と、今思えば、よくよく考えれば、どうして戦刃さんは僕に話しかけてきたんだ? いや、戦刃さんとの会話は凄く楽しかったが、しかし他愛ない世間話なんて次の日にすればいいし、夜中に来る必要性は無い筈だ。なのに、何故昨日の夜、僕を引き止めてまで話そうと思ったのだろうか?
流石に、僕に特別な感情とやらを抱いてる訳ではないだろうが。だとしてもやっぱりおかしい。夜時間になる十分程前だった。何かを隠しているのか?
そんな事を考えながら、僕は昨日寝たのだが、あんまり眠れず、レム睡眠を彷徨っていたので眠りが浅かった。モノクマアナウンスが鳴ったときは、本気でうんざりした。気持ち考えぇや、まったく……
そんな当て付ける事も出来ない文句を思いながら僕はベッドから立ち上がり、とりあえず食堂へ向かった。
しかし、食堂には誰も居なかった。もしかしたら、僕が一番乗りなのかもしれない。
僕は一番という称号に、特に意味も成さないのに喜びながら、鼻歌交じりに僕は厨房へ向かった。
セ「あら。河上君ではありませんか」
山「おお、河上守殿。おはようございます」
守「……おはよー」
何で先着いるんだよ。何で僕が一番トップじゃないんだよ! 喜んでた自分バカみたいじゃないかッ!!
山「おや、元気が無いですな。先ほどまでとても嬉々として鼻歌を歌っていたのに……」
セ「ええ。何か楽しい事でもあったのでしょうか? 河上君」
守「なんもないわ!」
セ「あら。朝から脳を奮い立たせると、血液の循環がよくなりすぎて死んでしまいますわよ」
山「な、なんですとぉぉぉぉぉぉ!」
山田が無駄に熱かった。あっちっちだった。何だよこのどでかいフレア機は。
と、心の中で文句を言いまくった僕だったが、僕はセレスさんの言っていた意味を何となく考えていた。
守「それって、朝風呂に入るのはイケナイ理由みたいな奴か……?」
セ「鋭いですわね。さすが河上君ですわ。ついでに朝に○○○をするのも厳禁ですわね」
山「○……○○○……!?」
守「やめんかぁ! 変に興奮する奴おるやろが!」
セ「ご心配なく。文章になる時は伏せ字になるかと思いますから」
守「いや、ここで聞いてる奴の話やねんけど……」
もう効果音で言ったら、バキューンッバキューンッと鳴り響いてるだろう。その言葉どおりに山田の目つきは眼鏡越しからでもよくわかった。完全に目が逝っていた。変態すぎるだろ……。バキューンに奮い立たせすぎだろう。
山「お……お嬢さん……も、もう一度、先ほどの言葉を……繰り返して、頂けますか……?」
セ「あら? 聞きたいですの?」
山「是非ともぉっ!!」
セ「うるせぇよゲロブタ野郎がぁッ!!」
山「ひぃぃぃぃぃぃッ!!」
セ「ちっち下ネタ吐いてないで作業しろやゴルァッッ!!」
山「は、はひぃぃぃぃ!!!!」
いや、下ネタ始めに吐いたのセレスさんなんだけどさ。
そういうと、山田は瞬時に台所へ向きなおし、その作業とやらに取り掛かった。
……僕までチビりそうだった。
セ「恫喝はいつの時代でも使えるので便利ですわ」
守「もう普通の技やん……」
セ「あら。そんな常時している訳ではありませんわ。偶に使うから効くのです」
守「説得力ありすぎて怖すぎるわ」
セレスさん、マジで怖いぞ。ゲームじゃなくリアルで聞いてるから、子供の頃のトラウマが蘇ったよ、おい。
その後、僕はセレスさんに
山「山田一二三特性の、ロイヤルミルクティーの出来上がりだぁッ!」
今にもドンドンパフパフ、との効果音が聞こえてきそうなぐらいの盛り上がりを見せた山田。何でそこまで喜ぶ、と疑問に思ったが、その続きの言葉で解決した。
山「昨日の指導を受け、我輩は鍛錬を育み……よりによりを掛けて作ったロイヤルミルクティーの真骨頂を、お見せする時だぁ!」
と、どうでもいい紹介をさて置き、どうやらロイヤルミルクティーを作っていたようだった。
セレスさんは台所に置かれた紅茶を手に取り、香りを味わうように鼻に近づけ、次のカップにキスをするように口につけ、ティーを啜る。
その一つ一つの動作に華が有り、色気があり、何か興奮するような感情が芽生える。まるでセレスさんが周りの何もかもを融合するかのように、全てを包み込むとさえ感じた。
場の緊張を、表していた。
セ「……ええ」
先ほどの緊張から解き放たれた、セレスさんの声。
紅茶を飲んだ口から、次に放つ言葉は何なのか、僕と山田は、今までに無いほどの緊張を催した。
セ「……本場と比べるとクソまずいですが、前作ったのより格段に味は上がっていますわね」
その言葉を聞いた山田は、嬉しそうに涙をうるうるしながら、感動していた。今にも、せせらぎ流れる川のような勢いだった。
しかし、そうはせずに山田は涙を拭い、右手を上げて、左手を胸の前に持っていき、アクショ○仮面を想起させたポーズだった。
山「正義は勝つ! ぬわーはっはっはっは──」
セ「うるさいですわよ」
山「すんません……」
しかし、一気に冷めてしまった。喜ぶヒマも与えられない山田君。しかし、うるさかったのは事実なので、喜ぶヒマも与えられないのは仕方ない。
そんな楽しい事が厨房で起きていたが、しかし、山田とセレスさんが一緒なのはどうしてなんだ?
そんな疑問を、セレスさんに訊いてみるのもいいが、嗜み中だから邪魔すると悪いだろうし、山田に聞こうか。
守「山田。何で今日セレスさんと一緒なんや?」
山「あぁ……昨日の夜に、セレスティア括弧以下略殿に、紅茶を入れてほしいと言われましてな……」
セ「……何故、略すのでしょうか」
山「セレスティア・ルーデンベルク殿にカップを割られてしまうほど紅茶がお気に召さなかったようなので、今日の早朝に紅茶の入れなおしを命じられたのです」
守「そうなんか……苦労してるな、山田……」
山「大丈夫……いつか、報われる時が来る筈だ……」
セ「あなた方はわたくしを怒らせたいのでしょうか?」
僕の忘れやすい記憶によれば、確か早朝に紅茶を入れて、セレスさんが出来損ないと判断してカップごとぶっ壊して入れなおさせる、と言うのは覚えている。
それが、昨日に続いた話となると、やっぱり予定調和とはいかないらしい。いや、もう予定調和なんざ気にしてない。正直、もう僕の中では説得力はない。今までの学園生活で、嫌と言うほど身体に刻み込まれた。
何が起きるか分からない、その恐ろしさに苛まれることになるけど、それに挫ける訳にはいかない。立ち向かうと、僕は決意したんだ。
その心の中の決意表明と同時に、何人か食堂に来たようだった。僕らも食堂へ戻り、皆と朝の挨拶を交わした。
数分後、十神以外の皆が揃っていた。
いや、舞園さんも、来ていなかった。
朝「舞園ちゃん、来てないね……」
腐「あ……当たり前じゃない……あいつは……こ、殺そうとしたのよ……」
そうだ。彼女は、殺そうと企てたのは確かだ。
殺人を犯そうとしたのは、確かなのだから。
苗「で、でも、誰も殺してないんだから、いいじゃないか……」
葉「よくねぇべ! また誰かを殺す事を企ててるに違いない! そうしたら、次は俺かもしんねぇだろ!? 俺は嫌だべ! 死にたくないべ!」
セ「いっその事、監禁するのも手ですわね」
苗「か、監禁って……!」
いや、それは幾らなんでも過剰じゃなかろうか。
守「それは、やり過ぎやないか……?」
セ「しかしながら皆が恐怖を覚える対象を、皆が安心して生活を送れるようにする方法は、監禁するしか無いと思います」
葉「そ、そうだべ! そしたら、安心できるべ!」
セ「しかしそこで問題が発生しますが」
葉「へ?」
江「問題って、何よ?」
セ「誰が監禁させるか、ということです」
山「確かに問題といえば問題だらけですが……」
セ「そこに監禁すれば、いつの間にか衰弱死……つまり餓死の危険性があります。もしそうなってしまえば……監禁した物が、おしおきされるという、最悪の手で最悪の結果も生み出すかもしれません」
葉「そ、そんじゃ、監禁したらやばいじゃねぇか!」
セ「ええ。そうしない方がよろしいでしょう」
朝「何がしたいのよ……」
セ「……? どうしたのでしょうか?」
朝「何でそんな危ない事しか言えないの?」
セ「わたくしは提案しただけですわ。勝手に思い上がったのは、葉隠君でしょうに」
葉「お、俺?」
朝「こんな時に、そんな提案する? 監禁だなんて、どうしてそんな怖い事考えれるのよ……」
セ「わたくしは不安に対する解決策を述べたまでですわ」
朝「それで舞園ちゃんをどうするつもりなのよ」
セ「知りませんわよ。わたくしが実行するわけではないですし」
朝「何でそんなに無責任なのさ!」
セ「……うるさいですわ。ちょっとお黙りになって下さい」
朝「どうしてそこまで無情に言えるんだよ! おかしいよそんなの! どうして舞園ちゃんのケアとか、考えない──」
セ「──っるせぇんだぉょこのクソビッチがぁぁぁッッ!!」
朝「ひっ……」
セ「黙れってんだろうがよッ! あぁッ!? 私に当てつけして何が楽しいんじゃゴラァ! 飽き飽きなんだよ! 被害妄想も程ほどにしやがれやぁッ!」
どんな不良でも、ここまでビビる程のキレ方はないだろう。真似できない恫喝だった。いや、真似するべきではないけど。
セ「……舞園さんは殺人を犯そうとした。それ相応の報いというものは必要の筈です。それを守ろうとする心は、ただの偽善です。悪い事は悪い。それでも守ろうとするのは、朝日奈さんは、舞園さやか信者だからですか?」
朝「…………」
セ「悪い事の範囲を見誤る事は、自分の死のカウントを近づけさせるだけ……それさえ分かってもらえれば、わたくしとしては十分の成果です。それでも舞園さんを守ろうとする心があるのなら、わたくしには、どうしようも出来ないでしょうけど……」
朝「私は……わたし…………」
そのまま、黙りこくってしまう朝日奈さん。俯いたまま、それ以上は喋らない。
セ「その程度の事で、私に説教したのですか? ちゃんちゃらおかしいですわね。結局その程度でしかないんですから」
苗「僕は……舞園さんを守るよ」
誠ちゃんはそう言った。
セ「……どうしてでしょうか」
苗「約束したんだ。舞園さんも一緒に……ここから出るって……」
セ「そうですの。苗木君、舞園さんのファンなんでしょうか?」
苗「ファンって言ったら、そうなのかもしれない。けど……僕は僕の意思で、舞園さんを守りたいと思ってる。それがどう思われようが、僕には関係ない」
霧「確かにその通りよ」
と、霧切さんが誠ちゃんの話に加わってきた。
霧「私たちが舞園さんを監禁したところで、このままだと殺人は起きるでしょう。舞園さん関係で起きるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今ここでいがみ合っても、意味はない。それに私たちの目的は、殺す殺されるではなく……どうやってここを脱出するかが一番の目的の筈よ」
苗「霧切さん……」
腐「な、なら……舞園が暴れたらどうすんのよ……」
霧「大神さん。その時は頼めるかしら?」
さ「……善処しよう」
腐「……わ、わかったわよ……」
朝「わ、わたしも!」
と、朝日奈さんが声を上げた。
朝「私も……舞園ちゃんを守るよ。舞園ちゃんだって、ここを出たいと思ったから殺人をしようとしたけど……でもそれは、責められるようなことじゃない。私たちだって、起こり得るんだよ。それを無下にするなんて、私にはできない」
それは、朝日奈さんが必死で考えた、決意だろう。
決意表明。
僕も、言うしかないと思った。
守「僕もそうするで。舞園さんを助ける事はできんでも、信用する事はできる。サポート役ぐらいなら出来る。それぐらいしか、出来ひんけどな」
山「わたくしもお勤めいたしましょう!」
江「流石だわ。そこまで言われたね……私も舞園を信用するけど……」
千「う、うん……ボクも……出来る事なんてないけど……絶対に、裏切らないよ」
さ「我も……善処しよう」
紋「ま、まあ……相手が女だしな。手荒な真似はしたくねぇし……」
葉「……お、俺も……信用する、べ……」
皆の決意は、皆の心は、それで一緒になったような気がした。
セレスさんを除いてはの話になるけど……。
これじゃあセレスさんが悪役みたいじゃないか……。
それを機にしてセレスさんも舞園さん側に来るかと思った。だが、
セ「それが正しき道なのでしょうね」
そう言った。
まるで他人事のように、そう言った。
セ「あなた方が出たいと言う感情は、恐らく真実でしょう。しかし、そんな気持ちを胸にお持ちなら、この
苗「ま、待ってよ……なんでそんなに、セレスさんは、舞園さんを信用しないの……?」
セ「1週間も経たずの仲良しごっこに付き合うほど、わたくしは子供ではありませんわ。それに、わたくしは貴方を信用できても、あなた方を信用できる要素がないですし」
それは、誠ちゃんだけしか信用していないと、言ったようなものだ。
セ「全員で仲良くお高くとまっても、わたくしを倒す事はできませんわよ。あなた方の絆は、所詮は糸切れなのですから」
朝「何でセレスちゃんは、そう思うの……?」
セ「そう思うからです」
朝「へ?」
即答だった。
こんな滑ならか即答、なかなか無い。
セ「わたくしは、人を疑う事を常にしてきましたから」
セレスさんは一拍置いて喋る。
セ「同情はよしてくださいませ。生き方を否定するのは、お
まるで僕の事を、僕らのことを見透かしたように、そう言った。
セ「わたくしは部屋に戻ります。それではごきげんよう」
そんなテレビ番組の名前でしか聴かない挨拶で、セレスさんは食堂から立ち去った。
守「…………」
僕らは、その後数分間、立ち尽くしていた。
理由はどうしてかは分からない。
セレスさんを誘うのを失敗したからか。
セレスさんの生き様を聞いてしまったからか。
セレスさんと僕らの嵐の様な喧嘩が終わって静かになったからか。
僕には、分からない。
江「でさ、どうすんの? 舞園を今からでも呼びに行く?」
沈黙に侵略されたような雰囲気を壊したのは、戦刃さん──江ノ島さんだった。
紋「呼びに行くっつってもよ……どうやってだ?」
霧「どういう事かしら?」
紋「いや、だってよ……舞園が閉じこもってたら、俺達が部屋から出せると思えねぇんだよ」
苗「……僕が、何とかするよ」
霧「無理でしょうね。苗木君が言ったら、彼女は責任を感じてしまうでしょうし」
朝「うーん……どうしたらいいんだろう……」
舞園さんを呼び出す方法なんて、正直思いつかない。
朝「そうだ。パーティーってのはどう?」
江「は? パーティー」
朝「う、うん。皆で、舞園ちゃん許しちゃおうパーティー開こうよ!」
守「安直な名前やな」
朝「名前はいいの! だって舞園ちゃんが、少しでも気持ちを和らいでくれたらいいでしょ?」
苗「いいかも、しれないね」
腐「いつのにするのよ……?」
朝「今日の夕方──7時にしない? 早いほうが良いだろうし、美味しい料理も、皆で作ろうよ!」
千「いいんじゃないかな? 図書室に行けば、料理の本もありそうだし……」
朝「じゃあ決定だね!」
そんなこんなで皆で食堂でわいわいがやがやと、パーティーのメニューだったり、どんな料理するかだったり、食堂をどう装飾しようかだったりを決めていた。
途中、僕はトイレに行きたくなり、僕は食堂から出た。
その時、食堂の近くにセレスさんが立っていた。
守「……セレスさん? どうしてこんなとこにおるんや?」
セ「あらあら河上君。どうして食堂から出てきたのですか?」
質問を質問で返された。
何でこんなに切り返しスキルが高いんだこの人は。
守「僕はトイレに行こうと思ってな。セレスさんも、そうなんか?」
セ「……もう少しデリカシーを持ってください。素でそういう事を言う人は嫌われますわよ」
確かに、軽率だったかもしれない。冗談のつもりだったが、これからは気をつけよう。
守「それで、どうしてセレスさんはここにおるんや?」
セ「……散歩ですわ。さっきの言い争いの鬱憤をさらすには、散歩が一番いいと思っただけですわ」
……何だろう。何となくだけど、言い訳をしているように聞こえてくる。
だけど言い訳にしても、どうしてしているんだ? 僕にそんな事を言っても、意味も無い事は分かるだろうし……
守「……セレスさん。もしかしてセレスさんは、食堂にもど──」
セ「わたくし、用事がありますので」
そう言って強引に話を切り上げられ、セレスさんは寄宿舎へ行った。
いや、用事は散歩じゃなかったのか?
しかし、真相は聞けずじまいに終わり、セレスさんが個室に戻るまで僕は突っ立っていた。
僕はセレスさんがどうして急ぎ足で戻ったのか分からず、考えていたが、尿意に敏感になった僕の膀胱は警告の変わりに身震いを起こさせたので、僕は急ぎ足でトイレに向かった。