加筆部分は独立のための字数稼ぎに近いので、イマイチかもしれませんが、忘れた頃に修正はすると思うので御容赦ください。
あと、非常に短いです。しょうがないね。
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ゆりかごが破壊されたとき、アルカンシェルでも消滅しなかった大量の魔力の虹が、しばらくミッドチルダの空に漂っていた。
事件の首謀者、ジェイル・スカリエッティは世間的な認識としては呆気なく逮捕された。怒り心頭のフェイトが彼を字面通り『場外ホームラン』して気絶させたことは、公表されなかったのだ。
彼は辺境の軌道刑務所へ投獄され、よっぽどのことがない限り再び自由を手にすることはないだろう。彼の名は、長い歴史の中に埋もれていく。
虹が空から消えた頃には一連の事件に局の上層部が深く関わっていたことがマスコミによって白昼の下に晒され始めた。本局、地上本部、その他局の主要機関の至るところで綱紀粛正が施行され、相当数の局員が検挙されるという局始まって以来の異常事態となった。
しかし、一番深く関わっていたと思われる地上本部のレジアス中将と最高評議会の面々は何者かに暗殺されており、真相解明にはかなりの時間が掛かりそうである。
それでも首都クラナガンは徐々に落ち着きを取り戻し、木枯らしが街路樹の葉を全て落としきった頃には全てが事件の前と同じになり、新聞やニュースのトップ記事は別の話題にすり変わっていった。
季節は、実り豊かな秋を過ぎ、寒さの厳しい冬となっていた。
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クラナガン中心部のファミリーレストラン。その一角で八神はやてとユーノ・スクライアが向かい合って座っていた。
時刻は昼をとうに過ぎ、親子連れで賑わっていたであろう店内は、暇をもて余した若者と買い物の休憩をする主婦以外空席の、閑散とした様子になっていた。静かな店内には主婦のひそひそ話と、安っぽいメロディーが響いている。
「……で、なのはの様子は?」
「起きたよ。食欲もあるし、元気。せやけど……」
「………」
はやては目の前のコーヒーにクリームを入れた。白いクリームが黒い湖面に広がり、ゆらゆらと漂っている。
「ユーノ君、それで、頼まれてくれる? なのはとヴィヴィオが静かに暮らせるような場所」
「まぁ、構わないさ。しかし、僕が二人の面倒を見るのも……いや、何でもない」
ユーノの視線は窓の外の楽しげな親子に向けられていた。誠実そうな父と、優しそうな母、そして、二人に挟まれた笑顔の少女……。
はやてはユーノの考えていることが分かって嫌だった。きっと彼は、そんな親子に憧れを抱いていることだろう。だからこそなのはとヴィヴィオを引き取ろうと言い出したのだ。
だが、『高町なのは』の話を聞いて彼はそれが不可能だと悟ったに違いない。今の彼女の脳裏には、ユーノ・スクライアという青年の影は残されていない。
「……あの二人が幸せに暮らしてくれる場所を、見つけないと……」
「………」
ユーノの口調には寂しさが滲み出ている。
はやてのコーヒーは、クリームを完全に溶かしてなめらかな色合いとなっていた。
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ゆりかごでの戦闘の後、なのはは数ヵ月眠りの中にあった。医者の診断では肉体に何の異常も見られない。強いて挙げるならば、彼女の体内にあったというレリックが綺麗さっぱり消えていたということぐらいだ。
だが、なのはが眠りから覚め、一同が病室に集まると、彼女はヴィヴィオのこと以外、自分の名前すらも覚えておらず……しかもそのことを別段気にした様子もなかった。
レリックは『高町なのはのクローン』である彼女の魔力の源であると同時に人格や記憶のプログラムでもあった。それが戦いの果てに砕け散り、実の『娘』であるヴィヴィオへの深い愛情だけが中に残されたのだ。
病床の彼女は優しく強かった昔とも、強くバスターハッピーな数ヵ月前とも違う、ただただひたすら無邪気で、慈愛に満ちた笑顔を湛えていた。
その姿は、古くから彼女を知る者にも、最近の彼女を知る者にも、見るに耐えないものだった……。
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「皆さん、本当にお世話になりました」
初雪降り注ぐ機動六課隊舎。その入り口で、前線メンバーやロングアーチのメンバーが一同に集まり、最後の別れを惜しんでいた。
「向こうは、春、やったなぁ?」
「はい。ユーノさんが、素敵な場所を見つけてくれて」
ヴィヴィオはフロックコートのボタンを一つ一つ丁寧につけながら、はやての質問に答えていた。成長リミッターを外され、十代半ばの身体と精神を与えられた彼女の言動は大人びていて、無邪気だった数ヵ月前の彼女を知る者には少々寂しく写った。
「春ってことは、花も沢山咲いてるだろうし」
「きっと、良いところだよ!」
エリオとキャロはヴィヴィオにそう言った。顔は明るかったが、声色はやや暗く、二人が『親子』の旅立ちを心の底から喜んでいないことが見て取れた。
「本当に……本当に、行くの?」
「うん」
フェイトに答えるヴィヴィオの手に握られたハンドルは、なのはの乗る車イスの物であった。
車イスの上のなのは……正確には、高町なのはだった人……は、全く無邪気な微笑みを顔に湛えていた。
その場にいた全員が悲しがっているのは、なのはとヴィヴィオが去ってしまうのも理由にあるが、一番の理由は車イスの上のなのはでもある。その場にいた何人かは、その無邪気な顔を見るのに忍びなく、そっと視線をずらした。
「お金は、大丈夫? 何かあったら連絡してね」
「ありがとう、フェイトママ」
「そいつが元に戻ったら、絶対帰ってこいよ! 絶対だぞ!」
ヴィータの言葉にヴィヴィオは「はい」と笑顔で答えた。ヴィヴィオはなのはに毛布を二枚、肩まで掛けると、姿勢を低くして、なのはの耳にそっと囁いた。
「行こうか、ママ……」
「ヴィヴィオ……私の可愛い女の子……」
なのははヴィヴィオの顔を引き寄せ、頬にそっと口づけをした。
その仲睦まじい親子の姿の、なんと寂しく、悲しいことか……!
ヴィヴィオは立ち上がると深く頭を下げ、名残惜しそうに背を向けると、傘をさして車イスを押しながら雪の降る中を歩いていった。
「……スバル、泣くんじゃないの……」
「うぅ……」
皆が様々な思いを堪えるなか、一人耐えきれず嗚咽を漏らすスバルの肩をティアナはそっと抱いてやった。
「スバル、なのはさんは、あれで良かったのかもしれない。レリックが壊されて、無理に『高町なのは』を演じる必要が無くなったんだから……」
「だけど……こんなのって……!」
「泣くんじゃないの!……療養に辺境へ行くだけよ。治ったら、帰ってくるわ」
ティアナはそう慰めの言葉を掛けたが、スバルは首を横に振った。もう、ここにいる全員が分かっていることなのだ。
「もう、治らないよ……」
二人は辺境へ身を潜め、そのまま小さな幸せを感じながら人知れず朽ち果てていく運命にあるのだ。
スバル達は親子の背中を雪の中へ消えていくまでずっと眺めていた。そして、それが見えなくなった時、雪に刻まれた足跡と車イスの轍だけが残され、それも次第に降る雪に消されていった。
残された彼女達の前には、真っ白な雪原がどこまでも広がっているだけだった。
これにて、おしまい