多くの
単に模様を刻むだけでいいというわけではなく、
エルネスティ達のような学生が普段から持っている杖は『ホワイトミストー』という木を加工したものだ。
先端に魔獣や鉱山から採掘した触媒結晶を取りつけ、魔法を発現する。
加工自体は学生でも出来るが
自力での学習と専門分野では抜けがあるものだ、と。
今回、情報共有の為に数日の滞在を予定しているので時間的な余裕はたっぷりとっていた。しかし、それでも全てを学ぶには時が足りない。
オルヴァーの案内で通されたのはたくさんの
(……あっ、シズさんが居た)
右腕を布巾で吊るした状態の見覚えのある人物『シズ・デルタ』を発見した。
黒板に様々な文字や記号を書き、技術者に説明している様子だった。
周りからライバル扱いを受けている為、対決させようとする空気はいつも感じていた。無理に関わるのも相手方に迷惑なのだが、彼女自身はどう思っているのか。
不思議な人間であることはエルネスティも認めている。しかし、それと
★
オルヴァーの紹介によってエルネスティは
彼らは
――当たり前だが――
「刻んだ後に流し込むのは魔獣の血液が主流なのですよね?」
「それだけとはかぎりません。錬金術師学科が開発した『
ただの模様に
「常に魔獣から採取できるとは限りません。人工的に作り出せれば様々な用途にも使えます」
「生物である魔獣が居なくなっては何もできなくなりますからね」
エルネスティは気になった事を質問しつつ彼が使う道具も扱わせてもらった。
いずれ自分で術式を刻むことも考慮して。
一通り質問攻めにした後、シズの下に到着する。
相変わらず表情に編がが無い冷徹そうな顔だった。
「ご無沙汰しています」
「……こちらこそ。今日は見学ですか?」
「それもありますが……。新型機制作の為のヒントを得ようかと思いまして。それと彼らと情報共有する事も入っています」
シズの背が高いので見上げるような格好だ。
彼はシズの腕に顔を向けた。義手ではなく、肉体の接合。見た感じでは血行は良さそうだった。
一度切断した肉体の接合は想像以上に難しい。医療に詳しくないエルネスティとて成功例が少ないことは様々なニュースで見たことがあった。
自分の知識の大半は過去形になってしまうけれど――
技術的、資金的、肉体的なものがあるとしても万能とまでいかない医療技術はもっと発展してもいいと思った。
「重い物は難しいですが、料理程度は出来ますよ」
「……いえ。無事でよかったと思います」
「ありがとうございます」
ほんの僅か彼女の表情が和らいだように見えた。
滅多に笑わない彼女とて喜怒哀楽はある。娘のシズとは違い、今回は胸の内が温かくなるのを感じた。
★
シズは
腕の事もあるし、力仕事はせず、地味な仕事ばかりだとか。もちろん、清掃も入っている。
「どうして皆さん、シズさんとを戦わせたがるのでしょうか」
「何かと目の
「……少なくとも彼女の邪魔はしていない筈です」
学園の有名人だから、という意味でシズとエルネスティはライバル関係だと見られている。しかし、共に工房で作業をしていたかぎりではシズは全く
本人は暇だからと言っていたし、エルネスティも聞いている。そんな人物とどうしてライバル関係になるのか理解できない。
(陛下からもシズさんについて特に言われませんでしたし。彼女はどう思っているのでしょうか)
挨拶が済んだ後のシズは仕事の戻って講義を始めていた。
基礎の術式の組み方と無駄な処理について。
言葉によるものとは別に作業内容の粗取りも
エルネスティは開いている席――一番前に近い場所――に座り、内容に聞き耳を立てる。
内容的には学園の授業と大差なく、専門用語が増えた程度だ。――というよりエルネスティが自ら改良した高度な
中等部の授業からすれば高度であるが社会人向けでは当たり前か、と納得する。
(……僕はここまでの内容を初等部で修了してしまったのですね。これでは新しい発見は難しそうです)
なにより他の人間よりも効率的な方法を組み上げている。それが
つまりエルネスティは
急に罪悪感が湧いてきたエルネスティは様々な者達に貢献しなければならない、と決意する。少なくともがっかりさせるような結果だけは見せてはいけない。
「はい。シズ
元気よく挙手したエルネスティに驚いたシズはオルヴァーに顔を向ける。すると彼は事態を理解し、頷いたので指名する。
「どうぞ」
「はい。その術式には無駄があるように思えるのですが」
一旦黒板に顔を向け、エルネスティに向き直る。そこには全く驚いたような感情は無かった。
「その前に……。これが何の術式か分かりますか?」
「図面の様子から
「そうです。通常よりも一割以上負荷が掛かる部分です」
淀みなくシズは言った。
他の者達はその部分のどこが無駄なんだ、と小声で囁く。
負荷を軽減させるには通常よりも多くの
「構造上内股部分を増やし、外側は
「……続けて」
「既存の
「……だそうですが、ヨーハンソン工房長。この部分の改良はやはり必要だとエチェバルリア君は進言していますが」
シズは厳めしい顔をしているガイスカに言葉を投げかける。
彼はすぐさまは机を叩いた。
「な、なにを言うか。既存の術式は既に完成されたものだ。改良の余地などあるわけがない」
「いえ、術式そのものが無駄だという事です。もう少し規模を縮小すべきではないでしょうか」
(……あ、これはシズさんの責任ではなく固定観念の弊害なんですね。そういえば、僕の改良
生意気な発言に申し訳なさを感じた。
シズとて無駄な術式であることは百も承知なのだ、と。
「改良の余地はあります。僕が構築したものは特別なものではなく鍛錬によって誰でも出来るようになるものばかり……。それに成功例がありますから」
その成功例がオルター弟妹だ。
アーキッドとアデルトルートは今でも
同じ鍛錬を他の者も
★
シズはエルネスティに講師役を譲った。早速黒板に
フリーハンドではあるが奇麗な図形を描く様は
「既存の
チョークで不要な部分を消し、新たに線を追加していく。その中で
ただ、エルネスティが手慣れた様子で書いていく
「つまり
「はい」
改造と言っても簡単ではない。
魔法の才能もあるが、かなり訓練を積まなければならない。それを中等部に入りたてのエルネスティが独自に組み上げているというのは大人としては驚きだ。
この
専門書に記されたものを再現するのが精々だ。それゆえに
「初期で断念するのは
秘匿すべき事柄ではないので鍛錬方法も教えましょうか、と言うと多くの
教えるだけではなく見返りも要求する。そこはちゃんとしなければ
「秘匿性について相談しに来たわけですが……。具体的にどうすべきか、国単位で扱う方がいいのか思案中でして」
「普通は国単位だ。我らは組織内で対立し、情報の共有化を禁止しているわけではない。外部流出にさえ気を付けられればいいと思うけれど……」
オルヴァーは言いながら側に居るガイスカに顔を向ける。
怒りっぽいドワーフ族のガイスカであれば情報の独占を主張しそうだったから。
エルネスティはいったん黒板を奇麗にし、個人使用に関する簡単な文章を書いた。
「秘匿性を高める場合は各
「
「専用機の場合はこの方法が確実だと思います。一般機についてはまだ考えにありませんが……、一種の鍵のようなものです」
それを製作する為の方法はエルネスティでも頑張れば作れそうだが、この部分を
仕事の寡占化はいらぬ恨みや妬みを買う。ガイスカの顔を見ていると胸が痛くなってきた。
汎用性が高ければ自分だけのものとして扱うより、新しい技術が誕生するきっかけになるかもしれない。少なくともエルネスティに妬みの感情は薄い。無いとは言えないだけだが。
★
個人認証用の技術開発は
商売に置いて大事なことは相手に全てを奪われないようにすることだ。
他の見返りとして
「鍛錬方法もちゃんと教えます。こちらは今後の付き合いの為の先行投資……と思って下さい」
(あまりにも自分だけ突出してしまうとフレメヴィーラの全ては僕の裁量でしか動かなくなる。それはそれで楽しみが減退するものです)
まだ見ぬ技術を見たいのに誰も作れないのでは意味がない。またはとても寂しくなる。
知識欲が人一倍あるエルネスティにとって未知は宝であった。
「二年後の試合に向けて僕の方はまだ形がありませんが、皆さんを驚かせる機体を作って見せます」
「それは楽しみです。こちらは技術力と熟練の
「……一応、大きさは既存のものから逸脱しないようにします。出力たる
この辺りが言える範囲かなと思い、エルネスティはシズに顔を向ける。
彼女の仕事を奪ったまま話しを続けてしまったので気にはしていた。始終黙っているところは相変わらず。
彼に顔を向けられたシズは特に言葉は発しなかった。
(……我々が驚いても彼女は微動だにしない。それはそれで凄いな)
オルヴァーもそう思うほどシズは謎と神秘に満ちていた。
彼女が
どのような事なら驚いてくれるのか――
仕事に支障が出てはいけないのでいつも通りにしてくれないと――本当は――困るが興味はある。彼女の母とは浅からぬ付き合いがあるので。
(
何十年かに一度という頻度でシズ・デルタ一族が
世代交代を終えた今、老齢の方は来ないという話しになっていたが彼女はいつごろ来るのか、と。
オルヴァーから見てもシズは異質で不思議な女性だった。
★
数日かけて情報共有と様々な技術の獲得、道具の譲渡などを経てエルネスティはライヒアラ騎操士学園へと帰還する。
「何かいいことでもあったのか?」
短い
説明する程の新発見は無く、彼らが楽しめる情報も無かった。けれども当人は充実した時間を過ごせた。
「ちょっとだけですよ。それより新しい
「……お前が楽しく過ごせたのならそれでいいけど」
「今度作る予定の
「エルの頼みを断れるほど薄情じゃないぜ。でも、正式な
「見知らぬ人材よりは知り合いの方が安心です。それに僕も乗る予定ですし」
(やっぱりか)
作るだけで満足するエルネスティではない。自分が乗る為の
問題は危ないかどうかである。
安全に気を付けている事はオルター弟妹達も承知している。けれども、心のどこかでは心配だった。
グゥエラルを作り上げるまで心身ともに疲弊し、見るからにボロボロになっていたので。
休むべき時に休まなければいつ倒れていてもおかしくなかったのではないかと今は思う。
「本格的に作るのは来年以降……。今年は勉学と設計、それと各部品の実験くらいでしょうか」
「それと健康も忘れんなよ」
「もちろんです。
(……というか俺達正式な
帰ってきて早々に動き出すかと思われたが健康と鍛錬に数日を費やし、念のために理事長から自分が
それらは後日、手紙にて国王に報告する事を約束した。
本来、
(
操縦席から操縦する
必然的に身体を鍛えていた方が正確性が高まる。
(魔法には自信がありますが……、剣も振るいたい。ここは父様に師事した方が……)
中等部にあがったばかりのエルネスティはまだまだ初級程度の課程しか出来ない。独自に研鑽を積んでおいた方が早道ではあるが要らぬケガをする可能性がある。
丁度、
自分の父親は何かと忙しい人なのでそう思った。
まず一日の予定を組み、二年後までにやらなければならない工程の中で基礎的なところを仲間と共に歩むことに決めた。
★
朝方はいつもの
夜間は設計に時間を費やす。
最初はそれで二ヶ月消費した。その間、工房で造りかけだった二機の
一機は未使用だった
完成機はそれぞれ『テレスターレ』と『パーラント』と名付けられた。
搭乗者が未定のパーラントは武装面を強化している。
エルネスティが不在のままでも完成できたことに責任者であるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンは感動で涙を流した。
基礎的な理論はエルネスティのものだが、大部分においては学生たちが作った。それは同時に彼が居なければ作れないものではなかったことの証明になる。
「とはいえ、銀色坊主の功績は大きい。俺達も頑張れば新型を作れそうだな」
「ここからどう新型にするんですか。技術的にも限界のように見えるんですけど」
「バカ野郎。それをどうにかすんのが技術者だろう」
機動性が従来よりも段違いによくなった弊害として動きに慣れる必要がある。その為に女性
低燃費で動きやすく、攻撃力も増えた。しかし、その機動性ゆえに操作が難しくなってしまった。
小型の
「……あんまり楽をするもんじゃないわね。これに慣れたら従来の
適度に重さがある方が巨大兵器を扱っている感覚が味わえる。もし、それでなければならない場合は敵がテレスターレ並みの存在でなければならない。
今は
(それにしても感覚的に動かせるほど機動力が上がったわね。なんというか無理が無くなった)
筋力が増えた分、大きな武器もある程度は振るえている。
あえて欠点を探せば動き易過ぎるために静止が効きにくい。これは慣性の法則が影響していた。
これを抑制するには前面に
エルネスティ達が縦横無尽に動き回る時に使っていたものだ。ただ、この魔法を扱える人間が少ない。ヘルヴィも最近になって勉強したところだ。
(……ほんと、あの子は凄いわね)
単なるアイデア提供者というわけではなく見かけを除けば熟練の
後に武装面を整えた改良型テレスターレは『トライドアーク』と改められた。
★
時は過ぎ、一面雪景色となる頃――
進学を控えつつ図面と睨めっこしている銀髪の少年エルネスティは新型機の構想に明け暮れていた。
残り時間は一年と少し、一番手のかかりそうなものを一つ。自分用を一つとまでは決められた。
「ずっと図面ばかり見て頭が痛くならないのかしら?」
息子に紅茶を勧めながら母親のセレスティナ・エチェバルリアは彼の身体が冷えないように暖房設備の様子を窺う。
祖父から続く銀髪を受け継いでいる彼女はおっとりとした性格で波乱に満ちた生き方をするエルネスティの行動に対し、常に応援する立場を取っていた。
もちろん、心配もするけれど――
「長時間は流石に……。しかし、図面は出来ても実際に作るとなると色々と感覚にズレが生じるものでして」
実際に作ってみたら信じられない不具合が発生した、という経験は一度や二度ではない。
えてして創造と現実が違うものである。今回は大型機械が相手なので僅かなズレで深刻になる場合がある。
(安全面についてはいくつか仕上がっていますが……。安定性に問題があるんですよね)
そもそも人型を模している
四足歩行の動物とは違う。そして、今回用意する
骨格からして未知である。
(パワーが足りない。……それに関しては既に対抗策を思いついていますが……。一人で設計するのは大変ですね。こうして既存の設計図を見る事が出来なければ素組みすら怪しいものです)
素材がプラスチックだけの玩具とは違い、様々な部品が超重量を支える。それらも疎かにできない。
巨大兵器製造は確かに国家事業であって子供の玩具のように扱っていい訳がない。
今更ながら自分のやっている事に後悔の念が襲い掛かる。特に他人に扱わせる所が。
一つの失敗で
「……お母様。僕が作った
「兵器としては命のやり取りをするのはお父さんも覚悟の上だけど……。そうねー。そう感じるエルに同情を覚えるわ、きっと……」
姿勢を正して母は言った。
息子が真面目な問答を求めている。子供だからと適当な事は言えないと感じた。
「そうならないように頑張っているのでしょう? けれども絶対は無い。エルも命の大切さに気付いたのね」
「……それは前からですよ。僕は他人の命なんかどうでもいいと思った事はありませんよ。命は一つしかない。それを大切にしなければならない」
「……でも、そんなことに固執して身体を壊さないか心配よ。ここしばらくは健康面に気を遣うようになって、私は嬉しかったわ」
変に賢い息子ではあるけれど他人に目を向けられる優しさがある。
ここ最近は特に顕著だと母親は思った。だからこそ、あまり余計な事は言いたくなかった。
エルはちゃんと悩みを言える子だ。少し規模が大きいけれど。
★
雪が降ろうと学園の工房に休みは無い。整備と開発で大忙しだ。
新型機に関するある程度の図面を引き終えたエルネスティはドワーフ族の為の新たな発明品を提示する。
「今度の
「片手間でこんなのも考えていたのかよ」
「作業効率を上げるのは勿論のこと。安全に作業してもらいたい気持ちからです」
普通は彼らに図面まで丸投げするところだ。しかし、エルネスティは普通ではないので殆どの厄介事を済ましてくる。
作る前にちゃんと話し合いも設けるところが
この新型機は以前の改良なので頭脳部分以外は使い回しと大差ない。ドワーフ族の体形に合わせて調整するだけとなっていた。
「
例として『ワイヤーアンカー』の設計図を用意する。これは
武装は今のところ構想の中にだけあり、彼らの要望に応える形で考えることを約束する。
「使い方としては高い位置に移動する時……、でしょうか」
「使い方は実際に作ってから考えるとして。しばらく大人しくしていたと思ったら……。大したもんだ」
早速試作品の製造を命令する。
その後で親方はエルネスティの顔を見つめた。
「新型の図面も用意してたりしねえだろうな?」
「そう思っていましたが……、季節柄寒いので後でもいいかなと……。寒冷における金属破断のデータ検証をしなければなりません。それが終わり次第、といったところです」
学生たちが扱う金属は特別なものではない。
加工できる金属ゆえに弱点がある。
それよりもまず解決しなければならないのは寒さ対策だ。ドワーフ族とはいえ寒さに強いわけではない。工房内は広く、
冬場対策を講じ終える頃には年が明けていた。