オートマトン・クロニクル   作:トラロック

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#013 許可申請書の提出

 

 新しく製作された追加武装を実際に取り付けられた――ライヒアラ騎操士学園が保有する幻晶騎士(シルエットナイト)――『サロドレア』の動作確認を(おこな)う。

 操作は至極簡単に――

 立会人として『シズ・デルタ』以下、多くの者達が見つめる中、試験運行が始められた。

 外装(アウタースキン)が外されたむき出しの骨格が不気味さを演出していたが、それを気にする者は現場には居ない。

 

「本来の腕とは連動していないが、動作の感触はどうだ?」

 

 ガタイのいいドワーフ族の親方『ダーヴィド・ヘプケン』の言葉に騎操士(ナイトランナー)『ディートリヒ・クーニッツ』は外の様子が窺えないので返答に困惑していた。

 操作自体は問題ないのだが死角の動きが体感的に捉えにくいのが難点だった。

 

「内部に居る騎操士(ナイトランナー)には分かりにくい構造になっているのかもしれませんね」

 

 と、問題点があるたびにメモしていく銀髪の少年『エルネスティ・エチェバルリア』はすぐさま改善案を夢想する。

 当たり前のように居るのだが、彼は本来は学生であって騎操鍛冶師(ナイトスミス)ではない。更には現場を指揮する権限も有していない。

 あくまで乗り手であるディートリヒに提案し、自分の考えが形となったものの確認をしているだけだ。

 

「外から見た感じじゃあ、ちゃんと動いているぜ」

「そうかい。動作は成功でいいのかな?」

 

 本来ならば操縦桿を押したり引いたりする。今回の武装はボタンを押すだけ。

 肉体的負担が軽いのは良いが、軽すぎて慣れが必要であると脳裏に留めておく。

 使い慣れれば他の動作も出来そうな予感はした。

 

「激しい動きにも対応できれば尚良し」

「ボタンが壊れた場合の事も考えて内部で修理できる仕組みも用意しましょう」

 

 親方を通り過ぎてエルネスティが指令を下す。その事にダーヴィドは諦めに似た感情を持ったが、文句は言わなかった。

 発案者が責任を持てばいい。自分達は危険だと分かれば止めるだけだ、と。

 

        

 

 背面、腰、腕の下と色々と付け替えての動作確認を(おこな)い、中で操縦する騎操士(ナイトランナー)の意見をまとめていく。

 作る立場と操作する立場では意見に隔たりが生まれやすい。

 改善の余地が見つかる度にエルネスティは図面を書き換えていくのだが、その詳細に記される線の動きに専門家である筈の騎操鍛冶師(ナイトスミス)達は驚きをもって観察していく。

 彼の熱意は尋常ではないと。

 

「装備はこれでいいとして……。次は強度面の改善も(おこな)いたいと思います」

「……銀色坊主(エルネスティ)。おめぇ、俺たちをこき使う気か? これはこれでいいとしてもだ。学生らしく勉学に励んだほうがいいんじゃねぇか?」

 

 そう告げると悲しそうな顔でうな垂れるエルネスティ。

 確かに言われた通り、自分には騎操鍛冶師(ナイトスミス)達に指示する権利も権限も無い。けれども折角巡ってきたチャンスは逃したくない。そちらの方が気持ち的に強く出てしまった。

 正論を言われた彼は素直に謝罪した。

 強引に事を進めるほど常識外れではなかったようだ。

 

「親方。折角良いアイデアを出してくれたのだから最後までやらせてみたらどうだい?」

 

 未完成の幻晶騎士(シルエットナイト)から顔を出したディートリヒが言った。

 今まで誰にも出来なかった提案を出した当人を差し置いて事を進めるのは納得できなかった。ただ、それだけ――と言いたいところだったがエルネスティの可能性に興味があったので助け舟を出してみる事にした。

 

「……う~ん。だが、これ以上は学園長の許可とか取らねぇと不味い気がする」

「でしたら、僕が責任を持って説明してきますよ」

 

 元気溌剌となって言ったエルネスティ。

 学園長は彼の祖父『ラウリ・エチェバルリア』だ。孫の言葉にすんなり騙され――否、説得される確率が高い予感がした。

 ダーヴィドは嫌な予感を感じたが形式的なものはどうしても必要だと思ったので、エルネスティに命令を下す。

 太陽が輝くような笑顔を(エルネスティ)が見せた後で親方は側にシズが居る事に気付き、彼女に尋ねてみた。少なくともエルネスティの暴走を止められそうな人物は彼女をおいて他に見当たらない。

 

「事務手続き上はヘプケン君の言うとおりです。学生身分の域を超える事は許されません」

「……そ、そうですか」

 

 冷徹な一撃にエルネスティの熱も一気に冷める。

 相手がシズだと融通が利かない分、言葉で誤魔化す作戦が取り難い――というか、そういう雰囲気を醸し出している。

 言い返そうにもシズは様々な資格を持っているので正論でも論破は難しい。

 

「……しかし、このまま未完成品を放置するのも困りますよね」

「そ、そうですよ、シズ……さん。エルネスティが私の為に考えてくれたアイデアを腐らせるのはちょっと……」

 

 と、ディートリヒが助け舟を()()出してみる。

 もちろん、自分も新武装を使いたい気持ちがあったからだ。

 非常に魅力的なアイデアだと思うし、戦略の幅が広がる分には何の文句も無い。

 

「エル君の為にも作業の継続を許して上げて下さい」

「俺からもお願いします」

 

 『アデルトルート・オルター』と『アーキッド・オルター』の弟妹(きょうだい)が揃って頭を下げてきた。彼等に釣られてドワーフの少年『バトソン・テルモネン』も――

 現場の視線がシズに集中する。

 

(ここで無理に断れば私は悪人ではありませんか。そこまで彼を信じられるのですか、貴方達は……)

 

 軽く唸りつつシズは現場に居る者達を軽く見回した。

 一つの目的に皆の意見、というか意識が集まる様は不可思議としか言いようがない。

 これが友情というものか、と思いつつ。しかし、だからといって彼らの要望に屈するわけには行かない。

 

        

 

 至高の御方からの命令は絶対。それと同じように規則を守る事も重要だという意識がある。

 ただ、それらには重要度という分類が存在し、いかに堅物のシズとて全てを頑なに固持する事はない。

 問題のエルネスティの処遇を委ねられたシズがとるべき行動は至極単純――

 彼らが望む対応を学園長に報告するだけ。

 現場の雰囲気をぶち壊す意図は持ち合わせていないし、その権利も資格もシズは有していない。

 ここで二つの選択肢が提示された。

 一つはエルネスティを連れて行くこと。

 もう一つは工房に彼を置いて、自分一人で学園長の(もと)に行くこと。

 

(現場の状況から平等を期する為に……、後者を選ぶのが良さそうですね)

 

 その理由として前者はエルネスティにとても有利になる。

 後者は通達までの間、彼は自分の思い通りの結果になるかどうかが窺い知れない。

 ここは人間的な感情表現として適切なものを選んでみる事にする。

 それはすなわち――

 

「……学園長と話してきます。その間、君は折角作った機械の調整でも続けて下さい。……一度始めた事を途中で投げ出すのは困るでしょう?」

 

 というのを少し口角を上げた――意地悪そうな顔で言う。

 普段は全くの無表情と表現されるシズの顔がこの時ばかりは――周りにどう映った事だろうか。

 本人はもちろん意地悪そうな笑顔だと思い込んでいる。しかし――周りは滅多に見られないシズの表情に驚いたり、怖がったり、中にはとても素敵です、と言い出す者や見惚れる者まで――実に多種多様な反応に陥った。

 統一された反応ではなかった事が逆にシズを驚かせる。

 

(……思っていた反応とは随分と違いますね。もしかして……表情の作り方を間違えてしまいましたか? これからもう少し練習……いや、反応を示してくれる友人を作らなかった私の落ち度……いやいや)

 

 人間に対する表情の作り方は事前に学んできた筈なのだが、相手が同型のシズ達ばかりだったのが不味かったのかな、と思いつつ現場を去る事にした。

 

        

 

 シズが立ち去った後は素敵な笑顔やいつも以上に恐ろしいなどと様々な感想が飛び交う事になった。

 ディートリヒは良い感情を。

 エルネスティは空気を読んで意地悪そうな顔をして失敗した、という印象を受けた。

 オルター弟妹とバトソンは顔を青くしていた。

 

「……ありゃあヤバイんじゃないか?」

「エル君。鉄仮面が笑ったよぉ。後が怖いよぉ」

「……笑ってはいけない法律はありませんよ、アディ。……案外、あの人は……」

(面白い人なのかも知れません)

 

 噂が先行していたがエルネスティは他人の意見に惑わされる事がなく、自分の興味の殆どは幻晶騎士(シルエットナイト)に傾いている。それ故に素直に受け取る事が出来る。

 ただ、異性に惑わされる事が無いのでアデルトルートの猛アタックはいつも邪魔だなと思ってしまう。

 でも、まだ十二歳の子供ですし、と()()()()()()()感想を抱く。

 

「シズ()()の言葉通り、まずはこいつをモノにするまでは付き合ってやる。それ以降はあの人が戻り次第検討する」

「分かりました」

 

 エルネスティとて我がままを無理に押し通す気は無かった。というよりは押し通すと現場の人間関係がズタズタになりそうだったので。

 大型案件はたくさんの人材とのコミュニケーションが大事だとエルネスティは()()理解していた。だからこそ無理難題に対して()()()()が無い限り、無茶は言わない。

 もし、自分に全権が与えられれば――

 きっと思う存分に指示を下しているところだ。

 

(……どの道、それでも彼らの信頼関係は崩れると思いますので、自重(じちょう)しますよ)

 

 目的の為に手段を選ばないとしても一緒に作業をしてくれる仲間の大切さは理解している。だからこそ、一人で全てをこなす気は無い。

 それは()()()そうだった。

 エルネスティの奥底に存在するのはいつだって喜びを分かち合う仲間と共にあるのだから。

 

        

 

 着の身着のままの格好でシズは学園長室にてラウリに状況説明を始めていた。

 他の者では困惑するところも彼女にかかれば感情に揺さぶられる事無く、淡々と説明する事が出来る。

 エルネスティが(おこな)っていること。それ以上に関しての許可申請の手続きなどを尋ねた。

 

「……状況は理解した。孫が迷惑をかけているようで……」

「そんな事はありませんよ。……しかし、彼の暴走次第では取り返しがつかなくなる可能性があります。この場合、どのような手段であれば穏便に事が進むのでしょうか?」

「まだ中等部一年のエルにわしが与えられる権限は少ない。陛下から色々と許可を得たとはいえ、それはあくまでグゥエールの修理だけだ。それ以上は業務妨害となろう」

 

 そうであればグゥエールの改造を実際に学園長が許可を出せばどうなるのか。

 他の機体を弄る権利は無いがグゥエール一機であればエルネスティはまだ自由に扱える事にならないか。

 

「国から賜った幻晶騎士(シルエットナイト)を勝手に改良するのは問題じゃのう。他の貴族達に呼び出されて叱られるのは嫌だが……」

 

 少なくとも学園に出資してくれる貴族達は難色を示す。

 形式を重んじる彼らは現行機の大幅な変更を良しとしない。特にディクスゴート公爵などは、と。

 学生の単なる思い付きで幻晶騎士(シルエットナイト)の改造は()()許さない。

 国が作り上げた歴史をとても大切にしているからだ。

 

「いきなり着手するのは問題じゃな。まずは計画案を提出させ、それを上申してみる事にしよう。……それから改良という流れが一番無難かの。……許可が出なければ駄目じゃが……」

 

 そもそも幻晶騎士(シルエットナイト)は個人所有の玩具ではない。そこが問題だった。

 シズとしても今後の成り行きには興味があるが、ここは職務上の手続きが優先されると判断する。――かといって一方的に(エルネスティ)の行動を抑止する気は無かった。

 時代の変遷は小さなところから始まるものだと言われている。それが正に今ならば自分は見届けなければならない。

 

        

 

 学園長の言葉を当人に伝えるとえらくがっかりされた。

 これから面白くなってくるのに、という呟きが聞こえたが――

 

「計画案の仕様書はすぐに作成できます。……しかし、許可が降りるかどうかは未知数ですね」

「……十中八九棄却されるだろうよ」

 

 親方の無情な言葉に涙目で訴えるエルネスティ。

 大幅な改良は確かに論外だと思われるかもしれない。けれども、当の騎操士(ナイトランナー)が期待を示せば事態を覆せる確率が高まるのでは、とディートリヒが進言する。

 もちろん、判断するのはシズではないので彼女の顔色を窺っても無駄である。

 

「……それより造っちまったもんはどうすればいいんだ? これはこのまま作業して良いのか?」

「資材に戻すのは大変でしょう。機能試験という名目で完成まで続けてもらっても構わないと……。ただ、新たな創作は控えてください」

「堅苦しいな、お役所仕事ってぇやつはよ」

 

 だが、と――

 急な中止勧告が無かった分、徒労に終わる事だけは避けられた。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)達の仕事が無駄になってはやる気も出ない。

 それと学生達がこのまま好き勝手に続けていたら工房から追い出されるか、多額の賠償金を請求される等が考えられる。

 いくら国から賜った旧式の幻晶騎士(シルエットナイト)だとしても心臓部の解析は未だに一般には許可されていない。それを思えば今回は随分と穏便に済んだ方だと思わなければ。

 

「こうなれば……。お父様(セラーティ侯爵)にここに置いてある幻晶騎士(シルエットナイト)を買い取ってもらえば……」

「……アディ。それは無茶苦茶ですよ」

「だってぇ~!」

 

 アデルトルートが泣きそうな顔をしている頃、アーキッドはシズを見据えた。

 沈着冷静な鉄仮面ならばこの状況を打破できるのではないかと期待して。

 少しの間、睨むように見つめてみた。

 

「何ですか?」

「シズさんなら俺達の為に力を貸してくれるとか……。そういうのは無いんですか? 確か、貴女も工房で作業を手伝ってるんでしょう?」

「確かに私はこの工房で作業を……手伝っているわけではなく、手持ち無沙汰なだけです。それに学園からの許可も取ってありますし」

 

 途中で言い直した彼女の言葉にダーヴィドは苦笑気味に頷いた。

 無許可でここに居るわけではない。それと仕事が無い間だけの間借りのような扱いだ。

 しかし、仕事が無い分際なのに酷く偉そうな態度に時々、疑問を覚える。

 生真面目な性格だから、かもしれないけれど。

 

        

 

 エルネスティは膳は急げとばかりに許可申請書の作成に入る。それとは別にシズは彼が設計、立案した新装備を眺める。

 新しい風を入れる事に対して拒否感は無い。

 手続き上の問題も時間が解決する。後は自分の立ち位置の確認だけだ。

 エルネスティほど幻晶騎士(シルエットナイト)に対して、興味も妄執も抱いていない。それでも原住民の輪の中に入ってしまった自覚はある。

 無理に出てもメリットは感じないし、かといって率先して彼らと意気投合する気も無い。

 ――後者はシズの気持ちだが。

 今後の計画を見極める上で、必要とあれば彼らと共に歩む事がメリットとなるのか。

 追加の指令が無い今はただただ眺めることしか出来ない。

 自分はあくまで彼らの歴史を見定める事が目的であって、導く者ではない。

 教師という立場の場合はそうかもしれないが、それは学園に居る間だけの問題だ。

 彼らもいずれは卒業していく。そうなればもう他人だ。

 

(それに私が率先して歴史を突き動かせば取り返しが付かなくなる。ここは必要最低限度に留めて彼らに動かしてもらう方が得策と言える)

 

 そうでなければ自らの敵を作り、仲間達が危機に陥ってしまう。

 少なくとも至高の御方に牙を剥くような事があってはならない。

 ならば、その芽を事前に摘み取るべきか――

 そのような命令は受けていないし、おそらく至高の御方達はそれを望んでいない。

 相反する現状に対し、シズに出来る事は結局のところ傍観に徹するか、大きな流れに逸れないように舵を調節するか、だ。

 

(このパラダイム・シフトに対し、早急な対応はむしろ悪手……)

 

 新しい風を恐れているのか。

 敵が目の前に居ればなんだって怖い。それはそういう風に身体に刻まれているからだ。

 任務だからこそ耐えられる。ならばこのまま耐えればいい。

 端末のシズは僅かな時間で様々な試行錯誤を繰り返し、適切な行動へと繋げていく。

 命令を超えた自己判断は想定以上の分量になっている。それらを適切に処理しなければ不安要素ばかりが溜まってしまう。

 

(未来分岐を一気に増加させた為に許容量に負荷がかかっているようですね。……エチェバルリア君。……君は何者だ? 私に疑問を抱かせる存在は限られているが……。もし、()()()()()()()()ならば……。この先、君はどういう道を歩む? ……いえ、この話しは私がするよりは至高の御方案件としましょうか)

 

 もし、シズが想定している『敵』の条件に当てはまるのであれば――それなりの待遇を持って出迎えなければならない。

 過剰なパラダイム・シフトに反応するのは――何も現地の貴族ばかりではない。

 しかし、と――ここでシズは踏み留まり、冷静さを取り戻す。

 あまり過剰反応するのも悪手の一つ。だからこそ普段通りの対応を思い出す。

 あくまで自分達側の安否を思えばこその思索であって、この地で生活するシズ・デルタとしては行動に移すほどの案件ではなかった。

 好奇心旺盛な子供の柔軟な発想が結実しつつあるだけだ。ならば、大人としてそれを祝福しなければならない。

 シズは一つの未来線を選んだ。

 

        

 

 エルネスティは自分の熱意を込めた申請書を学園長に提出してから一週間、途方に暮れつつも作りかけの装備の調整に立ち会っていた。

 立ち入り禁止の沙汰は下されていないので工房に出入りする事は()()許されている。

 この世界の手紙のやりとりは各地の領主に届けたりするので早くて数日、遅い場合は一ヶ月経っても返事が来ない事もある。

 

「はやる気持ちは分かるが……。何ごとも地道に進めるしかないぞ」

 

 そもそも十二歳の子供じゃないか、と。

 ディートリヒが騎操士(ナイトランナー)になり、自分の幻晶騎士(シルエットナイト)を与えられるまで何年もかかっている。それを一瞬で達成する事は誰にも出来ない。

 それに彼にはまず中等部を卒業し、高等部に進学してもらわなければ――

 

「それよりも銀色坊主(エルネスティ)……。せめて試作機だけで我慢して作業に集中しろい」

「……う~」

 

 何日も食事を断っているかのようにげっそりと頬がこけた少年はのろのろと追加装備の元に向かっていく。

 規則や国家事業という大きくて分厚い壁が立ちはだかり、彼はこれを突破出来ずにいた。

 魔法には自信があっても事務手続きはまだまだ難敵が多いようだ。

 

「君はアイデアが溢れているんだな。羨ましい限りだ」

 

 可愛い後輩が悩む姿を見て、先輩としても気の毒に思えた。

 元はと言えば新装備を頼んだのは自分だし、彼が喜ぶ顔は素直に自分も嬉しいと思った。

 ――本来ならば――彼を元気付ける役として『エドガー・C・ブランシュ』が相応しいが、今は鍛錬に精を出している。

 いついかなる時でも外敵に対処できるように。

 女性騎操士(ナイトランナー)『ヘルヴィ・オーバーリ』もそんな彼の後を追うように鍛錬に付き合っていた。

 

「それに()()()()幻晶騎士(シルエットナイト)を修理できた技術があるんだから、未来はそんなに暗くないんじゃないか」

「……はい」

 

 自分の思い通りにならないと元気を無くすのはエルネスティの世代では珍しくない。そう思えば歳相応の反応とも思えて安心する。

 しかし、技術力の高さは本物なので、これを腐らせるのも勿体ないと思う。

 

「元気を無くしているエル君も可愛い」

 

 そんな彼を影から見守っていたアデルトルートはいつも通りの反応に同じく安心した。

 中等部の彼らが未曾有の危機を体験し、それぞれ未来に絶望感を味わった筈なのに今も心折れずにいられるのはディートリヒとて不思議だった。

 

「……で、坊主。動作は順調なんだが、次は筋肉だったか? 途中で話しが止まっちまったけど……」

「あ、はい。従来の結晶筋肉(クリスタルティシュー)は人間の筋肉構造を忠実に再現しています。それはつまり人間と同じように疲労し、痛んできます」

 

 ただし、材質は錬金術師達が生み出した特別な素材で本物の生物の筋肉を使用しているわけではない。

 その名の通り、糸に加工された結晶質の物質を筋肉として繋いでいる。

 伸縮性があり、魔力(マナ)を溜めておく事が出来る。

 強度的には脆く、何度も張替えが必要な消耗品となっていた。

 ――説明に入った途端にエルネスティの中で何かのスイッチが入ったようで、先ほどまでの悲壮感は掻き消えていた。

 その変わり身の早さに親方以下、多くの者達が驚いていた。

 

「仕様書や現物を調査したところ、この仕組みは百年ほど変わっていません。というか素材にばかり注目が行って応用が利いていない」

「人体を忠実に再現するのが仕事だからな」

「先にも言いましたが人体はそれ自体が欠陥品と同義です。それを長い期間忠実に再現しようとも出来上がるのはやはり欠陥品です」

 

 はっきりと告げられるとダーヴィドとしても唸るしかない。

 自分達は長年、その欠陥品を欠陥品のまま作り上げていると言われているのだから。

 より専門的な機関であれば改善するのか、と言えば制式量産機の補修もやったことがある経験から大して違いは感じられないと答える。

 サロドレアの後継機『カルダトア』もエルネスティに言わせれば欠陥品である、と。

 

        

 

 欠陥が分かっているならば改良すればいい。だが、そこには長年培ってきた経験や慣習が立ち塞がる。

 固定概念は早々に覆せないものだ。

 だが――エルネスティはそれを容易に打破できる能力がある。

 

「それで……、全く新しい素材を開発するのか? そうなれば俺達でも一から幻晶騎士(シルエットナイト)に関する知識を覚え直さなきゃならねぇ」

「素材自体は変えません。使い方を工夫してみましょう」

 

 ダーヴィドは実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に使われている結晶筋肉(クリスタルティシュー)の未使用品を用意させ、机に並べた。

 水晶にも似た透明感のある輝きを持ち、柔軟性のある糸状の素材。

 

幻晶騎士(シルエットナイト)は姿こそ人間を模倣していますが、結局のところは巨大な機械兵器です。それをどんなに頑張っても人間には出来ませんし、するべきではありません」

「何故だ? ……いや、何となくは分かるが、あえて聞こうか」

「人が操縦するものを人間そのものにしては……、なんだか気持ち悪いです。幻晶騎士(シルエットナイト)同士の試合で流血まで再現すれば……、それはもうただの残酷ショーになってしまいます。機械らしく、かつ美しく……。機能美を追求すべきだと僕は思います」

 

 子供の意見とバカに出来ないものをディートリヒは確かに感じた。

 模擬試合をすることがある。

 あちこち斬り飛ばされ、その度に親方達騎操鍛冶師(ナイトスミス)に修理させる。その時、あまりにも人体に近すぎれば気持ち悪さを感じ、必然的に騎操鍛冶師(ナイトスミス)の数が減少する事も――決して絵空事ではないような気がした。

 生々しい腕が転がる様を平然としていられるのか――

 その光景を幻視した者達は自然と寒気を覚えた。

 

「もちろん、人が操縦するものは人体に近ければ近いほど動かす時に違和感が少なくなります。その理屈は理解出来るのですが……、中身まで忠実に過ぎる必要はありません。であれば、機能美に特化し、より操作しやすく、小さな子供に憧れを抱かせる外観も大事ですよね」

 

 熱のこもったエルネスティの言葉。

 先ほどまで意気消沈していた少年とは思えない元気さだった。

 

「だからといっていきなり人間離れしてしまうと周りが怖がりますので……。それはおいおい変えていければいいと思います」

 

 その改造の許可が下りるかどうかがエルネスティにとって重要なのだが。

 少なくとも自分が乗る幻晶騎士(シルエットナイト)は支給品よりはオンリーワンの方がいい。

 いずれ一から自分で組めるようになれば遠慮はしない。

 

        

 

 説明をしつつ並べられた結晶筋肉(クリスタルティシュー)の繊維を解いていく。

 この部品は劣化すると破断する。しかし、それだと幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させる場合、脆すぎては使い物にならない。

 一定条件下では強靭さを維持している。

 どれくらいの使い方をすれば劣化するのか、しないのかは長年の研究課題となっていた。

 

「どの道、これは使い続ければ劣化します。それを恒久的に維持する事は僕にも思い浮かびませんが……。まずは今までより機能を向上させるところから始めましょう」

 

 機械に触れているエルネスティの表情はとても明るい。それほど彼にとって好ましい環境――または好きな分野だといえる。

 オルター弟妹の印象としては魔法技術の好きな少年であった。次いで幻晶騎士(シルエットナイト)だ。

 今の彼は幻晶騎士(シルエットナイト)が一番で魔法は二の次となってしまった。――いや、それが本来は正しいのかもしれない。

 エルネスティは幻晶騎士(シルエットナイト)を何よりも一番と捉えている。

 

(エル君が元気なら私は文句は無いわ)

(……俺達まだ中等部も卒業していないのに、こんなことしてていいのかな)

 

 それぞれ思うところはあるが、友人の輝く笑顔を見ていると悩みなどすぐに吹き飛んでしまった。

 そんな彼に着いて行くと決めたのだから。――それに魔法や肉体の鍛錬は今も続けている。

 

「基本としては……結晶筋肉(クリスタルティシュー)()り合わせです」

 

 繊維状の結晶筋肉(クリスタルティシュー)を目の前で束ねて縒っていく。

 ただそれだけでダーヴィドは驚いていく。

 与えられた仕様書に従って整備を続けていたせいで、気付かなかった概念を目撃したような驚きを覚える。

 だが、劣化すれば破断する繊維物質だ。そんな事をすればより強度的に脆くなるのではないかと思った。

 互いに締め付けあった繊維はそれだけで――

 

「……坊主。普通の糸じゃねぇんだから。そんなことすればより壊れ易くなるんじゃねぇか?」

「それは実際に試して確認しましょう。僕の知る限り、結晶筋肉(クリスタルティシュー)を縒って使用した事は無い筈です」

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)に関する教科書の内容は既に熟読済みだ。その中で結晶筋肉(クリスタルティシュー)の使用に関しても当然頭に入っている。

 まずは複数本を縒るだけ。

 

「編み込みに関しては服飾学科で色々確認してこないといけませんが……。まずはこれからですね」

「文句は結果を見てからだな」

 

 不安は残るが今までやってこなかったのも事実。

 いや、過去に失敗したからこそやらなかった、とも言える。――などなど文句を呟きつつ試験用の機材に装着を命令する。

 実際に幻晶騎士(シルエットナイト)に装着させるのは手間なので各部位だけの動作用機械というものがあり、それに装着する。

 

        

 

 言葉としては簡単だが、各部品の装着は素人に簡単にできるようなものではない。しかし、幻晶騎士(シルエットナイト)愛に溢れるエルネスティにとっては苦も無い作業――というよりは自分でも(おこな)いたいと思うほど。

 出来上がった機体を操作するのと同じくらい騎操鍛冶師(ナイトスミス)の作業にも魅力を感じていた。

 そんな彼の()()()を感じたダーヴィドは事前に作らせていたエルネスティ専用の作業着を渡す。

 

「おおっ!」

「遅くなっちまったが陛下からの賜りものだ。替えの事は気にしなくていいがケガには気をつけろよ。お前さんの替えは無いんだからな」

「はい!」

 

 より一層瞳が輝く彼の表情が(まぶ)しすぎて思わず手を(かざ)親方(ダーヴィド)

 彼の元気な返事にいつもは厳つい表情が緩む。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の改良、整備の全権を任されている立場とはいえ新しい風を否定する気持ちは無い。むしろ大歓迎なのだが――いざ実際に現われると二の足を踏む。

 否定の言葉ばかり出てくる自分の態度に腹が立つのだが、やはりエルネスティの提案はとても魅力的で今までの鬱憤が晴れるような気持ちにさせてくれる。

 それでも自分の常識が抵抗するのは怖いから、だと思う。

 

(今まで誰も成し遂げられなかった新しい幻晶騎士(シルエットナイト)の概念だ。それをすんなり受け止められる奴ぁ居ない)

 

 見たことが無い技術は特に。

 騎操鍛冶師(ナイトスミス)は基本的に整備が主で改良は国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)の領分だった。

 学生である自分達自身が率先して改良に取り組む事は――本来ならばありえない事態だ。

 

(かといって秘密裏に事を進めるのは怖い。……なにせ国家事業に匹敵するからな)

 

 国王陛下直々の言葉でも無い限り、学生の領分を越える仕事はしないものだ。

 それが常識であり当たり前の事だった。

 新しい作業着に袖を通したエルネスティに道具を渡せば目を見張る動きを見せてくれた。

 前々からグゥエールの修理をしていたから――とて手馴れた道具の使い方にもまた驚かされる。

 彼はまだ十二歳の子供の筈だ。いくら学業で優秀でも身体まではついて行けないのではないか、と思っていた。

 

「同年代の学生でもすぐにそこまでの動きは取れねぇはずだ。……銀色坊主(エルネスティ)の家には道具も揃っているのか?」

 

 ライヒアラ騎操士学園の理事長の孫でもある。それくらいの施設は自前で持っているのかもしれない、と思わせる。

 父親(マティアス)騎操士(ナイトランナー)の教官であることも有名だ。

 

「本はたくさんありますが……、道具はバトソンの家で扱う程度ですよ」

「それにしては随分と手馴れていると思ってな」

 

 周りの環境に恵まれているのは理解した。しかし、それでも彼の年齢からすればもっと他に楽しみがあったりするものではないのか、と。

 鉄錆の匂いが充満する汚い現場を嫌がるどころか歓喜している。

 見た目にも上品そうな姿なのに汚れる事も(いと)わない姿勢はこちらが申し訳ないと思うほどだ。

 

        

 

 まず基本の結晶筋肉(クリスタルティシュー)と縒っただけの結晶筋肉(クリスタルティシュー)を並べる。

 見た目には形が違うだけだ。――これを実際に試験用の機材に装着させて動作確認に入る。

 通常の結晶筋肉(クリスタルティシュー)は人間の筋肉と同様の伸縮動作を見せる。だからこそ適度に動かせば動きが馴染んでくるし、使いすぎれば疲労してくる。

 幻晶騎士(シルエットナイト)の筋肉は動きの補佐だけではなく、魔力(マナ)の蓄積も担っている。

 より多く使用すればするほど魔力貯蓄量(マナ・プール)を増やす事が出来る。反面――重量が嵩み、動作が遅くなる。

 

「普通の動作は見飽きるくらい見て来たが……。次はどうだ?」

 

 単に寄り合わせただけの結晶筋肉(クリスタルティシュー)――エルネスティは暫定的に綱型(ストランド・タイプ)と名付けた。

 早速取り付けて動作確認に入る。

 通常では聞こえない軋み音が響く――そして、それは次第に静かになる。

 

「……う~ん。伸縮に問題は無いな。互いに締め付けあって潰し合うこともねぇ。……どうなってやがる?」

 

 見た目には強引な伸縮に悲鳴を上げているように見える。けれども決して切れず。――戻る時に収縮が起きない、という現象は確認されなかった。

 ある程度の伸縮性があるからこそ筋肉足りえるわけだから、これはすなわち成功と言えるのではないか。

 

「最初は簡単な物からですから。ここから改良していくんですよ」

 

 想定していたよりも動作に問題がなかった事にエルネスティは内心では安堵していた。

 新しい概念というものは簡単に通用できそうで出来ない。

 成功と失敗はどうしても必要だから。

 今回が成功したからといって安心はしない。次はよりよくする方法の模索だ。

 

「強度は申し分ないかも知れねぇが……。量が増えるってことはそれだけ重くなるもんだ」

「はい。それと持続力でしょうか」

 

 普通の筋肉とは違う構造なので下手をすれば前よりも早く痛んでしまうおそれがある。それを確認する方法はひたすら動かし続ける事だ。

 部品の確認作業は一日では出来ない。

 

(確かに強度が上がれば幻晶騎士(シルエットナイト)はより強い力が出せる。……問題はそれがいつまで持続するか、だが……。改良次第ではカルダトアを超えるかもな)

 

 たかが筋肉の改良だけで現行の制式量産機を凌ぐ――

 それはとんでもないことではないのか、とダーヴィドは薄っすらと思い、寒気を感じた。

 自分は今、何を作ったんだ、と。

 

(……ちょっと待て。たかが筋肉の張替えだぞ? それがどうしてこうも簡単に筋力増加に繋がったんだ?)

 

 今まで整備に携わってきた騎操鍛冶師(ナイトスミス)としておおいに疑問を抱かせた。

 一割増強とて簡単ではない。

 

(これを全身に採用すれば……。……その前に伸縮の耐久性が残っていたな)

 

 もし、耐久力も大幅に増えれば旧型機が新型よりも高性能になってしまう事態もありえるかもしれない、と思った。

 それはつまり歴史が変わる、という意味にならないか、と。

 もちろん、この試験が成功であるならば制式量産機のカルダトアに採用すれば更なる発展が見込める。

 

        

 

 何日か動作試験を行いつつ綱型(ストランド・タイプ)の改良も平行して(おこな)っていく。

 一週間後に出て来た数値は目を見張るものがあった。

 耐久力は数倍に跳ね上がり、筋力も現行の倍近く――

 

「……ただ、重さはまだ解決してねぇけどな」

「速度はどうしても犠牲になりますね」

 

 本来はグゥエールの改造()()だったのが幻晶騎士(シルエットナイト)全体の改良計画に()げ変わってしまった。

 ――一応、監督役のダーヴィドが責任を持って管理しているので、エルネスティの行動が大幅に逸脱する場面は起きていない。――今は、と付くかも知れないが――

 熱心に研究するエルネスティの様子を毎日のように見ていたオルター弟妹とバトソンも離れたところから眺めていたが、帰宅時間が来るまでは暇になっていた。

 自分達も手伝えればいいのだが、エルネスティとは違い幻晶騎士(シルエットナイト)の製作までは興味を持っていなかった。

 彼らの他に現われるシズは自分の作業に集中しているのか、エルネスティの話しに関わる事は無かった。

 アーキッド達はそんな彼女の下に行き、どんな事をしているのか観察してみた。

 基本的に他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)の手伝いと謎のオブジェを作っているくらいで、幻晶騎士(シルエットナイト)の整備や製作には携わっていないようだった。

 大きな工具を使ったかと思えば、細々とした作業に一時間集中し続けていたりする。

 見ている分には気になるような事は無かった。

 

「シズさんは普段から()()なのか?」

 

 近くを歩いていたドワーフ族の騎操鍛冶師(ナイトスミス)に尋ねた。

 毎日ではないけれど、という前置きから始まり、シズは工房で地味な作業に没頭している事が多い、という意見ばかり聞こえてきた。

 声をかければ手伝ってくれるので誰も寄せ付けない事はないという。

 謎のオブジェに関しては本人も適当に作っているので分かりません、と言っていた。

 ここ数日、シズはエルネスティ達の行動の邪魔をするようなことも小言も(おこな)っていない。最初こそはあれこれ妨害行為でも起こすのでは、と思われていた。

 規則に煩く、堅苦しいイメージを持たれる彼女だが何でもかんでも反対する人間ではない。

 アーキッドがエルネスティに近付き、シズについて尋ねてみた。

 

「手続き以降、何も言われていませんよ。出入りについても、改良案や作業の手伝いに関しても特に……」

「不敵に笑っていたのが気になったからさ」

「……規則を守る限りにおいてシズさんが僕の妨害をする理由が分かりません。彼女の行動に僕は何か関係しているんですか?」

 

 ダーヴィドと相談する事に関してもシズは口を挟んだり咎めてくるような事は無かった。――それを気にして尋ねることもしなかったけれど。

 あまりに大人しいので作業に集中すると存在を――本当に――忘れてしまうほどだ。

 

(それに僕がシズさんを気にする理由も分かりません。彼女は僕の担当でも教師でもないのですから)

 

 それともアーキッド達はシズと対話する事を望んでいるのかな、と思わないでもない。

 だからといって彼女に聞きたい事があっただろうか、とエルネスティは――一応疑問を抱いてみる。

 齢十二の歳だからか、異性にあまり興味を持たない。というよりは幻晶騎士(シルエットナイト)で頭の中はいっぱいだった。

 

        

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)のことばかり考えるエルネスティも――多少は空気が読める。だからシズと対話が必要なのではないかと思わないでもなかった。

 ――主にアーキッド達がそれ(会話)を望んでいるようだったので。

 かといって彼女と話すネタがすぐに浮かぶわけもなく――

 自分には幻晶騎士(シルエットナイト)の事柄しか無いに等しい。その上で彼女に質問などをすればいいのか、と疑問に思う。

 

(これはどうなっているのですか、と()()()()()()聞いてみた方がいいのでしょうか。それとも他に……。……まあ、無い事もないですけど……)

 

 顎に手を当てて唸るエルネスティ。

 シズは自分の作業に集中しているし、本当は邪魔したくなかった。

 毎日居るわけではなく、気が付いた範囲では本当に暇つぶし程度で去っていく。

 何か目的でもあるのかと勘ぐった事もあるけれど、挨拶以外で話しかけられる事は無かった。

 

(……無理に話しかけるのも悪いですし、ここは自分の作業に集中させてもらいますよ。キッド。アディ)

 

 それでも友人達の期待の視線が気になるので、話題が出来た時に話しかけてみることも吝かではない、とだけ思う事にした。

 今は結晶筋肉(クリスタルティシュー)の実働試験で忙しいので。

 筋肉と呼ばれるだけあって柔軟性に富んだ素材は今のところ急な破断を起こさずに動作に耐えている。

 耐久力などの目算は今までの倍程度――

 

(今は強靭な耐久ですが……、その反動もまた大きいはずです。やはり素材についても考えなければなりませんね。このままだと……)

 

 幻晶騎士(シルエットナイト)は部品一つで成り立っているわけではない。

 一つが改良されれば他もそれ相応に変えていかなければ無理が生じる。

 見ている分だと金属内格(インナースケルトン)の強度が怪しい。

 

「このままだと筋肉は破断しなくとも骨格はヤバそうですね」

「そうか? このままだとぶっ壊れちまうか。しかしこいつも強度を上げようとすれば重くなるし、加工の手間も増える」

 

 今以上となると国機研(ラボ)の協力も視野に入れる事になる。

 ダーヴィドとしては工房で作業している騎操鍛冶師(ナイトスミス)達だけでやり遂げたいと思っていた。

 少なくとも自分達で幻晶騎士(シルエットナイト)を造っている責任や意地などがあったからだ。急なよそ者は銀色坊主(エルネスティ)達だけでたくさんだ、と。

 

        

 

 次の日に(ようや)くにして幻晶騎士(シルエットナイト)の改造許可申請書に対する返事が王都から届いた。

 重々しく――国王の印が押された――赤い封蝋を施され、丸められた羊皮紙を使者が携えてきた。

 学園長であるラウリと国王は旧知の仲――ということで手続き上の障害となる何重にも立ちはだかる役人や貴族のいくつかを素通りし、()()直接当人に渡ったからこそ短い期間で返事が返ってきたといえる。

 そうでなければ十二歳の子供の申請書は()()門前払いとなっていてもおかしくない。

 使者は申請書を書き上げた当人――エルネスティを一瞥して顔を顰めたが仕事なので平静を装った。ここはお役所仕事としての厳格な体制に身体が動いたようだ。

 当人である事を確認した後で目の前で封蝋を破壊する。

 中身は読み上げず、ただ事務的にエルネスティに羊皮紙を渡した後は一礼して去って行った。

 彼の仕事は現場の意見を聞くことではない、という意思表示なのかもしれないので誰も質問の声は上げなかった。

 早速、書面を確認するエルネスティと中身を見ようと覗き込むアデルトルート。アーキッドは弾き飛ばされた。

 

「え~と……。幻晶騎士(シルエットナイト)の改造は当初の計画通り、グゥエールのみに限定する」

え~! ということは一機だけ~!? ケチ臭~い」

 

 アデルトルートの文句を聞き流しつつエルネスティは更に文章を周りに聞こえるように読み上げる。――彼らに聞かせる義務は無いのだが、使者が去った以上は聞かせてもいいという意味に捉えた。

 それほどこの羊皮紙に重要性は無く、ただ国王からの返事だけが記されているという事だ。

 

「さすがに全機刷新は不味いですよね。それと予算的にも……。これは国王陛下にとっても妥協出来る折衷案というものかもしれません」

 

 というよりは今以上に幻晶騎士(シルエットナイト)を弄り回せば結局全機を刷新してしまう可能性がある、と危惧されたも同然だ。

 改造に関して当初言われていた国立騎操開発研究工房(シルエットナイトラボラトリ)への協力も口添えされていたようなので、後で確認に行ってみる事にする。

 改造費用はタダではない。一機分とて結構な額が動く。それを十二歳の子供の為に許可するのだから無理を言ってはいけないと流石のエルネスティでも察する。

 

(家族に幻晶騎士(シルエットナイト)をもっと改造したいのでお金を下さい、と言えるわけもなく……)

 

 でも、結果を示せばある程度の額が国から出るかもしれない。

 書面ではあるけれど期待している、と記されていたので応えないわけにはいかない。

 とにかく作業を止める必要が無くなった。なので次にする事は人材の確保など――

 他の騎操鍛冶師(ナイトスミス)との兼ね合いも忘れてはいない。

 学園長経由にて国機研(ラボ)に様々な要望書を提出しておく。――返事が遅いのは覚悟の上だ。

 

        

 

 それぞれが活気付く頃、シズは事態の進展について様々な計画を修正していく。

 自分の()()()()()と新たな目的は今のところ衝突する確率が低い。

 個人的にもエルネスティの行動を止める理由は無く、教師と先輩の立場としては温かく見守るのが適切な解答だと判断していた。しかし、代わりに警戒度が上がっていく。

 それを脅威と捉えるか、ただ単に急激な変化を危惧してのものかは判断できない。――いや、それ(脅威への判断)はしてはいけないと思った。

 

(時代の変革というものは急に現われるものなのですね。……その点では自分達も同様と言えなくはないのですが……。御方達の命令が無い行動判断は難しいですね)

 

 天上の世界は平静そのもの。

 地上世界と違い、敵対者の存在が殆ど無い。シズが思っている平和の姿が体現されている。

 地球への帰還に関して、任務である事以外にかの星に愛着は湧かない。けれども、そこへ至る仕事には誇りを持って接している。

 

 そういう命令を受けているから。

 

 命令を受けていない場合は次まで待機。それが長い時を歩む自分達の本来の姿だ。

 多くのシズ・デルタ達が天上世界の整備と改良に人生を捧げてきたように地上世界でも同じ事が出来るかと言えば――それは本来ならば――無理な話しだ。

 

(かの方達が目覚めるまでの間、今のまま目立たない行動が出来るのか。それとも……、ある程度の裁量権を行使しても良いものなのか……。……全く。性急過ぎる変化というものは行動に支障ばかり(もたら)しますね)

 

 五年前も十年前も変化に乏しかった世の中が一つの『特異点』によって様変わりする。

 それを目撃する自分は幸運なのか、それとも――

 シズは僅かな思索から現実に思考を戻す。

 目の前にあるのは誰が見ても理解出来ない形の謎のオブジェ。

 これは乱雑なボルトの挿入による力が加わる変動を確認する為の造形物。

 ボルトを増やせば増やすほど物体に掛かる力の配分は計算し難くなる。――これは『複雑系』と呼ばれるものの一例で、特別なものではない。

 素材毎に値は変動する。それを一つずつシズは確認している。しかし、今のところ利用価値については考えていない。

 地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)でも出来なくはないが、重力の関係上、地上世界での作業が必要だっただけ。

 この修正値は将来の役に立つ筈だと言われている。――実際のところは暇つぶしの演出も兼ねている。

 工房で(おこな)うのは本拠地での活動を出来るだけ少なくする狙いがある。厳格に守らなければならないほどの事ではないけれど、外敵に対する備えは怠れない。

 

 


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