ライヒアラ騎操士学園中等部を卒業してすぐに
十二歳だった少年も三年の月日の経過に随分と駆け足の人生だったと述懐する。
当初の
(……予定通り自分の
運が良いのはアデルトルート・オルター達の機体
時間的猶予から考えて本当の意味での完成とは行かないが――試合に耐えうる中では最高の出来ではないかと。
問題は国王陛下に自慢できるほどの機体かどうか。そこは残念ながら自信が無い。
あれこれもやりたいと思っても手持ちにある材料には限界がある。
「……隕石騒動からエル君……、ため息ばかり」
自分の機体の中から外の様子を窺っていたアデルトルートは銀髪の少年の姿を見て言った。
様々な騒動はあったものの皆無事だった。それだけで充分ではないかと思っていても彼にとっては深刻な問題として受け取っていた。その詳細までは感じ取れないものの力になりたい気持ちはあった。
しかしながら今もって彼の為に行動出来た
彼女の背後にはアーキッドも居た。――二人乗りの
その彼とて友人を元気付ける方法が見つからない。
(試合。
彼にしては珍しい――と思えるほどの失態。しかし、アーキッドから見れば今までの突飛な行動が抑制され、かえって
ここに居るのは誰もが天才児と褒め称える人間ではなく、一人の少年だ。
友人としては彼の異常性が成りを潜めてくれた方が静かではある。しかし、それはそれで彼の発展を妨げてしまう。
「折角の機会を台無しにするのは……勿体ないよな」
「……エル君。絶対に勝つからね」
勝利の暁には新たな問題が噴出する、事になる。そうだと分かっていてもやはり彼の元気の無い姿は痛々しくて見ていられない。
人馬型
他の機体も同様に。
エルネスティは間違いなくフレメヴィーラ王国にとって無くてはならない財産である。
★
学生と
決戦の舞台は王都カンカネンにある――正式に
戦うのは
見物人は国王の他には諸侯貴族が
特別観覧場には国王が座す玉座が用意され、周りを行き交うのは式典を
巨大な
今回の試合は形式的な意味合いが強く、勝敗を判断するのは国王だ。そして、今日の試合を一番に楽しみにしている人物でもある。
最初に貴族たちが所定の位置に座るものの堅苦しい式典とは違い、楽な姿勢である。
「此度は学生の試合とか。どのようなものになるのでしょうな」
「専門集団たる
それぞれに期待と不安が入り混じる。その中には
特にヨアキムは真剣な顔で現場に臨んでいた。他の諸侯とは違い彼の子供達が現れる予定だ。親として少なからず心配していた。それが例え
外見は厳格な父親に見えるが子供達を心配する気持ちは貴族らしからぬ、という事を自覚している。
(親だからといってどのような機体を用意したかは秘密にされていたが……。無事に進むことを祈ろう)
それぞれが着席していると
学生側の観覧者は一人も居なかった。これはフレメヴィーラ王国の秘事を秘匿する意味合いが強いものと思われる。ただ、保護者という観点で言えばヨアキムが該当する、ともいえる。代わりにエルネスティの祖父にして騎操士学園の理事長であるラウリの姿は無い。これは単に本人が観覧を辞退したからだと思われる。それと今回の試合は
★
準備が整った報告を受け取った国王は形式ばった挨拶を始めた。
天候は快晴。しかし、空には未だに幾筋もの白い線が走っている。当初よりも薄いので完全に消えるまで何か月も先になる。
余震は未だに続いているものの規模は小さい。市民生活に支障が出るほどの脅威は――ほぼ――去ったと見ていい。
「数々の困難はあったものの今日を迎えられて
長ったらしい挨拶は国王とて苦手としている。それゆえに簡潔にまとめて次を促す。
国王の次に貴族諸侯の自己紹介などは無い。そもそも聞かせる
巨大な扉が開かれ、重厚な足音を響かせて試合会場に姿を見せるのは
機体を操作する
「おおっ!」
「なんと動きが滑らかなのだ」
「重々しいかと思っていたが……。これはこれは……」
重量まで軽減は出来ないので歩くたびに伝わる振動音は消せない。けれども気になるほどの音量でもなかった。
そう。いやに歩行音が静かだった。その事に気づくのは少し経ってからだった。
国王が
「これが我が
唾を吐くほどの大きな声量で
あまりに興奮しているので秘かに医療班を控えさせている。
「従来に比べて出力、機動力は勿論。
「倍!? 二倍ということか?」
諸侯貴族の疑問に答えず、ガイスカは説明を続ける。
全体的な向上は
新型の
あまり説明し過ぎると試合時間が短くなってしまう。黙っていると夜中まで書かれそうなのでオルヴィーは適当なところで工房長の話しを止めさせた。
とにかく、従来の制式量産機であるカルダトアを凌駕する新型機であることは集まった諸侯貴族達には伝わったようだ。国王もあまりの熱意に少しだけたじろいだほど。
(さすがは
立ち並ぶ
操作する
カルダトア・アルマは見た目には安定している。以前は関節部分の問題が無かった一世代前の『カルダトア・ダーシュ』はもっと動きがぎこちなかった。今でこそその不安定さが分かるが、
数値の上でもダーシュとアルマには格段の差の開きがある事はガイスカにとっては想定外のものであった。
「此度の催しに王国の精鋭『アルヴァンズ』に来ていただきました」
オルヴァーが声を上げると並んでいる
王国屈指の騎士たちの登場に諸侯貴族達から感嘆の吐息が漏れる。
彼らは数多の騎士団の頂点に君臨する最精鋭。単なる新型機のお披露目に呼んでいい集団ではない。それが出来るのは国王の命令があったからだと貴族達は理解する。
★
今回の催しは新型のお披露目だけではない。だが、貴族達にはあまり情報は伝わらなかったのか、満足している顔が多かった。
国王は周りの顔ぶれを見回した後で一息つく。
(
その原因はある程度理解しているが現実問題として結果を見せられると改めて驚かされる。
たかが学生のアイデアと馬鹿には出来ない。それを思い知った。
「
国王の賛辞の言葉にオルヴァーとガイスカは膝をついて
行事としてはこのまま終わっても構わない、という雰囲気だが――それで終わりではない。
国王は側仕えの従者に
それからガイスカ達に席に着くことを命じる。勲章や報奨金などは現場では授与しない。これからが見物なのだから。
「さて、折角作った
「いいえ」
「新型機の性能を確かめるには実際に戦うのが一番でございます。わしも異論はありませぬ」
二人の了承を得てから国王は一つ頷いた。
アルヴァンズが通った扉とは反対側の大扉が開けられる。
「貴族諸君。今回の模擬試合の為に
公平を期す、というより楽しみを事前に知ってしまうと面白みが無くなるので今日まで情報は確認していない。しかし、従者たちはどのようなものかは知っているようだ。
国王とは違って額から脂汗を流しているのが気になるが――
未完成のような完成品とだけ耳に聞こえた。
程なく地響きが現場に伝えられた。何人かは地震か、と慌てだす。
ガルダトア・アルマとは違い、明らかに旧来然とした
それは次第に大きく、早くなる。
ドガン!
まず最初に聞こえたのは破壊音だった。
対戦相手が出てくる筈の大扉が巨大な何かにぶつかって壊れる音――にしては少しは出過ぎる。
国王のみならず、見物人たちが一斉に驚いた。
「……あっれー。扉
大破壊の犯人であることは確実だが、まだその正体は現れていない。
「仕方ありません。壊して進んでください」
「りょ~か~い」
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
更なる破壊音が程なく響き、それに伴い土煙を上げながら会場に乱入してきたのは異様な大きさの
何か、というのは
生物とは思えない鋼鉄の肌を持つ巨大な物体。それは下半身が馬で上半身が人型の
荷物もまた巨大である。そう――
「ヒッヒ~ン」
「あまり調子に乗るなよ。……国王陛下が観覧するって聞いてるんだから」
声の主はオルター弟妹。しかし、その出所は巨大な人馬型
闘技場に現れた人馬型
脚や腕の欠損は無い。
装甲は緑を基調としている。元となったのはサロドレアの筈だが面影が全くないように見えた。
(……ほう。人と馬が合わさったものか……。よく造り上げた)
感想としては簡単なものだが国王は目の前で腕を振りあげる巨大
目蓋を限界まで広げで頭から足元まで食い入るように見つめるほどに。
人馬ではあるのだが上半身の身体には――見間違いでなければ――腕が四本あるように見えた。
脇の方は腕組したまま包帯が巻かれていた。
(なんともはや。面白い物を作り上げたな。しかもあの巨体が自在に駆け巡るとは……)
人馬が持ってきた大きな荷物はひとりでに開き始め、予想通り複数の
人馬に引かせる馬車のような物体まで作り上げているとは思わなかった国王は目新しい現場に瞳を輝かせた。その顔は見た目の年齢よりも若々しい活力に満ちていた。
新たに現れたのは学生が作り上げた新型――という話しだがいくつかは見覚え、というか面影があるものだった。
赤い機体は『グゥエラル』――の筈だが更に改良が加えられた模様。
白い機体は『アールカンバー』が元になっている。
地味目の古臭さの色合いは魔法特化のサロドレア型『トランドオーケス』を基にしたもの。そして、最後の機体は全く見覚えが無い。
一見すると他の機体よりも特徴が無いように見える。おそらくエルネスティが未完成品だと言っていたものかもしれないと国王は思った。
荷台から降りた
「………」
国王は言葉を失ったまま新型機と思われる
それに気づいた従者が小声で声をかけるとアンブロシウスの意識が現実に引き戻り、失態を演じたことを誤魔化すために咳払いをした。
「……うおほん。あまりの事に驚いたぞ。それが学生たちが作り上げた新型か」
一番小柄で地味目の
観覧者に向かって軽く一礼する。その後で人馬を含めて搭乗者が姿を見せる。
「ライヒアラ騎操士学園にて製造した新型機をお持ち致しました」
「うむ。では、皆の者。かの者達は学生でありながら
しかし、人馬を含めて
歩き方や武装に問題があるには感じなかったけれど。
ガイスカと違い、いきなり喚き散らさなかったエルネスティに機体の紹介を命令する。
「……いや、その前に。その包帯は何なのだ?」
「現行の技術、資材の限界を意味しています。残念ながら今以上の増強は出来ませんでした。……もし、それ以上の事が出来れば真の意味で完成する、という意味を込めました」
(それはわしへの嫌がらせか。……確かに包帯を解けば真の力を発揮する、という意味であれば納得しそうだが……。つまりまだまだ余力を残しているとも言えるな。腑抜けの小僧というのは
人伝えの情報ではエルネスティは
彼はまだまだ創作意欲が溢れている。確かに学生身分には限界がある。規模からしても
それなのに都合五種類もの新型を持ってきた。その力量を疑う余地は無い、と言える。――ただ、実力はまだ見ていない。
「では、一番大きな
機能の説明を省いているとはいえ聞きなれない機体名に貴族達は呻くばかり。
最後に紹介されるのがエルネスティの専用機。
自他ともに認める未完成品。
「
黒っぽい機体色。剣も盾も見当たらないし、サイドルグの巨大さのせいで地味な印象を受ける。
学生側の期待のお披露目は以上で終わった。性能面の説明は長引きそうだが聞くべきか迷うところだ。しかし、模擬戦を
それに口より実際に動く姿が見たくてたまらない。その反面、ガイスカは今にもエルネスティに飛び掛からんばかりに新型に釘付けになっていた。これらの説明をしろ、と怒鳴りそうな雰囲気があった。所長のオルヴァーが懸命に引き留めている姿が国王の視界に映る。
★
学生側が用意した新型
剣を主体にするグゥエラル。
防御型のアールダキャンバー。
法撃特化のトライドアーク。
謎のスケアクロウ。
これにサイドルグを加えた五機と向かい合うアルヴァンズの精鋭たち。
「……人馬の
「でかいな。旅団級とも渡り合えそうだ」
アルヴァンズの女性
機体数は
勝負は公平を期する事になっているので。――その筈だが巨大な
通常であれば正面と両脇の合計三機。これに牽制を付けるとしても一機が限界だ。
残りは人型なので同数対応が常である。
お互い新型。学生とはいえ手を抜かなくていい、と
「此度の試合は学生であるエルネスティの
国王の言葉にエルネスティは深く頭を下げた。
対するアルヴァンズはどう戦えばいいのか困惑気味だったが表情に極力出さないように努めた。それと新型との戦闘には興味があり、辞退者は出なかった。
「陛下。いくら新型だとしてもアルヴァンズ相手では……」
「歴戦の
学生が負ける、というより戦いにならないのではと危惧する者。新型が壊れるのを恐れる者。黙って見極める者。
それぞれ感想に極端な偏りはなく、否定も肯定もまばらであった。
大部分で巨大
それに乗るオルター弟妹の父ヨアキムは最初の衝撃から立ち直り、幾分か平静であったが心臓はまだ激しく鼓動していた。
あれに自分の子供が乗っているのか、と。それよりもあれほど巨大なものであったかと驚きは様々だった。
サイドルグは従来の
エルネスティは大きなものを作ろうとしたわけではなく、体重計算や機動の関係上必要な大きさが
★
国王の命によってアルヴァンズとエルネスティ達の試合が執り
覚醒は全機。対するアルヴァンズは七機。サイドルグ相手に少ない気もしたが絶対勝利をもぎ取る意思は無いので戦略的な数字に従う事にした。
あまくで規定に
「……
お互い戦略を練る為の時間を当てられ、各操縦者は一旦機体から降りていた。サイドルグは乗り込むのが大変、という理由で乗ったままエルネスティ達の話しを聞く態勢になった。
性能面を国王に見せるうえで奇抜な武装は無く、
サイドルグは高機動戦を
最後の
「敵は本物の騎士です。学生が普通に戦って勝てるとは思えません。なにより機動力はお互い同じ仕組みを採用しています。操作する
「そうだとすると勝ち目が無いな」
「本音で言えば勝ちたいです。けれども命を懸けるほどの無茶はしないでください」
「うん、分かってる」
今回はあくまで模擬戦闘が主体だ。殺し合いではなく新型機の性能テストと同義だ。
いくら重要装置である
安全面について少し時間をかけて再調整した。それによりエドガー達に直接的な致命傷は極力避けられるはずだ。
だからこそ、スケアクロウを捨て石にするような事態を想定した。
小柄なエルネスティでも鐙が踏めるように操縦席はしっかりと調整済み。武装は主な物はないが他の期待には実装していない唯一のものが備わっている。
現行では大したことは出来ないが――少なくとも国王は驚かせることが出来ると自負している。
「リーダー格を落とせば勝利……、のような簡単なものではなく。既定の時間までに相手の数を減らすのが目的です。確実に一機ずつ」
「最初から機体数が違うんだが」
「僕らより少なければいいって事でいいと思いますよ」
「当たり前ですけど……。観覧席を攻撃してはいけませんよ」
試合とはいえ闇雲に攻撃していいわけはない。国王を
周りへの被害を考えて魔法以外の飛び道具の仕様は極力控える事になっている。
アルヴァンズの武装はチラッと見た程度で言えば剣と魔法を放つ杖と防御の盾のみ。
(
様々な事があり、制作意欲が減退していたエルネスティではあったが未知の可能性を前にすると興味が再燃するらしい。
早く試合がしたくてたまらない。どのような戦い方。
自分達の機体は既にある程度は把握している。けれども他人の動きはまた別格だ。
自分には及びもつかない事こそ好奇心には重要だから。
★
およそ戦略と呼べる方法論は出なかったが後悔の無いように戦い抜くだけだ、と自分達を叱咤する。
機体の性能では騎士達を上回っているかもしれない。けれども経験や練度の差はどうしても縮められない。
本来は魔獣戦の為に作られた
怖くもあり興味深くもある。
(元はと言えば僕の望みをかなえる戦い……。それに付き合ってくれるエドガー先輩、ディートリヒ先輩にヘルヴィ先輩。ありがとうございます。それとキッドとアディも)
機械兵器たる
当初から付き合いのあった彼らは騎士としての実力はまだ未熟だが
三人の先輩はお人好しなのかまとめて付き合ってくれる。それはそれで非常にこそばゆい思いがある。
(子供が設計した得体の知れない新型に乗ってくれて……。逆の立場なら怪しんで断るところなのに)
今更ではあるが、エルネスティは彼らに心から感謝した。そして――
この戦いに勝ちに行くことを誓う。
対戦相手のアルヴァンズの情報は無いけれど非常に優れた騎士団の者達という認識だ。
大技は初見しか通じない。後は学生らしく足掻くだけ。それは戦略と呼べない子供の児戯――
それでも彼らには無い戦い方が出来る。
「彼らは
「上等だ」
銀髪の少年の言葉にディートリヒは子供っぽい笑みを見せた。対する真面目なエドガーは顔を曇らせる。もう少し頭を使えと言わんばかりだ。
「即席の小隊でもあるし、統一感の無い機体ばかりだ。これで騎士として戦え、というのは無茶が過ぎるか」
「規則正しい優等生対好みも性格も見た目も違う愉快な仲間達。面白いじゃない」
ヘルヴィが子供っぽく笑い、場が
各自新型機を本格運用するのは今日が初めて。それと実戦形式による起動試験も兼ねている。
更には――
(この戦いもまた新たな機体を造る布石です。
家族の事も心配だが今日という日を迎えられたことは幸せである。――
およそ戦略と呼べるものは結局のところ決められなかったがそれぞれ全力を尽くすことで一致した。そして、それぞれの機体に登場し、指定された位置に移動する。
試合を取りまとめる王国側の
双方の支度が整った事を確認した後、杖を掲げた。
「では、模擬試合……、開始っ!」
決戦の火蓋として魔法が上空に打ち上げられる。
その勝敗の行方は国王のみならず諸侯貴族達やエルネスティ達にも予想がつかない。
新型対新型の戦いが