昼下がりと言った所で、外に太陽が出ているかなんて確認不可能だが、僕は昼食を取り終えてお茶を飲んでいた。
飲んでいるのは普通の麦茶なのだが、のどが渇いている時は絶妙な美味しさを引き出すもんだからいつも飲んでいるけれど、のどが潤っている時に飲む麦茶は微妙な後味だった。だから途中からお茶の飲むスピードが遅いんだけれど。
僕はお茶を飲みながら、今までずっと昨日の事で考えていた。
唐突に起きた人気アイドルの死。あの明るいスマイルには、未来を期待させる偉大な何かを背負っていた。僕自身はそう思っていた。僕らが、ここから助かるために大切なスマイルだった。
その突然の死に、僕らは
何が起きたか一瞬理解できなかった。気付いた時には、彼女は死んでいて、気付いた時には、調査が始まっていて、学級裁判が始まった。
大神さんの無念の無慈悲な処刑で、僕はさらに混乱していた。色々考えていた。というより、何も考えていなかった。
そして僕は、あんな事になる前に何かできたんじゃないのかと、どうしていち早く彼女の身の安全を守らなかったのかと、どうして警戒を怠ったのかと自問自答し、暗く広い迷路を彷徨うように僕はそれをくりかえしていた。
食堂の時計の針が動く音だけがこの空間を支配する。死の宣告が待ち受けているかのような気分になる。ただただ、この異世界が怖かった。
僕がずっと
「顔が未熟なリンゴのように青いですわよ、河上さん」
その気品溢れた口調と声質に、僕は顔を上げた。
「あ、セレスさんかいな」
「こんにちわ。お目覚めですか?」
相変わらずの笑顔っぷりに、僕はさっきまでのネガティブな気持ちを落ち着かせる事ができた。我ながら単純な思考回路だ。
「何か考え事でもなさっていたのですか?」
「ちょっと、ボーッとしてた」
「なんとまあ。三階の探検にも向かわず暇つぶしとは、とんだマイペースですわね」
ただただ無気力な僕に何ができようというのか。探検したところで、ただ目で見て記憶もせず過ぎ去るだけだ。探検する意味なんてない。
「殺人のトリックに使われたときの為に、確認しておいたほうがよろしいのではなくて?」
「いや、一応地図は頭に入ってるから」
「いつの間に?」
「んー」
本当のことは言えまい。何か嘘をつかないといけない。しかしセレスさんに嘘なんて通じないだろう。だから咄嗟に出たこのいい訳は信憑性があった。
「皆が行く前に先に見に行っていたんだよ」
「今朝モノクマさんに体育館に集合を掛けられ、新たな階を開放したのでしたわね。そして今回はバラバラに調査に向かったのですが、その時いの一番に十神君が向かったはずですが?」
「すれ違いかもしれん」
「そうですか。確かにあの広いエリアであれば、すれ違いも起きるでしょうね」
納得してくれたセレスさんはそれ以上僕に追求しなかった。
その後特に話すこともなく、ただ時間が過ぎていき、それではとセレスさんが告げると食堂から姿を消した。
食堂にまた人のいない静けさが戻っていた。前までこの時間帯ならば誰かが常にいたはずなのに、暖かい食堂はいつの間にかただ寒い部屋になっていた。
それから何時間と僕は食堂に居座り、気付いた時には午後四時になっていた。その時、朝日奈さんが食堂へやってきた。
「あ、河上。いたんだ」
いつもは明るく僕の名前を呼んでくれた朝日奈さんは、前までとは別人のように素っ気無く僕の名前を言った。
「よっす、朝日奈さん。ドーナッツ食べにきたんか?」
「うん。調子がまだ戻らないからね」
「そっかー……」
「うん、そうだよ……」
言葉が続かない。前までならもっと話が弾んでいたんだけれど、気まずくてしょうがない。朝日奈さんも何か言おうとしているのか、俯きながら顔をあげの繰り返し。
そうこうしていると、朝日奈さんは手をグーにして、決意したかのように顔を上げた。
「あ、あのさ、河上……」
「何や、胸を見ていいんか?」
「…………サイテー」
うん、だよね。
やっぱり僕は正気じゃないようで、胸のボインの女の子に対して破廉恥なことを言ってしまったようだ。まったく、正気だったら絶対そういう言い方はしないぜ、僕は。
朝日奈さんはそそくさとキッチンに入っていくので、慌てながら弁明するために僕もついて行った。
「あ、朝日奈さん、冗談やがな……」
「…………」
無言で返される。
「ほら、こんなムードやしな? ちょっと雰囲気和らげようと思ってやな……」
それでも尚無視し、朝日奈さんは僕から逃げるようにキッチンを回り、僕は朝日奈さんを追いかけるようにキッチンを回っていた。さながら、彼女を怒らせてしまった彼氏のようだった。いや、体験談ではないけれど。
「ほらほら、朝日奈さんも『きゃーん! 河上のえっちぃ!』って言ってみ! 気分は高揚するで!」
果たしてこれはセクハラに値する言動ではなかろうかと危機を感じたが、そういえばこの封鎖された学園では、警察はアリにも及ばない弱輩だったことを思い出した。
よかった……学園の中で……。危うく僕の清らかな経歴に前科が付くところだった。
何だか自分で言ってて悲しくなってきた。
「やからな、ほら、僕と一緒にセクハラしようや!」
いやもうダメだろこれ。何言ってんだ僕は。不愉快にも程あるぞ。
やはり僕は正気じゃなかったようだ。
と頭の中で両親と朝日奈さんに罪悪感が生み出されそうになっていた時、朝日奈さんは急に立ち止まった。そのまま激突しかけたが、僕は命を二年削る思いで急ブレーキした。
朝日奈さんが振り向くと、彼女の目元に水滴が乗っていた。泣かすまでやってしまったかと僕は一瞬後悔したが、彼女の言葉で、それが誤解だとわかった。
「どうして……どうしてそんなに元気でいられるのよ……」
震えた声で、そう言った。
「私にはもう、無理だよ……耐えられない……」
「…………」
「もう我慢できないよ!」
そういうと、朝日奈さんは立ち止まった横に机の上にあった包丁を手に取った!
僕はさっきので冷静さを取り戻していたからか、包丁をお腹に突きつける瞬間に朝日奈さんの手首を両手で思いっきり掴んだ。
数秒間、僕は朝日奈さんの手首を掴んでいた。勢いが止んで、僕は朝日奈さんの手に握られていた包丁をすぐに奪い取って、次は絶対届かないように机の奥へと滑らした。
今も朝日奈さんの手首を離していない。何をやらかすかわからないからだ。
沈黙の時間がまたやってくる。
朝日奈さんは落ち着いてきたのか、腕がのっしりと重たくなるように脱力していた。落ち着いた声で、彼女は口を開く。
「この学園に来て、酷い事ばかり起きて…………この学校に来る前はね、凄く楽しみにしてたんだ。どんな子と友達になれるだろう。同じ趣味の子がいるかな。きっと楽しいだろうなって……だからね、人が殺されたって聞いて、私まで死んじゃうかと思った」
軽く深呼吸する朝日奈さん。
「でね、裁判が終わった後で、舞園ちゃんにドーナッツあげたんだ。そしたら凄く喜んでくれて。意気投合って言うのかな、何だか一緒にいたら……悲しい気持ちが忘れられた気がしたんだ……。でもね……でもね……っ」
喋る
「もう、舞園ちゃんがいないのッ!」
ダムが決壊したかのように涙があふれ出す。
「仲良くなれたのに! あんなに優しかったのに! もういないんだよ!」
悲痛な叫び声が耳にガンガン鳴り響く。
「なんで……死ななくちゃいけないの…………もう、嫌だよぉ……」
朝日奈さんは僕の胸に