窓から差し込む日の光を受け、今まで眠りについていた俺は顔を顰めた。
「んっ、眩しい・・・・・・」
今日から学年が一つ上がって新学期が始まるのだが、身体は居心地がいい布団から出たくないようだ。
「まぁ、いいか・・・・・・」
新学期ということよりも自分の欲求に素直に従うことにした俺は日の光を浴びないように布団を深くかぶる。
「トシアキ! 今日から二年生になるね、早く学校に行こうよ!!」
部屋の扉を開け放って侵入してきたララは朝から元気がいいようだ。
だが、残念ながら俺にとっては二年生になることでは元気になれない。
「・・・・・・俺は今日、行かない」
わざわざ誘いに来てくれたララには悪いが、今日はそんな気分ではない。
なにが悲しくてこんな居心地のいい布団から出なければいけないのか。
「えっ? トシアキ、学校に行かないの?」
俺の言葉を聞いて急に静かになったララは何か迷う様な仕草をして結局、部屋から出て行った。
「これで静かになったな」
ララが部屋から出て行き、安心してもうひと眠りしようとしたとき、ドタドタと騒がしい足音が聴こえてきた。
「トシ兄ぃ! 学校行かないって何言ってんの! 早く布団から出る!!」
次に俺の部屋に侵入してきたのは義妹の美柑であった。
彼女は部屋に入るなりそう言って、俺の布団を引きはがす。
「もう、去年もそんなこと言ってたよね。 まさか今年も言うなんて思わ・・・・・・」
俺から布団を引きはがした美柑は呆れた様子で話していたが、突然言葉を止めたと思うと顔を真っ赤にしてしまう。
「ん? あぁ、そういうことか」
最初は疑問に思っていた俺だが、今の自分の状況と年頃の義妹を思い浮かべて納得した。
「気にするな、これは朝の生理現象だ。 だいたい、去年一緒に風呂に入ったときには・・・・・・ぶっ!?」
俺は最後まで言いきることが出来ず、美柑が投げつけてきた布団に埋もれてしまう。
「き、気にするなって無理に決まってるでしょ!? それに前の時は大きくなかったもん!!」
後者の怒る理由が納得いかないが、とりあえず埋もれた状態から脱出する。
「と、とにかく早く起きてご飯食べてよね! いつまでも片付かないから」
俺が布団から顔を出した時には既に扉を閉めるところであり、美柑の背中しか見えなかった。
そして、そのままトントンと階段を下りて行く音が遠ざかっていく。
「・・・・・・起きるか」
もう既に居心地がいいとは言っていられる状態ではなくなったので、俺は起き上がり制服に着替えることにした。
結局、朝食を食べるときには美柑はまだ怒っていて機嫌を直すのに時間がかかってしまうのであった。
***
始業式にはなんとか間に合い、今は新しくクラスメイトが変わった教室で辺りを見渡していた。
半分くらいは見知った顔が揃っているが、もう半分については全然わからない。
「はぁ・・・・・・めんどくせぇ」
もう一度、クラスメイトを覚えなければならないと思うと、自然とため息を吐いていた。
「なにため息吐いてんだよ、トシアキ」
俺の後ろから声を掛けてきたのは中学から一緒だったという猿山だった。
男子で話せる相手が居るのは喜ばしいことだと考えていると、急に視線を感じた。
「ん?」
視線を感じた方を見てみると、初めて見る黒髪の女の子がコチラを凄い視線で見つめていた。
いや、アレは見つめているというより睨んでいるが正しいだろう。
初めて見る顔なので特に何かした覚えはないのだが、何かしてしまったのだろうか。
「どうかしたのか、トシアキ」
「いや、なんでもない」
猿山に再び声を掛けられ、視線をソチラに向けてそう答えたあとに再び彼女の方を見てみる。
しかし、その時には彼女は俺の方を見ていなかったので、詳しい話を聞きに行くことができなかった。
「ちょっと、いいかしら」
などと考えていたが、放課後になるなり向こうの方からコチラにやってきたのだ。
「いいけど、手短にな」
最初から敵意をむき出しにしている奴に対して付き合ってやる義理はないのだが、今日は予定がないので話は聞いてやることにする。
「あなたが結城トシアキ、であってるわね?」
「そうだよ。 そういうアンタは?」
「古手川唯、元一年B組のクラス委員よ」
その元クラス委員が俺に何の用があるのかと疑問に思いながら、話の続きを待つ。
「去年は西連寺さんが甘かったから問題視されてなかったようだけど、私が同じクラスになった以上、そうはいかないわ」
「去年に俺がなにかしたか?」
隣のクラスだった奴にそんなことを言われるようなことをした覚えはない。
ないのだが、知らない間に何かしていた可能性があるため聞いておく。
「とぼけないで! 私、聞いたのよ。 あなたが暴力事件を何件か起こしていることをね」
そう言われてみれば確かに何回か起こした覚えがあった。
しかし、理由もなく一方的に起こしたわけではない。
「そうか・・・・・・で、理由や原因は聞いたのか?」
「いえ。 私も話を聞いただけだったし、その時にはもう終わったことだったから」
つまり、コイツは俺がそういう事件を起こした『悪い奴』に見えていたわけだ。
別に『良い奴』になるために生きているわけではないが、理由も知らないのに一方的に言われることに少し怒りを覚える。
「直接見たわけでも、理由を聞いたわけでもなく、暴力を起こしたら悪い奴か」
「そ、それは・・・・・・でも、暴力はいけないわ! もっと他に解決する方法があったはずよ!」
「それはお前の考えだろ、俺には俺の考え方がある」
確かに争いや暴力は悪い解決方法かもしれないが、それらを使わなければいけない時もある。
俺はそういう風に考えているので、どうやら古手川とは見解が違うらしい。
「ちょ、ちょっと!」
別にわかってもらう必要性も感じなかったので、俺はそのまま教室から出て行くことにした。
それから何度か教室で古手川から視線を感じることがあったが、特に会話をすることもなくそのまま日々が過ぎて行くのであった。
***
「なに? 家庭訪問だと?」
「うん。 でも、お父さんが漫画の締めきりが間に合わないから急に帰って来れないって」
ある日、学校から帰ってくると美柑が電話を持ったまま玄関に立っていたので事情を聞いてみるとそういう答えが返ってきたのだった。
「仕事が忙しいからって俺とは違う実の娘のことを放っておくなよな」
「ちょ、トシ兄ぃ」
靴を脱いだ俺は美柑の頭をクシャクシャと少し乱暴に撫でまわしながら先ほどの発言を誤魔化す。
危うく美柑に余計な心配をさせる所だったと反省しながらリビングへ向かう。
「でも、いないものは仕方ない。 別の日に変えて貰うしかないな」
「うん。 でも、もう何回も日にち変えて貰ってるから・・・・・・」
俺が先ほどクシャクシャにしてしまった髪を整えながらソファへ腰を下ろした美柑。
「じゃあさ、トシアキが変わりにしたらいいじゃん、家庭訪問」
先に帰宅し、ポテチを食べてリラックスしていたララが美柑の横からそう言った。
「「えっ?」」
俺と美柑の声が重なり、お互いで顔を見合わせる。
確かに俺も家族で一応、兄としての立場ではあるが、問題はないのだろうか。
「俺は別に構わないが・・・・・・」
そう言いつつ美柑を見てみると、似合わない腕組をしながら考えて頷いていた。
「お父さんも帰ってこないし、仕方ないね。 トシ兄ぃ、お願いしていい?」
「・・・・・・わかった」
家庭訪問される美柑自身が納得したのなら俺としては別に問題ない。
帰って来ない両親に変わって俺が美柑のために頑張ることにしよう。
そういう結論が出てしばらくすると、美柑の担任の先生が訪ねてきた。
「あ、あの! こんにちは! 私、美柑ちゃんの担任の新田晴子です」
「こんにちは、いつも美柑がお世話になってます。 今日は父親が仕事でいないため兄である私が変わりをさせて貰います」
とりあえず、美柑の担任なのでなるべく丁寧に対応し、家の中に入って貰う。
俺が挨拶をした時に少し残念そうにしていたのが気になったが、そのまま客間へ案内する。
客間では俺と先生が向かい合って座り、俺の右隣に美柑、左隣にララが座っている。
というかララは別にいなくてもいいような気がするんだが。
「あの、そちらは?」
「えっ? 私? 私はトシアキの婚約者でーす!」
やはり先生もララの存在が気になったのか、それとも家族以外に美柑の学校でのことを話すのを躊躇ったからなのか。
尋ねられたララはララで、笑顔で嬉しそうにそう答えていた。
「そ、そうなんですか。 若いのに凄いのね・・・・・・」
先生は何やら感心した様子だったが、このままでは話が進みそうにないので、俺から話題を切りだしていくことにする。
「それはそうと、先生。 美柑の学校での様子はどうですか?」
「そうですね、美柑ちゃんは頭もよくて落ち着きのある良い子ですよ。 クラスの皆からもとっても信頼されています」
「へぇ、そうなんだ。 美柑」
かなり褒められていたので確認するように美柑を見てみると、嬉しそうに胸を張っていた。
義妹が褒められて俺自身も嬉しくなって隣の美柑の頭を撫でておく。
「ふふっ、兄妹仲が良いんですね」
そんな俺たちの様子を見て、先生も微笑みながらそう言ってくれた。
それからしばらく先生と話をしていたが、美柑は問題もなく優等生であるらしい。
スポーツや勉強も平均以上で友達もたくさんいるようだ。
ただ、家事を行っているため放課後に友達と遊ぶことが少なく、先生としては心配らしい。
「私は大丈夫だよ? 家事も好きだし、友達とは学校で遊んでるから」
美柑はそう言っていたが、小学生に家のことを全てやらせてしまうのも考えものだ。
まったく家にいない両親もそうだが、俺も美柑を手伝わなくてはいけないと考えさせられた家庭訪問だった。
~おまけ~
新しい学年になってクラスメイトも半分は入れ替わった。
私が確認している限り、このクラスには要注意人物がいる。
「・・・・・・彼ね」
自分の席に座ったままの彼は何をするでもなく、ただ教室を見渡していた。
最初は知り合いを探しているのかとも思ったのだけれど、彼は一通り見てため息を吐いたのだ。
「っ!?」
彼の噂は色々と聞いていた。
去年から彼は先輩との喧嘩や、学校外での暴力事件を数件起こしている。
そんな彼がため息を吐いたということは、このクラスに喧嘩相手が居ないと思ったからだわ。
「私が同じクラスになったからには問題なんて起こさせないわ」
そう呟きながら彼を見ていると突然振り返り、私と視線を交わす。
警告の意味も込めて、私は視線を逸らさず、ジッと彼を見つめる。
そんな時、彼は友人に呼ばれて私から視線を逸らした。
「・・・・・・やっぱり、一度注意しておくべきよね」
そのまま私は授業が始まるまで彼になんと言って注意するべきか考え込むのだった。
そして放課後になり、私は彼に声を掛けることにした。
だけど、結局彼は私の言葉を聞き入れずに教室から出て行ってしまう。
「でも、彼の考え方はやっぱり間違ってるわ」
彼は私の考え方と自分の考え方が違うと言っていた。
一度、彼が起こした事件のことを調べてみようかしら。
思い立った私はすぐに行動に移す。
去年の出来事なので覚えている人は少ないかもしれないけれど。
彼の考え方を正すため、まずは彼のことを理解しなくてはならない。
そのために私は行動を開始するのであった。