誠ちゃんを絶望ホテルの寄宿舎に来たもののは良いものの、どの部屋が誠ちゃんの部屋か少し悩んだところ、舞園さんが扉の『ナエギ マコト』と書かれたプレートが掛かっていたので、そこに誠ちゃんを入れ、ゆっくりと仰向けに寝かせた。
「…………」
舞園さんは不安そうな顔で誠ちゃんの顔を覗いていた。こういうと不謹慎だけど、少し可愛かった。
「大丈夫やて。そんな簡単に死ぬような奴やない」
まあ、あのパンチを見てしまえば、信憑性は皆無だが。
ただ、僕は信じている。この予定調和を。
「…………」
舞園さんは、返事こそ返さないが、顔でさえ返さないが、僕の言葉を信じているようには見えた。
「そういえば舞園さんって、中学の頃、誠ちゃんと会ったことあるんやな?」
「んえ?」
「は、はい……」
少し俯きながら頷いた。なんだこの可愛いの。
「クラスは違いましたけど、凄く、印象に残ってて……」
「へー、そうなんや。どんな印象やったん?」
何だか、ずかずかと舞園さんのテリトリーに踏み込んでる気がして嫌だけど、でも、少しでも話したいという、やましい気持ちもあったので、話を振ってみた。
「ええ、実はですね……結構噂になったんですけど、学校の池に鶴が迷い込んだんです。その時、先生は手も足も出せなくて、そしたら苗木君がその迷い込んできた鶴を逃がしたんです」
「へー、心優しい一面もあるんやね」
まあ、あらかじめ知っていたが、変に知ったかぶる、というより知らない振りををしたら怪しいというか恐いだろう。
「まあ、今日まで一切交流という交流はなかったんですけどね」
こんな状況下、ようやく実った、というとおかしいけど、この時になって、ようやく話せるようになった舞園さんにとっては、凄く幸運なことだろう。勿論、誠ちゃんも。
「よかったな。話せるようになって。さながら、鶴の恩返しといった感じやな。もしかしたら、間接的に恩返しをしているのかもしれんな」
「ふふ……そうですね。でもそれだと、苗木君だけが幸せみたいな感じになってしまいます」
「超高校級の幸運やからな。もしかしたら、幸運を撒き散らす能力があるやもしれん」
「それは嬉しいのか嬉しくないのかと考えれば、ちょっと微妙ですけど……」
しかしまぁ、こんな
「それじゃ、私は皆の所へ戻ります」
「ん、そうか」
何だが少し名残惜しいけれど、僕はもう少し、
「僕は誠ちゃんをもう少し看病しとくわ」
「わかりました。そういえば、まだ名前聞いてませんでしたね」
「僕は河上守。何の変哲もありたがる高校生や」
「改めて、私は舞園さやかです。これからよろしくお願いします」
とても可愛らしい笑顔を向けてくれた。しかし、仕事柄、営業スマイルだと思うと、少し空しく感じてしまう。
「河上さんと話せて、少し楽になりました。ありがとうございます」
その言葉を機に、部屋から出て行った。
何だか僕、恋しちゃいそう。
そんな思春期の高校生だった。
「舞園さん、か」
やはり、そうなってしまうのだろうか。
本当にゲームどおりに、進んでしまうのだろうか。
舞園さやかは、
「あかんあかん。今考えることやない」
何突然ネガティブになるんだ、僕は。この癖を、というより性格を直さないといけないな。
それよりも、僕にはやらないといけないことがある。
僕は誠ちゃんの顔を見てまだ眠っていることを確認する。
よし、まだ眠っているようだ。
僕はカメラに目線を向けて、まるで全てを知っているように、声を掛ける。
「モノクマ。見ているんやろ。少し話がある」
意味はないけど、何となく格好よく言ってみる。
「何か御用? 河上守君、だっけ?」
「よく覚えてるな。
「…………」
露骨に静まり返る。
「そんなことまで知ってるんだ。ボク、ドッキリかと一瞬思っちゃったよ~」
不自然なほどに状況に合わない口調に台詞。聞いているとムカムカしてくる。
「でもねぇ、皆にはナイショにしておいてほしいんだ。個人情報だからね☆」
「星をつけるな」
知らないちびっ子が見たら、可愛く見えてしまうだろうが。
「でもさぁ、いいの? 自ら大事な情報を、しかもボクに公言してしまって」
「どうせ知らんやろ? 僕の個人情報なんて」
「まあね。初対面だもん」
「今すぐこんな馬鹿げた学園生活をやめて、今の外の状況を皆に公言せいや」
「あらまこわい。ボク、不良に絡まれてるみたいだよぉ……」
弱々しくなるという、明らかにバレバレな演技を僕に見せ付ける。
「でもそれは出来ないお願いだなぁ。だって、そんなことしたらつまんないじゃん!」
「お前……! そんなことで教えんのか!」
「キャー! 襲われるー!」
「襲うか!」
襲ったら、僕の命が危ない。
「キャー! 犯されるー!」
「お、犯すか!」
「あ、
モノクマを犯すなんて、おぞましくて想像もしたくないが、中の人のあの美貌を思い出したら、ねぇ?
「変態さんなんだね、河上君は……」
「違う! 僕は断じて変態なんかやあらへんわ!」
「わかったよ。君の事は言わない代わりに、変態ってだけは言うよ……」
「それもやめて!」
僕の評価が著しく下がってまう! そんなことしてもうたら、僕はこの学園生活でいろんな意味で生きていけんくなる!
「まあ、キミがどこまでボクのことや外の状況を知ってるかなんて、僕が調べる余地はないけどさ、ボクはやめないよ?」
「
「……あめま!?」
「驚きの言葉を寛平ちゃんの物真似でするのをやめろ! 思った以上に似てへんぞ」
「さるまた失敬また来週~」
「来週っていつや!」
しかも今の若者には絶対分からないような古いネタも使いやがって!
そんな僕のツッコミも待たず、モノクマは消え、僕一人(正確には横になってる誠ちゃんもいる)になってしまった。
「逃げられた……」
脱兎のごとく逃げられてしまった。
いや、クマだけど。
「どうしようか……」
今となって考えたら、喋らなかったほうがよかったかもしれない。もしかしたら、この学園生活に何か変化を見せるのではないかと思ったけれど、寧ろ逆効果を与えてしまったかもしれなかった。
「…………」
さてどうしよう。僕も探索に行ったらいいんだろうけれど……この学校の地図は大体頭に入ってるからなぁ。しかもゲームでの視点がリアル視点だったから、どういう目線でどういう感じなのかも大方理解している。ならば、誠ちゃんが起きるまで、待っておくのも手かもしれない。
でもなんていうか、ストーカーぽい行為で、気は進まないけど。
ていうか、誠ちゃんが起きるのって、まだかなり時間があった。すくなくとも、10時間は気は失っていたのかな? 大和田に殴られたのが朝9時ぐらいで、午後7時くらいまで寝込んでいたのか。
それなら、僕も軽く探索に行った方が時間つぶしはできる。でも、とりあえず起こすぐらいの事はしておくか。
僕は誠ちゃんの寝ているベッドに腰掛け、軽く頬を叩く。
ペシッペシッと。
「…………」
なんだこれ。ちょっと面白い。
僕も気づかぬ間に、誠ちゃんのほっぺたをぷにぷにしていた。
ずっと触っていたい。なるほど。女の子が可愛らしい男の子のほっぺたを突っつきたくなる衝動というものを今始めて理解した。いや、理解してはダメなのだろうけど。
しかし、この柔らかさ。是非とも独占したい……! いや、考えてみろ。誰もいないこの空間だぞ。何にも干渉されない空間だぞ。まさしくこの状況は……。
「ふふふ……これで誠ちゃんのほっぺたは僕のもんや!」
何だか、危ない人だった。
悪い人に、狙われた苗木誠君だった。
「……んん……」
! やばい! このままだと起きてしまう! どうする僕! 誠ちゃんが起きてしまえばほっぺたがぷにぷに出来なくなってしまう! くそっ! どうすればいいんだ!
明らかな、本末転倒だった。
「…………」
誠ちゃんは僕の動揺なんか気にも留めず、寝返りを打った。
僕の方に。
「!?!?」
なんだこの可愛らしい生き物! お持ち帰りしたいよぉ!!
僕は腰をくねらせながら、歓喜に陥っていた。案外、モノクマの言っていたことは、本当なのかもしれなかった。
どうしようもない変態は、ここにいた。
「失礼します」
「!?!?」
僕はあまりにも突然の来訪者に心臓から口が出るほど驚き(口から心臓が出るほど、が正しい)、椅子から思いっきり立ち上がってしまったことにより、倒してしまった。プラスでもう一驚きの追い討ちだった。
「あら、河上君ではありませんか」
その声の主は、ついさっき僕を慰めてくれたセレスさんだった。
やばい。非常にやばい。勘の鋭すぎるセレスさんに変な風に思われてしまったら、その時は確実に変態扱いだ。
「や、やあセレスさん。お元気にしていた……?」
僕はなるべく平静を装い、いつもの口調で話す。
「喋り方……関西弁じゃありませんわよ」
「しまっつぁぁああああ!!!!!」
人生一代の大失敗だった。僕はもう元の世界に戻れないのか……!
って、なんで僕はほっぺたぷにぷに如きで
「一体どうしたんですの? 明らかにおかしいですわよ」
「なにもあらへんよ、セレスさん。僕は至って普通や」
「では何故、先ほど『しまった』と仰ったのですか?」
「それはさ、ほら、ついつい関東弁で喋ってもうたことの後悔の念や。何もおかしいこともやましいこともあらへん」
「やましいこと?」
「…………」
墓穴を掘ってどうするっ!!
「何か隠してますね? 河上さん」
どうする……! この状態は非常にやばい! 殺せんせーがドジ踏んで生徒にフルボッコにされかけている時ぐらいにやばい!
こうなったら、荒療治しかない……!
まあ、僕に対して荒になってしまうけれど。
「セレスさん。ちょっとこっち来て」
「……怪しいですわね」
「大丈夫。これに限ってはなんもあらへんよ」
「これ以外については、やましいことが──」
「ほうらぁ早く!」
僕はついセレスさんに怒鳴りっぽくモノを言ってしまった。
「………………あぁ……?」
「…………………………………………ごめんなさい」
素直に謝った。
素直に謝る僕って、えらいなぁ!
…………。
「と、とりあえずさ、こっちにきてや」
僕が次も促すと、無言でこっちに来てくださった。
なんと恐ろしく鬼のギャンブラー……!
「……苗木君が、どうなさいましたの?」
「ほっぺた……や」
ダメだ……怖くて堂々と言えない……。
「ほっぺた……?」
セレスさんは訝しげに僕の行った言葉を繰り返し、ずっと見つめていた。その時間がえらく長く感じた。
そしたら唐突にセレスさんは誠ちゃんのほっぺたをつっついた。
「…………」
そのままつっつくのをやめず、しまいにはぷにぷにしていた。
そのときのセレスさんの横顔が、えらく可愛らしい笑顔が見えた。気のせいだと思いたい。でも、何か嬉しい!
セレスさんは堪能したのか、ぷにぷにしていた指を止め、僕に向きなおす。
「これなら、仕方ありませんわね」
どうやら納得して下さった様だった。
「今回のことは、秘密にしておきましょう。勿論、私のことも秘密ですわ」
そう言うと、セレスさんは右手を差し出す。その意図を理解し、僕も右手を差し出す。
「これでお相子ですわよ」
「当たり前や」
言ってしまったら、僕が何されるか分かったもんじゃないし。
「それで、どうしてセレスさんはここにきたんや?」
今頃の質問だったが、訊かないと話は進まない。
「わたくしも、苗木君のお見舞いですわ」
「わたくしも、ねぇ」
何だか、裏がありそうな言い方だ。こういう人というのは、常に何かを隠している、感じがする。何か分かるかと、僕は集中して聞くのだけれど、ポーカーフェイスだし、やはり分かりにくいものはある。
「でも、どうしてお見舞いに?」
「大和田君にあそこまでぶっ飛ばされたのですから、心配はするでしょう?」
「…………」
何だか、違和感がある物言いだ。他人事で、まるで僕に気づけよ、って言ってるような感覚。
「本当に、それだけなんか?」
「…………」
黙ってしまった。何だか凄い剣幕だ。怖いよ、セレスさん。
「……聡いですわね。ええそうですわ。わたくしは別に苗木君の心配事で着たわけではありません」
「じゃあ、目的はなんなんや?」
「目的、というほどではありません。貴方にお会いしたかっただけです」
「なんで?」
「はぁ……案外鈍感ですのね、貴方は……」
「…………」
いや、理由としては思い当たることはあるけど、流石にそれはないだろうし……。
「まあいいですわ。時間を掛ければわかることですし」
「時間を掛ければ」
「ええ。だってわたくしは、ギャンブラーですもの」
ギャンブラー。
超高校級のギャンブラー。
ポーカーフェイス。
何を考えているのか、本当にわからない人だ。
「まぁ、そんなことよりも、本題を忘れていましたわ」
本題を忘れてたんだ……。
「そもそもそれ『だけが』理由でしたし」
「やっぱり騙されてた!!」
会いたかっただけなんて嘘じゃないか!
「本題というのは、そろそろ警察に河上君の犯行について連絡をせねばと思いまして」
「おい! さっき誰にも秘密って言ったばかりやないか!」
「しましたっけ? そんなの」
「してたわ! そんなのを! 右手と右手でしっかりと握手してたわ!」
「新たなセクハラですわね」
「違う! 明らかにパワハラだった!」
「何を物騒な。私と一緒に、苗木君のあそこを触れた仲じゃありませんか」
「いやらしくいうな! ほっぺた触っただけやないか!」
「認めましたわね。貴方は苗木君のほっぺたに触れた。つまり、セクシュアル・ハラスメントというのは、河上さんの真名ですのね?」
「話をねじ込みすぎだ! 何が言いたいかわからないし、僕はそんな奇怪な名前やない!」
「過剰セクハラ守、ですか。いやらしい名前ですわ!」
「あんたがたった今勝手に言い出しだしたんや! 苗字を変えて呼び名みたいにすんな!」
「ところで本題ですが、過剰変態ピンクさん」
「セクハラを変態と変えるだけで、かなり危ない人になった! しかもピンク! 男が一番いずらいやんか!」
「大丈夫。貴方の趣味のじょそ……いえ、言うまでもなく、秘密にしますわ」
「僕はそんな趣味披露した覚えないで!?」
なんだか、ツッコミばっかだった。
「そんな事より、河上君。先ほど体育館でいる全員で話し合った結果ですが」
「いきなり本題ぶっこむなぁ……」
切り替えが早すぎる。
「この学校内部を皆で探索することになりました。午後7時に集合ということでしたわ。それだけをお伝えしたかったのですわ」
「伝えんのに、どんだけ時間掛かってるんや……」
いやまあ、その原因の一因は、僕に責任があるのだけど。
「それともう一つ」
ん、一つじゃなかったのか。
「先ほどの会話……少しだけ楽しかったですわ」
「……ああ」
何だか、初めてこんなこと言われた気がする。
「では、ごきげんよう」
セレスさんは誠ちゃんの部屋から出て行くと、何だか部屋の中が静かに感じた。
ていうか、人様の部屋で騒ぎすぎだった。
誠ちゃんの様子をみると、まだ寝ているけれど、これ以上誰かと接触すると、碌なことになりそうになかったので、僕はその部屋を後にすることにした。
下手の横好きとは、まさに僕のための諺じゃないだろうかと思います。
ためなんて、そんな僕は偉くないけどね。貶してさえいる気がする。なんでだ?