「今度は一体、何のようだ?」
俺は今、家の近くにある公園の茂みの奥にいる。
なぜ、こんなところにいるのかというと、つい先ほど学校帰りにザスティンに声を掛けられたからだ。
「トシアキ殿。 あなたにララ様のお父上、デビルーク王からのメッセージを持ってきました」
最初に会った時の攻撃的な態度とは違い、礼を持って接触してきたので俺は言われたままに付いてきたのだ。
「ララの父親?」
そして、付いてきてたどり着いたのが公園の茂みの奥だったというわけである。
「そう。 銀河を統一し、頂点にたった偉大なお方です」
「偉大な方ねぇ・・・・・・俺の言葉を伝えてくれたのか?」
昨日、ザスティンに見極めると言われてカチンと頭にきた俺はつい自分で来いと言ってしまったのだ。
本当に来てしまったら来てしまったで色々と面倒なことになりそうなのだが、どうやらメッセージだけで済んだらしい。
「王もお忙しい方です。 あなたの言葉を伝えたところ、このメッセージを頂きました」
ザスティンがそう言いながら、宝石が付いた不気味な置物を取り出す。
【よぉ、結城トシアキ。 ザスティンから話は聞いたぜ】
そして、宝石の部分から声が聞えてくる。
どうやら、この世界で言う録音できる機械のようなものみたいだ。
【俺は色々と忙しくてそっちには行けねぇから、とりあえずテメェをララの婚約者候補の一人として認めてやる】
顔を見えてない相手に好き勝手に言われて段々と不機嫌なってきた俺だが、録音した声なので文句を言っても仕方ない。
【地球人は貧弱らしいが、あのララが初めて好意を抱いたほどの男だ】
ララが初めて好意を抱いたと言っているが、お前が箱入り娘に育てた所為じゃないのか、という言葉は心の中だけで呟いておく。
【俺はお前の器に期待している。 っと、こんな上からものを言われるのが嫌いだったな】
どうやら俺のことをある程度ザスティンが話しているらしい。
【いずれそっちに行くこともあるだろう。 その時に話をするとしようか】
その言葉を最後に今まで光っていた宝石が光を失っていく。
どうやら、俺はララの婚約者候補になったようだ。
「・・・・・・」
あのときに変な言い方をしなければこんなことにはならなかっただろうに、何やってるんだ、俺。
「以上で王からのメッセージは終了です」
ザスティンはそう言って不気味な置物を懐にしまう。
それから俺の方へ向き直り静かに頭を下げてきた。
「先日は大変、失礼をしました。 出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」
さすがに跪くようなことはしなかったが、誠意を持って謝罪してくれたザスティンに俺は笑みを浮かべる。
「わかってくれればそれでいい。 とりあえず、メッセージは受け取った」
「それと先ほどは言ってませんでしたが、ララ様は今日からあなたの家でお世話になるとのことです」
浮かべていた笑みを一瞬で崩し、俺は眉を顰めてザスティンの話に耳を傾ける。
ちなみに昨日は嬉しそうな顔で付いてきたララをキチンと追い返したはずなのだが。
「昨日は地球の大気圏内にある船で過ごされましたが、王のメッセージを聞いて少し勘違いをされたようで」
「・・・・・・勘違い?」
話しているザスティンもララの行動に疑問を抱いているのか、呆れたような、諦めたような顔で話す。
「ララ様自身はお父上にトシアキ殿との結婚を認めて貰ったという風に言葉を受け取ったようでして・・・・・・」
「なん、だと!?」
今のメッセージをどのように聞いたら俺と結婚することになる。
数いる中の一人として認められただけではないか。
「おそらく、どれだけの数の婚約者がいようとララ様自身が好きなのはトシアキ殿ただ一人なのでそのように解釈したのだと考えられます」
まるで俺の心の中を読んだかのように色々と説明してくれるザスティン。
だが、俺にとっては面倒事が増えたことには変わりない。
「では、私はこれで失礼します」
空気を読んでくれたのか、黙ったままの俺に一礼してその場から去ったザスティン。
取り残された形になった俺は頭を抱えてこれからのことに思いを馳せた。
***
いつまでもあの場所で悩んでいても意味はないので、俺は自宅へと帰ってきた。
「・・・・・・」
と言っても、玄関のドアになかなか行くことが出来ず、数分間立ち尽くしているのだが。
「はぁ、ララが一緒に住むだなんて・・・・・・父親と母親の顔すら知らないのに、勝手にそんなことになっても大丈夫なのか」
色々と考えを巡らしていると、上空から人の気配が近づいてくる。
この世界に人が個人で飛べる魔法や機械がないはずなので、おそらくララであろう。
「・・・・・・お前、今日からここに住むらしいな」
「きゃっ!? ビックリした。 トシアキ、私のことに気付いてたんだ」
ララに背を向けたまま声を出したところ、ララもまさか俺が気付いているとは思って無かったのか、驚きながらも俺の首に腕を絡めてくる。
「離れてたのに私のことに気付いてくれるなんて、なんか嬉しいな」
それは色々な世界を渡り歩いているときに自分の周囲を警戒していないと死ぬようなことが何度もあったため、慣れていただけなのだが。
「いいから離れろ。 俺は今、どうやって家に入ろうかと考えているんだ」
この状態を美柑に見られたら昨日の朝同様、冷たい目で見られ、不機嫌な態度で接されるに違いない。
「? 普通に入ればいいじゃん。 ここトシアキの家でしょ?」
そうなのだが、色々と問題があるんだと心の中で呟いていると、ララが勝手に玄関を開けてしまった。
「おっじゃましまーす!」
「あっ、おい!」
ララの声が聞えたのか、リビングの方からエプロンを付けた美柑がお玉を持って出てきた。
「はーい? あれ、トシ兄ぃの彼女・・・・・・」
「彼女じゃないよ、婚約者だよ」
美柑の言葉に訂正を入れるララ。
というか、婚約者というのも俺自身は了承した覚えがないのだが。
「こ、こん、やくしゃ?」
ララの訂正した言葉を真に受けたのか、美柑は持っていたお玉を落とし、唖然と立ち尽くしている。
「いや、だからな――」
「あと、私も今日からここに住むからよろしくね?」
立ち尽くしていた美柑に事情を説明しようとしたところ、ララが俺の言葉を遮ってそう言い放つ。
というか、先に事情を説明すればいいものの、どうして結論から話してしまうんだララ。
「ここに住む・・・・・・婚約者・・・・・・同棲っ!?」
先に結論を話してしまったためか、美柑の勘違いが激しく斜め上の方へ行っている気がしてきた。
「それには理由が――」
「ダメだよ! トシ兄ぃ、エッチな本も持ってないのに!!」
キチンと理由を説明しようとした俺の言葉を遮って今度は美柑が言い放った。
しかし何故美柑が、俺が所有していないことを把握しているのか。
というより、どこからそんな話に切り替わったんだ。
「えっ? トシアキ、エッチな本持ってないの?」
そしてララよ、そんなところに反応しないでくれ。
俺はなんて答えればいいんだ。
「・・・・・・とりあえず落ち着け二人とも」
これ以上二人に会話させていたら色々な意味で危ない気がしたので、二人を黙らせたあとでリビングへと連行していった。
美柑が途中で落としたお玉もちゃんと拾っておいた。
その時に漂ってきた匂いで今日はしじみの味噌汁なのかと、どうでもいいことを思い浮かべてしまった。
***
「おいしー! このスープ」
「しじみの味噌汁だよ」
あれからリビングで美柑にキチンと事情を説明した。
横でララが余計なことを言おうとするたびに口を塞ぐのに苦労はしたが。
「地球の食べ物って美味しいんだね、美柑!」
「ちっちっちっ、甘いよララさん。 作る人の腕ってヤツ? でも、トシ兄ぃの方が美味しく作るんだけどね」
一応、ララが宇宙人だということも伝え、昨日の出来事も理解はしてもらった。
もっとも俺のベッドで、裸で寝ていたことについてはかなりしつこく聞かれたが、何もなかったことを伝えるとホッと安心した様子を見せていた。
「はぁ・・・・・・」
それから一緒に住むことといつの間にか婚約者候補になっていたことも説明したため、美柑もララに普通に接している。
事情を説明する前までは敵に噛みつくような勢いだったので少し不安だったが、今のところ問題はなさそうだ。
「ね、ねぇ、トシ兄ぃ」
ため息を吐きながら色々と考えていると、食器を片づけていた美柑が声を掛けてきた。
しかし、どこか緊張した様子で、それでいて不安な様子を隠しているようにもみえる。
「ん?」
「ララさんとは、その・・・・・・け、結婚、するの?」
なるほど、美柑は宇宙人という規格外な人と兄が結婚するのに不安を抱いているのだろう。
「今のところ、考えてはいない。 まぁ、これからの付き合いで変わるかもしれないが」
そう、今のところは結婚する気など全くないが、この世に絶対はない。
ゲンジが迎えに来なければ俺は一生ここにいなければならないのだ。
付き合い、好きになり、離れたくなくなればゲンジが迎えに来ても一緒に行かない可能性もある。
「そ、そっか。 そうなんだ」
俺の返答に納得いったのか、安心した様子で食器の片付けに戻る。
ちなみに先ほどまで隣にいたララは晩御飯を食べてからどこかへ行ってしまった。
「トシアキー」
ララの行方を考えていると、その本人がタオルを持って走ってきた。
「ご飯も食べたことだし、一緒にお風呂に入ろうよ」
「はぁ? 男の俺と入・・・・・・」
俺の言葉は食器が割れて音でかき消されてしまった。
どうやら美柑が洗っていた食器を割ってしまったらしい。
「ご、ごめん、トシ兄ぃ。 すぐ片付けるから・・・・・・」
「片付けは俺がやる。 美柑はララと一緒に風呂に入ってやれ」
今まで美柑に任せっぱなしだったし、今日くらいは良いだろう。
割ってしまった食器で怪我をする可能性もあるしな。
「で、でも・・・・・・」
どうやら、食器を割ってしまったことにかなり落ち込んでいるようだ。
まだ小学生なのにしっかりしている義妹だ。
「気にするな。 今日はいろんなことがあったからな、風呂に入ってゆっくり休め」
昔、妹にしていたように美柑の頭をポンッと撫でてやる。
「う、うん。 ありがと、トシ兄ぃ」
美柑はそう言いながら少し俯いて頬を赤く染めていた。
もしかして、熱でもあったのだろうか。
「というわけだララ。 今日は美柑と入れ」
「うん、わかった。 美柑、行こ」
まだ頬が赤いままの美柑を連れて、ララは風呂場へと向かっていった。
誰もいなくなったのを確認した俺は、美柑が割ってしまった食器を片付ける。
「・・・・・・そろそろ俺も家事、するか」
今までは美柑に任せっぱなしだったが、いつまでも迷惑を掛けてられない。
別人になってしまった俺だが、もう兄妹間で特に不審がられることもないだろう。
「後は、父親と母親か・・・・・・」
まだ見ぬ二人のことを考え、会ったときにどう反応しようかと今から考えてしまう俺であった。
~おまけ~
私が晩御飯の支度をしていると、綺麗な女の人の声が玄関から聞えて来た。
トシ兄ぃが帰ってくると思って、鍵を開けていたのが原因みたいだ。
「セールスだったらどうしよう」
いつも頼りになるトシ兄ぃがいないため、変な人が来てしまったら困るのだ。
とりあえず、武器になりそうなお玉を持って玄関に向かう。
ここで流石に包丁は持っていけない。
「はーい? あれ、トシ兄ぃの彼女・・・・・・」
玄関に行くとそこにいたのは昨日、トシ兄ぃの部屋で裸になって寝ていた女の人がいたのだった。
「彼女じゃないよ、婚約者だよ」
トシ兄ぃの婚約者だと聞いた途端、身体に力が入らなくなり、持っていたお玉を落としてしまった。
「こ、こん、やくしゃ?」
なんとかそれだけを口にしてだしたが、頭の中では色々な思考でいっぱいになっている。
「いや、だからな――」
「あと、私も今日からここに住むからよろしくね?」
そこに新たな情報としてトシ兄ぃの彼女、じゃなくて、婚約者が一緒に住むという情報が入ってくる。
『婚約者+一緒に住む=同棲』という式が頭に出てきたのだ。
「ここに住む・・・・・・婚約者・・・・・・同棲っ!?」
そのあとに『同棲=一緒に寝る=子どもが出来る』という式も出てきてしまい思わず大きな声を出してしまった。
「それには理由が――」
「ダメだよ! トシ兄ぃ、エッチな本も持ってないのに!!」
トシ兄ぃが何か言ってたような気がしたが、私にとってはそれどころではない。
トシ兄ぃが、私のお兄ちゃんが、私だけのトシ兄ぃが、別の人のところへ行っちゃう。
そんな思考で頭の中が色々な考えでグチャグチャになってしまった。
結局、後で説明を受けて、一方的にそう言われたのだと聞いた。
それを聞いて安心したあと、私はトシ兄ぃのことが本当に好きなんだと、このときになって初めて自覚したのであった。