「おっ、美味そうなもの飲んでるじゃん。 美柑に貰ったのか?」
去年、ララが誕生日プレゼントとしてくれた花が俺の帰宅をジュースを飲みながら歓迎してくれた。
ちなみに花の名前はセリーヌと名付けている。
花のような顔と枝のような手があるし、俺と意思疎通も『精霊』を通して行えるため名前をつけたのだ。
「ただいま・・・・・・ん?」
俺も早く冷たい物を飲もうと思い、玄関の扉を開ける。
すると、玄関には見たことがない靴が綺麗に揃えて置いてあった。
「客人か? けど、今は美柑しかいないはずだし・・・・・・」
しっかりしている美柑のことだから知らない人を家に入れたりはしないはずだ。
と、言ってもこんな靴を履く人物は俺の知る限り、美柑の担任の先生しか思い浮かばない。
「と、トシ兄ぃ! 大変だよ!!」
俺の声が聞えたためか、美柑が慌てた様子で玄関に姿を見せた。
「大変って、今来てる客人が何かしたのか?」
慌てている美柑とは反対に俺はいつもと変わらない速度で靴を脱ぐ。
「そうじゃないけど、とにかく早く来て!!」
「お、おいっ!?」
靴を脱いだ俺の腕を引っ張って、美柑と俺はリビングへ向かう。
リビングのソファにいた女性はなかなか綺麗な人で、リラックスしながら美柑が入れたであろうコーヒーを飲んでいた。
「あら? トシアキじゃない、お帰り♪」
俺と目が合った女性はそう言いながらカップを机に置き、笑みを浮かべる。
その瞬間、俺の名前を親しげに読んだこととリビングで寛いでいる姿を考えて答えを導き出す。
「・・・・・・母さん、いつ帰って来たんだよ」
「ついさっき。 ちょっと日本で仕事があったから、あまりゆっくりは出来ないけど」
どうやら俺の答えは正解だったようで、この女性は『俺』の母親にあたる人らしい。
家にいないと思っていたが、日本という単語が出たことから他の国で仕事をしているようだ。
「親父に連絡は?」
「急な仕事だったから連絡は出来てないの。 あっちの仕事の邪魔しちゃ悪いしね」
そう言いつつソファから立ち上がり、俺の傍にやってくる。
「?」
その行動に不思議を感じつつ、親が相手なら警戒することもないと思っていたのだが。
「もう! トシアキったら、知らない間にカッコよくなっちゃって!!」
「お、おいっ!? なにして!?」
傍まで寄って来たかと思うと、突然俺の身体を抱締め始めた。
女性特有の良い匂いと胸の柔らかな感触が俺の思考を一時的に奪う。
「ちょっと、お母さん! トシ兄ぃが困ってるでしょ!!」
そんな俺の姿を見かねた美柑が身体を張って引きはがしてくれた。
「あらあら、美柑ったら相変わらずトシアキにベッタリなのねぇ」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・・・・」
何やら微笑ましいものを見るような眼で美柑を見つめる母親。
その視線を受けて、頬を少し赤らめながらも満更でもない様子の美柑。
「・・・・・・じゃあ、俺は部屋に居るから」
そんな家族の良い雰囲気を壊すわけにはいかないため、俺は自分の部屋に戻ろうと踵を返す。
「あ、そういえばトシアキ。 美柑から聞いたけど、宇宙人の子が居候してるんだって?」
「ん? あぁ、そうだけど・・・・・・」
「ただいまー!」
「お、おじゃまします」
俺の声を遮るようにして、噂のララが帰って来たようだ。
西連寺の声も聞えたということは、遊びにでも来たのだろうか。
「ちょうど帰ってきたようだ」
「そうみたいね」
ララや西連寺をおいて自分の部屋に戻るわけにもいかないので、俺はリビングに残ることにした。
気を利かせた美柑が玄関まで出迎え、二人をここまで連れて来てくれた。
「トシアキのママ、初めまして! ララです!」
「えっと、西連寺です」
「むっ!?」
やって来た二人が挨拶をすると同時に立ちあがった母親は真剣な表情で二人に近づいていく。
「お、おい、なにして・・・・・・」
俺の声が聞えてないのか、母親はララと西連寺の周囲を歩き回り、様々な角度から見つめだす。
「ちょ、ちょっと!?」
「きゃっ!?」
そして、今度は二人の身体を隅々まで触り、掴み、揉み、始めた。
挙句の果てには着ている制服にまで手をかけ始めたので流石に止めに入る。
「凄いわ! 二人とも将来はモデルにならない!?」
「いいから落ち着け」
目の色を変えて二人に迫る母親の頭をコツンと殴り、ソファに座らせる。
「モデル?」
「お母さんはファッションデザイナーなんだけど、モデルのプロデュースもやってるんだよ」
ララの質問に美柑が答えているのを横から聞いて、俺はなるほどと納得する。
ファッションデザイナーで外国に居るということは結構有名なのではないだろうか。
自分の母親の仕事を今知った俺は感心しつつ、西連寺に視線を向けた。
「悪いな、西連寺。 こんな母親で」
「う、ううん。 大丈夫だから」
「あら? ひょっとして・・・・・・」
俺と西連寺が会話している様子を見ていた母親がそう言いながらコチラに近づいてくる。
「おい、母さん。 流石に二回目は本気で怒るぞ?」
「ち、違うわよ。 西連寺さん? ちょっといいかしら」
俺の言葉に慌てて首を振りながら西連寺だけを連れて少し離れる。
二人が何を話しているのか聞こうと思えば聴けるが、流石に悪趣味なのでそういうことはしない。
「わ、私! 急用を思い出したので帰ります!!」
そして母親に何か言われたのか、突然顔を真っ赤にして走って帰ってしまった。
「・・・・・・何言ったんだよ」
「ふふふ、人気者なのね。 少し妬けちゃうわ」
俺の質問には答えず、意味深な笑みを浮かべる母親。
そのすぐ後にまた外国に仕事へ行くということで空港まで見送りについていった。
「じゃあ、またね。 あっと、美柑」
「なに? お母さん」
離れた位置で呼ばれた美柑は何の疑問も持たず、母親のもとへ向かう。
何やら言葉を交わした後、先ほどの西連寺のように顔を赤くして戻って来た。
「ララさん、お母さんが呼んでる」
「えっ? 私?」
呼ばれたことに首を傾げつつもララは母親の所へ向かって行く。
「何を話してんだ?」
「えっ!? いや、べ、べつに何でもないよ!?」
俺の顔を見て慌てた美柑の様子で、どうやら俺には聞かれたくなかった話らしい。
「・・・・・・まぁ、いいけどな」
そう言っている間にララも戻って来て、母親は最後に大きく手を振って飛行機に乗り込んで行った。
「ララは何を言われたんだ?」
「えっと、頑張れって」
俺にはその言葉の意味がよくわからなかったが、隣で聞いていた美柑にはわかったらしい。
言われた本人もわかってないようだったが、応援されたのなら頑張るだけだとララは最後に微笑んでそう言ったのであった。
***
「いらっしゃいませ!」
元気そうな店員の声を聞きながら俺たちがやって来たのは街中にある一軒の店であった。
「服だけじゃなくて下着まで売っているのか、この店は」
女性物の服や下着類が売っている店なので俺には場違いなのだが、籾岡や沢田に連れて行かれたヤミを放っておくわけにもいかないので仕方ない。
「ヤミヤミ! こっちこっち!!」
店内の商品を物珍しそうな目で見ていたヤミを色々な服を抱えた籾岡が呼んでいる。
そもそもここに来る原因となったのが、ヤミの服装についてだったのだ。
「じゃあ、まずはこれに着替えてね」
「はぁ・・・・・・」
籾岡が持っていた服をヤミに手渡し、ヤミは言われるがままに試着室に入って行った。
学校の帰りにヤミに出会い、たまたま彼女が読んでいた本が母さんの書いたファッション雑誌だったのだ。
そこから、ヤミの服装はいつも変わらないという話しになり、それを聞いた籾岡と沢田がここに連れてきたというわけである。
「・・・・・・どうですか?」
今までの過程を思い返している内にヤミの着替えが終わったようなので見てみる。
「おぉ、似合ってるな」
いつもツインに纏めている髪を下ろし、帽子をかぶっているのが似合っている。
ドクロの入ったハーフパンツと組み合わせてボーイッシュで可愛らしい。
「じゃあ、次はこれ! 今度はこっちね!!」
今度は沢田に渡された衣装を持って再び試着室へ戻るヤミ。
「・・・・・・こんな感じですか?」
沢田に渡された衣装はいつもと同じような黒い衣装なのだが、ゴスロリの感じが出ており、それもまた似合っていた。
「ふむ、それもなかなか」
「それじゃあ、次いってみよぉ!」
再び籾岡が持っていた衣装をヤミに渡し、試着室へと押し戻す。
というか、お前らいつの間にそんなに服を持って来ていたんだ。
「でもやっぱり、ヤミヤミは可愛いから何着ても似合うよねぇ」
「うんうん! こんなに可愛い子が身近にいたら色々とコーディネートしてあげたくなっちゃうよね!」
籾岡と沢田がそう話しているのを後ろで聞きつつ、ヤミに似合う服を選ぶ二人のセンスも良いんじゃないかと俺は考えていた。
ちなみに俺の服への感想は女性陣の盛り上がりによってかき消されていた。
そんな感じで一時間ほどヤミは色々な服に着替えて、最後には今風のミニスカートにヒールを履いた女の子になって店を出た。
「あの、本当にコレを頂いてもいいんですか?」
結局、籾岡と沢田がヤミの服や靴を買ってやることになった。
ちなみにヤミの元々着ていた服や靴などは紙袋に入れ、俺が持っている。
「いいよいいよ! ヤミヤミにプレゼント!!」
「ほら! 結城も何か言ってあげなよ!」
籾岡も沢田も楽しそうにヤミの服を選んでいたので買ってもらったのはそれでよかったのだろう。
「いつもの服でも可愛いけど、その服も凄く似合っていていいと思うぞ」
「そ、そうですか。 ありがとうございます」
いつもと着ている服が違うからだろうか、照れている様子もまた違って見える。
「おっ、カワイイ子がいっぱいいるじゃん」
「ねぇ、ねぇ、君たち。 俺らと遊ばない?」
とそこへ声を掛けてきたのは大学生くらいの男たちだった。
籾岡と沢田、それからヤミと可愛い三人を目当てに声を掛けてきたのだろうが、相手が悪かったとしか言いようがない。
「やめとけ、痛い目を見ることになるぞ」
三人を庇う様に前へ出た俺はそう言って声を掛けてきた男たちに睨みを利かせる。
「あ? 何だテメェ」
「喧嘩売ってんのか?」
声を掛けていたことを邪魔されたのに苛立ったのか、俺の胸倉を掴み上げる。
俺の睨みも大して意味がなかったようなので実力行使しかないと考えていたのだが。
「その人は私の依頼主、手出しは許しません」
俺の後ろからヤミがそう言って前に進み出てきたのだ。
「お、おい、やめとけって今のお前は・・・・・・」
「はぁ!? 何言ってんの?」
「手を出したらどうなるわけ? おチビちゃん!」
いつもの動きやすい服装ではないので俺はヤミを止めようとするが、男たちが俺の声を遮って騒ぎ出す。
結局、ヤミの変身能力で男たちは数分で騒いでた口を閉じることになった。
「・・・・・・まぁ、結果はこうなるよな」
ボコボコにされて倒れている男たちを見ながら俺はため息をついた。
そして、男たちをそうしたヤミに視線を移す。
「だからやめとけっていったろ?」
「・・・・・・」
ヤミのスカートが先ほどの出来事で大きく破れてしまったのだ。
俺はとりあえず、持っていた紙袋をヤミに渡してやる。
「すみません。 せっかく頂いた服ですが、やはり私にはいつもの服が合っているようです」
「ヤミヤミ・・・・・・」
籾岡と沢田にそう言って頭をさげ、紙袋を持ってその場から去って行った。
その後ろ姿を俺たち三人は眺めていることしかできなかった。
~おまけ~
私は結城トシアキたちと別れたあとすぐにビルの屋上へと上りました。
勿論、変身能力はなるべく人目がつかない場所で行います。
そうしないと結城トシアキに怒られてしまいますので。
「・・・・・・着替えますか」
私はビルの屋上で周りから見えない所を探し、そこで紙袋に入っていた服に着替えます。
「やはり、これが落ち着きます」
着ていた服を紙袋へ仕舞うとき、ふと彼の表情を思い出します。
初めて知ったこの星での服の文化。
初めて着たこの星の衣装。
初めて感じたこの星の衣装を着たときに褒められた嬉しさ。
「・・・・・・ですが、なかなか捨てたものでもありませんね」
この服は破れてしまいましたが、この服を着たときの彼の微笑みがいい思い出になるので置いておくことにします。
次に新しい服を着たときに彼がどんな顔を見せてくれるか楽しみにしながら、私は今日も仕事に戻ることにしました。