フレメヴィーラ王国全土がその日、不可解で――決して見過ごすことのできない重圧とも異常とも思える音を聞いた。否、聞かされた。
尋常ならざる轟音は音の他に衝撃を振り撒いた。
王都カンカネンのみならずライヒフラ騎操士学園にある住宅地の屋根が震え、窓ガラスの多くがヒビ、または砕け散り住民たちの悲鳴がそこかしこに鳴り響く。
しかし、それだけの事に建物の倒壊は――まだ――確認されていない。
古い家屋の壁に亀裂が入るのは仕方の無い事だとしても。
王都の中心にあるシュレベール城ではすぐさま緊急招集がかけられ、情報の収集に護衛騎士たちなどが各地に散った。
私室にて各地方貴族からの嘆願や手紙などを読んでいた国王アンブロシウス・タハヴォ・フレメヴィーラは表情を引き締め、窓に向かおうとしたがすぐに亀裂が走った事で一歩引き下がる。
揺れは城全体に及んだ。いや、強くはないが長く不安を覚える不気味なものだった。
小間使いを何人か呼び、場内の様子を探らせる。
「……これもエルネスティの発明の影響か?」
街中で爆破音が響く、という報告を受けていたので今回の轟音も銀髪の少年の仕業ではないかと、犯人の顔として脳裏に浮かんだ。だが、それにしては規模が大きすぎる。
発明の失敗であっても今回は笑って済ませられるとは思えない。最悪、活動の停止か――拘束はやむを得ない。
もちろん、それが本当に彼の仕業であれば、の話しだ。
(まだ揺れておる。何なのだ。何が起きた?)
焦る気持ちを押し殺し、城内に居ては危険と感じたアンブロシウスは外への避難を決め、すぐさま行動し、廊下を駆け足気味に歩きつつ他の者にも避難を呼びかける。
歩きつつ様々なところから従者が現れ、報告が飛んでくる。
「地震にしては最初の轟音が気になります。どこかで爆発が起きたと考えるのが……」
「いや、爆炎は確認されていない。……少なくともシュレベール城から見える範囲では……」
「ライヒアラはどうなっている?」
情報の錯綜は想定内だ。国王は彼らの報告を聞きつつ城下の様子も尋ねた。ただし、顔は前を向いたまま。
王が外へ向かう間、ライヒアラ騎操士学園と
フレメヴィーラ全体の時が止まり、そして、悲鳴と避難。様々な人の声が
更に森に住む多くの魔獣たちは混乱し、散り散りに走り回った。
それから地面の揺れが中々治まらない事に気づいた者達が慌て始める。
身体全体に伝わる微振動が動きを阻害する。
「お母さん、お母さんっ!」
「慌てないで避難してください。建物は無事です。落ち着いて~」
街中に駆り出された学生や
更なる混乱を呼び起こすきっかけになると判断し、人力による人海戦術で駆け回る事にした。
今のところ火災は起きていない。
「……まだ揺れが続いている」
「大きくはないけれど……、気持ち悪い揺れ方ね」
妊娠中のセレスティナにはイルマタルがついており、安全確認は既に済ませておいた。
念のために建物から出て庭で待機する。
「あの音は何処から鳴ったのかしら?」
「煙が無いからずっと遠くの筈なんですけど……。地面から魔獣が現れた兆候もありません」
仮に地面から魔獣が現れると大規模な地震は起きない。しかし、念のために警戒はしておく。
二人が身を潜めていると学生が確認にやってきた。
手早く現状を知らせ、セレスティナが身重であることを別の学生に伝えていく。
街中が大騒動と化している中で適切に動いている彼らの姿にセレスティナ達は安心した。
★
謎の轟音は実験中のエルネスティ達も把握していた。急遽実験を中止し、隠蔽をバトソンに任せて街へ駆け出す。
自分達が居るのは周りに遮蔽物の無い安全な地域だ。地割れでも起きない限り、滞在していても意味が無い。それらエルネスティには守らなければならない者がたくさんいる。
(……予想外の天変地異……。街から煙が上がっていますが……、あれは信号弾ですね。火災は確認できませんが……。しかし、長い揺れは嫌な気分にさせます)
腰に備え付けてある武器『ウィンチェスター』から空気の魔法『
どう見ても人間が出せる脚力に見えない。
それらは一様に頭部を兜によって覆われ、見慣れない服装の小柄な人間達だった。
数にして十数人ほど。
(盗賊? でも、僕の姿が見えているならこちらにも来るはず……。来ないなら来ないで無視します)
本当は気になるけれど今は母がとても心配だった。
安全志向と健康を主に家族を悲しませるようなことはしないと決めていた。この世界で一番お世話になった存在を自分の趣味を優先する程には無視できない。
ものの数分でライヒアラ騎操士学園の街中に入ったエルネスティは大勢の避難民の姿に少し驚いた。それらを無視する形で自宅に直行する。
行きなれた道は多くの人でごった返していたので家の屋根に飛び乗り、そこから移動する。
今でも屋根の移動は止めているが、今は緊急事態ということで強行する。
(居た。庭に避難してくれてたんですね。……良かった)
なりふり構わず、自宅の庭に飛び降りて母の様子を窺う。
顔色は多少悪い程度だが酷い状態ではなかった。側に居るオルター弟妹の母イルマタルのお陰だと判断し、一礼する。
「揺れはまだ続いていますが建物の倒壊は確認できていません。ここでじっとしているのも手ですが……。外の様子を見るに……、無理に移動するよりじっとしていた方が安全かもしれません」
「エルも無事で何よりよ」
「……僕は見晴らしのいい平原に居ましたから……。音の発生源は……念のために言いますが僕ではありませんよ。起動する前でしたから。それと何かあったらここには来れてません」
そう言うと母は苦笑した。
元気な顔を見せてくれただけで今は安心する。しかし、確かに揺れが未だに治まらないのは不安だった。
エルネスティの実験でなければ何なのか。
それと
試合が近いというのに、と。
「私達はもう大丈夫よ。
「何を言っているんですか。家族が一番に決まっています。二番目は友人ですが……。僕が鍛えた二人はまず大丈夫だと思います。……工房もわりと頑丈なんですよ。せいぜい工具が散らばる程度ではないかと」
それに自分が行ったところで間に合わない。近い場所に居る学生などに任せるほかはない。勿論、後で様子を見に行くけれど、と少し楽観的だった。
理由は分からないが、エルネスティの中では大丈夫という気持ちが強かった。
★
お互いの安否確認が終わったすぐに揺れが一段と強まって周りから阿鼻叫喚が湧き起こる。
地震にしては強すぎる。
それに――
(大気まで振動している……? まさか……)
嫌な気配を感じ取ったエルネスティは空を見上げた。
晴れ渡る青空が広がっている筈の景色は無数の糸のような白い雲上の
すぐに流れ星という単語が浮かんだ。それにしては数が多いし、もしそうなら筋はすぐに消える筈だ。
隕石かとも思ったが大きな塊は確認できない。
(仮に隕石だとしてもここまで強い衝撃になりますか? 実際に落下した時の衝撃に経験はありませんが……)
イルマタルもエルネスティに倣って空を見上げ、小さく悲鳴を上げる。
見たことも無い景色に恐れた。
「原因が空なら地震の心配は……。でも、揺れているから避難は必要ですね」
避難させたくても揺れが足腰に響いて困難さを増幅させている。
既に街の人間達はその場に
これを解消するすべにエルネスティは心当たりが無い。だが、母は守りたい。そう思っていると先ほど見掛けた小柄な人物が揺れにもかかわらず平然と走り去っていった。それも複数人が。
(見た感じだと子供なのですが……。雰囲気的に……。まさかとは思いますが……)
「待ってください! あなた方は……シズさんですか!?」
そう呼びかけると何人かはそのまま走り去り、数人は突如声掛けされて戸惑ったように辺りを見回す。
正体不明の人物達は無言のまま手話のように手の合図だけでやり取りし、散っていく。
残った一人が声掛けしたエルネスティの下に駆け寄ってきた。
「……確認。エルネスティ・エチェバルリアだな」
聞き覚えのある女性の声。
間違いなくシズのものだ。だが、同じ声が何人も居る者なのか、と疑問に思う。
エルネスティの知る人物は親子だから似た声だと思っていた。しかし、それにしては似すぎではないか、と。
「は、はい」
「今回は非常時故……、あまり情報は出したくないが詮索はしないでいただきたい」
「……ごめんなさい。……確か、目立ちたくない一族の方でしたね」
詳しくは知らないけれどシズは一族という集団を持ち、活動内容は地味である、と。
それくらいしか情報は無い。
「……同じ顔が多く居ると混乱を引き起こすからだ。私はお前が知るシズ・デルタではないが……、シズ・デルタ
「えっ!? よ、要件……。えっと、それはこちらが聞きたいところです。貴女達はどんな目的で街中を移動しているのですか? 盗賊ではありませんよね?」
「盗賊ではない。目的は……住民の安否確認と重傷者の捜索だ。軽傷は無視している」
淡々とした声でエルネスティの言葉に応えていく謎のシズ。
秘密を連呼されると危惧していたが意外と答えてくれることに驚いた。それと自分も移動しなければならない事を思い出す。
住民の安否確認であれば彼女達に任せた方が心強い。どういう方法かは分からないが激しい揺れの中にあっても移動を可能にする脚力には興味が湧いた。
「んっ……。エルネスティ・エチェバルリアの安全を確認した。こちらの情報を共有してもよろしいか?」
頭部を完全に覆う兜をかぶったまま耳に手を当てて
様子から遠くにいる仲間に連絡しているものと見られる。
「了解した。エルネスティ・エチェバルリア。他の都市も今頃安否確認と避難が
「ありがとうございます」
「……軽傷者が学園にて何人か発生。……一族の存在と接触したエルネスティ・エチェバルリア。お前はどうする? ここに残るか? それとも移動を開始するのか?」
「母様が身重なので移動したいのは山々なのですが……。せめてもっと安全な場所や建物に移動できませんか? この人達だけでも……」
「了解した」
淡々とした口調とエルネスティの要望に即答するシズ。
あまりの判断の速さに思わず驚きで呻いた。
予想外の即答ぶりはついぞ経験が無い。
★
シズと思われる謎の人物と対話している間も大勢の人間達が右往左往し、悲鳴を上げていく。
今まで感じた事のない揺れが動きを阻害している。エルネスティも知識では知っていたがいざという時は足が動かない。これは恐怖というより固有の振動が原因のような――
「避難民は見晴らしの良い平地に移動させている。既に小屋の制作も始められているようだ。彼女達はそこへ連れていく。お前も避難した方がいい」
「学園が気になりますので……。とにかく、母様たちをお願いします」
「了解した。……それとこの揺れの原因は夜になってから空を見ろ。地面はただの共振だ」
そう言って大人のセレスティナを小柄なシズが軽々と抱え上げて猛烈な速度で運び去った。
あまりの行動力に驚きつつ空を見ろ、という言葉が気になった。
今見えているのは無数の白い糸を張り巡らせような空模様――
これが夜になると揺れの正体が判明するという。それはつまり――
(……月。月に何かが起きたのですね。……おそらく隕石の
小さな隕石程度は想定内だ。しかし、星の地表にまで干渉する揺れを起こすものとなると尋常ではない。それに原因を既にシズ達は把握しているのも驚きだ。不可解とは言わない。
それらを知るすべを持っていると仮定し、人命救助に奔走する者を悪く言うのは心が狭い証拠でもある。
「アディ達の母様。動けますか?」
「ご、ごめんなさい。足腰が震えて駄目みたい。他の人も似たようなもののようね」
人間は大地に足を乗せ、踏ん張る事で立つことが出来る。それには最低限、安定した土地が必要だ。
不安定な水の上に立てないように。
地震が起きると大地は液状化したようにうねる。おそらく今、そういう状態だ。であれば建物の多くが傾く可能性がある。
土壌に詳しくはないけれど揺れが収まっても安心は出来ない。
(この国だけとも思えません。月なら星全体が揺れている筈……。これほどの規模は経験がありません)
地震大国出身
相当な規模の揺れが起きている筈だが建物の倒壊が殆ど無い。それがいやに不気味であった。
地盤が強くても無事である可能性は低い。――ということを考察している暇が無い事を思い出し、イルマタルを背中に乗せ、魔法を使う。
大人一人くらいなら日頃から使ってきた
★
彼女を街の郊外に連れていくとシズが言っていた小屋が見えた。といっても一つではなく無数に建設されており、多くの住民が怯えていた。一見すると数人で手際よく小屋を建てるシズ達に対するものにも――
街から離れたと言っても揺れは未だに続いている。
背負っていたイルマタルを避難場所に残し、学園に向かう。その途中、無数の人影が往復していた。
数としては十人前後。姿は一様に同じに見えた。
全く焦らず冷静に行動する彼女達は実に機敏である。無駄を感じない。
(シズ・デルタ一族……。今回の事で随分と目立ってしまっていますが……。ありがとうございます。このお礼はいずれ何らかの形で返したいと思います)
先程話したせいか、シズ達はエルネスティを一瞥するものの進行を邪魔立てすることなく、逆に道を開けてくれた。
無駄のない動きで次々とその場から動けない住民を運び去る。
倒壊の無い建物のお陰で移動は順調だった。なにより道を開けてくれるシズのお陰もある。
こういう時こそ火事場泥棒が現れる。一応の警戒をし、学園へと向かう。
入り口付近で多くの
「皆さん、こんなところでどうしました?」
「エル、無事だったか」
アーキッドに頷きで応え、軽く周りを一瞥する。
目立ったケガ人は軽傷者くらいだった。
母親とイルマタルの無事を彼らに伝え、エルネスティは教師達の下に向かう。
「この自然災害は空で起きた天変地異が原因と聞きました。しかし、揺れはしばらく続くそうです」
戸惑いを見せていた教師たちは信じられない言葉に驚きつつ小さな銀髪の少年を見つめる。
空の様子からも無数の隕石が関係している気がするのだが、さすがに全体を把握するすべはエルネスティといえども持ち合わせが無かった。
「地震じゃないのか」
「共鳴によって発生した地震である事には間違いないかと。これだけの規模は僕も覚えがありませんから」
人生経験で言えば高等部以下のエルネスティだが、前世の記憶に照らしても前代未聞――
こういう状況の時は避難以外にすることが無い。自慢の
「持ち出せるものは少ないと思いますが……。郊外に避難しましょう」
それに揺れのせいでまともに歩けない人間が多い。
地面に着地したエルネスティでさえ
「工房はどうなっている?」
「僕とキッド達で様子を見てきます。皆さんはなんとか移動してください」
手早く支持を出し、エルネスティは移動を再開した。残った者は移動したくても出来ない。そこへ謎の集団が現れ、次々と人間を抱えて走り去る。
一切の無駄口を叩かず、強引に。
★
エルネスティとアデルトルート達が
見た感じでは多くの資材は傾きこそすれ、散乱するような事態にはまだ陥っていなかった。そして、奥で資材の片づけをする数人のシズ達が見えた。
(……どうやら重い
「みんな~、ケガ人とか居る~?」
「……お、おう。無事っていやぁ無事だ。さっきやってきた変なガキ共が迅速に行動してくれたお陰でな」
「それは良かった。とにかく、皆さん、避難しましょう。新造
「……いいのか、銀色坊主。おめぇの自信作が壊れるかもしれねぇのに」
「何を言っているんですか。……命の方がなにより優先されるんです。いくら僕だって皆さんに死んでほしくないんですから」
軽く苦笑しつつドワーフ族を抱えようとした。しかし、さすがに通常の人間よりも重さがある彼らは身体にズシリと響く。
新造した作業機械である『モートリフト』はバトソンの分しかない。
――緊急ゆえに自分用のモートルビートを取り行く、という発想がこの時のエルネスティには無かった。とにかく急いで避難しなければ、と。
今回の異常事態は想定できなかったが、後悔しても仕方がないと自分に活を入れる。
(ここは無難に避難活動ですね。壊れたらまた作ればいい。勝負に勝つよりも大切なものがある)
とはいえ、
向こうには
王都については完全に思考から抜け落ちている。申し訳ないが国王の安否までは考えていられない。
目に付くドワーフ族や作業員を工房外に運び出す。
地面の振動はドワーフ族にとっても厄介な代物のようで満足に移動できないでいた。
(魔法に長けた種族ではない、というのが……。こういう時の為の『足』を用意すべきでしたね)
地震は想定していなかったわけではない。ただ、規模の大きい地震の経験が無かった。
大きな
後悔先に立たず、とはこのことだとエルネスティは唇を噛みしめる。
★
作業員をあらかた外に出した後で工房内で工具などが散乱する嫌な音が聞こえてきた。
台座に座らせた
最悪、倒壊しても仕方がない。そうエルネスティは覚悟した。あれはアデルトルート達の為に設計した
そう判断を下していると複数のシズ一族が問題の場所に集まり、鎖などを持って隠蔽用の覆いを潜り抜けていく。
作業員の為に簡易的な覆いしか施されていないので侵入は容易い。
(まさか機体を固定しに? 人命以外も関わる気ですか?)
それはそれでありがたいが、今の自分に彼女達のような行動は到底とれない。だからこそ、優先順位を間違えるわけにはいかない。
人命こそ第一に優先されるべきもの。
揺れは今も続いている。
建物が倒壊する前に出来るだけ離れるように言いつけ、次の現場に行こうか悩んだ。
正直、こういう自然災害の場合、火事でも起きない限り安全な場所で待機するのが賢明だ。
土砂崩れや洪水による冠水でもないかぎり。
「ここはあの人たちに任せて僕達は街に行って逃げ遅れが居ないか確認しに行きましょう」
「そ、そう」
「……俺達だけで
三人が諦めムードに陥っているとシズ一族の一人が駆け寄ってきた。
全員見た目に違いが見受けられず、兜も被っているので先ほどの人なのか違う人なのか判断できなかった。
――さっき聞いた言葉が正しければ兜の中は全員同じだと思われる。
「ご、ご苦労様です」
エルネスティが最初に頭を下げて礼を述べると相手は軽く『ん』と唸るような返事を返した。
無反応よりはましだと判断し、次の言葉を待ってみた。
「ライヒアラ騎操士学園の避難はほぼ終えようとしている。お前達は残る気か?」
振動が続く大地にしっかりと匂い立ちするシズ一族。全く身体に影響がないかのような振る舞いにエルネスティは驚いた。
自分達も魔法を駆使して立つのがやっとなのに、と。
「逃げ遅れの確認をしようかと……」
「それならば問題は無い。……問題があるとすれば彼らが持ち出そうとする大事なものだ」
つまり逃げ遅れの確認もしている、と。
身体つきからして女性っぽいが顔を見るべきか迷うところだ。
「逃げ遅れが居るかもしれないのに……、どうやって調べてるんだ? いや、……分かるものなのか?」
「分かる。睡眠中の赤子ですら探知は可能だ」
「……キッド。ここで必要な事は最低限の情報だけにしましょう。こういう場合、無駄な説明はいけません」
時間経過とともに被害は大きくなる。それが自然災害の恐ろしいところだ。
共鳴による振動と彼女は言っていた。本震ではないとしても揺れが大きく未だに治まらないのが怖い。
エルネスティをして額から脂汗が出るほど早く逃げだしたい気分だった。
「……ん。住民全ての避難は完了した。……後はここに残っている者達だけだ。無駄な捜索はやめた方がいい」
それは確かに正論だ。しかし、彼女達にも見つけられない存在が居た場合は後悔する事になる。――とはいえ、無理に捜索すれば自分達が潰れてしまう。
人命を優先するにも限度がるあことをエルネスティは知っている。だが、それでも気持ちは助けを求める者に傾けたい。
一番の問題点は自分の目で確かめる事だ。それが徒労であっても――
「……我々の命の定義はお前達よりも詳細だと思うのだが……。このまま街に繰り出し、自らの気持ちに納得を付けるまで無謀なことをしようというのか?」
「貴女方の探知が完璧だと僕は知りません。万が一……ということがあります」
「……エル君。私達より人数の多いこの人達に任せたらいいんじゃない? も、もうこれ以上は建物に潰されちゃうかもしれないし」
「俺達の家族が無事なんだから元気な姿を見せないと悲しませる。……それとも見ず知らずの誰かの為に死ぬつもりか?」
アデルトルートとアーキッドの言葉は胸に深く刺さる。けれども、動ける人間が何もしないのは責任放棄だ。そういう気持ちが強く自分を押している。
誰よりも魔法の扱いに自信があり、こういう災害でも取り乱すことなく行動できるのに、ここにきて引き返す事など出来ない。
「もう一度言う。この街の住民は全員避難した。愛玩動物も含めて。もうすぐ倒壊する建物が出始める。我々はそれらを防ぐ
淡々と、しかし力強く宣言するシズ一族。
経験のない大災害であるのはアーキッド達も理解し、おそれた。だが、エルネスティは頑なに誰かを救おうとしている。全員が無事かどうかは確認できないけれど、分かる範囲は助けた筈だ。
エルネスティ本人もシズの言葉が正しい事は分かっている。それでも、ここから立ち去ると後悔するのでは、と強迫観念を強く感じていた。
自由に動けるのは自分達だけだ。だからこそ、それが出来る者の責務を最後まで果たしたい。
思い悩むエルネスティを見かねたのか、シズは常人には知覚できない速度で彼のこめかみを
パァンっ!
物体が揺れる音で聞き取りにくい状況だがアデルトルート達の耳にははっきりと聞こえた。
一瞬の攻撃だった。エルネスティは衝撃だけ感じ、倒れることなく立ち尽くす。しかし、急激に景色が歪んで――
眼球が裏返り、昏倒した。
「……世話が焼ける、とはこの事か。〈
念のためにとシズは魔法を行使する。それはアーキッド達には耳なじみのない単語だった。
混乱状態ゆえの自己判断だがエルネスティ達の安全も
アデルトルートは自分達と同じくらいの背格好の謎の人物にエルネスティが倒されたので口を大きく開けて驚きを表した。
(……え~!)
(エルが……。エルが倒されたの初めて見た……)
白目をむいている
驚きのあまり立ち往生している彼らの事が気になったが自分が移動すれば気が付くと判断し、シズは移動を始めた。その後を追う様に作業に従事していた他の仲間達も飛ぶように移動する。
現場に残される形のアデルドルートとアーキッドはすぐに我に返ったもののダーヴィド達を置いていくことは出来ないと思い、二手に分かれる事にした。
作業員の側にアーキッドが残り、エルネスティの後はアデルトルートが追う。