オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#015 母と呼ばれる端末

 

 アイデアを形にするには色々な障壁を突破しなければならない。その最難関に立ち塞がるのは冷酷無比なる『シズ・デルタ』だ。

 容赦なく弱みを握ってくる。

 『エルネスティ・エチェバルリア』にとっての『弱み』とは幻晶騎士(シルエットナイト)から引き離されること――それ以上の苦痛は無いと思っているくらいだ。

 秘密の暴露と彼女は言ったが、アイデアの事なのか、それとも個人情報に類するものか――

 どちらにせよ、言いにくい事には変わらない。特に前者は――

 後者の方は割り合い教師連中が把握している筈なので、身長体重などを教える分には気にならない。

 病気があるのか、虫歯があるのか、とか聞きたいわけではあるまい、と。

 性別も男性だと公言しているし、工房内で裸になれ、と言われれば――幻晶騎士(シルエットナイト)の為ならば出来なくもない気がする。

 他に言えそうな事柄があったかな、と首を傾げて思案する。

 

「……エル君。本気で悩んでる……」

 

 小さく呟く『アデルトルート・オルター』は彼らのやり取りの結果に(すこぶ)る興味が湧いていた。しかし、助け舟を出したいところだが、内容が幻晶騎士(シルエットナイト)なので()()どうしようもなかった。

 

(意地悪な要望に対し、エチェバルリア君はどう答えるのか。これは個人的に興味があるのですが……。果たして……)

 

 基本的な情報は事前に把握している。その上での無茶な要望だ。

 新しい情報が出るのであれば良し。出なくても仕方が無いと思うだけ。

 縋りつく下等生物(エルネスティ)の姿は見ていて気分がいい。

 

        

 

 邪悪な思想に彩られているシズとは誰も気付かない。そのまま時間が刻々と過ぎていく。

 適切な解答を模索していたエルネスティはどんな言葉をかければシズを打倒できるのか――本気で思考をフル回転させていた。

 目的が魔導演算機(マギウスエンジン)なので、出し惜しみをしている余裕は無い。

 

(……僕の日常生活は特に秘密めいたものはありませんし……。まともに答えたとしても彼女が納得するかは……。いえ……、嘘を言うわけにはいきませんよね。……さて、どうしたものか)

 

 愉快痛快の人生を歩んできたわけではない。それにまだ十二歳の子供だ。

 ――それとも()()()()()()()()を言えばいいのか、と。

 仮にそうだとしてもシズの興味を湧き立たせるような満足感は与えられないはずだ、と――

 自分(エルネスティ)の人生は誰もが考えているような大層なものではない。

 ただの趣味人の一生に過ぎない。

 ごく普通の人間の短い人生だ。それが果たして対価として相応しいのか――

 それはシズが判断するのだろうけれど、とエルネスティは苦渋の決断を迫られているような圧迫を感じてきた。

 催促されているわけではない。ただ、目的の為に気持ちが暴走気味なだけ。

 

「……僕に大層な秘密などありませんよ。それでもいいんですか?」

「あれば良し、という程度です。無かったからとて……。無いなら諦めて下さい、と言えば納得しますか?」

「嫌です」

 

 はっきりと言い切るエルネスティ。

 折角のチャンスは逃がしたくない。多少の無茶も覚悟の上――

 そうやって今まで進んできた。あと少し。あと少しで新たな道が開けるのです、と。

 

(……ただ、今の流れだとアディ達にも土下座みたいな事を強要しそうで心が痛みます。できればそんな事はさせたくないです)

 

 いくら手段を選ばない人間だとしても友達を失うような事態には抵抗を感じる。少なくとも幻晶騎士(シルエットナイト)と同等程度には――友人を大切に思う心がある。

 大きな物事には仲間の存在が必須。それを自分(エルネスティ)はよく知っている。

 

「……君の意見は分かりました。検討を……」

 

 と、言いかけたところでエルネスティがシズの腰に巻いてある服を掴んできた。

 攻撃か、と思って彼の手を反射的に打ち払った。

 

「……なんですか?」

 

 眉を寄せて一層険悪な表情で言い放つシズ。今までの無表情より()()()怖いと思わせるもの――

 冷徹を通り越して敵意しか感じられない。それを感じ取ったエルネスティは言葉に詰まった。あと、思いのほか痛かった。反論も出来ずに痛みを我慢する。

 いきなり掴みかかれば驚かれるのは当たり前と思い、一歩引き下がる。

 

「いえ、検討だと時間がかかるかなと……」

 

 大人の逃げ口上に()()使()()()()常套句なので、とは言えなかった。けれども絶対に聞き入れろ、とも言えない。

 こういう言葉の確約はなかなかに取り難い。

 焦る気持ちが選択を誤らせる。今の行動でシズが更に頑なになってしまったのであれば残念な結果だ。

 これ以上は流石に攻め込めないと判断する。

 

        

 

 何も言い返せないままでいるとシズは興味を無くしたように何所かに去ってしまった。

 機嫌を損ねたと思ったエルネスティはより一層意気消沈する。

 

(……攻めすぎました。これは不味かったですね)

 

 それと無表情に慣れすぎて感覚が麻痺していた事も失態だ、と。

 完全に怒らせたと思った彼は周りを見回して自分の愚かを痛感する。

 友人であるオルター弟妹以外は痛い思いをする彼に同情は見せなかったものの良い教訓として受け止めろ、と言っているように見えた。

 

「……今回は失敗しちまったな」

「……はい」

 

 何でも自分の思い通りにはならない。その点では納得するしかない。

 無理を押し通すのは必要に駆られた時だけだ。だからこそ、心機一転して新たな決意を固める――とはいえ、そう簡単には切り替えが出来ない。

 打ち払われた手は未だに痛んでいる。

 

(後で謝罪をちゃんとしなければ……)

 

 数分ほどの沈黙の後でエルネスティは立ち上がり、出来る限りの事を模索し始める事にした。

 まずは形だけでもいくつか作っておかなければ――

 

「それと皆さん。お騒がせして申し訳ありません」

 

 現場に居合わせた全員に対して頭を下げる。

 自分は謝れない人間ではない。悪いと思ったらちゃんと謝罪が出来るところを見せておかないと我侭な印象を持たれたままになる。――それを思い出した。

 大きな開発は仲間とのコミュニケーションが大事だ。それを疎かにしては満足なものなど出来はしない。

 

「……銀色坊主(エルネスティ)。後で一緒に謝ってやるから、どんどん頑張れ」

 

 現場監督の『ダーヴィド・ヘプケン』の言葉に静まり返っていた現場に活気が戻る。そして、騎操鍛冶師(ナイトスミス)達もそれぞれ安心していった。

 険悪な空気だけは避けられた、と。

 一番の目標が頓挫したからといって開発が滞るわけではない。やはり順当に今出来る事を続けるだけだ。――それと目的のものを手に入れるにはそれ相応の結果を出す以外に道はないとエルネスティは思った。

 

        

 

 心機一転、と言いたい所だが――

 手の痛みで気持ちの切り替えがまだ出来ないエルネスティは工具を持ちつつ気分が落ち着く事を祈る。その様子を眺めていたオルター弟妹と現場で手伝いをしていたドワーフの友人『バトソン・テルモネン』が軽く元気付ける。

 目的は頓挫したけれど開発そのものが中止になったわけではない。

 

(……ならば魔導演算機(マギウスエンジン)無しで作るしかない)

 

 設計は出来る。問題は扱える人間が限られてしまう事だ。

 幻晶騎士(シルエットナイト)もそうだが、魔力(マナ)を鍛えていない人間は何をするにも苦労する。

 年齢を抜きにすればエルネスティ達は一般の騎操士(ナイトランナー)よりも豊富な魔法扱えるまでになっていた。

 そもそも魔導演算機(マギウスエンジン)を必要とする理由は動作に魔力(マナ)を使うからだ。

 ただでさえ幻晶騎士(シルエットナイト)は動かすのに戦術級魔法(オーバード・スペル)を必要するほど燃費が悪い。それを小型化したとしても最低でも上位魔法(ハイ・スペル)規模は必要だ。

 それを扱い易くする為にはどうしても(くだん)の機能が必要になる。

 

「……魔導演算機(マギウスエンジン)無しで作ってみましょうか」

 

 設計は得意なので不可能だとは思わない。問題の扱える人間については保留にしておく。

 誰にでも手軽に使ってもらう事が目的だから特定の誰かだけ、では困る。だが、やはり一度造っておかないといけない。

 何事にも試作品は必要――そこから改良などを改めて考えればいい。

 

「というわけで小型の幻晶騎士(シルエットナイト)をバトソン達に作ってもらいましょうか」

「……話しが飛び過ぎだぞ、エル」

 

 呆れ顔のバトソンに苦笑するオルター弟妹。

 それはそれでエルネスティらしいと言える。

 

「多くの人材が居るのですから。平行作業は特に問題は無いかと。僕一人で全てを作り上げるわけではありませんし」

 

 それに、誰かに頼る事もできない我侭な人間だと思われたくない。

 アイデアは独り占めの傾向があるけれど、それは世の開発者全てに言えると思うので言及は避けた。

 『グゥエール』の作業は引き続き騎操鍛冶師(ナイトスミス)達にやってもらい、バトソン達――若手の騎操鍛冶師(ナイトスミス)――には彼ら(騎操鍛冶師)の為の補助装置の製作に取り掛かってもらう。

 完成品の試験は暇そうにしているオルター弟妹に――

 後はグゥエールの完成が遅れている事をディートリヒに謝罪する。――締め切りは設けていないけれど楽しみにしている人を待たせるのは心が痛む。そう思ったからこそ彼に頭を下げる。――納期が遅れた事による謝罪は()()()()()とはいえ――慣れたくない。

 

「未完成のままでは心苦しいので……、他の機体を代わりに使えるようにしておきます」

 

 ただし、赤い色は塗布出来ない事を了承してもらう。それに対してダーヴィドは文句は言わなかった。

 ディートリヒも代替品で仕事が出来る事に苦情は言わなかった。

 中身が同じサロドレアだったことも起因する。

 

        

 

 エルネスティから別れたシズは感情を抑制する為に予定に無かった天上世界への帰還に望む。

 人間に触れられる事に忌避感を覚えるのは不味いと判断したからだ。

 外装を本来のものに交換し、会議室に赴く。

 

「……予定より早い帰還だけど、異常事態でも起きた?」

 

 常に待機している自動人形(オートマトン)の一体が尋ねてきた。

 事務的な作業において個体の――能力的な――差異は設けられていない。それゆえに全員が同じ顔に見えてしまうのは今更覆す事はできない。

 言葉使いは数種類用意してあり、平坦な日常で時忘れの効果を抑制している。それと個体差をある程度設けておく事で誤作動の原因も同様に――

 

「……現地調査において……、自らの感情面に異常を来たしているのか、検査をお願いしたく……」

「……了承した。……それからシズ様が目覚められている。……可及的な用件は伝えられていないが挨拶に赴くと良い」

 

 前回の機能停止からまだ一年も経っていないのに、と疑問を抱くがすぐに本来の目的に思考を傾ける。

 部屋を退出したシズが向かうところは多くの検査室の一つ――

 不都合な感情や記憶をいちいち消去する事は無いけれど、検査だけは定期的に(おこな)われている。

 

 彼ら(自動人形)には仕事が必要だから。

 

 常に命令に飢えている彼らは退屈を嫌う。例外も居るけれど。

 至高の御方の役に立つためだけに存在すると豪語する多くの自動人形(オートマトン)達は一生の歳月をかけても終わらない――または終わりそうに無い仕事を与えられた。

 それが『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』の安寧だ。

 不安要素を詰め込まれた地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)は地球への旅路の為に途中で危機的状況に陥ってはならない。それを成し遂げるには数千万近い数の人員でも足りないほど――

 既に失敗例が出ている以上、彼らは常に仕事に粉骨砕身する事態に陥っていた。

 そしてそれに不満を表す者は居ない。――これにも例外があり、小さな愚痴は許されている。

 

「……感情の起伏に多少の揺らぎがある程度。……それ以外は問題ない」

 

 無感情に検査役のシズタイプが告げ、検査を受けていた調査端末のシズは黙って首肯するのみ。

 彼らの検査を疑うほど取り出すような感情の起伏は確かに感じない。であれば(エルネスティ)の手を払った原因が()()()()()

 いかに自動人形(オートマトン)とて分からないものは多数存在する。

 与えられていない知識は特に。

 小さな異常は後に大きな混乱を引き起こすと言われている。だからこそ気になることを疎かにできない。

 魔法による治癒でもどうにもならないことは多々あると分かってはいるが、現状の技術で解決できないものとなると打つ手が無い。

 いくつか確認された深刻な場合の対処法を検索する。

 ――感情面については一人で悩まないこと。それ以外は物理的な廃棄処分が多い。

 

(現地調査がある自分としては誰かに相談するのが良さそうですが……。ここはシズ様にお尋ねになるのが……。一人で抱え込んではいけない、とも言われていますし)

 

 悩みを抱えるのが自分ひとりであれば端末全体の問題ではないので、何かあっても処理する労力は低く抑えられる。

 この天上世界に存在するシズ・デルタの端末の総数はかなり多い。その全て――とは言わないが毎日数千人規模が相談事に訪れる事になればオリジナルや至高の御方の気苦労は計り知れなくなる。

 出来るだけ自分達で解決できるように毎日の会議は欠かせない。その為に様々な『文化』を手に入れてきたのだから。

 

        

 

 身なりを整えて次に向かったのは至高の御方が住まう御殿。

 積層構造を持つ地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)の中で一番厳重にして安息を齎さなければならない神聖なる場所――

 巫女服を着た専門の人材が清潔を保っている。

 睡眠時以外は利用しない場所で、オリジナルのシズの私室もここにある。

 直接中に入る事になるのか、と危惧したが途中で巫女たちに違う場所を示された。

 地上からこっそりと持ち帰った機械の残骸を調査する研究室で待っている、とのこと。

 端末は少し安心し、次に別の意味で心配になってきた。

 神聖な場所なので慌てて走る事は厳禁だが、気持ちはすぐに駆け出したかった。

 

(……供はちゃんと付いているのでしょうか? 現地の大気は問題ないとしても……、いつの間に……。砦から持ち帰られたのか?)

 

 先の『魔獣襲来事変』によって多くの幻晶騎士(シルエットナイト)が破壊されたと聞いている。その中で一つや二つ無くなっても気づかない、と思われて持ち帰られたのであれば失策だ。

 彼ら(原住民)は全ての幻晶騎士(シルエットナイト)を管理している。無くなったとあれば既に大騒ぎになっている。

 少しだけ駆け足で目的の場所に向かい、扉をノックする。すると中に控えていたメイドが声をかけてきた。

 このメイドは至高の御方付きで端末たちの部屋には居ない。

 掃除役とは違う仕事が与えられている。

 

「……お目通りの許可が下りました。……どうぞ」

 

 端末たちに負けず劣らず淡白な対応をするメイド。けれども、それは仕方が無い。

 活動している多くのメイドに感情を与えていないのだから。

 長期間運用する上で感情を持つ者とそうでない者が出てしまうのは長年の課題であり、どうしようもない事情による。

 外が暗黒空間である宇宙において平静を保っていられる生物はとても少ない。だからこそ多くの生物には休眠が必要となる。

 自動人形(オートマトン)であるシズ達も一度(ひとたび)感情を与えられれば狂乱に陥る可能性が()()()()発生してしまう。

 (ゼロ)ではない確率は数万年規模にとっては大きな誤差の元となるので。その危惧を払拭することは基本的に出来ないとされている。

 仮に出来てしまうと生物の存在しない――時が止まった状態が延々と続いてしまう。

 血の通った生物を抱える宇宙船において、それはとても悲しい事だと至高の御方は判断されている。

 

        

 

 一言挨拶しつつ部屋に入るとまず飛び込んできたのは機械の残骸。間違いなく幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 操縦者はどうしたのか、気になってしまったが――迂闊な事はオリジナルもしないと判断し、平静さを保つ事に務めた。

 いかに高度に進化した端末とて至高の存在を前にすれば生物的に慌てる。これはエルネスティ達に見せる()()とは違う。本当の意味で驚く。

 至高の御方の私室は多少の差はあるがだいたい画一的なものとなっている。

 極端に部屋の構造を変える事は――宇宙船では――内部構造の問題が発生してしまうので、調度品で個性を出す。

 オリジナルのシズは可愛い物好きで知られており、安全と判断された多くの生物が置かれている。

 生きているもの。剥製となっているもの。無機質の動像(ゴーレム)類。

 生物はいずれ死ぬ。それでも近くで愛でたい彼女の為に様々な試行錯誤の品物が持ち込まれていた。

 ――世話についてはメイド達と共に(おこな)っており、()()()()()は責任を持って接する。

 

「……シズ様。……この金属類はどうしたのですか?」

 

 挨拶もそこそこに端末は結論をぶつけた。

 いくら部屋が広いとはいえ、乱雑な瓦礫はあまりにも目立つ。

 

「……回収した。……見て分からない?」

 

 部屋の主であるシズ・デルタは部品を一つずつ人型になるように並べていた。

 服装はいつもの()()()()()()()()。至高のシズの()()()制服でもある。

 聞いた話しでは中身の肉体部分は至高の御方の要望に折れ、新しい部品に少しずつ変えているとか。

 

「……魔力転換炉(エーテルリアクタ)などの重要部品は……、解析を終えた後にこっそりと戻しておいた。それ以外は別に回収しても問題ないはず……」

「……あまり勝手をされますと……」

 

 至高の御方の手が汚れることを端末は危惧している。それはもちろんシズも承知しているが、機械や金属に触る事は彼女も好きな部類で、普段は銃火気の手入れをしている彼女も新しい機械には興味があった。

 現地で活動しない代わりに様々な行動を許せ、と暗に言っているようなものだ。

 

「……()()()。……子供の興味は束縛するものではない」

「……ん」

 

 端末以上に表情の変化に乏しいシズは子供らしい我がままを言った。

 自動人形(オートマトン)である彼女達は会話という()()()()()()()()使う。

 端末同士だとやりとりが一瞬で終わる事もあるが、自動人形(オートマトン)ではない至高の存在や身の回りの世話をするメイド達に配慮して体感時間を調整している。

 

「……では、母として言わせて頂きますが……。部屋を汚してどうなさるおつもりですか?」

 

 容赦の無い端末の言葉に今度は至高のシズが眉根を寄せる。

 確かに端末の言う通りで反論がすぐに出てこなかった。

 

        

 

 至高のシズ・デルタの部屋は本来は清潔である、とは言わない。

 銃火器の扱いが好きな彼女の部屋はわりと汚いのが一般的だ。それが今回は更に汚れている結果となっていた。

 御付きであるメイドも見守る事しかできない。至高の御方に注意喚起できるのは同じ立場の存在くらいだ。

 もちろん、ただ汚れるだけを黙認する事は無く、視界の隅に掃除用具が山となっている事に端末は気付いていた。

 ここが地上――または地下の拠点であれば問題は無い。しかし、ここは重力制御と大気の管理が徹底された天上――宇宙――の中にある。

 何らかの障害によって外壁に穴が開けばひとたまりもない。しっかりとした危機意識を常に持つ事は――ここでは義務として存在している。

 

「……それともこれは至高の御方達のご許可を得た上でのものでしょうか?」

「……それはもちろん……。……ガーネット博士に無断で、これだけのことは……出来ない」

 

 至高の御方の名前が出たからとて端末は納得しない。

 こと危機意識において相手が至高の存在でも一言進言する事は認められている。

 長い航海を(おこな)っていく中で危機意識を無視する事は大事に至る。だからこそ端末に色々と権利を認めさせている。

 それを煩わしいと思っても強権によって撤回させる事はオリジナルのシズには許可されていない。――それを決めたのは最上の存在である至高の御方(ガーネット達)だから。

 

「……管理の行き届いた幻晶騎士(シルエットナイト)の無断拝借は……困ります」

 

 設計図や部品類は出来るだけ渡しているというのに――やはり本物、というか一機丸ごとを所望してしまった事に頭を痛める端末のシズ。

 だが、必然でもあると思考を切り替える。

 至高のシズが求めるものを端末が全力で叶えるのは本来の務めだ。

 

(至高の御方達からは地道な実績作りを優先せよ、と言われているのだけれど……)

 

 わがまま娘は演技ではなく、本気だったのかと疑わずにはいられない。しかし、それもまた至高のシズの性格の一側面でもある。

 

 人はそれを個性と呼ぶ。

 

 呆れてばかりはいられない。そして、持ってきてしまったものを返す事は現時点では難しい。

 不審の元になるので。

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)によって既に持ち去られてしまった、というシナリオを用意しつつ改めて部屋の中を見回す。

 以前は様々な小動物を放し飼いにされていたのに、今回はどうしてこのような結果になってしまったのか、と――

 

(『針山の槍(スピアニードル)』は何処へ?)

 

 針山の槍(スピアニードル)とは体長二メートルほどの白い兎型モンスターだ。

 警戒心が強く、野性のものは近付くだけで体毛を鋭い針へと変化させる。そうなると軟らかさを堪能できない。

 世代交代を重ねているものの身体的な変化は起きず、数万年の時を経ても昔と変わらぬ姿を維持していた。

 他の生物――特に現地生物が主だが――時代の移り変わりによって形態が変化し、環境に合わせた姿へと変わる。

 それは『進化』と呼ばれるものだが、自動人形(オートマトン)であるシズ達は外見の変化が起きないので生命とは不思議な概念、または振る舞いだと思っていた。

 

        

 

 部屋に居ない生物のことを早々に脳裏から追い出し、目下の目的は部屋に散乱する鉄屑の後始末だ。

 組み立てるにしても現地の技術者の姿は無い。

 自力で再建させるつもりなのか、と。

 

「……この部屋で組み立てるおつもりなのですか?」

 

 間取りとしては不都合が無いくらい広い。

 ただ、扉を潜らせる事は難しい。下手をすれば破壊しなければならない事態になる。

 普通の建築物と違って部屋の改造にはそれなりの手続きと資材が投入される。安全管理は地上とは比べ物にならないくらいの厳重さを要求される。

 

「……作業部屋が出来るまでの間……。……今は並べているだけ」

 

 それならいいが――と言いたい所だが、そうであっても助手の一人も付けないのは問題だ。

 部屋に居るメイドは力仕事に関しては無力だ。せめて動像(ゴーレム)の一体でも用意しなければならない。それに至高の御方の言葉があったとしても端末としては見過ごす事が出来ない。

 優先されるべきは至高の御方の身の安全だ。

 

「……駄目? ……お母様……」

 

 訴えかけるような表情でお願いされても端末のシズとしては安易な許可は出せない。

 安全対策を整えれば納得するのかと問われれば――否だ。

 一つの決断が大きな災いを生む事だってある。それが分からない至高のシズではない、筈だが――

 

「地上人に言い訳が出来なくなります。……シズ様。……私の立場も考慮していただきたいものです」

「………」

 

 融通が利かないのは至高のシズ譲り。だからこそ言い訳が出来ない。

 口を尖らせてゴニョゴニョと呟く至高のシズとて我がままな娘を演じ切れはしない。

 床に並べた瓦礫が何らかの条件で爆発すれば――責任を問われるのは誰なのか――

 それを思えば端末の言葉に折れる事もある。しかし、急ぎの中止勧告をガーネット達から受けていない。

 ――受けてはいないが心配している雰囲気は感じ取った。

 

地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)に作業部屋を造られるようですが……。ガーネット博士が指揮しているのであれば……。ここは母として一言申し上げなければならないところ……)

 

 それよりもいつの間にか家族構成の()()が追加されてしまった。それについて未だに理由を答えてもらっていない。

 場の雰囲気に流されてばかりではいずれボロが出るのでは、と思っているのだが――

 事がスムーズに進むのであれば納得するしかない。そうだと思っても、だ。

 端末であるシズという存在は一つではない。数万体の予備体が控えている。

 地上で活動している自分もいずれは処分され、新しい端末に挿げ替えられてしまう。その時、今の自分に愛着を持たれると至高のシズとしては何らかの不具合が生まれる原因になるのでは、と危惧している。

 

        

 

 既に持ち込まれた瓦礫については追々考える事にして、護衛の手配をまずは優先すべきと進言してみる。

 至高のシズも端末達を心配させる意図は無かったとはいえ軽はずみな行動だと自覚し、素直に応じた。

 組み立てるにせよ。廃棄するにせよ。端末もどう扱えばいいのか分からない。

 

(床の重量制限はどうなっているのですか? それぞれバラバラに配置されているからとて……)

 

 過度な負荷は床が抜ける原因となる。そして、この下は割りと広い空間が控えていて、結構な被害が予想される。

 本来なら分厚く造るべきなのだが、それはただ幻晶騎士(シルエットナイト)や瓦礫を持ち込むことを想定していなかっただけ。

 数体程度の動像(ゴーレム)ならば充分に耐えうる事は分かっている。

 

「……重力制御があるとはいえ、無重力とは違うのですよ」

「……ごめんなさい」

「……下の階層の天井補強の手配はどうなっている?」

 

 端末がメイドに声をかけると既に手配済みであると返してきた。

 確認作業はとても大事だ。この宇宙船の中では特に。

 命令の不備一つとて甘く見る事は出来ない。

 ――しかし、いくら初期型のシズとはいえ機能的に劣っているとは思えない。思考能力は今でも人間を凌駕しているし、様々な能力においても端末に劣るとはいえ――

 

 単騎で国を滅ぼせる力は確実に備わっている。

 

 長い年月の経過が自動人形(オートマトン)の本質を歪めているのか。もし、そうであるならば――今以上の小言は不毛である。

 機械が生物的な振る舞いをし続けていけばどうしても避けられない問題に直面するとガーネット達が言っていた。その片鱗が至高のシズに起きているのであれば端末は黙ってそれ用に調整し直すだけだ。

 

「……私に与えられた命令では今以上の対応は出来ません。……シズ様。……決して無理をなさらぬよう……お願い致します」

 

 端末が片膝を付くと部屋に常駐していたメイド達も同じように倣った。

 それらをシズは黙って周りに居る者達を眺める。

 意味も無く我がままを演じているわけではない。

 自分に出来る事は彼らの為に動き続ける事だけ。――残念ながら永遠に眠り続ける事は嫌だった。

 せっかく新たな星が見つかり、それぞれ冒険を始めているのに自分だけ蚊帳の外に放り出されるのは――

 

 とても面白くない。

 

 身の危険も承知している。それでも()()()()()()()としては参加しないわけには行かない。

 文化を持つ星はとても稀少で貴重だ。

 

「……無理はしていない。……だが……そこまで心配されると……困る。……お母様に叱られたくない」

 

 天上の世界において至高のシズは他の端末たちよりも長く存在している。だからこそ、自分が彼らの母であるのが本来は正しいあり方だ。

 役とはいえ逆の立場を演じているシズとしては――とても楽しいひと時に感じている。

 年下は可愛い。小動物も好きだ。だから、自分もそういう属性において可愛い存在である筈だ、と信じているところがある。

 年上はガーネット達のような本物の至高の存在だけで充分だった。

 

        

 

 端末に仕事を委ねている間、至高のシズは『娘』役を演じ続けたい願望があった。

 ガーネット達からやめろと言われるまでは好きにさせてもらう、と。

 それを伝えると端末は唸った。メイド達は軽く苦笑した。

 

「……この残骸は全て戻さなければならないの?」

 

 折角持ってきたのに、と残念な顔をするシズ。

 後々大問題に発展しては現地に派遣しているシズ達が不審に思われてしまう。例え証拠がなくても――

 

「……コアの部品を除けば今更戻しても仕方がありません」

 

 例えばこっそりバルゲリー砦近くに廃棄したとして、誰の仕業かで問題が発生する。

 それがシズの仕業でなくとも空高くに存在する『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』に注目されるきっかけが早まってしまう。特に端末が目をつけているエルネスティという少年は危険度が高い。

 それとコア部品だけ置いた事によって実行犯がとても賢いと思われればより一層の警戒感を持たれてしまう。

 

「……シズ様が望めば私は全力で取り組む所存です。……ですが、調査のみの計画が破綻してしまうおそれはどうしても発生してしまいます。……そこはどうか、ご了承くださいませ」

「……分かった。……ならば命令……。私の為にこの瓦礫をもっと持ってきてお母様。とても気になって。もっとじっくりと調べたいのです」

 

 いつもの口調から流暢な娘の口調へと変えて言い放つ。

 至高のシズもあまり表情の変化は付けないが、今はとても可愛らしい笑顔になった。

 娘の懇願に対し、母役のシズとしては断るわけにはいかない。

 

「丁度……都合の良い場所に大量の瓦礫があります。……しかし、それでも簡単ではありません」

「……お前の仕事の支障にならない程度で良い。……しかし、コアの部品だけはどうしても入手困難?」

「……そのようです。国の秘事となっている部分は何よりも優先されているようで……。……製造元が特別な場所にあるので……。……今の身分では色々と不都合がありますれば……」

 

 コアの部品たる『魔導演算機(マギウスエンジン)』と『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』は貴族の了承と国王の了承を必要とする。

 教師風情のシズにはどうにも出来ない部分だ。

 それをどうにかする方法はあるにはある。事が強引なので調査の仕事がご破算になる可能性が高くなってしまう。更には新たに調査団を派遣し難くなる。

 シズ達は現地の技術を持ち帰るほどの魅力をかの星に求めていない。これは単に個人の趣味である。ガーネットも巨大兵器について何の言及もしていない。この事から必要に迫られていないことは自明である。

 『ホワイトブリム』は機械より服飾に興味を持つ至高の存在――そちらは適時持ち帰っている。もちろん、自費で購入できるものに限られる。

 『ナーベラル・ガンマ』は地上世界に興味を持っていない。彼女は働く端末たちの面倒を見る事に喜びを感じるタイプだ。

 

        

 

 至高のシズ・デルタの願いを聞き届けた後は端末自身についての相談事の番だ。――けれども、それを発言すべきか迷っている。

 選択ではどちらともつかない状態ではあるが、内に溜めておくのも不健康である事は理解している。

 機械的な思考であれば無駄な処理は削除するに限る。しかし、そうでない曖昧な部分は実に生物的で煩わしい。

 高度に発達した機械は簡単に割り切れない概念を持ったことで新たな問題を抱えている。そしてそれは未知の分野となっており、その解決は至高の存在とて難題だと言わしめるほど――

 

(……私が我慢しても他の端末に影響が無いとは言い切れない。であれば進言すべき……。それを何故、即断即決できない?)

 

 思考する時間がいくら数瞬だとしても解決しなければ意味の無い時間だ。

 自動人形(オートマトン)にも未解決となる問題があると既に証明されている。

 新たな都合の良い数式は突然降って湧いたりしないものだ。

 

「……シズ様にご相談したい議がございます」

 

 改めて声を低める端末にシズは軽く吐息をつき姿勢を正す。そして、次を促す。

 

「……ありがとうございます。……私は地上世界において長期の調査を(おこな)ってまいりました。……幾分か省きますが……彼らとの交流によって私の感情や行動に些か……、揺らぎが生まれている模様です」

「……他の端末も同様?」

 

 シズの問いかけに首を横に振る端末。それは否定ではなく疑念。答えられない問題だと小さく告げる。

 自動人形(オートマトン)の中でも高度に発達した存在ではあるが人間的に嘘が上手くつけるか、と言われれば不明だと言える存在である。明確な答えの無いものに関して適切な解答はいかに端末であっても難しいものだ。

 それが複雑系――より正しくは『混沌(カオス)』の恐ろしさでもある。

 常にいつでも同じ形である保障の無いもの。自分達が高度に発展すればする程、相手も同様に複雑さを増してくる。

 

「……人間的な感情の営みとは違う? ……自動人形(オートマトン)が経験値を積んでいる、という話しは聞かないけれど……。……出来ないとも言われていない」

 

 もし、シズの想定する現象であれば祝福すべき案件だ。――実際に彼らは経験値を積める。ただ、自然界で自主的に積めるかどうかは未確認だった。特に技術的なもの以外で。

 感情という目に見えない部分は分かりにくい。

 可愛いものを見ると胸が温かくなる現象はシズにも覚えがある。それと同様の事が起きているのだとすれば説明は難しいが――同士と言いそうになる。

 

「……もしかして(くだん)のエルネスティ・エチェバルリアが原因? ……とても()()()男の子だと聞いている……」

 

 端末を通じて基本的なデータは受け取っている。せび、持ち帰って抱きついて感触を確かめてみたいと思っていた相手だ。

 人間種であるから慎重に事を進めなければ自分が居る世界に危機を呼び込んでしまうおそれがある。特に端末が要警戒対象に指定している相手だ。

 革命的な技術革新を促進させては何かと面倒になる。

 

「……小柄な男の子でありますれば……」

「……お持ち帰り……。……いや、自分で会いに行く。お母様、お友達を紹介してくださいませ」

 

 都合のいい役は使わなければ勿体ない。それゆえにシズは最大限活用する事にした。

 連れて来られない相手ならば自分から会いに行けばいい。それに関しては何の問題も無い。

 娘という役柄は既に認知されているのだから。

 

「……相手はパラダイム・シフトを起こしうる相手……。……正体を看破されるおそれが……」

「……ならば出来ないようにするだけ。……都合の良い献体は……細かい機微を気取られる相手ならば……。……これは少し思案する案件……」

 

 さすがの至高のシズも即断とはいかなかったようだ。それに関して端末は()()()()()で安心した。

 強引なまま事が進まなくて、と――

 それと同時に人間的な反応を示す自分に戸惑う。本来の自動人形(オートマトン)の定義から外れつつあるのではないのかと。

 

        

 

 原因の処分ならば何も問題は無い。しかし、触れ合いとなると端末には一個人が背負える責任の範疇を超えてしまう事に抵抗を感じていた。

 事は端末一個の問題ではない。

 情報を共有する相手を巻き込む事態だ。――辛うじて至高のシズは書面での伝達で済んでいるので被害は軽微だと予想する。

 いざとなれば――それは最終手段に類する問題だが、自分達の世界を守る為ならば何物よりも優先しなければならない。しかし、それも至高の御方の命令によって凍結させられている。

 

「……危惧が重なってエルネスティの命が危ぶまれては大変……。……可愛いものに罪は無い」

「……無茶な論理で誤魔化さないで下さいませ」

「……むしろ歓迎したい。……だけど、ここ(地獄の瞳)まで自力で来る頃には可愛さが抜けてしまっていることも……」

 

 端末の言葉を聞いているのか、無視しているのか――態度に示さず、う~んと唸りながら右へ左へと移動するシズ。

 感情の起伏――表現――は乏しいが人並みには備わっている。

 自らの種族に準じている為――これが本来の自動人形(オートマトン)有様(ありよう)である。高性能に過ぎた端末は表現が豊か過ぎて種族の枠組みを超えてしまっている。

 

「……今すぐ、というわけにはいかない。……ガーネット博士に相談した後、色々と決めていく事にする。……それまでお前たちは決して荒事に発展させるな。……特に調査の枠を超えた権限は許さない」

「……承知いたしました」

 

 命令として受け取った以上は従わなければならない。

 端末としてはその方が気が楽だった。――そういう感情も生物的ではないかと思う時がある。自分の種族としての存在意義について長い討論が必要なのは理解した。

 部屋に散乱する瓦礫については後で考える事にし、メイド達には適切な処置が決定するまでは手を出さないように通達する。

 

        

 

 部屋を退出した端末は気を取り直しつつ今後の予定を組みなおす為、進行表に修正を施す。

 今までは至高のシズが大人しく休眠していたので何の支障も起きなかったのが、ここ数年で事態が急激に変化している。それはとても恐ろしくもあり、また新たな興味を呼び起こす。

 停泊予定の星に到着する時はいつだって緊張感に支配されるものだ。それが自動人形(オートマトン)であっても――

 各地に散らばる他の端末達はどうしているのか、母親役の端末は思考をそちらに傾けてみた。

 

 


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