程を習得しているのだから。汗一つかかずに楽々と走破する事は出来ない。――天才児といえども。

 それに一ヶ月という短い期間だ。肉体的な急成長を遂げ、筋肉に覆われたりはしない。特に元々身体の弱かったエルネスティがいきなり横幅の広い人間に変貌すれば多くの支持者(アデルトルートやステファニア)が悲しみの涙を流す。それは決して過言ではないと断言する。

 訓練課程が終わる間に起った事と言えばエチェバルリア家に新しい家族が出来た。それはもうあっさりとしたイベントだった。

 難産に陥る事もなく病院に行ってその日に無事赤ちゃんが生まれた。それくらいだ。

 性別は男の子。既に髪の毛が生えており、父親似の金髪。唐突に『俺は日本からの転生者。これからチートな能力で世界を救う冴えない主人公だ、よろしくアニキ。困っている人は放っておけない。数多(あまた)のヒロインばかりと出会う運命の星の下に生まれた。一年以内に全ての争いを解決する事を約束するぜ。俺は自分が約束したことは絶対に守る』を『天上天下唯我独尊』という言葉に集約する事もなく――

 ただ単純に『おぎゃあ』と言った。いや、それこそが前述した言葉の集約かもしれない、とエルネスティが身構えたのは秘密である。

 自分がそう(日本からの転生者)であるから彼もそうであると思ってしまうのは元日本人の悪しき慣習だろうか、と疲れを覚える。

 エルネスティにとって初めての兄弟。この世界でも向こう(日本)の世界でも。

 

(……ああ、とても可愛いです。……というのは今だけのような気もしますが……)

 

 動物も生まれた時は可愛いが成長すると気に食わない事が増えてくる。エルネスティの場合は自分と感性が合わなければ仲違いを起こすかもしれない。元々大人であった彼は人付き合いの難しさを()()知っていた。

 子供の名前はアルトリウスに決まった。父親が考えたものだ。エルネスティは特に案を出さなかった。思いつくのは日本名ばかりなので。西洋風は国によって特色が変わる。

 迂闊にインド風になっても困るので。

 女の子の名前は先に上げたベアトリスの他にはツェツィーリアとエリザベス。後はターニャとラクシュミー。

 

(古今東西入り混じる名前候補ですね)

 

 まだ外界の情報を得るには身体が出来ていない弟のアルトリウスは小さく身じろぎしながら兄の腕の中で眠る。

 子育ての大変さはある程度理解しているエルネスティだが、果たしてこれから彼とうまく付き合えるのか不安になってきた。これは元々の記憶による。

 特に夜泣き。育児は想像上に精神的負担が大きいものだ。多くは母親(セレスティナ)が担当するとはいえ、兄として何かできないか気にしないわけにはいかない。

 

        

 

 アルヴァンズの訓練以上に疲労するエルネスティはアーキッド達から見て異常であった。訓練の途中から目に見えてげっそりとしている。

 事が好きな幻晶騎士(シルエットナイト)であれば喜び勇んで取り組むのに育児となると別問題であったようだ。

 自分が赤子であった時を俯瞰して見ることは出来ない。けれども何もしないわけにはいかない。

 

(物心つくまでが大変でしょう。僕の場合は五歳くらいですか。それまでに出来る事は……。無いですね)

 

 つい兄として頑張らないと、というよく分からない強迫観念に囚われたが――

 学生時分のエルネスティがしなければならないことは目の前の特訓だ。それと高等部への進学。

 向けるべき方向性を間違えてはいけない。――と頭では理解している。

 子供については家族で会議する事として鍛練を続ける。

 心労の面で言えば頭脳派であるエルネスティは一番疲労度が高い。なにより肉体的な鍛練を終えても各幻晶騎士(シルエットナイト)の整備、調整がある。彼にとってはこちらは癒しかもしれないが――

 自身の幻晶騎士(スケアクロウ)以外は特に問題はない。

 

(……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)自体には問題がありません。あるとすれば僕自身です。急激な重圧に小さな身体は耐えられない。アディ達よりも倍以上、肉体に負担がかかる事が分かりました。操縦席回りと専用の幻晶甲冑(モートルビート)を用意すれば解決する筈です)

 

 本来、幻晶騎士(シルエットナイト)を操作する騎操士(ナイトランナー)が普段着であるのはおかしい。しっかりと防備を固めなければならない。特に対衝撃(ショック)機構は必須と言える。

 そもそもエルネスティとオルター弟妹は騎操士(ナイトランナー)になる前に幻晶騎士(シルエットナイト)を操る段階に入ってしまった。やはりここは原点に立ち返り、しっかりと座学なり受ける必要があるかもしれない。

 専門書の読み込みは得意な方なので残りは実践だけ。

 

(高等部卒業を待たずに何足も飛び越えてしまった弊害……。今から思えば僕はかなり無茶な事を……)

 

 訓練明けは反省の繰り返し。ため息の回数は最初よりも多くなった気がする。

 そんな友人を心配してか、アーキッドはエルネスティの肩を揉む。

 

「色々あったけれど充実した毎日で俺達は楽しかったぜ」

「私はエル君が無茶をしてケガしないか心配だったけれど」

「……僕は無敵ではありません。それが良く分かりました。便利な魔法を自在に操れる……、それは幻想でした」

 

 どこかで自惚(うぬぼ)れていた。その結果が大事故に繋がっている。もし、これがアーキッド達に起きていれば物凄く後悔していた。二度と幻晶騎士(シルエットナイト)に携わらないと思う可能性も否定できない。

 いくら高性能だとしても乗り手を死なせるような欠陥機に乗せたくない。

 それは装備に欠陥があったとしても操縦席だけは万全である都合の良い創作物の影響がある。しかし、現実は違う。作り手がいい加減であれば出来上がる機体は危険な爆発物と同じだ。

 様々な要因を加味して作られる幻晶騎士(シルエットナイト)の制作期間が長いのはそういうことだ。短期間で出来る幻晶騎士(シルエットナイト)に異を唱える者の気持ちを少し理解した。あくまでそれはセラーティ侯爵を通じて聞かされた一部の諸侯貴族の愚痴のようなもの。

 色々あったが一ヶ月の特訓は大きな事故も無く終了し、模擬試合の再開が執り(おこな)われる事となった。

 

 


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