今日は楽しい夏祭り。ただし、ミッドチルダで行われているものではなく、地球の海鳴で行われているものだ。
ミッドチルダでは祭りなんてものは殆ど無いのは知っての通り。残念ながら文明が進みすぎていて効率ばかり重視するようになったせいで遊び心を失ってしまったどこかの誰かさん達が、祝日はともかくとして大きなお祭りを殆どなくしてしまったのだ。
そんなことをしてくれた脳味噌はドゥーエさんがぱーんしてくれたので、住人が全体的に開放的になって財布の紐が緩む祭りを開くこともできるようになるはずだ。肝心の警備は、地上本部の警備隊がなんとかしてくれるはず。実力はしっかりとついているはずだしね。
……まあ、そんな祭りを行うにはまだまだ時間がかかる。もう少し早く脳味噌をなんとかできれば祭りを知る人が生きていたかもしれないけど、今ではその殆どが亡くなってしまっている。残念だ。
そんなわけで、私は地球でお祭りを楽しむ。ヴィヴィオはミッドチルダで勉強中。フェイトちゃんやはやてちゃん達はお仕事中。すずかちゃんとアリサちゃんは二人でデート中。邪魔するのも悪いと思うので、私もさくらさんを連れてデートをすることにした。
こう言うときにはちゃんと青年の体格になってくれるあたり、やっぱりさくらさんは優しいです。
……それはそれとして、お祭りに行くならそれに適した格好と言うものがあります。日本の夏祭りならそれはもちろん……浴衣ですね。
「そんなわけで、浴衣です。どうですか?」
白を主体として、桜色の波紋が描かれた浴衣。帯は逆に桜色を主体にしたものを使ってあるからメリハリがあっていい筈だ。髪は結い上げて簪で留め、履き慣れないけれど雪駄を履いてみた。下着の線が出ないようにちょっとした工夫は必要だったけれど、個人的には十分な出来上がりになったと思っている。
さくらさんはそんな私を見て、頷いた。
「似合ってると思うぞ。可愛い可愛い」
「すごいぞんざいに聞こえるのに心の底から誉めてるんですからある意味厄介ですよね」
「嫌か?」
「本気でこられるとフリーズするのでこのくらいがいいですね」
「じゃ、こんな感じで」
「あいさー」
とりあえず、私達の仲は良好だ。師匠と弟子だし、付き合い自体が実に十年以上。地球ではともかく、ミッドチルダでは正式に結婚もしているしね。
ちなみに、地球ではもうすぐ結婚式を挙げる予定だったりする。それに合わせて地球でも正式に結婚することになる。
ここまで遅くなった理由は……実はすごく簡単。さくらさんって、どこの国にも戸籍が無いんだよね。
だから、ちょっと手を回して戸籍を作り、作ってすぐに使うのはあれなのでちょっと時間を置いて結婚すると言う手筈だ。わかりやすくていいね。
そんな仲なので、こうしてお祭りに二人で出掛けるのもおかしなことじゃないし、さくらさんの腕に抱きついて歩いたりするのも悪いことじゃない。何もおかしいところはない。
「あ、さくらさん、射的ですよ射的!」
「そうだな。いつももっとリアルな射的をしてるけど、射的だな」
「いやまあ確かにしてますけど……当てて捕まえて報酬ももらってますけど……雰囲気を楽しみましょうよ」
「じゃあスーパーボール掬いでもやってくか? 金魚はともかく、スーパーボールなら邪魔にならんだろ」
「……そうですね。それじゃあ勝負しません? どっちの方が多く掬えるか」
「お兄さん、とりあえず俺と彼女と二人分」
「毎度~」
「スルー!?」
「負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ聞く……でいいな。特殊能力系統は使用不可で」
凄くやる気が出てきた。よし、絶対勝とう。特殊能力系は封印だから……地球上で考えれば魔法と特化点の封印だと考えて……身体能力の封印は別にいいかな。身体能力だったらお父さんやお兄ちゃんの方が私よりずっと強いし、私くらいなら普通の人間に入るでしょ。普通普通。
「それじゃあ始めるか」
「そうですね」
私はちょっと袖をまくって、さくらさんは甚平の袖を折り畳んで構える。
「よーい───」
集中……集中───
「───どん」
瞬間、私の手は音を越えた。
「……あ」
「……まあ、そんなものにあれだけの加速度とソニックブームまで合わせればそうなるわな」
……そして、さくらさんの言った通り、私が持っていたポイは粉々になってしまっていた。
さくらさんはそんな私を横目で眺めつつ、ひょいひょいとスーパーボールを掬い上げていく。これで私の敗けが決定付けられてしまったわけで……。
「うぅ……まさか一個もとれないなんて……」
「俺としては当然の結果だったがな。物理法則を無視しないであんな速度を出せば、そりゃ粉々にもなるだろう」
否定できない。否定材料がない。確かに、これは私が気をつけてさえいればなんとかできていたことだったし、できなかったのはただの不注意。大失態だ。
「まあ、気にすんなよ。普段は音速の壁を特殊能力系統で無意識のうちに無効化してるんだから忘れてても仕方なかろうよ」
「……でも、負けたことには変わりないです」
「そうだな、凄まじい自爆だったな。マルマインがゲンガーに初手で大爆発するくらいの凄まじい自爆っぷりだった」
「効果なしじゃないですかやだー」
「ゲンガーがねらいのまとでも持ってれば話は別だが、ゲンガーにそれを持たせる利点はちょっと思い付かないしな」
さくらさんの言う通りすぎてなんだか悲しい。凄くやってられない気分になった。
「まあ、次から気を付けな。まともな人間は生身で身体の一部でも音速を越えさせたりすることは普通はできないんだから、そんなことをしたら壊れるもんさ」
「でも普段使ってる調理台とかは壊れませんよ?」
「あれはなのちゃんが使っている間に魔力を吸収して変質してるからな。金属のカテゴリから片足踏み外して半ば以上魔法物質になりかけてる。オリハルコンとかそういう類いの半魔法物質は物理的な衝撃その他で壊れることはまず無いからな。概念攻撃やら条理を逸脱したものだったらともかく」
「……いつの間に……」
「俺が一晩でやりました」
「やっぱりですか」
いたずらっぽく笑いながらそう言うさくらさんに毒気を抜かれ、私はスーパーボール掬いを諦める。まあ、流石に柄だけで跳ね上げるのは反則だしね。遊びは遊びだからこそ最低限のルールだけは守らなくちゃあ面白くないし。
「さて、それじゃあ早速『お願い』だが……実は俺の名義で祭りの店舗を確保しているから一緒に行かないか? 奢るぞ?」
「……もうちょっといろんな所を回ってからでもいいですか?」
「ああ。時間はたっぷりあるからな」
……そうして私とさくらさんは夏祭りを楽しむ。一つの綿飴を二人で食べたり、輪投げ(ただし投げる輪はメビウスの輪で∞←こんな形)で意外と苦戦したり、かき氷をそれぞれの好み味で買ってお互いに食べさせあったり、さくらさんおすすめたこ焼き屋台でたこ焼きを食べたり……やっぱりお祭りは最高ですね。
ゆっくりと一周してから最後に行くのは、さくらさんの言っていたお店。どうやら採算は度外視しているようで、値段はだいぶ安くなっているみたいだ。ダンピングが凄い。これじゃあまず儲けは出ない。
……普通なら。
「……あの、もしかしてもしかしますと……これって全部さくらさんが材料から設備からその場で作った感じですかね?」
「その通り。材料費ゼロ、人件費もゼロ、運搬費もゼロ、店員は俺が気で作った影分身だから疲労もほぼゼロ、必要なのは店を出す許可と場所代だけ。故に普通なら売れば売るだけ赤字になるところを黒字に転向するように作れているあたり、本当に便利だよな」
「便利を通り越して反則的ですよ」
「審判もいなければルールもないこの世界で反則とか言われてもな」
「……そうなんですけど……なんだか納得いかない……」
「まあまあこれでも食って元気出せ」
ひょいっと私の口の中に放り込まれたのは、さっぱりとした杏仁豆腐。そう言えば杏仁豆腐って、本場中国ではいまだに薬膳扱いでスーパーに売ってたりはしないそうですね。事実かどうかは知りませんけど。
……それにしてもこの杏仁豆腐は美味しい。いったい何が入ってるんでしょう?
「魔力とかで一部の味蕾の刺激量を上げているだけの普通の杏仁豆腐だ」
「うわずるっ!それちょっとずるくないですか!?」
「できることをやって何が悪い。ルールが無い世界なんだからアリだろう」
「その『法で禁じられてなければセーフ』理論を常時適用し続けるのは勘弁してもらえませんか?」
「ミッドでは法で禁じられていてもやっちゃうなのちゃんに言われるとは」
反論できないのが痛すぎる。全く嘘を言ってないのがとても痛い。
「まあ気にするなよ。悪いことじゃない……それより、音楽家としてちょっと雇われてくれないか?」
「……あ、そのために私を連れてきたわけですか」
「ちなみに給料は望みのままだ」
よし、完璧な仕事をしてさくらさんの時間を一週間……いや、それは無理かな。じゃあ丸三日ほど貰っていちゃいちゃさせてもらおう。それくらい許されてしかるべきだよね。
「……それじゃ、夏祭りと言うことで……曲名も『夏祭り』で行きますか」
「よし、久し振りにフルでやってみるかね?」
私とさくらさんは、店に用意されているステージに静かに上がる。まあ、大音量でやる必要は全く無いし……BGMとして小さく流す感じでやりましょう。