「よし、こんなもんか」
俺は目の前で美味しそうな匂いを漂わせている朝食を見て一人頷いた。
白いご飯、ワカメのお吸い物、ほうれん草の御浸し、焼き鮭、卵焼き、とこれくらいあればいいだろう。
「やべっ、腹減ってきた・・・・・・」
作っているときには何とも思わなかったが、並べてみると早く食べたくなってきた。
「あ、れ? トシ兄ぃが起きてる・・・・・・」
そこへ、可愛らしいパジャマを着た美柑が驚いた様子でこちらへやって来た。
「おう、美柑。 おはよう」
「しかもご飯まで作ってるし、夢? ひょっとして夢なの??」
俺がせっかく早く起きて作った飯だというのに、美柑は自分が夢の中にいると思っているらしい。
そんな美柑にはいつものごとくデコピンをお見舞いしてやることにする。
「っ!? い、痛いよ、トシ兄ぃ・・・・・・」
「痛いってことは現実だろ? ほら、さっさと着替えて来い」
涙目になりながら額を抑えている美柑をさっさと追い出し、俺はララを起こしに向かうのであった。
「おい、ララ。 朝だ、起きろ」
ララの部屋になった元物置部屋にノックをする俺。
ちなみに置いていた物はこれを機会に殆どゴミ捨て場へ運び込んだ。
勝手に捨てたのはいいが、父親や母親のだったらどうしよう。
「おい、ララ。 聞いてるか?」
一度目の声掛けで返事がなかったため、二度目の声掛けを行う俺。
しかし、やはり返事がないので俺は静かにドアを開けてみる。
「・・・・・・いねぇ」
用意していた布団の中身にララはおらず、ペケだけがそこで寝ていた。
ペケがここにいるということは、ララは服を着ていないということになる。
いくらなんでも裸で出て行っているわけはないと思いたい。
「でも、規格外の宇宙人だからなぁ」
そう、ララは宇宙人なので俺には理解できないことを普通にしている可能性がある。
だが、裸で外に出ていたら今頃、騒ぎになっているはずだ。
「っていうことは・・・・・・」
あまり考えたくないのだが、一応確認することにした。
そう、俺が数時間前まで寝ていた自分の部屋のベッドだ。
ちなみにトイレは確認したが、誰もいなかった。
美柑の部屋も確認したが、いつもの癖で普通に開けてしまい、着替えていた美柑に目覚まし時計というお土産を頂いた。
「いってぇ・・・・・・まさかの額にクリティカルヒットだぜ」
お土産の目覚まし時計を額に頂き、痛みで顔をしかめながらそう呟く。
まぁ、ノックもせずに普通に開けてしまった俺が悪いのだが。
気を取り直して最後に自分の部屋へ向かう。
「・・・・・・マジか」
考えたくなかったが、ララは俺の枕を抱締め、幸せそうな表情で眠っていた。
かろうじて布団を来ているが、ペケがララの部屋にいたのでおそらく何も着てないだろう。
「俺だからいいものの、普通の男子高校生なら襲ってるぞ、絶対」
そう言いながら眠っているララの傍まで行き、肩を揺すりながら起こす。
「おい、ララ。 起きろ」
「ん~~~? トシアキぃ?」
目を開けたララは俺を確認したかと思うと、腕を取って布団に引き込もうとする。
だが、あらかじめ力を入れていた俺は布団に引き込まれることなくその場で立ち尽くす。
「早く起きろ、飯が冷めるだろ」
「むぅ、トシアキ意地悪だよ」
どうやら起きていたらしいララは可愛らしく頬を膨らませ、怒っていることをアピールしてくる。
「早く来いよ」
しかし俺はそんなララを構うことなく踵を返し、リビングへと向かうのであった。
***
飯を食い終わったあと、洗い物を美柑に任せて俺とララは通学するために一緒に歩いていた。
「お前も学校、通うんだな」
「うん! だって、トシアキと一緒にいたかったし」
笑顔でそんなことを言うララに俺もつられて笑みを返す。
「けど、いつの間にそんな手続きしてたんだ? 試験とかあったんじゃ・・・・・・」
「うん? こないだ出かけたときにコーチョーって人にお願いしたら」
【カワイイのでOK!】
「って言ってくれたよ?」
俺は自分の学校の校長がどんな人物がわからなかったが、今のララの言葉を聞いてなんとなくわかってしまった。
「大丈夫か、彩南高校・・・・・・」
思わず自分が通っている高校の心配をしてしまう俺であった。
学校に到着し、職員室にララを案内した俺は自分の席へ向かう。
「おい、トシアキ。 さっき一緒にいた可愛い子誰だよ!?」
その途中で、この前も声を掛けてきた猿のような顔をした奴が俺の前に立ちはだかる。
「ん? あぁ、俺ん家にホームステイしている外国人だ」
とりあえず、宇宙人と言っても信じそうにないので、ホームステイしている外国人ということにしておく。
「なぁにぃ!? なぜそんな大切なことを親友の俺に話してくれなかったんだ!!」
というか、お前誰だと聞きたかったが、そこは自重して苦笑いを浮かべておく。
「色々あったんだよ」
そこまで言ったときに背中に視線を感じたので、振り返ってみる。
が、特にこちらに視線を向けている者もいなかったので、この男が騒いだ所為かと考え、今度こそ自分の席へ向かう。
「突然ですが、転校生を紹介します」
いつの間にかホームルームが始まっており、ララが教室に入って来ていた。
「ララ・サタリン・デビルークです。 よろしくね」
ララが自己紹介をしたあと、俺の方を見てウインクしてきたので、俺も手を軽く振っておく。
「お、おい、転校生と結城がなんか親しげだぞ」
「くっ、結城の奴、すでに転校生まで毒牙に」
周りの男子生徒がうるさくなってきたので、とりあえず睨みつけて威嚇しておく。
「一時間目は体育か。 西連寺君、君は学級委員だったよね? 更衣室へ連れて行ってあげなさい」
「あ、はい。 わかりました」
クラスの担任はそれだけ言って外へ出て行ってしまった。
それに合わせてクラスの女子たちも着替えの為に次々と教室から出ていく。
「ねっ、トシアキ。 体育ってなにするの?」
その波に逆らって俺のもとまでやってきたララだが、着替える場所が違うので体育の内容だけ簡単に話す。
「お前は西連寺と一緒に行って着替えて来い。 ちなみに体育は身体を動かす授業だ」
「身体を動かす授業・・・・・・なんか楽しそうだね」
なかなか俺のもとから離れそうにないので、少し離れた位置で立ち尽くしている西連寺に声を掛けることにする。
「西連寺、頼んでいいか?」
「えっ、あ、うん。 デビルークさん、行きましょ?」
俺が声を掛けたことに驚いたのか、慌てた様子でララを連れて行ってくれた。
「体育か、めんどくせぇ・・・・・・」
身体を動かすのは好きなのだが、授業で行うと自由に動かせないのが面倒なのだ。
これでは『精霊』たちと遊ぶことすらできない。
「・・・・・・まぁ、仕方ねぇな」
いつの間にか教室には俺しか残っていなかったので、体操服に着替えて教室に鍵を掛け、グランドに向かった。
「よし、そのまま行けぇ!」
「抜かれるな! ディフェンスなんとかしろ!」
体育の授業で男子はサッカー、女子は短距離走を行うようであった。
俺は自分のチームのコートでゴールポストに寄りかかって試合を眺めていた。
「ふぁあ、眠い。 飯を作るために早く起きたのが原因か」
「おい、トシアキ。 もうちょっとやる気出せよ」
ゴールキーパー役の猿顔の自称俺の親友がそう言って話しかけてくる。
「うるさい、俺は眠いんだ。 先生に気付かれないようにディフェンスをしているフリをしているんだ」
「フリじゃなくて、ちゃんと動けよ・・・・・・」
呆れた表情を見せる自称親友だが、ボールがこっちに迫ってきているので俺のことは気にしないことにしたらしい。
「猿山! 絶対に入れられるなよ!」
「おう、まかせとけ!!」
抜かれてしまったディフェンスがキーパー役の自称親友に声を掛ける。
というか、自称俺の親友、お前の名前は猿山だったのか。
「猿山、俺に任せろ」
ようやくこの男の名前がわかり、少しだけやる気が出た俺はゴールポストから離れてボールを持つクラスメイトを見据える。
「お、おい、トシアキ! それじゃ、俺が見えないだろ!?」
猿山の正面に立った俺は素早く動いて、ボールを奪うことに成功する。
「あ、あれ?」
「えっ? マジ?」
ボールを今までキープしていた敵チームのクラスメイトはいつの間にかボールが無くなっていることに気が付く。
猿山も俺の足の動きが見えなかったようで、ボールの位置が変わっていることに驚いているようだ。
「まぁ、ズルしてんだけどな」
風の『精霊』たちに力を借りて、移動速度を上げた俺はそのまま相手チームのゴールへ向かう。
「させるか!」
「結城、覚悟!!」
何か俺に恨みでもあるのか、俺自身を狙ったスライディングをジャンプでかわしてそのまま付き進む。
「なっ!?」
「と、跳んだ!?」
敵も味方も俺がこんなに動けることに予想外だったようで、誰も近づいてこようとはしない。
「ほら、シュートだ!」
俺が蹴ったボールはゴールの右側へと吸い込まれていく。
キーパーも反応したが手が届かず、ボールはゴールネットへと突き刺さった。
それと同時に授業終了のチャイムが鳴り、結果的に俺たちのチームが勝った。
「ふむ、こんなもんか」
『精霊』の力で決めたゴールなので特に喜ぶこともなく、力を貸してくれた彼女たちにお礼を言いながら校舎へ向かって歩く。
ちなみに俺が見える『精霊』たちは皆、女の子の姿だ。
他の魔法使いによると、気配を感じるだけで姿を見たことは無いらしいので、何とも言えないが。
「トシアキ! よくやった! これで俺たちのジュースは確保できたぜ!」
猿山が嬉しそうに俺の頭をガシガシと乱暴に撫でまわしてくる。
「やめろって! って、ジュースだと?」
「あぁ、このサッカーで負けたチームが勝ったチームに飲み物を奢ることになってたんだよ」
俺はそんな話聞いてない。
つまり、気まぐれでなにもせず、あのままシュートされていたら俺がジュースを買わなければならなかったのか。
「まぁ、勝ったからいいか」
「そうだよな! さすがはトシアキだぜ!」
タダでジュースを飲めることがそんなに嬉しいのか、猿山はご機嫌なまま校舎へ戻っていった。
そのあと、相手チームのキーパー役をしていた奴からカフェオレを貰い、それを飲みながら午前中を過ごしたのであった。
~おまけ~
今日、登校しているときに久しぶりに結城君の姿を見つけた。
この前、日直の仕事を一緒にしたときに思わずあんなことを言ってしまってから顔を合わすのが恥ずかしく感じていたのだ。
「あの子、誰だろう・・・・・・」
結城君の隣に桃色の綺麗な髪をした女の子が笑顔で歩いていた。
気になったけど、恥ずかしさもあって話しかけることも出来ず、そのまま教室へたどり着く。
「おい、トシアキ。 さっき一緒にいた可愛い子誰だよ!?」
教室へ入っていきなり、猿山君の声が聞えて来た。
どうやら結城君にさっきの女の子のことを聞いているようだ。
「ん? あぁ、俺ん家にホームステイしている外国人だ」
留学生がいたなんて知らなかった。
ということは今、結城君と一緒の家に住んでいる。
なんだかそう考えると胸の中がモヤモヤしてきたのでとりあえずもっと話を聞くために結城君の方を見つめる。
「?」
すると、私の視線に気づいたのか結城君が振り返った。
私は慌てて視線を外し、見ていなかった風を装うる。
そのあと、転校生として先ほどの女の子が教室に入ってきた。
自己紹介をした後、結城君に合図を送っていたのを見て、私の胸がチクリと痛む。
「なんだろう、この気持ち」
始めて感じたこの痛みに不安を覚えながら、体育の授業を受ける。
私たち女子は短距離走なので、他の人がタイムを計っていると自然と暇な時間が出来てしまう。
「・・・・・・」
その時にチラリと男子のサッカーを見てみると、結城君が自分のゴールから相手のゴールへ向かって行くところだった。
「すごい・・・・・・」
思わずそう声に出してしまった私は周りに聞かれていないか不安になり周囲を窺う。
だけど、皆は転校生のタイムに驚いていて私の方を見ている人はいなかった。
まさか一人で相手ゴールまで向かって行くとは思わなかったのだ。
中学時代から結城君はあまり人と話さず、人を寄せ付けないような感じだった。
けれど勉強もスポーツも他の人以上に出できてカッコ良かったし、教室のお花の水を毎日換える優しいところもあり、そんな結城君を私は。
「西連寺」
「は、はいっ!?」
そこまで考えていると、テニス部の顧問の佐清先生に声を掛けられた。
授業もいつの間にか終わっており、さっきまで私は何を考えてたんだろ。
「今日の昼休みに部室まで来てくれるか?」
「は、はい。 わかりました」
テニス部のことで話があるようなので、そう返事をして校舎へ向かう。
そのときには先ほどまで考えていたことは頭の中から消え去っていた。