#011 国王問答
ライヒアラ騎操士学園の学生による野外合宿で起きた一連の騒動を暫定的に『魔獣襲来事変』として記録される事になった。
連続する不可解な事象に対し、少なくない犠牲と崩壊した『バルゲリー砦』を除けば学生達の被害の少なさは奇跡としか言いようのないものであった。
その中で全長百メートルにも及ぶ師団級魔獣『
本来ならば王都『カンカネン』の中央に位置する『シュレベール城』に招待するところだが、事情が事情なだけに――可愛い学生たちが心に傷を持ち、未来を閉ざしてはいけないという事で元気付ける意味での訪問であった。
多くの護衛に囲まれつつ――物々しい雰囲気のまま騎操士学園の来客室にて国王は事件の当事者たちの来訪を待った。
――それと昔なじみの顔を見る為に。
「……それでラウリよ。かの者達は不登校に陥ってはいないだろうな?」
学園長『ラウリ・エチェバルリア』とは旧知の仲――
それでも相手の立場が上なのでラウリは緊張しっ放しだった。
「我が孫共々、変わりなく……」
「聞くところによれば多くの学生をいちはやく避難させたと聞く。……一人やんちゃ坊主が居たそうだが……。それはまあよい。危機迫る状況で最善を尽くそうとした者を責める気はない」
「ありがたき幸せに存じます、陛下」
形式ばった挨拶を交わしつつ、国王はまだ来ないかな、と暇をもてあましていた。
事前に通告していなかったので相手方の用意に時間がかかるのは仕方が無い。しかし、それでも自分はどうも我慢が出来ない性質らしい、と苦笑する。
★
国王の呼集に馳せ参じたのは『エドガー・C・ブランシュ』以下の学生
それぞれ横一列に並び、片膝を付く。
「こんな部屋で堅苦しい挨拶も無かろう。それぞれ楽にしてよい」
「はっ」
椅子に座ったままアンブロシウスは一人ひとりの顔を確認していく。その中でやはり銀髪の少年がよく目立つ。
歳はまだ十二と聞く。それほどの若さで死地に臨むのは酷であったろうに、と思いつつも唸るにとどめる。
「小型魔獣から学生を防りし者達か……。そなたらの冷静な対応で多くの者達が救われた。……という堅苦しい事は抜きにしようか。現地で見かけた謎の魔獣について、それはどれ程奇妙な存在であった?」
国王の問いに対し、エドガーが代表して答えた。
見たままを出来るだけ詳しく――
強さについての補足は『ディートヒリ・クーニッツ』が――
「……ふむ。触手を持つ球体型の魔獣か……。今までそのような魔獣の報告は受けておらんな。とすれば新種か……。知性が高く、
大きさは決闘級。それゆえに油断し易いかもしれん、と国王は続ける。
現時点でその新種の魔獣に対する対処方法は無く、発見から数日経っているが新たな発見例は未だに無し。
それもまた不可解な気がする、とアンブロシウスは思った。
「では、次だ。わしは興味がある事にはとことん遠慮しない。だからお主達も変に遠慮せずとも良いからの」
「はぁ……」
てっきり何かしらの恩賞をもらえる
それぞれの心中では色々と雲行きが怪しいなと感じつつ――
報告書は国王の下にも届いている。けれどもやはり現場の声を直接聞く方が真実味があって良い、とアンブロシウスは満足げであった。
彼らの反応を見るのもまた楽しみであったので。
「次は嫌な話しになるかもしれんが……。あの
「はい」
一同に緊張が走る。
自身に植え付けられた
既に退路は断たれている。それはエルネスティにもいえること。
「一度は姿を消した
学生達だけではなく騎士団の多くが目撃している。
しかし、それを直接見ていない者からすれば何を言っているんだ、と疑念を抱かれる。
詳細に説明しようともアンブロシウスですら納得できない事柄だ。
更には地面に激突する寸前に勢いが殺された。その原因も不明――
国王としてはとても気になって仕方が無い。
この現象が――、詳細がとても知りたい。
学生達に尋ねるのは堅苦しい大人よりも柔軟な発想力を持つ若者の方が新たな発見が得られると思ったからだ。
大人は何かしら
そうさな、と呟きつつ――やはり一番興味を引くのは最年少者――いや、最も歳若く見える少年エチェバルリアに聞こうかな、と。
そう考えたが、それはそれで酷かなとも思う。
「誰ぞ説明出来る者は?」
「……おそれながら」
暫定的に彼らのリーダー役を務めるエドガーが周りの様子をうかがった後、代表して言った。
「誰に聞いても答えは一緒……。それでも、でございますか?」
「……それではつまらんのう。その言い方だと口裏合わせしてわしに詳細を教えない、とも取れるぞ」
それでも無理に聞き出そうと考えているのだから警戒されても仕方が無いか、とも思える。しかし、国王ではあるが、ここでは一人の好奇心旺盛なジジィが一人居るだけだ。遠慮は無用、と伝えた筈なのだが――
うむ、と一つ頷いたアンブロシウスは他の者に顔を向ける。
それぞれ緊張の為か、顔が笑っていない。それと何も言いたくない、という雰囲気を醸し出している。
それはつまり相当怖い思いをした、という証明でもある。
「では、わしが指名しよう。そこの者……」
当初から狙っていたラウリの孫に人差し指を突きつける。
姿勢良く臣下の礼を取っていたエルネスティが一瞬だけ身体を硬直させる。
「……あえて聞くが……。まずは名はなんと申す?」
堅苦しい挨拶を抜きにしたため、エドガー達の挨拶を省いたが取っ掛かりが必要だと判断し、尋ねてみた。これに応えられないようでは何を聞いても無駄だと判断する事にした。
それにしても誰もまともに答えてくれないのは実に面白くない。
少しずつ苛立ちが募るアンブロシウスだった。
★
国王からの指名に対し、エルネスティは淡々と明瞭な発声にて自分の名を告げた。
その堂々とした振る舞いに国王は驚き、そして満足する。
年齢から考えればなかなか出来ない事と同時に胴にいった物言いは気持ちがいい。
「では、エルネスティよ。お前の主観で述べよ。あの
「僕の目にはそう見えました」
「わしが聞きたいのは……、知りたいのは空から降ってきた、という表現に間違いが無いのか、ということだ」
「観察したわけではありませんが……。それでも構いませんか、陛下」
「よい。許す。他の者も余計な茶々は入れるでないぞ」
発言の真偽にいちいち横から嘘だ、信じられん、世迷言を、とか言われるのは正直に言って邪魔でしかない。
相手に好きに発言させよ、と思いはするが国王としては安易にそれも許せないのがもどかしかった。
好きに発言せよ――この言葉もあまり役に立たないと思っていた。
「では、僭越ながら……。
物怖じしないエルネスティの言葉に国王は少し驚いた。
こちらがちょっと手を差し出しただけで彼は見事に応えてくれた。では、更に期待してしまうではないか、と。
「もしかして
発言を続けるエルネスティに対し、ラウリが国王が喋ろうとしたのを邪魔するな、と一言告げるものを――国王が――手で制し、発言を続けさせた。
そう、降って来たのではなく飛んだ、という表現ではないのが気になっていた。
自分の目で直接見たわけではないが、曖昧な表現では面白くない。
「
「では、降ってきた、として。どこから、というのが気になるところ。……では、どのくらいの高さから降ってきた? 何か基準になる建物は無かったのか? あるいは山とか」
「見晴らしの良い空しかありませんでしたし……。相対距離を測るほどの余裕はありませんでした。単なる主観で良いなら……およそ三千メートル、またはそれ以上かと思われます」
周りの従者達が驚きで唸るのを無視しつつ――ただし、と人差し指を立ててエルネスティは続ける。
自分が見たのは既に地表に近い位置だった、と。
「落下に余裕があったのは空気抵抗を受けていたから。それと現場を暗くするほどなので小石ではありえません」
「なるほど。続けよ」
「はっ。高高度からの落下は我々が思っているほど速くはありません。しかし、遅くもありません。あの時は咄嗟の事で混乱しておりましたが……。全ては思い込みによる錯覚が伝播し、より錯綜してしまいました」
落下物が
では、それ以外だったら対処出来たのか、と聞きたくなる。
「けれども、僕は……巨大質量の落下に捉われて取り乱してしまいました。百メートル級の岩石が地表に激突すればどうなるか……。落ちる場所にもよりますが、一番の問題はどの程度の高さから落ちてきたのか、知る術が無かった……」
もし、想定より低い位置からなら大地震、とまではいかないが森の地形が変わる程度で済んだかもしれない。しかし、成層圏――あるのかは未確認だが――からの落下であれば事態はより深刻になる。
それは質量に落下する時にかかる速度が加わるためだ。更に空気抵抗によって位置エネルギーが熱として溜め込まれ、周りへの被害がより増してしまう。
高高度であればあるほど運動エネルギーは増大する。それは単なる魔獣程度の大きさであっても――いや、一定以上の大きさを持っていればより深刻さが増す。
例えば小型魔獣『
それと細い尖塔くらいはへし折れるかもしれない。
小石程度であればいくつかの部屋を貫通するだけで終わる事も――
では、それが逆に大きく、また強固な存在であったなら――城は果たして形を保てていられるのか――
「遅く見えていても加わる運動量如何によれば結局のところ被害は甚大……。軽く見てはいけないと判断いたしました」
聞けば聞くほど現実味が無い。それはエルネスティが悪いわけではない。
実際に落下してもらって辺りに甚大な被害を被ってもらわないと自分はおそらく信じない。――自分だけではない、と訂正する。
未然に防がなければどうなるか、知った、または感じた人間が目の前に居る。
それを嘲笑できるのか――
「落下の速度を風の魔法で軽減すれば良かろう。少なくとも激突による被害はもう少し減らせた筈だ」
「お言葉ですが、陛下。下に向かって加速度が加わった大きな質量を単なる魔法で軽減できるほど魔法は万能でも強固でもありません」
その前に落下エネルギーに巻き込まれて支えているどころではありませんが、と付け加える。
本気で落下エネルギーをどうにかする場合は膨大な
魔法には自信のあるエルネスティでもそこまでの規模の魔法は扱えない。オルター
更に
「現場に居た全員の死亡は確定です。その上でなら……遠く離れた王都くらいは守れたかもしれません」
王都以外にも都市があり、各地で魔獣の侵攻を見張っている砦がある。
少なくとも多大な犠牲は出てしまう、とエルネスティは言った。
★
けれども、そこにはそういう事前情報がある、という前提が無ければならない。
強固な身体を維持する『
その想定で考えれば安易な希望的観測でやり過ごす事など、誰が出来るというのか。
「それに僕達の居る現場に絶対に落ちる、という保証はありません。……そこは今でも疑問であり不可解な点ではあります」
高高度からの落下物は様々な影響を受けやすく、また目的の場所に絶対に落ちる保証は――意図的でもないかぎり――無い。
場合によればエルネスティ達は指をくわえて見ているしか出来なかった。
「それはそうだろう。……しかし、最後は止まったのだろう? それとも
「……分かりません。見ていた自分の見解でも未知の現象としか……」
この言葉に他の者も首肯する。
報告書を作成した騎士団も原因不明と答えている。
「では、嫌な話しはそろそろやめにしようか。最後にもう一つだけ……。
「目算で……十分程度……。巨大な質量は様々な抵抗を受けますので……」
それだけの時間が掛かる位置から落ちてきた。
では、そこまでかかる場所を
「その短時間で……お主は
責めるつもりは無い、という意味で微笑みかけた。――正直、絶望的な状況であった話しが続いたので。
聞けば聞くほど空恐ろしい状況であったとアンブロシウスも認めるしかない。
エルネスティの顔がそれを物語っていた。――今にも泣きそうな顔に見えたのは可愛らしい童顔だったからかもしれないけれど。
「その時は……もう無我夢中で……。無抵抗にやられたくなかったので一矢報いる何らかの突撃でもしようとしていたのかも」
「具体的な計画は無しか……。僅かな時間を考えれば仕方が無いかもしれない。だが、それでも抗おうとする意思は働いたのだな」
苦笑するエルネスティ。
ようやく凝り固まった時間が氷解したような気分になってきた。
今だからこそ聞ける事もあるのではないかと思い、説明を続けさせる。
彼ばかり質問しても仕方が無いと気付いた国王は他の者にも意見を述べる機会を与える。
★
結果としてエルネスティ以外は何も出来なかったと口を揃える事態になった。
混乱する現場でいち早く動いたのはエルネスティただ一人、というのは些か残念な結果だ。
しかし、実はもう一人、自由に動いて居た者が居たのだが国王はその事には触れなかった。
「早い話しが
落下時に起きるのは暴風並みの衝撃波と地震だけではない。
土砂が巻き上げられたり、近くに居る者を焼き殺してしまうほどの高温を発生させたりと様々だ。
巻き上げられた粉塵によって辺りに陽が当たらなくなり、気温低下が起きたり――
とにかく、エルネスティはどれか一つでも被害を相殺できれば後はどうでも良かった。
「それにはお主が落下予想地点まで行かねばならんのだろう? 何処に落ちるか分かっていたのか?」
「運よく僕らの近くに落ちると騎士団の方々から教えていただきました」
本当に
もし、もう少し遠くであれば黙って見過ごす。いや、結果は同じだと結論が出ている今はどんな可能性も無意味だが。
「結局徒労に終わったエルネスティ以下は無能であるとわしが言えば決着は付くのか?」
「……それはおそらく事実でございますれば……。言い訳も出来ません」
エルネスティが
それぞれ心中に色々な思いを秘めているのかもしれないが、それを責める為に来たわけではない。
「うぬぼれもそこまで行けば大したものよの。騎士団でも何も出来なかったものがお主ら学生如きに事態の打開など求めておらぬわ。しかし、エルネスティよ。その歳で命を捨てようと考えていたのであればわしは悲しいぞ」
「おそれながら。僕は命を粗末にしたいと思った事はありません。……
心外だ、とばかりに反論する銀髪の少年の輝く瞳。
そこには人生を諦めた色は微塵も映ってはいなかった。
「ですが、陛下の言う通りでもあります。言い訳をあえて致しますが……」
「うむ。続けよ」
「あの現場で逃げ出せば僕は一生後悔すると思いました。
残念ながら手持ちに真っ当な武器がありませんでした、と小さくつぶやくエルネスティ。
捲し立てるように言い放つ小さな子供の言動に横で控えていたラウリは先ほどから汗を拭ってばかり――
しかし、国王は興味深そうに話しに聞き耳を立てている。
(武器があれば打開出来たと申したか。それはそれで真理よの)
その武器が無いから諦めた、わけではなく最後まで知恵を絞り、抗おうとした。
剣と魔法で無理なら可能な武器を用意するしかない。確かにその通りだ。
手持ちにある物だけで何とかしろ、というのは国王とて無茶だと思う。
★
打開に必要な武器も無く、最後まで残っていた彼らはどんな思いだったのだろうか、と。
アンブロシウスは改めてエドガー達を見据えた。
しかし、それでも思ってしまう。
最後に
「そういえば……。結局
「分かりません。僕は視界の効かない
他の者も総じて首を横に振った。
誰も原因が分からないという。
そんな事がありえるのか、とアンブロシウスは疑問に思うが、本当に知らないのであれば致し方ない。
「今でも分からないのか? 検討もつかないものか?」
「はい。僕の知識ではあの大質量を地表スレスレで止めるような武器にも魔法にも心当たりがありません。荒唐無稽でいいのでしたら……。相当数の
「そうなのか? では、逆の見方ではどうだ? 例えば……下から支えるのではなく、上から引っ張るとか」
発想の転換、とエルネスティは思った。
国王の言葉も荒唐無稽だ、とエドガー達や『アーキッド・オルター』も声に出して言いそうになった。
「陛下。高高度から落下する巨大質量の上にどうやって飛び乗るのです? 事前に把握していたとしても、かの質量にまとわれている運動エネルギー……、風圧は強固な結界に等しいものですよ」
仮にその風圧に穴でも空けて侵入したとしても――それすらも掻い潜る方法があったとしても取り付く事は難しい。
それと地表に近い場合は質量の温度も相当高くなっているはずなので
「知恵の回る子供は空恐ろしいな。しかし、大変に興味深い。……だが、そなたが言うように不可能だと言うのであれば可能性の方は何も出てこんのか?」
「僕はわりと現実主義なもので……」
魔法は本来は非現実的な概念だ。しかし、この世界では現実の概念として定着している。それでも荒唐無稽だと言えるものが世の中には存在している、と思っている。
ただ、それらはまだ未発見であったり、未検証なだけでいずれは既知となるかもしれない。
「では、あえて言わせて頂きます。陛下がお望みの可能性というものは、そういうものがある、というだけで僕らは知りえません。それが真理です、きっと……」
「そうか」
「それこそ、そういう事が出来る魔法でも誰かが開発して使った、のであれば……。そうとしか言えません。出来る出来ないで言えば……、僕らには出来なかった。でも、誰かには出来る方法があった……または方法を持っていた」
それ以外で説明する事はエルネスティには出来ない。
自分達には不可能で、それを可能にする方法はこれから模索するところである。
しかし、別方向では既に可能となっている方法があり、今回の事件を解決した、というのであれば国王が質問する相手はエルネスティではない。
可能であると言える何者か、だ。
★
国王は一連の説明を聞き終えて至極満足していた。
一番現場に近い位置に居て死を経験したというエルネスティ。それがこれだけ饒舌に喋れるのだから、もはや何も問題は無いと判断する事にした。
心の傷も勲章として受け止め、前に進む意志があるのであればそれはそれで結構な事だ。
他の者は助かって良かった程度の認識なのかもしれないが――
――ラウリへの義理はこれで果たしたと判断し、次は各人への報奨の話しに移る事にする。
休日が欲しいもの。金銭。出来るだけ叶えてやりたいが、それぞれ何を言ってくるのか怖くもあり、期待に胸が躍ってしまう。
「俺は何も出来なかったので、報奨をもらう資格はありません。陛下のお言葉だけで満足です」
「私は自分の
「解体研究については国秘の部分があるが……。エルネスティが望めば
他の者も似たり寄ったりだったが、平穏を今は欲しているようだった。ならば無理に余計な要望を出させる事はないと判断する事にする。
とはいえ――
エルネスティ以外は現場の状況をろくに説明できなかったのは残念に思う。それとも思考が凝り固まった者達ばかりだから、か。
柔軟な発想力を持つ者がもう少し多ければいいのに、とアンブロシウスは小さく溜息をつく。
「おっと、忘れるところだった。エルネスティよ。そなたが壊した
「はっ」
「……ついでに可能性を追求してみるのもよかろう。わしにここまで説明出来たのだから、それ相応の実力も見てみたいものよの。口だけ達者な
子供相手にここまで言うのは単に興味を覚えたから――
いや――自分でも良く分からないが、とアンブロシウスは言葉を続ける。
充分な復習を持って受け答えに望んだのかもしれないが、少なくも
――では、充分な時間を与えていれば今回の被害は食い止められたのか――
それはおそらく無理だったに違いない。本人も言っているように地上からではどうしようもない、と――
これ以上は『皆のために何故、死ななかったのか』と責める言葉が出て来てしまう。それではここに来た理由が真逆になって本末転倒だ。
彼らを労いに来たのだ。今以上にがっかりさせる為ではない。
★
齢十二の小さな子供に国の命運を預けるのはきっと愚王だ。
さすがにそこまでの
この小さな存在が大きなことを成し遂げてくれそうな雰囲気をアンブロシウスに感じさせたのだから。
だが、それにはまず
興味があるだけの理由で
「もちろんです! ……しかし、自分はまだ学生ゆえ……。陛下の期待に応えるのは当分先になります」
はっきりと言い切る顔に少し
実に将来が楽しみな存在よ、とアンブロシウスは笑った。
「一足飛びに何でも許可してしまえば学園長であるラウリの肩身が狭くなるだろうな」
「……確かに。エルよ。あまり欲を出すとわしでも庇えんぞ」
「分かっております。いくら学園長でも僕は無茶は……出来るだけ言いませんよ」
(エル君の野望は簡単には消えたりしないと思うけどな)
(……しかし、さすがのエルも今回の事件は堪えたようだな。いつも以上に真剣な顔をしてる)
エルネスティに対する褒章については別途思案する事を約束し、彼らを退出させた。
ラウリには今来た者達の恩賞などについて吟味してから決断していくことを約束する。
従者を除けば国王と学園長だけが残った部屋で一息つく時間が生まれた。
「……見所のある孫よの」
「陛下の疑問にあれほど答えるとは思いませなんだ。少々生意気なところはご容赦を」
いやいやと手を振りつつ国王は満足げで頷く。
あれほどの傑物には久方ぶりに出会った、と喜びをあらわにした。
元気だけなら自分の孫にも匹敵するのでは、と思ったが脳裏から追い出した。
(アレは元気だけで向こう見ずだった。エルネスティの知恵を少しでも分けられたら、もっと評価を改めても良いのだが……)
本当に誰に似たんだか、と小さくつぶやく国王。
それはそうと、と呟きつつアンブロシウスはもう一人との面会予定を思い出す。というよりはその人物が今回の訪問の目的だともいえた。
★
数分後に部屋に呼び出されたのは
色白で見ようによれば病的とも言えるほど肌が白く、またそれゆえに独特の美しさを持つ。
発色の良い
雰囲気は紛う事無く同一の者のようにも思える。
「……お呼びに預かり馳せ参じましてございます」
「昔の知人と生き写しじゃな」
部屋に訪れたのは二十歳を超える女性『シズ・デルタ』だ。
神経質なほどに正確な臣下の礼は見事としか言いようがない。
「そなたが
「はい。……もし、必要とあればお呼び致しますが……」
声質も先代に似ている。――いや、殆ど同一のようにしか聞こえないのは自分だけかと思うほどだ。
学生時分だった時からシズ・デルタという女性は無機質で成長とは無縁のような美術品めいたところがあった。しかし、時代が移り変わる頃、きちんと歳をとる風貌に驚いたものだ。
彼女は永遠に姿が変わらないと思っていたので。
「此度は学生共々とんでもない事件に巻き込まれたそうだな。無事で何よりだ。今回は事件とは関係の無い
正直に言えば先代のシズ・デルタが欲しがる物が全く浮かばなかった。というよりは無役の権化、または勤勉の鬼とも言われるほどの堅物――
鉄の精神を持ち、どんな事にも動じない。
そんな人物がついぞ何かにこだわりを見せた事など記憶に無いほど。
無理に例えば出せば勉学くらいしか無い。
「そうでございますか。大それたものは無いと思われますが……。国王陛下が贈りたいと思うものであれば……」
「わしが思うよりはあやつが思う物の方が良いのだ。贈られて嫌な思いをせぬ為にも……」
国王の言葉に軽く唸るシズ。
教師や学園長から退役の言葉は貰っていた。特別な勲章などはなく、老後の蓄えに不自由しないだけの金銭くらいだった。
その代わりとして今のシズに色々な権利を与えるように言ったものが恩賞と言われればそうなのだといえる。
★
質素を旨に生活を続けてきたシズにとって目立つ事は出来るだけ避けたい事柄だっただけに、どういう言葉を出せばいいのか分からなかった。
そういう細々としたものは相手側に決めてもらうのが一番無難である、と。
自分の目的はあくまで現地調査――
我欲とは無縁であった。
「わしが送りたいものとなると
「お決めになる方のご意思にお任せいたします。先代も陛下からの賜り物であれば断りますまい」
「……今のは冗談なのだが……。なるほど、確かにあやつの娘よの。瓜二つだ」
面白いオモチャを見つけた子供のようにアンブロシウスは声に出して笑った。
「一先ずは長年の勤労を讃えた勲章を用意した。……あやつは目立つ事を嫌うと聞いておったから特別な行事が出来なくて多くの者が嘆いている、と伝えておいてくれ」
「……申し訳ございません。我々は国を支える仕事に従事する者ゆえ……。裏方を
「……まるで『
「……ありがたき幸せにございます。しかし、先代は人目には付きませんし、陛下の前にも現われない身……。先も言いましたが御用とあれば連れて来ます。それ以外ではご容赦のほどを……。それが我々の取り決めゆえ、現当主である私が決定させていただきます」
「それは残念だ」
抑揚の無い喋り方は懐かしさを覚える。
シズ・デルタという一族は謎に包まれている。それは『
只者ではない事だけは分かっている。
今のところ送り込んだ『
殺す気が無い、としてもそれをすんなりと信じられる材料にはならない。
こうして話している内容は従者や学園長であるラウリにも聞こえている。隠そうとしない、または言っても構わないと思っているのだろうけれど、それでも全貌が掴めない謎の一族には興味があった。
★
最初は冗談だと思っていた。時を経て
その結果は目を見張るものがあった。
シズ・デルタの隠れ家が見つからない。
彼女が寝床にしている家が無い。――娘の家は判明している。しかし、それは最近借りたものだ。それ以前の住まいの痕跡が見つからないのが問題だった。
幾度も追跡しているが煙のように消えてしまう。
一度、直接本人に聞いた事があった。――ただし、アンブロシウスではなく同僚の教師に聞くようにラウリに指令を出して。
(女の秘密を暴かないで頂きたい、というのが当時の常套句だった)
秘密の多い女、というのは早いうちから判明していたが、最後まで隠し通したのは先代のシズただ一人ではないかと。
本格的な人海戦術を敷くわけにも行かず、かといって諦めるのは自分の性格ではありえない。
そんな時、長年の勤労からついに学園を去ると聞いた時は我が耳を疑った。
彼女は永遠に働き続けるものとばかり思い込んでいたので。
(調査が始まった頃からか……。シズ・デルタ一族と言うようになったのは)
活動内容は『目立たずに働き、地味な活動を信条とする』謎の一族。
国の汚い仕事を請け負う、というものではなく、本当に目立たずに本当に地味に働く事を本当にそんな事を信条としている一族。
全く訳が分からない。
見た目の印象において目立つな、という方が無理だ。それでも外見ではなく仕事内容が重要だというので、本当に良く分からない。
いや、当人達にとって仕事が地味であればいいのかもしれない。
だからこそ、人に聞かれてもいい、と思えば納得は出来る。
それと、
かの騎士団なら一族の信条である『目立たないこと』を満たす。ただ、秘密保持の観点などで動き難くなるし、娘が
先代と違って娘は何故か、
この辺りの調整は別途相談中であった。
(目立つと死ぬのか、といえばそんなことはなく、残念に思う程度という。それがどうして
当時から謎めいた一族――というよりはシズ・デルタという存在は昔から理解出来ない数少ない神秘の権化。
目立ちたくない存在が教師になった時はまた驚いたものだ。だが、よくよく考えれば地味な授業をしている教師という職業は不思議なもので、子供時分であれば本当に地味だと思った。だからこそ、なるほど言いえて妙だ、と。
★
見目麗しき謎めいたシズ・デルタ。その冷静沈着で人を寄せ付けないようで多くの者を魅了する。
いや、その冷徹で情け容赦しない地味さ加減を思えば彼女の敵は派手さを好む自分のようなもの――
なかなかどうして、そんな面白い存在を有効活用――とまで行き過ぎた考えに陥るところを踏みとどまる。
「……だが、やはり惜しいな。そなたらを手に入れられぬというのは。先のエルネスティとは対極よの。しかし、目立ったところで残念に思うだけであろう?」
目立てば要らぬ敵を作る、という事だが彼らの敵とは一体なんだ、と。
派手な者が敵というのも些か疑問だ。
ここは国で一番目立つ国王としての立場では理解出来ない事かもしれない、と思わないでもない。
「無理に信条を変えよ、と国王が命令しては本末転倒……。というよりはそこまでの権利を有しては我がままが過ぎるきらいがあるな」
しかし、その調子で長年国の為に働き、多くの生徒達を導いた功績は讃えなければ
少なくとも今居る
叙勲式を
物言いも感心してしまうほど徹底している。
だが、その式典を派手に
(目立てば敵を作る、か……。上手い事言いおって、鉄仮面が)
先代の話しを切り上げて、先ほどもした『魔獣襲来事変』について聞こうと思った。
シズもまた現場に居たと報告にある。
先の者と違い、彼女は色々とおかしな行動をしている。特に目立つような事を。
★
生徒達の避難から聞けばいいのか、それともいきなり核心からか。
同じ話しを改めて聞くのも時間の無駄のようにも思える。
うむ、と唸りつつアンブロシウスは思案する。
「……まず、何から聞けばいいのか……。とにかく、無事に戻ってきて良かったと……。それと多くの生徒を守ってくれて……。そんなところか」
そんなところ、というのは些か失礼な気がしたが、シズを前にすると上手く言葉が出て来ない。
反応が乏しい事もあるし、事務的な解答ばかりする先代がちらつくので、会話が成り立たない。そういう役目は事務的な事に特化した者にやらせていたので、今まで問題は無かった。
今回は国王自らが問いかけている。それが問題なのかもしれないが――
「私の一人の力ではございません」
「事務的過ぎるぞ、貴様。……それらは置いておこう。謎の魔獣が現われたそうだが……。伝え聞いたままだと実に奇怪な姿だという。……この場に連れて来れないものだから説明を求めても意味が無いか」
国王命令で連れてこい、と言うわけには行かないが実際に見てみたい気持ちはあった。
黒い玉のような決闘級魔獣。
触手を使って落とし穴を回避し、攻めてきた
聞けば聞くほど不可解極まりない。おまけにそのような魔獣にシズが立ち向かい、言葉で退散させたというのだから驚かないわけにはいかない。
一番目立っているではないか、と憤慨に似た興奮を覚えたものだ。
「生徒の命の方が大切だと思えば、お前たちの信条とやらも守るに値しない、ということか?」
「……多くの生徒を死なせては一番に責められるのは教師でございます」
「……なるほど。その職種ゆえにかえって目立つか。しかも悪い方に……」
「考え違いをされていると思われますが……。我ら一族は地味に世界を学ぶ者……。だからといって生徒達や国民の敵になりたいとは思っておりません。私が前に出るのはもちろん打算あり気です」
「どういう目論見があって前に出るというのだ? 今まで前面に立とうとしなかったお前達は何を得ようとしている?」
「現地の文化と知識……。魔獣によって失われては困りますので。それと生徒達の可能性も追加いたしましょう」
「可能性……。その先にあるのは国の乗っ取りとか企んでいるのかな?」
それはもちろん行き過ぎた暴論だ。だが、暗殺に関する噂が無い以上、シズ・デルタ一族の目的は別にある様な気もする。
そうでなければ
ただ、地味に過ごしたいだけ。それでは普通の国民と変わらない。――それともよそから流れてきた人間だから迫害などをおそれている、というのは考えすぎ――だとも思える。
「国は人類が絶滅した後でいくらでも手に入るものでございます……」
「……そこまで遠未来の事を想定している一族なのか?」
シズ・デルタならそこまで考えていてもおかしくないかもしれない。
こいつやらは未来永劫変わらぬ一族である、という根拠の無い確信を抱かせる。
「お前たちが国を取っても地味なままなのだろうな。……国としてはつまらんな」
先ほどから『地味』を連呼するのも嫌になってきた。
しかし、面白くない事を信条とする良く分からない一族だ、と。
★
シズ・デルタ一族なる者達の話しをやめないと苛立ちが増大する。そして、気が付く。
目立てば敵を作る、という意味はこういうことか、と。――意外と納得出来るから困る。
ゴホンと咳払いするように邪念を追い払う。
「……あー。先の者にも聞いたが空から
「受け止める事と回避し、やり過ごす事が最善かと思われます」
普通に答えて来た。しかも至極当然とも思われる――模範解答のようなつまらない事を。
質問した側からすればそうなのかもしれない。それしか言えないのであれば仕方がないとも言えなくはない。
聞いた自分がバカだと思わなくもないが――よく平然と言えたな、と驚いた。
理屈を
「……う~む。あまりにあっさりした解答で驚いたぞ。いや、それは無理だとエルネスティ達は言っておったぞ」
「尋ねられたので答えたまででございます」
「聞き方が間違っていたのか……。いやはや、先代に負けず劣らずの頑固者……いや融通の聞かない鉄面皮といったところか……。ま、まあよい。それは実現度はどのくらいあるのだ? わしが聞きたいのは現状を打破できるほどの解答よ」
専門分野には詳しくないが、学園の有名人であると噂される銀髪の小童ですらお手上げだった事件を目の前の鉄仮面の女はどう答えるのか。やはり、淡々と言ってしまうのか、と期待と失望が半々――襲ってきた。
「現状戦力を
つまりなんだ、とアンブロシウスはイラつきながら言葉を続けさせた。
もっと面白い事を言え、と恫喝しそうになる。
始終、抑揚の無い言い方をしているので頭を引っ叩くまで時間はそうかからない気がしてきた。
質問者側の我がままではあるけれど、国王を前にしているのだからもう少し感情を見せてほしいと願わずにはいられない。
「落下の勢いを殺し、被害規模を出来るだけ減らすこと」
「それは先の者も言っていた。その方法だと支える側が潰れてしまうと。それでもどうにか犠牲無く何とか出来ないのか、と聞いている」
「……では、不可能を可能にすればよろしいかと」
言葉だけのやりとりだと如何様にも言えるから困る。けれども、そういう風に聞いている自分が居るのも困ったものだ、とアンブロシウスは苦笑する。
無いものねだりも度が過ぎれば解答者を困らせるもののようだと理解した。
「……して、その方法を具体的に教えてほしいのだが……」
国王はとっても我がままだ、という雰囲気を全面的に最大限利用してのお願いであった。
それがいつも顔を突き合わせる部下だといやな顔をするのだが、そういう顔を見るのが趣味の嫌な国王だと思われるのも心外ではある。しかし、実際に嫌な人間なのかもしれない、という思いもある。
多くの民を幸せにするのが王の務め。だからこそ様々な方法が知りたくなるものだ。
良き答えには褒美を与える。ただ聞いて、立ち去ると後々何も言わなくなってしまうので、飴と鞭は中々に使いどころが難しい。
★
玲瓏なるシズの声色は聞いていて不思議な気分にさせるものだが、もう少し感情を込めてほしいと願って止まない。
それに――見目麗しい女性なのに面白くない、とぼやきたいところ。
期待半分、残りはシズとの対話への楽しみ。
同期であった時代でも
「例を挙げられるほどには思い付きませんが……。魔法による一斉法撃によって魔獣を破壊する。……この場合、破片による二次災害が広がりますので、得策とは言えないでしょう」
「現状の魔法で可能性はあるのか?」
「無いですね」
ほぼ即答――
無表情のまま答えられると驚きを感じる。
シズには疑問に思う時間が存在しないのでは、と。
それほど相手の疑問に対して答えをいくつも用意しているとも考えられるが――
「エチェバルリア君が
「……そうか」
今のシズは教師のようで教師ではない。
様々な役職に自由意志で勤める事が出来る立場だが、実際には学生と同様の扱いに留まっている。
ある意味では下級生の頑張りを誉める先輩のようだ。
「彼がやりたかった事を想像するならば……、強固な
それら全てはエルネスティ自身が否定する事になった。
想定は出来た。けれども、それで解決しない事もまた理解してしまった。
これら以外も僅かな時間で考えなければならないのだから、彼の苛立ちは相当なものになったに違いない。
「では、不可能を可能に足らしめる方法について」
「うむ」
「一案としてお聞き頂ければ幸いでございます。まず第一に考えられるのは……地上からの法撃による粉砕攻撃……。想定以上の
それには相当数の
数さえあれば解決したのか、と言われると難しい――多くの者が口を揃えて述べる一般論――
国王も面白くない、と思って不機嫌な顔になった。
大災害に面白さを追求するのは不謹慎なのだが――
「第二に強固な防備による絶対防御。これは現時点では実現不可能ともいえますが……。続いて第三。……落下する物体そのものを軽くする」
「んっ? そ、それは……先の破壊する事と同じではないのか?」
「破壊ではない方法です。巨大な質量を持つ物体を軽く出来れば、それだけ脅威度が下がります。第四は落下速度の緩和……。これも実現には様々な問題を解決する必要性があります。それと第三の案に比べれば……、より現実的でしょう……」
言葉だけだと何の事かアンブロシウスには見当がつなかった。
破壊ではなく、重さを軽減する――
何かの言葉遊びのようにも聞こえるし、それが正に不可能を可能にする方法というのであれば分からなくても当然か、と諦められる。
★
続きを促したいところだが、出来もしない事を聞くだけでは実に面白くない。――しかし、結果が既に出ている事と先の
そして今――
巨大質量を持つ物体そのものを軽くすると簡単に言ってきたが、それは果たしていかなるものなのか。
上から落ちる物体をどう軽くするのか。破壊ではない方法となると全く想像出来なかった。
「……つまり……、なんだ……。お主ならば可能である方法を知っている……、または出来るとでも言うのか?」
言った後で否定するアンブロシウス。
シズは目立つ事はしない一族だ。――であれば目立たなければ不可能な事も可能とせしめる事も
荒唐無稽の話しを聞いているのだから、何が出ても異論を差し挟むわけにはいかない。
かえって何も答えてくれなくなるおそれがある。
だが、それでも知りたい欲求は人一倍ある。
「……この場に陛下お一人であるならば……。一言ご命令くだされば……」
「むっ!? う~む」
と、唸りながら周りに控える護衛と学園長の顔を見据える。
立場上、彼らを退席させるわけには行かない。しかし、それでも興味が勝れば――
そうは思うがやはりそれはできない相談だ。
自分は国王である。そして、今はお忍びではない。
非公式とはいえ公務である。
それでもやはり興味が強い。
一つ物事を決定したアンブロシウスの行動は実に早かった。
苦情を述べようとする部下を部屋の外に追いやる。それでも全員とは行かない。
たかが平民風情と一対一の秘密会議は余程の権力を有した相手でなければ成立しない。
「これでも足りぬだろうな」
「不都合を承知で言うならば……。国王陛下を窓の外に投げるだけでございます」
「………。……ん?」
今、とても不穏な単語が聞こえた。
玲瓏なるシズの言葉とは思えない物騒なものが。
(……今、わしを窓から投げ捨てると言ったのか?)
改めて聞き返そうとするのが怖くなった。だが、それでもやはり聞きなおさなければならない。
そうは思うが同じ言葉が出た場合はどう対処すればいいのか。
沈着冷静な娘である筈のシズの口から突飛な発言が出るとは思わなかった国王はたっぷり数分間、茫然自失となってしまった。それほど意外な発言だった。
★
しばらく内容について考えているとシズが黙っている事に気付き、現実に戻る事ができた。
いきなり胸倉を掴まれる事は無かったが――、場合によればありえた事態に苦笑する。
本気か冗談かで言えば分からない、というのが率直な感想だ。
「国王を放り出す事態になればお主は大層目立つであろう? それでも、か?」
「質問に対する答えを示すのに適切な方法だと愚考いたします」
質問者である国王に体験させるという意味か、と。
確かに他の者ではいまいち実感が伴なわない。――もちろん自分の感覚として得られるわけではないので。
シズは目立つ事よりも国王の問いに答える事を重要視したようだ。それはそれで殊勝な心がけだと思うのだが、もう少し穏やかな方法を望む。
相手を納得させる為ならば手段を問わない、というのは新鮮な感覚だ。特にシズという人間が言うと――
シズは臣下の礼の状態から両手を叩く仕草をする。
「私とした事が……。落下地点にクッションなどを用意すべきでしたね。陛下に地面に激突させるような発言をいたしまして、申し訳ございません」
恭しく謝罪するシズだが、アンブロシウスとしては胡散臭さを感じた。
(本気で謝っている顔ではないではないか!)
ずっと無表情。ともすれば顔が固まったままではないかと錯覚しそうになるほど変化に乏しい。更に国王相手に始終抑揚の無い話し方――
だが、それでも謝ってきたところは悪いと思う心はあるのだな、と理解する。
正直に言えば確かに自分も地面への激突ばかり考えていた。
飛ぶ事が大事であるならば下に受け止め用の人材を配置しても問題は無かろう、と。
――ただ、窓から落とされる国王に大勢が阿鼻叫喚すると思うのだが――
「……下にクッションも無しでは本気で危ない方法にしか思えないのだがな。……少し肝が冷えたぞ」
だが、その条件で念願の秘密が分かるのであれば
ここライヒアラ騎操士学園の建物は地上から最大で二十メートルほどの高さがある。
運が悪ければ致死に至るが低い位置から飛び降りられない事も――と想像してみたが
★
出来ると豪語するならば実際に見てから判断すればいい。――言葉としては簡単に出るものも体験となると二の足を踏む。
なんとももどかしい局面となってしまったと国王は苦笑する。
それと平然と意見を言うシズの度胸に改めて驚かされる。是非とも騎士や官職に召抱えたいほどだ。
望みどおり地味で目立たない仕事を与えられる。――と考えたが、それでは自分が楽しめない。
彼女にはもっと脚光を浴びるような仕事を――本音の部分では――与えたいと思っていたのだから。
才能を埋もれさせるのは実に勿体ない。
「……それだけの言葉をわしの前で言えるのだから大したものよ。だが、わしも簡単に身体を張るわけにはいかん立場でな。お主が出来ると言うからには出来ると思うておこうか」
実際に見る事が出来ないのは勿体ないが、自分は国王だ。それと心配する周りの者達の顔色の悪さを窺えばおいそれと実現するわけには行かないのも道理――
だが、方法がある以上は先の者達に伝授すれば次の対策も容易になるのではないか、と国王は考えた。
もちろん簡単にはいかないと思われるが、若い世代の頑張りに期待するのも一興かと。
「この話しは次回に持ち越しとしよう。……それで本題だが……」
本来はこれが目的だ。
自分の興味は一つだけではない。
「先代から引き継いだシズ・デルタよ。勲章の他にも恩賞を与えるのがわしの目的よ。……率直に聞こう。何か欲しいものはあるか? 無い、とは言ってくれるなよ」
無欲もまた美徳ではあるけれど、今回ばかりはそうも言っていられない。
シズに対し、何も与えられないのは彼女の行動に制限がかかったままになるのと同義――
少しでも先代の為になるのであれば幸いだと思った。もちろん昔の
それに――長く勤続した者が何も貰えないのは自分であれば納得できない。または我慢できずに何かくれ、と言い出しそうな風景が過ぎるほどだ。
「私自身は特に……。無理にひねり出すならば……文化などの情報でしょうか。もちろん、
「現行機であるサロドレアとカルダトアを一機用意するくらいなら出来るが……。お主の場合はもっと専門的な部分が良かろう」
国秘となる部品の分析、解析の許可を与える。という事も脳裏に過ぎったが――
関係者達が不満を表す一幕になるのは自明の理。だが、それでも彼女が望めば出来る限り叶えてやりたい。
「……率直に言おう。
「……誠にありがたいお申し出なのですが……」
シズの言葉は想定内――
しかし、それはそれで残念な事だと国王は思う。
頭の固さも先代譲りとあってはいかに国王とて二の足を踏まざるを得ない。
「ごく最近、とても興味深い人物が気になっておりまして……」
続いた言葉は全く想定外のものだった。それゆえに国王は目蓋を見開いて驚きを表す。
何事にも興味を覚えないような女の口から興味深い人物が居る、と出たのだから。
「……ほ、ほう? そなたが気にする程の人間か。……うむ。……わしにも思い当たる人物が一人出て来たのだが……」
今の言葉で思い浮かぶのは銀髪碧眼の小さな少年。まさか、と国王は思う。
先代からして何を考えているのか分からなかったシズが気にするほどの人物だ。ただものではない、とは言い過ぎかもしれないが、とても興味深い。
「……もし、お許し頂ければ……。かの者の可能性を見極めたいと思います。優先されるは時代に変革を
少し熱のこもった物言いは国王の耳に新鮮な音として伝わった。
彼女にも人の温かさが存在するのだな、と改めて発見できた気分になった。
彼女が気にするその人物の名は――あえて聞かないことにした。それは今聞くべきものではないと判断したからだ。
★
形式的なやり取りで叙勲をシズに与えたアンブロシウスはひどく疲れを覚えた。
その後は学園を後にし、帰りの馬車の中で思考を整理する。その中でもシズに関しての事柄が多かった。
興味は強かったが彼女の変化に乏しい姿勢がどうにも我慢できない。昔のシズ・デルタを見ているようだった。
だが――受け答えを積極的にしてくれるだけ大分マシとも言える。
(物体の重さを軽減する方法か)
下から攻撃するでも上から吊り上げるでもない新しい概念。
それは如何なる方法なのか。
試しに他の者に聞いてみたものの誰もが首を横に振る。であれば、これを
それと『
最初は落下による風圧が原因かと思った。
アンブロシウスは国王になる前、
知識欲もあり、専門的な事柄に対しても
(今代のシズ・デルタは新しき風を生むか……。しかし、もう少し表情が豊かであれば……)
まずは彼らの無事を素直に認めるところから。
続いて自分が気にした者たちの今後のことを考えてみるのも楽しみの一つだと国王は微笑を湛えつつ――