オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#022 冬季到来

 

 多くの魔法術式(スクリプト)を特殊な金属に刻む者達の事を構文技師(パーサー)という。

 単に模様を刻むだけでいいというわけではなく、魔力(マナ)を通しやすい材質でなければならない。

 エルネスティ達のような学生が普段から持っている杖は『ホワイトミストー』という木を加工したものだ。

 先端に魔獣や鉱山から採掘した触媒結晶を取りつけ、魔法を発現する。

 幻晶騎士(シルエットナイト)が持つ大きな杖――結晶の受け皿の部分――には特定の術式に対応した銀板が設置されている。騎操士(ナイトランナー)はそれに魔力(マナ)を通すことで魔法を発射している。

 加工自体は学生でも出来るが国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)はより専門的な分野として取り組んでいるとエルネスティは予想しているので楽しみにしていた。

 自力での学習と専門分野では抜けがあるものだ、と。

 今回、情報共有の為に数日の滞在を予定しているので時間的な余裕はたっぷりとっていた。しかし、それでも全てを学ぶには時が足りない。

 オルヴァーの案内で通されたのはたくさんの構文技師(パーサー)達が居る部屋だ。

 

(……あっ、シズさんが居た)

 

 右腕を布巾で吊るした状態の見覚えのある人物『シズ・デルタ』を発見した。

 黒板に様々な文字や記号を書き、技術者に説明している様子だった。

 周りからライバル扱いを受けている為、対決させようとする空気はいつも感じていた。無理に関わるのも相手方に迷惑なのだが、彼女自身はどう思っているのか。

 不思議な人間であることはエルネスティも認めている。しかし、それと幻晶騎士(シルエットナイト)は違う気がする。

 

        

 

 オルヴァーの紹介によってエルネスティは構文技師(パーサー)達に頭を下げつつ挨拶した。

 彼らは幻晶騎士(シルエットナイト)の各部品に必要な魔法術式(スクリプト)を刻む専門職の人間達だ。その作業風景は武骨なドワーフ族が行き交う荒々しさは無い。

 ――当たり前だが――魔法術式(スクリプト)は一度刻むとやり直しがきかない。

 

「刻んだ後に流し込むのは魔獣の血液が主流なのですよね?」

「それだけとはかぎりません。錬金術師学科が開発した『血結晶(エリキシル)』……。()()よりは劣りますが……」

 

 紋章術式(エンブレム・グラフ)魔法術式(スクリプト)を走らせるには触媒が必要である。血結晶(エリキシル)はいわば生物でいう血液に該当する。

 ただの模様に魔法術式(スクリプト)を走らせる事は常識から言って疑問である。

 

「常に魔獣から採取できるとは限りません。人工的に作り出せれば様々な用途にも使えます」

「生物である魔獣が居なくなっては何もできなくなりますからね」

 

 エルネスティは気になった事を質問しつつ彼が使う道具も扱わせてもらった。

 いずれ自分で術式を刻むことも考慮して。

 構文技師(パーサー)達が扱う術式は大部分に置いて世間に知られているものであり、見たことが無い特殊なものは見当たらない。極秘を簡単には見せない事を考慮しても、意外性は無かった。

 一通り質問攻めにした後、シズの下に到着する。

 相変わらず表情に編がが無い冷徹そうな顔だった。

 

「ご無沙汰しています」

「……こちらこそ。今日は見学ですか?」

「それもありますが……。新型機制作の為のヒントを得ようかと思いまして。それと彼らと情報共有する事も入っています」

 

 シズの背が高いので見上げるような格好だ。

 彼はシズの腕に顔を向けた。義手ではなく、肉体の接合。見た感じでは血行は良さそうだった。

 一度切断した肉体の接合は想像以上に難しい。医療に詳しくないエルネスティとて成功例が少ないことは様々なニュースで見たことがあった。

 自分の知識の大半は過去形になってしまうけれど――

 技術的、資金的、肉体的なものがあるとしても万能とまでいかない医療技術はもっと発展してもいいと思った。

 

「重い物は難しいですが、料理程度は出来ますよ」

「……いえ。無事でよかったと思います」

「ありがとうございます」

 

 ほんの僅か彼女の表情が和らいだように見えた。

 滅多に笑わない彼女とて喜怒哀楽はある。娘のシズとは違い、今回は胸の内が温かくなるのを感じた。

 

        

 

 シズは構文技師(パーサー)達の講義や手伝いはしているがエルネスティと対決するための幻晶騎士(シルエットナイト)作りはしていないという。これにはオルヴァーも頷いた。

 腕の事もあるし、力仕事はせず、地味な仕事ばかりだとか。もちろん、清掃も入っている。

 

「どうして皆さん、シズさんとを戦わせたがるのでしょうか」

「何かと目の(かたき)にされているとか?」

「……少なくとも彼女の邪魔はしていない筈です」

 

 学園の有名人だから、という意味でシズとエルネスティはライバル関係だと見られている。しかし、共に工房で作業をしていたかぎりではシズは全く幻晶騎士(シルエットナイト)についてアイデアを提供することは無かった。手伝いくらいしかしていない。

 本人は暇だからと言っていたし、エルネスティも聞いている。そんな人物とどうしてライバル関係になるのか理解できない。

 

(陛下からもシズさんについて特に言われませんでしたし。彼女はどう思っているのでしょうか)

 

 挨拶が済んだ後のシズは仕事の戻って講義を始めていた。

 基礎の術式の組み方と無駄な処理について。

 言葉によるものとは別に作業内容の粗取りも(おこな)う。

 エルネスティは開いている席――一番前に近い場所――に座り、内容に聞き耳を立てる。

 内容的には学園の授業と大差なく、専門用語が増えた程度だ。――というよりエルネスティが自ら改良した高度な魔法術式(スクリプト)が多かった。

 中等部の授業からすれば高度であるが社会人向けでは当たり前か、と納得する。

 

(……僕はここまでの内容を初等部で修了してしまったのですね。これでは新しい発見は難しそうです)

 

 なにより他の人間よりも効率的な方法を組み上げている。それが国機研(ラボ)では普通となっている。

 つまりエルネスティは国機研(ラボ)レベルの事を学生に強要してきた。追いつけなくて当たり前だ。

 急に罪悪感が湧いてきたエルネスティは様々な者達に貢献しなければならない、と決意する。少なくともがっかりさせるような結果だけは見せてはいけない。

 

「はい。シズ()()、質問いいでしょうか?」

 

 元気よく挙手したエルネスティに驚いたシズはオルヴァーに顔を向ける。すると彼は事態を理解し、頷いたので指名する。

 

「どうぞ」

「はい。その術式には無駄があるように思えるのですが」

 

 一旦黒板に顔を向け、エルネスティに向き直る。そこには全く驚いたような感情は無かった。

 

「その前に……。これが何の術式か分かりますか?」

「図面の様子から(すね)身体強化(フィジカルブースト)ですよね」

「そうです。通常よりも一割以上負荷が掛かる部分です」

 

 淀みなくシズは言った。

 他の者達はその部分のどこが無駄なんだ、と小声で囁く。

 負荷を軽減させるには通常よりも多くの魔力(マナ)を通す必要がある。

 

「構造上内股部分を増やし、外側は外装(アウタースキン)の脆い部分に集中すべきです」

「……続けて」

「既存の身体強化(フィジカルブースト)をもう少し限定的に使うべきではありませんか? 無駄な部分(デッドスペース)にまで魔法術式(スクリプト)を走らせるのは魔力(マナ)の無駄使いだと思うんです」

「……だそうですが、ヨーハンソン工房長。この部分の改良はやはり必要だとエチェバルリア君は進言していますが」

 

 シズは厳めしい顔をしているガイスカに言葉を投げかける。

 彼はすぐさまは机を叩いた。

 

「な、なにを言うか。既存の術式は既に完成されたものだ。改良の余地などあるわけがない」

「いえ、術式そのものが無駄だという事です。もう少し規模を縮小すべきではないでしょうか」

(……あ、これはシズさんの責任ではなく固定観念の弊害なんですね。そういえば、僕の改良魔法術式(スクリプト)は僕達だけの共有物でした)

 

 生意気な発言に申し訳なさを感じた。

 シズとて無駄な術式であることは百も承知なのだ、と。

 

「改良の余地はあります。僕が構築したものは特別なものではなく鍛錬によって誰でも出来るようになるものばかり……。それに成功例がありますから」

 

 その成功例がオルター弟妹だ。

 アーキッドとアデルトルートは今でも教師(エルネスティ)の教えを守り、魔力(マナ)の増加に邁進している。それと同時にエルネスティから教わった魔法術式(スクリプト)の構築方法も。

 同じ鍛錬を他の者も(おこな)えば――時間はかかるが――彼らの境地に至る事は不可能ではない。

 

        

 

 シズはエルネスティに講師役を譲った。早速黒板に魔法術式(スクリプト)を描いていく。

 フリーハンドではあるが奇麗な図形を描く様は構文技師(パーサー)達に感嘆の吐息をつかせた。

 

「既存の身体強化(フィジカルブースト)がこれです。ここから限定的に絞るために作ったのが限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)です」

 

 チョークで不要な部分を消し、新たに線を追加していく。その中で彼ら(パーサー)が見たことが無いような新たな記号は使われていない。全て基礎式(エレメント)と制御式で構成されている。

 ただ、エルネスティが手慣れた様子で書いていく魔法術式(スクリプト)はあまりにも緻密で複雑だった。

 

「つまり魔法術式(スクリプト)を改造し、君は使用しているのか?」

「はい」

 

 改造と言っても簡単ではない。

 魔法の才能もあるが、かなり訓練を積まなければならない。それを中等部に入りたてのエルネスティが独自に組み上げているというのは大人としては驚きだ。

 この魔法術式(スクリプト)も歴史が長く、簡単に改良しようと言う者は殆どいない。

 専門書に記されたものを再現するのが精々だ。それゆえに上位魔法(ハイ・スペル)以上を扱わなくてはならない騎操士(ナイトランナー)になる人間の数も必然的に少ない。

 

「初期で断念するのは魔力(マナ)が不足しているからです。僕も最初から膨大な魔法術式(スクリプト)を扱えたわけでありません。人知れず努力を重ねた結果が現れたに過ぎませんよ」

 

 秘匿すべき事柄ではないので鍛錬方法も教えましょうか、と言うと多くの構文技師(パーサー)達が食いついてきた。

 教えるだけではなく見返りも要求する。そこはちゃんとしなければ国機研(ラボ)に来た意味がない。

 

「秘匿性について相談しに来たわけですが……。具体的にどうすべきか、国単位で扱う方がいいのか思案中でして」

「普通は国単位だ。我らは組織内で対立し、情報の共有化を禁止しているわけではない。外部流出にさえ気を付けられればいいと思うけれど……」

 

 オルヴァーは言いながら側に居るガイスカに顔を向ける。

 怒りっぽいドワーフ族のガイスカであれば情報の独占を主張しそうだったから。

 魔法術式(スクリプト)や一部の技術は世間一般に広まっている。大事なのは幻晶騎士(シルエットナイト)の頭脳と心臓部。それ以外でとなると新造部品くらいだ。

 エルネスティはいったん黒板を奇麗にし、個人使用に関する簡単な文章を書いた。

 

「秘匿性を高める場合は各騎操士(ナイトランナー)にしか使えないように……。この場合、操縦ですね。整備まで出来ないとなると困りますから」

幻晶騎士(シルエットナイト)はどの騎操士(ナイトランナー)でも扱える。それを取りやめるのか?」

「専用機の場合はこの方法が確実だと思います。一般機についてはまだ考えにありませんが……、一種の鍵のようなものです」

 

 それを製作する為の方法はエルネスティでも頑張れば作れそうだが、この部分を構文技師(パーサー)達に委ねようかと思った。

 仕事の寡占化はいらぬ恨みや妬みを買う。ガイスカの顔を見ていると胸が痛くなってきた。

 汎用性が高ければ自分だけのものとして扱うより、新しい技術が誕生するきっかけになるかもしれない。少なくともエルネスティに妬みの感情は薄い。無いとは言えないだけだが。

 

        

 

 個人認証用の技術開発は国機研(ラボ)(おこな)うことになった。一応、アイデアをいくつか提供し、試作品を貰う約束を取り付ける。

 商売に置いて大事なことは相手に全てを奪われないようにすることだ。

 他の見返りとして構文技師(パーサー)の技術を教わる。

 

「鍛錬方法もちゃんと教えます。こちらは今後の付き合いの為の先行投資……と思って下さい」

(あまりにも自分だけ突出してしまうとフレメヴィーラの全ては僕の裁量でしか動かなくなる。それはそれで楽しみが減退するものです)

 

 まだ見ぬ技術を見たいのに誰も作れないのでは意味がない。またはとても寂しくなる。

 知識欲が人一倍あるエルネスティにとって未知は宝であった。

 

「二年後の試合に向けて僕の方はまだ形がありませんが、皆さんを驚かせる機体を作って見せます」

「それは楽しみです。こちらは技術力と熟練の騎操士(ナイトランナー)だが……。どのような戦いになるのか」

「……一応、大きさは既存のものから逸脱しないようにします。出力たる魔力転換炉(エーテルリアクタ)は今までの仕様のまま。その範囲で造る事になりますから攻撃力が極端に増えることは無いと思います」

 

 この辺りが言える範囲かなと思い、エルネスティはシズに顔を向ける。

 彼女の仕事を奪ったまま話しを続けてしまったので気にはしていた。始終黙っているところは相変わらず。

 彼に顔を向けられたシズは特に言葉は発しなかった。

 

(……我々が驚いても彼女は微動だにしない。それはそれで凄いな)

 

 オルヴァーもそう思うほどシズは謎と神秘に満ちていた。

 彼女が国機研(ラボ)に来てから不動の如く淡々と仕事をこなす姿に驚いたものだが、果たして彼女も驚きと言うものがあるのか気になっていた。今回の会談でも全く変化無し。条件反射的な反応は見せる事があるけれど、真に驚いた、というような事は無かったはずだ。

 どのような事なら驚いてくれるのか――

 仕事に支障が出てはいけないのでいつも通りにしてくれないと――本当は――困るが興味はある。彼女の母とは浅からぬ付き合いがあるので。

 

大老(エルダー)と話しが合うのは彼女くらいだ)

 

 何十年かに一度という頻度でシズ・デルタ一族が大老(エルダー)と面会していることはオルヴァーも承知している。

 世代交代を終えた今、老齢の方は来ないという話しになっていたが彼女はいつごろ来るのか、と。

 オルヴァーから見てもシズは異質で不思議な女性だった。

 

        

 

 数日かけて情報共有と様々な技術の獲得、道具の譲渡などを経てエルネスティはライヒアラ騎操士学園へと帰還する。

 国機研(ラボ)を未来の就職先に指定し、にこやかな雰囲気でオルター弟妹達の下に向かう。

 

「何かいいことでもあったのか?」

 

 短い黒髪(ブルネット)の少年アーキッドの言葉に楽し気な様子のエルネスティは自慢するでもなく、楽しい時間を過ごしたと簡素に告げた。

 説明する程の新発見は無く、彼らが楽しめる情報も無かった。けれども当人は充実した時間を過ごせた。

 

「ちょっとだけですよ。それより新しい幻晶騎士(シルエットナイト)を設計しなければなりません」

「……お前が楽しく過ごせたのならそれでいいけど」

「今度作る予定の幻晶騎士(シルエットナイト)はキッド達にも乗ってもらいたいのですが……、構いませんか?」

「エルの頼みを断れるほど薄情じゃないぜ。でも、正式な騎操士(ナイトランナー)じゃないけどいいのか?」

「見知らぬ人材よりは知り合いの方が安心です。それに僕も乗る予定ですし」

(やっぱりか)

 

 作るだけで満足するエルネスティではない。自分が乗る為の幻晶騎士(シルエットナイト)を作ろうとしていたのだから必然だ。

 問題は危ないかどうかである。

 安全に気を付けている事はオルター弟妹達も承知している。けれども、心のどこかでは心配だった。

 グゥエラルを作り上げるまで心身ともに疲弊し、見るからにボロボロになっていたので。

 休むべき時に休まなければいつ倒れていてもおかしくなかったのではないかと今は思う。

 

「本格的に作るのは来年以降……。今年は勉学と設計、それと各部品の実験くらいでしょうか」

「それと健康も忘れんなよ」

「もちろんです。騎操士(ナイトランナー)は身体が資本ですから」

(……というか俺達正式な騎操士(ナイトランナー)じゃないけどな)

 

 帰ってきて早々に動き出すかと思われたが健康と鍛錬に数日を費やし、念のために理事長から自分が幻晶騎士(シルエットナイト)を操縦してもいいのか尋ねた。正式な騎操士(ナイトランナー)ではないことはエルネスティも自覚していたので。

 それらは後日、手紙にて国王に報告する事を約束した。

 本来、騎操士(ナイトランナー)は騎士過程を修了し、騎士団に入った一握りがなれるものだ。

 

魔法術式(スクリプト)ばかりに目が行って肝心の剣術が疎かになっていました!)

 

 操縦席から操縦する幻晶騎士(シルエットナイト)ではあるが、操作するには身体強化(フィジカルブースト)を駆使して(おこな)う。通常は魔導演算機(マギウスエンジン)が多くの術式(スクリプト)を肩代わりするので頭脳の負担は少ない。しかし、それでも動きのイメージは騎操士(ナイトランナー)が伝えなければならない。

 必然的に身体を鍛えていた方が正確性が高まる。

 

(魔法には自信がありますが……、剣も振るいたい。ここは父様に師事した方が……)

 

 中等部にあがったばかりのエルネスティはまだまだ初級程度の課程しか出来ない。独自に研鑽を積んでおいた方が早道ではあるが要らぬケガをする可能性がある。

 丁度、騎操士(ナイトランナー)の知り合いが三人居るのでこちらに師事した方が早い。

 自分の父親は何かと忙しい人なのでそう思った。

 まず一日の予定を組み、二年後までにやらなければならない工程の中で基礎的なところを仲間と共に歩むことに決めた。

 

        

 

 朝方はいつもの魔力(マナ)増加の鍛錬。昼頃はエドガー達による剣術の鍛錬。これは毎日ではなく日をまたいで(おこな)う。そうしないと予定に身体が潰されてしまう。

 夜間は設計に時間を費やす。

 最初はそれで二ヶ月消費した。その間、工房で造りかけだった二機の幻晶騎士(シルエットナイト)が完成したがエルネスティは承知していない。

 一機は未使用だった板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を改良した畜魔力式装甲(キャパシティブレーム)を採用した。これは板状結晶筋肉(クリスタルプレート)を複層式にし、装甲の一部にしたものだ。

 完成機はそれぞれ『テレスターレ』と『パーラント』と名付けられた。

 前者(テレスターレ)はヘルヴィの個人機として使われていたトランドオーケスが生まれ変わったものだ。機能は従来の魔法特化を引き継いでいる。

 搭乗者が未定のパーラントは武装面を強化している。

 エルネスティが不在のままでも完成できたことに責任者であるドワーフ族のダーヴィド・ヘプケンは感動で涙を流した。

 基礎的な理論はエルネスティのものだが、大部分においては学生たちが作った。それは同時に彼が居なければ作れないものではなかったことの証明になる。

 

「とはいえ、銀色坊主の功績は大きい。俺達も頑張れば新型を作れそうだな」

「ここからどう新型にするんですか。技術的にも限界のように見えるんですけど」

「バカ野郎。それをどうにかすんのが技術者だろう」

 

 機動性が従来よりも段違いによくなった弊害として動きに慣れる必要がある。その為に女性騎操士(ナイトランナー)『ヘルヴィ・オーバーリ』に試験運用を依頼した。

 低燃費で動きやすく、攻撃力も増えた。しかし、その機動性ゆえに操作が難しくなってしまった。

 小型の幻晶甲冑(シルエットギア)とは違い、柔軟過ぎる点は感覚を狂わせる。

 

「……あんまり楽をするもんじゃないわね。これに慣れたら従来の幻晶騎士(シルエットナイト)が使えなくなりそう」

 

 適度に重さがある方が巨大兵器を扱っている感覚が味わえる。もし、それでなければならない場合は敵がテレスターレ並みの存在でなければならない。

 今は()()過剰戦力だと言えた。

 

(それにしても感覚的に動かせるほど機動力が上がったわね。なんというか無理が無くなった)

 

 筋力が増えた分、大きな武器もある程度は振るえている。

 背面武装(バックウェポン)の動作も問題なし。

 あえて欠点を探せば動き易過ぎるために静止が効きにくい。これは慣性の法則が影響していた。

 これを抑制するには前面に大気圧縮推進(エアロスラスト)という風系の魔法を使う事で解決できる、のだが――

 エルネスティ達が縦横無尽に動き回る時に使っていたものだ。ただ、この魔法を扱える人間が少ない。ヘルヴィも最近になって勉強したところだ。

 

(……ほんと、あの子は凄いわね)

 

 単なるアイデア提供者というわけではなく見かけを除けば熟練の騎操士(ナイトランナー)に決して引けを取らない。彼が本当の意味で騎操士(ナイトランナー)になった場合、自分達に勝てるのか疑問である。

 後に武装面を整えた改良型テレスターレは『トライドアーク』と改められた。

 

        

 

 時は過ぎ、一面雪景色となる頃――

 進学を控えつつ図面と睨めっこしている銀髪の少年エルネスティは新型機の構想に明け暮れていた。

 残り時間は一年と少し、一番手のかかりそうなものを一つ。自分用を一つとまでは決められた。

 背面武装(バックウェポン)を防御面で使用する新型機は既に工房に提出しているので三機目は早期に仕上がる予定だ。

 

「ずっと図面ばかり見て頭が痛くならないのかしら?」

 

 息子に紅茶を勧めながら母親のセレスティナ・エチェバルリアは彼の身体が冷えないように暖房設備の様子を窺う。

 祖父から続く銀髪を受け継いでいる彼女はおっとりとした性格で波乱に満ちた生き方をするエルネスティの行動に対し、常に応援する立場を取っていた。

 もちろん、心配もするけれど――

 

「長時間は流石に……。しかし、図面は出来ても実際に作るとなると色々と感覚にズレが生じるものでして」

 

 実際に作ってみたら信じられない不具合が発生した、という経験は一度や二度ではない。

 えてして創造と現実が違うものである。今回は大型機械が相手なので僅かなズレで深刻になる場合がある。

 

(安全面についてはいくつか仕上がっていますが……。安定性に問題があるんですよね)

 

 そもそも人型を模している幻晶騎士(シルエットナイト)はそれ自体が不安定だ。

 四足歩行の動物とは違う。そして、今回用意する幻晶騎士(シルエットナイト)は空想上の生き物だ。

 骨格からして未知である。

 

(パワーが足りない。……それに関しては既に対抗策を思いついていますが……。一人で設計するのは大変ですね。こうして既存の設計図を見る事が出来なければ素組みすら怪しいものです)

 

 素材がプラスチックだけの玩具とは違い、様々な部品が超重量を支える。それらも疎かにできない。

 巨大兵器製造は確かに国家事業であって子供の玩具のように扱っていい訳がない。

 今更ながら自分のやっている事に後悔の念が襲い掛かる。特に他人に扱わせる所が。

 一つの失敗で騎操士(ナイトランナー)は簡単に死ぬ。今のところ無事だが――

 幻晶騎士(シルエットナイト)は玩具ではない。

 

「……お母様。僕が作った幻晶騎士(シルエットナイト)で人が死んだら悲しいですか? 設計の不備とかで潰れたりする場合です」

「兵器としては命のやり取りをするのはお父さんも覚悟の上だけど……。そうねー。そう感じるエルに同情を覚えるわ、きっと……」

 

 姿勢を正して母は言った。

 息子が真面目な問答を求めている。子供だからと適当な事は言えないと感じた。

 

「そうならないように頑張っているのでしょう? けれども絶対は無い。エルも命の大切さに気付いたのね」

「……それは前からですよ。僕は他人の命なんかどうでもいいと思った事はありませんよ。命は一つしかない。それを大切にしなければならない」

「……でも、そんなことに固執して身体を壊さないか心配よ。ここしばらくは健康面に気を遣うようになって、私は嬉しかったわ」

 

 変に賢い息子ではあるけれど他人に目を向けられる優しさがある。

 ここ最近は特に顕著だと母親は思った。だからこそ、あまり余計な事は言いたくなかった。

 エルはちゃんと悩みを言える子だ。少し規模が大きいけれど。

 

        

 

 雪が降ろうと学園の工房に休みは無い。整備と開発で大忙しだ。

 新型機に関するある程度の図面を引き終えたエルネスティはドワーフ族の為の新たな発明品を提示する。

 魔導演算機(マギウスエンジン)の解析が出来たので彼らにも容易に扱える小型の幻晶騎士(シルエットナイト)幻晶甲冑(シルエットギア)』の改良版の図面を見せた。

 

「今度の幻晶甲冑(シルエットギア)魔力(マナ)が少ない皆さんでも容易に動かせるものを目標としました。以前のものは僕らが使いますので」

「片手間でこんなのも考えていたのかよ」

「作業効率を上げるのは勿論のこと。安全に作業してもらいたい気持ちからです」

 

 普通は彼らに図面まで丸投げするところだ。しかし、エルネスティは普通ではないので殆どの厄介事を済ましてくる。

 作る前にちゃんと話し合いも設けるところが親方(ダーヴィド)にとってやりやすかった。

 この新型機は以前の改良なので頭脳部分以外は使い回しと大差ない。ドワーフ族の体形に合わせて調整するだけとなっていた。

 

綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を使い武装に組み込めば使用の幅はもっと広がります。今は素の状態ですが……」

 

 例として『ワイヤーアンカー』の設計図を用意する。これは銀線神経(シルバーナーヴ)を組み込み、結晶筋肉(クリスタルティシュー)の収縮作用などを利用させる。

 武装は今のところ構想の中にだけあり、彼らの要望に応える形で考えることを約束する。

 

「使い方としては高い位置に移動する時……、でしょうか」

「使い方は実際に作ってから考えるとして。しばらく大人しくしていたと思ったら……。大したもんだ」

 

 早速試作品の製造を命令する。

 その後で親方はエルネスティの顔を見つめた。

 

「新型の図面も用意してたりしねえだろうな?」

「そう思っていましたが……、季節柄寒いので後でもいいかなと……。寒冷における金属破断のデータ検証をしなければなりません。それが終わり次第、といったところです」

 

 学生たちが扱う金属は特別なものではない。

 魔法術式(スクリプト)を刻んで強度を増す以外は温度などの影響で使い物にならなくなるおそれがある。

 加工できる金属ゆえに弱点がある。

 それよりもまず解決しなければならないのは寒さ対策だ。ドワーフ族とはいえ寒さに強いわけではない。工房内は広く、幻晶騎士(シルエットナイト)を出し入れさせる都合上、扉が巨大だ。そこから入り込む冷気はとても多い。

 冬場対策を講じ終える頃には年が明けていた。

 

 


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