オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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現地調査編
#001 自動人形年代記


 

 現地人が使う西方暦という年代で言えば一一五〇年頃。

 『セッテルンド大陸』と呼ばれる広大な大地は南北に広がる『オービニエ山地』によって東西に二分されていた。

 西方は平野が多く知的生命体たる人間の国が多く存在しており、東方は広大な森に覆われていた。

 この森林地帯は『ボキューズ大森海(だいしんかい)』と呼ばれている。

 魔獣が多く住まう大森海から西方を守るように存在するのが東方唯一の大国『フレメヴィーラ王国』である。

 首都はカンカネン。

 ボキューズ大森海(だいしんかい)には魔獣と呼ばれる凶暴な生物が存在し、人の住まう地域である西方への進軍を食い止める為に王国は騎士を擁していた。

 魔獣は小型から小山ほどの巨大なものまで存在する為、人の身では太刀打ちできない事がある。

 それを解決する為に王国では高さ十メートルほどの人型の機械兵器『幻晶騎士(シルエットナイト)』を開発した。

 この幻晶騎士(シルエットナイト)と魔獣との戦いは実に数百年に及んでいる。

 それらの歴史を横目に自動人形(オートマトン)達は静かに各地の調査を続けていた。

 旅に必要なものから長い時を歩む上では関係無さそうなものまで。

 

 知識の収集。

 

 彼女たちの調査はその一言に尽きる。

 シズ達の本来の目的である『地球帰還計画』は数億年の歳月がかかることが試算されている。それゆえに息抜きに百年単位程度の潜伏は想定内だった。――もちろん文明レベルによって数年から千年までと振り幅が大きいが――

 場合によればその地で果てる自動人形(オートマトン)も存在する。

 そして、知的生物が存在する星というのは宇宙全体でも希少――だからこそ扱いは慎重に、且つ大切に扱う事と決められている。

 

「……外装の偽装を終了。……言語調整……クリア。一つの歴史としての活動を開始します」

 

 明瞭な発声で宣言するのは現地の生物である人型。

 脳内に保存されている分類で言えば『人間』とほぼ同一に偽装した自動人形(オートマトン)の一体。

 背は現地人の平均より少し高め。年の頃は二十代に差し掛かる女性、という設定が組まれた。

 腰にかかるほど真っ直ぐに伸ばされた赤金(ストロベリーブロンド)と呼ばれる色合いの髪の毛は彼女達本来のもの。

 エメラルドグリーンに似た色合いの瞳。

 無感情な容貌。死人のごとき白い肌。

 服装は現地の衣服を参考にしている。

 

「定時連絡は自動送信モードとの併用。後は……生物的振る舞いによる活動に専念する」

 

 脳内で『了解』と()()と同じ声が返答する。

 

職業(クラス)構成クリア。所持アイテムの選定。特殊技術(スキル)制限。……一般人としての活動に支障なく……」

 

 オリジナルの『シズ・デルタ』よりも高度な存在であるため、見た目で機械的な存在だと見抜く事が出来ないほど精巧である。

 長い年月をかけてバージョンアップを繰り返した果てに機械と生物の垣根を越え、死という概念すら超越している最新型の自動人形(オートマトン)

 しかし、それでも彼女達には越えられない壁が存在していた。それは単純に言えば()()()()()()()()()()()()()だ。

 機械が『疑問』という概念に何処まで踏み込めるのか。そして、至上命題にどこまで自分達は挑戦できるのか。

 正しく未知への挑戦だ。

 

        

 

 数年に及ぶ現地調査で大まかな地図は完成していた。

 この星に住む生物の中で『人間』に類する存在の歴史は自分達の知るものとあまり差は無い。しかし、機械兵器に関連するものには興味を覚えた。

 巨大兵器を操り、魔法を扱う文化が存在する。

 未知の魔獣との戦いの歴史。そして、兵器の製作に操縦者の育成。

 ゆっくりと流れる歴史に対し、自動人形(オートマトン)はただひたすらに己の任務に従事していた。

 滞在期間は不測の事態を考慮し、最長で一千年を目安にしている。もちろん、入れ替わり立ち代わりの交代はある。――実際に千年単位の滞在が(おこな)われた試しは無い。

 今まで訪れた星々は新たに開拓され、独自の文化を築き今現在も連絡が届いている。

 場合によればこのまま知的生命体の居る星に滞在するのか、それとも地球への進路をいずれは取る事になるのか。

 もちろん、最悪の場合である『目的地である地球が消滅している場合』も想定している。

 様々な想定を空の上で今も別の自動人形(オートマトン)達によって議論が交わされている。

 最終決定は自分達の主が決める。

 すなわち地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)の真なる主だ。

 意思決定が下されるまでは自動人形(オートマトン)は現地の生物として振舞い続ける。

 それは幾たびも繰り返されてきた。

 

「一度停滞に入る。二十年後に再起動を求める」

 

 何十年も姿が変わらない存在は現地の人間に不審を覚えさせる。という考えの下、長期に渡る潜伏では必ず停滞期間を設けている。

 現地の世代交代を基準にしており、次の目覚めで活動しても似ている人が居る程度の認識の筈だ。

 時にはバレることもあるかもしれない。その時は(とぼ)けるだけだ。

 シズ・デルタ型自動人形(オートマトン)はただの機械人形ではない。

 生物的な振る舞いが出来るほどに高度な存在だ。

 セッテルンド大陸に降り立ってから何度目かの再起動を経た西方暦一二二〇年代。

 シズ・デルタ型。個人名は『シズ・デルタ』で統一されているが役割によって細かく分類されている。

 現地に溶け込む意味で正式な名称は使用されない。

 本来の名称を部外者に伝える気がないので。

 

「……起動に問題無し。活動を再開する」

 

 この星での調査による最終目的は未だに与えられていないが自分()の役割は認識している。

 帰還計画が失敗した場合による保険としてこの星を自分達の(つい)棲家(すみか)となるのに相応しいか、どうか。――知的生物の居る星は全て対象となっている。だから、この星()()に拘る事は無い。

 ()()()()()に備えて永住する為の候補地選びも含まれている。

 その判断には数百年ほどの長期に渡る調査が必要になる。これは文明レベルの発展の基準として設けられた制限時間というべきもの。ただし、目安であって絶対ではない。

 目覚めたシズは現地の服装に着替えて外に出る。

 外見は見掛け上、十代ほど。これは小さな子供であれば誰かの娘程度の認識しか持たれないと考えたからだ。大きな街であれば人相の特定はとても困難になる。

 時として大人にする事もあるが性別の変化は考えていない。

 主が不許可にしている項目の一つでもある。

 

「……今日も天気がいい」

 

 朝の陽射しを眩しそうに見つめる仕草。それはとても自動人形(オートマトン)とは思えない振る舞いだった。

 自動人形(オートマトン)たる彼女達はケガをすれば血が出る。

 体内で様々な物質を溶解、分解する機能があるので飲食も可能。更に排泄も出来る。

 それでも機械的な部分があるとすれば無愛想な表情や思考くらいか。

 あるいは解剖によって初めて露見する体内構造とか。

 究極の機械は生物と区別がつかない。そんな事を地で行くほど高度に進化した存在となっている。

 

        

 

 目覚めたシズ・デルタが向かうのはフレメヴィーラ王国の首都『カンカネン』から東に半日ほどかかる距離にある――魔獣などの侵入を妨げる為に建造された高い壁で囲まれた都市の中に同じく城塞のように壁で囲まれた――『ライヒアラ騎操士(きそうし)学園』だ。

 この学園の目的は魔獣から身を守る為の戦闘技術を学ぶことの他に騎士はもちろんのこと、農業、商業や鍛冶師に携わる人材の育成など多岐に渡る。

 シズも学生として入学し、他の生徒と共に勉学に明け暮れる。

 世界の常識は独学より誰かに習うほうが効率的だ。

 生真面目な性格で表情の変化に乏しいところから『鉄仮面』と揶揄されるようになった。本人は全く気にしたそぶりを見せず、成績は優秀。魔法の理解も早く、様々な知識を驚くべき速度で吸収するところから天才児と言われることもあったとか。

 年齢を重ねて成長するように背丈の増量も忘れない。

 騎操士学園は初等部を九歳。中等部は十二歳。高等部は十五歳から学習する課程がある。

 

 この世界では十五歳で成人と見なされる。

 

 そのような事はシズにとって関係なく、彼女は普通に勉強し、普通に卒業した。

 本来ならば『騎操士(ナイトランナー)』としての道を歩むところだが調査が主体の彼女は騎士ではなく、学園の教師の道に進んだ。

 より知識を深める為であり、自らが目立つような振る舞いを避けるためでもある。しかし、人知れず随分と目立っているようだが意外にもシズ自身は気づかなかった。

 

「……このように人間の体内には魔獣達が持っている『触媒結晶』がありません」

 

 この世界には魔法文化がある。

 興味本位で調べて、この道(教師)に進む事にしたシズ・デルタ。

 自分たちが扱うものと違うようだが本質的な部分は大差が無いのではないかと。

 自分達(シズ・デルタ)の知る魔法が十段階ではなく三段階が基本。

 初級魔法(コモン・スペル)中級魔法(ミドル・スペル)上級魔法(ハイ・スペル)

 身体強化に属性魔法。

 騎士になってから扱う戦術級魔法(オーバード・スペル)という更に上の魔法の存在もあった。

 様々な呼ばれ方をしているが原理が分かれば扱いは簡単だと判断した。

 問題は人間が魔法を行使する場合、専用の触媒が無ければ何も出来ないことにある。逆に言えば触媒さえあれば人間は魔法をいとも容易く扱う。

 この世界には『エーテル』という物質のようなものが大気中に満たされており、それを体内に取り込んで『魔力(マナ)』へと変換する。

 そして、それ(魔力)を魔法として使うには『魔法術式(スクリプト)』を構築する必要がある。それは用途別に異なり、記号などで表現する。

 実際に行使する場合はそれらの魔法術式(スクリプト)を脳内に存在する仮想器官『魔術演算領域(マギウス・サーキット)』で処理する。

 簡単に言えば使いたい魔法を頭の中に『選択肢』として浮かべて選ぶ。

 実際に使用する場合はどんな魔法を使いたいのかを決める選択肢こと『基礎式(エレメント)』と、それをどういう風に使うのかを定める『制御式』を組み合わせる必要がある。当然、高度なものほど複雑化し、扱いは難しくなる。

 シズは機械的に理解する事が出来るので習得に時間はかからなかった。しかし、一般人はそう簡単にはいかない。

 それゆえに何度も教える必要がある。

 

「式の構築には慣れが必要です。基礎をしっかりと覚えていきましょう」

 

 教える事は簡単だ。問題なのは相手がどの程度身につけるか、だ。

 他人の事情はシズとて把握は難しい。だからこそ日々、違う変化が生まれる。

 

        

 

 そうして時が経ち、教え子たちが卒業していき、そのすぐ後には新入生を迎える準備が始まる。

 毎年決まった行事の繰り返しだ。

 人間はそれを長い時間をかけて繰り返し、歴史として積み上げていく。しかし、シズ・デルタ達は違う。

 人の一生を遥かに超越した存在は過去に価値を見出す事が難しくなる。特に新世代へと取り替えられる自動人形(オートマトン)は言わば消耗品だ。

 データの引継ぎが済めば廃棄される。資源は有効に活用されなければならない、という考えの下で(おこな)われているシズ達にとっての恒例行事だ。

 中には立ち寄った星から出られなくなり、回収不能になる場合がある。

 この場合は外部から星ごと破壊、または丸ごと吸収する。この時点で自動人形(オートマトン)ごと潰される運命となる。

 それ(仲間の死)を悲しんだり辛いと思うことは無い。それは必然であり、摂理でもあると理解しているからだ。

 

(だが、役に立てずに終わる人生は虚しい)

 

 主の役に立つ為だけに存在する自動人形(オートマトン)とて役に立てないと困るし、辛いと思う感情のようなものがある。

 矛盾があるようだが、仲間の喪失に特段の思いは無いが主関連は別だ。

 高度に発達した機械は生命体と遜色が無い。だからこそそれなりの感情のような振る舞いを見せる事がある。

 

(至高の御方の幸せが我々の幸福だ)

 

 不死性ゆえの呪いだと主に言われた事がある。

 至高の存在にとって不死なる者の欠点を見抜いており、シズ達はそれを理解する為に日々の生活を続けている。

 途方も無い年月をかけなければ自分たちで答えを出せないと言われている命題のようなもの。

 

(長い旅路の中で答えを見出せた個体は……、未だに無し、か……。それとも……)

 

 既に答えは示され、自分達は後追いで求めている最中という事もありえる。

 多くのシズ・デルタにとって自分達の生きる目的のようなものに解答は別段、必要は無い。けれども何がしかの目的が無ければ次の旅路に出られないのではないかと言われている。

 

 至高の御方の考えを真に理解出来るNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は存在しえるのか。

 

 そう問いかけられたら今のシズ・デルタは首を横に降る。

 神にも匹敵する存在の考えは基本的に読み解けないものだ。

 だからこそ一生をかけて考え続ける。

 

(今は任務が優先だ)

 

 取り留めのない思考は本来ならば無駄な行為だ。それをあえてするのは人間的な思考を理解する為に必要だからだ。

 何故、と言われるとシズでも困惑するのだが必要だから思考する。

 与えられた命令の中に含まれているので。

 そして、時は流れて西方暦一二七十年代に入る。

 五十代用の外装を整えたシズ・デルタは後数年ほどで待機状態に入る予定を組んでいた。絶対に二十年毎のサイクルでなければならない理由は無い。

 あくまでただの目安だ。

 時として百年の活動もあり得る。――あくまで予定だが。

 教師としてそれなりの地位に着き、たくさんの教え子から慕われる存在となった。けれども任務優先の彼女には未だに人間的な気持ちが理解出来ない。

 理解しているように振舞っているだけなので。

 緩やかな時代の流れにおいて大きな争いごとは無く、たまに街に魔獣がやってくる程度だ。だが、それらはシズ達の感覚だ。

 現地人たちによる戦争が彼女たちが寝ている合間に何処かで起きていても不思議は無い。

 ライヒアラ騎操士(きそうし)学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)『サロドレア』が大きな地響きを起こして街中を移動する。

 学園内に幻晶騎士(シルエットナイト)を点検、修理、研究する施設がある為だ。

 百年近く人々を守ってきた無骨な容貌の機械兵器。全身には幾多の戦いを繰り返した傷と無数の補修の跡が窺える。

 本格的な研究は別の場所で(おこな)われるので、学園では(おも)に学生の為の勉強会のようなものがある程度だ。

 

「オラっ! さっさと身体を動かせ!」

 

 威勢のいい声で叫ぶのは小柄な人間。いや、正確には人間ではない種族だ。

 鍛冶職に秀でた彼らは『ドワーフ族』と呼ばれる。

 身長は大人でも初等部に通う人間程度にしかならない。

 力は強いが足は遅い。それゆえに力仕事に従事する事が多い。

 元々は洞窟に住んでいて、というドワーフならではの()()があり、シズ達の知識とあまり大差は無いようなので理解するのは早かった。

 この世界には他にも人間以外の種族が居る事が分かっている。しかし、人口の殆どは人間に占められていた。

 

「急げ、急げ。サボってるとぶっ飛ばすぞ」

「へ~い」

 

 保守点検なども全てドワーフが(おこな)っているわけではなく、人間も居る。

 もちろん勉強も差別なく受けられるのだが『貴族』という存在があるので色々と人間関係が面倒臭い事になっていた。

 ドワーフだからと奴隷のような扱いはされないが貴族特有の傲慢さが出る者も居ないとは言えない。

 それはフレメヴィーラだけの問題ではなく、西方諸国に存在する国々にも言える事だ。

 

 


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