前代未聞の大災害と化しているフレメヴィーラは謎の集団の助力もあり、大きな混乱の広がりを軽微にしつつあった。しかし、揺れは一向に治まらない。
謎のシズによって昏倒させられ、避難場所に運ばれたエルネスティ・エチェバルリアは数十分ほどで目を覚ました。
彼女に叩かれた部分が赤い痣となって残っているが今は濡らしたタオルによって冷やされていた。
気が付いた時、側に母のセレスティナとアデルトルート・オルターの顔があった。
「あっ、気が付いた」
痛む頭を押さえつつも上半身を起こそうとした。しかし、それは母によって止められる。
シズの説明により、彼を休ませるように言われていたので――
震動が続く現状、しばらく大人しくする方が賢明だと誰もが思った。
(痛た……。僕は気絶させられたのですか? ……全く分かりませんでした)
むきになった事は反省すべきところだが、とエルネスティは苦渋に満ちた顔でシズとのやり取りを思い出す。
大きな災害の時は無理に行動するのはかえって危険である。頭では分かっていても何かしていないと不安になる。
災害心理というものが働いて無用な被害を拡大する所だった。
「あの人たち容赦なかったけれど……。皆避難しているっていうから信じましょう」
「……全く根拠のない言葉ですよ、アディ」
根拠は確かに無い。けれども、だからといってライヒアラ騎操士学園の都市全体を捜索するのは無謀である。建物の倒壊が起きた場合、自慢の魔法で対処できると果たして言い切れるのか。
自信は時に慢心を呼ぶ。
「ああっ、建物がっ」
避難民の一人が遠くにある街の様子に気が付いた。
現在位置は街からそれほど離れていない平原のど真ん中。ここにシズ達が作ったと思われる小屋が無数に点在していた。
エルネスティも大所帯が滞在できる簡易的なテントのような小屋に居た。そこから街の様子も見る事が出来る。
季節が夏ごろなので窓の必要は無いが長期間寝泊まりするには
(脆い家屋などが倒れましたか。……学園や工房はおそらく無事だと思いますけど……)
金属加工技術を持つとはいえ原始的な建物が多い。大きな地震には意外と弱いものだ。
エルネスティの邸宅のような貴族街とは違い、市民の建物はこれから次々と崩壊していくだろう。
それらをどうにかするすべはエルネスティは持ち合わせていない。だが、また建てればいい。生きてさえいれば復興は出来る。
そう割り切りたいところだが被害者からすれば一人でどうにかすることなど無理な話しだ。
(無理なんですけれど、まずは地震が治まるまではどうにもできません)
この災害が治まったら復興の手伝いをしようかな、と。さすがにこんな状態で
まさに驚天動地。そんな言葉が脳裏を駆け巡る。
★
見ているだけしか出来ないけれど、建物がいくつか崩れ落ちているが火災は起きていない。電気系統が発達していれば漏電などの恐れがあるものだが、フレメヴィーラにはこの手の技術が特別な場所にしかない。
水害は今のところ無さそうだが雨天の対処も考えなければならない。それと避難民のトイレ事情と医療だ。特に母は身重である。
ふとセレスティナに顔を向けるが特に異常は無さそうだった。
「ねえねえエル君。私達が今居る小屋ってあんまり揺れてないよね」
「そうですね。特殊な技術でも使われているのかも」
完全に揺れていないわけではないがごく微小にまで軽減されている。
何らかの免振技術だと思うけれど、様々な事が調査意識を阻害していた。
(……免振。確か簡単に出来る方法があった気がします。……バネのような。ゴムでしたか?)
大きな建物の免振となると大規模な工事が必要だが木造の小屋程度であれば厚めのゴムを下に敷くだけで幾分か軽減できた筈だ。
そのメカニズムについては詳しくないけれど、後で調べようと思った。
問題があるとすれば軽減する時に熱が発生する。もちろん程度に拠るけれど。
位置エネルギーを別のものに変換する事で免振が成り立つからだ。
(魔法なら
それとこの震動がかなり長い時間続くということだ。
避難民の精神状態は少しずつ回復していると思うけれど、長引けば諍いが起こりやすくなる。
閉鎖空間における人間の精神状態は悪化しやすい。
何もできずに時間だけが過ぎていく。
普段は
(……そういえば食料はどうしましょう。飲料の確保もしていません)
そう思っていると入り口の扉が開き、兜をかぶったシズ一族が避難民に食料を配り始める。
用意がいいのか、それとも想定内だったのか。とにかく、懸念が解消されて安心した。
「仮設トイレと風呂場を用意したものの揺れが酷くて利用には付き添いが必要だ」
「騎操士学園の者も手伝ってほしい」
そう告げて彼女達は作業を開始する。
動けそうな若者は
街中の捜索でなければ来い、とシズは言ってエルネスティを手招きした。
一度昏倒した事で冷静さを取り戻し、今自分に何が出来るのか見定める為にシズの要望に応える。アデルトルートもそんな彼の為に手伝う事を進言した。
★
激しい揺れの中を移動するのでアデルトルートに適切な魔法の使い方を伝え、シズ達の下に向かう。
とはいえエルネスティも一日いっぱい魔法を行使するだけの
避難民だけで数万人、それ以上とも思われる規模になる。それだけの人員を混乱させずに面倒を見るのは数人程度では到底無理だ。
「そうだ。あの……」
エルネスティは手を上げた。それに対し、シズは首を傾げつつ発言を促す。
こういう時だからこそ可能性は早めに試すに限る、そう彼は思い立つ。
「夜間照明を用意したいので協力者を募りたいと思います。それには作業部屋や工具が必要になりますし、大きな資材搬入は今の僕達には難しい問題です」
「了解した。……夜間照明か。我々は表立って行動できない。そちらが先導してくれるのであればありがたい」
表立って、という言葉にエルネスティはシズ達に深く感謝の意を表した。おそらくここまで前面に出る予定は無かったはずなのに自分達の存在意義を投げ捨ててまで救助に貢献してくれた。
彼らを統率する者の意思かは分からないが、おそらく地震が治まったら――と嫌な考えが浮かんだ。
(それにしてもシズ一族って何なんでしょうか。僕と同じ転生者とも思えませんし……。まさか宇宙人? ……あり得そうで怖いですね)
見た目も近未来的と言えばそう見えてしまう。
顔が全て同じである可能性が高いらしいのがまた恐怖を募らせる。だが、大人のシズ・デルタが居る。彼女達とはどういう繋がりがあるのか。
余計な思考に陥るもあながち間違ってもいなかった。
(ファンタジーでありながら
今の自分達は
そうなればシズ一族は――
未来の存在である可能性が高い。
そう考えると腑に落ちる事がある。
未来人はえてして身を隠しがちだ。何故なら――
(あまりにも隔絶された技術を持っているからだ。そういう存在は大抵……、現地の文化を破壊するより現状維持に回る事が多い)
エルネスティの知識にある未来人の印象ではあるが、あながち的外れでもない気がした。そして、それは確かに真理を突いている。
そう仮定したとしてシズの正体はこうだ、と言うべきなのか。多くの市民を救う彼女達は実は国を簒奪する
侵略者は言い過ぎかもしれない、とエルネスティは頭を振って邪悪な思考を追い出す。
★
人間側が様々な思惑に四苦八苦する間、シズ達は淡々と作業をこなしていた。
免振ゴムを敷いて木の板を正確に敷き詰め、その上に布製の覆いをかぶせ、何処からか持ってきた工具や資材を乗せていく。ついでに作業員のドワーフ族まで。
その後で仕切り壁の設営に入る。
(黙って見ていると悪い人達ではない気がしますが……。疑心暗鬼になりやすい我々は彼女達と仲良くなれるのでしょうか)
最初から疑ってかかるのは良くないのだが、正体を見せ始める不可解な存在をすぐに信用する事は難しい。
だからこそ長い時間をかけて理解者を作る事が大切だ。少なくとも大らかで豪快な国王とは付き合いが長いようだ。
(……今まで興味を持たなかったのに随分と都合がいいな、エルネスティという若者は)
と、自虐的に思う銀髪の少年。
母と友を救ってくれた恩人として今は多くの市民の為に働くべきだ、そう強く思い作業場に向かう。
トイレは簡易的な物ながら次々と利用者の列が出来始める。それらを横目に見ていると水源が気になった。
現状、満足に動けるのはシズ達だけだ。人海戦術によって近場の川から汲み上げているのが見えた。
ライヒアラだけでもかなりの数なのだから国全体からすれば相当数のシズが居ることになる。それら全てが同じ顔というのは悪夢以外の何物でもない。
(未来人だと仮定すれば量産型という事ですよね。……えー、そんなことがありえるんですか、人型で。……ああ、あり得ますか……。
「エルネスティ・エチェバルリア」
「は、はいっ!?」
近くで声をかけられてびっくりする銀髪の少年。
余計な思考で更に混乱してしまった。
「……他に必要な資材があれば教えてほしい」
「あ、はい。すみません。えーと、大規模な夜間照明を作りたいので……、ここは大盤振る舞いで
指示を出すとシズ達は一様に頷いて飛ぶように移動する。
次々と指示されたものを持ち寄ってくるその機動力は現行の
試作型
今回はやむを得ない事情により
大気中に
★
無数の照明を一気に点灯させるための制御式を――即席ではあるが――構築して図面に起こす。出来た分はドワーフ族の技術者に渡し、次の発明に取り掛かる。
他の砦や都市にはシズに設計図の配達を頼んだ。
各都市には防衛用の
問題は他の国だ。
フレメヴィーラ王国だけの問題とは思えない。その点はどうすればいいのか――
「この国だけにシズ一族が関わっているのでしょうか? あえて答えにくい事を聞きますが……」
「……他国との情報交換は高度な案件だ。それに答える権限を私は持ち得ない」
人助けだからと言って国境を勝手に
――だが、セッテルンド大陸全土が被害を被っているのであれば無視するわけにはいかない。他国には特色ある――
他国の技術で造られた
急造の机の上で図面を引きながら同じ大陸に住む者達の安否を気遣う。そこへ建物に吹き付ける風の音が聞こえた。それは明らかに強風――
シズ達が一斉に外に顔を向ける。
「竜巻警報発令。……こんな時に新たな自然災害とは……」
「共振であれば地面だけにとどまらない筈です。……しかし、規模にもよりますが……、想定以上の場合は避難のしようがありません」
エルネスティの言葉に頷くシズ。
おそらく現場で一番状況を把握しているのは彼女達だ。
(無風状態が一番怖い。台風の目のようなものですが……。この上雷雲まで発生されては
まるで以前遭遇した
大自然の前では無力であることは今更だが、時間も惜しい。方策がとてもほしい。
(大陸全土を襲う災害に
それとシズ達が側に居る。本当に未来人であるなら何かしてくれるかもしれない。
――頼ってはいけないのかもしれないが、利用できるものはなんでも利用しなければ生き残れない。
生き残る為であれば非情にもなる。時には殺人すらも――
危険な思考に走るほどエルネスティは追い詰められていた。まだ地割れや津波は起きていない。それだけでも安心する材料だ。
「……ん。……あの方が……しかし……」
耳に手を当てて唸るシズ。報告を受けていると思われる。
そういえば、と先ほどもそういうやり取りをしていたことを思い出す。
現場監督は彼女だけではない。おそらく大陸全土とは言わないがフレメヴィーラ王国全土位の範囲は情報のやり取りをしている筈だ。
「発言を……お許しくださいませ。……ありがとうございます」
会話内容から相当上位の者であることは窺えたが、多くのシズを束ねる存在は何者なのか。まさか大人のシズ・デルタというわけではあるまい、と。
側にエルネスティが居るにも拘わらず、通話内容を漏らしているのはわざとなのか、それとも彼女も混乱しているのか。
顔が隠れているので表情は窺えない。
「避難民の数が膨大でございます。安全な場所はもはや空にしか……。しかし、大型台風が発生したとの……。はっ、申し訳ありません」
丁寧語を使うほどの相手の声は聞こえないが上司に叱られる部下のように見えた。
エルネスティの知識では社長あたりかな、と。
★
彼らが照明器具を製作しているころ、シズ一族を統率する『至高の御方』は
その者は天上の世界に居たホワイトブリムやガーネットではない。
言うなれば三人目――
彼の名は『るし★ふぁー』という。
遊びに来た時に色々と雲行きの怪しい事態を察知し、どういうわけか手伝わされる事となり、少し不機嫌だった。
先の二名のように彼もまた異形種である。
背中に大きな鳥類のような白い翼が生えており、体毛がびっしりと全身を覆う。
手足は肉食獣のような獣風――しかし、二足歩行であった。
顔は不可思議な能力によるものか、渦を巻いた空間だけがあり表情を窺うことは出来ない。
基本となった種族は『
エジプト神話系モンスター特有の身なりをしているが現地の住民には窺い知れない不思議な格好となっている。
獣の尻尾を持つるし★ふぁーは機嫌が悪くとも与えられた仕事に関しては責任を持つ。
「……月の拠点が爆砕ってなんだよ。俺、帰れるの?」
『文句を言うな。折角来たんだ。現地で働かせてやるから感涙して喜べ』
彼の耳――見た目からは分からないが――には同じ至高の存在の声が聞こえていた。
月に停泊させていた『
地上に派遣していたシズの他に
「……地上への隕石落下は確認できないんだけど……。揺れが酷いな。俺達は行動阻害対策しているからあんまり実感無いけど……」
『想定震度は五から六に移行中だ。七までは想定しているが……、大気が不安定になっている。これ以上の災害は文化の崩壊につながる。だから……なんかとかしてくれ』
「丸投げっ!?」
『こっちも拠点の後片付けがあるんだよ。他のメンバーにも助太刀を打診しておいた。……起きてたら誰か来るだろう』
距離から考えて移動に数年から数百年かかってもおかしくない。それだけの期間待っている内に星が崩壊するか、現地民の世代をいくらか過ぎてしまう。
あまりに気候が変動し過ぎれば人間が絶滅し、新しい種族が席巻するかもしれない。そこまで悠長に待つ予定はガーネットには無いがるし★ふぁーとしてはどうでもいい事だ。
ただ、拠点に戻るには新しい『マーカー』が必要だ。それの設置を終えるためには素直に仕事に従事しなければならない。
自力で戻れない事も無いが――自分一人だけ戻るわけにはいかない。
「……
るし★ふぁーの側に跪き、大人しく佇んでいた漆黒の巫女服をまとう端正な顔立ちの女性は顔を上げる。
シズ・デルタの同僚であり戦闘メイド『プレアデス』の一人『ナーベラル・ガンマ』だ。
「はっ」
「……まさか俺一人で惑星の気候変動を平定してこいっていうんじゃないだろうな? 絶対に無理だから。人の大きさって意外と小さいんだぜ」
迫りくる台風の一つや二つくらいは消し去れるかもしれない。だが、多くの国を襲うと予想されるすべてに対応は出来ない。そこまで万能性もない、と自身では思っている。
不安げな様子だが不定形の顔立ちなので判別が出来ない。
急遽下界に派遣される事になり、人間へ擬態する時間すら与えられなかった。お陰で人の目を避けて行動しなければならない。
別に人前に出ても良かったが大騒ぎになるとシズ達が困ると判断して大人しく控えていた。
(……それにしても身体が重く感じるな。今まで低重力下に居たせいかな。観光とかしたかったな……)
見た目がモンスターだから無理そうかな、と残念がるるし★ふぁー。
そんな彼の前には大型に発展しそうな黒い風の壁が迫りつつあった。
彼のステータスにかかれば風系魔法による力業で圧倒する事が可能だ。しかし、その際、高熱が発生する。だがそれは術者には何の障害にもならない。
この星での魔法や
★
自然に起きる台風などを魔法で消し去ると後々自然界のバランスが崩れる。だからこそ、迂闊なことは出来ない。
今回はやむを得ない事態とはいえ星全体の気候を強制的に変える事になる。そうなると一年の四季が崩れ、更なる天変地異が起きるかもしれない。
そういうこともあり、るし★ふぁーは現地に暮らす人間に申し訳ない気持ちを抱いた。
(……ごめんな、皆。数百年後に大
彼は本来は担当する星が別にある。それでも自分が関わる事で多くの人間が不幸になるかもしれない、という事に罪悪感があった。
そんなことを考えている内に台風に飲み込まれるるし★ふぁー。しかし、身体が強風域に囚われようと平然と物思いに耽る。
何故なら、台風如きでは彼に傷一つ付けられないからだ。
(確か逆回転をかけて相殺すればいいんだっけな。細かい調整は苦手なんだけど……)
頭を掻きつつ風系魔法を解き放つ。すると内側から強引に逆
扱いを誤ればそのまま新しい台風になる。
体感的な様子を窺いつつ側に控えるナーベラルに顔を向ける。彼女もまた行動阻害対策を全身に施しているので風の影響は全く受けていない。
台風を魔法で掻き消して終わりではない。突如、暴風域が消失すれば元に戻ろうとする
「〈
魔力系風魔法のスクロールを使用する。
台風が消え、その内部にそよ風が満ちる。これである程度の大きさの変動を軽減できる。
暴風域が治まったのを確認してから次の台風を
天候を操る者から予測情報を受け取り、街への被害を軽減する。
地面の揺れに関しては手持ちの魔法ではどうすることも出来ない。いや、出来なくはないが更なる悪循環を生みそうなので無視している。
「……地図は貰ったけど……、これ全部回るの疲れる……」
(疲労を無効化出来るし、種族の恩恵もあるけど……。精神的っていうか、そっち方面はすんごい疲れるわけ。どこかで街の見物させてもらいたいな……)
愚痴を抱きつつ与えられた仕事をこなしていく。
彼とて荒れる都市を観光したいとは思っていない。願わくば現地の人間とも交流を深めたいとも。
それをしないのは魔獣が脅威になっているからだ。
相互理解にはまだ少し早いと予想している。
多くのシズ・デルタの端末たちが約一〇〇年かけて仕事をしているものを台無しにするわけにはいかない。だから、傍観者に徹していた。
(……たまには大規模イベントも悪くはないけれど……。隠れながら仕事をしなければならないっていうのは面倒くさいな。……シズ達が悲しむのは気が引けるし……。なんで俺……、遊びに来ちゃったんだろう……)
愚痴は多少言うが仕事はしっかりとこなす。るし★ふぁーは意外とお人好しであった。
★
共振現象とは言え揺れに波がある。大きくなったり小さくなったり――
いくつかの台風予備軍を
(おっ、第一街人発見。大きさは子供か……。端末の探索漏れか? それともトイレとか?)
視界には何も映っていないが感覚的なもので生命体の存在を感知した。もちろん魔獣との区別は出来ている。その魔獣たちは森の奥で大人しくしていて見晴らしのいいところに出てこない。
しばらく歩いていると森の入り口付近と思われるところに木にしがみ付いた少女を発見した。年の頃は十代未満。親からはぐれたのか、勝手に抜け出したのか――
二足歩行のまま近づこうとしたるし★ふぁーは自身が獣であることを思い出し、地面に両手をつけてみる。
(動物らしく。……はたから見るとナーベラルのペットだな。……見た目が異質だから怖がられると思うけれど)
索敵を続けているナーベラルに無駄口を禁止させた。そうしないと人間に対する悪口や恫喝が出てしまうので。
見た目は端正だが性格は残忍なところがある。なのに褒められると喜ぶ素直さがある。
ペットを付けた貴婦人風を装ってもらいつつ少女の下に向かう。ここで種族的な鳴き声がなんであるのか思い出せなかった事に気づく。
猫科であることは確かだが素直なものだと威厳が無くなりそう。だが、威厳を持つと怖がられる。かといって普通に話しかけるのも違う気がする。
そんなことを考えつつ最終的には適当に挨拶する事にした。――最初の声掛けはナーベラルに譲る。
「ここで何をしているのですか?」
冷徹な雰囲気のまま彼女は少女に尋ねた。声を掛けられた少女は地面からの震動に耐えられず身動きが取れなかったのと得体の知れない大型魔獣を見て全身を――恐怖によって――震わせていた。
口許がカチカチ言っているのでまともな返答が出来そうにない。ここで一声でも鳴けば号泣するのではないかと――
(……おしっこ漏らしているな。言わなくても分かるけど……、俺くらいの大きさの猛獣って居ないんだな)
居ないというか居たとしても凶暴な魔獣だ。平然と近寄れる生き物はおそらく少ない。
るし★ふぁーはナーベラルから離れて一人で少女の下に向かった。既に恐怖は限界を超えている。ここで更に増えたところで状況は変わらないと判断した。
怖がらせて楽しむ趣味は無いとしても直接触れ合う現地の人間は貴重である。特に遠目から観察していたるし★ふぁーにとっては。
(進化形態も興味があるが……、見た目は人間だ。……この宇宙には人間型がいやにありふれていないか?)
星々はるし★ふぁーの知識にある『地球』と同一の筈が無いと思っている。それゆえに
通常の常識では星の運行状況や成り立ちなどの状況から
だが、現にありえている世界がある。
(……神の介在を信じるのであれば意図的な部分が恣意的というか作為的というか)
軽く唸りつつ前足を少女に近づける。
震動と魔獣の接近でその場に蹲る事しか出来ない少女はただただ泣き続けた。
襲う気は無いるし★ふぁーはそのまま彼女の頭に手を乗せる。少女にしてみれば魔獣の前足だ。少し力を込めただけで頭から足元まで引き裂かれる行動でもある。
渦巻く時空を体現した様な顔を向けている為、怒っているのか笑っているのか彼女には判断できないが早く退散してほしいと願い続けていた。
「……言葉はわかるかい、お嬢さん?」
「ひっ!?」
すぐ目の前の魔獣が喋った事で驚き恐怖し、足下に向けての失禁の量が増えた。
ナーベラルに拘束させることも出来たが、あえて様子見に徹しさせた。そうしないと蔑んだ顔のまま睨みつけて蹴り飛ばしそうな雰囲気を感じた。
彼女は
念のためにるし★ふぁーは端末に少女の事を尋ねた。すると馬車移動中に地震に見舞われ、森の奥に避難した人間だと答えた。木々の奥に彼女の両親が居るらしい。
『馬車が横転し、ケガを負ったので治療を施しているところでございます』
現在、端末の一人が居て様子を窺っている。
るし★ふぁーの存在には気づいていたが仕事を優先させたため、姿は見ていない。
「……俺の背中に乗りなさい。震動も和らぐぞ」
そんなことを言っても満足に動けない事は百も承知。一応、声掛けしてナーベラルに命じた。
失禁したのだから汚い筈だが浄化の魔法を使えば汚れは消える。それにるし★ふぁーは失禁程度で汚れたりはしないし、この程度の事で腹を立てたりもしない。
怖がる少女を――無理矢理――るし★ふぁーの背中に乗せるナーベラル。命令だからこそ従った。そうでなければ自主的に彼の背中に乗せたりはしない。それはとても恐れおおい事だからだ。
(あ、この子を乗せてたら台風の対処が出来ない。……まあいっか。次の報告が来るまでの間だ)
現地の人間との触れ合いは久しぶりだった。僅かと言えど彼の心の平穏にはなった。
落ちないように翼の付け根を掴むように言ったり、優しく声をかける事を心掛けた。
その後、動物らしく四足歩行で移動しつつ時には猛獣らしい鳴き声を――少女が怖がらない程度に――上げる。
地面の時と違い、るし★ふぁーの背中に乗った途端に震動が治まり、最初は怖がっていた彼女も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
★
夕方に差し掛かる頃には多くの人々の目に入る。
いつもであれば大きな月が姿を見せるだけのものが今回ばかりは様子が違う、という事に。
地域によっては既に目撃されている現象だがフレメヴィーラ王国は夕方から注目を浴び始めた。そこにはシズから聞いていたエルネスティ達も。
月に隕石が衝突した。
星は太陽の周りを途方もない長い時間をかけて回る。その間に様々な隕石の衝突はありえないことではない。
ただ、今回はエルネスティの知識に無い不可解な現象が映っていた。
無事な月に噴煙をあげる様子。衝突によるものとはとても言い難い風景が現れている。
何がと言えば衝突によるものであれば月の地表から土砂が巻き上がる筈だ。なのに今回の現象は月と噴煙の間に隙間が現れている。
地上からは距離感が掴めないが相当な空白地帯が存在し、どういうわけか空中から噴煙が上がっているようにしか見えない。
「噴煙にしては……止まっているように見えるのは何故?」
「地上と違い、月の重力が低いからだと思いますよ」
アデルトルートの疑問にエルネスティは空を見上げつつ答えた。
今は行くことが出来ない宇宙。だが、いずれは行きたいと思っている。今回は大災害によって空に注目する事になってしまった。
「あの様子から相当な大きさの隕石がぶつかったと推測できますが……、様子がおかしいんですよね」
そもそも隕石が月に衝突する確率はとても低い。あるとしても小型な物だ。
大きな隕石が衝突するまで分からなかった、という事はあり得るのか、と疑問に思う。もちろん、フレメヴィーラ王国にも天文学はあるにはある。より詳しく調べる施設に――彼は――覚えが無いだけだが。
星の運行は
(ここからでは分かりにくいですが、隕石が空中爆発した様な様子なんですよね。バウンドしたとは言い難い物理現象……)
月の重力によって不思議な様子を見せる噴煙。それ自体は予想通りと言えなくもない。
地上に干渉する程の衝撃であれば月の崩壊も視野に入れなければならない。もし、その過程が
地表に降り注ぐ月の欠片は大気圏で燃え尽きることは無い規模となる。そうなる筈だと思っている。
「シズさん。あの現象は秘匿事項でしょうか?」
避難民の世話をしているシズ達に声をかけてみた。これで秘匿事項であれば諦めるしかない。
耐震作業を終えたシズがエルネスティの下に訪れた。
「見た通り隕石の衝突が起きた現象だ。詳細についてはこちらも把握中だから詳細を求められても困る」
「ありがとうございます」
「隕石の規模は月の体積の二〇分の一ほど。ここに来るまで他の小惑星などにぶつかりつつ大きさを縮めていたが……、それでもここまでの震動を地上に伝えてしまった」
(彼女達は天文に精通している? いや、それらはどうやって把握しているんでしょうか)
それを尋ねる事は今は出来ない、と思いつつも質問したい気持ちが湧く。
自然現象であろうと不可解な物理現象でも気になる事は質問したい。そういう知識欲は
何が役に立つか分からないから。
「第二陣は観測されていない。これ以上は無用な混乱を招くので控えるが……。後日、国王へ報告されるはずだ。私も詳細を十全に持ち合わせていないからな」
「分かりました。……それから多くの人民の為にご助力いただいて恐縮です」
「文明の存続と発展の為だ。我らはこの星に滅びを求めていない。……ただ、エルネスティ・エチェバルリア」
少し威圧気味にシズはエルネスティに声をかけた。雰囲気的にも余計な事は喋るな、と言われそうなものがあった。
彼はまた叩かれるのではないかと危惧したが手は出して来なった。それはそれで安心出来た。
「は、はい」
「我らへの質問はほどほどに。本来は出会うべき機会は無い、筈だった」
そう言いながらシズは彼の母親に顔を向ける。
大きくなったお腹を守るように空を見上げるセレスティナ。震動が軽減されたベッドの上だが天井は吹き抜けになっている。それもいずれ解消されるが天気が良くて良かったとアデルトルートは思った。
天候が悪ければ月を見る事は難しかっただろう、と。
「今しばらく震動による自然災害に苦しむ事だろう。それは全世界規模に及んでいる事は確認されている」
避難が終わったとしてもいつ終わるか分からない揺れに人々は体力もそうだが精神面も疲弊し続ける。それらの様子を改めてエルネスティは見回した。
(頻繁に隕石はぶつかってきません。けれども地震への対処はしておくべきでした。……とはいえ、これほどの震動にどのような方法が取れるのでしょうか……。あまりにも規模が大きい)
免振技術だけで事足りる訳が無いのは思い知った。であれば、次はどうすればいいのか。
安全な場所に居る今、自分達は生きている。だからこそ考えなければならない。次の災害への対処を。
もし、シズ達が居なければ――エルネスティは母のお腹に顔を向ける。
大切な命が確実に一つ、失っていた可能性がある。まだ見ぬ新しい家族が触れられぬまま消えていくことを自分は果たして許容できるのか。
自分の為の
この知識と技術は自分の欲の為に死蔵するのは愚かな事だ。
銀髪の少年は胸の内で熱い炎を燃やした。