本日の更新はこちらです。ちょっと遅くなりましたが、バレンタインネタです。
できる事ならばお楽しみいただける事をお祈りします。
side 織斑なのは
ミッドチルダにはあまり季節の行事が無い。あったとしても凄く儀礼的なものだし、地球の行事のようにお祝いしたりとかはしないのだ。
けれど、最近は地球の文化が随分とミッドチルダに取り込まれてきている。私やフェイトちゃんやはやてちゃんが地球の出身で、地球そのものに随分と注目が寄せられてきているせいもあるんだろう。
そして、いくつかの企業の手によって地球……特に日本の行事がこのミッドチルダにもたらされ、企業はそれに関連する物を売って結構大きい利益を得ているのだとか。
まあ、それはそれとして……そんなことになっているんだったら乗らない手はないよね?
翠屋の名前は実は結構広く知られている。基本は
要するに、私が地球の出身だと言うことは割と知られていて、今は地球文化がミッドチルダで流行り始めているわけだ。
これがこのまま根付いてくれれば、行事が増えた分だけ売り上げも大きくしやすい。儲けは大きい方が嬉しいしね。
そう言うわけで、今回の行事にも乗っかることにする。今回の行事はバレンタイン。地球では多くの愛好者と嫉妬マスクを産み出した、ある意味伝説の行事である。
ちなみに、バレンタイン、クリスマス、海の日はしっと団にとっては『三大悪徳の日』であるらしい。とは言え、嫉妬マスクを筆頭とするしっと団は紳士の集まりなので、ある程度よりも年の小さな子供のカップルや熟年夫婦にはとても優しいことで知られている。
彼らにとっての敵は、結婚もしていないのにいちゃいちゃしているある程度の年齢以上のカップルらしいので、私とさくらさんにはあまり関係の無い話だ。
……そう言えば、最近はミッドチルダにもしっと団が現れるようになったけれど、被害者は今のところ公共良俗を考えていないものばかりなのでよしとする。
バレンタインはおよそ一週間ほど前から告知する。地球で考えればこれはあまりにも遅すぎるし、実際に地球の翠屋ではもう少し早くからバレンタインを意識しているのだけれど、ミッドチルダはまだバレンタインが広まり始めたばかりなのだから、あまり早くから用意だけしておいても儲けに繋がることは無い。
その証拠に、初日と二日目にはバレンタイン系統の事で店に来る人は片手の指で数えられる程度。色々な企業が広めているのだからもう少し多くてもいいような気もするけれど、初めのうちはこんなものだろうと思う。
そして三日目以降は、チョコレートを買いに来る人がかなり増えた。ある程度の大きさのチョコレートに、簡単なチョコレートの作り方を図解付きで記した説明書のセットをかなり良心的な値段で提供しているのだけれど、これがまたよく売れること売れること。
ちなみに、チョコレート塊だけっていうのも売っています。さくらさんの千の顔を持つ英雄は便利極まりないですね。
そんなわけで、バレンタイン当日。フェアの最終日ですが、ここに来るカップルの多いこと。チョコレートケーキを二人で頼んでお互いに食べさせ合ったり、あるいは友達同士でチョコレートの交換をしたり、なぜかこんな場所で告白したりされたり、リンディさんが来て極限まで甘くしたチョコレートケーキを平然と頬張っていったり、リシュが来て砂糖ほとんど無しのスペシャルビターと通常より少なめのビターを1ホールずつ買っていったり中々に忙しいです。
私でなかったら多分ケーキを焼いたりするのが間に合わなかっただろうし、コーヒーはシュテルちゃんかディアーチェちゃんが大量に淹れてくれるからいいとして、紅茶の方も間に合わなかったかもしれない。
とにかく、なにかのお祭りやセールと言うのは忙しいと言うのがわかっただけでも良しとしよう。今まではあまりやっていなかったけれど忙しい分儲かるし、人がたくさん来てお菓子なり紅茶なりを食べていけばこの店のことを覚えていてくれるしね。
……さてと。それじゃあ一般大衆向けのバレンタインは終わったことだし……私とさくらさんの方でもバレンタインといこうかな。きっと悪いことにはならないからさ。
とりあえず用意するのは、さくらさんが寝ている昨日のうちに作っておいたチョコレート。ヴィヴィオにはその存在すら秘密にしてあるので食べられてしまうことの無いそれは、私の一番の自信作。さくらさんの好みに合わせて作ってあるはずのそれを持って、ヴィヴィオが起きないうちにさくらさんの眠る私の部屋に行く。
さくらさんは今でもやっぱりよく眠るし、起きている時間と寝ている時間を比較すると間違いなく十倍以上差がつく程だけど、こう言う何かの行事などで呼べばちゃんと起きてくれる。さくらさんは優しいよね。ほんとにさ。
そう言うわけで、私は寝ぼけ眼のさくらさんを膝に抱えてチョコを食べさせています。こんな風にぼんやりしている姿を見ると、本気になったときのあのかっこいい姿が幻か幻覚のように見えてくるんですよね。
「お味の方はどうですかー?」
「……んー、美味いよ」
……ああ、さくらさんの口からその言葉を聞けた。それだけの事で、作ってよかったと本当に思ってしまった。これはもう重症だ。
でも、そんな自分も悪くないと思ってしまっているあたり……本当に重症だと思う。
ころんと丸めた丸いチョコを、人差し指と親指で摘まむ。それを膝の上のさくらさんの唇に優しく押し当てれば、さくらさんはパクリとチョコを食べる。
……うん、やっぱり凄く幸せだと思う。こんなに幸せでいいのかなと、思ってしまう。
私に背を預け、ゆったりとしているさくらさんに抱き締める。すると、さくらさんの体温を全身で感じることができるみたいで、凄く暖かな気持ちになる。
「……さーくっらさん」
「ん?」
さくらさんの名前を呼ぶと、くるりと私の方に振り向いてきてくれた。私はそんなさくらさんの唇に、唇を合わせた。
さくらさんは一瞬だけ驚いたような反応を返したけれど、すぐに全身から力を抜いた。
さくらさんとのキスは甘い。そう感じているのは私だけかもしれないけれど、少なくとも私にとってはそう感じる。
そんな甘味を、さくらさんにもお裾分け。私の作ったチョコレートを、キスと一緒にさくらさんに。その考えはすぐに伝わり、さくらさんと私の舌が絡まって溶け出したチョコがさくらさんの口に転がり込んだ。
「……ん、お味の方はどうですか? 私の幸せの味ですよ」
にっこり笑顔で私が聞けば、さくらさんはいつもの通りの眠たげな表情を崩さないままに前を向いた。
「……随分と甘ったるい『幸せ』だこと」
……これはつまり、さくらさんも私とのキスを甘く感じていると言うこと。
私は嬉しくなって、さくらさんを後ろから抱き締めた。
「さくらさん」
「……なんだ、なのちゃん」
「大好きです」
この後、一夏は美味しく頂かれました。