オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#017 無職の自動人形

 

 シズ・デルタによって露見した幻晶騎士(シルエットナイト)の弱点。それを克服するすべはエルネスティ・エチェバルリアの知性をもってしても一筋縄ではいかないと予想した。

 これは盲点とも言うべきもので、付け焼刃でどうにかなる問題ではない。

 急遽全ての幻晶騎士(シルエットナイト)の図面を見渡し、整備班が四苦八苦することになるが――

 この問題の報告はすぐに国王の下にも届けられた。ついでにシズの負傷も。

 

「……あの女が負傷とは……。なにやらキナ臭い事になってきたのう」

 

 現場は酒場の近く。当初、あまりに酷い姿だったので死んでいるのではないかと言われていた。けれども、気が付くと復活していたのだから二度ビックリした、と目撃者は語る。

 国王アンブロシウスは長年の付き合いで少なくない見舞い金を贈るとともに――念のために――シュレベール城へ招聘する。

 普段であれば忙しいと拒否するシズも今回ばかりは精神的に参ったのか、素直に応じた。

 そして、国王の前で片膝をつく彼女は確かに手負いの身だ。特に利き腕が欠損しているのが痛々しい。

 他にも顔や露出した肌の多くを包帯で包んでいた。

 

「……楽な姿勢で構わんぞ。此度はわしも報を聞いて肝を冷やしたわい」

「……申し訳ありません」

「何を謝る。とにかく、襲撃者を捕らえねばならない。それについては邪魔はせぬだろうな?」

 

 何かと一族の問題だ、と言われそうな雰囲気だったので念のために尋ねた。

 シズは静かに頷くのみだった。相変わらず不愛想というか堅苦しさが窺える。しかし、それこそが彼女の個性であり、変わらぬ態度で(むし)ろ安心した。

 

「これは興味なのだが……。その腕、未知の魔法とかで再生させることは出来るのか?」

「……それに近い事は出来るかと。その為に現在、毒抜きをしております」

「毒抜き? 毒を受けたから切り落とした、というのか?」

「首を守るために……。不可抗力でした。相手は毒を操る賊でございました。残念ながら正体は分からず、捕虜にも出来ませんでしたが……。何分(なにぶん)、国の秘事に関わっているとは思いもよりませんでしたので……」

 

 澱みなく答えるシズ。

 我が身に降りかかる不幸を全く気にしていない豪胆さ。少しは女らしくしてもいいのでは、と思ってしまう。けれども、意志を強く持っている為に国王と平然と相対している。それはそれで素晴らしい心掛けだ。

 何を聞いても秘密です、と言われると危惧していたのが馬鹿らしくなってくるほど素直だった。

 それとも自分の失態だという意識から喋っているのか、と。

 

「その賊は人であろうな? 化け物であればどうしようもないのだが……」

「……見た感じでは黒衣をまとう人間でした。何が目的だったのかは……。特別な役職についているわけではないので皆様方に迷惑はかけていないと思いますが……。人知れず恨みを買っている事もあるかもしれません」

「……まさか。絶賛無職である貴様に恨みを抱くバカが()るとは……」

 

 と、言いつつ周りに控えている兵士や貴族関係者に顔を向けると総じて首を横に振った。

 素直に自分が犯人です、とは言わないとしても考えられない事だ。

 少なくともシズは他人を押しのけて昇進しようとする上昇志向が無い。なにより地味で目立たない事に主眼を置いた一族構成を持っていると公言している程だ。

 もし、彼女が貴族位についているというのであればまた話しが変わる。

 

        

 

 見舞金と(ねぎら)いの言葉を与えた後、最近届いた幻晶騎士(シルエットナイト)の問題点について尋ねた。それとシズの為に椅子を用意させた。

 今回の襲撃とは些か関係があるようで関係なさそうな気がしたが折角来てもらったので意見が聞きたかった。

 

「あの幻晶騎士(シルエットナイト)に意外な弱点があるそうだな。それを見つけたのは最近か?」

「……実際に実演したのは最近でございます。それまでは単なる研究の一環でございました。あそこまで見事に壊れるとは……予想しておりませんでしたが……」

 

 子供の一撃で腕が落ちる幻晶騎士(シルエットナイト)というのは聞いていて信じられなかった。

 詳しく聞こうにも信じられない現象にしか見えなかったという。

 

「それをまとめた論文は既に国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に提出していたので、それほど驚かれるとは思いませんでした」

「んっ? そうであったか? 後で担当者から意見を聞いておこう」

「……現行の幻晶騎士(シルエットナイト)はほぼ骨董品でございます。その金属疲労も甚大……。それを魔力(マナ)によって無理矢理延命しているので、いつ限界が来てもおかしくはありません。……今のところ心臓部は特殊金属のお陰か、崩壊に至るほどの現象は確認できません」

「うむ。であれば(がわ)の問題か。それでも身動きが取れない幻晶騎士(シルエットナイト)はただの張りぼてよな」

「……おっしゃる通りでございます」

 

 国王とて幻晶騎士(シルエットナイト)を駆る騎操士(ナイトランナー)である。興味が無いわけではない。

 彼の背後には黄金の国王騎『レーデス・オル・ヴィーラ』が鎮座している。

 

「……便利な力に頼り過ぎれば意外なところで瓦解する……。それがたまたま効果を発揮したにすぎません」

 

 尊敬する至高の御方(タブラ・スマラグディナ)の言葉を引用しつつシズは国王に言った。

 適時必要な言葉を披露する事は許可されていたとはいえ、下等な人間に使うのは正直に言えば躊躇われた。けれども恩には報いよ、との言葉(ぷにっと萌え)もある。

 先達から連綿と伝えられる言葉は次代へと引き継がれていく。

 

「先の崩壊についてですが……。疲労度が溜まっていない場合でもある程度のダメージ蓄積にはなります。魔力(マナ)切れのように……。限界に達した部分は己の自重によって壊れます。この……程度を測る事が出来れば費用対効果にも良い影響となる筈です」

 

 つまり、毎度いちいち全身骨格を挿げ替えていれば膨大な整備費用が嵩んで国庫を圧迫してしまう。

 疲労度の程度を予測できれば無駄な支出が抑えられるかもしれない。

 経済担当の役人をすぐに呼びつけて検討させる国王。

 

「……ものは壊れます。修復にはお金がかかります。それらは決して無尽蔵ではありません。私の研究は……それほど大それたものではなく、国の一助になればそれで満足なのです」

 

 聞いているだけで理解する。

 それは(まこと)に地味である、と。

 下地を支える者が居るからこそ派手な部分が()えるものだ。

 

(地味ではあるが無視も出来ない。……単なる恥ずかしがり屋だと思っていたが……、わしの認識が間違っておったようだ)

 

 人知れず国を乗っ取ろうと長期的な計画を立てている不遜な一族だと。

 何世代もかけて(おこな)うには壮大過ぎる。かといって彼らが国を運営する理由も思いつかない。

 祖先の誰かが爪弾きにされて、その復権を狙っている――とかなら理解できる。しかし、家系図的にシズの存在は示唆されていない。

 

        

 

 国王とシズが閑談している間、エルネスティは未完成品の幻晶騎士(シルエットナイト)『グゥエール』の制作に着手していた。

 先の共振現象による金属疲労の度合いを検査し、問題が無ければ結晶筋肉(クリスタルティシュー)の改良版を張り付けていく。

 それと並行するようにドワーフ達、作業員の作業効率向上も実行に移していく。

 一人で複数の作業を楽し気に(おこな)う銀髪の少年の行動力にダーヴィド・ヘプケンは恐怖を感じていた。

 

(あいつは過労で倒れないのかよ)

 

 見ているだけなら熟練の騎操鍛冶師(ナイトスミス)だ。しかし、彼は単なる趣味人で何の権限も持ち合わせていない。

 あるとしても幻晶騎士(シルエットナイト)一機分の改造許可のみ。だが、これは試作と称して既に何機分も改造を試みている。もちろん、国には内密にしている。

 そのせいで作業量が尋常ではない。

 

「前回、共振によって破壊した部分ですが、あれは使い方によっては魔法による極小攻撃を加えればもっと効率的になります。その防衛は急務といえるでしょう」

 

 そう宣言するも対抗策は浮かばない。

 装甲を厚くすればいい。という意見は想定内だが、エルネスティはそれよりももっと深刻に受け取っている。

 意図的に共振を起こす魔法があればどんな幻晶騎士(シルエットナイト)でも破壊することが可能となる。それこそ新型でさえも。

 魔力(マナ)切れで自壊する全ての幻晶騎士(シルエットナイト)にこれを防ぐ方法が無い。

 

(もちろん、破壊する魔法もまた無いのですが……。僕が本気で取り組めば出来そうな気がしますが……。何だか、イタチごっこみたいで嫌ですね)

 

 折角作るものをすぐに壊されるのは気分的にも許容できない。もちろん、すぐに壊すのも。

 物は壊れる。それは真理ではあるけれど意図的に寿命を早めるべきではない。

 

(現状で知られている攻撃魔法に直接的なものが無い内に開発できればいいのですが……。世の中には隠れた天才が居るものです。それこそ『お約束』的な……)

 

 現状に満足せず精進する事こそ新しい発明の一歩だ、と強く決意する。

 それとシズの地味な作業も侮れない事を自覚した。彼女と敵対する事はとても危険である。

 

        

 

 現状の材料では出来る事は限られてくる。ならば、と様々な方面から新技術の開発を打診。

 以前から国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)に人材派遣を要望していた返答がようやく届いた。

 現状で提供できる人数は三人。それでも構わないか、というもの。当然、一人でも歓迎なのでエルネスティは了承を伝える。それと新型の材料の試作品が届いた。

 魔力(マナ)を蓄積する事に特化した板状の材料『板状結晶筋肉(クリスタルプレート)』は使い道が不明なため、試作を作業員に依頼する。

 大型機械兵器である幻晶騎士(シルエットナイト)の改良は遅々として進まないが、着実な前進は感じていた。

 

綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)は柔軟性を追求し、魔力(マナ)板状結晶筋肉(クリスタルプレート)に依存させます。重量の加算はこの際、必要経費としますが、問題は金属内格(インナースケルトン)の強度の向上ですね」

 

 材料が限られているので工夫しか出来ない。

 新素材の開発は学生だけで出来るものではない。ここで出向してもらった国機研(ラボ)の人員にアイデアを練ってもらうことにする。

 彼らは新機軸で作られようとする新しい幻晶騎士(シルエットナイト)に驚いていた。

 古来より続くサロドレアの改修の延長程度と考えていたので。しかし、目の前で繰り広げられるものは新しい技術工程のオンパレードだ。知らない事が多すぎる。

 それもここ最近に確立されてきた技術である。国機研(ラボ)でもここまで革新的な事はやっていない。

 

「目標は扱いやすいグゥエールです。新技術を搭載すると必ず不具合との戦いになります。それに勝利する事が出来れば他への転用も可能となる。ですが、我々には限られた技術しかありません。皆さんのお力を貸していただきたく存じます」

 

 エルネスティが代表者のように作業員たちに頭を下げた。

 それに対し、一斉に咆哮する作業員たち。心は一つだ、のような迫力が国機研(ラボ)の人間に伝わってきた。

 国機研(ラボ)の人間達の前に秘密情報であるグゥエールの図面を広げる。

 新技術搭載によって不安定化した骨格の改良を見てもらう為だ。

 現状では着膨れした不格好な姿にしかならない。少しでも痩せさせて、見栄えを良くし、更に操作性に優れて丈夫なものにしなければならない。

 攻撃力の向上も約束しているので単なる置物では話しにならない。

 

「解決策としては防護用の魔法を走らせる事です。それには膨大な魔力(マナ)が必要となります。その為の筋肉増量です」

「その筋肉を支えるためには骨格が丈夫でなければならない、と……」

「そうです。重量に負けているんですよね。ちょっと腕を曲げようものなら折れてしまいます。でも、筋肉だけは無事という……」

 

 新型の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)は切れにくくなったが重い。その重量を軽減するには量を減らすしかない。そうすると切れやすくなる。

 切れにくくするには魔力(マナ)が必要である。それを解決するための板状結晶筋肉(クリスタルプレート)の用途は不明なまま。

 切れにくく丈夫で減らしても良さそうなものだが柔軟性が犠牲になっている。

 これは魔力(マナ)を供給する肩代わり要因として使う予定だ。

 

「人間で例えるなら骨が老化したまま筋肉を若返らせている状態です。この骨の部分を強化したいわけです。それに合わせて筋肉も調整できれば……、と」

 

 従来の幻晶騎士(シルエットナイト)も操作性に問題があった。鈍重ではあったが数百年の運営に耐えられた。であれば新技術にも耐えられるもっと動きやすいものに改良したくなるもの。

 それには巨体を動かすに足る強靭な内部骨格と筋肉が必要である。

 尤も、効率だけを上げるのであれば核たる部品である『魔導演算機(マギウスエンジン)』と『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』に手を入れるだけで良かったりする。

 少なくとも無駄な処理を軽減するだけでも幾分か違いが浮き彫りとなる。それを使わない場合は余計なお荷物を背負ったままの改良を余儀なくされるから困っている。

 これは暗にエルネスティなりの嫌がらせだ。

 ただ、これも経営戦略の一つなので文句を言われる筋合いは無い。

 

 いい仕事をするので、いい材料を寄こせ。

 

 それに彼には自信があった。

 だからこそ損はさせない。それにはやはり実力を認めさせる必要がある。多少の無茶も覚悟の上だ。

 

(……そのせいでシズさんに嫌われる事も織り込み済みでしたが……。彼女を怒らせるのは思っていた以上に厄介だと分かりました)

 

 不謹慎ではあるが重傷となった彼女を利用しない手はない。

 なにより自分が想定していなかった問題に気づかせてくれたのだから。

 今度は自分が彼女に報いる番ではないのか、と。

 

        

 

 その後、試行錯誤を繰り返して一週間もあっという間に過ぎ去った。

 国王との面会を終えてライヒアラ騎操士学園の工房にシズが訪れると大変な賑わいが起きていた。

 見慣れない幻晶騎士(シルエットナイト)が柔軟なポーズを取っている。しかし、それは新型ではなく外装(アウタースキン)を付けていない筋肉剥き出しのサロドレアだった。

 

「……何やら進展があったようですね」

 

 シズは自分に与えられた場所に向かうと鉄くずがいくつか転がっているのに気づいた。

 明らかに台座に置けない奇妙な形状で、無数のボルトによって破断済みとなった物体。

 誰かが同じようにやって壊したのだと理解する。

 

(……手際の悪さから誰かを特定することは出来ませんが……。力をかけ過ぎていますね)

 

 左腕一本で現場を軽く掃除して椅子を置く。

 その後でエルネスティが挨拶に訪れた。

 

「おはようございます、シズさん」

「……おはようございます」

「自宅療養もしないで工房に来るのは……、暇なんですか?」

 

 暇かと言われればそうだと言える。自由に歩けるうちは出かけるようにしていた。

 ただ、普通の人間は大きなケガを負えば治るまで引きこもっているもの。その事を失念していた。

 仕事で言えば働いている最中だ。学生身分で言えば暇である。どらでもあり、そうではないともいえなくもない。そんな曖昧な感じの立ち位置に居た。

 

「……エル。随分と直球な物言いだな」

 

 ここ最近、工房で手伝うことになっていたドワーフ族の少年バトソン・テルモネンが言った。

 オルター弟妹と同様にいつもエルネスティと行動を共にしているが、彼の場合は裏方が多い。それと個人的な発明品を製作する上でも頼りにされていた。

 

「無職ですからね。研究はしていますが……。暇だと言われればそうだと言えます」

 

 腕の接合は繊細な作業だから時間がかかる、と周りには言っている。けれどもエルネスティはそういう事に関心が無さそうだった。

 他の者から『デリカシーが無い』と言われてもおかしくない。

 

「せっかくなので……、シズさん。だいぶ形になってきた幻晶騎士(シルエットナイト)について忌憚のない意見をお願いいたします」

「……何が折角なのかは分かりませんが……」

「そうだぜ、エル。随分と遠慮がないよな、お前」

 

 バトソンは呆れるも当人は首を傾げるのみ。興味は全て幻晶騎士(シルエットナイト)に向けられていた。

 シズは稼働している幻晶騎士(シルエットナイト)に顔を向ける。

 

        

 

 意見と言っても素晴らしい点や欠点などを告げればいいのか、それとも何か新しい見解でも求めているのか。

 はっきりしない問いだったので何をどう言えばいいのか悩んだ。

 曖昧過ぎればシズとて困惑する。柔軟な対応が出来る分、不確定の問いに対する答えというものは膨大な数に上る。その中で適切なものを選ぶとなると――

 もし、決められた模範解答が存在していれば、その数だけしか答えられない。

 

「……外側だけでは何とも言えません」

「そうだよな……。作っている所を見せてないもん」

「新しい素材を用いて工夫した部分を説明してもいいですか?」

「……私の意見で君は制作方針を変えるのか? これは君が執り(おこな)う仕事の筈だ」

 

 本当に忌憚のない意見にたじろぐ彼と近くで聞いていた作業員達。

 それでもめげずに説明を始めるエルネスティ。

 新素材を利用し、筋肉を自在に動かす幻晶騎士(シルエットナイト)を試作。それにより重量を無視しつつ金属内格(インナースケルトン)の改良に着手中である、と。

 魔力貯蓄量(マナ・プール)の増量には成功しているものの最大の問題が魔導演算機(マギウスエンジン)の改良だった。

 この部品をどうにかしないかぎり先に進めそうにないと告げた。

 

「つまり。魔導演算機(マギウスエンジン)が現状のままでは機能を充分に活用できません。外側だけでは駄目なのです。全体的に調整しないぎり不具合からは逃れられません」

「ならば……、それに代わる機能を作ればいいのでは?」

 

 魔導演算機(マギウスエンジン)そのものに頼らずにエルネスティの思うがまま働く新しい魔導演算機(マギウスエンジン)を自作する。

 彼にとってそれは確かに盲点ではあったが、最低限でも構わないから仕様書を見て作りたいと思った。

 いや、正直に言えば魔導演算機(マギウスエンジン)の機能を十全に知る事が出来なくて困っていた。だからこそ、作りたくても作れなかった。

 

「それには大量の資料が必要です。いくら僕でも一から作るのは途方もない労力を必要とします。それに……、様々な材料を作ってくれる人が居なければ満足なものは出来ないと考えています」

「そうですか。……そうですよね。国の秘事を一学生が一から造り上げられるほどのものであれば苦労はしませんよね」

「はい」

「……いいでしょう。今のは暴論だと認めます。……では、金属内格(インナースケルトン)は現行の規格では限界があると思います。ここは新たな魔法術式(スクリプト)を走らせる必要がありそうです。それと関節部……。ここも戦闘ではかなり負荷がかかり摩耗する場所なので、現段階では……実戦に向きません」

 

 掃除用具を使いながら幻晶騎士(シルエットナイト)の各所を指し示し、的確に意見を述べるシズ。それを目を輝かせて聞き入るエルネスティ。外野は完全に置いてけぼりだった。

 制作に携わったドワーフ族の作業員たちも自信作だと思っていたのに欠点ばかり指摘される。良い点は無いのかと自信を消失していく。

 最終的には欠陥機ですね、と締めくくった。

 

        

 

 容赦のない意見にエルネスティ以外は撃沈していた。

 シズはそれでも良く頑張った方ではないかと思っていた。与えられた材料だけで新たな機能を作り上げる事はとても難しい。その事を良く知るからこそ遠慮しなかった。

 変に妥協する事は後々大きな不具合を生むものだ。

 

(実のところ、私とて幻晶騎士(シルエットナイト)の良し悪しは理解しておりません。こんな事でいいのかも……。至高の御方からその手の話しを聞くべき……、いえ……。こんなものの意見を聞こうだなどと……)

 

 シズが数秒程思索に耽る頃、作業員とオルター弟妹達が続々と訪れた。

 学生達で賑わう頃になり、シズは帰宅することにした。エルネスティが言う所の静養の為に。

 あまり彼らに意見を言って時代をかき回すのは得策ではない。なにより目立つ。

 だからこそ現状の様なケガを負ってしまったのではないか、と。

 

(……ならば彼に目立ってもらう方がいいのでは? シズ様もそろそろご降臨なさる頃合いです。……しかし、性急な変革のように思えて、とても不安です)

 

 緩やかな時代の流れを調査する事が元々の主題だ。

 シズは辺りを軽く掃除してから帰宅の途に就く。

 それから数日後、毒抜きを終えて右腕を接合する。しかし、すぐには自由に動かせない。普通の人間らしくするうえで――

 血行が少し悪いが時間をかけていけば問題は無い。しかし、人の身で活動するのは何かと不便である。だからこそ現地にうまく溶け込めるのだが。

 右腕を包帯で包み、布巾によって首から吊るす形にする。それと顔の傷はしばらく放置することにした。急にケガが無くなるのは襲撃者に怪しまれると判断した。

 

(……少し彼と接近し過ぎではないか? それともこのままでいいのか?)

 

 他の端末たちの動向を知る事は許されていないが、今の自分と同様の障害が発生していれば天上世界にも危機が訪れる。

 それが気掛かりとなっていた。

 工房に赴くことを休止し、新たな装備品の設計を始める事にする。

 ずっとエルネスティの発明品に付き合っているわけにはいかないので。

 

「そういえば、明日はシズ様がご降臨される。街の案内と……やはり彼との面会を所望されるかもしれませんね」

 

 机に街の地図を広げ、観光に適した場所を選定していく。

 治安に関しては悪くないと思っていたが他国からの諜報部隊が紛れている場合は大きな騒動に繋がる。それについては別途別動隊の要請をしなければならないけれど、今のシズに大きな権限はない。

 だが、老齢のシズ・デルタならば――

 

(それこそ本末転倒……)

 

 人間らしくため息をつきつつ計画書を作成していく。そして、夜が明けて約束の刻限となるまでに五〇枚も作る事になった。

 不眠不休で仕事ができるとはいえ、精神的な疲労を義体は感じていた。なので魔法のアイテムを使用し、問題に取り組むことにした。

 更に昼頃に差し掛かると隠れ家に至高のシズ(オリジナルの義体)が現れる。いつもの迷彩柄のメイド服ではなく、可愛い女の子らしい服装となって。

 

「……お母様。ご無沙汰しています」

「ようこそ、シズ・デルタ様。すっかり子供役が板につかれて……」

「……練習、した。エルネスティくらいの歳恰好に調整している。飲食も可能。遠隔操作だから……、我が身の危険はあまり考えなくてよい」

「……普通の主婦であれば子供の安全は何にも代えがたいものです」

 

 指摘を受けて言葉に詰まる至高のシズ。

 普段と違う種族を演じるのは難しいと小さく呟いた。

 

        

 

 無職である大人のシズに連れられて街中を探索する事にする至高のシズ。

 端末とは違い、表情の変化は付けられなかったが頑張って愛想の勉強をしてきた。

 服飾の店に入ったり、飲食店にて様々な料理を堪能したり、各地に店を出しているドワーフ族の工房を覗いたり、本当に観光のように連れ回した。

 

「シズちゃん。ここでは魔法を扱う者達の杖を作っているのです」

「私も欲しい……」

 

 と、親子揃って無表情で店内を物色する姿が不気味だと店員に呟かれた。

 特に小さなシズは感情面の表現が一段と乏しい。

 気持ち的には本当に興味を持ったり、嬉しさを表したいのだろうけれど。残念ながら旧型ゆえに義体越しでも難しかった。

 

「……お母様は無職で無一文でしたね」

「お金はありますよ。大きな買い物が出来ないだけです」

 

 同じ顔が二つ店主に向けられる。

 なんなんだ、この親子は、と戦々恐々とする現地の人間達。

 大きいシズは割合知名度があるものの親子としてはまた違った反応を示す。

 前回、至高のシズが下りてから幾分か時が過ぎて免疫が無くなったのかもしれない。

 

「私はケガ人です。少しは大人を労わってほしいものです」

「……己の油断が招いた結果……、とお父様なら言っていますよ」

「……お父様はお星さまになったのです。そんなことを言うものですか」

 

 店内で――しかも無表情、無感情による――やりとりする摩訶不思議な親子。

 どうやら喧嘩している、らしい気配は感じた。ここで商品の一つでも進呈しなければ収まらないのだが、生憎と売り物なので――

 

「……店主」

 

 唐突に娘の方のシズが尋ねてきた。

 顔を近づけながら物欲しそうにする態度に怯む。

 

「な、なんだい?」

「製法を……教えなさい。……自分で作る」

「シズちゃん。我がままを言うものではありません。お店の人が困っているでしょう」

 

 無言の圧力ならぬ無表情の圧力が襲い掛かる。

 感情を見せない人間というものが今日ほど恐ろしいと店主は思った事が無い。

 かといって安易に根負けも出来ない。商売人である自負があるから。

 例え可愛い顔立ちだとしても。

 

        

 

 我がままな娘の背中を摘まみ上げるような感じで大人のシズは謝罪した。しかし、どう見ても感情がこもっているようには見えない。

 その後、買い物せずに外に出て行ったシズ達を見送ると緊張が解けた店主は息苦しさから解放されたように酸素を求める。

 店から出た二人は飲食店に向かい目に付いた食べ物を物色していく。合間に声を駆けられれば二人一緒に挨拶を交わす。

 奇異な姿に映ってはいたものの似た者親子として少しずつ浸透していった。

 

(……これが人間の文化。我々は見事に彼らの中に溶け込んでいる)

(思いのほか行きつけの店を用意できませんでしたね。これ以上は数日かかる距離にある施設(ラボ)が関の山か……)

 

 街の探索の後、ライヒアラ騎操士学園か王都に向かうことになりそうだが、今日は一日いっぱい街で過ごす予定にしたかった。

 無理のない移動でなければ周りに警戒感を生む。

 足取りを通常より遅くし、襲撃者の気配を探る。

 

「……お母様。宿というものはあるのですか?」

「ありますよ。ここは多くの学生を擁する要ですから。地方からも多く来られています」

「モンスターは何処に居るのですか?」

「街の外です。近くには居ませんが、広大な森の中にたくさん居ますよ」

 

 興味を覚えた事をどんどん質問してくる少し小柄なシズに大人のシズが出来るだけ応えていく。その光景を他の者が見れば本当に親子にしか見えない。

 誰もが中身が異質な存在だと見抜ける筈も無く――

 ただ、本人たちはそうではなかった。

 それでも何者かは看破してくるのでは、と警戒し続けていた。

 昼間の街中で急な襲撃は無かったものの街外れの酒場などに近づかない。特に大人のシズは――

 そうして何事も無く一日が終わろうとしていた。寝床について少し悩んだくらいが大きなトラブルではなかったか、という程だ。

 二日目はライヒアラ騎操士学園の中を案内する予定にした。体裁としては転入手続きの為の様子見だ。

 前回、少し見回ったので改めて細かいところまで見るつもりはなく、単なる話し合いにすると至高のシズは告げた。

 なので目的地は職員室だ。理事長室でも良かったのかもしれないが、無職のシズに余計な権力を使わせるのは良くないと判断した。その後、老齢のシズのコネなら問題が無い事に気づくのだが、後の祭りだった。

 最適解というものは気分によって変わってしまう。振り幅が大きいのもまた未知への娯楽の一つ。だから、失態もある程度は織り込み済みだ。

 

        

 

 学園内での小柄なシズは前回同様に周りの生徒たちの注目の(まと)となった。

 堅物で有名なシズの娘でもある。名前が同じなのは『しきたり』だの『(おきて)』で強引に誤魔化した。それ以外では言い逃れ出来そうな解答が得られなかったので。

 元々端末たちの名前は形式番号に過ぎない。なにしろ膨大な数が存在する。それらに一つずつ名前を付けていくことは困難である。それと同一個体が多いのも――

 地上に降りている端末達は衣装や姿をある程度変化させているとはいえ、中身はやはり同じものだ。

 

「……地味を信条とする一族なのに何故、目立つのでしょう」

「……可愛いものの宿命。……これは不可抗力である、と私は認める。……ガーネット博士も苦笑しておられた」

 

 唸る大人のシズに対し、表情が乏しいものの満足げな至高のシズ。

 この程度は想定内であるが、それはあくまで雰囲気についてだ。人気の高さまでは予想していなかった。

 端末を異物と判断せず、受け入れている状況ならば文句はない。

 時に無表情は現地の人間を驚かせたり、恐れさせたりする。そういう知識があった。

 主な理由は『何を考えているか分からない』というもの。店で店主が警戒していたように、人間的というか()()()()()()()()()()()()()()()至極当然の反応である。

 

「シズ先生の娘さんって転入するんですか?」

「……可能であれば学()に通いたいです、お母様」

 

 他の生徒の言葉に同調して大人のシズに顔を向け、胸の前で手と腕を合わせて祈るようなポーズを取り、上目使いで可愛い女の子アピールする。しかし、顔は無表情のまま。

 もし、感情が表現できれば目を潤ませて同情を引くような顔を足している。

 

「私の一存で決められませんよ。偉い人から許可を貰わなければ……」

「……じゃあ貰ってきて」

「そうですよ。こんなに可愛い生徒を入れないなんて勿体ない」

 

 通りを歩いていた女子学生たちはそう言った。しかし、そうなると学園で活動するシズとしては気になる事が増えて困ってしまう。

 ただでさえ警戒している人間が何人か居るというのに。

 転入は確かに想定内だが、世間話しから決定事項に移されるのはやめてほしかった。安易な決断は特に。

 

(……シズ様。自重(じちょう)してください)

(……ただの戯れ。……あまり本気と受け取るな)

(……本当にそうでしょうか?)

(……気持ち的には転入してみたい気持ちがある。……こんなに可愛いと言ってくれる人達がいるから……。……悪い気分、じゃない)

 

 他の生徒には伝わらない程静かな戦いがシズ達の間で始まった。

 傍目(はため)には顔を突き合わせて睨み合っているように見えなくもない。

 

 


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