オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#027 模擬試合開幕

 

 ライヒアラ騎操士学園中等部を卒業してすぐに国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)との模擬戦が(おこな)われる運びとなっている。

 十二歳だった少年も三年の月日の経過に随分と駆け足の人生だったと述懐する。

 当初の幻晶騎士(シルエットナイト)製作の熱意は消沈している気がしたが、開発意欲が無くなったわけではない。元々、その為だけに人生を謳歌していた。数年程度で無くしては実に勿体ない人生になってしまう。それだけは避けたかった。

 

(……予定通り自分の幻晶騎士(シルエットナイト)は完成に至りませんでした。……ため息しか出ません)

 

 運が良いのはアデルトルート・オルター達の機体()用意できたことだ。これらまで未完成品では試合どころではない。

 時間的猶予から考えて本当の意味での完成とは行かないが――試合に耐えうる中では最高の出来ではないかと。

 問題は国王陛下に自慢できるほどの機体かどうか。そこは残念ながら自信が無い。

 あれこれもやりたいと思っても手持ちにある材料には限界がある。

 

「……隕石騒動からエル君……、ため息ばかり」

 

 自分の機体の中から外の様子を窺っていたアデルトルートは銀髪の少年の姿を見て言った。

 様々な騒動はあったものの皆無事だった。それだけで充分ではないかと思っていても彼にとっては深刻な問題として受け取っていた。その詳細までは感じ取れないものの力になりたい気持ちはあった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の開発では役に立てなくても――

 しかしながら今もって彼の為に行動出来た(ためし)はない。

 彼女の背後にはアーキッドも居た。――二人乗りの幻晶騎士(シルエットナイト)なので。

 その彼とて友人を元気付ける方法が見つからない。

 

(試合。幻晶騎士(シルエットナイト)。隕石と来て……、新しい家族だ。エルには心の余裕が無かった。……でも、今はいくつか解決した筈だ。まだ何か……って自分の機体が完成しなかった事かな)

 

 彼にしては珍しい――と思えるほどの失態。しかし、アーキッドから見れば今までの突飛な行動が抑制され、かえって()()()に見えた。

 ここに居るのは誰もが天才児と褒め称える人間ではなく、一人の少年だ。

 友人としては彼の異常性が成りを潜めてくれた方が静かではある。しかし、それはそれで彼の発展を妨げてしまう。

 

「折角の機会を台無しにするのは……勿体ないよな」

「……エル君。絶対に勝つからね」

 

 勝利の暁には新たな問題が噴出する、事になる。そうだと分かっていてもやはり彼の元気の無い姿は痛々しくて見ていられない。

 人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)は単なる思い付きで造れるほど簡単ではないし、高機動に動けるようにしっかりと仕上げてくれた技術力の高さは決して学生だからと侮られるものではない。

 他の機体も同様に。

 エルネスティは間違いなくフレメヴィーラ王国にとって無くてはならない財産である。

 

        

 

 学生と国機研(ラボ)双方の準備が整い、模擬戦当日となった。

 決戦の舞台は王都カンカネンにある――正式に騎操士(ナイトランナー)になった者達が模擬戦をしたり、式典として使う――試合会場だ。この日の為に整備は万全に整えられた。

 戦うのは幻晶騎士(シルエットナイト)なので万民にお披露目するのは(はばか)られた。

 見物人は国王の他には諸侯貴族が(おも)である。

 特別観覧場には国王が座す玉座が用意され、周りを行き交うのは式典を(とどこお)りなく進めるための作業員たちだ。

 巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)が登場するので眼下の試合会場の扉は大きい。――既に国機研(ラボ)側の機体が控えている事は見物人には伝えられていた。

 今回の試合は形式的な意味合いが強く、勝敗を判断するのは国王だ。そして、今日の試合を一番に楽しみにしている人物でもある。

 最初に貴族たちが所定の位置に座るものの堅苦しい式典とは違い、楽な姿勢である。

 

「此度は学生の試合とか。どのようなものになるのでしょうな」

「専門集団たる国機研(ラボ)は今回の為に新型を用意したと聞いております。それらに学生が太刀打ちできるものでしょうか」

 

 それぞれに期待と不安が入り混じる。その中には国王(アンブロシウス)と古い付き合いのあるクヌート・ディスクゴートとアーキッド達の父親であるヨアキム・セラーティの姿もあった。

 特にヨアキムは真剣な顔で現場に臨んでいた。他の諸侯とは違い彼の子供達が現れる予定だ。親として少なからず心配していた。それが例え(めかけ)の子だとしても――

 外見は厳格な父親に見えるが子供達を心配する気持ちは貴族らしからぬ、という事を自覚している。

 

(親だからといってどのような機体を用意したかは秘密にされていたが……。無事に進むことを祈ろう)

 

 それぞれが着席していると国機研(ラボ)の責任者である所長のオルヴァー・フロムダールと幻晶騎士(シルエットナイト)制作の総指揮を務めていたドワーフ族の工房長ガイスカ・ヨーハンソンが現れる。

 学生側の観覧者は一人も居なかった。これはフレメヴィーラ王国の秘事を秘匿する意味合いが強いものと思われる。ただ、保護者という観点で言えばヨアキムが該当する、ともいえる。代わりにエルネスティの祖父にして騎操士学園の理事長であるラウリの姿は無い。これは単に本人が観覧を辞退したからだと思われる。それと今回の試合は国機研(ラボ)と学生の技術力を見る事が目的である。見世物として一般市民に披露するものではない。

 

        

 

 準備が整った報告を受け取った国王は形式ばった挨拶を始めた。

 天候は快晴。しかし、空には未だに幾筋もの白い線が走っている。当初よりも薄いので完全に消えるまで何か月も先になる。

 余震は未だに続いているものの規模は小さい。市民生活に支障が出るほどの脅威は――ほぼ――去ったと見ていい。

 

「数々の困難はあったものの今日を迎えられて(わし)は大いに満足している。……では、国機研(ラボ)幻晶騎士(シルエットナイト)を入場させよ」

 

 長ったらしい挨拶は国王とて苦手としている。それゆえに簡潔にまとめて次を促す。

 国王の次に貴族諸侯の自己紹介などは無い。そもそも聞かせる相手(多くの見物人)は眼下に居ない。

 巨大な扉が開かれ、重厚な足音を響かせて試合会場に姿を見せるのは国機研(ラボ)が開発した新型の正式量産機。その数は一〇機。それが規則正しく行進している。

 機体を操作する騎操士(ナイトランナー)の技術力の高さを観覧客に見せつけながら。

 

「おおっ!」

「なんと動きが滑らかなのだ」

「重々しいかと思っていたが……。これはこれは……」

 

 重量まで軽減は出来ないので歩くたびに伝わる振動音は消せない。けれども気になるほどの音量でもなかった。

 そう。いやに歩行音が静かだった。その事に気づくのは少し経ってからだった。

 国王が階下(かいした)に控えているガイスカ達に説明を許した。するとドワーフ族の彼は意気揚々と――些か興奮気味に新型機に向かって手を伸ばす。その間にも新型幻晶騎士(シルエットナイト)は諸侯貴族に向かって整列していく。

 

「これが我が国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)が作りし新型機っ! カルダトアをベースにしたカルダトア・アルマにございます!」

 

 唾を吐くほどの大きな声量で()くし立てる。側に居るオルヴァーは思わず彼から一歩離れて苦笑する。

 あまりに興奮しているので秘かに医療班を控えさせている。

 

「従来に比べて出力、機動力は勿論。魔力貯蓄量(マナ・プール)の容量は概算でおよそ倍っ!

倍!? 二倍ということか?」

 

 諸侯貴族の疑問に答えず、ガイスカは説明を続ける。

 全体的な向上は(はか)れたものの武装面が心許ない事も説明する。都合の良い部分だけで終わらせないのは彼の技術者としての矜持の表れか。

 新型の結晶筋肉(クリスタルティシュー)である『綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)』や板状の『板状結晶筋肉(クリスタルプレート)』を利用して作り上げた『畜魔力式装甲(キャパシティブレーム)』を説明していった。もちろん、背面に装備させた魔導兵装(シルエットアームズ)の二本の補助腕(サブアーム)の事も。

 あまり説明し過ぎると試合時間が短くなってしまう。黙っていると夜中まで書かれそうなのでオルヴィーは適当なところで工房長の話しを止めさせた。

 とにかく、従来の制式量産機であるカルダトアを凌駕する新型機であることは集まった諸侯貴族達には伝わったようだ。国王もあまりの熱意に少しだけたじろいだほど。

 

(さすがは国機研(ラボ)よ。専門職は実にいい仕事をしてくれたようだ)

 

 立ち並ぶ幻晶騎士(シルエットナイト)を見れば全く不安を感じさせない安定感があった。

 操作する騎操士(ナイトランナー)の技量もあるとはいえ、だ。

 カルダトア・アルマは見た目には安定している。以前は関節部分の問題が無かった一世代前の『カルダトア・ダーシュ』はもっと動きがぎこちなかった。今でこそその不安定さが分かるが、それ(関節部分)が無ければ今以上の向上は望めなかった。

 数値の上でもダーシュとアルマには格段の差の開きがある事はガイスカにとっては想定外のものであった。

 

「此度の催しに王国の精鋭『アルヴァンズ』に来ていただきました」

 

 オルヴァーが声を上げると並んでいる幻晶騎士(シルエットナイト)の搭乗口から騎操士(ナイトランナー)達が顔を見せ、観客席に向かって敬礼していく。

 王国屈指の騎士たちの登場に諸侯貴族達から感嘆の吐息が漏れる。

 彼らは数多の騎士団の頂点に君臨する最精鋭。単なる新型機のお披露目に呼んでいい集団ではない。それが出来るのは国王の命令があったからだと貴族達は理解する。

 

        

 

 今回の催しは新型のお披露目だけではない。だが、貴族達にはあまり情報は伝わらなかったのか、満足している顔が多かった。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の説明が終われば国機研(ラボ)の技術者たちに何らかの褒賞を与える事になると思い込んでいたが、それは一向に始まらない。

 国王は周りの顔ぶれを見回した後で一息つく。

 

国機研(ラボ)幻晶騎士(シルエットナイト)……。よもや本当に作るとは……。数百年の研鑽が必要な筈が……、随分と今回は早かったものよ)

 

 その原因はある程度理解しているが現実問題として結果を見せられると改めて驚かされる。

 たかが学生のアイデアと馬鹿には出来ない。それを思い知った。

 

国機研(ラボ)が作りし幻晶騎士(シルエットナイト)。実に見事である」

 

 国王の賛辞の言葉にオルヴァーとガイスカは膝をついて(こうべ)を垂れる。

 行事としてはこのまま終わっても構わない、という雰囲気だが――それで終わりではない。

 国王は側仕えの従者に言伝(ことづて)を託す。

 それからガイスカ達に席に着くことを命じる。勲章や報奨金などは現場では授与しない。これからが見物なのだから。

 

「さて、折角作った幻晶騎士(シルエットナイト)の性能を見せてもらおう。此度は模擬試合……。対戦相手の用意も整ったようだからの。……オルヴァー、ガイスカ両名に聞くが対戦に異論はあるか?」

「いいえ」

「新型機の性能を確かめるには実際に戦うのが一番でございます。わしも異論はありませぬ」

 

 二人の了承を得てから国王は一つ頷いた。

 アルヴァンズが通った扉とは反対側の大扉が開けられる。

 

「貴族諸君。今回の模擬試合の為に国機研(ラボ)とは別の……、学生たちが作りし幻晶騎士(シルエットナイト)を用意させた。どのようなものかはわしも知らん」

 

 公平を期す、というより楽しみを事前に知ってしまうと面白みが無くなるので今日まで情報は確認していない。しかし、従者たちはどのようなものかは知っているようだ。

 国王とは違って額から脂汗を流しているのが気になるが――

 未完成のような完成品とだけ耳に聞こえた。

 程なく地響きが現場に伝えられた。何人かは地震か、と慌てだす。

 ガルダトア・アルマとは違い、明らかに旧来然とした幻晶騎士(シルエットナイト)の歩行音のようであり、巨大な何かが駆ける音の様でもあった。

 それは次第に大きく、早くなる。

 

 ドガン!

 

 まず最初に聞こえたのは破壊音だった。

 対戦相手が出てくる筈の大扉が巨大な何かにぶつかって壊れる音――にしては少しは出過ぎる。

 国王のみならず、見物人たちが一斉に驚いた。

 

「……あっれー。扉(くぐ)れないよー」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に備わっている伝令管から少女の声が漏れ出た。

 大破壊の犯人であることは確実だが、まだその正体は現れていない。

 

「仕方ありません。壊して進んでください」

「りょ~か~い」

「……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 更なる破壊音が程なく響き、それに伴い土煙を上げながら会場に乱入してきたのは異様な大きさの()()だった。

 何か、というのは幻晶騎士(シルエットナイト)なのだが、それが既存の姿と一致しないので多くの貴族達は巨大な魔獣だと思ってしまい、それぞれ悲鳴を上げる。

 生物とは思えない鋼鉄の肌を持つ巨大な物体。それは下半身が馬で上半身が人型の幻晶騎士(シルエットナイト)それ(人馬)が荷物を牽引しながら駆けていく。

 荷物もまた巨大である。そう――幻晶騎士(シルエットナイト)を内包できるくらいに。

 

「ヒッヒ~ン」

「あまり調子に乗るなよ。……国王陛下が観覧するって聞いてるんだから」

 

 声の主はオルター弟妹。しかし、その出所は巨大な人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)である模様。それに気づいたのは国王と共に観覧している彼らの父親ヨアキムである。

 闘技場に現れた人馬型幻晶騎士(シルエットナイト)の大きさは通常の機体より二倍は無いものの縦にも横にも大きかった。そして、胴体などに包帯のようなものが巻かれて痛々しい姿であった。

 脚や腕の欠損は無い。

 装甲は緑を基調としている。元となったのはサロドレアの筈だが面影が全くないように見えた。

 

(……ほう。人と馬が合わさったものか……。よく造り上げた)

 

 感想としては簡単なものだが国王は目の前で腕を振りあげる巨大幻晶騎士(シルエットナイト)に驚いていた。

 目蓋を限界まで広げで頭から足元まで食い入るように見つめるほどに。

 人馬ではあるのだが上半身の身体には――見間違いでなければ――腕が四本あるように見えた。

 背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)ならば側に控えているカルダトア・アルマにも備わっているが、人馬は背面に補助腕(サブアーム)は無く、脇から新たな腕を生やしている、ように見える。つまり都合四本の腕を持っていることになる。

 脇の方は腕組したまま包帯が巻かれていた。

 

(なんともはや。面白い物を作り上げたな。しかもあの巨体が自在に駆け巡るとは……)

 

 人馬が持ってきた大きな荷物はひとりでに開き始め、予想通り複数の幻晶騎士(シルエットナイト)が状態を起こし始めた。こちらは全て人型だった。

 人馬に引かせる馬車のような物体まで作り上げているとは思わなかった国王は目新しい現場に瞳を輝かせた。その顔は見た目の年齢よりも若々しい活力に満ちていた。

 新たに現れたのは学生が作り上げた新型――という話しだがいくつかは見覚え、というか面影があるものだった。

 赤い機体は『グゥエラル』――の筈だが更に改良が加えられた模様。

 白い機体は『アールカンバー』が元になっている。

 地味目の古臭さの色合いは魔法特化のサロドレア型『トランドオーケス』を基にしたもの。そして、最後の機体は全く見覚えが無い。

 一見すると他の機体よりも特徴が無いように見える。おそらくエルネスティが未完成品だと言っていたものかもしれないと国王は思った。

 荷台から降りた幻晶騎士(シルエットナイト)はカルダトア・アルマの対面に整列していく。人馬型だけ異様に大きいが――とても――目立っていた。

 

「………」

 

 国王は言葉を失ったまま新型機と思われる幻晶騎士(シルエットナイト)に目を奪われていた。何か言わなければならない筈なのに食い入るように見つめたまま身体が止まっていた。

 それに気づいた従者が小声で声をかけるとアンブロシウスの意識が現実に引き戻り、失態を演じたことを誤魔化すために咳払いをした。

 

「……うおほん。あまりの事に驚いたぞ。それが学生たちが作り上げた新型か」

 

 一番小柄で地味目の幻晶騎士(シルエットナイト)から姿を見せるのは各種幻晶騎士(シルエットナイト)を発案した当事者である銀髪の少年エルネスティ。

 観覧者に向かって軽く一礼する。その後で人馬を含めて搭乗者が姿を見せる。

 

「ライヒアラ騎操士学園にて製造した新型機をお持ち致しました」

「うむ。では、皆の者。かの者達は学生でありながら国機研(ラボ)にも引けを取らない小童(こわっぱ)どもよ。製造に関してはわしの要望もあったが……。これは些か……、期待以上の出来である」

 

 しかし、人馬を含めて(エルネスティ)らの幻晶騎士(シルエットナイト)はケガ人のように包帯が巻かれている。それが少し気になった。

 歩き方や武装に問題があるには感じなかったけれど。

 ガイスカと違い、いきなり喚き散らさなかったエルネスティに機体の紹介を命令する。

 

「……いや、その前に。その包帯は何なのだ?」

「現行の技術、資材の限界を意味しています。残念ながら今以上の増強は出来ませんでした。……もし、それ以上の事が出来れば真の意味で完成する、という意味を込めました」

(それはわしへの嫌がらせか。……確かに包帯を解けば真の力を発揮する、という意味であれば納得しそうだが……。つまりまだまだ余力を残しているとも言えるな。腑抜けの小僧というのは欺瞞(ぎまん)か?)

 

 人伝えの情報ではエルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)造りに消極的になった筈だ。それが蓋を開けてみれば全くの嘘っぱち。

 彼はまだまだ創作意欲が溢れている。確かに学生身分には限界がある。規模からしても国機研(ラボ)の足下にも及ばない。

 それなのに都合五種類もの新型を持ってきた。その力量を疑う余地は無い、と言える。――ただ、実力はまだ見ていない。

 

「では、一番大きな幻晶騎士(シルエットナイト)から紹介いたします。これは陛下の期待に応えるためだけに作り上げた大型幻晶騎士(シルエットナイト)……。本当はもう少し小さく作る予定でしたが必然的に大きくなってしまいました。ええ、決してわざと大きくしたわけではありません。これは『サイドルグ』と言います。二人乗り用に建造した『ツェンドルグ』の改良試作型……。腕を四本にしたところまでは良かったのですが……、いろいろありまして……。続いて初期から作ってあった新型『グゥエラル』ですが、改良は続けてきました。白い機体は『アールダキャンバー』で汎用型の方は『トライドアーク』と言います」

 

 機能の説明を省いているとはいえ聞きなれない機体名に貴族達は呻くばかり。

 最後に紹介されるのがエルネスティの専用機。

 自他ともに認める未完成品。

 

案山子(かかし)を意味する『スケアクロウ』でございます」

 

 黒っぽい機体色。剣も盾も見当たらないし、サイドルグの巨大さのせいで地味な印象を受ける。

 学生側の期待のお披露目は以上で終わった。性能面の説明は長引きそうだが聞くべきか迷うところだ。しかし、模擬戦を(おこな)うので今説明すると弱点が露呈してしまう。

 それに口より実際に動く姿が見たくてたまらない。その反面、ガイスカは今にもエルネスティに飛び掛からんばかりに新型に釘付けになっていた。これらの説明をしろ、と怒鳴りそうな雰囲気があった。所長のオルヴァーが懸命に引き留めている姿が国王の視界に映る。

 

        

 

 学生側が用意した新型幻晶騎士(シルエットナイト)はサイドルグを除けばカルダトア・アルマに引けを取らないものである。しかし、やはり巨大さが仇となり、印象が薄い。

 剣を主体にするグゥエラル。

 防御型のアールダキャンバー。

 法撃特化のトライドアーク。

 謎のスケアクロウ。

 これにサイドルグを加えた五機と向かい合うアルヴァンズの精鋭たち。

 

「……人馬の幻晶騎士(シルエットナイト)は卑怯ではないのか?」

「でかいな。旅団級とも渡り合えそうだ」

 

 アルヴァンズの女性騎操士(ナイトランナー)は一人だけ。学生側はアデルトルートとヘルヴィの二人。他は男性だがバランス的には問題無さそうな印象をお互い受けていた。

 機体数は国機研(ラボ)の方が上回っているが、このままぶつかることは無い。

 勝負は公平を期する事になっているので。――その筈だが巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)と戦う場合は一対一とはならない。まして騎馬と人間が相手をする時は一対複数となるのは定石である。

 通常であれば正面と両脇の合計三機。これに牽制を付けるとしても一機が限界だ。

 残りは人型なので同数対応が常である。

 お互い新型。学生とはいえ手を抜かなくていい、と所長(オルヴァー)より指示を受けている。

 

「此度の試合は学生であるエルネスティの(ため)しも含まれる。そなたが作りし幻晶騎士(シルエットナイト)の実力が本物かどうか……。未完成であろうとお互い悔いなく戦うが良い」

 

 国王の言葉にエルネスティは深く頭を下げた。

 対するアルヴァンズはどう戦えばいいのか困惑気味だったが表情に極力出さないように努めた。それと新型との戦闘には興味があり、辞退者は出なかった。

 彼ら(アルヴァンズ)の中から戦闘に加わらない者が出るのは想定内なので国王は特に言及しなかった。

 

「陛下。いくら新型だとしてもアルヴァンズ相手では……」

「歴戦の強者(つわもの)の実力を知る良い機会ではないか、伯爵殿」

 

 学生が負ける、というより戦いにならないのではと危惧する者。新型が壊れるのを恐れる者。黙って見極める者。

 それぞれ感想に極端な偏りはなく、否定も肯定もまばらであった。

 大部分で巨大幻晶騎士(シルエットナイト)の出現に度肝を抜かれたせいだ。これは国王も同様であった。

 それに乗るオルター弟妹の父ヨアキムは最初の衝撃から立ち直り、幾分か平静であったが心臓はまだ激しく鼓動していた。

 あれに自分の子供が乗っているのか、と。それよりもあれほど巨大なものであったかと驚きは様々だった。

 サイドルグは従来の幻晶騎士(シルエットナイト)の二倍も身長があるわけではない。下半身の大きさによって錯覚しているだけで実際の大きさは幾分か小さい。

 エルネスティは大きなものを作ろうとしたわけではなく、体重計算や機動の関係上必要な大きさが偶々(たまたま)こうなってしまった。もう少し時間かければ小型化出来るかもしれないが、それは試合後にすべきことと判断した。

 

        

 

 国王の命によってアルヴァンズとエルネスティ達の試合が執り(おこな)われる。

 覚醒は全機。対するアルヴァンズは七機。サイドルグ相手に少ない気もしたが絶対勝利をもぎ取る意思は無いので戦略的な数字に従う事にした。

 あまくで規定に(のっと)った試合をするためだ。

 

「……向こう(騎士)は定石通りのようだ。こちらはどうする?」

 

 お互い戦略を練る為の時間を当てられ、各操縦者は一旦機体から降りていた。サイドルグは乗り込むのが大変、という理由で乗ったままエルネスティ達の話しを聞く態勢になった。

 性能面を国王に見せるうえで奇抜な武装は無く、エドガー機(アールダキャンバー)ディートリヒ機(グゥエラル)は普段通り。ヘルヴィ機(トライドアーク)も同様だ。

 サイドルグは高機動戦を(おこな)う予定だが操作に未だ慣れていない部分がある。

 最後のエルネスティ機(スケアクロウ)は仲間も知らない機能が備わっている。これはギリギリまで調整した為であり、秘匿する予定は無かった。だいたいの雰囲気は伝えている。

 

「敵は本物の騎士です。学生が普通に戦って勝てるとは思えません。なにより機動力はお互い同じ仕組みを採用しています。操作する騎操士(ナイトランナー)の実力がよりはっきりと見えると思いますよ」

「そうだとすると勝ち目が無いな」

「本音で言えば勝ちたいです。けれども命を懸けるほどの無茶はしないでください」

「うん、分かってる」

 

 今回はあくまで模擬戦闘が主体だ。殺し合いではなく新型機の性能テストと同義だ。

 いくら重要装置である魔力転換炉(エーテルリアクタ)を求める為とはいえ仲間を失うような事態は避けたい。なにより自分が設計したもので悲しい結果は寝覚めが悪い。

 安全面について少し時間をかけて再調整した。それによりエドガー達に直接的な致命傷は極力避けられるはずだ。

 だからこそ、スケアクロウを捨て石にするような事態を想定した。

 小柄なエルネスティでも鐙が踏めるように操縦席はしっかりと調整済み。武装は主な物はないが他の期待には実装していない唯一のものが備わっている。

 現行では大したことは出来ないが――少なくとも国王は驚かせることが出来ると自負している。

 

「リーダー格を落とせば勝利……、のような簡単なものではなく。既定の時間までに相手の数を減らすのが目的です。確実に一機ずつ」

「最初から機体数が違うんだが」

「僕らより少なければいいって事でいいと思いますよ」

「当たり前ですけど……。観覧席を攻撃してはいけませんよ」

 

 試合とはいえ闇雲に攻撃していいわけはない。国王を(はぶ)いたとしても諸侯貴族に危害が加えられれば即座に試合は中止。厳罰や説教が待っている。

 周りへの被害を考えて魔法以外の飛び道具の仕様は極力控える事になっている。

 アルヴァンズの武装はチラッと見た程度で言えば剣と魔法を放つ杖と防御の盾のみ。

 

国機研(ラボ)が作った新型機っ! 試合が終わったら見せてくれますかね。あちらも僕達の機体が気になっている筈……)

 

 様々な事があり、制作意欲が減退していたエルネスティではあったが未知の可能性を前にすると興味が再燃するらしい。

 早く試合がしたくてたまらない。どのような戦い方。幻晶騎士(シルエットナイト)の機能がどういうものになるのか、身をもって知りたくなってきた。

 自分達の機体は既にある程度は把握している。けれども他人の動きはまた別格だ。

 自分には及びもつかない事こそ好奇心には重要だから。

 

        

 

 およそ戦略と呼べる方法論は出なかったが後悔の無いように戦い抜くだけだ、と自分達を叱咤する。

 機体の性能では騎士達を上回っているかもしれない。けれども経験や練度の差はどうしても縮められない。

 本来は魔獣戦の為に作られた幻晶騎士(シルエットナイト)だが、対人戦ではどこまで戦えるのか――

 怖くもあり興味深くもある。

 

(元はと言えば僕の望みをかなえる戦い……。それに付き合ってくれるエドガー先輩、ディートリヒ先輩にヘルヴィ先輩。ありがとうございます。それとキッドとアディも)

 

 機械兵器たる幻晶騎士(シルエットナイト)にあまり興味を持っていなかったオルター弟妹もエルネスティの為に一肌脱ぐと言ってくれた。

 当初から付き合いのあった彼らは騎士としての実力はまだ未熟だが魔力(マナ)操作はたについづぃを許さない程に上達している。教えたエルネスティでも驚くほど。

 三人の先輩はお人好しなのかまとめて付き合ってくれる。それはそれで非常にこそばゆい思いがある。

 

(子供が設計した得体の知れない新型に乗ってくれて……。逆の立場なら怪しんで断るところなのに)

 

 今更ではあるが、エルネスティは彼らに心から感謝した。そして――

 この戦いに勝ちに行くことを誓う。

 対戦相手のアルヴァンズの情報は無いけれど非常に優れた騎士団の者達という認識だ。

 大技は初見しか通じない。後は学生らしく足掻くだけ。それは戦略と呼べない子供の児戯――

 それでも彼らには無い戦い方が出来る。

 

「彼らは定石(じょうせき)で攻めてくる筈です。こちらは奇策で迎え撃ちます。方法としてはこれしかありません」

「上等だ」

 

 銀髪の少年の言葉にディートリヒは子供っぽい笑みを見せた。対する真面目なエドガーは顔を曇らせる。もう少し頭を使えと言わんばかりだ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)造りなら自身があるエルネスティも戦士としての戦い方はまだまだ未成熟であった。ある程度の戦略は立てられるが練度が圧倒的に足りない。

 

「即席の小隊でもあるし、統一感の無い機体ばかりだ。これで騎士として戦え、というのは無茶が過ぎるか」

「規則正しい優等生対好みも性格も見た目も違う愉快な仲間達。面白いじゃない」

 

 ヘルヴィが子供っぽく笑い、場が(なご)む。彼女の場合は早く新型(トライドアーク)の真価を発揮したくてたまらないようだ。

 各自新型機を本格運用するのは今日が初めて。それと実戦形式による起動試験も兼ねている。

 更には――

 

(この戦いもまた新たな機体を造る布石です。国機研(ラボ)の出来を見せられても創作意欲が湧かないのであれば……、僕は相当にダメな子になってしまった証拠。それはなんか嫌ですね)

 

 家族の事も心配だが今日という日を迎えられたことは幸せである。――(いささ)か駆け足気味の人生だった気もしないでもない。

 およそ戦略と呼べるものは結局のところ決められなかったがそれぞれ全力を尽くすことで一致した。そして、それぞれの機体に登場し、指定された位置に移動する。

 試合を取りまとめる王国側の幻晶騎士(シルエットナイト)が一機、中央に移動し、それぞれの準備が整ったかどうか確認する。

 双方の支度が整った事を確認した後、杖を掲げた。

 

「では、模擬試合……、開始っ!

 

 決戦の火蓋として魔法が上空に打ち上げられる。

 その勝敗の行方は国王のみならず諸侯貴族達やエルネスティ達にも予想がつかない。

 新型対新型の戦いが(おごそ)かに始まった。

 

 


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