リリカルなのは~ほんとはただ寝たいだけ~   作:真暇 日間

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11~20

 

 

異伝7 その11

 

 

~一夏&柴犬ぷちか睡眠中~

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 小学生になりました。私立の学校ですが、昔から公園でさくらさんのあとを継いで『歌のお姉さん』のようなことをやっていたお陰か、結構知り合いが多いです。

 もちろん知らない顔もありますが、そんな子達ともどんどん仲良くなっていこうと思います。

 

 ……友達のような相手はいるけど、親友と呼べるような相手はいないというのが最近のちょっとした悩みですが、今日も私はこの『狂気の提琴(フィディクラ・ルナーティカ)』と一緒に頑張っていきます。

 

 見ていてください、さくらさん。私は立派な音楽家になってみせます。

 

 

 

 そう考えていた矢先に、色々と趣味の合わない相手同士の喧嘩のようなものが起きています。

 やっぱり急に人数が増えると争い事も増えるようです。

 

 とりあえず狂気の提琴を出して、落ち着けるような曲を弾き始める。

 狂気の提琴っていう物騒な名前なのに人を落ち着かせることもできるって言うのはちょっとおかしいような気もするけど、そこはほら、魔法って凄いねってことで。

 

 弾く曲はかなり適当。テレビの歌番組でやってたのを簡単にバイオリン仕様にアレンジして弾いてるだけなんだけどどうやら効果はあったみたい。校庭で喧嘩をしていた……喧嘩と言うか、一方的に苛めてたようにも見えたけど……二人は落ち着いたように見える。

 確かあっちの金髪の子は同じクラスのアリサちゃんで、もう一人の紫色の髪の子も同じクラスのすずかちゃん。実際に口に出して呼ぶ時はバニングスさんと月村さんって呼ぶけど……できることならお友達になりたいな。

 お友達って、何人いても悪くないよね? 相手が悪いことをしてたりしなければの話だけど。

 

 急に終わらせるのも妙なので、一曲弾き終えてから狂気の提琴をケースに仕舞う。私も結構大きくなってきたし、ケースに入った狂気の提琴を運ぶのに魔力を使う必要がなくなるくらいには力もついた。

 ちゃんと使うには魔力の補助があった方がいいけど、あんまり魔力に頼り続けてると危ないような気がするんだよね。

 

 ……さてと。それじゃあ私もお弁当を食べようかな。一人で食べることになるけど、魔力操作を覚えてから食べる量が増えたし。

 

 ……『健啖の悪魔』? なんのこと? なんだかいい感じはしないんだけど………。

 

 ……まあ、いいや。私は私だし、私に丁度いい速さで進んでいこう。

 

 さくらさん。私は今、頑張っています。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 キラーレイビースが破壊された。一体なんだと思って偵察用のゾナハ虫を飛ばしてみたら、全身タイツと言うかISスーツそっくりのスーツに身を包んだ明らかに痴女です本当にありがとうございましt(以下略)な誰かさんがキラーレイビースと戦っていた。

 何でもいいが、睡眠の邪魔をされるのは御免だし、見覚えのあるけど思い出せない面は、その面をちゃんと思い出すまでは見たくない。いったいそれが誰だったかと考えてしま

 

『IS発動。ライドインパルス!』

 

 答えが出た。トーレだ。戦闘機人の三番目だ。

 ……ってことは、ここは『リリカル』の世界か。

 

 …………ん? 俺、もう主人公と会ってないか? なのちゃんって…………。

 ……考えないことにしよう。面倒臭い。あれは俺の弟子のなのちゃん。それだけだ。

 

 ……前々から思ってたんだが、『私は私だ。それ以上でも以下でもない』って言葉を字義通りに受けとると、以上でも以下でもなくなるなら何でもないよな? なんて思ってしまう。

 グラフでやってみればわかりやすいんだが、『以上』はそのものを含んでるし、『以下』も同じようにそのものを含んでいる。するとなんと言うことだろう、以上でも以下でもなくなると、虚数くらいしか選択肢が無くなってしまうのだ。びっくりだよなぁ……。

 

 ……そんな正直心の底からどうでもいい話は置いといて……いったいどうしてあのスカトロエロリッティの作品がここに? 時代おかしくね? スカトロエロリッティの実験に付き合わされたら時間移動していたとかそんなオチか?

 

 ……まあ、いいや。なんかもう面倒になってきたし、新しい世界への扉の鍵は知らないうちに持ってるし、最後にでかい花火を上げて逃げるかね。

 どうせだから、次は森じゃなくて草原とか山とかそういう場所に行ってみたいね。いろんな所で寝てみたい。

 

 ……海底ってのもいいかもしれない。シルバースキンを着ていれば水圧は問題ないレベルまで抑えられるだろうし、空気もエアリアルオペレーターがあれば解決するし。

 海底に降るプランクトンの死骸の雪ってのも見てみたい。さぞかし綺麗なんだろうな。それは。

 

 そんなわけで俺はさっさといなくなることにするよ。ここに居たら世界の法則が乱れそうだし。

 ヘルメスドライブで世界の穴を探して、それから即座に転移する。シルバースキンも忘れずに着て、ばいばーい。

 

 最後にキラーレイビースを纏めてランブルデトネイターで爆破して、おしまいっと。

 世界の法則はこれで元通りになったかな? 知らんけど。

 

 

 

 

 

異伝7 その12

 

 ~一夏睡眠中~

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 いつものように翠屋でバイオリンを弾いていたら、目の前に不機嫌そうな金髪の子が立っていた。どうやら私に用があるみたいだけど、いったいなんだろう?

 

「……ねえ」

 

 急に話しかけられたから、とりあえずバイオリンを弾く手を一旦止めてアリサちゃんに視線を向ける。

 

「どうしたの? バニングスさん」

 

 音楽が急に止まったことで少しだけ視線を感じるけど、どうやらアリサちゃんのお陰で友達と話を始めたからだって思われたらしい。私に向けられていた視線はあっという間に消えていった。

 それに気付いているのかいないのか、アリサちゃんは私のことをちらちらと見たり目を反らしたりと忙しそう。あれかな? 謝りたいけど恥ずかしいとか、お礼を言いたいけど恥ずかしいとか、そんな感じかな?

 

「……何日か前に、私とすずかが喧嘩してた時にバイオリン弾いてたのって、あんたよね?」

「そうだよ。喧嘩とかそういうのはあんまり好きじゃないし、見てて気持ちのいい物でもないから落ち着いてもらったんだけど……余計だった? 余計だとしても謝らないけど」

「余計じゃないわよ。その………か、感謝してる……わ……」

 

 ……なんだかアリサちゃんって可愛いなぁ……どうしてだろう?

 

「大したことをしたわけじゃないけど、受け取っておくね」

「そうしなさい」

 

 どうせだし、アリサちゃんにも一曲聞いていってもらおうかな。そう考えて、私は狂気の提琴を構える。

 弾くのは私の二番目にお気に入りの曲。さくらさんから最後に貰った、『星空のSpica』。治癒効果も破壊効果も使わないけど、多少の魅了効果を添えてお送りします。

 本当にちょっとだけだから、精々『また来てみようかな?』と思わせる程度だけど……それで十分。

 

 それでは皆様。不肖私高町なのはの、ミニコンサートをお楽しみくださいませ。

 お菓子を食べている途中の方も、食べ終わって暇を持て余している方も、暇とはけして思わせません。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 気付いてみれば簡単なことも、気付かないでいる間は凄まじく難しい問題に見えることがある。

 そう言った問題は、気付いた後に思い返してみると『どうしてそこで気付かなかった』と思うことだって多々ある。

 簡単に言うと、この世界がどんな世界か気付いたんだが、この世界のオープニングテーマとエンディングテーマを出した時点で気付けと言う話だな。自分でもなんで気付かなかったのか、凄まじく不思議だ。

 

 そんなことは置いといて、現在なんだか凄いところに来ているようだ。具体的に言うと、脳味噌が三つ、カプセルに入って浮いている。

 

『何者だ』

 

 脳味噌1に聞かれた。正直それはこっちの方が聞きたいが、気にしないでおこう。

 

『答えよ。貴様は何者だ』

『何者だ』

 

 脳味噌2と脳味噌3にも同じようなことを言われた。だからそれはこっちが脳味噌に聞いてみたいことなんだが……まあ、いいか。

 

「教えてほしけりゃ三回廻ってワンと鳴け。回る方向は当然縦な」

 

 まあ、脳味噌には無理な相談だろうけど。所詮脳味噌は脳味噌だ。自分で動くこともできないできそこないのクラゲみたいな蛋白質の塊が、偉そうな口を叩くんじゃない。あまりに滑稽すぎてポッドから引きずり出して踏み潰してしまいそうになっただろ。

 まったくもう。少しくらい自分の立場というものを理解して言葉を発した方がいいぞ?

 

 ……って、こんな感じのやたら偉そうな三つの脳味噌って……どっかで出てきたような気が…………?

 ……………………どこだったかな…………。

 ……………………………………う~~ん………………。

 

 …………ああ、そうだそうだ。確かスカトロエロリッティの罠で脳味噌を床にぶちまけられて殺される管理局のお偉いさんの三人衆ってか三馬鹿だ。影薄かったから忘れてた。

 それじゃあ俺がここにいるのは不味いか。幸運なことにエアリアルオペレーターの上にシルバースキンをつけているような状態だったから顔や声はバレてないだろうけど、記録は残ってるだろうからなぁ……。

 ……よし、アリス・イン・ワンダーランドの出番だな。機械を狂わせて俺の記録を消去すればバレない。

 ついでにゾナハも仕込んでおいて、いつでもこいつらのところに瞬間移動できるようにしとこう。主に脅迫のために。その方が色々と便利そうだし。

 

 ……で、結局こいつらは縦に三回廻ってワンと鳴くのはやらないわけか。じゃあ俺はこいつらを無視して帰ってもいいな。

 俺の基本スタイルは、何かあったらその場ですぐさまやりすぎの制裁と調教刑だからな。束姉さんやちー姉さんは、そもそも予定外のことなんて何も起こらないようにあらかじめ計画を練りに練って実行に移すタイプだから、あんまり参考にならない。

 

 俺の場合は大概力尽くでなんとかなるから、あんまり細かい計画をたてたりはしないんだよな。

 

「それじゃあ、またいつか会うことがあったら会おうな。脳味噌三人衆」

 

 ……やれやれ。次はいったいどこに出るかなっと。

 

 

 

 

異伝7 その13

 

 適当によさげな草原を見つけたので、そこで横になる。さっきまでの脳味噌のどろどろとした雰囲気とはまったく違う涼やかな風が吹き抜け、俺の髪を揺らす。

 じめじめした陰気なところで寝るよりは、こういうところで寝たいよな。別にじめじめした所が嫌いなわけじゃないけど、気分の問題だ。

 少なくとも、気持ちの悪い脳味噌三つに囲まれて寝るよりは、地下に『人道? なにそれ美味しいの?』と言えちゃうような研究所があったとしても、こっちの方がずっといい。だって俺にはそんなに関係ないし。

 

 ……ああ、本当に今日はいい天気だ。いい風が吹いているし、雲もそこまで多くない。寒くもなく暑くもなく、妙な虫もいない。こんなにいい天気は、一年に何度もないだろう。ラッキーだったな。

 とりあえず、俺の周りにシルバースキンをばら撒いておいて、攻撃になり得るくらい威力が高い何かが飛んできたら防げるようにしておく。下が明らかに違法な研究所だし、このくらいのことはやっておいてもいいだろう。

 

 ……それじゃあ、おやすみ。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 なのはです。つい最近のことですが、バイオリンのコンクールで最優秀賞なんてものを貰ってしまいました。お父さん達は嬉しいやらびっくりするやらで、どうしてか今日は家がお祭りみたいになっています。

 実際にその場にいたアリサちゃんとすずかちゃんに聞いてみたら、なんでかアリサちゃんは顔を真っ赤にしたままそっぽを向かれ、すずかちゃんは『かっこよかったよ』って言ってくれました。

 

 ……かっこいい、って………確かに私の服は正装用のパンツスーツ(さくらさんに肖ってみたり……えへへ♪)だけど……かっこいいって…………。

 音楽家としてはいいことかもしれませんが、女の子としてはちょっと複雑な気分です。

 

 ……そんな話はおいておくとして、私は今日もバイオリンを弾く。聞いてくれる人もいっぱいいるし、肩に力が入りすぎてるって言われない程度に頑張ってみようかな。

 今回も一番最初に弾くのは『ハジメテノオト』。毎回一番に弾くのはこの曲だって決めているからなんだけど、これから後はどうしようかな? 楽譜があれば大体のは弾いてみせるけど、流石に初めて聞く曲をそのまま弾くのは私にはできないから………まあ、そう言うのは諦めてもらうけど、リクエストでいいかな。

 ……さくらさんはリクエストされたらみんな弾いてたし……さくらさんの知らない曲ってあるのかな?

 

 とりあえず、私も頑張っていろんな曲を覚えないとね。学校の勉強もちゃんとやらなきゃダメだし………一流への道は簡単じゃないね。

 でも、だからこそ目指したいって思うんだけど。

 

 

 

 そんな感じでみんなで笑って楽しく過ごして、部屋に戻ってみたら……机の上に白い箱が置いてあった。

 中身がなんだかよくわからなかったから狂気の提琴の音波で調べてみたら、ただの紙束だったみたい。

 それに安心して開けてみたら、紙束は紙束でも私にとってはものすごく価値のある紙束だった。

 

 ……お金じゃないよ? 楽譜だよ? 多分さくらさんからの。

 

 そこには教えてもらっていない曲がたくさん書かれていた。

 真っ白な紙に黒い横線。その上に数多くの記号があるだけの紙束が、こんなに多くのことを教えてくれるなんて、きっとそれは音楽家にしかわからない感覚なんだろう。

 

 私は、ゆっくりと空を見上げる。夜の星空に、さくらさんがいつもの笑顔を浮かべながら浮かんでいるように見えた。

 

 さくらさん。なのはは頑張ってみようと思います。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 ヘルメスドライブにてマーキングしてあるなのちゃんの部屋に新しく楽譜を届けてみた。製作時間は一時間。できはそこそこいいものになった。

 送った曲は、【ダブルラリアット】、【結んで開いて羅刹と骸】、【裏表ラバーズ(最低二人用)】、【健啖の悪魔(モンハンのイビルジョーの登場の時に流れるアレ)】等、本当に様々だったりする。

 ここで重要なのは、なのちゃんに送った曲の中には元の世界のバンドのメンバーの持ち歌は入っていないところだ。

 

 ちなみに、鈴の持ち歌は【RING/RING/RING】。弾の持ち歌は【右肩の蝶】。カズの持ち歌は【なまえのないうた】。蘭ちゃんの持ち歌は【トエト】だ。

 俺は基本持ち歌は無いけど、苦手な歌も無い。基本的に俺はオールラウンダーなんだよな。

 

 それはそれでいいとして、地下のことを考えなければここはいいところだ。

 この一ヶ所だけ樹がないから陽当たりもいいし、風通しもいい。

 空気は乾きすぎということはないし、逆にじめじめとして不快になるようなこともない。

 変な虫がたむろして飛んでいたりすることもなければ、いきなり雪が降ってくるようなこともない。

 鳥もあまり俺にはついてくることは無いようだし、ごつごつした岩があって寝づらいなんてこともない。

 静かに寝たいときには最高の場所だな。本当に。

 

 ……それじゃあ、下には気を向けないようにして寝ようかね。

 

 

 

 

異伝7 その14

 

 ~一夏睡眠中~

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 さくらさんからたくさんの楽譜を送ってもらってからしばらくたって、私は小学三年生になりました。

 今では送られてきた楽譜のほとんどをそらで弾けるようになったし、狂気の提琴の扱いも上手くなってきた。

 前には何度か暴走させて、アンダーグラウンドサーチライトの中身をボロボロにしちゃったこともあったけれど、今ではそんなこともなくなってきた。

 それに、集中して演奏している時には、なんだか私がここにいると言うことを客観的に理解できるような気がするようになった。

 どうしてかはわからないけれど、世界と繋がっているような……そんな感覚がある。

 

 ……ちなみに、お兄ちゃんもお姉ちゃんもお父さんもお母さんも、そんな感覚を感じたことがあるって言っていた。

 例えば、お兄ちゃん達は修行しすぎで倒れる寸前にそんな気がして、目が覚めたら剣術の奥義が使えるようになっていたとか、お母さんの場合はお菓子の美味しい作り方のおよその割合がわかるようになっていたとか、色々教えてくれた。

 

 私の場合は、どうやって魔力を響かせれば一番綺麗に音が響いて、どう響かせれば相手に私の感動や情熱を伝えることができるのかを理解することができるようになった。

 使いこなすのは難しい……と言うか、集中して演奏していると勝手に使えちゃうし、使っている時は押さえようとしても押さえようという気が欠片も起きなくなってしまう。

 いつも演奏がみんな終わって一息ついて、それからふと思い出す。

 

 ……これ、なんとかしないといけないよね? じゃないと、私が演奏する度になんだかすっごく蕩けたアレな顔をするアリサちゃんの女の子としての大事なものが……ね?

 すずかちゃんが気を効かせて隠してくれなかったら、きっともう…………。

 

 だから、早くなんとかできるようにしなきゃいけないんだけど………こんなときは慌てると結果はでないし、私は手を抜いて演奏するってことができないし………。

 ……うん。私にできる範囲で頑張ろう。とりあえずやってみるべきことは、意識的に魔力を凝縮して放出量を抑えてみることかな?

 凝縮したのをそのまま出したらたぶん(アリサちゃんが)もっとひどいことになっちゃうから、要練習……かな。

 

 ………待ってよ? 私はいつも考えをいくつか分解してやってるよね?

 だったらその分解した思考の一つで魔力の放出量を制御して、残りはその放出量の下がった魔力でいつも通りの術式を組めば、効果が少し薄まったりしないかな?

 ………百聞は一見に如かず。何事も危なくない程度に調整しながら実行してみよう。練習練習っと。

 

 私は、真っ青に染まる空に向かって手を伸ばす。

 さくらさん。私はこれからも頑張っていきます。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 目が覚めた。どうやら俺は結構長い間眠っていたらしく、体に蔦が絡まってきている。

 いったい何年寝てたんだと思ってシロを起動させてみると……なんと驚くことに五年近く眠り続けていたようだ。

 地下の方は放棄したか廃棄したかはわからないが、どうやらすでに活動を停止しているらしい。気配もなければなにかがあるような気もしない。まさにからっぽと言うのがふさわしいような状態だ。

 

 ……久し振りという感覚は無いが、なのちゃんは元気にやっているだろうか?

 ちゃんと練習を続けて、一人前以上の音楽家に成れているだろうか?

 もし一人前以上になっているのならば、できれば俺の教えた曲を聞かせて欲しいね。

 

 俺はそう思いながら、ヘルメスドライブを取り出す。

 なのちゃんを現す光点の位置を確かめて、その光点の位置に偵察用のゾナハ虫を作り出す。

 そしてその映像を見てみると、なのちゃんが笑顔で狂気の提琴を使って演奏しているのがわかった。

 

 ……それじゃあ、久し振りに外出しようか。ここ家じゃないけど。

 ずっと俺を守り続けていたらしいキラーレイビースに礼を言ってから消して、それから俺は久し振りに辺りに散らして雨や台風などの自然災害から俺を守り抜いてきたシルバースキンを本来の形で呼び戻す。

 

 それを着て、この世界で目が覚めた時に居た場所に跳躍()ぶ。海鳴市の看板の前だ。

 

 ……さてと。それじゃあ久し振りにのんびりゆっくりの演奏タイムに入るとしようか。

 狂気の提琴はなのちゃんにあげちゃってるし、二つ持ってるのもおかしいような気がするから………フルートでいいか。

 普通の楽器だったとしても、千の顔を持つ英雄で作ればそれはかなり高位の魔法道具(アーティファクト)になる。壊れもしないし、魔力や気の通りもいい。

 替えのことは考えなくてもいいくらいに丈夫だし、本当に替える必要が出てきたとしても千の顔を持つ英雄ですぐに替えられる。

 

 まあ、バイオリンを弾くのもそうだけどフルートを吹くのも久し振りだから、外で吹く前に練習しておくか。

 

 練習用の曲は……何にしようか?

 ………それじゃあ適当に、リリカルStSのエンディングの【Beautiful Amulet】にしとこう。

 ……久し振りだから循環呼吸がうまくできるか不安っちゃ不安だが………まあ、なんとかなるだろ。多分。

 

 

 

 

異伝7 その15

 

 体は約10歳。頭脳はそこそこ。経験とチートは化物レベル。それが現在の俺なわけだが、久し振りに吹いた割には結構上手く吹くことができた。これなら他人に聞かせてみても恥ずかしくはないな。

 そう思いながらアンダーグラウンドサーチライトを開いて外に出てみると、それなりに広域に響くバイオリンの音に気が付いた。

 魔力も乗ってるし、多分これはなのちゃんの狂気の提琴の音だろうと当たりをつけた俺は、その音の発生地点に向かって歩き出す。

 

 ……うんうん。上手くなってるな。魔力の響かせ方とか、密度の操作とかもちゃんとできてると思うし、なによりちゃんと楽しんでバイオリンを弾いているみたいだし………よかったよかった。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 今日も私はバイオリンを弾く。空高く響き渡るように、海の彼方にまで響くように。魔力を乗せて、想いを乗せて、ただひたすらに弾き続ける。

 

 そうしていると、突然私の知覚範囲内(音の届く距離の中)に空白の空間が現れた。

 この現象には覚えがある。アンダーグラウンドサーチライトの中でバイオリンを弾きながらアンダーグラウンドサーチライトの入り口を開けると、重なっているのに重なっていない空間ができあがる。それとおんなじだ。

 

 けれど、私は今はアンダーグラウンドサーチライトを使っていない。そして、私以外にアンダーグラウンドサーチライトを使うことができるのは………さくらさんだけ。

 

 こつこつと幽かに足音を立てて、誰かが私の座っているベンチに近付いてくる。このペースだと、丁度この曲が終わったころに私の隣に来るのかな?

 

 いくつも分けている私の思考の流れの一つが、勝手にそんなことを考える。他の思考はバイオリンを弾くのに完全に集中していたり、魔力の放出量を制御していたり、周りの子供達(一部同年代。一部私より年上)のことを気にかけていたりしている。

 そして、予想通りに曲が終わった時に、その人は私の隣に来ていた。

 

 曲の残響が消えて、周りの子供達から拍手が湧く。私はそれににっこりと笑顔を返してから、隣にある人の影に顔を向ける。

 すると、それと同時に忘れかけていた笑顔を浮かべたさくらさんが、まるで空気から染み出してきたかのように姿を表した。

 

「そこな少女」

 

 あのときと同じ言葉をかけられた私は、あのときと同じように無言を返す。

 さくらさんはにこにこと笑ったまま、また、あの時と同じことを言ってきた。

 

「……隣に座ってもいいかな?」

 

 私は、自分にできる最高の笑顔を浮かべる。

 

「はい、さくらさん」

 

 ……ああ、今日はいい日ですね、さくらさん。

 …………でも、どうしてあのときと姿が変わってないんですか?

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 久方振りに会ったなのちゃんは、大きくなっていた。

 身体的な成長は子供の範疇に収まるが、技術的な成長がもはや進化と言ってしまっても問題無いほどに急激な成長を続けてたようだ。

 

 そんなことはどこかその辺に置いとくとして、今はなのちゃんと俺の二人で曲の演奏中。なのちゃんは俺がバイオリンではなくフルートを出したことに驚いたような表情を見せたが、俺としてはバイオリンでもフルートでもたいして変わりゃしない。普通になのちゃんの弾こうとしている曲に合わせて吹き鳴らす。

 今度こそリアルハーメルンの笛吹きの真似ができそうだが、どう考えても犯罪だし、拐った後にどうするかの予定も無いからやらない。なにより面倒臭すぎる。

 

 初めに演奏をするのは、なのちゃんのお気に入りの【ハジメテノオト】。やっぱりなのちゃんはこの曲が大好きらしい。理由は知らんけど。

 やっぱりバイオリンだけだと曲の選択肢が狭まるし、他の楽器を一緒に使った時に比べて響きが単調になりやすい。

 なのちゃんや蘭ちゃんならそれでも十分奥行きのある音を出せるんだろうが、それでもまぜた方がいい音になることが多い。

 

 ……それにしても、なのちゃんは腕を上げたなぁ……びっくりだ。

 さっきも俺のことに気付いてたみたいだし、人間的にもかなり良い方向に成長しているような気がするし。

 これなら管理局の局員なんて言うヤクザな仕事をしないでもこの世界で暮らしていけるだろうし、管理世界とかに旅行に行ったとしても困ることはまず無いだろう。

 なのちゃんが狂気の提琴を使っている限り、演奏の腕は戦闘能力に直結する。

 戦闘の基本である高速多重思考……マルチタスクって言うんだったか? ……による魔力の操作もできているし、その魔力自体も相当多い。言いたかないが化物並みだ。

 魔力の制御ができていれば魔法をプログラムのように組めるだろうし、なのちゃんは叩き上げで教えたにしては思考の加速度と精密さが非常識に高いから基礎を学んでしまえば簡単に自分の望む術式を作り上げることができるようになるだろう。

 

 ………………ほんと、天才ってのはどこにでも居るもんだね。天災はあんまりいないけど。

 

 ……それじゃあ、またしばらくはこの町でのんびり過ごそうかね。適当に演奏しながら、寝たいときに寝て起きたい時に起きて演奏する。そんな生活をさ。

 

 逃げるときはヘルメスドライブがあるし、全く問題ないし、家は無いけど秘密基地代わりのアンダーグラウンドサーチライトならある。俺は何も困らないし、そうしてみるか。

 

 

 

 

異伝7 その16

 

 海鳴市に来て暫くして、俺はなんでかなのちゃんの父親の前でフルートを吹いている。

 場所は公園。当然なのちゃんも子供達もいるが、子供達は全然なのちゃんの父親には気が付いていないらしい。

 なのちゃんは音で気がついているみたいだが、なのちゃんはわざわざその事を言って空気を悪くするような人間じゃないし、何も言わずに黙っている。

 表情にも動きにも音にも不機嫌そうな色は現れていないが、ずっと閉じていた目を一度だけ開いた時にはちょっとゾクッとした。まあ、なのちゃんの父親にはバレていないようだから良いし、なのちゃんの父親の方もミニコンサートを邪魔しようとしている気配は無いし………。

 

 ……もしかして、過保護な親が大事な娘についた虫を追い払おうとか考えてたりするのか? まるで束姉さんだな。ちー姉さんでも良いけど。

 

 それはそうとして、やっぱり少し鬱陶しいな。普通に出てくるかさっさと帰ってもらいたいんだが……なんでわざわざ隠れてるんだよ………?

 ……はぁ……。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 今日の演奏会が終わって、私はさくらさんと一緒に帰路につく。

 昔は見上げるほど大きかったさくらさんは、今はどうしてかほとんど並んでしまっている。

 けれど、さくらさんと繋いだ手の暖かさは昔と変わらない。やっぱり人と触れあうっていうのは大切で幸せなことなんだと思った。

 

 さくらさんと二人きりになると、私達は極端に言葉数が少なくなる。当然だけれど嫌っているとかそんなことじゃなくて、少なくとも私はさくらさんと一緒にのんびり過ごせるだけで幸せいっぱいだからなんだけど。

 さくらさんがどう思っているかは知らないけれど、授業中じゃないさくらさんは楽器の掃除や点検以外にはよく眠っている。

 私が隣に座っていても寄りかかろうとはしてこないけれど、私がさくらさんの体を引き寄せると素直に体はついてくる。

 

 さくらさんと寄り添って寝てみたり、ちょっと引っ張りすぎて膝枕になっちゃったり、逆に私が膝枕をしてもらったり、色々なことをしている。

 前にアリサちゃんにその事を話したらなんだか呆然としていたし、直接見られちゃったすずかちゃんには羨ましげな視線を送ってこられたりもしたけど、やっぱりこうやってのんびりしてるのが私とさくらさんの関係にはちょうどいいんじゃないかな?

 

 そう考えながら、私はさくらさんが一番好きだと言っていた【ゆりかごの歌】を弾いてみた。

 距離は近いし、もう寝てしまっているから音量を小さく絞ったけれど、さくらさんはそれでも少し嬉しそうだ。

 バイオリン一つでこんなにも世界が広がる。他の楽器と一緒だったら、世界はもっともっと広がっていく。

 

 ああ、楽しいな。ああ、嬉しいな。私にも友達らしい友達ができたのは、音楽に触れたお陰なんだから。

 私は私のできることしかできないけれど、それでもできることを多くしていきたいと考えている。

 魔法を人前で使うのは後のことを考えると色々危なすぎるし、狂気の提琴を他人に使わせることもできない。暴走を抑えるようなことは、今の私にはできないからね。

 

 そんなことを考えている間に時間が来てしまったらしく、私に寄りかからず座ったまま寝ていたさくらさんが目を開けた。公園の時計を見てみると、丁度五時になる五分前だった。

 ……さくらさんの体の中には電波時計でもあるんだろうか? 毎日毎日こんなに正確に四時五十五分に起きれるなんて、そうとしか思えない。

 子供達もその事をよく知っていて、お母さんに怒られないようにと公園を走り去っていく。残ったのは、私とさくらさん。そして、ちょっと離れたところの樹の影から私達を盗み見ているお父さんの三人だけ。多分だけど、さくらさんもお父さんのことには気付いてると思う。

 

「ほら、送ってくぞ」

「はい、さくらさん」

 

 差し出された手を素直に取って、ベンチから立ち上がる。座る前に砂やゴミは払ったからなにもついていないけれど、ジーンズのお尻のところをパンパンと払っておく。

 

 狂気の提琴のケースの取っ手を右手に、左手はさくらさんの右手を優しく掴んで、私とさくらさんの二人は私の家に歩いていく。

 

 帰るときに話すのは、明日の演奏会の曲のことや新しく覚えた曲のこと。大体の曲は耳コピで大丈夫だけれど、さくらさんと一緒に演奏するならどっちがどっちを演奏するのかをちゃんと決めておかないといけない。

 本番で迷ってしまうわけにはいかないし、そういうことを話し合うのも楽しいからまったく苦にならない。

 さくらさんが冗談を言って私がそれにツッコミを入れたり、逆に私が冗談を言ってみたり、空を眺めて一休みしてみたり、ちょっと寄り道してみたり……。

 

 けれど、楽しい時間には終わりが来るもの。私の家に到着すると、この楽しい時間は終わってしまう。

 その時間はいつも寂しく思ってしまう物だけれど、その時間があるからまたさくらさんと出会って嬉しいと思えるのだから、世界はままならないものだ。

 

「それじゃあ、また明日」

 

 さくらさんは、私の左手を放した右手を私に振る。私も、空いたばかりの左手を振って応える。

 

「……はい。また明日」

 

 するとさくらさんは、私に背を向けてすぐにゆらりと消えてしまう。そこには本当に誰もいなくて、まるで今までのことが夢だったんじゃないかと思うこともあるけれど……いつも次の日にはあの公園にやって来てくれるから、私はその度安心する。

 

 ……そうだ。今日はお父さんが公園で隠れてたのはどうしてか聞いてみよっと。

 

 

 

 そして、なのはに隠れていた理由を尋ねられた士郎の狼狽っぷりは凄かったと、後に美由希は語るのだった。

 

 

 

 

異伝7 その17

 

 ある日のこと。アンダーグラウンドサーチライトの中でもわかるような馬鹿に気配のでかい何かが20くらい海鳴市に降り注いできたが、面倒だったから気のせいだということにして寝るのを続行することにした。

 アンダーグラウンドサーチライトは入り口を閉じていれば念話なんて物は届かないし、殆どの場合は見付けることも干渉することもできない。だから安心して寝ていられる。

 保険にシルバースキンを散らしてあるし、万が一見つかって入り口を突破されても多分大丈夫だろう。

 無限抱擁は出せないと言ったが、無限抱擁のように無限に近い広さのアンダーグラウンドサーチライトなら出せるし、その内装を大迷宮にすることも訳はない。

 その場合、迷路の壁は天井から床まで一繋ぎで、ライトなんてものは作らない。そしてその中にはキラーレイビースや束姉さん特製の自立機動型ISを一型から四型まで幅広く揃えて5000000000000000000体くらいずつ巡回させておく。

 そうしておけば相手がジュエロシードだろうが運命の娘だろうが赤毛ワンコだろうが管理局の孕ませ魔導師だろうが年齢詐称提督率いる大型次元航行艦だろうが蜘蛛の騎士団だろうが御神の剣士だろうが伝説の大妖怪だろうが関係無くお帰り願えるだろう。

 

 ……ただ、チート能力持ちの転生者だけは勘弁な。相手をするのが面倒臭すぎる。

 

 そんなわけで、おやすみ。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 ある日の夜。嫌な予感がしてベッドから飛び起きる。

 慌てて外を見てみると、なんだか不吉な予感がする流れ星がいっぱい落ちてきていた。

 しかもその流れ星は、私の魔力よりずっとずっと強い魔力を押し固めたような感じの物で、何かあればすぐに炸裂して周囲に被害を撒き散らすだろうということがありありと予想できてしまう。

 

 私は、狂気の提琴をケースから出して構える。

 普通に弾いたら確実に近所迷惑になるんだろうけど、狂気の提琴をある程度使えるようになっているならそれは当てはまらない。

 

 魔力を込めて、最小限の音を町中に響き渡らせる。これによって探し物をする訳なんだけど、やっぱりある程度音量が大きくないとわかりづらくて、ピンポイントで見付けるのは難しい。頑張っても直径一キロメートルくらいのどこかにあるんじゃないかなってくらいだ。

 けれどこれ以上音量を上げるわけにもいかない。真夜中だし、見付けたとしても私が取りに行くのは危険すぎる。

 それに、落ちてこようとしていたときにはあれだけ感じ取ることができていた魔力が、今はまったく感じ取れなくなったことも気になるし………。

 

 …………うん。それじゃあ明日になったらさくらさんに相談してみよう。なにかいい知恵を貸してくれるかもしれな

 

『助けて………誰か、助けてください……!』

 

 …………なに? 今の……?

 

 突然頭の中に響いてくる言葉は、なにやら救助を求めているらしい。

 ……けど、正直に言うと、私はなにがしと言う名前で、どこどこにどういう理由でどうしているのが私です、これこれこういったことがあって困っています、誰か、こんなことができる方、あるいはこんな物を持っている人は、どうか私を助けてください……。

 ……みたいに言ってくれないと、場所も姿も何が必要なのかもわからないんなら助けに行きようが無いと思うんだけど………。

 

 それに、かなり切羽詰まっているようだけど……多分これって念話だよね? ってことは、これを送ってきているのは魔導師。それも、年は声の感じから大体私とおんなじくらいの子供だと思うし……。

 きっと、私にはなにもできない。だって私はまだまだ魔法は初心者だし(※初心者は周囲の魔力素だけを集束して狂気の提琴の音に乗せたり、音の速度を魔力で概念的に強化して秒速1.5キロメートルを実現させるような真似はできないが、周りに居るのが化物なので自覚無し)、なにか危険なことになる前に体と精神が勝手に動いてしまうようになっちゃったし(※アリス・イン・ワンダーランドの効果の一端)、私にできることなんて精々病院に連れていってあげるとか、演奏するとか、そのくらいしかできないから…………困ったなぁ……。

 

 ……よし。そのあたりも明日にでもさくらさんに聞いてみよう。さくらさんならきっと答えのピースをくれるはず。

 私は渡された欠片をどう使ってもいい。それを捨てても、そのまま利用しても、加工しても、道具のように使い潰しても問題ない。さくらさんに習い事をするときは、いつだってそうして来たんだから。

 

 ……さくらさんって、実は結構スパルタなんだよね。やるときはとことんまでやるし、基本部分を叩き込んだあとは『やらなくっちゃいけない状態』まで追い込んで、そして気付くと楽しみながらできちゃってるんだからすごいと思う。

 本当ならやらなくっちゃいけないなんて思う必要が無いものを口八丁でそう思わせるんだから、さくらさんはもしかしたら詐欺師の才能があるのかもしれない。

 

 ……まあ、いいや。おやすみなさい。

 

『誰か助けてぇ~~っ!』

 

 はいはい、また明日気が向いたらね?

 

 

 

 

 

異伝7 その18

 

 朝から何度も頭の中に『助けてください』系統の言葉が響いてくると、助けたくないどころかむしろ助かったと思った次の瞬間にどん底まで叩き落としてしまいたくなったりしないか? 

 ………しない? そうか。俺は叩き落とした後に踏み潰して踏みにじってナパームぶちまけて火をつけて塩撒いてやりたくなるんだよな。特にその声のせいで気持ちよく寝ていたところを起こされた場合は。

 

 そんなわけで、声の主を黙らせるために海鳴市内を探索中。途中でなんかやばそうな雰囲気漂う青い石ころをいくつか拾ったので、とりあえずシルバースキンのリバースで封印作業。最後にシルバースキンのノーマルを一番外側に巻き付けておいて、これでよし。

 この石ころが今回の面倒事の主な要因、ジュエロシードだと……ん? 名前違う? ジュエロシードじゃなくて……ジュエルシード(【直感】スキル発動中)?

 

 ……まあ、そのジュエルシードがこの青い石ころだと言う気がする。こいつを集めておけば後々楽になるだろうし、ポケットの中のアンダーグラウンドサーチライトに放り込んでおこう。

 

 ……さてと。頭の中に声を響かせ、貴き睡眠時間を奪い取る悪鬼を懲らしめに行かなければ。俺の健やかなる眠りのために。

 原作では…………あ~………あんま覚えてないな……。淫獣淫獣呼ばれてたはずだから、多分獣だと思うんだが……。

 まあ、手足があったらとりあえず爪先から卸し金で膝と肘まですりおろして紅葉卸しを作ってやろう。犬でも猫でもそれ以外でも、うまく料理すれば作れないことはないだろうし。

 牛乳に浸けたりヨーグルトに浸けたりして臭みを抜いてから、挽き肉にして野菜と混ぜてハンバーグにすれば大体のものは美味しく食べられる。ご飯も欲しいが、それは作ればいいしな。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

 いつものように学校から帰る途中に、また頭の中に声が響く。なんと言うか、集中が途切れるし鬱陶しいのでさっさと助けて後は知らないふりをすることに決めた。

 

 声の聞こえた方向は、あっちの植え込みの方。さっさと終わらせていつも通りに演奏会(最近人が増えている。大人も子供も暇なら来てるみたい)をしたいから、何を助けて欲しいのかは知らないけど怪我をしていて動けないようなら病院に連れていってあげるくらいだったらしてあげないこともない。

 

 

 

 ……そんなことを考えながらの捜索は、結構簡単に結果を出すことができた。

 私が見つけたのは一匹の……オコジョとかフェレットとか呼ばれる小さな動物が一匹。ただし、ただのフェレット(或いはオコジョ)と違うのは、そのフェレットから魔力を感じとることができると言うところと、その首にかけられた真っ赤な宝石の存在くらい。

 けれど、恐らく魔法関係のことだろうと当たりをつけている私にはそれで十分決め手になる。

 

 そんなわけで、その怪我した怪しいフェレットを近くの動物病院につれていく。お金は翠屋でバイオリンを弾くと日給300円貰えるのを数年間続けているから、結構貯まっている。使う宛なんてまったく欠片もこれっぽっちも無いしね。

 そのお金で問題のフェレットを診てもらおうと思ったんだけど、どうしてか先生はお金を受け取ってくれない。なんだか悪いような気もしたけれど、やっぱり問題と憂慮と面倒事以外に有って困るものは無いので、お言葉に甘えさせてもらうことに。まあ、有って困るものは無くても、ありすぎて困るものは結構いっぱいあるんだけどね?

 

 フェレットの治療が終わるのは数日後。それが終わったら引き取って、すぐにさくらさんのところに持って行ってお話をしよう。駄目なら音楽言語で頭の中身をポロっと口からこぼしてもらった後にその事を忘れてもらうことになるんだけど………できればそんなことにはならないでくれると嬉しいな。

 ……やるときはやるけどね。主に私と私の周りのみんなの平和な生活のために。

 

 ……よし。それじゃあ時間もちょうどいいし、すぐに公園に行って演奏会にしようかな。多分さくらさんは私が遅れてても気にしないで勝手に始めてるだろうけど、やっぱり私も一緒に楽しみたいから。

 

 私は狂気の提琴の入ったケースを持って、公園に向かってひた走る。

 体を魔力で軽く強化して、体の中の血の流れや酸素濃度を制御して、最低限止まらないで済むように。

 流石に空を飛んでいくわけにはいかないけれど、地上を走るだけならこの町にはもっともっと速い人がいっぱい居るから大丈夫。

 ……そのうち一人がお兄ちゃんって言うところは大丈夫かどうかわからないけど、足が速くて違反になるところは無いから大丈夫…………なのかな?

 ………………大丈夫だといいなぁ…………。

 

 ぼんやり考えながらも走り続けていれば、ちゃんと公園に到着する。いくつも同時に考えることができるようになってからは、ぼんやりと歩いていて道に迷うなんてことはほとんどなくなった。暮らしの中でも役に立つ特技って、いいよね。

 

 いつものベンチに近付いていくと、軽やかな笛の音が響いているのが聞こえる。やっぱりもう始まってしまっているようだ。

 私は急いでベンチに座って、狂気の提琴をケースから取り出す。

 

 それじゃあ、ちょっと遅刻しちゃったけど……始めよっか!

 

 

 

 

 

異伝7 その19

 

 なのちゃんからフェレットのことを聞いた。おそらくそいつが昨日の夜からずっと五月蝿い念話の主だと直感し、なのちゃんの判断を誉めておく。

 ……ただ、今日の夜遅くに何かがあったような気がするんだよな。なんだろう?

 具体的に言うことはできないが………ジュエルシードとか言う青い石ころが町を破壊しながら暴れまわるような気がする。

 

「随分具体的ですね」

「俺の幼馴染みみたいに小数点第三桁秒単位の時間と1マイクロメートル単位の位置情報まではわからないから、全然具体的じゃないよ」

「1秒単位の時間と一センチメートル単位の位置情報だけでも十分具体的ですよ。そこまでわかっていれば誰も文句はつけません」

「そう?」

「そうです」

 

 そうらしい。

 

 そんなわけで秒単位の時間と場所を伝えて、その時間のその場所に魔力たっぷりの音撃を撃ち込むことで話はついた。多少どころじゃなく荒っぽいが、そのくらいはやっとかないとなんともならないから仕方がない。

 まったく、本当に面倒なことになったよな。ジュエルシードとか跡形もなんの影響も残さず砕け散ればいいのに。心底そう思っていたりする。

 

 ……しかし、この時の俺は知るよしもなかった。この行為がまさか、あんな結果を残すことになるなんて…………。

 

 …………なんて、実際のところ予想する気も考える気も無いだけなんだけどさ。面倒臭いし。

 

 

 

 

 

side 高町 なのは

 

~~~

 

 土下座-どげざ

 ひざまずき地面に頭をつけるようにして礼をすること。昔は貴人に対する拝礼として行われた。現在は陳謝や懇願の印として行われることがある。

 

~~~新明解国語辞典より~~~

 

 いきなりこんな説明をした理由? まあまあ、もう少し落ち着いて私の話を聞いてください。二分もしないうちに終わると思いますから。……長いと五分くらいかな?

 

 さくらさんに時間と場所を聞いてそこに私の狂気の提琴とさくらさんのフルート(不狂和音って言う道具を混ぜて強化しているって聞いたけど……)で魔力たっぷりの音を撃ち込んでジュエルシードをおとなしくさせた後、しばらくして私の部屋の窓を誰かが叩いた。

 とりあえず、泥棒だったら声に魔力を乗せた声圧砲で鼓膜と平衡感覚に多大なダメージを負わせ、強盗だったら狂気の提琴で全身に綺麗にダメージを与えて気絶させてからお父さんとお母さん呼んで警察の人を呼んでもらって、考えたくもないけどさらに別の目的での不法侵入者だったらアンダーグラウンドサーチライトの中に招待してぐちゃぐちゃのバラバラになってもらって、さくらさんが夜這いに来たんだったら…………ぽっ♪

 

 ……まあ、さくらさん云々は絶対無いと思うけど。だってさくらさんは、何より寝ることが好きなんだから。こんないい夜中の睡眠日和(大体いつでもいい日和)に起きてるなんて、よっぽどのことがないと有り得ないって思う。

 しかもさくらさんの場合、よっぽどのことって言うのには一般的なよっぽどのことは除外されてしまう。

 

 例えば、竜巻が辺りを吹き散らしても、大火事になっていても、大洪水に流されていようとも、大地震によって家が倒壊してしまっても、雷に直接打たれても、あの銀色コートとガスマスクで大体のことは何でもないことに分類されてしまうのです。

 

 けれど、寝ているときに耳障りな音を出されたり、悲鳴とかそう言う声を聞いたりするのは大嫌いだそうです。前にそれをされて本気で怒って人を殴ったら、その殴ったところを中心にしてきれいに消し飛んでしまったとか。

 

 ……絶対にさくらさんを無理矢理起こす役割には回りたくありません。私はまだまだ生きていたいです。

 まだ音楽を極めるどころか、さくらさん曰くの一流と超一流の壁を越えてもいませんし、やりたいことはまだまだたくさんあります。

 今の夢は、歌って踊れて演奏もできる喫茶店の二代目オーナー。実は踊れなくてもいいけれど、歌って演奏できて料理も作れるってところまでは譲れない。譲る気も無い。

 

 とんとん、とんとんとん!

 

 軽く窓を叩く音がまた聞こえ、私は狂気の提琴を後ろ手に窓の外に視線を向ける。

 するとそこに居たのは……今日拾ったばかりのフェレット的な魔法使いだった。

 変身しているのかその姿が地なのかはわからないけれど、とりあえず向こうから来てくれたんだし、話くらいは聞いてあげてもいいかもね。

 ……あくまで聞くだけだけど。

 

 鍵を開けて部屋の中に招き入れる前に、その体を捕まえて足の裏をティッシュで拭く。

 これで完全に綺麗になる訳じゃないけど、やらないよりはずっとましだからね。

 

「わっ!わっわっ!?」

「暴れないの。今足の裏を綺麗にしてるんだから。この国は家の中は大抵の場合土足厳禁なんだよ?」

「あ、はい、ごめんなさい……」

 

 ちょっと話をしたらちゃんとわかってくれた。話を聞いてくれるって言うのは少しだけ好感度アップに繋がるよ? 今のところ極大に近いマイナスだけど。

 

 そのフェレットみたいな小動物の四つの足の裏を綺麗にして、それから新しくティッシュを出してその上に乗せる。フェレットみたいな小動物は、きょとんと私のことを見上げている。

 私はそのフェレットのような小動物の前に座って、話を聞く姿勢を整える。

 

「それで、いったい何の用ですか? 見知らぬ魔法使いさん」

 

 さあ、全部話してもらっちゃうよ?

 

 

 

 

 

 

異伝7 その20

 

side 高町 なのは

 

 フェレットみたいな小動物、ユーノ君の話を聞いた結果、とりあえず管理局とか言うところに連絡して、それからジュエルシードが発動してしまったら封印しに行くことにする。

 ユーノ君の言っていることが全部正しいのかどうかはわからないけど、流石にこの町をボロボロにされちゃうわけにはいかないから……まあ、対症療法ってところかな?

 勿論すぐ近くに落ちていたりしたら封印するし、誰かが持っていたらお話(気絶させて奪い取るわけではない。普通に言葉を使ってのお話)をして、平和的に譲り渡してもらうつもり。

 ……そうじゃないと、いつもの演奏会とか開けないと思うしね。

 

 ユーノ君はユーノ君で町中を走り回って探してみるつもりらしいけど、なんとなくその努力は一切報われない結果に終わるような気がする。どうしてかな?

 

「まあ、それはいいから今日はもう寝ちゃおう? ベッドは貸してあげないし、私の家は喫茶店をやってるからペットは飼えないし、明日は私の部屋も貸してあげられなくなるけど、アンダーグラウンドサーチライトの中だったら貸してあげるよ?」

「え……あの……アンダーグラウンドサーチライトって………なに?」

 

 ……そう言えば、説明がないとわかんないよね。私も初めて聞いた時はわからなかったもん。

 そんなわけで一応説明しよう。魔法使いなら頭はきっと柔らかいはずだし、一回の説明でわかってくれると思うし。

 

「アンダーグラウンドサーチライトは、中身が変幻自在の部屋みたいなものだよ」

「……へ?」

「説明するより見た方が早いと思うから、さっさと入ってみて」

 

 ユーノ君の背中を軽くつまんで、壁に向かって放り投げる。

 同時にアンダーグラウンドサーチライトの入り口を開いて、ユーノ君を中に取り込む。

 今回は中身をコンサートホール(いつもさくらさんと一緒に練習場として使っているところは『楽屋』って呼んでいたりする。『コンサートホール』は文字通りの場所だと思ってくれて問題ない)に繋げてあるから、寒くもなければ暑くもないはず。

 

「な、なにここっ!?」

「アンダーグラウンドサーチライトの中だよ?」

「そうじゃなくて!」

 

 壁に開いているアンダーグラウンドサーチライトの入り口から、フェレットの頭がにゅっと出ててきた。そして後ろ足は床についているのに前足が空中にあるから落ちそうになっている。

 

「これってなんなのさ!? 魔力は感じるけどこんな魔法は見たことないし、それに未知の魔法だったとしても法則的におかしいよこれ!?」

「とりあえず、今は夜だから静かにしてね。閉じ込めるよ?」

 

 私がそう言ったら、ユーノ君は突然静かになった。まあ、私でもできれば無人のコンサートホールに閉じ込められるのは遠慮したいし、理由は簡単にわかるけど。

 

「とにかく、家はペット禁止だからあんまり出てこられると困るって言うのと、ジュエルシードを集めるのは積極的とは言わないまでも協力してあげるし、流石に外で寝泊まりって言うのは大変そうだから寝る場所だけは貸してあげる。他に質問は?」

「えっと……このアンダーグラウンドサーチライトって言うのは……」

「貰い物だからよくわからない。便利だし、入り口を閉じれば外に音が出ないから演奏の練習によく使ってる。暫くはユーノ君の寝るところ。他には」

「………もしかして、機嫌悪い?」

「さくらさんの眠たがりが感染したみたい。最近よく眠くなるんだ。……襲わないでね?」

「襲わないよっ!」

 

 そう。ならよかった。

 

 それじゃあ、おやすみなさい…………すぅ………………。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

 面倒事に対する反応は、およそ五つに分類される。

 

 一つは、その面倒事の波に乗り、流されていく反応。

 この場合、波の乗り手次第で結果が良くも悪くも変わっていく。乗り手の腕が試される。

 

 一つは、自分に降りかかる面倒事を、その都度対症療法的に潰していく反応。

 この場合、相手がいくらでも原因を使って面倒事を送り込んできたりする可能性があるが、直接原因が出てきた時にはもっともやりやすい反応だと思う。

 

 一つは、面倒事をまるごと無視する場合。だがこれは大抵途中で無視しきれなくなるんだが、その辺りは割愛。

 

 一つは、面倒事を利用して新たな面倒事を自分で起こしたり、既にある面倒事を後押しする反応。

 精神的には一番楽だが、後々のことを考えて簡単に収まるように加減することができない人がそれをやると自爆することが多い。

 

 最後に、原因ごと面倒事を叩き潰す反応。相手よりずっと強くないとできないが、完遂できれば一番楽なやつ。俺がやるのは主にこれだ。

 

 そんなわけで、ジュエルシードがばらまかれて危険だって言うなら、ジュエルシードをみんな集めて封印処理の後、アンダーグラウンドサーチライトの奥深くに放り込んでおけばいいじゃないという結論に達した。

 だが、一々探しにいくのも面倒臭いので、結局はなのちゃんと同じように対症療法的にやっていこうと思っている。

 俺はなのちゃんと違ってこの町に特別な思い入れがある訳じゃないが、ここはのどかでいい睡眠スポットが乱立してるから、それなりに守る価値はある。神社の境内とか、森の中にポツンと置いてあるベンチとか、公園とかな。

 

 ……それじゃあ、事件的な何かが起きるまで……お休み。

 

 ……すか~…………。

 

 

 

 


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