天上世界『
シズ達の生みの親だ。
長い航海の殆どを寝て過ごす彼は
「……数百年ぶりの新天地か……。どんなところだろう、とか子供らしく喜んでいたら一〇〇年以上も経過しちゃった」
「そんなものだよ。我々の体感する時間の流れなんて実際、物凄い早いんだ」
彼の言葉に反応したのは同じく至高なる存在ホワイトブリム。主にメイド服などの服飾を製作している。
現在は船外活動用の制服制作の指揮を執っている。
使われている言葉は日本語――というわけではない。既に何語か特定できない程に複雑化し、それでもあえて言うのであれば聞く者の耳に理解できる言葉だ。
ただし、特定の単語――専門用語など――は理解できないものになっている場合がある。
「僕たちもいずれ降りるんだろうな」
「義体に乗って。現地の大気は未知の物質で満たされているらしいね」
「有名な『エーテル』だ。発生原理が分かればお手伝い出来そうなんだけれど……。余計なお世話になるのかな」
「……なるだろうね」
気さくな会話が続くが彼らは人間の姿をしていない。エルネスティ達から見れば立派なクリーチャー――
そんな彼らが超科学を操り、衛星の影に潜んでいるとは誰も思っていない。正に、この時はまだ、と言われるほどに。
下界に使者を何体か遣わして様々な情報を得ているが、それが何の役に立つのか判断するのはガーネット達の様な存在だけ。
命令に従順な夥しい数の
「先日持ち帰った大型モンスターの調査はどうなっている?」
ホワイトブリムが側に控えている従者に声をかけた。
臣下の礼を取るのは黒い甲冑と巫女服を合わせたような装備を身にまとう黒髪の女性『ナーベラル・ガンマ』という。オリジナルのシズの同僚で戦闘メイドの一人だ。
見た目には人間に酷似しているが、彼女も
「分析官の報告によれば
「肉は食べられそう?」
「外皮に近いところは
澱みなく伝える黒髪の女性。
報告に満足したガーネットは彼女に下がるよう命令する。
「……失礼します」
静かな足取りで退出するナーベラルを見送った後、ガーネットは軽く息をつく。といっても人間的な反応しか出来ないが。
お決まりの報告結果と質問内容はもう数えきれないくらい繰り返してきたような気がした。それでも会話を促すための必要な事だ。
もはや儀式と言ってもいい。
「……で、この先どうする?」
「折角の文明だ。楽しまない手はない。他にもこういう星があればいいけれど……」
「星間戦争フラグが立ちそうだね」
「……そうなると我々が創設した銀河系の平和が脅かされる。……他のみんなに叱られるよ」
先の事を考えると頭が痛くなるので、過度の干渉はしない事に落ち着く。
しかし、とガーネットは呟く。
本来生物の居ない星が多く点在する宇宙において独自の文化を形成する生命体の存在は希少で貴い。だからこそ強引な制圧は好まない。
それに――
ガーネット達は悲願である筈の地球到達を既に成し遂げている。
この事実を知るのはガーネット達――本物の至高の御方と呼ばれる数十人の集団だけだ。
被造物であるシズ達
あるいは知っていて黙っている事もあるのではないかとガーネット達は予想している。
それでも神の如く扱うのは創造主である事の一点だけだ。
シズ達にとってガーネット達は敬いの対象だ。崇拝すべき存在だ。
その意識を強く持っている為に反逆の意思が湧かない。
(……昔はしつこいくらい疑ったりしたなー)
(……コールドスリープする度に消されるのでは、と……。でも、今もって存在しているのはある意味宗教じみている)
こうして思考している自分は既に彼らにとってどうにかされた後ではないか、とも思ったが――
その場合はもう手遅れなので思い悩むことは止めようと決めた。
「不死を利用した宇宙旅行も悪くないけれど……。僕らの時間の流れ、少しおかしくない?」
「クリーチャーとしては当然だと思う。そこは深く悩まない方がいい。私も諦めている」
基本的に到達した星の自転時間を元に活動内容を決めている。それゆえに現地の人間から見ればガーネット達は酷くゆっくりとした時間の流れの中に居るように見える筈だ。
長期間を過ごす彼らの速度は遅めだ。もちろん、この時差は降り立つ星によって補正される。それが出来るクリーチャーでもある。
★
他の国の情報を吸い上げていると世界情勢の雲行きが怪しい事に気づくガーネット。
各地に配置したシズは端的な事しか伝えないが、人々の様子だけで平和か危機感を抱いているかは分かる。
特にジャロウデク王国は多くの
何に対しての武力増強か、と言えば自ずと答えは絞られる。
(……何がきっかけでそういう事に至るのか……。やはり国を治める者は力を求める傾向にあるか……)
平和が嫌いなわけではないと思う。そのメカニズムは平和主義を自称するガーネットには理解できない、というわけではない。
戦いは好きな方だから。
ゲームであれば危惧はしない。国の戦いは人が死ぬ。それを良しとするほどの気楽さは無い。
(革新的な技術を獲得したのか? ……まさか地球の知識を持った転移者や転生者でも現れたとか?)
自分達がそうであったように時代をかき回す存在は自然発生しないものだ。大抵は唐突な技術革新がきっかけとなる。
報告によればフレメヴィーラ王国ほどの革新は無いと受けている。であればどういう事なのだ、と。
空からの急襲も無く、更に西方からの脅威も無く。
意味の無い増長はしないものだ。
(一部の端末を下がらせるか。……まさかこんなところまで追跡してくる
もし、そんな存在が居るなら自分達の探知範囲を掻い潜れる
しかし、それは考えられない。
銀河を創設する自分達の捜査網は広大で緻密。時差を考慮しても眼下の星の探索に時間をかけた。
「外からの侵入は考えられる?」
「それは無いと思うよ。針の穴を通すような物好きが居るとは思えない。……居たとしてもるし★ふぁーさんだ」
「……だよねー。じゃあ……転移とか?」
「……我々は自力で見つけたけれど、都合よく現れるものかな。それこそ天文学的確率だ。しかも、同時代というのは出来過ぎている」
時間経過からもありえない、とホワイトブリムは言った。ガーネットも同意見である。
この星は少なくとも長い時をかけた航海の末に見つけたものだ。そこに急に異物が侵入する事はありえない。
もし、それがありえるならば別方向から来た星の旅人でなければ納得がいかない。
『
隠蔽するとしても数の暴力によって索敵している自分達の目を掻い潜るには費用対効果からいっても得にはならない。
「でもまあ、神経質になって探ろうとすると自分達で自分の首を絞める事になるよ」
「……そうですか。出来る事なら戦乱は避けてほしいところだけど……」
世界を焼くのはゲームの中で。
既にある程度の文明が発達している星は奇麗なので汚されたくない。ガーネットとホワイトブリムも平和的な世界を望んでいる。決して混沌を
迂闊な戦乱は天上世界にとっても良くないので。
それから話しに出た『るし★ふぁー』が数日後、久方ぶりに遊びに来た。この時、シズ型端末たちに一斉に武器を向けられる事になり、ちょっとした騒動が起きてしまった。
★
至高のシズ・デルタの我がまま――気まぐれにより、転入手続きを取らざるを得なくなった端末のシズ。
至高の御方からも許可が出てしまい、ますます居心地が悪くなった。なにより至高の存在が下界に降りたのだから気が気ではいられない。
普段は何にも興味を見せないような無表情、無感動な存在が小さく慌てている。それを見た者が驚かないわけがない。
他の端末とは違い、至高のシズが義体を使っているとしても扱いは繊細にしなければならない。
本体は遠隔操作の都合で地上に降ろしていると聞いた時は更に慌てた大人のシズ。
「……勉強と生徒との触れ合いくらいしか、しない。……大丈夫。私も人との付き合い方は出来る方……」
友達が居なかったわけではない。人間との付き合い方の長さは大人のシズよりも長いし、経験と実績がある。
気楽な調子で通りを歩く住人や生徒達に挨拶して回る事も容易くこなして見せた。
「……
「……目の届く範囲に居てほしいです」
「心配性ですね、お母様。私はもう子供ではありません」
大人のシズの娘だから、ではない。
端末は潜在的に至高の存在を敬う者達だ。神に何かあれば慌てるのは当たり前。それはもう宗教的なものに近い。
ガーネット達もその辺りは承知している。端末とは別に安全対策を取ることを約束した。
「制服を着てみたいです」
「あ、はい。分かりました。……まずは服飾店に行きましょう。いえ、その前に手続きが先ですね。同名でも構いませんか?」
「細かい部分は任せます、お母様」
都合の悪いところは端末に任せる。そうすると大人のシズは仕事を斡旋してくれた、という認識にとられるので嬉しさを僅かに滲ませる。
その途中で入学金の事を思い出した。それ以前に色々と入用になるので蓄えの確認を始めた。
「シズちゃん。私、無職なのですが……、働き口が見つかっていません」
「困ったお母様ですね。国王様に仕事を貰ってはいかがです? ……あ、ケガが治っていない……設定でしたね。……それは確かに困る……」
仕事自体は老齢のシズで殆ど済ませてしまった。改めて繰り返すことも可能ではある。
そうすると
実績作りは即席ではできないものだ。
★
いくつかの注意事項を受けたオリジナルのシズ・デルタとしても現地で長く活動してきた端末達の邪魔をする気は無く、大人しくすることを約束した。
手始めに地味に活動するすべを学ぶ。
魔法については特殊な
それゆえにこの星より外で魔法を扱う事はおそらく難しい。それを可能にする方法は確立されていないが仮説は立てられている。
「……
先生役のシズがオリジナルに解説する。
生徒として入る前に基礎知識を持っていなければならない。さすがに無知では色々と言い訳が難しくなる。予備知識を持っている事で注目度を下げる狙いがあった。
(……我々の魔法体系とは明らかに違います。エチェバルリア君の出現で更なる飛躍が見込まれたようですが、それでもまだ未知の部分が多い)
そのエルネスティといずれ出会うことになると色々と余計な情報を告げそうで困る。
特に可愛い存在だと認識した至高のシズは口が軽くなる。それと抱き着く可能性も。
長く生きている今のシズであれば自宅にまで招きそうだ。そうなると隠している秘密部分を探られる恐れがあるので、それだけは止めるように進言した。
思いのほか自由度が低くて納得できない至高のシズも任務の障害を思えば妥協をせざるを得ない。
「簡単な魔法を扱えれば後は普段通りで構いません。特にエルネスティ・エチェバルリアは特別な存在のようです。彼を基準にしてはいけません」
「……了解した」
「無理に避けるような行動は……」
「……分かっている。……目立たず、地味に……。……けれども、愛想良く」
表情の変化は無理だが、それ以外はなんとかなる自信がある。
その後、細かな打ち合わせが続いた。
転入手続きが完了するまで早くて三か月程。時期的にも急な事ゆえにまとめる書類や関係各所への手続きに時間がどうしてもかかる。
日用品は服装のみ。それ以外では対人関係を除けばほぼ揃っている。後は護衛問題。
「お母様。お手数をお掛けします」
「こちらこそ。……しかし、よろしいのですか? 不穏な気配が漂っていますのに……」
「……以前から打診していた計画。……それを急に中止にさせるのは……、困る。……もし、学生の領分を超える事態になれば……、大人しく引き下がる。それまでは……、観光気分でいさせてほしい」
大人のシズは片膝をつき、臣下の礼を取る。
言葉は無く、数秒の後にはお互い親子として振舞い始める。
★
至高のシズは安全な生活を過ごす事を約束し、大人のシズは兼ねてから続けていた作業に戻る。
工房での金属疲労の研究である。――研究対象はそれだけではないけれど。
大型機械の
元より
激しい動きを続ければ負荷は比例して溜まっていく。限界が来た時に
「これはまだ疲労度の観測機ですが……。負荷の原因を軽減する方法の模索はこれからです」
興味を持って近づいてきた薄紫がかった銀髪の少年エルネスティに説明するシズ。
右腕の復元に感心したり、驚いたりしながら快復を喜んでくれた。それに対し、素直に感謝の意を述べる。
グゥエールの改修作業はゆっくりと進んでいるので、今は休息時間の為に横道にそれている。
「外部圧を無効化するには
「……分散方法を持つ新たな器具は作れそうにありませんか?」
「うーん……。それにはもっと時間が必要だと思います。……新素材は……研究に時間がかかりますからね。いえ、見当……というか予想は出来るんです。僕の分野ではちょっと難しいかな、という具合になっていまして……」
現行の素材で外部からの圧力を無効化――または減衰させるのは難しい。というか無理だ。
しかし、考えにあてが無いわけではない。
予想が正しければサスペンションや油圧式が有効だと――
問題はそれをどうやって用意するか、だ。もう少しでエルネスティは思い出せそうだった。
この世界の移動手段は主に馬車だ。エルネスティの記憶にある高度な機械文明は魔法文化によって多く変容している。それゆえに無い物があったり、あるべきものが無かったりする。
(空気圧を利用したサスペンションも寿命があります。油圧式にするとしても圧縮時に発生する熱は
人体を模倣している
人間であれば飲食によって補強する方法があったり、外科手術による措置も可能である。
しかし、相手は金属疲労を除けば数百年も生きる機械巨人。
(今ある素材は
外部に油圧式のサスペンションを組み込むのも悪い案ではない。けれども、それだと武骨な姿になってしまう。
理想はスマートな人型だ。それも無駄のない強靭な肉体を持つ
エルネスティにとっては見栄えも大事である。ただ強ければいい、というわけにはいかない。
(手持ちの魔法を考えろ。何がある? 空気圧?
思いついたのは油圧ではなく、空気圧。こちらは制作が安価。ただし、危険度が高くなる。何がと言われれば爆発しやすい。空気を抜けばいいのか、というとそういうわけにはいかない。
大気を操る魔法を開発していたエルネスティも少しいい案かなと思ったがすぐに欠点が浮かんだ。
永続的に維持するのも無理だ。なにより想定以上の圧力が加えられれば限界を迎えて弾け飛んでしまう。作業員にとっても危険だ。
(やはり油圧構造で作るのが理想ですね。しかし、水はダメですし、油はいいのですか? 重機を扱う上では無難だと思いますが……)
悩みだすエルネスティに対し、シズは黙って自分の作業を続けた。
★
一般的な
巨体を支えるのではなく動き回らせている。当然、
今回は――絶対ではないけれど――出来るだけ魔法や
もし、それを可能たらしめたらグゥエールは今まで見たことも無いくらい縦横無尽の動きを取る事が出来る。より肌になじむかのように。
機械で出来ているので武骨さは拭えないけれど。
「あと少しです。あと少しなんですけど……」
と、アイデアに詰まった彼はシズのオブジェを指でつついた。
作業が完全に行き詰ってしまった。それとは別に小型の
多くの
「負荷を逃がす計算は
魔法で出来ない事は化学や科学で
悩むならばいっそのこと――
僕が直接
そんな考えが浮かんだ。それには後で怒られる覚悟を持たなければならない。
当初はその手も考えていた。
(少し強引な手にでも出なければ新しい発想は生まれない。いつだって予想外のところからヒントは出てくるものです)
幽鬼のようにフラフラと揺れ歩きながら整備中のグゥエールに乗り込んだ。
中に入る事は整備の関係上許されている。乗り手である『ディートリヒ・クーニッツ』も容認している。
操縦席回りは都合上、配線が剥き出し状態のまま。こっそりと解析を試みたりしているが本格的には
(例えば僕の魔法で
機械には機械なりの美しさがある。それを出来るだけ尊重したかった。
壊れる事を覚悟して一度はちゃんと解析しなければならないのかもしれない。そう思ったエルネスティは覚悟を決める事にした。――念のために手紙をしたためる。
工房から脱兎のごとく飛び出した銀髪の少年はまっすぐ理事長室に直行。ほぼ直訴する形で理事長兼祖父のラウリに嘆願した。
「せめて全体解析も認めてくれるよう、お願いします」
「エルや。少し熱が入り過ぎではないか? お前の事が心配でたまらんぞ」
可愛い孫が薄汚れて、ここしばらくは食事も喉に通っていないのではと気が気ではなかった。
出来る事なら
「あと少しなんです。変に妥協すれば大事故に繋がりかねません。お願いします、ラウリ理事長」
「……手紙は届ておこう。少し休め、エル。おじいちゃんも倒れそうじゃわい」
「すみません。開発に行き詰ってしまって」
どうして
騎士課程すら習熟していないのに、今すぐでなければならない理由は何なのか。ほんの数年先にエルネスティの願いは叶うはずだ。
孫に甘い祖父としては今以上にかけられる言葉が見つからなかった。
★
孫の身を案じたラウリは早速国王に嘆願書を届ける。本来であれば簡単に渡してはいけないのだが、ある程度の特権を許されているからこそ出来た事だ。
特に国民生活ではなく秘事たる
「ラウリの孫は何を作ろうとしているのか……。まさか隠れて新型を作っているのではないか? たかが整備の延長であろう? なにを悩んでおるのだ」
「それが私にもさっぱりで……。余程革新的な機能でも付けようとしているとしか……」
椅子に深く座す国王アンブロシウスは
革新的な機能が満載であり、それを生かすために苦労している事も聞いていた。
新型というわけではないが、想像を絶する
物凄く興味が湧いているので直接見学に行こうか迷っていた。それとこんな事の為に
知りたくてたまらない。国王は好奇心旺盛な老人であった。
「それにしても……。余程
呵々大笑に匹敵する満足げな笑い声をあげる。
聞いているラウリからすれば冷や汗ものだ。
「このままでは独断専行し兼ねんな。少し条件を緩和するか。わしも完成品を見てみたい」
「では、許可を出してよろしいので?」
「出さねば身体を壊してしまうのだろう? 未来ある若者をここで潰してはわしも心を痛める。……もし、完成品に満足できれば……、心臓部の改良にも挑戦してもらうか。案外、凄まじい
ただし、心臓部だけは国王とておいそれと手が出せない。それは『盟約』があるから。
今出せるのは可能性だけだ。後は当人の頑張り次第といったところ。
しかし、気軽に言ってみたものの
思い付きで改良できるほどの発展は今まで無かった。それを急に表れた学生が出来ると豪語するのは摩訶不思議としか言いようがない。
(もし、大言壮語が真実となったら……。わしも考えを改めねばなるまい。……しかし、本当に出来るのか、エルネスティという子供に)
齢十二の子供と言えど様々な革新技術を開発した実績が既にある。それはそれで脅威である。
そう。脅威の子供だ。
大人が何十年も研究して形に成すまで途方もない時間を費やすものを彼はポンポンとまるで片手間のように作ってしまった。
★
数日後、報告を受けたエルネスティが絶叫するかの如く喜んだのは必然と言えた。
ただし、健康に気を使うように。まずは三日間の自宅謹慎という処分を――何故か――言い渡された。
喜びから絶望へ落ちる落差は目に見えて凄まじかった、と目撃者は語る。
国王の命令であり、それに従えなければ許可を取り消すとまで言われてはさしものエルネスティも大人しくならざるを得ない。
「国王陛下……、容赦ない」
「……ああ。だが、エルを止められるのはあの人くらいしか……」
オルター弟妹は友人の末路に同情しつつも慰めの言葉はかけなかった。自分達はエルネスティの過剰なまでの
なにせ、以前まで一緒に鍛錬していた魔法の修行などが全て無くなってしまったのだから。気持ち的には面白くなかった。
「しっかし……。ここまで作り上げてまだ満足しないって……。いったいエルの思う完成型ってどんなものなんだ?」
上半身はほぼ調整が終わり、下半身に着手する予定になっていたが改修作業は止まっていた。
各種関節部分も部品の取り付けが
「……だが、今はこんな姿だが。動かせば従来のものとは比べ物にならなかったりしてな。最初の鈍重さは確実に抜けている筈だ」
無駄を無くし、筋肉だけに特化した機体の動きは既に実証済みだ。
気掛かりがあるとすれば
それを解決しようと様々な試作品が足下に散らばっている。
「関節部分の繋ぎ合わせ……、人間で言やあ『軟骨』に当たる部分だが、摩擦を軽減するために球体を仕込む事にしたんだが……」
その計画は頓挫している。
いい案だと誰もが思ったが、付け焼刃だと
アデルトルート・オルターは自分の身体で肘と膝を曲げて確認する。
「曲げやすくするのに球体を使って……、駄目と……。どうしてだろう?」
「まず完璧な球体が作れねえ。その技術も無い。
それと新型
かといって破損しないように作る事など実際問題として出来るわけがない。気にし過ぎでは、という意見も無かったわけではない。
人が乗るからこそ気にしている、という意見には賛成出来るが――それにしては少し過剰ともいえる。それが今回の謹慎に繋がったのでは、と予想していた。
「……エル君、優しい」
「そんなこと言ってたら
「……あはは。エルにしてみれば安全で強くてカッコいい
感心したところで
次に着手したのは球体に
理由は単純で適切な魔法が思いつかなかった。
大気を操る魔法も早期に上がってはいたが、密閉には向かなかった。これは新たな術式構築の為に保留にされている。
その次は関節の繋ぎ目部分を半球状にし、受け手側は形に添って凹ませる。ここは人間の骨格を参考にしている。
元より
「刻めば摩擦や摩耗で破損しやすくなるわけだが……。坊主が言うには、そもそも
「……俺達に言われても理解できないけどな」
今まで出てきた案は次々と廃案に追い込まれた。聞いているだけでオルター弟妹もエルネスティの絶体絶命ぶりになすすべが無いと思ってしまった。というよりよく思いつくよな、と感心もした。
自分達と然程変わらない年齢なのに大人に負けない知識を有して果敢に挑戦している。
「さすがの俺もこれ以上は無理じゃねえかと思うんだが……。あいつの頭の中にはまだ打開案があるらしい。ここまでやって撃沈してきたのに大したもんだぜ」
その一つは当然のことながら
欠陥を持ったまま改修しようとすればするほど手に負えなくなる。それでも無理に作ろうとしているのが現在の状況だった。
最初から無茶なのは想定内。
★
エルネスティが謹慎して二日後に
物がモノだけに移送に時間がかかってしまう。
それはバルゲリー砦を急襲した師団級魔獣の身体の一部――
「……なんか凄いのが来たな」
整備を依頼していた
今日は大掛かりな移送があると聞いていたので興味本位の見物人が集まってきていた。もちろん、学園関係者以外はお断りにしている。
工房に運び込まれたのは『
これらは
「小さく切り分けてもまだ大きいんだな、これは……」
「巨体を支える関節部分と
加工できる人材は
膨大な
魔獣の肉体を使う事自体は珍しくない。しかし、師団級がそうゴロゴロ居るわけではないし、狩れるという保証も無い。
「最終的に魔獣そのものを作るようになるから、とか言っていたが……。確かに……、魔獣の方が強そうだ」
「動かなくなったとはいえ、天然の要塞とまで言われる魔獣だ。その関節はどの程度の代物なんだ?」
「かなり強靭です。加工できるか、怪しいくらいに。ここまでになると……学園では手に負えないかもしれません」
「じゃあ、どうするの?」
エルネスティにやらせれば加工できる可能性はある。しかし、もっと確実性が高い場所が
工房に持ち込まれた分は国王の命令により挑戦する権利を与えられているので、失敗したとしてもお咎めは無い、と運び込んできた
早速、調査班と
ここで
その事を尋ねると――
「シズ先生ならここしばらく就職先を探してて忙しいんだと」
「はっ?」
工房の片隅にあった彼女の作業場所は既に片付けられ、ガラクタの様な鉄くずはシーツなどで覆われていた。――その空いた場所に魔獣の残骸が運ばれてしまった。後で彼女がどういう反応するのか、楽しみでもあり、怖くもあった。
現在、娘の為に再就職に勤しみ、研究はしばらく保留にすると宣言して去っていった。
オルター弟妹達も驚いた。彼女はいずれエルネスティと一緒に
あの
(あっ! そういえば娘さんを見かけたことある。親に似て無表情だったけれど……)
学園内を見学しているシズの娘は顔こそ無表情だが、他の生徒達に積極的に話しかけていたのが意外であり、驚きだった。
言葉が
知的な雰囲気があり、実際男子にはモテているように見えた。それと何故か、エルネスティの事を質問してくるという。
好敵手の出現にアデルトルートは危機感を抱く。彼女はこの手の話しに敏感であった。