霧切さんと分かれて、僕は誠ちゃんの部屋へ戻り、風呂に入って就寝に着いた。
次の日の朝、モノクマのモーニングコールにてやはり目を覚ます。
「おはよう誠ちゃん」
「おはよう守君」
挨拶はコミュニケーションでとても大切なものだと、僕は思っている。だから前の高校にいた時も、先生を見かけたら挨拶をする、という習慣はある程度つけていた。
「しかし、朝7時に起こすモノクマは、結構身体的に健康な奴なんかもな」
「そうだね。精神的には不健康そうだけど……」
そんな冗談を言い、僕は寝ていた身体を起こす。
「朝っぱらやし、散歩するのも悪くないか。探索の意も込めて」
そう言いながら、布団を畳む。
「なら僕は、誰かと話しに言ってくるね」
誠ちゃんもベッドから立ち上がる。
「よし、じゃあ先に行くで」
そういい残し、僕は部屋から出た。
と言っても、四六時中散歩なんざしたら散歩が楽しすぎて散歩症候群になってしまう。
というわけで、僕は昨日霧切さんと話していた教室に来ていた。理由と言っても、何となくまた霧切さんがいないかな……と希望的観測を抱いたけど、まあ都合よく
「あ、なんだぁ、河上じゃん!」
「……江ノ島さんか。どうしたんや、こんなところで」
「探索でもしようかな、っと思ってさ」
僕からしたら、嘘マックス百パーセントなことだった。
ここは、少し鎌を掛けてみようか。結構高等な技術ではあるのだけど、しかし、話べたな僕でも、集中したら出来るはず……そう思い込み。
そして僕は、少し嫌みったらしく言う。
「こんな朝っぱらから、ご苦労やな」
「そりゃそうでしょ。皆の命が掛かってんのよ?」
「それで? 明らかにこの教室には何もなさそうやけど、しかもこんな教室より、他に明らかに調べる要素あると思うけど?」
「……喧嘩売ってんの?」
「喧嘩売るほど、僕は強くない」
「……アンタさ、結局何が言いたいわけ?」
「江ノ島さんは、どうしてここを調べていたか」
「…………何か見つかるかなって……」
「何かって、何を?」
「……だーっ!! アンタには関係ないでしょ!?」
「関係はある。人を助けることが出来る情報なら、大いにある」
「なら、私の邪魔しないでよ!」
「邪魔やない。協力や」
「結局はアンタが邪魔してるのよ!」
「…………」
「もう私たちの邪魔をもうしないでよ!」
「……私たち?」
「っ!」
江ノ島さんは「失言したっ」と言うような顔をしていた。
ボロが出てしまっていた。
「私たちって、他の人に誰がおるんや?」
「…………」
「私たちの邪魔って、僕は他の皆に邪魔なことした覚えはない。つまり、江ノ島さんは、他の誰かと協力関係を置いていて、尚僕が邪魔になるような奴は、僕が思っている限り、一人ぐらいしか考えられん」
「…………」
「モノクマや」
江ノ島さんは、俯いたまま口を開く。
「…………なんで……なんで私たちの邪魔をするの……」
「僕はこの学園の生徒を助ける、その為に動いてる」
「……私は……私の……超高校級の絶望として動いてるのを、知ってるの……?」
「あたっりめいだべらぼうめ(棒)」
「…………」
少し冗談を入れたつもりだったけど、ウケてはくれなかった。
「……僕はこの学園のこと。今回参加の今の生徒のこと。黒幕のこと。今起きている外界のことを知っている」
「……だから、うざがってたの……」
江ノ島さんは、辛そうな顔をしていた。
「盾子ちゃんに怒られちゃうかもしれないけど、でも、もう貴方の前で正体を偽ったところで、何も変わらない」
「そうか……」
江ノ島さんは、戦刃むくろは、そう言った。
何だか、凄く悪いことをした。僕の中で罪悪感が湧いて出てくる。
「……私をどうしたいの?」
「その前に、ごめんな。鎌かけるようなことして……」
「……何それ。謝って何がしたいの」
「だって、悪いことしたし……」
「なら何で鎌掛けるようなことしたの。私にしたかった事って、謝ることなの」
「…………」
「どうなの? はっきり言って」
「…………」
「……貴方のその態度は、逃げている。貴方は良い人そうに装ってる様にしか見えない」
言い返す言葉は見つからない。言い返せる言葉がない。
「貴方は、偽善者。私にははっきりそう見えた」
「そ、そんなことない──」
「じゃあ、何で謝るの?」
「…………」
「私は……貴方が嫌い。こんなこと言える立場ではないけど」
そう言って、彼女は無言で教室から出て行った。
僕は……何をしているんだ……。
相手は敵なのに……謝ってどうするんだ……。
つまり、僕は戦刃さんに鎌を掛けたことに『何故か罪悪感』を持って、あろうことか、憂さ晴らしを戦刃さんにした。
敵であるのに、悪いことをしたと勝手に思い込み、しかも謝る。もう何がしたいか訳がわからない。
昨日セレスさんと話した偽善団体の話。嘘の善意。その言葉は、僕というパズルに、ぴったりそのピースは嵌った。
「うぷぷ。まさか残姉ちゃんがあそこまで絶望に追いやれるとは思わなかったよ」
「……昨日ぶりやな、モノクマ」
相変わらず、いつ現れたか分からない奴だった。
「正直言ってさ、ボクは残姉ちゃんを褒めてやりたいんだ。まさか河上君をここまで絶望させられるとは思いもよらなかったよ」
「…………」
モノクマはとても機嫌がよさそうで、朗らかな顔をしていた。しかし、言葉はそれだけでは終わらなかった。
「でもね、ボクもほんの少し怒ってるんだ……残姉ちゃんを傷つけたことをね」
「……そうか」
言い返したくなかった。何を言われるのか分からなかったから。
「…………何も言わないの?」
「…………」
「責任感なんて、一切ないんだね」
モノクマに言われる筋合いはないけど、それでも言い返さない。僕は怖かった。
攻められるのが怖かった。
怒られるのが、怖かった。
モノクマが、怖かった。
「まあいいけどね。正直残姉ちゃんのボロで始まったことだし。ボクは気にしないよ」
「うん……」
「なんだよ。昨日までの張り合いなくなったよ? まさに絶望のミルフィーユって感じだね!」
「…………」
「そこは冷たい目で見るんだ。ノリを捨てていないところは逞しいよ……」
少し引いたモノクマ。しかし、僕にはそれしかしたくなかった。一人になりたかった。
モノクマはそのまま後ろへ振り返り、帰ろうとするが、僕の方へ振り向いた。
「そうそう。実は帰る前に言いたいことがあるんだ。今日の夕方7時頃、体育館に集合してね。それじゃ」
そういって、次こそはモノクマは帰っていった。
「……はぁー」
僕は大きな溜息をついた。正直、何だかもうどうでも良いとさえ思っていた。
「……何だかなぁ」
僕は、教室で一人、ネガティブ反省会を開いた。
他の皆と違って、達観しているわけではない。だから、河上君は日々悩む。