国王アンブロシウスから直接謹慎処分を受けたエルネスティ・エチェバルリアは無罪放免となった後、早速ライヒアラ騎操士学園の工房に向かった。もはや禁断症状の
発想の転換を図る上だとしても彼とて不健康で倒れたくなかった。
「おお、来たか銀色坊主」
「はい。ご迷惑をおかけしました。陛下から言われた通り、心身ともに健康に気を使ってきましたよ」
身奇麗にした姿を見せるエルネスティ。
服装自体は変わっていないが艶やかな銀色の髪と瑞々しい肌が輝いて見える。
取り上げられた玩具を返してもらった子供のような笑顔を向けてきた。それだけなら歳相応で何の文句も無い。しかし、彼が扱うのは大型機械の塊だ。
「早速ですが、エチェバルリアさん。こちらが
「防腐処理は既に施してありますので」
事務的に告げるのは
既に作業の準備が整えられており、エルネスティが見せる発想力を楽しみにしている様子だった。
ここで
「……あの、ここってシズさんの作業場ですよね?」
「シズ先生はしばらく来れねえ。子育てに専念するらしいからな。ここは好きに使ってもいいと言われてるぜ」
「……そういえば。僕としては残念でなりませんが……」
「お前も学生だろうに。本当なら授業に出ていないとおかしいんだがな」
いつも当たり前のように来ているが、そもそもがおかしい。
後から来るオルター弟妹の方がまだ常識人だった。
エルネスティは若き天才として有名になっているが本人はその事に気づいていなかった。
「僕も自宅で勉強していましたよ」
「……どうせ
「よくお分かりで。謹慎といえど全身を拘束具で固められていたわけではありません。きちんと朝昼晩の食事にお風呂。清潔を保ちつつ勉強も疎かにしませんでした。あと、魔法の鍛錬も……」
親方のダーヴィド・ヘプケンからすれば椅子に括り付けていた方が世の中が平和になるのでは、と本気で思った。
それくらいエルネスティの
★
復活したからとて怒涛の動きを見せるわけではなく、留守中に制作を依頼していた『モノ』をまず確認するところから。
学園が保有する
元はドワーフ族の作業補佐を目的としていたが扱いが難しく、
エルネスティが実際に作られた小型
全高は二メートル半。顔は露出しているがそれ以外は分厚い装甲に包まれる。
操作には
「……なかなか良く出来ていますよ」
身軽に動き回るエルネスティ。しかし、それは彼だからこそできる芸当だ。
常時
遊びに来ていた女性
「な、なによこれ~。全然ビクともしないんだけど」
どうやって小さな身体のエルネスティは自在に操ったのか。説明を受けても信じられなかった。
それでも彼女も
二歩歩くだけで滝のように汗が出た。
身体を動かすのに必要な
例えるなら
「……なにこれ。よくあんな動き出来たわね」
「常日頃の鍛錬のたまものですよ。キッドとアディも平気そうですし」
彼らの為に用意した予備の
何か細工でもしているのか、とさえ――
その後、さらに努力してみたもののやはり身体の制御が一筋縄にはいかなかった。
「
「……そうかしら。あんた達の領域に到達するのに何年もかかりそうなんだけれど……」
「そうですね。一朝一夕には出来ないでしょうね」
エルネスティに悪態をついたものの回数を増やしていくと歩数が増えてきたように感じられる。
今の段階では一歩で限界が来る。それをしばらく続ければ確かに歩いたり走ったりできるようになるかもしれない。そうすれば
完成品は三体のみ。追加は鋭意制作中という話しだった。
★
エルネスティは常日頃から腰に下げている杖代わりの武器を取り出す。
彼個人の設計によって作られた斬撃と魔法法撃を兼ね合わせた
既存の杖ではなく、どうしてこれを作ったのか、こんな形にしなければならなかったのか。それはやはり彼にしか分からない境地であるといえる。
製作は友人のバトソン・テルモネンの工房に務めるドワーフ族の人達が成し遂げた。
数々の発明品はエルネスティ個人が極秘に作ったわけではない。主に設計図だけ引いて依頼する形だ。だから、誰にも作れないような代物ではない。
「……頻繁に魔獣と戦うわけではありませんから、随分とこの武器もご無沙汰でした~」
オルター弟妹もエルネスティに図面を引いてもらい、それぞれ特別な武器を製作してもらっていた。
それらは武器としても使えるが大気を操る魔法を習得すれば簡単な移動手段にも使える。
「というか師団級の肉体って硬いんでしょ?
「風の魔法を利用すれば人間でも無理は無いと思いますよ。僕たちは
無理と言わないところがエルネスティらしいとアデルトルートは苦笑しながら感心した。
現在の魔獣は粗方解体済みで、強固な肉体を維持してきた
肉体というか骨格だけになっているが――
バルゲリー砦を襲撃した筈の師団級は突如として消え去り、突如として空から飛来した。その謎も解決していない。
落下後にどうなったのかは学生たちは知る由もないが、
彼らの手による調査でも落下の謎は今もって不明。
なにより不思議なのは外傷が殆ど無いこと。どうやって死んだのかも不明であった。
病気だったのか、落下によって心臓麻痺でも起こしたのか。
「しかし、師団級ともなると迫力がありますねー。巨体を魔法で支えていたとしても生物である事には変わりません。この関節部分にある軟骨の構造は非常に丈夫に出来ていると思われますし、摩耗度も気になります」
事前に残すべき肉体部分は発注済みであった。
これだけの巨体になると腐敗速度は遅く、多くが原型を残しているものだ。
例え、それらが無理であっても関節部分は宝石の様に磨き上げられている可能性が非常に高い。
それと骨格。自壊せずに残ったということで材料としての強度は充分にある。
天然の骨は金属よりも強固で軽く丈夫なのが通説だ。特に大型生物のは。
(ただし、師団級は数が少ない。
そんなことを考えながらウィンチェスターを斬撃使用にして風の魔法をまとわせる。
齢十二にして殆どの魔法を習得、更に独自に開発までこなしているエルネスティ。
彼に出来ない事は無いのでは、と思わせる。
当人にしてみれば慣れた作業であった。必要な術式を適切に配置替えして運用する。
考え方としては『
(おっと、そうでした。忘れるところでした)
魔法を解除し、巨大な骨格に線を描いていく。
何事も大雑把に切り出すより出来るだけ測った方が無駄が出にくい。これには
骨の中にあった骨髄などは油圧用の材料として既に採取されており、ほぼ骨格のみとなっている。
切り取り線を入れ終わってから改めて武器を構える。
(ちゃんと切れるといいですね)
呼吸を整え、大きく振りかぶる。
通常であれば原始的に工具を使って叩き割り、細かく削るのだが今回は一刀の下に叩き切る。
「せいっ!」
自身に
小さな子供の力では強固な骨格を切りつけたところで弾かれる。しかし、エルネスティは普通ではない。
幼い時から鍛えてきた実績がある。
魔法の刃が物体に当たる時、大きな音は鳴らなかった。ただ、線に沿って切れ目が走る。
(……あっ)
気づいた時は遅かった。
予想外にあっけなく切れたせいで地面ごと切れ目が入ってしまった。すぐさま、退避勧告をする。
幸い、地面が割れるような異常事態は起きなかったものの派手に亀裂は入った。
「お見事です、エチェバルリア君」
「……あれを一回で叩き切るとは……」
誉め言葉を聞きつつエルネスティは威力を加減しつつ加工を続ける。
本命は骨と骨の繋ぎ目だ。必要以上に傷つけてはいけない場所なので慎重に、時間をかけずに武器を振るう。変に時間をかけるとかえって手元が狂いやすい。手慣れた技術者ならば感覚的に理解するが、
★
何の恩恵も無い今は幸運である。
(骨密度が高く鉱石と変わりませんね。けれども軽くて丈夫……。問題の関節部分は芸術的といっていいくらい滑らか。これは加工するのがもったいないくらいです)
甲羅の一部も今は加工可能になっている。これに新たな
一体の師団級から切り出せる数は限られているので慎重に切り分けていく。それらは数時間にも及んだがエルネスティはまだまだ余裕だった。これが一般の学生であれば最初の段階で力尽きているところだ。
滑らかな部分は
切り分けた物体の内、
天然の素材は変に加工しない方が長持ちするものだ。
「全体的に使わないの?」
「加工がそもそも大変です。大きく取ってしまうと量産機の分に回せなくなってしまいます。それにもったいない。少ない負荷。少ない
分散は一見すると足し算で消費量が多くなるように見えるが、個々の負荷を軽減できれば実際にはかなり少なく済むこともある。
馬鹿正直に全ての部品に
(負荷が大きくなるところ
更に小さい欠片に同量を刻めれば交換も容易くなる。それには熟練の技術が必要だ。
いきなり最上位は危険なのでグゥエール一機分に集中する。
関節部分の問題はこれで解決し、次は増えた重量をどうやって分散するか、だ。
小型化するには時間と労力がかかる。それと負荷の問題だ。
丈夫で
小さくて同じようなものを作ればいいのか、というと全体的には悪手である。
それを成すには素材そのものを新しくする必要があり、
使い方だけで解決したいと思っていたエルネスティにとっても頭の痛い問題であった。
★
現行の改修から中身が新型へと変わっていくのであれば技術革新からはどうしても逃れられない。
それを改めて思い知った。
本当ならここまでするつもりは無かった。
(そう。僕はロボットのプラモデル作りが好きなだけで、ここまで本格的な機械工学は専門外でした。……あと、本職は単なるプログラマー……。それが運よく
だが、折角
エルネスティは様々な技術革新を提示こそすれ本人も楽しみにしていた。
作られていく技術に。
事前に操縦桿から引き出しておいた
「では、パターン解析開始」
操作する事が目的ではないが念のために人員を遠ざける。何かあればすぐに駆け付けられるようにオルター弟妹が
目を瞑るエルネスティの脳内に幾何学模様が無数に表れる。
「……まずは無駄を一つ消してみましょうか。……修正」
言葉と共に整備中の機体から音が鳴った。
本当なら複数人で取り掛かる作業だが安全面と試験運用の程度を見るため、エルネスティ一人にやらせている。
全ての機体を彼一人に扱わせる気は無く、仕様書が出来れば他の作業員にも
(修正と同時にチェック。問題が無ければ次の修正へ。問題があれば保留。……いえ、マーク……。現行の機体の負荷を参照……。……うわぁお。年季の入った
異音を響かせ始めたグゥエールに戦々恐々とする作業員たち。合間に煙まで立ち上る。
さすがにボルトが勝手に外れたりはしなかったが自壊しそうな雰囲気を誰もが感じた。
「私のグゥエールは無事だろうか」
「……壊れても直すって言ってるけど……」
「エル君……」
最近の技術をもって機体を調整し直す作業はエルネスティでも時間がかかった。
修正箇所が膨大。これは予想していたことだが、従来品に無理矢理新しい技術を盛り込んだ弊害といえる。
一時間ほどの格闘の後、作業を中止した。
(……身体と頭が熱い。さすがの僕でも連続稼働は危険……ということですね。これは少しずつやるべき仕事だ)
従来品の機体のままであれば修正箇所も幾分か少なく済んだ筈だ。しかし、今回は事前に盛り込み過ぎた状態で、更に
杖に
大型機械はチームで取り掛かるべきだ。
(まるで大型の案件に徹夜で取り組んでいた時代を思い出します。……優秀な人材が多ければ僕も楽が出来るのに……。三日貫徹の刑に処されている気分です)
グゥエールから降りたエルネスティはアデルトルートの膝枕に甘え、額に冷やしたタオルを乗せて休んでいた。
熱暴走が酷くなる前に降りて正解だった、と。
★
一気に改良するのは
それから更に三日かけて修正したものを報告書にまとめ、新型の
一部は協力してくれた
エルネスティとしては完全隠蔽するより、よりよい機体づくりに貢献したいだけで権力欲は無い。あくなき探求さえ続けられれば良かった。
それから一週間かけて全体改修を終え、
自信を持って出来ると宣言したものの思いのほか時間がかかってしまった事をまずは本来の
「随分とお待たせいたしました。新生グゥエール。どうぞ、お確かめください」
「う、うん。前より形がすっかり変わったような気がするけど……ありがとう」
背中から腕が二本生えているし、全体的に筋肉質になっている。
塗装は済んでいるもののグゥエールというよりは完全な新型だ。これと同程度の機体が二機改修中である。ダーヴィドが一機だけではもったいないとして作業員にやらせている。
ある程度の動作確認が済んでいて起動するだけになっている。
「さあ、先輩。どうぞ、お確かめください」
「おう」
起動の為の
手にかかる感触により、重く強い事が伝わる。
前回は少しの起動で膨大な
通常の
(か、軽くなってる……。これはちょっとどころの軽さじゃないぞ。関節も滑らかだ。なんだ、逆に気持ち悪いくらいだ。……だが、これなら行けそうだ)
平然と立ち上がるグゥエール。
筋肉が軋む音は外で待機している者達の耳に届いているが中に居る
不思議と腕に力がみなぎるような感覚を味わう。しかし、それは自分のものではない。
(ここまで柔軟に動くのか!?
立ったままではまだ分からない。
次に歩いてみる事にする。前回は一歩だけ。
あまりに自然体で動くものだから歩き方を忘れてしまったような感じになった。しかし、腕の動きで感覚を即座に思い出し、一歩目を踏み出す。
筋肉の増量で
関節にかかる違和感はほぼ無いと言ってもいい。
(なんだこれ!?)
ディートリヒは胸の内で絶叫する。
以前は操作するだけで疲れを感じた。それは重さだと思っていた。しかし、今はそれらの違和感が解消されている。
まるで――
(疲れが取れたような気持ちよさだ)
徹底的に無駄を排した事で
それまでの間はきっと悩みが解消された人間と同じような清々しさを味わう事になる。
(力は感じる。関節の動きも手に取るようにわかる。なのになんだ、この滑らかな動きは……。無理な部分はちゃんとあるな)
強引な関節の曲げに対してはきちんと止まる。いや、止められる。
外で見ている作業員たちも驚いていた。複雑な動きを見せているのだから。
特に細かい動きが気持ち悪く見えるほど人間的に動いている。
以前の様な機械的な武骨さが抜けているというか――
「……銀色坊主。中に人が入っているように見えるんだが……。操縦者の事じゃねえぞ。
「ここまでになるとは僕も想定していませんでした。実にスムーズな動きで美しいです」
しかし、これでもまだ
学生に与えられた資材だけで出来る精一杯の作品と言える。今は完成品の動きに満足しようと思った。
★
新生グゥエールは『グゥエラル』と名付けられた。名づけに関してディートリヒから異論は出なかった。――
動きはいいが、動けるだけで戦えないのでは意味がない。それと防御面が実は弱い、ということもあってはならない。
「まずは基本です。歩行。疾走。停止。可能であれば軽く跳んで下さい。あと、逆立ちは……さすがに怖いので却下ということで」
「任せろ。今の俺は何でもできる気がする」
エルネスティは制作者ではあるが実働するのはディートリヒである。無事に済むように小さく祈る。
一つ一つの動きにチェックを入れていく彼の様子を離れたところで見守っていたアデルトルートの手に自然と力がこもる。
大好きなエルネスティが真面目な顔で
(……こうしてエル君の仕事ぶりをちゃんと見る事って無かったな……。いつもにやけているイメージがあったけれど)
一通りの動きが終わり、背面に取り付けた
これも既に無駄を省かれた
「……あまりに動きが良すぎて滑るぞ。正確なのはいいんだが……」
「練習が必要ですね。より柔軟に対応できるように改良したのですけれど……」
「
基本法撃である
当初の狙い通りに法撃は確かに着弾した。通常よりも簡素で分かりやすい。
文句を言ってしまったものの訓練を積めば解決できる問題として次に移行する。
(
気が付いたことはどんどん自分でもメモしていく。いずれ後輩や部下が付いた時に説明する機会もあると思うので。
それにしても従来よりも動きやすく、扱いやすい。もっと複雑な操作が必要かと危惧していたが、単純化された部分は大いに満足した。
(そうじゃないな。より柔軟になった事で
同じ機体に乗っても
癖を読まれれば負けてしまう。ならば負けない為の訓練は必要だ。
次に防御力を確かめるため、エルネスティが無数の魔法をグゥエラルに向けて放つ。もちろん、威力は弱めてある。
人間大の魔法はたかが知れる。しかし、エルネスティの場合は見かけ以上の威力になる恐れがあった。
「……うぉ!? 結構な衝撃が来たぞ。もしかして装甲が薄いのか?」
「いえ、そんなことは無い筈です。敏感になっている、のかもしれません。感覚を鋭くしていますから」
(感覚? ……確かに衝撃には驚いたが……、これは何処に攻撃が当たったかを伝えているだけか? なんという技術力の高さか)
実際に外側から見ていたダーヴィドも確認している。
エルネスティの攻撃に装甲が吹き飛んでいる事実が無い事を。
更なる追撃とばかりに全方位から
(エル君、意外と容赦ない)
(感覚が鋭いだと!? この不快感は弾幕でこそ本領発揮じゃないか。……くっ、これも
と、強がりを思うがキツかった。
怒涛の弾幕。これを一人の人間が
操縦席回りは無事だ。散々動いたのに消費された
(恐ろしいほどの低燃費。まさかここまでとは……。それとだいぶ慣れてきた。当たる負荷もおそらく大丈夫……だとは思うが。だが、やはり新型は凄い。……ん? 装甲の新開発なんてやっていたか?)
中身ばかり開発していた筈だ。燃費の向上と関節。それはなんとなく理解している。しかし、装甲面での開発は耳に届いていない。その筈だ。
「攻撃を止めてくれ」
「はい」
「……エルネスティ。一つ尋ねるがグゥエラルの装甲も新造したものなのか?」
「いいえ? 新調こそしましたが、新開発ではありませんよ」
一分ほどの沈黙があった。
何でも無い事のように応えたエルネスティはそこでディートリヒの言わんとしている事を理解する。
「無駄のなくなった
「そ、そういうものか? えらく頑丈になったものだと驚いたぞ」
「長く愛用されてきたサロドレアの本領といったところです。この機体の機能が十全に発揮されたものと思われます」
それに
甲羅は今回は保留にしている。用途が思いつかなかったので研究用以外は
「銀色坊主。これは成功と見ていいのか?」
「細かい部分を省くとしても……。破損は軽微のようですし……。一先ずは……、成功と見ていいと思います。メインとなる
親方ダーヴィドは声を上げて吠えた。それに呼応して開発に携わった作業員たちも一緒に。
ここに新型
そう。新型である。単なる改修工事を受けたグゥエールではなく――
新型