台詞ごとに行間を空けてみました。慣れない作業なので、アドバイスなどくださると有り難いです。
次回からもとに戻る可能性が無きにしも有らずなので御注意ください。
ティアナ・ランスターは青雲の志を抱いた若き管理局員で、スバル・ナカジマの相棒である。
頭が良く、相手を撹乱して自らのフィールドに誘い出すといった戦法が得意で、猪突猛進なきらいがあるスバルとは逆の立場である。
しかしながら二人はベストパートナーであり、互いに切っても切れない縁があると自覚していた。
「空が高い……」
ティアナとスバルは地上本部の一角の人工芝の広場で仰向けになりながら空を見上げていた。青々とした空に、白い雲が走っている。
「スバル、あんたあの話受けんの?」
「私は、そのつもりだけど……」
『あの話』、というのは八神はやて二佐達からの新しく出来る部隊に来てみないか、という誘いの話である。以前受けたランク昇進試験において『大魔王』こと高町なのは一尉の目に二人が止まったのだという。
「なのはちゃんが何を考えとるかは分からんけど、来てみる価値はあるで?」
「二人にとって、悪い話じゃ無いと思うのだけど」
はやてと共にいたフェイト・T・ハラオウン執務官もそう言ってくれた。
八神はやて、フェイト・ハラオウンと言えば管理局内でもトップレベルの実力を持つと言われる正真正銘の『エース』である。そして更にその上を行くと言われる高町なのはからの推薦となれば、断る理由はないはずだ。
「なのはさんは、私にとって憧れなんだ。あの日……私ごと犯人を吹っ飛ばした時から……」
「スバル、あんたちょっと変よ」
ティアナにとって高町なのははそれほど大きな存在ではない。彼女にとっての憧れは犯人を追って殉職した兄であり、目標は局内でも『前科持ち』と呼ばれる部類にありながら努力の果てに執務官となったフェイトだった。高町なのはは全力全開、もとい全力全壊な、やや野蛮な部類だったのだ。
「人質ごと吹き飛ばすとか、常識を完全に逸脱してるじゃない」
「ティアは分かってないな~、そこが素敵なんだよ」
「そんなこと分かりたくもないわっ!」
だが、ティアナにもティアナなりの野望はある。若者らしい、ハッキリとした野望だ。
彼女は執務官希望だった。その道の大先輩であるフェイトと共に仕事が出来るなど願ってもない機会なのだ。
彼女は空の太陽に手を伸ばし、それを掴み取るような仕草をして、一人笑った。
そんな二人を、数階上の窓からなのはは見下ろしていた。そして、
「活きの良い娘達……」
と興奮ぎみに呟いた。
※
二人が正式に古代遺失物管理部対策部隊『機動六課』の辞令を受領したのはその数週間後の話で、更にその一週間後、白い壁が眩しい新築の隊舎に足を踏み入れた。
「ティアナ・ランスター二等陸士です」
「スバル・ナカジマ二等陸士です」
二人が背筋を伸ばして敬礼する相手は執務机でコーヒーを啜るこの機動六課の部隊長、八神はやて二佐だ。
「ン、ごくろーさん」
始めて会った時から二人が感じていたことなのだが、八神はやてという人物はどうも高級将校には見えないところがあった。高級将校というのは、もっと胸に勲章なんかが付いていて、威張っているものなのだ。
「いやー、見ない内に、大きくなったなぁ」
「は……?」
「あ、いや、冗談や……」
はやては顔を赤めて決まりが悪そうに咳払いし、二人に機動六課の部隊章を手渡した。
「じゃぁ、一時間後に設立式をパパッとやるから、そこで、また」
※
式典は至って簡素なものだった。
全員が並んで、お立ち台に立ったはやての別段長くもない話を聞くのみである。だが、ティアナとスバル、そしてこの場所で合流した同僚、キャロ・ル・ルシエとエリオ・モンディアルはお立ち台の上のはやてではなく、その横に並んで立ちながら寝るという高等技術を遺憾無く発揮するなのはに視線を奪われていた。
「なのは、起きなよ……」
「フゲ……」
隣にいたフェイトが小突きながら小声でそう言うが、一向に起きる気配を見せない。何とも気持ちよさげに眠っている。
「流石なのはさんだね」
「スバルあんたは……」
スバルにはなのはの行動の一つ一つが良いものに見えるらしい。馬鹿である。
その内はやては話を終え、ペコリと頭を下げるとお立ち台を降りた。そして、列に戻る道すがら、どこからともなく取り出したハリセンでなのはの頭を豪快に叩いた。
景気の良い音が会場に響き渡る。
突然頭を叩かれたことに驚いてキョロキョロするなのはだが、それとは無関係にはやては「次は、高町教導官のお話です」と式を続けた。
「八神部隊長、怒ると怖いね」
「あのハリセンどこから……」
様々な疑問を頭に浮かべるティアナとスバル(否、スバルは疑問に思っていないようだ)だったが、当のなのはは別段気にする様子もなくお立ち台に登壇して、マイクを手に取った。
「えっと……高町なのはです」
彼女はそう言うと懐から一枚の便箋を取り出し、広げた。どうやら式辞か何かの台本らしい。
「えー……私、高町なのはは、このような素晴らしい日を迎えられたことを光栄に思います」
出だしは、当たり障りのない無個性な物だった。ただ、部隊結成の式典にしては場違いに仰々しく、このようなことに慣れていないんだな、と一同少しだけ微笑ましい気分になった。
「クロノ君はバインドでの拘束が得意なので、夜な夜なエイミィさんにそっち系のプレイを……てこれクロノ君の結婚式の式辞じゃん」
前言撤回。微笑ましさの欠片も無かった。
クロノというのは多分にクロノ・ハラオウン提督の事だろう。そんな人物の結婚式で何を言っているんだこの人は。
「テヘッ!」などと舌を出して頭を叩くなのはを見るはやての目はこれでもかという位見開かれている。
「ねぇねぇ、ティア、八神部隊長の目すごいよ」
「しっ!見ちゃダメだから!」
ティアナがふと隣のちびっこ二人……キャロとエリオを見ると二人ともキョトンとしていた。全く、
なのはは笑いながらそのセクハラ紛いの便箋を紙飛行機にして飛ばした。クルクルと隊員達の頭上を回った紙飛行機は送風機の風に煽られバランスを崩し、最終的にはやてのおでこに当たって床に落ちた。
「ねぇねぇ、ティア、八神部隊長の目からビーム出そうだよ」
「しっ!見ちゃダメだから!」
はやては色々と臨界点ギリギリである。隣にいるフェイトが大変気まずそうだった。
※
なのはは結局まともな式辞も述べず、フォワードは模擬戦のため一時間後に訓練場に来るよう(本当は三十分後と言っていたが、彼女がはやてに呼び出された為、一時間後となった)伝えられ、スバル、ティアナ、キャロ、エリオの四人は海上に設営された訓練施設に足を運んだ。
「この訓練施設は最新型で、空気中のエーテルを凝固させてフィールドを形成し、そこに三次元型映写装置で街の景観をリアルに……」
後方支援部隊ロングアーチ所属のメカオタク、『シャーリー』ことシャリオ・フィノーニが丁寧に説明してくれたが四人にはその内の一割も理解できなかった。
「やぁ、みんな待った?」
四人が到着して十分後、なのはは手を振りながら優雅に登場した。が、髪が少し乱れている。何があったのだろう?
「さ、模擬戦やってこーか」
「ちょっと待ってください」
腕をブンブン回してヤル気満々のなのはにティアナは挙手をして質問を行った。
「私たちはまだ今日来たばかりで、勝手がわかりません。訓練は、明日からじゃないんですか?」
尤もなことである。なのはもそれは十分に理解している様子で、「そうだね」と頷いた。そして、優しい……とても優しい顔で、語り掛けるような調子で答えた。
「私は、一番手っ取り早く信頼関係を築くには模擬戦や、そういう訓練が一番だと思ってるの。私も、皆の癖や特性を知っておきたいからね」
「えっ、模擬戦で、そういうの分かるんですか?」
ティアナは驚いた。模擬戦というのは、純粋に技術力を高めるだけの訓練メニューだと思っていたのだ。
「そうだよ。決して、みんな潰しがいがありそうだから試してみようなんて考えてないんだよ」
何やら怪しい気もしたが、全員さして気にすることなく彼女の言葉を納得した。なるほど、流石エースは言うことが違うなどと考えたものである。
模擬戦のルールは至って簡単。
一時間、誰か一人でもなのはに撃墜されず逃げきるか、なのはに攻撃を掠りさえすればフォワード陣の勝ち。全滅すればなのはの勝ち、というものだ。
「スタートは九十秒後、みんな、作戦でも考えてね」
なのははバリアジャケットに、身を包み、余裕の体で空に舞い上がった。
フォワード陣も各々のデバイスを展開し、バリアジャケットを身に纏う。
「みんな、なのはさんから逃げきる自信ある?」
この中で一番指揮官向きのティアナが三人に問いかけた。
「無い!」
「同じく!」
「同じくです!」
「はっきり言うわね」
だが、逃げきれないな、とティアナ自身感じていた。四人は自分達の実力がなのはに到底及ばないということを知っているのだ。それならば、こちらの技術不足を連携で補い、一撃をお見舞いする他に手はない。
「じゃぁみんな、私に考えがあるから、従ってくれる?」
ティアナの言葉にキャロとエリオは一瞬不安げな表情を浮かべる。当然のことだ。二人はティアナの事を何一つ知らない。
すると、スバルがその二人の不安を払拭するように、
「大丈夫!ティアはスッゴく頭が良いんだ!」
彼女のその底抜けの明るい声色は二人を無根拠に安心させた。スバルの最大の武器は、人を安心させる素敵な笑顔なのかもしれない。
「もうすぐ、九十秒……」
なのはの姿は見えない。だが、ティアナは誘い出す手は考えていたし、三人が自分を信じてくれている以上、期待を裏切るわけにはいかなかった。
「よし……みんな、いくよ!」
「了解ッ!」
※
スバルの日記。
○月×日
今日は始めて機動六課の隊舎に赴き、憧れのなのはさんにも再び会うことができた。
何かとトラブル続きの一日だったが、総じてよかったと言える。
特に、模擬戦前になのはさんの話してくれたことは尤もだと思うし、そうやって絆を深めれば、ピンチも乗り越えられると思う。
でもまさか、開始早々
「だが、それがいい」
「スバル、あんたやっぱりおかしいわ」
夜。
辺りはとっぷりと暗くなり、シャワーも済ませたスバルとティアナは後は寝るだけであった。
スバルはデスクに向かって日記を記し、ティアナはベッドの上で参考書を読みふけっていた。
「模擬戦で出だしSLBって常識的に考えてあり得ないでしょ」
「いやぁ、きっと常識に囚われないでというメッセージ的な……」
「スバル、私はあんたのその思考が羨ましいわ」
スバルとは対照的にティアナは若干不機嫌だった。それもその筈、相手に対戦する気がなく、一方的な殲滅を喰らわされたのだ。人のすることではないと彼女は思っている。
「だけど、実戦は予想外の連続だし」
「実戦でね、『予想外』は連続させてはいけないのよ?」
相手を知り、それに対応した最も適切な戦術を取る……これがセオリーである。
「第一、SLBを雨あられのように降らす人外が、どこにいるってのよ!」
「えっ、だからなのはさん……」
「そうじゃない!」
SLBは知っての通り凄まじい魔力消費と引き換えに強力な一撃をお見舞いするまさしく『一撃必殺』である。使い方次第ではこの一撃で戦いの形勢が逆転することもあるだろう。
なのはは、それを訓練施設に満遍なく降らせたのだ。
これでは、作戦の立てようがない。核兵器相手にどんな戦術も無意味なようなものだ。
「何あの人!リンカーコア五つぐらい持ってんじゃない!?」
「流石はエースだよねー」
スバルは呑気なものである。そのような滅茶苦茶を見れば見るほど惹かれていくのだ。私も、ああなりたい!と。
そのようは彼女は、ティアナにとって理解に苦しむ存在だった。
※
「なのはちゃん……いや、高町一等空尉」
「はっ」
ちょうどその頃、部隊長室でははやてとなのはが対面する形で座っていた。
「何の話で呼び出したか分かる?」
「皆目見当もつかない」
「……ホントは分かってるくせに」
はやてがなのはに本日二度目の呼び出しを掛けたのは他でもない、模擬戦での行動の真意を問うためだ。……実際のところ、はやてには大体の見当はついているのだが、一応訊いておかなければなるまい。
「なんでSLBの雨あられを?」
「なんでって……それが私の教育方針だからだよ」
「と、言うと?」
はやてに促されなのはは身振り手振りを交えて解説する。
「私は、こうやって徹底的に叩きのめすことで、彼女たちに様々なことを身を持って体感してもらいたいと思ってるの。この痛みを知れば、無理もしなくなるし、何よりそれを防ぐための作戦を広く考えられるようになる」
「トラウマを植え付けることにしかならないと思うのですがそれは」
「この程度でトラウマになるようじゃ、やっていけないよ」
はやては昔、訓練でなのはに撃たれたSLBがまだ少しだけトラウマとして残っていることは黙っておこうと思った。
「そーかそーか。高町一尉は、そういうことまで考えとるわけやな」
「そーそー」
なのはがにこやかに頷く。すると、はやては顔を星空広がる窓の外に向けて「これは私とフェイトちゃんの共同見解なんやけど……」と話始めた。
「今回の模擬戦はなのはちゃん自身が新人たちをぶっ潰してみたいと思い企画した。で、早速SLBを撃ち込んでみたのだが、なんか盛り上がっちゃって、ここ最近の欲求不満を満たすためにそれを連発した」
「あ、バレてた?」
「バレバレや。何年付きおうて来たと思っとんねん」
はやてはハァァァ、と今年一番の溜め息を吐いた。近頃、益々老け込んだような気がする。まだ十代だというのに。幸せがどんどん抜けていく。
ただ、なのはに模擬戦での砲撃禁止令を出したときの彼女の顔を見て、はやては少しだけ元気になった。
続く。
砲撃系女子なのはさん。
エリオとキャロの影が大変薄いですが、本来はキャロに「恥ずかしくなると無意識にサブミッションを仕掛けてしまう」という設定があり、あまりにも濃かったので排除したため、その反動で影が薄くなっているのです。
ていうか濃いのは高町一尉だけで十分。