オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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従来と奇抜編
#021 ラボとの協議


 

 国王アンブロシウスとの謁見の後、とんでもない要望を聞かされたエルネスティ以外は顔面を蒼白にしていた。特に祖父であり理事長ラウリ・エチェバルリアは幾分か寿命を縮めた。

 気分のすぐれない祖父を気遣うエルネスティだったが頭の中は新型機の設計思想の構築に染まりつつあった。

 何を作るにしても指針は必要である。

 

「そういえば、幻晶騎士(シルエットナイト)騎操士(ナイトランナー)はこちらで決めてもいいものなのでしょうか?」

「それは後で聞いておこう。それよりとんでもない事になってしもうたの」

 

 国王自ら孫に新型機の制作を命じるとは――

 何らかの目的があるにせよ、貴族諸侯を介さずに直接命じられるのは国王の特権である。今頃、貴族たちに文句を言われている頃だとしても一度決めたことを覆すような曖昧な人ではない。

 

「おじい様。陛下からの(めい)は受けましたが勉強や健康には気を付けていきます。家族を心配させないように……」

「そうしておくれ。ともかく、無茶だけはしてくれるな」

「はい」

 

 素直な返事はとても可愛い。それがどうして大型兵器に興味を持ってしまったのか。

 子供らしく、というのはもう無駄かもしれない。ラウリはとにかく孫の安否を気遣った。

 一気に老け込んだ祖父を自宅に送り届けた後、オルター弟妹と三人で散歩に勤しむ。今日は一日幻晶騎士(シルエットナイト)の作業には携わらないと決めて――

 

「……国王陛下相手にお前はすごかったよ」

「そうですか? プレゼンテーションとしてはまだ言い足りない気がしたのですけど」

「……エル君、よく酸欠にならなかったわね。私なら途中で逃げ出す自信があったわ」

 

 挟まれる形でエルネスティは彼らの言葉を聞いていた。

 自分が作り上げたものを説明する事は嫌いではない。商品を説明する事と一緒である。

 多くの人材が関わる幻晶騎士(シルエットナイト)において秘密主義は不信を招く。切磋琢磨してもらう方が作りてとしても刺激を受けるものだ。より改良し、より良いものを作るために。

 競争心を否定するわけではないが、身内で争うのは好きではない。今の自分はまだ多くを学ぶ学生である。

 

        

 

 国王陛下の下に(もたら)された凶報は天上世界の住人達にも届いていた。アンブロシウスから、ではなく端末たちの報告によるものだ。

 派遣先の国で二体のシズ・デルタが凶刃に倒れた。それをどう回収すべきかで創造者ガーネットと配下の者達とで議論が交わされていた。ただ、下界の住民とは違い、危機意識が違っていた。

 円形に並べられたテーブルの一角に座るガーネット。異形種である彼は人間の姿と遜色ない多くの自動人形(オートマトン)達の中でも浮いた姿をしている。けれどもそれを異常だなどと思う者はこの場には存在しない。

 武骨で逞しく、戦闘用としては優秀な殺人人形といっても差し支えない。

 

「ここに来て端末を狙うとか……。ありえないんですけど」

 

 見た目にそぐわない軽い発言に同僚のホワイトブリムは苦笑する。

 その名が表す姿であれば服飾そのものでなければならないが、体現しているのは色だけだ。

 爬虫類のようで猛獣ともいえる異形の彼もまた大勢の中から見れば浮いて見える。こちらはガーネットと違い生物的な異形種だ。

 

「ようやく僕達の時代が来た、って感じだね」

 

 楽しそうにガーネットは言ったが事態は深刻なものとして他の端末たちは受け止めていた。けれども、至高の存在にとっては些事である。だからこそ誰も異見を唱えない。

 それが出来るのは同じ至高の御方だけだ。

 

「私達の存在に連なるとは思われていない筈だよ。精々、他国の間者(スパイ)

「マジで? 残念だなー」

「何がだい? 彼らが私達の存在を認識すると……、色々と忙しくなるよ。……予想じゃあ五年もあれば本格介入することになるよ」

「……ご苦労な事だね。僕らが馬鹿正直に地表に降りると思っているのかね?」

 

 不敵な発言に対し、ホワイトブリムは呆れを見せる。

 実際のところ戦争に発展させる気は二人ともない。あると仮定した場合は数個の質量兵器を落とすだけで決着する。

 現地の戦力に合わせる必要はそもそも無い。

 

(……こうして見つけた文明を自分達が破壊する事になるわけだ。実に我がままで神にでもなったつもりか、とか言われる事になるんだろうな)

(白い両生類の()()神様ですが)

(僕はただの機械人間ですもんね。神様っぽい部分が見当たらない)

 

 小声で言い合う至高の御方。

 そしてすぐに思考を切り替える。

 この星を発見し、調査の名目で端末を送り出してまもなく一世紀半。いや、もっとだ。人間の感覚ではまだ数十年も残っているけれど。

 長いようで短い年月だった。とはいえ、もっと長い時を過ごしている彼らにとっては一瞬の出来事だ。

 

「端末たちよ。多少の些事が起きた程度だ。取り乱す事のないように」

「承知しました」

 

 従順な彼女達は声を揃えて返事をした。

 至高の存在だからとて一方的に発言を潰す気は無い。今回は一つの方向性を示しただけだ。それに彼らも『睡眠』を必要とする。その期限も決められていた。

 眠る必要のない種族だとしても精神的な部分は危うい。そう本人たちは思っている。だから、定期的に起きて無数のシズ達と『言葉』を交わし、精神の安定を図っていた。

 暗黒空間に満たされた宇宙はとても娯楽に飢える場所だ。騒乱すら児戯に過ぎない。

 

(けれども二世紀は過ぎた。……下界の時間ではそうなっているみたいだけど……)

(ちょっと眠ったらそれくらいすぐ経っちゃうよねー)

 

 長い時間をかけた調査の結果を前にして思うのは『悲願』である。

 天上の世界から見下ろすだけで彼らは満足する存在ではない。神様的な振る舞いはやむを得ない事情があるから(おこな)っていただけだ。

 一言で言えば――

 

 安全性。

 

 大気成分や様々な事象作用など。

 都合のいい惑星は実のところ存在しないに等しいくらい稀有なものである。多くの奇跡が結実して文明は生まれる。

 それを気まぐれで壊したいと思うほど、彼らは莫迦(ばか)ではない。

 いや、バカである方が気が楽である。難しい理屈はある程度無視する事にもしている。

 

「やあ、僕たちは君達をずっと見守っていた神様だよー、とか言ったら笑われるかな?」

「確実に変人だと思われるに一票」

「ふん。傲慢な神め。この星は我々人間のものだ~。……そして長い戦いが勃発。そこに謎の天才が現れ、神を(おびや)かしていくのであったー」

「……という流れが一般的だよねー。そろそろ、そんな存在が色々してくると思うけれど……。実際に五十年とか経過しちゃうと待つのが馬鹿らしくなるよね。大抵は時代が動いたな、と思ったら数年で凄い発展とかしそうなものなのに」

「してるじゃん。新型幻晶騎士(シルエットナイト)が完成。きっととんとん拍子で技術的革新に至って……、あと十年以内に僕たちに攻撃を仕掛けてくる。という確率はとても高いと思う」

「こうしてのんびりと危機感の薄い会議をしている間に油断した神は拠点を破壊されて宇宙の藻屑となりましたー。ハッピーエンド」

「実際には寿命を迎えるまで続くんだけど……。まさかねー……。これ(アイ・オブ・インフェルノ)が一つだけとは思わないよね? とか言ってみたい」

「どうかな? 革新的な方法で覆してくるかもよ」

 

 危機感の薄いガーネットとホワイトブリム。しかし、実のところ彼らは慎重に防衛設備を整えている。元より油断はしていない。更に言えば()()()()()()()()()()()で安穏としているわけがない。

 これは単にエルネスティ達が住む星()()を警戒しての事ではない。

 広大無比な宇宙は様々なものが飛び交っている。それが小さな岩石だとしてもまともに激突すればただでは済まない。

 理不尽な物理法則を小さな存在が覆す事は不可能に近い。

 理不尽に対抗できるのは理不尽だけだ。そしてそれを彼らは何度も経験してきた。

 

        

 

 期日まで二年。それが遅いか早いかと問われれば早いとエルネスティは答える。

 国王の要望も大事だが学生としての本分も忘れてはいない。それから国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)から出向してもらった三人の協力者は三ヶ月という期日をもって帰ってしまう事が伝えられた。

 情報共有によって作られる幻晶騎士(シルエットナイト)の模倣をおそれた、というよりは何らかの細工を施すような妨害工作を抑止するためと思われる。

 エルネスティとしては妨害を除けばずっと居ても構わないと思っていた。

 切磋琢磨に模倣はつきもの。――ある日、学園の食堂にて食事会と称して話し始めた。

 

「……それに何を作るか決まっていませんし、安全面での助言も欲しいところです」

「君は凄いな。権力欲……というか上昇志向は無いのか?」

 

 共に作業をすることになった国機研(ラボ)の一人が苦笑交じりで尋ねた。

 自分達が分からないと言えば平然と図面や説明を始める。そこに秘匿性が無いのが怖いと最初は思った。

 

「それほど興味はありませんよ。僕は幻晶騎士(シルエットナイト)を作ったり関わったり出来ればいいので」

「それに君が考えたアイデアを持ち帰って検討しているのは事実だ。それも平気なのか?」

「僕の案にはまだ多くの穴があると思いますので。専門職の人が修正してくれるのでしたらありがたいと思っています。……出来れば僕の方にも報告書を回してくれれば……」

「あ、ああ。それは構わない。元より君が考えた事だ」

「期日までに作る幻晶騎士(シルエットナイト)だが……。グゥエラルのようなものを用意する気かい? 既に出来ている機体なら制作も容易だと思うのだが……」

「これは土台にする予定です」

 

 何でもない事のようにエルネスティは言った。それに対し、聞き手の三人の時が止まる。

 時間にしては一分にも満たないのだが――今彼は何と言った、という疑問符が脳内を受けつくす。

 

「……はっ?」

 

 エルネスティは愛用の黒板を持ち寄り、軽快なチョーク(さば)きで絵を描く。

 この黒板は折り畳み式になっており、必要な時に展開できる優れものだ。持ち運びに関しては日常的に身体強化(フィジカルブースト)を改良した限定身体強化(リミテッド・フィジカルブースト)により、筋力を上げているので重さによる苦痛は軽減されている。

 限定にしているのは無駄を無くす処理に身体を慣らしている為だ。最小限の魔力(マナ)を効率的に使うことによって効果を最大まで引き上げる。

 

「まだ全然決まっていませんが、方向性を決める上で必要事項はある程度揃っています。問題は陛下をびっくりさせるもの。グゥエラルの技術を基に更なる改良を施す予定です」

「これ以上の機能追加は難しいのではないか? これだけでも相当な時間がかかった筈だ」

「基礎は大抵時間がかかります。後は応用力です。頭脳(マギウスエンジン)の解析が出来た以上、より効率的な機動を実現するのは難しくないと思います。問題は依然課題が残っている『骨格』です。新造の方は従来品のままという事が決定していますので、無視します」

 

 平然と発言しているが国機研(ラボ)の人間からすれば、それらを実現するのに数百年の研鑽を擁した。更に改良と称して――都合――二年で新たな機体を作る。

 現実としては荒唐無稽だ。近いどころではない。やれと命令を受けても出来ないと自信をもって言える。

 だが、エルネスティは違う。違った。

 彼は作れと言われれば作ってしまうおそれがある。いや、確信と言ってもいい。

 新機軸の技術を僅かな期間で立て続けに発表したのだ。それも専門職が唸るほど魅力的なものを。

 

「……それよりも我々は君がこの技術をどうやって思いついたのか知りたい」

「既存の技術には無い、全く新しい分野だと言えるのだが……」

 

 長年国機研(ラボ)に務めていた人間だからこそ理解できる。エルネスティが作り出したものは過去の歴史に類を見ないものばかりだ。

 アイデアだけであれば納得しそうなのだが、それだけではない何かを感じさせる。

 その代表格が結晶筋肉(クリスタルティシュー)を縒っただけの綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)だ。

 一見するとバカバカしい発想だ。なぜ、これを思いつかなかったのかと言えば単純な話しだ。

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は人体を模して造られている。

 

 人間の筋肉は縒れていない。もし、自分達がそんなものを工房長に見せようものならお叱りを受ける。

 人体に可能なかぎり近づけて作ることこそが正解なのだ、と自分達は学んできたのだから。それらを急に否定できるわけがないし、歴史から見てもそんな事案は見当たらない。

 現代まで続く幻晶騎士(シルエットナイト)はその固定観念によって作られ、国を守ってきた実績がある。

 

「新しいものを作る上で必要なのは既製品の否定です。もっと上手く出来るのではないかと、と自己批判の精神がそうさせます。いってしまえば、その一言に尽きると思いますよ。後はそれを認めたり、形に出来るかが焦点となりますが」

「……否定するのか? 今までの歴史を……」

「歴史は歴史です。僕たちは今を生きる。今の時代に合ったものを作るのが正しい。変動する時代には変動する発想で」

 

 秘匿すべき発想もエルネスティは隠さず(おおやけ)にする。

 この国に住む者。それ以外の諸外国の人間でも彼の様な心境に至れるかと言えば、無理だと言える。

 国益を思えば秘匿は絶対だ。だからこそ他国より優位な分野は必要不可欠だ。

 

「我が国の秘事を君は諸外国にも同じように(もたら)そうというのか?」

「いえ、そこまでは……。隠し事は苦手ではありますし、恨まれたくもありません。そこは柔軟に対応したいと思っています。この情報もフレメヴィーラの人間にしか言っていません」

「仮に俺が間者(スパイ)だと告白したらどうする気だ?」

 

 この言葉に始終笑顔だったエルネスティは唸り、脂汗を流す。

 それだけで話しを聞いていた国機研(ラボ)の人間は苦笑する。

 正直者を否定する気は無いが、幻晶騎士(シルエットナイト)に携わる者はある程度の秘匿性を順守すべきだ。

 これに対し、エルネスティも同意した。そして、調子乗りましたと謝罪してきた。

 それだけ見ると本当にかわいい男の子なのだが、色々と驚かされる。

 

「ちなみに君は秘匿性について……、考えていないような気がするが……。これからどうしていく気だ? このままというわけにはいかないと思うぞ」

「……そうですねー。あまり考えたくなかったのですが……。やらなきゃダメですよね」

 

 彼の言葉に三人の技術者は揃って頷いた。

 この部分では優位性を保てるようで安心した。

 秘匿性まで既に用意していました、とか言って何かの試作品をテーブルに乗せられたら完全に降参する自信がある。

 

「大勢が関わる以上は情報封鎖は悪手です。けれど、外部流出は避けたい。ついでに持ち逃げも防ぎたい。……うーん、難題そうです」

 

 顎に人差し指を何度も当てながら唸る事、五分。この間、今まで即答に近かったエルネスティも悩み続けていたようで、待っている方も手に自然と力が入った。

 結局のところ良い案は出てこなかった。

 

「今回の競争にはある程度の情報共有が認められています。であれば……、この問題についての協議を国機研(ラボ)側に申し入れたいと思います。それと金属内格(インナースケルトン)の研究資料なんかも見せてもらえると助かります」

「分かりました。早速、打診しておきましょう。こちらからは背中に取り付ける背面武装(バックウェポン)火気管制(ファイアコントロール)システムの説明を求めます。……見よう見まねで造っているものの動作がいまいち不安だというので」

「了解しました」

「……エチェバルリア君。あまり気軽に受け取ってもらうと不安です。それ、他の国の人にもやらないでくださいよ」

「ぜ、善処致します」

 

 交渉が成立し、お互い硬く握手を交わした。

 その後、学業の傍ら余裕のある時間が出来た時に国機研(ラボ)に赴くことになった。

 新しい幻晶騎士(シルエットナイト)の計画はまだ未定ではあるが、一つは浮かんでいる。潤沢な魔力貯蓄量(マナ・プール)と強靭な足腰を持つ――

 それらはメモにだけ記し、仕事に意識を向ける。

 

        

 

 馬車で数日をかけて南方にある城塞都市『デュフォール』に向かう。その名の通り物々しい城塞に囲まれた都市である。そして、丸ごとすべてが『国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)』でもあった。

 噂などでは聞いていたエルネスティも直接赴くのは今日が初めて。行くと決めた日から期待に胸を膨らませていた。なにせ、幻晶騎士(シルエットナイト)の制作にまつわる総本山と言っても過言ではないのだから。もうすでに就職先として目を付けていた。

 意気揚々と詰め所に向かい手続きを済ませる。

 のんびりと都市を見物したい気持ちもあったが滞在日数が限られているし、ここで働く目的は()()無い。

 将来の楽しみに残さなければ魅力が減退してしまう。

 

(この街の全てが国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)! 学園の工房との規模からして違いますねー)

 

 学生達が扱う粗雑さはここにはなく、理路整然とした清潔感がある。

 案内役に付き従い、向かうのは応接室。

 いきなり幻晶騎士(シルエットナイト)の工房に赴いては作業員たちが困る。けれども、エルネスティとしては見学したくてたまらない。

 欲望と自制との戦いに苦悩しつつ椅子に座る。

 今回の目的は共有できる情報の交換だ。相手方の幻晶騎士(シルエットナイト)を作りに来たわけではない。

 待つこと数分。事前に面会の約束期日は伝えているので急な案件が無い限り拒否はされない筈だ。

 無駄な調度品が無く、長居するには退屈を覚えそうな部屋だなと思っていると扉が開いた。

 やってきたのは背の低いドワーフ族の工房長――だけではなく、背の高い優男が一緒だった。

 工房長ガイスカ・ヨーハンソンの名前は知っていたがもう一人の方には覚えが無かった。

 色白の肌で頭にタオルを巻いたような。何処か別の民族を彷彿とさせる――作業着には見えない――衣装を身にまとっていた。

 

「おお、お前がエルネスティ・エチェバルリアかっ! 聞いた通り子供であったか」

 

 地面に届くほどの長い髭と(つち)を模した杖を振り回す危険人物――のようにしか見えない小柄な老人――が詰め寄ってきた。

 どこか狂人じみた顔で興奮しているドワーフ族のガイスカの物言いに驚きつつもエルネスティは胸に手を当て、冷静に挨拶した。

 それに対し、手に持っていた槌のような杖で殴りかかってくるかと予想していたが、さすがにそこまで狂ってはいなかった。

 

「私は所長のオルヴァー・ブロムダール。ようこそ国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)へ」

 

 興奮しているガイスカとは対照的に落ち着いた雰囲気をまとう長身のオルヴァー。

 エルネスティは差し出された手を握り返し、目つきは鋭いが柔和な笑顔を形作った。

 人のよさそうな好青年。けれども内に何かを隠している。それは単に優男のイメージであり、オルヴァーの性格を表すものではない、と思いつつも()()想像してしまった。

 

(……背が高いですね。僕も大きくなりたいです)

 

 高身長とまでは言わないが、ある程度は成長してくれないと幻晶騎士(シルエットナイト)(あぶみ)に足が届かない。

 初等部で既に驚異的な魔法の才を披露したエルネスティにとっての一番の懸念は発明品よりも身長であった。

 

        

 

 双方椅子に座り、話しを始めようと思ったのだがガイスカが騒ぎ出してエルネスティに詰め寄る。

 知りたいことがたくさんあって我慢できない、という禁断症状に見舞われた病人の様な有様だ。

 それに対し、エルネスティも身に覚えがある様子に苦笑を滲ませる。他人から見る自分は今のガイスカに違いないと――

 

「ガイスカ君。今日は君の為に用意した会談ではないよ。それに質問は後にしたまえ」

「なーにを……。あ……こほん。いや、失礼……。知識欲が暴走したまでよ」

 

 いい大人であるからか、指摘されて即座に自分の振る舞いに気づいた初老のガイスカは一つ咳払いして自分の席に戻った。けれども目はまだ血走ったままだ。

 エルネスティ側はいくつか想定問答を用意しているので何を聞かれても対処する自信があった。

 情報交換をする上で何を伝え、何を秘匿するかは事前に選別済みだ。

 

「うちの工房長は……見ての通り開発欲に溢れている。いい歳だから身体には気を付けてほしいのだけれど……」

「僕もおじいさまを心配させていますので耳に痛いですね」

 

 一つ咳ばらいを双方がした後、会議を始める事にした。

 まずは今まで開発した技術の説明から入る。これはエルネスティ側が先に黒板を用いて丁寧に説明する。

 ガイスカは一つ一つ説明を求めていたがオルヴァーにすぐ(たしな)められた。

 エルネスティの発案は幻晶騎士(シルエットナイト)を丸々挿げ替えるほど技術にあふれているわけではない。単なる改良の延長だ。

 しいてあげれば背中に腕が付いた程度。

 

「人型に拘り過ぎて機能的な部分が疎かになっています。従来の幻晶騎士(シルエットナイト)はそもそも魔獣退治を目的としていた筈です。この辺りはどうなのでしょうか?」

 

 エルネスティの疑問に対し、オルヴァーは顎に手を当てて唸った。正直、そこまで考えたことが無かった。

 開発の多くはガイスカに一任していたが彼とて机の上で眠っていたわけではない。

 長い歴史を歩む幻晶騎士(シルエットナイト)の開発工程に少なからず意識を傾けていた。それでも、長い歴史だからこそ惰性で気づかなかったことがある。

 

「いつの間にか人型に拘り過ぎて、それ以上の機能は思いつかなくなっていたのだろう。形が完成に近づけば新たに追加できるものも限定的になってしまう」

だがしかぁし! より洗練された幻晶騎士(シルエットナイト)を作るのがわしらの使命。背中に腕を付けるなど邪道の極致」

 

 とはいえ、国機研(ラボ)はエルネスティの技術を模倣し始めている。それは彼の発案を認めたことにほかならない。

 筋肉を含む中身も新たに模索し始めている。この中で自分達独自の技術は無いも同然だ。

 ガイスカにとっては子供が考えた技術を肯定する事は認めがたい問題であった。

 

騎操士(ナイトランナー)の背中に腕は生えていないからね。操縦桿こそあれ、操作は彼らの肉体的感覚に同期するよう作られている。極論から言えば銀線神経(シルバーナーヴ)を直結させた状態でも動かせる」

「はい。この辺りは騎操士(ナイトランナー)達の技術といいましょうか、魔法術式(スクリプト)の才能に左右されると思います。大半を魔導演算機(マギウスエンジン)に依存しているゆえの弊害といいましょうか」

 

 魔法の得手不得手にかかわらず魔導演算機(マギウスエンジン)は大抵の誤差を補正してくれる。そのお陰で騎操士(ナイトランナー)がどの幻晶騎士(シルエットナイト)に乗っても同じ結果を導き出す。この辺りは量産機の強みだ。

 個人機は調整が難しく、量産機よりも価格が高い。けれども、面白いものが出来やすい。

 

「僕は個人機を作ろうとしています。最初から量産を目的としている国機研(ラボ)とは発想が違って当たり前かもしれません」

「君が作り上げる機体はまだあると見て良いのだろうか?」

「はい。設計はこれからですが……。学生身分の作るものは荒さが目立つものです。専門職の人達の仕事ぶりを参考にさせてもらえれば嬉しいです」

 

 始終微笑みを絶やさない銀髪の少年エルネスティにオルヴァーは人当たりのよさそうな子なのにどうして幻晶騎士(シルエットナイト)に関わっているのか、疑問に思った。

 単なる玩具程度の認識かと思いきや大人の意見に負けない発言力には素直に感心させられる。それに熱意も感じられた。

 

        

 

 簡単ながらエルネスティの事を知った上で新たな技術の説明を聞くことにする。

 これは既に仕様書を提出されて頭には入れていたが、作った当人の口から聞くと新たな発見があると思って尋ねてみた。

 黒板を使いながら説明する彼の姿がいやにこなれているのがおかしかった。

 

「……魔導演算機(マギウスエンジン)の空白領域に新たな魔法術式(スクリプト)を用意し、簡素な動作を実現しました」

「この領域は何処にも干渉せずに独立しているって理解でいいのかな?」

「はい。他の機能の邪魔にならないように……。二つの動作を同時に(おこな)う事は(あいだ)に負荷が発生しやすくなります。魔法術式(スクリプト)というか擬似的な魔術演算領域(マギウス・サーキット)が焼け付かないようにするのが目下の課題と言えます」

 

 単に機能を追加するよりプログラムの一つとして組み込み、不具合が起きそうになったら自動的に遮断するようにする方が安全度が高まる。

 今はまだボタン一つで動作する程度だ。ただし、ボタンを増やせば覚える事も増える。後々、対応できなくなる者が続出する。

 自前の魔法術式(スクリプト)を走らせないからといって楽になるわけではない。

 

「身体全体で幻晶騎士(シルエットナイト)を操作しようとするとどうしても騎操士(ナイトランナー)の技量が引っかかってきます。今は簡素なボタン式ですが……。これはあまり増やさず、各騎操士(ナイトランナー)依頼(オーダー)に対応させられれば費用対効果としても損益を低く抑えられると思います」

「ある程度の自動化は騎操士(ナイトランナー)の負担軽減にはなる。ただ、身体の感覚としては違和感が発生してしまう」

「それは訓練で解消するしか……。新機能は使って覚えていくしかありません」

 

 常識的な言葉でオルヴァーは安心した。

 突飛な発想ばかり続くと思っていたので。

 だが、エルネスティは思っていたよりも幻晶騎士(シルエットナイト)を研究していて感心もした。単なる子供程度とガイスカ同様に思っていた。だから、説明も期待していなかった。

 それが今はどうだ。黒板を用いて分かりやすく説明してのけてくるではないか。

 そんな人間に久しく出会った事がなかった。

 

「自動化はともかく背面武装(バックウェポン)補助腕(サブアーム)という概念は素晴らしい。用途を最初から決めているから無駄が少ない。これらを動作させる魔法術式(スクリプト)は君が組んだと聞いたが……」

「はい。火気管制(ファイアコントロール)システムなどの機能面は僕が用意しました」

 

 中等部の教科に幻晶騎士(シルエットナイト)の各動作用の魔法術式(スクリプト)を説明するものはない。これらは専用機関である国機研(ラボ)(おこな)ってきた。

 それがどうしてエルネスティに出来たのか。というより国機研(ラボ)の者でも考え着かない機能を追加できたのか。

 一番確実なのは技術盗用だ。しかし、そもそも考え着かない機能なのでそれはあり得ない。

 

「……これらは君が独自に解析して構築した……、という理解でいいのか?」

「そうですね。魔法術式(スクリプト)の構築は……得意というか自信がありました」

 

 中等部であれば魔法を放つために魔法術式(スクリプト)を学ぶものだ。決して幻晶騎士(シルエットナイト)の機能強化の為に覚えるものではない。

 それを覚えるには専門書を読み解かなくてはならない。

 

(理事長の孫というだけで説明できるのか? 彼には我々の知らない能力があるような気がする)

 

 荒唐無稽な考えなので今以上に詮索する事は難しいが将来が恐ろしいと思った事は――今までの人生の中でも――無い。

 それと同時に好奇心が刺激されている。隣に控えているガイスカ同様に。

 

「貴様はこれらの技術をどこで手に入れた? 子供がおいそれと使えるとは到底思えん」

 

 敵を見るような厳しい目つきでガイスカは言った。オルヴァーとしては言い争いになりそうだから疑問などは自分が引き受けようと思い、彼の発言を制していたが我慢に限界に来たようだ。

 確かに子供と侮っている部分は認めるところだ。

 エルネスティの発想の原点は無から現れたようには思えない。説明からして蓄積された知識があってこそ成り立つ理論だ。その大元は何処から来たものなのか。

 

「……何処でと申されましても」

(前世のロボットアニメです、なんて言えないですし。言ったところで荒唐無稽と言われてしまいます)

 

 本来は単なる玩具(プラモデル)作りの延長だ。それがたまたま幻晶騎士(シルエットナイト)に応用できた。しかもプログラマー専門の自分が工業までこなせるのはダーヴィド達の協力があってこそ。

 全て自分の力だとは思っていない。それを相手に理解させるのが目下の課題であった。

 

「子供が夢見た風景を現実に応用しただけ……。言ってしまえばそれだけなんです。信じてもらえないと思いますけど」

「……確かに。我々を前にして夢で見たものを信じろと言うのは……。だが、現実に結果を見せられている。君の夢とやらはかなり現実的なもののようだ」

 

 それが真実か、という問題になるのだがエルネスティもオルヴァーもその辺りの議論が不毛になる事を理解していた。

 だが、ガイスカは割り切れなかった。何らかの技術の盗用があったに違いないと。それがどこの国のものかは分からないが、説明が詳しすぎるのが逆に怪しい。

 

        

 

 エルネスティの発想の原点はロボットアニメだ。次がプラモデル。

 元々は創作上の技術を玩具に落とし込んだだけの代物だ。それがこの世界では現実に幻晶騎士(シルエットナイト)として存在し、ある程度は応用が利いた。

 内部骨格まで自分で作れるほど簡単なものではなかったし、筋肉や魔法という概念が合わさっている所にも差異が認められる。

 

国機研(ラボ)の方達は人が操縦する(もっと)も最適化した幻晶騎士(シルエットナイト)を作ろうとしている。僕は単にカッコいい幻晶騎士(シルエットナイト)です。そこに強さや整備性は考えられていません」

「カッコいい幻晶騎士(シルエットナイト)? 子供の憧れではあるけれど……」

「この国には夢の形を現実に出来る技術があります。僕にとって大事なことは夢を現実にする事です。もちろん、周りに迷惑が掛からない範囲で……」

 

 戦争という物騒な単語が他の国にあるのであれば戦乱の拡大は望みたくない。少なくとも家族や友達の悲しむ顔を見たくない、という気持ちはある。

 魔獣退治のような平和利用。最悪、世界征服を企む独裁者の打倒だ。

 

「夢を語る子供と我らは戦うのか。軽く見られたものだ」

「まあまあ、ガイスカ君。新しい幻晶騎士(シルエットナイト)を作るきっかけを貰ったのだから……」

「そういえば、戦うにあたって騎操士(ナイトランナー)はこちらで決めてもいいものなのでしょうか?」

「いいんじゃないかな。不慣れな機体に乗せるより、お互い訓練された者の方が観客も喜ぶだろう」

「期日まで二年……。それまでにお主が作り上げられる保証は無い。まず、出来るのか、エルネスティ・エチェバルリア」

 

 一番の懸念をガイスカは突き付けた。

 新型と一言で言っているが国家の大事業だ。子供に簡単に成し遂げられる筈がない。

 既に造り上げた『グゥエラル』はおいといて、いくつかまだ作らなければならない。最悪、グゥエラル一機で国機研(ラボ)と戦う事もありえる。

 

「基礎は既に出来ています。問題は……形です。それと金属内格(インナースケルトン)……。身体を支える部分に不安があるので、しばらくはその解決に時間を使いそうですね。それさえクリア出来れば期日までに五体くらいは何とかなると思います」

 

 量産機を五体作るのか、とガイスカの更なる質問に対してエルネスティは首を横に振る。

 五体全て違う幻晶騎士(シルエットナイト)。つまり新型を五種類用意すると豪語した。

 一つは確定しているが残り四体はどういうものになるのか、この疑問にさすがにオルヴァーがガイスカを止めた。

 エルネスティならば教えてくれそうな気がしたが――

 質問を受けた彼は――まだ構想の中で形になっていないと答えた。

 

「絶対に五体という保証はありませんが……。グゥエラルを作ったばかりですから、無難な数ではないかと」

「承知した。今度はこちらが技術提供する番だね。いいかい、ガイスカ君?」

「ふん」

 

 子供に技術提供させるのが面白くないガイスカはそっぽを向いた。

 技術者の矜持としては間違っていない気もするが、とオルヴァーは苦笑しつつ自分達の資料をテーブルに広げる。

 エルネスティが欲するのは金属内格(インナースケルトン)と秘匿技術。それと魔法術式(スクリプト)を刻む構文技師(パーサー)の見学許可だ。

 

 


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