オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#023 第二子懐妊

 

 西方暦一二七九年。

 中等部最後の年が始まった。卒業までにやる事が山積しているライヒアラ騎操士学園の工房は大忙しの(てい)を成していた。

 小型の幻晶騎士(シルエットナイト)として制作した幻晶甲冑(シルエットギア)は訓練用を『モートルビート』、ドワーフ族の作業用を『モートリフト』と命名した。

 前者は身体強化(フィジカルブースト)を駆使しなければ自在に扱えず、後者は魔力(マナ)の少ない者でも容易く扱える。

 一年をかけて追加装備を色々と制作した。その中の一つが防御を担当する『可動式追加装甲(フレキシブルコート)』だ。

 元々幻晶騎士(シルエットナイト)には『外套型追加装甲(サー・コート)』があったが背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)を追加したことで利用法に幅が生まれた。

 これらは総じて『選択装備(オプションワークス)』と呼ばれ、必要に応じて切り替えられるようにした。

 一年の大半をかけて懸念であった金属内格(インナースケルトン)の増強などは国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)と共同で事に当たった。その結果、現行の素材のまま強度を上げ、負荷の原因を取り除く魔法術式(スクリプト)を用意することで延命措置が講じられた。

 早い話しが魔導演算機(マギウスエンジン)を各幻晶騎士(シルエットナイト)に合わせて調整しただけだ。

 長大な魔法術式(スクリプト)は不慣れな構文技師(パーサー)では太刀打ちが出来ず、銀髪の少年エルネスティ・エチェバルリアの講義によって鍛えられる事になった。

 本来は競争相手の筈だが国王は研鑽を積むことに肯定的で難なく許可が下りた。

 それから一月(ひとつき)ほど経った頃に母セレスティナから衝撃的な言葉を告げられる。

 

「……妊娠したみたい」

「ええっ!?」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)の追加装備の案で頭を悩ませていたエルネスティも新しい命の誕生には思わず筆を落としたほど驚いた。

 発覚したのは数週間前。彼女は特に体調を崩させずに過ごしていたので気づかなかった。

 機械以外には鈍感かとさすがに自分でも思ったが、父であり今も教官を務めるマティアスも気づかなかった。

 今まで黙っていたわけではなく熱っぽいなと本人が気になり、病院に行ったら発覚した。

 偶々(たまたま)、偶然。普段はおっとりとした性格の母も苦笑を浮かべていた。

 

(……絶対僕の子ではありません。そういう冗談を言う人が居たら……口を利かないと釘を刺すべきですかね)

 

 見た目は子供であるエルネスティも転生前の年齢を加算すれば妊娠のメカニズムを知らないわけではない。

 前の年齢の感覚だと羞恥心で顔が赤くなる。しかし、学生身分の今の自分は子供らしく笑顔で祝福すべきではないかと――高速で――思考が巡った。

 それにしても母が妊娠とは驚きだ。つい父に顔を向けて親指を立てた合図を送りたくなった。けれども、それだと性に興味のある子供だと見られてしまう。

 しかも母親に対して――

 家族の不和は生活に支障が出るのでここは差しさわりの無い賛辞だけ送る事にする。

 

(……えーと、妊娠が今月発覚したなら出産予定は……早くて秋から冬にかけて、になりそうですね)

 

 エルネスティの子供ではないので(マティアス)が苦労すればいい。新型幻晶騎士(シルエットナイト)を造る事に障害になることは無いと試算する。

 悪い考えだが大きな試験が控えている今は一家族の都合で予定は変更できない。国王の鶴の一声で変えられるとしても――

 

        

 

 妊娠の情報は母親関連の噂で(またた)く間に広まり、エチェバルリア家にアーキッドとアデルトルートが駆け込んでくるのに時間はかからなかった。

 彼らの母親であるイルマタル・オルターとセレスティナは友人同士。(むし)ろ、伝わらない方がおかしい。

 

「エル君に家族が増えるの~!?」

「そのようです」

「……エルは一人っ子から長男として振舞うことになるのか……。想像できないな」

 

 普段は武骨で冷たい機械の塊である幻晶騎士(シルエットナイト)の事しか考えていない男の子だ。弟か妹の世話などきっとしないに違いない。と。

 エルネスティからすれば忙しい時期に余計な問題が噴出してしまった、と思ったものだ。すぐにそういう嫌な考えは捨てたけれど、非人間的な思考をするような自分に嫌気がさした。

 確かに自他ともに認める幻晶騎士(シルエットナイト)バカではある。

 

(邪魔だとか言いそうな自分がいる。自分の趣味に全てを注ぐ人生って難しい)

 

 最初は夜泣きに悩まされ、次は遊び相手。下の子までどこかの転生者というのは出来過ぎている。おそらく普通の子として成長するはずだ。もし、可能性があるなら『日本人』で居てくれるとありがたい。

 何となくそう思った。

 

(言葉の壁がありますからね。僕はすんなりと現地の言葉を覚えられましたが……)

 

 一抹の不安はある。無事に生まれてくれる事は願うけれど、様々な騒動の元凶になったり、巻き込まれたりしない事の方が気になった。

 現に自分は国を左右する立場に居る気がするので。

 

「母様の体調はこれから悪くなると思いますが……、僕は自分の仕事で忙しい。そこでアディ達に協力をお願いしたいと思っています。とても……我がままな頼みでもありますが……」

「……だろうな、とは感じた。俺達は幻晶騎士(シルエットナイト)の制作には関われないから」

「どんな子が生まれるのか今から楽しみです。エル君に似て賢い子だといいな。女の子で金髪……。それもいいな~」

 

 父方(マティアス)が金髪だからありえないことはない。

 父も自分に似た子供がいいと思うはずだ。それ(髪の色)についてエルネスティからどちらがいいとは言わない事にしている。

 

「それとアディ。母様のお腹はまだ大きくありません。触らせてと言い募るのは控えてください。……なんとなく卑しい人間に見えるので」

「ある程度大きくなった時に触らせ貰うわ。今からだと……、確かにあざといわね」

 

 理解があってよろしい、とエルネスティは首肯する。

 子供が生まれるのはもっと後なのでアーキッド達と共に鍛練するのは予定通り。それと新発明の試験も頼んだ。

 自分一人だけ活躍しては新造の幻晶騎士(シルエットナイト)の数が減ってしまう。楽しみは分かち合わなければならない。

 

        

 

 そして、夏本番を迎える頃にエルネスティは一つの発明品に着手する事にした。

 今回制作するものは扱いを誤ればとても危険な代物だ。安全対策だけで数日かかったほど。

 

「実証実験も順調ですね。ここまで長かった……」

 

 学園都市の郊外に簡易的なテントが作られ、とある実験が始まろうとしていた。

 工房内では危険なので人気(ひとけ)のない場所がどうしても必要だ。

 それは前代未聞の新装備――『魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)』と名付けたもの。

 初期のころから案として存在していたが室内では危険だと判断し、設計のみ続けてきた。

 普段エルネスティ達は移動に風系の魔法である大気圧縮推進(エアロスラスト)――大気衝撃吸収(エアサスペンション)を背面利用したもの――を駆使している。今回はそれを推進器として利用できないか、と考えた。

 構想の段階では爆発的な推進力を生み、その力で巨大な幻晶騎士(シルエットナイト)を動かす仕組みだが――

 それが本当にできるかは実際に取り付けてみないことには始まらない。

 もしこの装置が完成すれば幻晶騎士(シルエットナイト)は更なる飛躍が――字面の通りに――見込める。当然、反動が大きい操作なので危険度は高い。

 出来るだけ小型化し、低燃費に抑えた試作機は可動自体は成功したものの大きな物体を動かすまでには至らなかった。

 制御を誤れば簡単に吹き飛んでしまう危険性も確認済みだ。それと膨大な魔力(マナ)を消費するので長時間の稼働に向かない。

 巨体を動かすのに必要な力が大きすぎるためだ。当然、幻晶騎士(シルエットナイト)規模を動かそうとして失敗すれば大規模な爆発が起きる事も想定される。

 

「操作の強度を上げて必要な魔力(マナ)を調整する。これの製作だけで一ヶ月は楽に消費されてしまいましたが……。やはり新発明は一長一短ですね」

 

 機能は正しく作動している。問題は大きさだ。

 現行の出力調整が上手くいかない。心臓部である魔力転換炉(エーテルリアクタ)の改造は出来ないので、ある程度の妥協はやむを得ない。

 

(普及させる事は難しいですが、短時間だけでも成功すれば予定数の幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させてあげられるのに……)

 

 現段階では対決の時には使えないと判断し、一例のみに留める事にした。

 小柄なエルネスティ程の大きさの筒状の容器の中に専用の魔法術式(スクリプト)を刻んだ紋章術式(エンブレム・グラフ)の銀板を大量に並べ、離れた位置から魔力(マナ)を通す。

 様々な形状に加工しては実働データを取っていく。

 

        

 

 国機研(ラボ)との勝負に参加してくれる騎操士(ナイトランナー)は現在のところ『エドガー・C・ブランシュ』、『ディートリヒ・クーニッツ』、『ヘルヴィ・オーバーリ』の三人。それからアーキッドとアデルトルート。そして、エルネスティ自身の六人に決まった。

 ディートリヒとヘルヴィの機体は既に完成している。エドガー機も装備を付ければ完成となる。

 

「エドガー先輩の機体名はどうしましょうか? 変えるも自由。変えないのも自由です」

 

 可動式追加装甲(フレキシブルコート)を装着した新造のアールカンバーは従来よりも機動性が上がっている。装甲の強度は残念ながら少し向上した程度だ。現行の材料では機動力程の上昇は得られなかった。

 その代わり、剣の長さを短くし、盾の内側に仕込めるようにした。それにより、予備の盾も背面に設置できないか検討されている。

 攻撃を捨て、防御を厚くし、近距離の攻防を目的とした。攻撃は相棒たるディートリヒに任せた形だ。

 ワイヤーアンカーの完成により、銀線神経(シルバーナーヴ)を織り込んだ武装『ライトニングフレイル』が出来た。

 目標に当てた後、魔法を乗せられるところから牽制用として作られた武装である。

 

「俺達の事より母上様の様子はどうなんだ?」

「少し具合が悪くなっています。悪阻(つわり)などは起こさなかった人ですが……、悪くなる時はあるようです」

 

 エチェバルリア家第二子の懐妊は既に広まっている。最初の報告からだいぶ経つが毎日大きな変化があるわけではないのでエルネスティもどう答えたものかと悩んでいた。

 それによって制作に支障が出てはいけないのだが――新しい家族は誰もが気になるところのようだ。

 そもそも心配するのは父親であり、息子のエルネスティが思い悩むのは違うと思っていた。

 主婦仲間のイルマタルも度々様子見に来てくれるので今のところは放っておいても良さそうと判断した。もちろん、一家の一大事にはエルネスティも駆けつける気ではいる。

 

「天才児たるエルネスティと比べられて悩む姿が目に浮かぶ」

 

 そう言ったのは暇そうにしているディートリヒだ。

 自分用の幻晶騎士(シルエットナイト)は既に完成しており、新武装の調整以外ではする事が無かった。

 ヘルヴィも同様ではあるが、男連中の様子見ばかりしている。残っているのがエドガーとアーキッド達の分の幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 最後の機体はこれから作り上げる新武装の様子によって変えていくことになっている。

 

        

 

 本来ならば天才児と噂されるエルネスティに新たな家族が出来る報告は王都カンカネンに居る国王の耳に届いてもおかしくない。それがどういうわけか天上の世界たる『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に住む至高の存在達の耳に入った。

 地上に派遣しているシズ・デルタの報告を無視出来るのは至高の御方の特権である。

 

「……おめでとう、とお祝いの手紙でも送りたいところだ」

「そうすると一気にバレる。何のために隠匿しているのか」

「だって暇なんだもん。たまたま何気なく拾った情報がまさかの懐妊。……僕達は彼らの発展を見守る立場なのは忘れていないよ」

 

 見た目は偉業の存在だが地上に暮らす人間達の安否は気にかけていた。

 彼らの文化的発展は至高の存在にとっての娯楽。そして、自分達の道標(みちしるべ)のともなる。

 侵略という安易な手を打たない代わりに神の如き振る舞いを(おこな)うのはいずれ対話する予定があるという意思表示でもある。

 それにはどうしても橋渡し役が必要になる。シズ・デルタを通して――

 

「……そのシズは彼と距離を置いている。変な勘繰りをされない都合では良い方向か?」

「母親として振舞う都合があったからね。王様がいきなり呼び戻さなことを祈るよ」

「王様は多少我がままな方が面白い。貴族を黙らせる豪胆さがあると安心感も強くなる」

 

 二人が談笑しているところに報告役の端末から連絡が入り、気配が変わる。それはお気楽なものから真剣さに――

 すぐさま指示を端末に伝えて部屋から退出させる。

 

「星には星の……。こちらにはこちらの戦いがあるってわけか」

「神様らしく頑張らないとね」

「……さあ、みんな~。お仕事の時間だよー」

 

 自身のこめかみに指を当て魔法を行使する。

 エルネスティ達には窺い知れないもう一つの戦いが静かに幕を開ける。彼らが相手にするのは――

 

        

 

 事情を知らない地上世界では既に何日も経過していた。

 発明に忙しいエルネスティは同時進行している案件に忙しく対応している。家族については気にかける程度だが、こちらはこちらで気が抜けない。

 誰も居ない広い空間で(おこな)うのは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の稼働実験だ。

 起動こそ成功しているが制御が今一つ上手くいっていない。理論と実践には見えない壁があるようだ。

 何事も新発明というものは考え着いたからといってすぐに完成するものではない。そんな事象は極まれだ。それを誰よりも知っているのは制作しているエルネスティ本人だ。

 

(小規模の爆発は起きましたが……。不味いですね。術式の制御がここまで困難とは……。他人との感覚の乖離が問題なのは分かっているのにどうすることも出来ないとは)

 

 例えば感覚的な説明で相手に理解させることに似ている。

 自分は分かっている。どうして出来ない、と。

 エルネスティも説明が上手いと自信を持っていたが機械相手はそう簡単にはいかないようだ。

 同じ発明に取り掛かっている人間はおそらく居ない。教えている時間的余裕は無い。

 それには様々な理由があるのだが――

 

「……今回も失敗か?」

 

 実験に付き合わせているドワーフ族のバトソン・テルモネンは友人に言った。

 彼ら言われるとおりの設計は出来る。しかし、どうして成功しないかまでは理解できない。

 手先が器用なバトソンとて天才肌のエルネスティの意図を完璧に理解する事は無理だと心のどこかでは思っていた。

 

「……そうですね。実践に使えるレベルには達していない、というのが現状です。術式自体は成功している筈なんですが……」

 

 問題は幻晶騎士(シルエットナイト)を自在に動かせるほどの負荷に耐えられるか、という点かもと予想する。

 機械自体は正常な筈だ。ここから改良するのが難しいところ。

 この発明品はエルネスティが乗る幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させる予定だ。それによって他の機体へ採用していくことになっている。

 

(それとも僕は焦っているのか? 新しい家族に対して……。いけませんね、こんなことでは)

 

 自分にとっても新しい家族は初めての経験だ。だからといって母親を視界から外すことは出来ない。

 納期の締め切りが近い心境を思い出し、苦笑する。

 こういう時こそ自分は本領を発揮してきたじゃないか、と自身を鼓舞する。

 困難がある時こそ乗り越えた気分は最高だ。それを思い出したエルネスティは設計図から見直すことにした。

 暴発が起きていない事はほぼ成功と言ってもいい。やはり負荷の問題か、と各部のチェックを始める。

 現行の材質でかけられる負荷に限界があるなら削るか、それとも増やして黙らせるか。

 

        

 

 エルネスティが唸っている間、もう一つの発明品であるオルター弟妹用の幻晶騎士(シルエットナイト)が秘密裏に工房内で建造されていた。

 設計図自体は既に完成しており、組み立てるだけだが――これがまた難物だった。

 既存の幻晶騎士(シルエットナイト)の姿を逸脱したものだからだ。

 

「骨格から何から銀色坊主は用意してくれたが……。本当に動くのか、こいつは?」

 

 言われるまま建造しているが誰もが不安を滲ませていた。

 通常の倍近くの大きさを持つ(ゆえ)出力をどうするのか、という点が最初の壁だ。これは魔力転換炉(エーテルリアクタ)を二基搭載する事で解決する。それとそれ専用に作り上げた魔導演算機(マギウスエンジン)も既に完成していた。

 腕の数は四本。しかし、今回は二本を封印状態にする。最初だから、という理由で。

 そんな説明で立ち去ったものだから建造担当のダーヴィド・ヘプケンは理解不能のまま取り組むことになり、いつも以上に不機嫌だった。

 何度も本当にいいのか、と連呼する彼に脂汗を流しつつドワーフ族の少年少女達は(つち)を振るう。

 

「……といっても余分な魔力転換炉(エーテルリアクタ)は無いし、これで造るしかないわけだが……。完成したらすごいことになるのは確かだな」

「機動力。瞬発力が計算通りであれば既存の幻晶騎士(シルエットナイト)を何倍も上回る事になります」

「……だが、今のところ量産が出来ねぇ」

 

 国から与えられている魔力転換炉(エーテルリアクタ)の数は有限である。

 部品の中で最も高価なものを二基も贅沢に使う幻晶騎士(シルエットナイト)など彼の今までの歴史の中で見たことも聞いたことも無い。

 魔導演算機(マギウスエンジン)の自作も前代未聞の出来事だったが、まだまだ驚くことがあって休日がなかなか取れないな、と。

 不眠不休だと制作に支障が出るのできちんと休みを取るようには言われている。だが、それでも早く完成させたい気持ちが強かった。少しばかり無理を言ってドワーフ族が二人潰れてしまったところで焦ったけれど。

 

(人馬型……。それも、より戦闘向きに仕上げなけりゃならねぇ。しかし、どうして腕が四本も要るんだ? 背面武装(バックウェポン)として付けるのかと思ってのに)

 

 足に該当部分の追加は無かったけれど、重さの関係から少し増やした方がいい気がした。

 今のままだと自重(じじゅう)で潰れかねない。何度も設計図と睨めっこして重量計算を何度も(おこな)った。

 上半身の骨格調整はほぼ問題無し。一番の懸念はやはり支える下半身だ。

 高出力を叩き出すために下半身の内部には通常の倍以上の結晶筋肉(クリスタルティシュー)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)が盛り込まれている。

 豊富な魔力(マナ)を持つが大部分は機体維持に回されるという燃費の悪さ。だからこそ魔力転換炉(エーテルリアクタ)の増設に踏み切ったといえる。

 試作機として色々と不十分な点がある。それを補うために仮だが操縦は二人で(おこな)うことになっている。

 

 上半身担当と下半身担当。

 

 足回りと戦闘は最初は不慣れなものだ。であれば担当を分割すればいい。そういう発想から始める事にした。

 どんどん人型から遠ざかる事に最初は誰もが懸念を抱いた。しかし、人型に拘る必要は無く、あくまで新型機を創造する。そこに様々なアイデアが放り込まれるのは必然といえる。

 

「……だが、人が操縦するもんだ。人型を完全逸脱は出来ねえ」

「親方~。悩んでないで手伝って下さいよ~」

 

 そうしたいのは山々だが、前代未聞の幻晶騎士(シルエットナイト)の制作にしばらく悩むことになる。

 もし、これが完成すれば新しい歴史が刻まれる。それは誰の目にも明らかだ。

 

        

 

 母の様子が刻一刻と悪化しつつあり、エルネスティも焦りを隠すことが出来ない状態になってきた。

 本当は発明に意識を向けたいのだが、お世話になった家族である()()エルネスティにとっては実の親だ。無視することは出来ない。

 妊娠三か月を超え、お腹が目に見えるほど膨らんでいる。

 自分の記憶が確かであれば医療技術はそれほど高度ではない。運が悪ければ命を落とす。

 出来る事なら無事に生まれてくれればいい。もちろん、母子ともに健康に。

 

「出産予定日は随分先の事よ。今から心配なの?」

 

 自室のベッドで休むセレスティナは心配の顔を見せる息子の頭を撫でる。

 普段は笑顔が絶えないのに今は顔面が蒼白だ。余程赤ちゃんが気になるのか、それとも(やつ)れていく母親が気になるのか。

 元々セレスティナは華奢な女性で小柄な息子が生まれた事で健康に育つのか自信が持てなかった。それゆえに大きく育たないのは自分のせいだと責めた事もあった。

 そんな気持ちを覆す様にエルネスティは元気に、小柄ながらも健康的に育ってくれた。

 性格も明るく、友達も多く出来た。セレスティナはそれだけで幸せいっぱいだった。

 

「母様が気になるうちは実験も危険ですから。薬では母体に悪影響なので食事療法を続けましょう。それと運動は必要です。歩かなくても出来る動きというものを色々と模索してみました」

 

 母親の前に分厚いノートが置かれる。

 普段は幻晶騎士(シルエットナイト)の事にしか興味が無く、それ関連の事しか書かれない筈のノートには健康的に過ごす様々な事柄がびっちりと記されていた。

 いつ調べたのか驚くほど詳細に。

 命は大事だと言っていた彼の優しさが伝わるようだ。

 

「落ち着けエル。ティナが(やつ)れるのは赤ちゃんに栄養が周っている為だ。どの母親も大体はこうなると聞いたぞ」

 

 見舞いに来た父親のマティアスもエルネスティ同様に仕事に手が付かず、心配でたまらない様子だった。学園側には長期休暇を申請している。

 男二人に心配されてセレスティナは幸せに包まれていた。

 後日、オルター弟妹と彼らの母イルマタルが果物の差し入れを持参してきた。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)以外で様子が変わるエルは中々見ないな)

(エル君がその気になればお手製の育児用具が散乱しそう。しかも物凄く手が凝った……)

 

 エルネスティはオルター弟妹に魔法を教えたように意外と教育熱心だ。普段は冷たくて硬くて大きい幻晶騎士(シルエットナイト)に興味が全振りしている彼だが――

 真剣に取り組む姿勢は誰にも負けない。おそらく相当な傑物の弟妹(きょうだい)が増える気がした。

 それは不安であり楽しみでもある。

 なにより家族のために戦う姿は少し憧れを抱く。

 

        

 

 セレスティナの容態が悪化すると言っても病気ではない。マティアスが医者を連れてきて様子を診させる為、息子には自分の仕事に専念するように言いつけた。

 一度始めたことを途中で投げ出すな、と。

 父親らしいことが言えなかったし、賢いエルネスティは何でもこなしてきた。そんな彼が珍しく慌てている。

 自分の問題であれば奇抜なアイデアで乗り切るところだが、今回の相手は新しい家族だ。手が出せない相手でもある。

 

(歳が離れている家族が出来るとは……。全くの想定外。こういう案件に覚えが無いわけではありませんが……。どの世界も依頼人は鬼畜です。僕が一体何をしたというのでしょうか)

 

 皆のために働いて、給金で趣味に走る。ただそれだけだったのに、と。

 今回の仕事も大勢の協力者に手伝ってもらっている。それも国王からの勅命である。

 罰則は多分無いと予想しているが勝利すれば拍が付く。特にドワーフ族達や先輩方は。

 エルネスティはその中で趣味に全振りできるいい機会だ。それだけでもご褒美ものだ。

 残念なことに新しい家族という褒美は期待していない。欲しいのは幻晶騎士(シルエットナイト)に関係する全てだ。

 その辺りは家族に申し訳ないと思っている。

 

(今の心境のまま作業すると絶対に何か大きな失敗をします。物事には精神論も時には必要なのです)

 

 ゲン担ぎは意外と大事だと思うエルネスティであった。

 作業の一時停止について国王にどう説明したものかと祖父に相談してみる事にした。

 自分達が盛り上がっている間も国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の技術者たちは機体建造に心血を注いでいる筈だ。彼らを失望させる仕事はやりたくない。

 

「まだ充分に期間はあると思うのじゃが……。間に合わぬと言うのか?」

「……いえ。今のままだと真っ当な仕事が出来ないと言っているのです。何と言いましょうか……。手につかないといいますか……。物事に集中できないのです」

 

 両手を握ったり開いたりしながら説明する孫。

 懐妊は祖父も知っているが孫が苦悩するとは思っていなかった。

 報告を聞いた後はまたすぐに作業に向かうと思っていたので。

 だが、期間内に出産ともなればエチェバルリア家は大騒ぎになる。そうなれば更に仕事に手が付かなくなる。

 孫には関係ないと果たして言い切れるのか。折角生まれたのだから抱いてみろ、とか。ちゃんと面倒を見ろとか言いだして彼の時間を奪うのではないか、と。

 もし、その想定ならば確かに国王に一言伝えておかないと競技が台無しになるおそれがある。

 

(エルが生まれた時も我が家は大騒動があったような気がするわい。なにせ待望の第一子だ。期待は大きかった。何をするにもティナ(セレスティナ)は側に置いていたし)

 

 納得したラウリは孫に国王に伝える事を約束する。

 祖父への意見を済ませた後、日々変化する母の容態を気にしつつエルネスティは実験の続きを(おこな)わなければならない。

 今の心境で感覚がどれほどずれたのか確認する意味でも。その為に出力を押さえ、自己に備える。いわば暴発訓練とも言うべきものだ。

 魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)は扱いを誤れば危険な爆発物となる。それだけの出力を出せる代物だ。

 設計から出力計算した結果、街一つを吹き飛ばすほどではないとしても確実に幻晶騎士(シルエットナイト)一機を大破する。

 これは兵器ではなく推進器だ。武器として使う事は想定されていない。

 

(簡易的に組んだ幻晶騎士(シルエットナイト)では軽すぎて話しになりませんが、重くすると赤熱しますし……。量産には向かないのでしょうか)

 

 理論は大体出来ている筈だ。細かい計算が合わないと効果が発揮しないというのは中々に難物である。

 着火剤のように最初の点火を工夫するしかないか、と図面に色々と書き込む。機体調整は友人のバトソンに依頼するが、彼も長くエルネスティの発明品を扱っているだけに手際がいい。見ていて安心する。

 

        

 

 (くだん)の新装備である魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の失敗作は結構ある。

 大半が熱暴走により大破した。とにかく出力調整が難しい繊細な代物となっている。

 原理としての魔法はエルネスティも扱えるのだが、人間と幻晶騎士(シルエットナイト)では――当たり前だが――かなりの差異があるようだ。

 

(扱う魔法が戦術級魔法(オーバード・スペル)ですからねー。個人で簡単に出来る訳がそもそも無いわけですが……。完成すれば幻晶騎士(シルエットナイト)の新しい可能性が開けるのは確実です)

 

 地上を移動するだけの巨大な鉄の塊が猛スピードで移動できるようになる。ただし、それを成すには膨大な魔力(マナ)が必要になる。

 訓練を(おこな)わない騎操士(ナイトランナー)には扱えないので一般に落とし込むのは今は無理だと判断する。

 

(みんなの機体が出来上がっているのに僕のだけまだ未完成では……。予定が少し狂いましたが……、まだ誤差の範囲です。……という時ほど油断が生まれやすいんですよね)

 

 各自の機体は既に製作に入っているか、完成している。残りはエルネスティ専用機だけ。

 その為には魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)の完成品が必要だ。これが無ければ普通の幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 膨大な魔力(マナ)を消費する機体を操れるのは現時点で自分一人だけ。試作機ゆえの問題点ではある。

 

「エルの機体名はどうするんだ?」

「おもちゃ箱を意味する『トイボックス』と暫定的に決めました。今の段階で出来る最高傑作……とは言い難いですが……」

 

 色々と制限がある中で造れる機体の中ではトイボックスも最高傑作と言えなくはない。しかし、エルネスティ自身は納得していない。

 一から全てを作り上げてこそ、自分専用の傑作機だ。だが、それを得るには勝負に勝たなければならない。

 最後のピースたる魔力転換炉(エーテルリアクタ)の秘儀を得るために。その為だけに今まで努力を重ねてきた。今更やめますとは言えない。

 他の機体が満足する仕上がりに対してトイボックスは魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)のみが売りの機体だ。他に余力が割けなかったともいえる。

 それぞれ特色のある試作機として造っているので兵器類を充実させるよりは面白みに傾いている。

 

(そもそもでいえば魔力(マナ)をドカ食いするんですよね。今の出力では魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)を制御するだけで充分だと思います。限られた期間で製作するものとしては重畳(ちょうじょう)かと)

 

 追加機構は完成してから改めて設計する事にする。今は目の前の発明を成功に導かなければならない。

 組み立てはバトソンに依頼し、エルネスティは確認作業を入念に(おこな)う。

 

「……効率を上げたくても未知の発明ですから一つずつ確認しなければなりません。バトソン、起動は全てが終わってから(おこな)います。避難場所の確認もお願いします」

「了か~い」

 

 肉体労働の大半はバトソンに任せているがエルネスティも指示だけ出すわけではなく、安全を考慮して避難場所の小屋を造ったりする。限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)を日常的に使う彼にとっては鍛練にもなるので一石二鳥だ。

 対するドワーフ族のバトソンには彼ら専用の幻晶甲冑(シルエットギア)『モートリフト』を使ってもらっている。

 彼らの為に最適化した魔導演算機(マギウスエンジン)は機能を如何なく発揮させており、大きな機材を軽々と扱う。

 問題があるとすれば見た目が武骨であること。デザイン面が(おろそ)かになるのは試作品の宿命である。

 双方の準備が整ったところで実験を開始する。まず安全確認から。

 周りに人は居ないが魔獣が急に現れてもいいように――

 

「爆音に注意。では……魔導噴流推進器(マギウスジェットスラスタ)起動試験を開始します」

 

 起動装置は約十メートル離れた位置に置かれている。

 無数のケーブルに問題が無い事を確認し、バトソンは大きな盾を持って身を守る。

 エルネスティが一呼吸した後で起動のスイッチを()()()()した――まさにその時、爆音が轟いた。

 

 


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